モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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紅煌流星

 足が痛い。

 ぶっちゃけ言うともう既にスタミナは限界に近づいている。

 そりゃそうだ、いつも竜車でガタゴト三十分かけて到着する渓流ベースキャンプ。まずそこまでに全力疾走で十五分で到着し、そこからタケノコが生えてるエリア3を目指して休まず全速力で走ってきたんだ。はっきり言って間に合ったのは奇跡かもしれない。

 

 でも、間に合った。今、俺の背中には生きているリタが、俺の目の前にはリタを食おうとしたナルガクルガがいる。

 

 リタは、生きてる。間に合った。その事実がありゃ、俺の足が棒みたいなんてことはどうだっていい。

 

「ヤマト……ヤマトぉ……」

 

 本当に、本当にすぐ後ろにいるリタは余程怖い思いをしたのだろう、腰が抜けて顔を見なくても解るくらいに泣きじゃくった声を出した。

 抱えてでもベースキャンプに連れて帰りたいところだが、そんな事してると間違いなく目の前のナルガクルガに狙われて共倒れだ。俺がこのモンスターを引きつけている間に、こいつには自力で逃げて貰わなきゃならない。

 

 ナルガクルガははっきり言って俺の手に負えるレベルのモンスターじゃない。まともに正面から向かって勝てる可能性は無いだろう。ましてや俺は何の準備もせずに太刀だけ提げて走ってここまで来たんだ、便利なアイテムなんてものも持っていない。相当ムチャなことを、今俺はしようとしている。

 

 だが……そんな事知ったこっちゃねぇ。

 

 たった一人の幼馴染だ。

 たった一人の親友だ。

 例えコイツが「俺に守られるのは恥だ」と言おうが、俺もそれを肯定しようが、コイツだけは何としてでも守る。

 

 俺を初めて認めてくれたリタだから。

 死ぬまで俺の心を見透かして勝ち誇るだろうリタだから。

 心を見透かして、俺を精神的に助けてくれるリタだから。

 

 たまには俺にも守らせろ。そして思いっ切り恥かきやがれ。

 

 もう、友達を失いたくないんだよ。

 

「リタ、逃げろ」

 

 ただ一言、それだけ言う。

 顔は見ない。いや、見せない。

 顔を見せたらこのモンスターが俺より遥かに強いことを、コイツは見抜くだろうから。

 そうなりゃコイツ意地でもここを動かずに一緒に戦おうとしそうだし。

 それに俺だって勝算が全く無いわけじゃない。

 だから安心してさっさと逃げろ。

 

「あぅ……ヤマト……」

 

 ナルガクルガは突然の俺の襲撃に驚いてこちらに警戒を送りつつ距離を取っている。もう直に俺を狩猟対象と見なして咆哮し、襲って来るだろう。

 

「ありがとう……帰ってきてね」

 

「ああ、約束する」

 

 つい反射的に言ってしまった。

 本当に、コイツは……俺じゃ一生敵わない。

 背中からリタが立ち上がり、ナルガクルガとは間逆の方へ走っていくのが感じられる。そして視覚からは、そんなリタを逃がすまいと咆哮をあげようとするナルガクルガの姿が見えた。

 俺は太刀を構え、ナルガクルガが吼えるためにその口を開ける瞬間を見極めるべくただただ集中する。

 そしてその瞬間は訪れた。

 

「ギャオォォォォォ!!!」

 

 リタがその驚異的で脅威的な咆哮に怯え、耳を塞いで蹲る。そんな中俺は……耳を塞ぐことなく足に鞭打ってナルガクルガに突撃した。

 

 曰く、居合の達人が刀を抜く時、納める時。その瞬間、一体何を見ているのかという問の答えはこうだったらしい。

「何も見ていないし、何も聞こえていない」

 極度の集中から放たれる太刀筋、神速の納刀は外界の全てをシャットアウトするらしい。

 俺は太刀で攻撃をいなすように……極度の集中で咆哮を、強者への恐怖をいなした。

 

「止まるな、逃げろ!!」

 

 ナルガクルガはリオレイアのように炎のブレスを吐くことは無い。尻尾に毒の棘があるわけでも無い。

 では何故俺達ハンターにとってこのモンスターが強敵となるのか。異常に速いからだ。少しでも止まれば、こいつの射程範囲内。実際俺が突撃していなかったら、ナルガクルガの標的は俺ではなくリタだっただろう。

 

 ナルガクルガは標的を俺に確定させたのか、クソ長い尻尾を振りかぶり、辺り一帯を薙ぎ払うかのように振り回した。アマネなら嬉々として尻尾を踏みつけて跳ぶんだろうが、俺にはそんな芸当は出来ない。太刀を斜めに構え、尻尾の下から舐め上げるように刀身で軌道をずらし、空いた隙間に滑り込む。

 回復薬すらまともに持ち込んでいないのだ、攻撃は極力躱すかいなす。それでこいつのスタミナ切れを狙う。その隙に俺も逃げる。

 これが今回のプランだ。まあ、俺のスタミナが持つかも問題なのだが……やるしかねえ。

 尻尾を掻い潜るようにいなして躱した俺の位置は、丁度ナルガクルガの背後を取った形になる。狙うは後ろ脚。俺は横一文字に太刀を振り抜いた。

 この飛竜刀『翠』は驚く程に俺の手に馴染んでいた。持ち手の安定感、振り抜いた時にしっかり感じる重量感。そしてこの斬れ味も悪くない。飛竜刀『翠』は確かにナルガクルガの後ろ脚に傷を与えていた。刀身から染み出す毒が傷口に入り込む。

 

 とにかく疑わしい行動は全て攻撃が来ると思え。攻撃が来ると思えばすぐにいなすか躱すかの判断をしろ。帰ってきて、と言われたんだ。俺にとってただ一人の幼馴染なら、アイツにとってもただ一人の幼馴染が俺なんだ。生きる選択をしろ。

 

 ナルガクルガが頭をあげて俺の位置を確認し、後ろ脚の筋肉が隆起するのが見えた。そこから予想されるのは後ろ脚で蹴られるか、後ろ脚を軸にして体の向きを入れ替えるか、回転して薙ぎ払うか。だったらどうする?……引くしかない。

 すぐにバックステップ。念のために低めに太刀を構え、いつでもいなせるようにはしておく。

 予想その三が的中。ナルガクルガは後ろ脚を軸足にしてその場で高速で回転し、その尻尾で辺り一帯を再度薙ぎ払った。しかし、その射程範囲内に俺はいない。そのままもう少し距離を取り、一度足を休める。

 

「グォォォッ」

 

 二度の薙ぎ払いが不発に終わったことに対してイラついているのか、地面に尻尾を軽く数回叩きつけ、威嚇するナルガクルガ。挑発のようにも見えるが、それに乗れるような余裕は無い。とにかく時間を稼げ、生きろ。生きる為に集中を切らすな。

 威嚇か挑発か解らないその行動にこちらからのアクションが無いことを悟ったのか、ナルガクルガは左腕(前脚?)で体の半分を隠し、獲物を狙う前の準備体勢の様なものを取り始めた。それはまるで、俊足の人間が走り出す前に両手の指先を地面に付け、尻を上げるような……

 

「ギャォアッ!!」

 

 その表現は正しかったらしい。ナルガクルガは恐ろしい速度で俺との距離を詰め、俺の太刀よりも鋭そうな翼刃で俺を切り裂こうと腕を振るった。あまりの速度と突然の出来事に、俺は太刀で無理矢理その一撃を止めて無理矢理いなすしか出来ない。ヤバイ、腕が痺れる。鉄を殴ったかのような衝撃。骨を伝って上半身が震えるような感覚に襲われた。

 更にまずいのはそのナルガクルガの翼刃は両腕に付いており、もう片方の腕で俺をもう一度切り裂こうとしていたことだ。さっきみたいに無理矢理いなすなんてことも不可能。だったら重い足を無理矢理動かすまでだ……!

 

「っだァ!!」

 

 声を出して無理矢理足を動かし、クソブサイクながらもなんとかナルガクルガの二撃目を躱すことにも成功した。

 すぐに体勢を立て直し、ナルガクルガが飛び掛ってきた位置に視線を移す。しかしそこにあいつの姿は無かった。

 

「どこだっ!?」

 

 咄嗟に背後を向いたのは正直偶然だろう。しかしその偶然が功を奏した。ナルガクルガはその後恐ろしいスピードでステップを踏み、俺の背後に回っていたのだ。そして片方の腕を引き、翼刃で俺を斬る気マンマンだ。

 

「何回も好きにさせるかよ!」

 

「ギァァァ!!」

 

 翼刃の内側に回れるように片脚で踏み込み、翼刃を滑るように攻撃をいなす。そのまま踏み込んでいない方の足を前へ。すると自然に、俺はナルガクルガの懐に入り込んでいることとなる。

 

「うァァァッ!!」

 

 斜めから袈裟斬り。返す刀でもう一太刀。足を一歩後ろに引くと同時に太刀も引き、踏み込めば太刀も同時に突き刺すように突き出す。ここまで近づいてしまえば、尻尾で薙払おうにも前脚が邪魔だ。となるとこいつが俺を引き剥がす方法はただ一つ。

 ナルガクルガが大きく口を開け、俺を視界に捉える。そう、俺を引き剥がす方法、それは……噛み付くこと。

 しかしそれが来ると解っているならその牙は恐れるに足らない。思い切り地面を蹴り、後ろに引けばその牙はガチン!と音を立てて空を切るのみだ。

 その噛み付きが不発に終わったことがイラつきの頂点に達したのだろうか、ナルガクルガの目が赤く輝き始めた。そしてその眼光が残像で遅れて見える程の速さでステップを踏み、俺から少し距離を取ったナルガクルガ。そして……凄まじい咆哮をあげた。

 

「グギャァァァァァァアアア!!!」

 

 余りの轟音に耳を塞ぐ。間違いない、怒ってやがる。

 耳から手を離し、いつ攻撃が来てもいなせるように太刀を構えた……途端、俺は奴を見失った。

 赤い残光が見える分、つい一瞬前までどこにいたかは解る。しかし、「今」何処にいるのかが全く解らない。速すぎる!

 

「ギォォァ!!」

 

 そして気が付いた時には背後に寒気を感じていた。すぐに振り返ると、前脚後ろ脚、尻尾までの全身を大きく広げて俺に飛び掛るナルガクルガの姿だった。直撃ルートだ。

 あの面攻撃はいなせるもんじゃない。かといって躱すことも恐らく不可能。

 

「あ゛ぐっ」

 

 少しでも衝撃を抑えるために思い切り後ろに飛ぶ。しかしその巨体から繰り出される体当たりの威力は相当なもので、口から空気が抜けていく感覚が感じられた。

 そして一瞬後に訪れる鈍い痛み。身体の内部に重りを乗せられたかのようなズシリと響く痛み。足の酷使による痛みなんぞ可愛く思えてきた。

 

 だけど倒れる訳にはいかない。集中を痛みで切らす訳にもいかない。

 

 赤い光を放つ目で俺をロックオンし、またも突撃姿勢で静止するナルガクルガ。その姿勢はさっきも見たんだぜ?そう簡単にやられて……

 

「ギャァアッ」

 

「たまるかよッ!!」

 

 一撃目は後ろに飛んで躱す。二撃目は太刀を滑らせていなす。するとナルガクルガは更にあらぬ方向へ飛び、前脚を軸に体を回し、再度俺を正面に捉える。

 そして先程俺を吹き飛ばした……体当たりをぶつけてきた。

 だから、そう何度も同じ事されたって簡単にはやられねえよ!

 スライディングをするかのように体を低くし、足元をすり抜けるかのように後ろに回る。そして先程奴がやったように足を軸にして体を回し……俺はナルガクルガを正面に捉えた。

 そして振り抜く太刀。それと同時に腰を一気に引く。今日最大の一撃だ。

 

「グギャッ!?」

 

 流石にこの一撃は堪えたのだろう、初めてナルガクルガは怯み、自ら逃げの為に距離を取った。

 ここに来てやっと対等。いや、俺は全身が痛いし極限状態の足をアドレナリンで誤魔化してるだけだから対等じゃねえな。参った……こいつ、マジで強い。

 距離を取ったナルガクルガは、突如翼を大きくはためかせ、勢いよく空に逃げ始めた。まさかあいつ、エリア移動するつもりか!?まずい……大いに厄介なことになった。

 

 最も厄介なのは最初に俺はエリア1からここに来て「後ろから」ナルガクルガに奇襲を掛けたことだ。つまりリタは真っ直ぐエリア1へ逃げていない。あいつは方向音痴じゃないからどっちに進めば最終的にベースキャンプに帰れるかは解っているはずだが、エリア6や7はハンター位しか近寄らない。そっちの方へ行っていたら、自然と足取りは重くなるだろう。そんな所にナルガクルガが現れたら……

 もう一つ厄介なのは俺の足がかなりヤバイ。走るのも辛いのだ。エリア移動されるといよいよもってこっちのスタミナがまずいことになる。

 

 しかし、そんな俺の危惧を嘲笑うかのようにナルガクルガは空を飛び、エリア移動を始めた。あの方向……エリア6だ。頼むリタ、エリア4から逃げててくれよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが何処か解らない。

 

 さっきはあんな怖い思いして、必死に走って逃げてきたのに、そのせいで軽く迷子になるなんて。

 私、結構アホなんだなあとか思ったり。

 そんな事を考えられるくらいには落ち着いた。

 

 ヤマトが助けに来てくれたから。

 

 何よ、結局助けてくれるんじゃないの。

 

 ……すっごいカッコよかった。

 

 はっきり言って今までの人生で一番怖い思いして、一番命の危機を感じたのに、そんな時ですら好きな人がカッコイイ、という気持ちが勝っちゃうのだから私は結構やばいと思う。

 

 でもやばいのはこの状況。こんな所まで来たことないから、どうやって戻ればいいのか全くわからない。

 しかもさっきからちょっと寒気がする。嫌な予感がする。

 

 ……ううん、ヤマトだもん。私が無理なお願い言ったって、いつもしっかり果たしてくれたヤマトだもん。

 

 そう、あいつが負けるなんてない。あいつが帰ってこないなんて、あっちゃいけない……

 

 

 

 

 

 

「ギャオォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 聞きたくなかった。

 今、その悍ましい声だけは聞きたくなかった。

 

 頭の中に再度蘇る、死の強い恐怖と絶望感。私は恐る恐る後ろを振り向き……

 

「いや……いや……ぁぁああァあァァアぁ」

 

 だめだ。もうだめ。

 なにもわからない。

 めのまえのくろいばけものは、しっぽをふりまわし……おおきくほえながらなにかをとばした。

 

 なにかを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬が熱い。

 

 恐る恐る目を開けた。

 

 目の前には黒いバケモノは見えない。見えるのは……大好きな人の背中。

 

 そうか、この熱い頬の原因は涙ね。また私を助けてくれた。

 

「ゲホッ!……ゴホッ」

 

 

 

 

 その背中は……ゆっくり地に沈んだ。

 

 

 

「え?」

 

 何故?

 彼の……ヤマトの腹には、あのバケモノの飛ばしたと思われる大きな針が、二本刺さっていた。

 そこから溢れ出す、どす黒い液体。閉じられた瞳。そこから連想されるものは……

 

「うそ、でしょ?」

 

 何も考えられなくなった私は生きることを放棄した。あのバケモノが飛ばした針を受けて、死を受け入れるつもりだった。

 

 しかし、その瞬間にヤマトは私を庇い……私の生を信じたのだ。

 

 生きることを放棄した私の、「生きること」を願ったのだ。

 私の、大好きな人の、生きることを捨ててまで。

 

「ねぇ……ヤマト?ヤマト……返事してよ」

 

 瞳は開かない。

 血も止まらない。

 そこにあるものが、現実。

 

「嘘でしょ?ねぇ、返事してよ……!ねぇ!!」

 

 涙が落ちた。

 頬が熱かった理由。それは……ヤマトの血が頬に付いていたのだろう。

 

 その時。

 

「ガハッ……」

 

 ヤマトが咳き込んだ。

 

 まだ、生きてる?

 

 まだ、生きてる!

 

 でも、あのバケモノがすぐに私達を殺そうとするのは解りきっていた。

 どうするべきなのか。

 

 ……。

 

 ………。

 

「ねえ、ヤマト」

 

 アンタ、あれだけ私は助けなくても自分で何とかするとか言ってたわね。

 そのクセに、こんな短時間に、二回も私を助けてくれるんだね。

 

 今度は、私が助ける番。

 

 ヤマトの背中に携えられた、翠色の太刀を鞘から引き抜く。

 

 そういえば私、アンタと同じ仕事してみたいって、思ってたんだっけ。

 どこまでやれるかわからない。

 でも、やるしかないんだ。

 

 待っててね。

 

「私が、コイツを倒すから……!」






ちょっと、次回のお話は遅くなるかもしれません。ご了承をば。

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