飲み会だー!!
緊急クエストの達成。
リオレイアを討伐することに成功した一行はユクモ村へ帰る竜車の中でもれなく爆睡していた。四人全員が限界まで己の力を振り絞ったのだ、その疲れが出たのだろう。
その為、彼等が目を覚ましたのはユクモ村へ到着し、竜車を引くアイルーに体を揺すられるその瞬間であった。
「……んあ?もう着いてる」
寝惚けた眼を擦りながらシルバがあたりを見回す。既に外は薄暗く、商業区や狩猟者区の提灯が明るくなっていた。
「アイルーさん、ありがとう。……皆起きて、着いたよ」
竜車引きのアイルーにしっかりお辞儀をしてから竜車を降り、他のメンバーを起こし始めるシルバ。ヤマト達もゆっくりと目を開けて身体を起こし、提灯を見て既に到着していることを悟った。
ヤマト達もアイルーにお礼の言葉を述べつつ、竜車を降り始める。その間、シルバは紙とインクを取り出し、何かをサラサラと書き始めた。
「……よし。皆、僕が達成報告をしておくからさ、先にこの場所に行っといてもらえる?」
その紙をリーシャに渡す。そこには丸っこく綺麗な字で何か店の名前らしきものが書かれていた。
「あっ、私ここ知ってます。お肉料理が美味しい居酒屋さん」
「そ、居酒屋。折角こんな良いメンバーで狩猟達成出来たんだ、皆で楽しまない?」
シルバにしては珍しい、くしゃっとした笑顔ではなく少しいたずらっぽい笑顔だった。そして左手の人差し指を立ててウインクしながら次の言葉を紡ぐ。
「そしてこういうのは……先輩が後輩の分までお金を払うものなんだよ?」
「行きますっ!!」
「本当にいいのか?」
「マジでっ!?」
三人は目を輝かせる。お肉料理の美味しい居酒屋で四人で祝勝会。最高ではないか。
「決まりだね!じゃあ僕は一度集会所へ向かうから、先に行って席を取っておいて」
「了解です!」
商業区のとある飲み屋通りに少し大きめの看板を掲げた居酒屋がある。
ガーグァの肉や卵を調理した料理が人気の「丸鳥専門店 とりすけ」。ユクモ村のハンターもしばしば訪れる、割と繁盛している店だ。
「あー、ここか。一回行ってみたかったんだよな」
看板を見てヤマトがそう呟く。ディンは当然ながらまだユクモ村の居酒屋など知っているはずも無く、まだ知らない味に思いを馳せていた。
「じゃあ先に入っておきましょう」
「だな!」
暖簾をくぐると中は明かりで昼のように明るく、また人も多いため昼のように賑やかだ。店員が三人を見るなり笑顔でこちらへやって来た。
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
「三人……じゃなくて、後から一人来ます」
「かしこまりました!奥の座敷へどうぞ!」
四名様ご来店でーす!せーのっ!
いらっしゃいませぇ!!
店の至るところにいる店員が一斉に挨拶を唱和する。ヤマト達は案内された奥にある座敷の席へ向かい、靴を脱いで座った。
「とりあえず先に食べ物だけ頼んどきます?」
「そうだな」
「リーシャ、ここ来たことあるんだろ?美味しいやつ、幾つか頼んどいてくれよ」
「お任せをっ!」
リーシャが店員を呼び、幾つか料理の注文をする。因みに飲み物の注文はまだしない。シルバが来てから全員で乾杯をするのだ。
暫くすると、シルバも到着した。
が、彼はまるで恐ろしいものを見たかのように顔面蒼白だった。
「……お待たせ」
「え、おいどうしたシルバ」
「何かあったんですかっ!?」
「……ハハ、うん、信じられないものを見たよ……」
恐ろしくゲッソリした顔で乾いた笑顔を見せるシルバ。その表情はこの明るい居酒屋とは余りにミスマッチだった。
「僕が達成報告をしに行ったらね……もう片方の緊急クエスト……もう達成報告終わってたんだ……」
「「「……はい?」」」
「つまりね、アマネさんは……僕等四人でリオレイアを討伐するより速くジンオウガとラギアクルスを討伐して孤島から帰ってきてるんだよ……あの人天才とかそういうのじゃないよね……ハハ、自信なくすよね……」
シルバの口から魂が飛んでいった気がした。
「おおお落ち着けシルバ!あの人はほら、俺らより経験も全然長いし!?やっぱ上位ハンター筆頭候補だし!?」
「それにしても私達より速いなんて……実はモンスターなんじゃ?」
「おいリーシャ!必死にフォローしてんのに油注ぐなよ!あー……ホラ!俺らがまだ経験浅いのもあるだろ!特に俺やディンなんかほぼ新人なわけだし!!」
どうやらシルバは天才という言葉に拒絶反応があるらしい。
結局、このやり取りは店員がおつまみを持って来た時に飲み物を頼むことをヤマトが提案するまで続いた。
「あ、俺ボコボコーラで」
「え?ディン君飲めないんですか?」
「恥ずかしながら飲めねえんだよ、俺」
「へぇ、飲めそうなのにな」
ヤマトとシルバは麦酒を。リーシャは果実酒を頼み、酒が飲めないらしいディンは炭酸飲料を注文した。程なくして、それぞれの飲み物が運ばれてくる。
「では……緊急クエスト達成を祝って!」
「「「「乾杯!!」」」」
ジョッキ(一人は果実酒の為グラスである)を互いに打ち付け合わせ、勝利の美酒を喉へと流し込む。一瞬、四人の喉が鳴る音だけが響き、続いて幸福なため息が吐き出された。
そして次々と運ばれてくる料理。丸鳥の部位の中でも脂の多いモモ肉を使った唐揚げ、逆に脂分が少なくさっぱりした胸肉と、ユクモ村の農場で採れた野菜を秘伝のタレで混ぜ合わせたもの。シンプルな焼き鳥に、だし巻き玉子。どれも食欲をそそられる。
「このタレ、何使ったらこんな美味くなるんだ!?」
「それがわかんねえから秘伝なんだよ」
「リーシャちゃん、口にタレ付いてる」
「え!?ホントですか?」
しばし料理に舌鼓をうつ四人。シルバのお気に入りというだけのことはあり、味は相当なものであった。
「本当に、一時はどうなるかと思ったよ。それに僕は助けられたとは言え、ディン君があんな危険なマネするなんてね」
「全くだ」
「です!」
「うっ……ごめんなさい」
最後のだし巻き玉子に伸ばしていた箸を引っ込め、少し小さくなるディン。それを見て流れるように箸を伸ばしてシルバは最後のだし巻き玉子を口に運んだ。
「……なんちゃって。んー、美味しいなぁ」
「あ゛!」
またもやいたずらっぽい笑顔を浮かべてウインクするシルバ。彼は最後のだし巻き玉子を食べる為にディンを嵌めたのだ。
「ぐぬぬぬぬ……」
「これも経験の差だよ、ディン君♪」
それを見て小声で話し始めるヤマトとリーシャ。
「……もしかしてシルバさん、お酒回ってる?」
「ああ……多分」
シルバはあまり酒に強くないのかもしれない。
「お待たせしましたー、だし巻き玉子です!」
等とリーシャとヤマトが考えているうちにおかわりのだし巻き玉子が運ばれてくる。それを見たディンの目は輝き、再度シルバはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。しっかり次を注文していたらしい。
「まあ、本当にあんな危険なマネするなんて思わなかった。君、あんなこと毎回やってたら本当にいつか死ぬよ?」
麦酒ではなく水を注文しながら、少し真剣味を帯びた表情をして告げたシルバ。
「そういえばディン君ってすごく「誇り高きハンター」に固執してますよね。何か理由とかってあるんですか?」
果実酒のおかわりをついでに注文しながら不思議そうな表情をするリーシャ。それを聞いてディンは酒も入っていないのに顔を少し赤らめ、ポリポリと頬をかいた。
一つ、だし巻き玉子を口に運び、もぐもぐと咀嚼する。柔らかく巻かれた玉子はしっかりと焼き上げられており、出汁の味が口の中を駆け回る。誰でも作れる料理だからこそ、昔から慣れ親しんだ味。ディンはその味を噛み締めつつ、ゆっくりと口を開いた。
「俺が産まれる前に親父は母さんを捨てて逃げたらしくてさ」
昔から慣れ親しんだ味は、ディンに過去を思い出させていた。
「だからかなぁ、俺の覚えてる母さんのイメージはすっげえ荒れてる人だった。こんな言い方しちゃ悪いかもしんねえけどさ、クソみたいな人だったんだよ」
多分親父が稼いで、母さんは家事をしてたんだろうな、俺が物心ついた時には家はすっげえ貧しくてさ。母さんは自分でも出来る仕事を、って娼婦やってたんだよ。それもそういう娼館と契約するのも金かかるからって、個人でやってた。三日に一回位は、家で仕事やってんだ、嫌なもんだよな。そんでもやっぱ普通よりは全然貧乏なんだよ。母さんはイライラすると俺を殴るんだよなぁ。多分、あの人は母親としての「誇り」ってのは無かったんだ。生きていくのに精一杯で、そんなもん二の次だったんだろうな。
でもある日、母さんは俺を連れてベルナ村まで観光に行ったんだ。美味いチーズ、モコモコのムーファ、すっげえ楽しかった。母さんもたまには遊びに連れてってくれるんだって、すっげえ嬉しかった。でも違ったんだ。
母さんはそのままどっか行っちまった。
俺はその後ベルナ村に二ヶ月程滞在してたハンターに拾われて、そこで色んなことを教わった。まあ、ハンターに憧れたのはそこからなんだけど……その時に俺を拾ってくれたハンターは、俺にはすっげえ「誇り高きハンター」に見えたんだよ。
「だから、俺はその人みたいな誇り高きハンターになりたいし、名を轟かせて母親としての誇りを捨てた母さんを見返したいんだ。だから、俺は誇り高くありたい」
ディンの口から語られた、彼が狩人になった理由。それは普段の快活な姿からは想像も出来ない、壮絶なものであった。
「やっぱりディン君はダメです」
その時、今までに見たことがない程真剣な顔をしたリーシャが呟いた。
「誇り高くても、無茶して死んだハンターなんて、笑い者として名前が轟きますよ。目的があるなら、達成するまで死ぬかもしれない無茶なんかしちゃダメです」
「…………ああ、そうだな。なんかすまん!折角こんな所来てるのに暗い話しちまって」
ようやくいつもの調子に戻り、目の前で両手を合わせ、謝罪のポーズを取るディン。そしてそこを通りかかった店員にセセリの湯引きを注文した。
「ふふふ、じゃあここから明るい話題にしましょう」
ヤマトの隣で少し黒い笑顔を浮かべながらリーシャがそう言う。明らかに少し悪いことを考えているのが誰の目にも解った。
「この中で一番年上なシルバさん!ぶっちゃけ彼女や好きな人っているんですかっ!?」
「女子かよ!」
キラキラとした瞳で食い入るようにシルバを見つめるリーシャ。ヤマトとディンは半分引いている。
聞かれた本人であるシルバというと、真剣に何か考えている様子だった。
「うーん……好きな人はいるよ。叶わない恋だから、そろそろ諦めないと行けないけどね」
「叶わない恋!?なんてロマンチック……」
「おいヤマト、リーシャの目がやばいんだけど」
「俺に聞かれても困るんだが」
「因みにお相手は!?どんな方ですか!?」
少し酔っている今のシルバなら話してくれるかもしれない、という打算も混ざりリーシャはグイグイ聞いていく。もうヤマトとディンはドン引きだ。
当のシルバはまた少し考えた後、くしゃっとした笑顔を浮かべてこう言った。
「うん、素敵な人だよ。……いつか、話してあげる」
リーシャは黄色い声を上げてテンションを上げた。だがそのシルバの返しはヤマトやディンも予想外だったらしく、二人でボソボソ話し出した。
「なあヤマト、なんでこんなナチュラルにクソかっこいいこと言える奴なのに叶わないんだ?その恋」
「ホントだよ、今のをサラッと言えるのはすげえな……素敵な人って響きが既に素敵だもんな」
「そこ、聞こえてるよ。……なんだかんだ言って君達も年相応だねぇ、なんか安心したよ」
ヤマトとシルバは座っている場所が対角線である為、ひそひそ話がどうやらシルバに筒抜けだったらしい。シルバは少し呆れた表情をした後、またくしゃっと笑った。
「そう言う君達はどうなんだい?」
「全く無いな」
「同じく」
即答する二人。ディンはチラリとヤマトを見るが、ヤマトの頭の中にリタのリの字も無さそうに見えた。
こいつ本当になんも思ってないのかよ!
と叫びたくなる衝動を抑え、シルバの呆れた表情を眺めるディンだった。
「まぁ、僕が言えたことじゃないけどね……恋愛も割と大事だよ?」
店員がセセリの湯引きを持って来た。
「まあ、しないといけないって訳じゃないけどね」
「しないとダメですよ!!」
「女子は黙ってろ」
その後も、他愛のない話が続き、彼等はひとしきり笑った。
「そういえば報酬なんだけど……お金も素材も皆で山分けでいい?」
「勿論です!」
「異論は無いな」
「当たり前だろ!」
「オーケイ、解った。……皆、本当に生きててよかった。ありがとう」
昼間のように明るい店内の喧騒に紛れるように、しかしはっきりとした声で……最後のありがとうは誰が言ったのだろうか。
その場にいた四人全員かもしれない。
はい。飲み会です。
次回は久々にあの子が、出てくるかな。
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