久々のあの子のお話です。
リオレイア討伐を祝い、居酒屋にて宴会もお開きになり。
ヤマトは一人、自宅に向かって夜道を歩いていた。
ディンは酒を飲んでいなかった為心配は無い。シルバも自分がどこまで飲むと潰れるかを理解しているからそれを越えないように途中で茶に変えていた為大丈夫だろう。リーシャは最後までヤマトと同じペースで飲んでいた為少し心配だった。
「……まぁ、提灯あるしコケるとかは無いだろうけど」
ふと、こぼれる独り言。よくよく考えてみれば一日中四人でいたのだ、少し寂しいのかもしれない。
「……飲み足りなかったかもな」
いっそのこと、酔ってしまえばそんな気持ちも忘れられただろうに。そんな事を考えながら、一人居住区へ続く道を歩いていた。
商業区の外れになればなる程、提灯の数は少なくなっていく。足元も見えにくくなっていく為、歩幅は自然と狭くなっていく。
商業区から居住区へ移る境界線を越えると、いよいよ灯りは少なくなって来た。大小様々な家が見えるが、どこも明かりが落ちている。時刻は一時を過ぎている、当然だ。
そんな中、ほんの少し、本当にほんの少しだけ明かりが漏れている家があった。
ヤマトの家だ。
「……?」
蝋燭を付けて家を出た記憶はない。ランタンを付けた記憶もない。何故ヤマトの家から明かりが漏れているのか、家主のヤマトが理解出来ていなかった。
少し警戒して、家の中へ入る。目に映った景色はいつもと変わらない自宅の風景。本棚、机、椅子、アイテムの収納庫。机の上にランタンが置かれ、小さく灯を作り出していた。
しかし、ただ一つだけ見慣れない光景が映った。
ベッドの上で、スゥと寝息を立ててリタが寝ていたのである。
「……俺は何処で寝たら良いんだよ」
ヤマトの家にベッドは二台も無い。心地良さそうに寝ているリタを起こすのも申し訳ない。つまりヤマトは床で寝るしか無さそうだ。
「てかなんでお前は俺の家で寝てんだよ」
ランタンの光を頼りにコップに水を注ぐ。取り敢えず椅子に腰掛け、水を飲んで一息ついた。
そして少し逡巡した後、防具を脱いで私服に着替え始める。リタが起きていたら殺されるだろうが、寝ているのなら問題は無いだろう。それに、出来ることならヤマトも私服で寝たい。
「……さて、どうするかな」
シャツとズボンに着替え、何処で寝るかを考え始めるヤマト。幸い毛布は予備があったはずなので、寒くて風邪をひくということは無いだろう。明日(今日?)、目が覚めた時に少し体の節々が痛む程度だろうか。
「ばーか……さっさと帰って来い……」
ふと、聞こえた消え入りそうな声。なにか夢を見ているのだろうか、リタが寝言を呟いた。
それは恐らく……ヤマトの帰りを待つ夢なのだろう。
ふと、ヤマトが再度机に目を向けると、そこにはムーファのぬいぐるみと、恐らく畑から採れたのであろう、新鮮そうな野菜が積まれていた。
「待つ方は……辛いんだよ……ばーか」
「…………」
何気なくムーファのぬいぐるみを手に取る。モコモコの毛を再現したかったのか、触り心地がとても良い。ふかふかしたそのぬいぐるみは、心なしか少し暖かく感じた。
「悪かったな、心配させて」
「…………スゥ」
返ってきた返事は寝息。当然と言えば当然か、とヤマトは少し笑って腰を下ろし、ベッドの支柱に背中を預けた。
リタが寝返りを打つ。図らずも、二人は背中合わせの形となった。
「……ケロッとした顔で帰って来い、だったな。何とか約束は果たせたぜ」
寝ているリタに向かって話しかける。返事が帰ってこないことは解っていたが、何となく話したくなったのだ。
その理由は酒が入っていたからなのか。
一人がやはり寂しかったからなのか。
それとも……シルバの言葉のせいなのか。
「恋愛も割と大事だよ?」
その事をヤマトが思い出していたかどうかは、おそらく本人にも解らないだろう。
リタは相変わらず心地良さそうな寝息を立てている。
「なんか色々、帰ったら用意してくれてたんだな」
「……ありがとな、リタ」
「……ばーか」
思わず笑ってしまいそうな返事。ぼやけて消えそうなその声がしてすぐに、また規則正しい寝息が聞こえてきた。
こいつ、どんな夢見てるんだろうな。
そんな事を考えながら、毛布を被り、ムーファを抱えながら、ゆっくりと目を閉じるヤマトであった。
「悪かったな、心配させて」
その言葉で目が覚めた。
順調ならそろそろ帰ってくる頃かなー、なんて思って、やっと出来たムーファのぬいぐるみと、新鮮な野菜持ってヤマトの家に行って。
きっとあいつのことなんだから、なんだかんだ言ってケロッとした顔で帰ってくるんだって信じてたから。
信じてたからヤマトの家で待ってたんだけど、中々帰って来なくて。ちょっと不安になったりして。
気が付いたらしっかりベッドでぐっすり寝ちゃってたみたい。
しかも夢の中で帰って来たヤマトに文句言ってる所で、本当にあいつの声が聞こえて。
それで目が覚めた。
あいつが素直になる時なんて、あの古龍の目に怯えてる時くらいなのに、珍しく素直な言葉が聞けた気がした。
……もしかして寝てるから聞こえてないと思って素直なこと言ってるの?……寝たフリしとこ。
あー、やばい。今私、もしかして顔赤いかも。起きてるってバレないよね?
え、ちょっと?何?ベッドにもたれ掛かってきたよこの人。
あー無理!ちょっと今近付かないで!……寝返りを打つフリして顔隠さないと本当にやばい。
折角好きな人がこんな近くにいて、素直な言葉を紡いでいるのに、恥ずかしさで顔を合わせるどころか寝たフリまでしないとダメな自分にちょっとムカつく。もうちょっと頑張れよ私!
でも無理。無理なものは無理。
……こいつ酒臭くない?まさか実はもう少し早くに帰って来てたけど、打ち上げで飲んでましたーってことは無いわよね?
…………。
……まあ、もしそうなら無事に帰って来てるってことだし、良いことだよね。……私を心配させたままなのはムカつくけど。
ほんっとに、夢の中でも言ってた気がする。
待つ方は、辛いんだぞ?ばーか!ばーか!
こんな愚痴も本当は元気よく言ってやりたいんだけど、折角素直な言葉を聞けるのにそんなアホみたいな愚痴で壊したくない。
本当はお互い素直な言葉でお話したいよ。
ヤマトのことを異性として意識し始めてから、何となく私はヤマトに対して素直になれない。ヤマトもハンターになってから、あまり素直な気持ちを私に見せてくれなくなった。
無邪気な子供の頃は簡単に出来てたことが、大人になっていくにつれて出来なくなっていく。
それは、すごく変な事に思えて。でも、それはすごく自然な事にも思えて。
私の素直な気持ちってなんだろう?
もっとヤマトと喋りたい。
もっと一緒にいたいよ。
好きなんだよ。
そんな簡単なことが、素直に伝えられない。
否定されそうで怖くて。
怖いから、寝たフリをする。
素直じゃないから、寝たフリをしている。
素直な気持ちを知られたくないから、寝たフリをするのだ。
「ケロッとした顔で帰って来い、だったな。何とか約束は果たせたぜ」
そんな私の心のモヤモヤも知らないように、ヤマトは本当に素直な言葉を紡いでいた。そのケロッとした顔、私も見たいんですけど、今見たらきっと寝たフリしてるのがバレるでしょ。だから見れないのです。
でも約束は果たしてくれたんだね。流石。
あー、その顔見たいなぁ。あ、でもあんたは私の顔マジマジと見ないでね。今きっと真っ赤だから。
「なんか色々用意してくれてたんだな」
そうだよ。用意してあげてたんだよ。
ムーファのぬいぐるみ。ここ最近じゃ一番の出来だよ?どーせいらないって言うんでしょ!無理矢理でも置いて帰ってやる。
新鮮な野菜。ヤマト好きでしょ?夜ご飯時に帰ってきたら、なにか作ってあげようと思ってたんだ。あんた飯食べて帰ってきたみたいだけどねっ!!
……待つ方は辛いんだよ。無事に帰って来てくれるように、いつ帰って来てもいいように色々用意しておきたくなるんだよ。そうしたら、帰って来てくれる気がするから。
「……ありがとな、リタ」
……。
………。
…………。
ばーか。卑怯者。
これだから、こんな筋肉バカの鈍感男を好きになるのよ。
「……ばーか」
もう、素直な言葉は溢れる程貰っちゃった。
夢はもう覚めていい。
だから、寝言っぽく返事をしてあげた。やっぱり寝たフリってバレたくないもんね。
しばらくすると、気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。寝るの早。疲れてたんだろうなぁ。
……ベッド占領してるの、悪かったな。
ばーか。
「……大好き」
私の、一言だけの素直な言葉。
ヤマトの寝息のリズムは変わらない。
……寝たフリじゃないでしょうね。
うわぁ、これ今までで一番読んで下さった方の反応が怖い……
読んで下さった皆さん、素直な気持ちで感想を下さい。笑
お時間ありましたら感想、評価、よろしくお願いします。