はい。それではどうぞ。
「ようオッサン」
「あう!ヤマトぢゃねえか!リオレイア討伐したんだってな」
朝食を済ませ、ヤマトは加工屋に足を運んでいた。理由は至極単純。
「もう知れ渡ってんのな……コイツで新しい武器、作ってくれないか?」
理由は至極単純、リオレイアの素材で新たな太刀を作ってもらう為である。
現在ヤマトが愛用している太刀、鉄刀「楔」は鉱石を素材とした武器である為、割と製作難易度も低く、万人に扱われる事を目的としている。即ち、軽めで扱い易いが、威力に欠けるのだ。
しかし、モンスターの素材を使った武器は全て同じ様に作れるとは限らない。だからこそ加工屋の腕が試されるのだが、腕の良い加工屋ならそのハンターの使い易いようにオーダーメイドすることも可能なのだ。
ヤマトはリオレイアの素材で、自分だけの太刀を加工屋に求めたのだ。
「あう!初めての飛竜討伐だからな、お代は安くしといてやるぜ!少し待ってな、これだけあれば二時間もありゃ作れるはずだ」
ハンマーをぶんと肩に担ぐ加工屋。助かる、と言いながらヤマトは素材を手渡した。
「昼間にまた来な!イイもん作っといてやる」
「ああ、また来るよ」
代金を先に払い、加工屋を後にしたヤマト。昨日、リオレイア討伐の報酬金を受け取っていない分を受け取りに行く為、集会所へ向かうことにした。
「おお、ヤマト!テメェやったじゃねえか!」
「本当にお前は超大型新人だな、おい!」
集会所に入るや否や、瞬く間に同業者達に囲まれた。そして掛けられる声や小突かれる肘は……驚く程に暖かいものだった。
「ヤマトさん、おかえりなさい!!良かった……皆さん無事と聞いて本当にホッとしました!」
そして受付嬢、ミクも顔を覗かせ、潤ませた瞳で満面の笑みを見せてくれた。
その輪に囲まれて、改めてリオレイアを倒した、ということを実感したヤマト。それも緊急クエストを達成したのだ、彼等の出迎えも大袈裟では無いだろう。
「あっ、報酬金ですよね?シルバさんが一人一人分分けていますのでこちらに用意しております、どうぞ!」
「……いや、そっち行けねえんだが」
ミクが駆け足で受付へ戻り、手を伸ばしてこちらに来て欲しいことをアピールする。しかし、ヤマトは未だにハンター達の輪に囲まれている為、そちらに移動できそうには無かった。
しかし、報酬金を早く受け取る必要性も特には無い。少しの間だけ、彼等に付き合うのも悪くは無いな、と感じたヤマトは諦め、彼等と共に席につき、少しだけ語らい始めた。
話に花が咲くこと一時間少々。
基本的にハンターという仕事をしている人間は語らい始めると長い。
いつ、どんな仕事で死ぬか解らないから、話せる内に色々な事を話しておきたくなるのだ。
まだまだ午前中だから酒を飲んでいるハンターは少ないが、それでもまるで夜の酒場の様な喧騒に包まれていた。
「にしてもディンの奴も中々やるなぁ!アイツは最初からただモンじゃねえと思ってたが」
「それって俺は最初は大したことないと思ってたってことか?」
「ちげぇねぇ!ギャハハ、すまねえなヤマト!」
「……ヤマトさん、絶対私の事忘れてる……」
受付でむすっと膨れているミクに気付くハンターは居ない。
「ウィぃ、まあそう言うなミクぅ。たまにはあーさせてあげなさいな」
酒樽に腰掛け、瓢箪に入った酒を呷るギルドマスターが、そんなミクを窘める。
緊急クエストが終わり、正に束の間の休息といった風景だった。
束の間の休憩は、いつまで続くのだろうか。
願わくば、誰もがそんな時間をずっと、過ごしていたいと思うのだろう。
「ん?うい、渓流の観測隊から伝書鳥で手紙が来たな」
しかし、束の間の休憩はあくまでも「束の間」でしかないのだ。
「……んん?ちとまずいなぁ……チミ達!ちょっと聞いてくれぃ」
突如大きな声を出したギルドマスター。そのよく通る声に、ハンター達は一度話を止め、一斉に彼の方を向いた。
「リオレイアが居なくなった渓流にナルガクルガが入ったらしい。しかもこれが本当に急に現れたみたいでなァ、気は立ってないらしいが村人に渓流への立ち入り禁止を出すのが少し遅れたらしいんだなァ」
渓流に現れた、新たなモンスター。
ナルガクルガと言うと、迅竜の名を持つ飛竜種のモンスター。素早い動きで木々を飛び回る強力なモンスターだというのがハンター達の共通認識だ。
「まあ、昨日リオレイアが討伐されたばかりで渓流に行った村人も居ないだろうし、気が立ってないらしいからとにかく急いで退治せにゃならん訳じゃ無いが……早めの狩猟を頼む」
基本的に村人達はモンスターが討伐されてすぐは狩猟場に入ることは無い。まだ何か危険がある可能性があるからだ。正式に安全だと観測隊から連絡があれば、本当に安全だと感じ、狩猟場で採取等を行うのが主だ。
しかし、ヤマトは今日に限ってとある事を思い出していた。
『あ、ちなみにリタちゃんは渓流にタケノコ取りに行くそうよ』
「リタッ!!」
自然と体が動いていた。
何も考えず立ち上がり、何も考えずに集会所を出る。
何も考えずにそのまま階段を駆け下り始めた。
「まさか……ヤマトッ!止まれっ!オメェ1人じゃ無理だっ!!」
後ろから聞こえる、ギルドマスターの静止の声。それすら、今のヤマトには聞こえていなかった。
「あのバカ、何で今日に限ってそんな事しに行くんだよ……!」
普段から鍛え上げられている脚力を持ってすれば、階段などあっという間に降り切る事が出来る。まず真っ先に向かったのは加工屋。武器を持たねばモンスターを戦うことすら出来ないのだから。
「オッサン!出来てるか!?」
「あう!はええな、ヤマト!そう急かすな、出来てるから。ほれ、飛竜刀『翠』だ!受け取りな!」
翠色に輝く太刀、飛竜刀『翠』。それを受け取り、お礼を言うが速いか、またもや全力で駆け出すヤマト。その表情は鬼気迫るものがあり、加工屋は思わず身震いした。
「……何があったんだぁ?」
竜車は使えない。依頼を受けて行く訳では無いから。
だったらどうするか。ヤマトの中で選択肢は一つしか無かった。
竜車で揺られること三十分。それで渓流に着くのなら……
ヤマトが全速力で走り続ければ十五分でベースキャンプまで到着出来るはずだ。
逡巡は無かった。
一切の迷いも無く、己の体を最大限奮起させ、渓流への道のりを走り出すヤマトだった。
「リタ……!」
「んしょっ!」
これで五つ目だろうか。
特産タケノコは渓流でしか取れない、ユクモ村近辺の名産品である。
毎年この時期になると母のハルコに頼まれ、リタは特産タケノコを渓流まで取りに出かける。母の作るタケノコ料理は絶品である為、今まで一度も断ったことは無かった。
特に今年のタケノコ取りはリタにとって楽しかった。
「あいつ、仕事の時はいっつもこういう場所で戦ってるんだろうなぁ……」
ヤマトの普段観ているモノを、直に感じることが出来るからだ。
ハンターであるヤマトは狩場となる渓流に度々出向き、ジャギィやファンゴ、アオアシラ達と命を懸けた戦闘を繰り返している。その中で大自然の風景と出会い、自然を感じているのだろう。
相手はタケノコで、自分の食卓の豪華さを懸けて戦っているリタだが、それでもヤマトと同じような事をしていると感じるのは楽しかった。
だからだろうか。
「ギャオォォォォォ!!!」
「!?……なに、今の?」
何か、凄まじい轟音が聞こえた時、瞬間的に命の危機を覚えたのは。
いても立っても居られなくなり、タケノコを袋に入れてキャンプへ戻ろうと走り出すリタ。その足取りは不安げで、今にも消えてしまいそうな……
「嘘、でしょ」
タケノコが生えているのはエリア3。キャンプに戻る為には、エリア2を通らなくてはならない。
そのエリア2では……ケルビを貪る、黒い体毛の巨大なモンスター……ナルガクルガが君臨していた。
見る影もなく無惨な姿と成り果てたケルビ。それを全く意に介さず屍体を貪り食うナルガクルガ。その情景はあくまでも、残酷な程に、弱肉強食を表していた。
そしてそれは……見つかればリタもそうなる、という意味も込められている。
見つかったら、死ぬ。
あのケルビと、同じ末路を辿る。
え、待って。ヤマトの奴、いっつもこんな事やってるの?
本当に死ぬかもしれないじゃない。
アマネさんも、他のヤマトの友達も、皆こんなのと戦っているの?
震えが止まらない。
逃げなきゃ。
遠回りしてもいい。
逃げなきゃ。
足が動かない。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ!
「あうっ」
心に対して体が付いていかない。リタはその場で足をもつれさせ、転んでしまった。
そしてその際出してしまった声が、ナルガクルガの意識を傾ける原因となる。
その眼。
その迫力。
その存在感。
見られただけなのに、心臓が口から飛び出すのではないかという程の恐怖と絶望感。
口にこびりついたケルビの血が、より一層リタの死に対するイメージにリアリティを付け加えた。
「無理……だめだよ……」
一度転んでしまうと、体の震えはいよいよ止まらず言う事を聞かない。立ち上がりたいのに、這ってでも逃げたいのに、虚しく地面を擦るだけである。
ナルガクルガは品定めするかのように、ゆっくり、ゆっくりと警戒しつつもリタの方へ近付いてくる。
まだ死にたくない。
もっと生きていたい。
やり残した事が多すぎるよ。
目から涙が零れ落ちる。完全に、全てを放棄した弱者の姿だ。
誰か、助けて。
お願い。
誰か。誰か……
「ヤマトォ……助けてぇ……」
声もろくに出すことが出来なかった。
涙で視界が霞む。
少しずつナルガクルガが近付いてくる感覚。
もうダメだ。
「リタァァァァッ!!!」
誰かが私を呼んでる。
誰?
間違えるはずもない。
昔から聞いてる声。
大好きな声。
目を開けると、そこには手を伸ばせば届きそうな距離にいるナルガクルガと……そのナルガクルガを斬り付けるヤマトの姿があった。
「ヤマト……ヤマトォ!」
実はこの話、最初からずっと書きたかったんです。
当初通りになれば、いいな。
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