お久しぶりです。
前回、第三章まで終わりまして、今回と次回はまた少し番外の短編を書きたいと思いまして。
アマネとロックスのお話を、ほんの少しだけ。
それではどうぞ。
如何にして彼女は……
「ねえアマネ」
「何よ」
ユクモ村、ハンター集会所。例え昼間の時間であっても狩人で賑わう集会所の酒場の奥で、二人の女性ハンターが酒を呑みながら話をしていた。
しかし、アマネと呼ばれた女性は少し不機嫌である。
「どーやったらあんなイイ男に好かれるわけ?教えなさいよ」
「ミナって、あーゆーのが好きなの?勘弁してよ、あんなナンパ男」
「えー?確かに軽そうだけど超イケメンじゃない!?」
ミナと呼ばれた女性は少し前のめりになりながらアマネを見つめる。青いショートの髪が眩しい。
二人が話しているのは、ドンドルマからやって来た恐ろしい程の実力派ハンター、ロックスの事だ。魔術師とまで言われる彼は無類の女好きで、ユクモ村に滞在して既に一週間、彼が女を口説いていないシーンを見たことがない。
しかし、その中でもアマネだけは特に毎回口説かれるのだ。
「じゃあ代わってよ、ミナ。私もう疲れた」
「代われるなら代わるわよ!……一回位誘いに乗ってみたら?」
「嫌よあんな男。隣を歩きたくもない」
そう言いながら酒を思い切り呷り、ぐいっと飲み干す。追加の酒を注文しようとちょうど手の空いていたコノハに声をかけようとした時、机の上に酒の入ったジョッキが二つ、ゴンと置かれた。
「よ、美人だね。席が空いてないんだ、相席いいかい?」
「……アンタの目は節穴かしら。ちょうどあそこが空いてるじゃない?ほら、あそこ」
噂をすればなんとやら。酒を持って現れたのは件の魔術師、ロックスだった。目が眩むような金髪に大きめのピアス。それの存在感に負けない程の整った顔立ち。にこやかに笑うその表情は、間違いなく数多の女性が心を撃ち抜かれることだろう。しかし、アマネの表情は更に面倒そうになっていた。
「ハハッ、酒は一人で飲むより美人と飲む方がいいだろ?つまりそういうことだよ」
「酒は嫌いな奴と飲むと不味くなるのよねー、つまりそういうことよ」
軽口を皮肉で返すアマネをさらりと無視してアマネ達の座っている席の空いている場所に腰掛けるロックス。それを見てアマネは一際大きな溜め息を、ミナは恍惚の溜め息をついた。
「あーヤダヤダ、酒が不味い」
「アマネェ、あんた酒奢って貰っといてその言い方はないじゃないのぉ」
「キャピキャピしないで、気持ち悪いから」
「両手に花ってのはこういう事を言うんだろうな」
「もう、花だなんてロックスさんったらぁ♪」
ミナが受け入れ体制バッチリになってしまった為、余計に追い出し辛くなってしまったアマネ。更に酒を渡された手前、酒好きの名の元にこの酒だけは飲み干さねばなるまいという謎の根性まで混じってしまい、結局ロックスと同じ席で酒を飲むことになってしまう。
「どうかな、アマネさん?このまま食事でも」
「結構よ。私はアンタみたいに下半身に正直に生きてないの」
「アマネは寧ろもう少し下半身に正直にならなきゃダメよぉ」
「うっさいわね!……ミナ、あんたまさかとは思うけど……」
アマネが目を細めてじーっとミナを見つめる。その視線を見てミナは体を少し小さくし、頬を赤らめた。そしてちらりとロックスの方を見る。具体的には、下半身を。
「……すっごい、良かった……」
「……私帰るわ」
友人のベッドの上での話など聞きたくない。ましてや、その相手が自分の嫌っている相手なら。これ以上酒を飲んでも不味くなるだけだと確信し、硬貨を何枚か置いて席を立った。
特に仕事をする気にもなれなかった為、そのまま家に帰って飲み直そうか、と考えていた矢先。
「すまん、アマネ。ちっといいかぃ?」
ギルドマスターに話し掛けられた。特に急いで家に帰る用も当然ながら無いので、足を止める。
「渓流にジンオウガが出たのを見た、って観測隊から連絡があってな。それも相当気が立ってるらしぃ。今日の夜、まぢゅつしのヤツとミナと三人で狩猟依頼を出したいんだが……構わんかぃ?」
雷狼竜、ジンオウガ。時たま渓流に現れるモンスターで、牙竜種に属する。雷光虫と共生し、雷を操る非常に厄介なモンスターだ。気が立っている、というのならなるべく早くに、安全に狩猟せねばなるまい。
ロックスは当然ながら、アマネもミナも相当な実力者だ。二人共ジンオウガの狩猟経験もあり、これ以上無い安全なメンバーだろう。
強いて言うなら、問題はアマネがロックスを嫌っている、という点のみだ。しかし、人や自然の命に関わる仕事をしている彼女が、そのような事で仕事をいちゃもんを付けるはずもない。
「ええ、大丈夫よ。……ちょっと家で休んどくわ」
仕事をする気にもなれなかったが、渓流の状態が危険なのだ、やる気の問題ではない。精神を狩猟前の気分にシフトさせ、酒場を出るアマネ。
「すまんなぁ、チミにはよく迷惑をかける」
「気にしてないわよ。……じゃあ、また後で」
よくよく考えてみれば、噂の魔術師の狩猟を生で見られるチャンスではないか。そう考えると、アマネの心はほんの少しだけ踊った。
〜〜〜
「よ、美人。光栄だねぇ、あんたと一緒に狩りに行けるなんて」
レウスSシリーズを身に纏い、ライトボウガン「神ヶ島」を背負ったロックス。彼がガンナーであることを、アマネとミナは初めて知った。
アマネはレイアシリーズにツインフレイム、ミナはベリオシリーズを身に纏い、スラッシュアックス「ヒドゥンアックス」を担いでいた。
「それもあんた、レイアシリーズだったのか。これは運命を感じていいんじゃないか?」
「呪いを感じるわね」
「まあまあ!ほら、行くわよ」
先陣切って竜車に乗り込むミナ。終始笑顔を貫くロックスを放って、アマネも乗り込む。最後にロックスが乗り込み、竜車は発進した。
「……どうしたの」
竜車が発進すると同時に、ロックスの表情が曇る。そんな表情をしたことが無かった彼を見て、思わずアマネは声をかけてしまった。
「おや、俺を心配してるのか?優しいねぇ」
「殺すわよ」
「……いや、空気が少し、重いと思って」
そう言うロックスの表情は少し真剣である。
「……アンタが居ることに私がイラついてるからじゃないの?」
「辛辣だなぁ……」
ミナが呆れたように溜息をつく。
「……だったらいいんだが……」
そう呟くロックスの声は、風に紛れて二人の耳には届かなかった。
〜〜〜
渓流、エリア5。
観測隊がジンオウガを見た、というのがそこであったことから、三人はまずそこを探し、見つからなかったら三手に分かれ、見つけたらペイントボールで位置を知らせる、という手筈にするつもりだった。
竜車から降り、まずは三人でエリア5へ向かう。普段ならハチミツの香りが漂う、平和なエリアなのだが……
「居たわ」
最初に発見したのはミナだった。姿勢を低くし、なるべく見つからないようにして指で居場所を示す。
そこには雷光虫から雷を集め、超帯電状態となったジンオウガが鎮座していた。
しかし、三人のハンターはそれを最初「ジンオウガ」だと認識出来なかった。
「ねえ、あれ本当にジンオウガ?」
「知らないわよ、あんたが「居たわ」って言ったんでしょ」
「……通常個体じゃないのか?」
「……何はともあれ、今回の狩猟目的はアイツみたいね」
三人は得物を構え、狩猟態勢に入る。
「行くぞ」
一斉に、飛び出した。
〜〜〜
「参ったなぁ……強すぎる」
「何冷静にそんな事言ってんのよ!ホントに死ぬわよ!?」
渓流に現れたジンオウガ。その強さは明らかに「異常」だった。
外見が少し違った時点で気付くべきだったのかもしれない。通常のジンオウガよりも長く、左右非対称な角。黄金に輝く鱗。異常なまでの帯電量。
見た目に恥じない強さ。エリア5での狩猟は熾烈を究めていた。
既に、ミナが意識を失いかけている。アマネも体中が軋むように痛み、頬は擦り傷だらけだ。ロックスも怪我こそ少ないものの、表情に焦りが見えている。
対するジンオウガは……平然とした顔で暴れ回っているのだ。
「噂に聞く「金雷公」ってのがコイツか……!予想以上に強えな」
「グォォォォォ!!」
本日何度目かの放電。三人共、ほぼ地面を這うようにそれを躱す。攻撃する隙が全くできない。
「ふざけんじゃないわよっ!」
無理矢理にでもチャンスを作ろうと突貫し、斧モードのヒドゥンアックスを振り下ろすミナ。前足にヒットしたそれは……いとも簡単に弾き返された。ぎょろりと、ジンオウガがミナを睨む。
「ミナッ!」
「チィっ!」
その瞬間、もう片方の足にロックスの放った弾がぶつかる。そして一瞬後、その弾は爆発を起こした。爆風に煽られ、ミナは吹き飛ばされる。
その一瞬後に、ミナがさっきまでいた所にジンオウガの前足が振り下ろされた。もしあそこで爆発が起こっていなければ……
「気いつけろ!コイツはマジでやばい!」
そう言いながら次の弾を装填するロックス。ジンオウガはそんな彼を次のターゲットに捉えた。
「あんた、来るよ!」
「解ってる!!」
恐ろしいスタミナで走り出し、ロックスに飛び掛るジンオウガ。帯電している雷で目が眩みそうになるが、しっかりその攻撃を見極め、横に大きく飛んで躱す。
その後に追撃をかけるように襲い来る雷。それを無理矢理躱し、直ぐにジンオウガから距離を置く。しかし、立ち上がった瞬間に顔を顰めた。
「腰、やっちまったか……無茶したからなぁ」
あまりに無理な姿勢で攻撃を躱したせいか、腰にダメージが入ったらしい。立つのも辛いのか、片膝を付いてしまった。
「笑えねえなぁ……こうも強いのか、二つ名モンスターってのは」
見ると、ジンオウガは既に恐ろしい量の雷を帯電しているというのに、まだ雷光虫を集め、雷を溜め込もうとしていた。超帯電状態の先があるのか、とアマネは冷や汗をかく。
「グォァァォォォオオオ!!!」
そしてその瞬間は訪れる。
直視できない程の帯電量。
超帯電状態を超えた状態……真帯電状態。
近くに立つだけで体中がチクチクと痛むのではないか、という程である。
そしてその真帯電状態に移行した瞬間。
それは起こった。
「うあああああっ、アァぁあ!!」
意識が朦朧としていたミナが、真帯電状態に移行した瞬間のジンオウガの放電に触れてしまったのだ。体を内側から焦がされるのではないかという程の電撃。
ミナの意識を刈り取るには十分過ぎた。
「っ!?やべえ!!」
「ミナッ!!!」
その瞬間、アマネの中で何かが「キレた」。
この世は弱肉強食。
弱い者が食われるようなら……私が強くなればいい。
モンスターがヒトを食らうなら……私がモンスターを食らえばいい。
目の前でミナが、ヒトが殺されかけているなら……殺される前に目の前のバケモノを殺せばいい。
私自身が、バケモノになって。
殺意と衝動が抑えきれない。彼女の「負」と「生」の意識がトランスし、限界的な状態から異常なまでの運動能力と強さを引き出した。ヒトとしての倫理観を、生け贄に。
獣宿し「餓狼」。
「アァァぁぁあ、ウぁぁぁぁぁぁあ!!!」