かなり短くなりました……申し訳ないです。
これ、前と繋げても良かったかも……
本編をどうぞ。
温泉で男女が二人きり。
それだけで何か意識してしまうのは当然の事なのだろう。
疲れを癒す為に温泉に入って帰ろう、ついでにアマネが何故叫んだかも解る、と持ちかけたのはリタの方からだった。昔はよく二人でお風呂に入っていたのだから、何も考えずにそう誘ってしまった。
しかし、よくよく考えてみれば想い人と二人で温泉など、普通に考えたら恥ずかしさで死ぬレベルの行事である。リタは自分の失敗を大きく恥じた。
それにヤマトの身体は当然ながら昔より随分逞しくなっている。綺麗に割れた腹筋、細身の女性の太股程もあるかと思われる腕。しかし、それと同時に身体中に刻まれた幾つもの小さな傷跡が痛々しかった。そして、脇腹に新たに刻まれた、大きな傷。それは……リタを守る為に負った傷だ。それを見るのも辛かった。
お陰でリタは湯船に顎まで浸かり、ヤマトの体を一切見ずに無言で顔を赤くさせながら疲れを癒していた。いや、癒されているのだろうか。
一方のヤマトもえも言われぬ気まずさを全身で感じていた。まずリタが誘ってきたのにも関わらず、リタが全くこちらを向く気配が無い。二人で温泉に浸かっているのに、言葉も交わさない、顔すら合わせてくれない。
「……おいリタ」
「………」
話し掛けても無視である。
「……せめて俺の股間を殴ったことについて一言くらいよこせ」
「…………ごめん」
未だにじんじんと痛むヤマトの股間。それは紛れもなくリタが悪いのだ。
「……おい、どうしたんだほんとお前。こんなの昔と変わらないだろ。お前が俺の股間を殴る蹴るだって……」
「……変わってるよ。ヤマトの体つきも、私の体つきも……昔から色んなものが変わった」
ヤマトとリタは小さな頃から一緒にお風呂に入っていた。当時は幼く、ただ無邪気に笑いながら裸で取っ組み合いすらしていた。二人共ヤンチャ盛りだったからだろうか、一緒にお風呂に入る時にはいつもどちらかが怪我をしていた。
「怪我だって昔とは変わってる。私は傷ついていないのに……ヤマトばかり傷が増えていくの。今日も……」
いつの間にかリタの中にあった想い人との混浴に対する羞恥心は消えていた。代わりにその心の中には……
「私ね、なんでハンターになりたかったと思う?……ヤマトだけ傷が増えていくのが……変わるのが、嫌だったからなんだよ」
その心の中には、様々な感情が渦巻いていた。
「どんどんヤマトの体に傷が刻み込まれて、いつか、いつか、お姉ちゃんみたいに居なくなっちゃうんじゃないかって……そう思って、せめて横に私が居れば、もしかしたら居なくならないかもって思って、ハンターになりたかったの」
それは、リタの中で最も怖いもの。
かつて帰って来なかった、二人の「姉」。
いつか、ヤマトも「姉」のように帰ってこないのではないかという、恐怖。
待つ方は辛い。リタにとっては本当に辛いのだ。
幾ら笑顔で送り出しても、怖いのだ。
「でも、今日あのモンスターと戦って解った。私は、ハンターにはなれない」
ナルガクルガとの戦い。何が何でもヤマトと二人で帰ることを考えて戦ったリタ。
しかし。
「どうしてもお姉ちゃんの事を思い出すの。ああ、お姉ちゃんが帰って来れなかったんだ、私が帰れるわけが無い。ここで死んじゃうんだ、って。簡単に生きることを手放してしまう。死んだら、お姉ちゃんに会えるかも、なんてことまで考えてた」
何処かで、諦めていた。
死ぬことを受け入れていた。
「そんな私すら庇って、余計怪我しちゃって……」
温泉に雫が落ちる。一粒、二粒、ぽとり、ぴとり。
温泉が波を作り、ヤマトの傷口を慰める。
「昔から変わってるんだよ。三人が、二人になってるんだもん」
二人には、もう一人幼馴染がいた。
二人より歳上で、正に「姉」のような存在が。
かつて新米ハンターだった、もう一人の幼馴染。
彼女は渓流で大型モンスターの標的にされた迷子の少女……リタを助け、その後渓流にて死亡が確認された。
リタはその時の幼馴染の「大丈夫だから!」と言った時の、笑顔を忘れたことは無い。
恐怖に震え、顔を引き攣らせながらも、必死にリタを安心させようと笑っていた彼女の表情を忘れはしない。
あの時の彼女の死は、リタにとって大きな傷を残した。
「私、死ぬ程死ぬことが怖いの。ハンターになってヤマトを助けたかったけど、そうしなかったのは……私が死にたくなかったから。私が居なくてもヤマトなら帰って来てくれるはず、ヤマトなら、ヤマトなら……私は、あなたの強さに縋っていただけ。ただ自分の弱さを、ヤマトに押し付けていただけ。……前言ったよね?「あんたに守られるなんて恥だ」って。そんな事ない。ずっと、私はヤマトに守られていたんだよ。いや、守らせていたんだよ。……こんな自己中で、弱い私が。その方が恥だよね」
紅葉が一枚、ひらひらと落ちてきた。風を受けて、ゆっくりと、ゆっくりとリタの目の前に落ちていく。
守られるものが無い葉なんて、風が吹けば簡単に落ちる。
「リタ。……俺はお前に助けられた」
「でも、そのせいで傷が!」
「ちげえよ。……まあ、聞いてくれ」
顔を付き合わせて話が出来ない。昔は簡単に出来ていたはずなのに。
代わりにヤマトは、背中をリタの背中にくっ付けた。思わずリタはびくっ!と肩を震わせる。
「俺も姉ちゃんの事は忘れられない。もしかしたら、俺も姉ちゃんみたいにモンスターに殺されるかも、と考えなかったわけじゃない」
ヤマトは目の前で「姉」が戦地に赴く瞬間を見たわけでは無かったが、リタの悲しみ方、もうそこに「姉」が居ないこと、そしてまた「家族」を失った事に対して恐ろしい喪失感を覚えた。もう「家族」を失うなんて、二度とそんな思いはしたくない、そう考えてハンターを志し始めたのにも関わらず、その矢先に「姉」が死んだのだ。その恐怖心は彼の心にも残っている。
「俺は二度と同じ思いをしたくない。それと同時に、俺が帰って来ない、それが原因で誰かに同じ思いをして欲しくないんだ。……リタ、お前が待ってくれてる。お前を、一人残して死ぬわけにはいかないんだ。変わってしまったものを、これ以上変わらなくするために」
傷だらけの背中が、ひどく暖かかった。温泉でも暖められない、冷えたリタの心すら暖めるような。
「俺はお前に助けられてるよ。いつも、いつでも。だから俺はお前を守る。二度と友達を……家族を、失わない為に。絶対に守ってみせる。姉ちゃんみたいに」
そう言うと、ヤマトは背中を離し、ゆっくりと移動する。リタの、顔が見える位置に。
リタの顔はもう不安は消えていた。代わりに、ほんのり紅潮した頬が戻って来ていた。
しかし、今はヤマトの顔をしっかりと見つめていた。正面から、真っ直ぐと。
変わらないものが、一つ戻って来た。
「ヤマト」
「どうした?」
「……大好きだよ」
「……知ってるさ。お前が、友達想いなのは。姉ちゃんだって」
「…………うん、そうだね」
「上がるか」
ざぱぁ、と勢い良く立ち上がるヤマト。
リタの思いは、まだ彼に届かない。
「……痛ってぇ!」
足を滑らせ、軽く転んでしまったヤマト。まだ体が満足に動かないのだろうか。それを見て、リタは少し笑ってしまった。
いつか、ちゃんと伝えるんだ。
ヤマトならいつだって、帰って来てくれるから。
ライクじゃなくてラブだって、伝える日は。
きっと、また来るから。
今回で第三章は終わりでございます。
次回はまた四章に入る前に、少しだけ番外編を挟もうかと考えております。
今後ともお付き合いくださいませ。
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