色々と浮気をしたせいで、遅れましたがなんとか形になりました。
※尚、今回の前半部ですが九州地方特有の訛りがあります。
皆藤秀二にとって、兄の雄治は最も嫌いな人物だった。
地元の同年代が自分の名前を知る度に『あの皆藤の弟』として見られるのだ。どんなに友好的に接しても、あの兄のせいで初めは遠巻きに見られてしまう。それを払拭するのに早くても一ヶ月二ヶ月は掛かり、その間は地獄だった。
どれだけ自分が心を砕いて人と接していたのか、兄は知らないだろう。
必死に努力してきた。授業も真面目に取り組み、学校行事にも積極的に関わり、部活にも精を出した。特に部活のバスケットボールは最も力を入れたと言って過言ではない。努力が実力に結び付いたのか三年の時などはインターハイで優勝した。大学からのスカウトもあり、順風満帆を絵に描いたかのような日常は一変する。
兄が帰ってきたからだ。
去年家を出た兄は、三月に黒い上下のスーツと赤と緑のチェック柄のシャツを着込んで家にやってきた。一年振りに遭う兄は、どこか垢抜けた印象を自分や妹に持たせた。十九歳とは思えないどこか大人びた雰囲気で、相変わらず顔は怖いがその動作には余裕と自信が見て取れた。
そして、
『――親父、お袋。俺、探偵になったんよ』
そんな言葉が居間から聴こえた。
『……探偵て、お前……冗談じゃなかとか?』
『まあ、信じられんのも解るけど、俺は本当に東京で事務所開いて探偵やっとるんよ。これがその名刺』
『へー。でも雄治、お前そげんか仕事でちゃんと老後まで働けっとか? 無理せんと自分が長くやれる仕事ば見つけんと後が辛かぞ』
『……まあ、本音ば言うと俺も向いてるとは思っとらん。でもな、こげな俺ば向こうで拾ってくれた人がおるんよ。そげんか人が俺んこつ探偵の才能ばあるち言うてくたけん。ここで逃げたら男が廃るやろが』
そして兄は言う。
『それに俺もこう見えて、幾つか依頼ば受けて報酬も貰っとるんよ』
『ほぉ~。……幾らか?』
『お父さん!!』
『そ、そう怒鳴るなや母ちゃん。けど、額が額やったら仕送りもせやんやろ?』
『そりゃそうやけど……』
『で、幾ら貰ったんか?』
どこかワクワクした様子で父が兄に問いかけた。……気付けば妹も隣で聞き耳を立てていた。
そんな父の様子に兄は溜息を吐き――
『ほれ』
『これがどげんしたとか?』
『この通帳の中に貯めとる。まあ、見てみ』
そして二人は手渡された通帳を開き、
『『雄治っ!!』』
異口同音に絶叫した。
『お前、なんでこげんか大金ば持っとるとや!? なんばしたとか!!』
父が半ば混乱した様子で大声を上げる。
『落ち着かんか親父。依頼ってな、こっちが驚くくらい色々あるとぞ。幾ら半人前んごた俺でも、師匠に引っ付いて依頼ばこなせばこんくらい稼げるわ』
そして、それは親父たちの分だ、と兄は言う。
『こげんか面と身体ば持ってから、誤解されやすか俺ば信じてくれた。育ててくれた。……感謝してもし切れんわ』
驚くほど穏やかな声音。それに弟と妹は驚く。
『それにな、探偵やっとると色々と守秘義務って出てくるんよ。その都合でな、俺も親父やお袋に言えんこつも多くなっとる。……それで』
そこで兄は言葉を区切り、しかし意を決したように言った。
『俺ば勘当してくれ』
『なんば良いよっとねお前は!?』
母が叱る。
『色々と俺も考えたんよ。この仕事してりゃあ、企業の裏側とか、議員の愛人の情報とか、本当に色々と表に出せん情報を抱え込んどる。……で、それをリークせんように俺らみたいなんは依頼主に誓約書ば書かされとる。親兄弟恋人にも情報を流すな、って。ドラマや漫画みたいやろ?』
『じゃあ、ドラマみたく家族に被害が及ぶち言いたかとか?』
『……まあ、流石に一流企業とかを転覆させられるようなモンは無か。でも、事務所が中の下くらいの俺らでもヤバい情報は抱えとる。念には念ば入れとかんと』
静かな、しかし真剣や雄治の言葉にこれが冗談ではないのだと、父母は気付いたようだ。
『…………解った』
『お父さんっ!!』
『母ちゃんも解っとろうもん。コイツは親父とおんなじで言い出したら聞かんとやけん』
『そりゃあ、そうやけど……』
そして、嘆息する母。
『全く、本当にアンタは死んだ祖父ちゃん似やねぇ』
自分たちが小さい頃に他界している父方の祖父だが、優しい祖父という印象だった。しかし両親からしてみればどうやら結構な頑固者だったようだ。
『スマン。元々年末年始や盆とかも仕事の都合で戻っては来れんけん、勘当なんざせんでも疎遠にはなるやろうけどな。それでも、表向きでも良いから勘当されたって名目がいるんよ』
親不孝な息子でスマン、と兄は言った。
『頭下げんな。例え表向きだろうと息子ば勘当したがるような親はそげんおらん。少なくとも、俺も母ちゃんも、お前がどげん喧嘩しようとそげんかこつ思ったことはなか』
それを聞いて、再度兄は「スマン』と言った。父の「頭ば上げんか」という台詞でまだ頭を下げたままだったらしい。
『それで、この通帳は手切れ金って名目で貰っといてくれ』
『……解った。でも、表向きなだけやからな』
『辛かったらいつでも戻ってきてよかとやけんね』
両親のそんな暖かい言葉を受けて、兄は、
『――ありがとな』
先程よりも穏やかな声で、兄が感謝の言葉を告げる。
『……そろそろ行くわ。アイツ等も俺とは遭いたくないだろうしな』
こういった気遣いをされる度に自分が子供なんだと嫌でも思い知らされる。一つしか歳は違わないのに。
『ああ、そうだ。アイツ等にゃ、俺は東京で探偵やってる事は言っても構わんけど、金に関しては言わんでくれ』
そう言って、兄は居間を出ていった。両親は兄を見送るつもりだろう。
『お兄ちゃん……』
妹が呟く。それが自分に向けて言っていないのは解った。
『……これだから兄ちゃ――兄貴は嫌なんだ』
悪態を吐くが、しかし昔の呼び方に戻りそうになってしまう。
これだから兄は嫌いなのだ。
自分が子供だと思い知らされるのだから。
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都内某所。正史編纂委員会の名義でとある施設が一日貸し切られる事となった。
その日、正史編纂委員会上層部、並びに日本呪術会の重鎮、そして民間で名のある互助会の代表等、日本の官民を代表する実力者たちがこの場には集っていた。
もしここにテロが起き、この場の面々が倒れるような――もしくは死ぬような状況になれば日本の呪術会は衰退ないし滅んでしまうかもしれないのだ。もしくは戦国時代に突入するやも。故に護衛の任を帯びている者たちは様々な意味合いで極度の緊張状態にあった。
そしてその原因の一つは、言うまでもなくこの場にいる一人の少年だろう。
誰もが緊張と畏怖の眼差しで、それとなく一人の少年に眼を向けている。
百八十センチ強の長身。そして整った容姿。更にイタリア人の美しい魔女を横に侍らせているのだ。更には武蔵野の媛巫女の一人が魔女の反対側に控えている。
件の報告書を読んだ彼らは、イタリアの魔女と武蔵野の媛巫女を引き連れている男が『東方の軍神を斃した魔王』であると解っていた。調査書に添付されていた写真と瓜二つなのだからそれも当然と言えば当然なのだが。
過日のまつろわぬ
そんな周囲の態度に件の魔王こと、草薙護堂は嘆息を一つ吐いた。
そして、気付く。
自分に向けられる視線には、畏怖と敬意。今まで逢った魔術師たちと同じようなそれ。
その逆にイタリア人のエリカに向けられる視線は、侮蔑と嫌悪が微かに感じられる。無関心を装っているが、エリカが若干に表情を強張らせているので察することが出来た。
だが、何故だ?
そんな疑問に万里谷が耳打ちする。
「あの……草薙さん。実は……アテナ様と戦う前にあの探偵の方と行った会談が録音された機械が裏で流れたらしいんです。どうもそれを偶然拾った方がいたらしくて。それで、エリカさんに少し、思うところがある方々がいて……。あの後にアテナ様が周囲を“夜”に沈めたせいで探偵さんの方も……」
「混乱した人たちに巻き込まれてボイスレコーダーを落とした、か」
頷く。
そういえば、あのボイスレコーダーにはアテナを呼び寄せたゴルゴネイオンがどういった経緯で日本――というか自分の手元に来たのかについても喋っていなかったか。恐らくボイスレコーダーが無くともエリカの所業は日本の呪術界に広まっただろうが、それでも――。
エリカ寄りにそう思ってしまうのは身内に甘い草薙家の悪癖だが、しかしどういう状況なのかは理解した。
――つまり、まつろわぬ神を日本に呼び寄せた戦犯扱いということか。
確かにこの件に関してエリカは正しく加害者だ。だが、エリカが何もしなければイタリアがまつろわぬアテナの被害を受けていただろう。自分の国を護ろうとするのはそこに住む人間として当たり前なことだ。こういう非常事態に『だけ』は頼りになるイタリアの魔王も、その時ばかりは動けなかったのだから。何故なら、イタリアを活動拠点とする魔王サルバトーレ・ドニは、当時『療養中』だったのだから。
例え自分の
だからこそ、彼女は勝率の高い草薙護堂という最高のカードを切ったのだ。
最善案ではなくとも良案だと思ったからこその行動だったのだろう。
(――だから、か)
そこまで考えて、護堂は気付く。
これは感情の問題なのだ、と。いや、確かに実利面でも問題は出ているだろう。遺憾ながら、自分の呼んだ白馬や猪のせいで、世界各地には自分の爪痕がクッキリと残っている。
彼らは『エリカ・ブランデッリ』が、『日本を危険に晒した』ことが許せないのだ。
これが魔王や神が原因なら、まだ諦観することが出来る。というか、するしかない。
だが、今回の発端を開いたのは――エリカ。
神殺しではない、唯の才能のある小娘に過ぎない。
そんな小娘が、日本を、自分たちを危険に追い込んだ。どんな理由があろうと、「ハイそうですか」と納得できる訳がない。現に正史編纂委員会はアテナと護堂の戦いの後始末に今も東奔西走しているとか。
これでは好意を抱けというのが無理だ。
そして、それはエリカにも解っているのだろう。
硬い表情で一言も喋らず、しかし毅然と前を向いている。
いつもの不敵な笑みも、優雅な仕草も鳴りを潜めていた。
そんな相棒の姿を見て、護堂は少し不機嫌になってしまう。
(東京を壊したのはアテナ(と俺)なんだから、文句はこっちに直接言えよ……)
そう思っていると、
「ヤア、待タセテシマッテ申シ訳ナイ」
人には出せないような異質な声。
全員が声のした方向を向く。
そこには壁しか無いこの会議室の一番奥。
いつの間にか、テーブルの上に下駄を履いた羽織袴の男が――
「え?」
護堂は男を見上げ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
誰も声を上げないが、しかし誰もが男を見て驚愕していた。
無音の驚愕。
精神的に若干余裕を失っていたとはいえ『あの』エリカでさえ、男を見て絶句している。
「御初ニ御眼ニ掛カル。トアル媛ヨリ『
その男(?)の顔は、人ではなく、紫の龍だったのだから。
歌舞伎の連獅子を思わせる大量の黒い鬣は、ともすれば手入れのされていない長髪にも見えた。その頭部からは枝のような立派な角が生えている。道教や西遊記などで知られる四海竜王などは頭部が龍だとされているが、この男は中華の龍神から権能を簒奪したのだろうか。
「マア、コノヨウナ姿ヲシテイルガ、中身ハ人間ダ。コノ口調モ貴君ラヲ信用シテイナイガ故ニ作ッタ口調ダ。早イ話ガ恰好ツケテイルワケダナ」
くつくつと喉を鳴らして『龍蛇王』と名乗る男は、テーブルから飛び降りる。その瞬間、下駄だというのに着地した音が聞こえなかった。
大柄な体格と下駄を履いている筈なのに、なんとも静かで軽やかな挙動だ。
だが、武術を収めている者たちは気付いた。その動きが、何らかの武術のそれを収めたそれではないことに。
恐らくこの羅刹の君は、ただ
だからこそ、獣が自然と最善の動きを学習するように、男は己の最適な挙動を体得したのだろう。
そしてその静かな挙動は、どこか闇夜に紛れて獲物を狙う蛇を人にイメージさせた。
中国拳法の一つ、形意拳のように動物を模した武術もあるが、それは『人が鳥動や昆虫を
恐らく、中国武術界の頂点に君臨する羅刹の君、羅濠教主ならあるいは――。
そんな埒外な身体能力に気付かなくとも、これ見よがしに放たれる桁外れの呪力。
この異形の男が、神殺しなのだと強制的に理解させられた。
「サテ、コレデ私ガ神殺シダト理解シテクレタカナ?」
そして、この発言。
この男は、いやこの御方は気付いていたのだ。
――本物の神殺しか否か見極めようとしていることを。
それぐらいならばまだ良かった。
しかし中には、本物であろうと偽物であろうと草薙護堂を使って彼を排除しようと考える者もいたのだ。
だが、ある意味これも現実逃避だった。
常識人で平和主義者であると自称する草薙護堂ですら、神との争いになれば周囲に甚大な被害を巻き起こすのだ。これ以上神殺しが増えてしまっては冗談抜きで日本列島が沈みかねない。
そう思ったが故に認めようとはしなかったのだ。――まあ、彼らが認めようと認めまいと、一度でも権能を目の当たりにすれば伏してその勘気より逃れようとするだろう。まるで藪を突いて蛇を出した大昔の古人のように。
しかし『龍蛇王』はそれを知りながら、言外に揶揄するだけで済ませた。
危害を加えようとしているのはそういった愚か者ばかりだと、知っていたからなのだろうか。それとも、ただ単に懐が広いだけか。
だが、『龍蛇王』の視線は、声高々に排除論を展開していた者たちにしっかりと定まっている。恐ろしい程正確に。
恐らくは前者なのだろう。
「――御存知でしたか」
九法塚家の若き総領である九法塚幹彦は、苦々しい顔で周囲を見渡す。
「ですが、そのような不心得者は数える程しかおりません」
幹彦の発言に嘘はない。
だが、
「アア、ソコハ信ジテイルトモ。ソレニ、私ヲ恐レル者ニ理由無ク近付クツモリモナイ。……ダガ、己ノ息ノ掛カッタ妻ヲ私ニ宛イ、己ノ勢力ニ組ミ込モウト考エル者トハ、距離ヲ置キタイト考エルノハ寧ロ当然デアロウ? 私ハコンナ口調デハアルガ、ソコノ少年ト違イ平凡ナ庶民ノ倅ナノデナ」
表面的には誰も反応しなかったが、しかしその手を考えていた者たちは背に冷や汗を掻いた。先に牽制された以上、無理矢理宛がって勘気の侭に暴れられては本末転倒でしかない。
そんな中、言外に護堂の家を普通でないと断じた事で、その一家の一員である彼は苦言を呈した。
「ウチも由緒正しい庶民の家柄なんだけどなぁ」
「フム。デハコウ言イ換エヨウ。我ガ父母ハ、貴君ノ家族程濃クハナイ」
ぐ、と護堂は詰まった。
学生の頃より様々な女性の間を渡り歩いてきた七十を超えているのに色気を漂わせている垢抜けた祖父、取り敢えず恰好をつけたがる駄目な不良中年である父(既に母と離婚している)、我儘な性格なのに数多の男共に貢物を送られる『天職・女王様』な母。そして灰汁の強い親戚連中。未成年に賭博を進める時点でその駄目さ加減は推して知るべしというモノだ。
常識人のカテゴリーに入る人間と言えば、今は亡き祖母と妹、そして自分くらいだろう。……いや、妹は徐々に母の血が覚醒しつつあるが。父が溺愛するのもそれに拍車をかけていた。
「しかし、何故……」
そこまで警戒するのか、そう問われ、『龍蛇王』はあっさりと答える。
「先程説明シテイルガ、私ハ貴君ラ魔術師ヤ呪術師ナド裏ノ人間ヲ信用シテイナイ。万ガ一私ヲ利用スル為ニ父母ヲ人質ニ取ラレテハ堪ランカラナ」
突然の不信も露わに告げられた言葉に、誰もが二の句を告げられなかった。
「あの、それはどういう……」
幹彦は唖然とした表情のままに問いかける。
「簡単ナ話ダトモ。私ノ父母ハ所謂一般的ナ中流家庭ノ出デナ、子デアル私ガ神殺シノヨウナ極道者ニナッタコトヲ知ラレル訳ニハイカン。……モシ、“私ノ正体”ヲ知ル者ガ父母ヲ通シテ私ニ話ヲ持チコンデシマエバ、私ニハ拒否権ガ無イ」
苦々しい顔をする龍頭の魔王。存外、表情豊かである。
「何故ナラ、ソレハ陳情ノ形ヲ取ッタ命令ニ姿ヲ変エル可能性ガアルカラダ。話ヲ通ストイウコトハ父母ノ命ヲ握ラレテイテモオカシクハナイ。仮ニソノヨウナ心算ガナカロウトモ、父母ニ接触スルトイウコトハ、“ソウイウコト”ニナリエルト私ハ判断スルゾ? 私ハコウ見エテ小心者ダカラナ。可能ナ限リ身内ニ降リ懸カル火ノ粉ハ根元カラ断ツ主義ダ」
凍り付く空気。
確かに、確かに一案として魔王誕生の度に誰もが必ず考える。だがそれは、直ぐに立ち消えになる愚案だ。まつろわぬ神より日ノ本を守護して貰わなければならぬ羅刹の君の心象を悪くするような悪手を誰が採用すると言うのか。
故に彼らは絶句した。
この羅刹の君は、余りにも用心深すぎる。
これでは過度の贈呈品は逆効果になってしまう。
そもそも俗人が喜ぶような報償を喜ぶ魔王が如何程にいるというのか。
「つまり、御身にとって、組織は邪魔だと?」
今まで沈黙を保っていた老婆がそう問いかける。清秋院家当主と名乗った老婆だ。
万里谷が言うには、日本の表裏両方の世界において名家と名高い家の当主なんだとか。先程まで喋っていたあの青年も、そんな名家――四家の一つの次期トップなんだとか。庶民の出の自分からしてみれば、遠い世界の人間ばかりがここには集まっているということになる。一体どうしてこうなったのか。……ああ、カンピオーネになったからか。
「アア、ソノ通リダトモ、清秋院ノ当主殿。私ニトッテ組織ハ不要ダ。ソレニ私ハ都合四ツノ権能ヲ所持シテオリ、ツマリ最低デモ四柱ノ神ヲ討チ果タシテイル。組織ナド無クトモ、ナ」
その言葉を受けて、また全員が衝撃を受ける。
護堂は思わず立ち上がり、叫んだ。
「なんだそれ!? つまりアンタは周りに被害を出さないってことなのか!?」
神やら神獣やらと戦り合う度に、建築物やら地形を破壊してきた護堂としては、なんとも羨ましい話だった。そこで「周囲を壊さないように戦おう」と思わないのが、草薙護堂の草薙護堂たる所以なのだろうが。
「イヤ。ドチラカト言エバ、私ハ何ヲドウ壊シテモ問題ノ無イ場所ヲ知ッテイルダケサ。
無論最後の言葉は皮肉なのだろう。
そんな先達に護堂は疑問を投げかける。
「そう簡単にやって来るものなのか?」
中には「罠なぞ何するモノぞ」と食い破っていくような馬鹿もいるが、基本的に神という存在は『待ち』の一手だ。態々赴くとは思えない。……アテナの時のように神が焦がれる『何か』を持っているのなら話は別だが。
そんな護堂の問いに『龍蛇王』は、
「私ノ権能ハ、周囲ヘノ被害ガ甚大デナァ。下手ニ発動スレバ周囲の生物ガ死滅シテシマウ。故ニ自分ノ庭デナケレバ、全力ガ出セナイ。マア、ナンダ。ツマリハ「ソウイウコト」ダ」
そう言ってはぐらかした。
だが、なんとなくだが理解した。
この魔王は、敵を『自分の庭』に引き摺り込む『何か』を持っている。転移系か、はたまた結界か、どちらかは解らないが一つは確実に。
「改メテ言ウガ、私ニ組織ノ庇護ハ必要無イ。……カト言ッテ、頼ミヲ聞カヌ程狭量ナツモリモ無イ。故ニ、コウシヨウ」
龍頭の王は、その太く大きい腕を袖に突っ込み、数匹の蛇を腕に絡ませて取り出したではないか。その蛇の頭部には剣のような角が前に突き出しており、明らかに普通の蛇ではない。
その蛇たちは『龍蛇王』の腕から離れ、テーブルの上でとぐろを巻き――硬質化したではないか。
濃い碧色をした蛇の置物を前に彼は言う。
「私ノ呪力デ編ンダ蛇ダ。コレニ依頼人ノ血ヲ一滴垂ラセバ、私ニ繋ガル。依頼ガアルナラバ、呼ブガイイ。……マア、私モタダ働キヲスルノハ御免被ル故ニ、
そんな先達の言葉に護堂が叫ぶ。
「アンタ、金を積まれたら神と戦うって言うのかよ!?」
他の神殺しなどイタリアの
「少シ違ウ」
可笑しそうな様子でくつくつと咽喉を鳴らす魔王。
そして指を三つ立てて、言う。
「私ガ依頼ヲ受ケル条件ハ三ツ在ル。
――マズ、私ノヨウナ過剰戦力ニ縋ラザルヲ得ナイ理由。
――次ニ、アル程度ノ金銭。コチラハ私ガ内容ヲ吟味シテカラ提示シヨウ。
――ソシテ最後ハ……嘘偽リヲ述ベヌコトダ」
一つずつ指を折り曲げながら魔王は自分の取扱を説明していく。
「少シデモ依頼ニ嘘ガ雑ジリ、私ヲ謀ロウトシタ場合……ソノ者ニハ破滅シテ貰ウ」
ゆっくりと周囲を見渡しながら、魔王は淡々と言葉を紡いでいく。
「何カ質問ハ?」
無言。
理解ったのだ。この方は、本気で言っているのだと。
だからこその無言の肯定。
沈黙によって、魔王の言を受け入れた。
「サテ……デハ、ココニ一ツコレヲ置イテイク。残リハコチラデ適当ニ設置シテオクノデ、暇ニナッタラ探シテミルトイイ」
その言葉が終わったと同時に――魔王の姿はこの場から掻き消える。
何だ。
一体どこに――?
「エリカ?」
護堂は、相棒にして希代の魔術師であるエリカが袖を引っ張られ、彼女の視線の先を視た。
「――あ」
件の魔王が、中折れ帽を頭に被りながら出て行く後姿があった。いつの間にあそこまで移動したのだろう。そんな気配は欠片も感じられなかったのに。
『龍蛇王』は、歩を止めず、しかし視線をこちらに寄越し――言う。
「強クナレ、
完全な上から目線の言葉に護堂は少しムッとする。
しかし、そんな態度が餓鬼なんだとばかりに先達の魔王はまた笑い――部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送り、護堂は思う。
――誰がアンタの言うことなんて聞くものかっ。
その心にあるのは、龍頭の魔王への反発。
上手く言葉には出来ない。だがなんとなく――あの男と平和主義者の自分は相容れない、そう護堂は強く感じた。
強く拳を握りながら――
「何がしたいんだアイツは……」
そして、何故自分はこうもあの男に反発しているんだろうか。
そんな主人の姿を見て、エリカは思う。
二人の魔王の邂逅で、自分への悪感情はやや薄れた――筈だ。
日本に住まう王の一人は組織を必要とせず、逆に警戒心すら持っているのだから。それは彼の魔王の言動から徹頭徹尾察せられた。
――となれば、必然的にもう一人の魔王の傘下に入ろうとするのは明白。であるならば護堂の愛人である自分を害しようとする者は自重するだろう。
理解ったことは他にもある。
あの魔王が、護堂に期待している、という事だ。勿論これには根拠は無い。しかし魔術師の勘がそう言っている。最後のあの言葉は、護堂への発破なのだ、と。
そしてそれが護堂には癪に障るのだろう。
一般人でありたいと
自分と同じ大規模な破壊を巻き起こす魔王でありながら、公共物を破壊していないと言う彼。
不可抗力(本人談)で公共物や地形を破壊している護堂としては羨ましい限りだろう。
更に家族への細やかな気配り。確かに護堂も魔術や呪術関係については家族に秘匿している。しかしあの男は護堂以上に気を配っていた。顔を龍頭で隠し、身体のラインを長着と袴で隠している。あの背丈ももしかしたら変えているのかもしれない。目算で二メートルを超えるような大男は日本にはほぼいない。護堂の百八十センチ以上ですら、そうそう御目に掛かれないのだ。正体が百五十センチ以下の男だったとしてもエリカは納得する。
エリカたちは護堂と知り合ってから知っているのだから。
――魔王に常識など通用しないのだ、と。
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『ある情報屋の話』
――今話題の魔王の話だ。
『龍蛇王』。
龍であり、竜であり、そして蛇である王という号を授かった神殺し。十年もの間、誰にも知られなかった八番目の魔王。本当は三番だか四番とかかもしれないが、『世に出た八番目の魔王』――ってことで、この順番になった。
龍頭人身。極東の民族衣装『着物』に身を包んだ正体不明の男。斃した神の数は解らないが、本人の自己申告によれば四つの権能を所持しているとか。
誠実に対応し、嘘偽り無く依頼を述べれば金銭を対価に容易く動く――らしい。既に日本の呪術関係者の依頼で、この魔王が動いたって話だ。
本人は、臣下や伴侶を必要とせず、何の恥とも思わず臆病者を自称している。
個人的な見解になるが、こういった手合いが一番厄介だ。
他の魔王は大なり小なり人間を下に見てる。酷いヤツは蟻とか虫扱いだ。――別にそこは不思議じゃない。神サマたちだってそうだしな。
だけどあの魔王は、人を脅威と見做し一定の距離感を保ってる。
解るか? あの魔王陛下は人よりも強い癖に俺らみたいな弱い人間を対等に見てやがるのさ。だから俺はこの魔王陛下が一番怖いね。
――草薙護堂?
ああ、こっちも怖い。
あんな人畜無害みたいなツラして、やってる事は欧州の公爵閣下と変わらねぇ。つーか、まだ『壊す』って意識してる公爵の方が俺個人としては好評価だ。自分の所業に責任を持ってるってことだからな。
だが、この男は違う。
例え地形を変えようと、例え文化遺産を破壊しようと、そこには上っ面だけの後悔しかないんだろうさ。そうじゃなきゃこんなに世界中の至る所で問題起こしてねぇよ。そういった意味で言えば、友人兼ライバルって噂の『剣の王』と仲が良いのも頷ける。
んで、美少女二人も侍らせてまだ足りないって話じゃねぇか。
色狂いってのは制御しやすいが、女がいなきゃ手綱を握れないもんだぜ。
で、俺としてはこのエリカってお嬢ちゃんが、魔王陛下の手綱だろうと思う。
つまり――女関係で一番苦労しそうなお嬢ちゃんだってことさ。
逆を言えば、このお嬢ちゃんが認めれば、ハーレムは出来るって事だけどな。
……あ? ああそうだよ僻みだよ文句あんのかこん畜生。
さて、色々考えてウチの護堂くんは少し反発を覚えました。
次回の更新も少し――いや、ちょっと時間がかかります。
なので、次に登場する神様のヒントをば。
次に出てくるのは明星に関係する神様です。
二話、三話じゃ終わりそうにないんですけどねー。
それが終わったらイタリアになるの、かなー?