実は先日、この作品が一周年を迎えまして。
一年も経ったのにヤマトとリタの関係は発展しませんでした。
……本編をどうぞ。
ドンドルマの実力派ハンター。
曰く、彼はどんな狩人とチームを組んでもその実力を最大限発揮し、チームメイトから常に信頼を置かれるらしい。
曰く、彼は一人で上位相当のモンスターに立ち向かい、当然のように帰ってくるらしい。
どんな状況であってもその状況に合った最大限の仕事をするハンター。彼と共に狩猟を行ったハンターは、口を揃えて「あんなに戦いやすかった狩猟は初めてだ」と言うらしい。
まるで魔術を使って戦いを有利に進めているのでは、と囁かれる彼には「魔術師」という異名が付けられた。
それがアマネの彼氏、ロックスである。
二年前、唐突に姿を消してから目撃情報が消えた彼を誰もが死んだと思っていた。当時の月刊「狩りに生きる」では、「魔術師、まさかの死亡か!?」という見出しにまでなった程である。
そんな死んだと思われていたロックスが、ユクモ村の温泉に浸かっていたのだ。アマネが叫ぶのも無理はなかった。
ちなみに、そんなアマネの叫びを聞いた酒場の狩人達は、何故か温泉に様子を見に行くことが出来ないでいた。
入ったら、アマネに殺される気がしていた。
「……やっぱいいもんだな、ここの温泉」
そんな外の様子や世間も知らずに幸せそうな顔で酒を飲みながら温泉に浸かるロックス。
隣で涙を拭きながら酒を注ぐアマネの顔は少し不機嫌そうだ。
「いいもんだなじゃないわよ、アンタ本当に全く連絡くれないんだから……」
「悪かったって。しゃーねーだろ、新大陸の調査だぜ?手紙を送りたくても送れなかったんだよ」
ロックスは各ハンターズギルドに十二名までしか設置できない超実力者ハンター、「ギルドナイト」である。ギルドナイトの仕事は狩猟だけに留まらない。防衛戦の指揮、違法ハンターの取締、そして未知のフィールドの開拓等。今回ロックスは、新たな大陸の狩場の調査に出向いていたらしい。
基本的にギルドナイトの仕事は家族であってもその内容を明かすことは許されていない。だから、アマネにも「ヤバイ仕事が入った」としか言えなかったのだ。
「ま、良かったよ。流石に二年ほったらかしてると他の男に寝取られてるかもなーとか思ってたし」
「アンタにだけは言われたくないわよ。……新大陸で浮気してないでしょうね、アンタ」
「あー、酒場のエリザベートは可愛かったな。宿の女将は見た目はちょっと地味だったけど結構激しかった。あと同業者のフローナは上品でなぁ……」
次々と女の名前がロックスの口から飛び出してくる。中には明らかに夜を共にしたと思われる発言も含まれていた。
ロックスはかなりの女たらしであり、色情魔なのだ。
「本当に死ねば良かったのにね、アンタ」
毎度毎度仕事で何処かへ行っては、何人もの女を誑かして帰ってくる。最早いつもの事なのだが、その度にアマネはロックスに殺意を覚えるのだ。
ロックスは悪びれる様子も無く酒を注ぎ、一気に呷る。ぼーっと空を見つめながら、不意に小さく笑った。
「何よ」
「いや、お前よりいい女は居なかったな、って」
ふと、ロックスの脇腹が見えた。そこにはまだ新しい、鋭利な爪で引き裂かれたかのような傷痕が残っていた。
「……当たり前でしょ。アンタみたいな禄に連絡も寄越さないヤリチンをいつまでも好きでいる女なんか私しか居ないわよ」
ロックスに背中を向けてアマネがぶっきらぼうに呟く。爪の傷痕を見たからか、お前よりいい女は居なかった、と言われたからか。
「しばらくユクモ村に滞在するつもりなんだが……俺の部屋、まだ残ってたりする?」
「残ってないわね」
「だよなー、普通俺が死んだって思うもんな。……しゃーねぇ、またどっか部屋借りるしかねえか」
ロックスが酒を注ごうとする。しかし、もう徳利の中身は空だった。
「ありゃ、無くなってたか」
少し残念そうに徳利を盆に戻すロックス。するとその徳利を手早くアマネが取って急に立ち上がり、何を考えたかロックスに思い切り投げ付けた。
ゴン!という音が鳴り響き、ロックスの頭に命中する。徳利はそのまま温泉の中へダイブして、ロックスの頭も痛みで一瞬温泉の中へダイブした。
「っぶはぁ!いってぇな!お前いきなり何すんだよ!」
はだけたユアミセットを直すのを忘れていたアマネは、勢いよく立ち上がったことも相まって完全に全裸になっていた。そんな全裸で仁王立ちして、急に思い切り笑いだす。
「ふふっ、あはははは!!あー、スッキリした!……おかえり、ロックス」
まだアマネは、ロックスに帰ってきたことへの感謝の挨拶をすることを忘れていたのだ。しかし、ここまで浮気話を聞かされていたのに普通に「おかえり」と言うのが少しムカついたのか、照れ隠しも含めて攻撃してからその言葉を口にしたのだ。
そんなアマネの心情を解らない程、ロックスは馬鹿ではない。たんこぶが出来そうな頭を抑えながら、全裸の彼女を真剣な表情で見つめ、優しそうに笑った。
「ははっ、お前らしいわ。……おう、ただいま、アマネ」
「酒、おかわりあるわよ」
もう他に湯浴み客は来ないと見越してユアミセットを着直さずに、元々アマネが一人で飲む予定だった酒を盆に置く。そして、もう一度ロックスの隣で湯船に浸かり始めた。
「いやタオル巻けよ」
「アンタには見られまくってるからいいの。ほら、注いであげる」
ロックスの徳利に酒を注ぎ始めるアマネ。ロックスもそう言われては特に無理矢理ユアミセットを着直させる理由も無い為、そのまま注がれた酒を飲み始めた。
その時である。
「おいアマネ、さっきすげえ声したけど何かあったの……か……?」
「どしたのヤマト、そんな固まっちゃって……ってぇえ!?アマネさん!?」
ヤマトとリタが温泉に入ってきたのである。
二人の目には脱ぎ捨てられた女性用ユアミセットと、金髪の男に酒を注ぐアマネの姿が映っている。あの叫び声からは全く想像も付かない、その光景。疲れきっていたヤマトは思考を放棄して、その場に固まってしまい、リタはあれやこれやと思考を巡らせ、頭から煙を出した。
「あちゃー……人来た」
「だからタオル巻けよって言ったのに」
対するアマネとロックスは特に驚いた様子も無く、イタズラがバレた子供のような仕草をしていた。ちなみにユアミセットを着けずに温泉に入るのはルール違反である。
「あー……えっと、えっと!……ヤマトは見ちゃダメ!」
「うぐぅぉぉ!!リタ、お前……それいうならせめて上半身を攻撃しろ」
思考がショートしたリタは、何を思ったのかヤマトの股間を思い切り蹴り上げた。久々の不意打ちにヤマトは反応出来ず、その場に蹲るしか出来なくなる。
「え?えっと、アマネさん?えーっと……どういうあれですか!?」
あたふたして何も無い所でお手玉をするように手を動かすリタ。それを見てアマネは少し申し訳ない気持ちになってきた。後ろで悶えているヤマトがより一層罪悪感を引き立てる。
「あー、ごめんリタちゃん。この人私の彼氏。全裸なのはまあ、事故があって……」
「かっ彼氏さん!?生きてたんですか!?」
頭の中に入ってくる情報が多過ぎて温泉に浸かっていないのに体中が真っ赤になるリタ。そこでやっとヤマトが起き上がり、呻きつつもなんとか立ち上がった。
「てか、なんで貴方達当然のように二人で入ってくるのよ、夫婦?」
説明するのも面倒になってきたアマネがユアミセットを着直しながらボソリと呟く。しかし残念ながら、頭がパンクしているリタと股間の痛みがパンクしているヤマトの耳には届かなかった。
「……ごめん、ロックス。チェンジ」
「いやそこで俺に振られても困るんだが」
力尽きたように両手をあげるアマネ。ロックスはその光景を楽しみつつも、なるべく傍観者のポジションを崩さずにいた。
「俺が居ない間もそれなりに楽しんでたみたいだな、良かったじゃねえか」
「私が居ない間に他の女と寝てた奴に言われたくないけどね。まあそれなりには」
そこでロックスは湯船から上がり、ひたひたと歩き始めた。脇腹の傷を、なるべく見せないように腕で隠しながら。
「んじゃ、俺のぼせたし上がるわ。お前らもハンターなら俺と仕事する機会あるかもな、宜しく。俺はロックス、お嬢ちゃんみたいな可愛い子との仕事なら大歓迎だぜ」
そのまま暖簾をくぐって帰るのかと思いきや、リタの手を取って優しい表情で甘い言葉を並べるロックス。既に容量を超えているリタの頭では状況を整理することすらできそうに無かった。
「ダメよリタちゃん、そいつのペースに乗っちゃ。次会った時にはベッドに連れ込まれるわよ」
「え?え?」
「冗談だよ、悪いなお嬢ちゃん。じゃ、また」
ひらひらと手を振りながら次こそ暖簾をくぐったロックス。ヤマトとリタは呆然とその背中を見るしか無かった。
「ごめんね、あんなんだけどいい奴だから。私も上がるわ、二人でごゆっくり」
そしてアマネも暖簾をくぐって温泉を出る。残されたのは呆然とした二人だけとなった。
「……」
「……入るか」
「……うん」
謎の気まずさを感じた二人だった。
前書きでも書きましたが一周年を迎えました。
二回ほど日間ランキングにも載りまして、少しは皆様に愛される作品になってきたのかな、と感じつつ。
二年目も宜しくお願いします。
感想、評価等も宜しくお願いします!