渓流ベースキャンプ。ヤマトにとっては見慣れた場所であり、その風景を楽しむような心は薄れてしまっている。
しかし、この渓流という狩場、各地に存在するハンターの狩場の中でも指折りの風景が広がっているのだ。
ベースキャンプからでも見える聳え立つ岩山には緑が茂り、所々水が流れているのも見える。また、ベースキャンプはそれなりの高地に存在している為、その岩山の先を雲が覆っているような姿もかなり間近に見ることができるのだ。
そして聞こえる風の音、水が流れる音。この狩場を初めて訪れたハンターは誰しもこの情景に心を洗われるのである。
そしてそれは初めてこの狩場を訪れたディンも例外ではなかった。
「……すげえな。この絶景、ずっと見ていたいぜ」
ヤマトのドスジャギィ狩猟に付いて行くことが決まった後のディンは慌ただしく、少し騒がしいほどであったが、この風景を見て言葉は出てこないらしい。ヤマトも初めてこの風景を見た時は自分がクエストの為に来たことを忘れそうになった程である。
「もうちょい見ててもいいぜ。支給品、分けとくし」
「いや、一人でやらせるのは申し訳ねえからな、俺もやるよ。あ、砥石ちょっと多めに貰っていいか?」
「ああ、砲撃すると斬れ味落ちるんだっけか」
ディンの装備はベルナ村近辺に現れる鳥竜種、マッカォの素材を使った防具、「マッカォシリーズ」に、これまたマッカォの素材を使ったガンランス、「ローグガンランス」だ。ランスの先端に砲撃用の銃口が付いており、そこから砲撃ができるガンランス。しかし、砲撃を行うと刀身が焼け、斬れ味がどんどん落ちていく、中々扱いが難しい武器である。
必要な支給品をまとめ、ドスジャギィの居場所を探しに出発する。まずはエリア6を目指すこととなった。
「おい、足踏み外すなよ」
「大丈夫だって!……すっげー」
エリア6に向かうにはエリア1からエリア2を経由して向かうのが一番速い。ヤマトとディンもそのルートを通ってエリア6に向かっているのだが、エリア2は中々の高山地帯。ほぼ崖になっているような部分からはこれまた綺麗な水の流れを見る事も出来る為、ディンがギリギリいっぱいまで崖に近付いてその風景を楽しんでいるのだ。
ディンはひたすらに無邪気な男なのだろう。狩りに来ていることを忘れさせない緊張感を持ち合わせつつも、渓流という狩場の風景一つ一つに素直に驚き、素直に楽しんでいる。
「……よし!満足した!さぁ、次もこの景色を見られるように頑張らねえとな」
風景を楽しむのに満足したのか、ヒョイと戻ってくるディン。その表情は子供のようであり、しかしどこかに迫力が感じられた。
「次、お前と狩猟する時もこの景色を見るためにここのエリアは通るぜ!……これで今日死ぬわけには行かなくなったな」
「……ああ、そうだな」
ふとしたディンの言葉に、少しハッとしたヤマト。ディンはこうして、「死んではいけない理由」を作っているのだ。
ハンターの強さ。それは勿論武器の扱いや身体能力、知識による部分が大きい。しかし、最も強さが出る部分、それは「生き抜く」ことへの執着である。例えどれ程強いモンスターが相手でも、生きてさえいればいつか倒せるかもしれない。死ななければ、何度だって挑戦が出来る。そして圧倒的強者であるモンスターを相手にする時、常に付き纏う「死」への恐怖を持ちながら戦うためには、「生き抜く」意思が必要となる。ディンはそれを作っているのだ。
「じゃあ、行くか。エリア6」
「おう!頼むぜ、ヤマト!」
狗のようなモンスター、ジャギィは一匹だけではハンターの敵にもならない小型のモンスターである。鋭い爪と歯は脅威ではあるが、しっかりとした防具を着けていれば致命傷になることもほぼ無い。
しかし、ジャギィは標的相手に複数で挑むモンスターだ。
多方面から襲い来る爪や歯を躱しながら、確実に息の根を止めるのは中々難しく、一気に厄介なモンスターへと変貌する。
そしてそのジャギィの群れを従えるボス、ドスジャギィはそのジャギィの群れに鳴き声で指示を出しつつ、ジャギィの倍以上ある巨体で自らも暴れ回る、脅威的なモンスターだ。ドスジャギィばかりに気を取られるとジャギィの餌食となり、逆もまた然りである。
そのドスジャギィを二人以上で相手にする際の安全な戦い方は一つ。片方がジャギィの群れの気を引き、もう片方がドスジャギィの相手をすることである。
ヤマトの予想通りエリア6にいたドスジャギィ。ドスジャギィは二人の狩人を見るや否やジャギィを呼び寄せる独特な鳴き声を発し、二人へ襲い掛かった。
「ヤマト!俺が抑える、雑魚処理頼むぜ!!」
「わかった、気を付けろよ!」
ドスジャギィの噛みつきを盾で受け止めるディン。そのまま右手で背中のガンランスを引き抜き戦闘態勢を取る。ヤマトはその脇を駆け抜けながら抜刀し、鳴き声につられてやって来たジャギィの群れに突っ込んだ。
「さあ!誇り高き龍歴院ハンター、ディンが相手になるぜ!」
再度襲う噛みつきを次は後ろに飛び退くことで躱し、ガンランスをドスジャギィの目の前に構えるディン。そしてそのまま引鉄を引く。
砲口から飛び散る焔。ボウガンのように「弾」を撃ち出す訳では無い為リーチがあるわけではないが、それでもその爆発の威力とリーチは他の近接武器には無いものだ。その砲撃は的確にドスジャギィの額を捉え、一瞬の視界を奪った。
「そこだぁっ!」
その一瞬の隙を付き、槍の部分で喉元を突くディン。そして次の攻撃が当たらないよう横にステップを踏む。
ドスジャギィは視界が開けるや否やディンを探し、顎で噛み砕ける距離にいないことを確認。すぐさま体を捻り、尻尾でディンを薙ぎにいった。
「食うかッ!!」
左手を動かし、尻尾を盾の正面で受けるディン。盾により攻撃のダメージは防いだが、体の向きが正面でなかった為に踏ん張りきれず、体勢を崩し後ろに崩れる形となる。
そこをチャンスと見たジャギィ二匹。勢いよくジャンプし、ディンに飛び掛った。ドスジャギィに気を取られていたディンは少し反応に遅れる。
「やべっ!」
直ぐに体を転がし、ジャギィの攻撃を少しでも減らそうとするディン。しかし、ジャギィの攻撃がディンに命中することは無かった。
「大丈夫か?」
空中で体を半分にされた二匹のジャギィ。間一髪でヤマトがジャギィを屠ったのだ。ディンは助かった、と一言言いながら体勢を立て直し、すぐさまトリガーを引く。ガンランスの砲口の先にはジャギィが二匹。
「このドスジャギィ、かなりデカい。一瞬注意引く、カマしてくれ」
「任せな!」
ジャギィの群れの掃除が大体終わったヤマトがドスジャギィに向かって一気に走り出す。ジャギィは倒してもどうせまだまだ現れる。ヤマトがドスジャギィに攻撃が出来るのは今みたいな次の群れが到着するまでだ。
「グァオオ!」
突撃してくるヤマトに気付いたドスジャギィは体の向きを変え、タックルを仕掛ける。大きな体を存分に使った重みのあるタックルは、ドスジャギィの必殺技とも言える一撃だ。
ヤマトはそのタックルに正面から向かい、尻尾側に跳びながら足下を斬り裂く。その一撃は、鱗を通り越して肉を斬った手応えがあった。
「今だ!!」
全体重を乗せた一撃を間一髪で躱され、さらに足を斬られたドスジャギィは綺麗に転び、無防備な背中をディンの前に晒す。ディンは盾でガンランスを支え、渾身の一撃を叩き込む準備を終えたところであった。
「食らいやがれ!!」
途轍もない熱量。それがドスジャギィの背中を襲った。飛竜種のブレスを想起させるガンランスの必殺技、「竜撃砲」。一度使用すると放熱の為暫くは使えないが、当たればその威力は計り知れない。
「次の群れが来るぞ!」
「任せろ」
ドスジャギィが起き上がる前に現れたジャギィの群れ、第二陣。先程よりも数が多いのは血の匂いを嗅ぎつけてだろうか。ヤマトはすぐさまジャギィの群れに向かう。
立ち上がったドスジャギィは竜撃砲を放ったディンしか見えていないらしく、ヤマトに見向きもしなかった。しかし、口から吐き出される息が荒く、目がギラギラと輝いている。紛れもない怒り状態だ。
ジャギィの群れはドスジャギィが怒り狂っていることを察知しているのだろうか。
野生の勘で巻き込まれることを避けたのか、ディンの方には目もくれず一斉にヤマトに襲いかかる。
そうなると辛いのはヤマトだ。彼の防具は道着とさして変わらない。攻撃が当たれば普通の防具よりもダメージが通るため、その動きやすさを活かして攻撃が当たらないように立ち回るしかない。
しかし、ジャギィの数は相当なものであり、多方面から仕掛けてくる攻撃を躱し続けるのは至難の技だ。
「邪魔だ!」
袈裟斬りの体で一体を切り裂き、返す刀でもう一体を斬りつける。しかし二匹目は傷口が浅く致命傷にならず、反撃を受けることとなった。反撃をすんでのところで躱すとそこにもジャギィが。ほぼ反射で動かした足がジャギィの足を払い転ばせるが、そこに追撃をかける余裕は無い。
「大丈夫かっ!?」
その転んだジャギィに追撃をかけたのはディンだった。ガンランスをジャギィに叩きつけて息の根を止め、牽制しつつ火薬の装填を手早く行う。
「あのドスジャギィ、相当デカイ群れ連れてるな。ここは背中合わせで行こうぜ」
「ああ。背中、任せていいんだな」
「当たり前だろ。俺は誇り高き龍歴院のハンターだぜ?」
「そうだった……なっ!」
ジャギィの相手とドスジャギィの相手を分けるのではなく、両方を両方で相手する戦法に入れ替える二人。飛び掛るジャギィをディンが盾でいなし、それをヤマトが確実に屠る。危険な攻撃はディンが受け止め、注意はヤマトが引く。
今日初めて共に狩猟をする二人は、初めてとは思えない連携を見せ始めた。先程よりも互いに危ういシーンが確実に減っている。互いが互いの苦手な部分を的確に補っているのだ。
「大分減ったか?」
「親玉がまだ元気なんだよなぁ、これが!」
しかし、この巨大なドスジャギィも伊達に大量のジャギィを従えてはいない。連携を取り始めてからジャギィだけでなくドスジャギィにも確実にダメージは与えているはずだが、苦しい気配を全く見せない。動きのキレが全く落ちない。
「でもジャギィの数はこれで頭打ちのハズだ。ヤマト、お前まだ余裕で動けるよな?」
「当然だろ」
「よし。あいつらの目、潰すから一気に数減らしてくれ」
そう言いながらディンが武器をしまい、代わりに手に持ったのは閃光玉。投げると中の光蟲が一斉に輝き、途轍もない光を発する道具だ。
「行くぜ!」
ディンが勢い良く閃光玉を投げる。一瞬後、辺りを包む閃光。二人はその光が来ることを予め知っているから目を瞑ることが出来るが、ジャギィ達はそうではない。その光に目を眩ませ、全員が一斉に視界を奪われた。
そしてそれと同時に恐ろしい勢いで駆け出すヤマト。日々鍛えているその体はまだまだ駆け出しのハンターとは思えない身体能力を見せる。右も左も分かっていないジャギィの首を、胴体を、流れるような太刀さばきで斬り捨てていく。
ドスジャギィがやっと目が見えてきた時には、子分達は皆息絶えていた。
それを見て怒り狂うドスジャギィ。近くにいたディンにタックルをしかけようと体を動かす。
「かかった!」
その瞬間、ドスジャギィは体が動かなくなった。足元をふと見ると、何か人間の道具が見える。
地面に設置し、モンスターが踏むと踏んだモンスターを痺れさせ、動きを封じる罠。「シビレ罠」だ。閃光玉で視界を封じている間にディンはシビレ罠を仕掛けていたのだ。
今こそ好機とみたヤマトもドスジャギィに斬撃を浴びせ、ディンも突きを繰り出す。その間ドスジャギィは痺れて反撃もできない。
しかしずっとシビレ罠も効果があるわけではない。しばらくすると痺れた体を無理矢理動かしたドスジャギィの重みに耐え切れず破壊されてしまった。目は今までにない怒りを表している。
「……タフな奴だな」
「第二ラウンド、行くぜ!」
怒り狂うドスジャギィに物怖じもせず、二人のハンターは立ち向かった。
ドスジャギィ戦。久しぶりの狩猟シーンですね。
時間があれば感想、評価、宜しくお願いします。