モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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アマネ、ロックス短編後半です。

どうぞ。

 


如何にして彼は……

 目の前が赤く染まる。

 

 アマネに正常な思考は残されていなかった。

 

 生き残る為の、生物としての本能か。目の前の生物を殺さないと、自分が死んでしまう。

 目の前の生物を喰らわねば、自分が飢え、喰われてしまう。

 こんな感覚は初めてだった。

 

 しかし、気持ちが良かった。

 

 何も考えなくていいのだから。ただ、「目の前にいるいきものを喰らいたい」という意識の下動くだけなのだから。

 

「おい、どうしたアマネ……うわっ!」

 

 明らかに様子がおかしくなったアマネの方を見ようとした瞬間に、ジンオウガの攻撃を受けるロックス。ミシッという音が身体中に響く。

 

「ひぁぁあ、うるぁぁぁあ!!」

 

 途端に、アマネが駆けた。いや、飛んだ。

 

 普通の人間では有り得ないような跳躍力でジンオウガへ襲いかかるアマネ。双剣を振り下ろし、ジンオウガの出鼻をくじくと壊れたくるみ割り人形のように腕を振るい始めた。その剣筋は悍ましい程に速く、震える程に鋭い。殺意が刃となり、切り刻んでいるようにも見えた。

 

「あはァ♡……ぶぁうっ!!」

 

 そして傷口に噛み付くアマネ。明らかに異常な行動を取っている姿を見てミナもロックスも目を見開いた。

 ジンオウガもまさか自分が噛み付かれるとは思っていなかったらしく、抉られる傷口に不快感を覚え、無理矢理振り払った。

 

「ふーうーん……ひっ♡」

 

 吹き飛ばされたのにも関わらず、幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、噛みちぎったジンオウガの肉を涎と共にぼとりと落とし、れろりと口の周りに付着した血を舐めとる。

 

「ちょっと……アマネ?あんたおかしいわよ!どうしたの!?」

 

 あまりに異常な彼女を見て戦慄するミナ。当然だろう、今の彼女はどう考えても「人間では無い」。ある意味、異常なまでに強いジンオウガよりも余程恐怖心を煽られるのだ。

 そんなミナの声も届いていないのか、死んだ瞳と乾いた笑みでただジンオウガだけを見つめるアマネ。翠色の鎧はいつの間にか真紅に染められていた。

 

「グォォォォォ!!」

 

「ヴぁぁぁあっはっはっは!!」

 

 互いに悍ましい叫びを上げながら突進する、二つの獣。しかしアマネの動きは言語能力や思考に反し、究極的に洗練されていた。ジンオウガの攻撃をゆらり、のらりと躱し、二本の牙で切創を次々と作り出す。

 

 ミナも、ロックスも立ち尽くすしか無かった。

 

 気の置けない友人が、壊れたように戦っている。いや、あれは暴れている、と言った方が正しいのかもしれない。普段は少し冷めており、しかし狩りの時にはその冷静さに加えて大胆な動きで先陣を切るアマネを知っているミナだからこそ、今のアマネが信じられない。

 

 そしてロックスは……異常なまでに壊れた彼女に見蕩れていた。

 

 人としての感情を置き去りにし、ただ生きる為に精神を壊す。考えようによっては狩人の「最強の姿」とも言える。ただ生きる為に、強者であるモンスターと同じ土俵に無理矢理上がる……それを無意識にやってみせたアマネに、ロックスは目を奪われ続けていた。

 

 ……そういや、なんで俺はアイツだけはしつこく口説いてるんだっけな。

 

 狩りの最中だというのに、そんなことを考えてしまうのだ。

 ロックスは見た目も相まって、それなりに尻の軽い女なら五分で落とし、その日のうちに同じベッドに入ることが出来る。

 自分でそれを解りきってしまっているから、一人の女をしっかりと愛したことは無かったのだ。

 それなのに、何故かユクモ村に来てから、どれだけ断られようと、どれだけ靡かなくとも、アマネにだけはずっとアプローチを掛けていた。

 

 何故?

 

 スタイルがとても良かったから?

 美人だったから?

 

「ロックスさん、前見て前!!」

 

「っ!?うぉっ!」

 

 前から突撃しに来ていたジンオウガに気付けなかった。すんでのところで躱すも、やはり腰が激痛を訴える。そんな自分の体に舌打ちしながら、ボウガンを構えて前脚を狙って射撃した。綺麗に命中し、ジンオウガはこちらを睨めつける。

 その瞬間、ジンオウガの「真上から」アマネの牙が振るわれた。脳天を突き抜ける痛みと驚きでジンオウガは軽く怯む。そして一度仕切り直したかったのか、こちらには目も向けずに走り出した。エリア移動だ。

 ミナは霞む視界でそれを見て、胸をなでおろした。

 

「取り敢えず私らも立て直さなきゃ!アマネ、一回落ち着い……て……?」

 

 アマネの方を見たミナは言葉を最後まで紡げなかった。

 

 彼女は全身から血を垂れ流し始めていたのだ。人間の限界を遥かに超え、モンスターと同じ土俵に立っていた彼女。その超人をも超えた動きに、体が耐え切れないのだ。

 

 更に異常なのは、全身から流血しているというのに、満面の笑み、いや、快楽に蕩けた笑みをアマネが見せている事だ。

 

「ねえ、ちょっとアマネ……?アンタ……ほんとにやばいって……!」

 

「うぁぁあぁぁっ……んんんにぃ……」

 

 その状態のまま、ゆらり、ゆらり、と首をだらんとさせながらミナに近づき始めるアマネ。友人でありながら友人で無い彼女に対し、恐怖しか感じられないミナは思わず後ずさりを始める。

 しかし、この場にいる三人の中で、最もダメージが大きいのはミナだ。足をもつれさせ、その場に尻餅を付いてしまった。そんなミナを見下ろして、真っ赤な顔で笑いかけるアマネ。そして牙を振りかぶり……

 

「あぁぁぁぁあっ!!!」

 

「いやァァァァ!!!!」

 

 躊躇無くミナに振り下ろした。ミナも完全に命の危機を感じて自然と体が動き、牙から逃れることは出来た。

 

 今、アマネが感じているのは「自分以外全ての生き物は食物」である、という感情のみだ。それは同じヒトであっても、友人であっても……その思考に変化は訪れない。何故なら、彼女は今やヒトでは無いのだから。

 

「ちょ、ちょっと!アマネ!アンタほんとにおかしいわよ!落ち着いて、ねえ!……ロックスさん、だめだ!この子マジで正気失ってる、クエストは失敗よ!まずはこの子連れて帰らないと!」

 

 そうは叫んだものの、ミナはこんな状態のアマネをどうやって連れて帰ればいいのか全く思いつかなかった。普通に連れて帰ろうものなら、ミナもロックスもアマネに食われて死ぬだけだろう。

 

 アマネは必死になっているミナから、何も動いていないロックスにターゲットを変更した。にへらにへら笑いながら、足りない何かを満たす為に歩き始める。

 

「ロックスさん!聞こえてる!?」

 

 ロックスはまだ考えていた。

 

 何故、俺はアマネをひたすらに口説いてるんだ?

 

 それは……

 

 アマネが目の前に立つ。

 血に塗れた顔。

 お世辞にも綺麗とは言えない笑顔。

 幽鬼のような、生と死の境界を綱渡りするような、そんな歩き方。

 

「あはぁ……♡うゆるぁぁ!!」

 

 そして、牙を振りかぶり……

 

 

 

 

「……おい、折角美人なんだから顔拭けよ」

 

 

 

 

 

 脇腹が熱い。どくどくと心臓が動いている感覚が、痛みと共に、熱と共に訴えかけてくる。

 

 

 何故、俺はアマネを口説きつづけていたのか。

 

 その答えは簡単だった。

 

 

 何処が良かった、という訳では無い。ただ、一目見ただけで彼女を目で追っていた。他のどんな女を抱いても、彼女のことがふと頭に浮かんでしまった。

 

 俺の初恋は、多分こいつなんだ。

 

 これが、「人を好きになる」ってことなんだ。

 

 こんな姿になって、こんな紅く染まった彼女すら魅力的に見えるのは……俺がどうしようもなくこの女のことが好きになったからなんだ。

 

 そんな奴に刺されようが……死ななきゃ安い。

 

 ロックスは、脇腹の痛みを気にせず、目の前の獣を抱き締めた。

 女を抱いて、抱き続けて来た男が、ただぎゅっと抱き締めるだけで、この上なく満足してしまったのだ。

 

「……あ……ぁあ、ロッ、クス……?」

 

 そして、アマネはそんな彼の心に動かされてか否か、獣からヒトの心を取り戻しつつあった。そして自分が双剣をロックスの脇腹に突き立てていることに気付き、叫びながらそれを抜こうとする。

 

 しかし、力強く抱き締められているアマネは、その剣すら抜く事が出来なかった。

 

「俺、今まで一度も女に言ったことが無い言葉があるんだ。……お前に言っても?」

 

「何言ってんの!?私今アンタに剣刺してんのよ!?早く、何とかしないと……何で、何で私はこんな……」

 

 

 

 

 

 

「好きだ」

 

 

 

 

 

「俺は、お前のことが。……好きだ」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、アマネの瞳から雫が落ちた。

 

 ばかじゃないの!?アンタを殺しかけた女に、今正に殺しかけてる女にそんなこと言う!?ばかじゃん、ばか、ばか、ばか……

 

 

「あたしも……好きだ……ばーか」

 

 

 

 その言葉を聞くと同時に、ロックスは手を離す。そして、無理矢理自分で剣を抜いた。幸い、ツインフレイムの性質上、傷口の上から火傷になっており、出血は大した事が無い。

 

 アマネは出血しすぎたのか、はたまた精神にも限界が来たのか、その場にどさりと倒れてしまった。ミナは驚いてアマネの方へ駆け寄る。

 

「……アマネを連れて村へ帰りな」

 

 そう言い残すと、ロックスはボウガンを担ぎ、ポーチから秘薬を取り出し、口の中へ放り込む。そして、ゆっくりと歩き始めた。その方向は、金雷公ジンオウガが向かった先。

 

「……嘘でしょ、アンタまさか……」

 

「勿論、アイツを倒す」

 

 はっきりと言い切った。

 

「アンタホントに死ぬわよ!?さっき、アマネに刺されたダメージだって……」

 

「は?刺された?……悪い、何言ってんのかわかんねえな。……まあ安心しろ、こう見えて俺は魔術師って呼ばれてんだぜ?」

 

「でも……」

 

 まだミナが反論しようとした時、ロックスが振り向いた。

 その瞳は、あまりにギラギラと輝いていた。有無を言わせぬその瞳に、ミナは何も反論出来なくなった。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

 魔術師の背中は、驚く程にただの「人間」で…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時も死んだと思ってたわ、私」

 

「ひでえ事言うなぁ、ほんとに。今まで俺が死んだことあったかよ?」

 

「飲み過ぎで死にかけてるのは何回か見たわね」

 

「それはカウントするなよ。……まぁ、今回も生きてたぜ」

 

「当たり前よ。私より先に死んだら殺してやるんだから」

 

「それこそあの時みたいに、脇腹を刺すのか?くくっ」

 

「それはカウントしないで。……ミナ、元気かな」

 

「……元気では無いことは確かだな。一応お前は経過報告を聞く権利はあるが」

 

「……まだダメなのね」

 

「ああ。ギルドナイトも回復に手を尽くしてはいるが相当精神が逝ってる。常に反狂乱状態でぶっちゃけいつ自殺するかわかったもんじゃねえな」

 

「…………」

 

「あまり背負い込むな……とは言えねえな。実際そうなる原因を作ったのはお前だ。お前が暴走してミナの奴を殺しかけたのが原因になってるからな」

 

「……俺もミナの回復には手を尽くす。お前も支え続けてやる。だから……あまり背負い込むな」

 

「……ありがと。新大陸でハッスルしてなかったら号泣してたわね、今頃」

 

「そりゃどーも」

 

「……ねえロックス。アンタ、何で私のこと好きになったの?」

 

「んあ?聞きたけりゃ聞かせてやるよ。それはな……」

 

 

 

 

 如何にして彼は……

 

 如何にして彼女は……

 

 

 

 そしてまた物語は紡がれる。







……はい。如何だったでしょうか。

重いですね。色々と。

……。

次回から第4章です!お楽しみに!!

感想、評価等、宜しくお願いします。

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