モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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旅芸人パノンの名前は某国民的ロールプレイングゲームのリスペクトです。やったことある方なら一瞬でピンと来たと思います。

本編をどうぞ。


謂わば魔法、種明かしは阿呆

 

 

「お、いたいた!おいヤマトこっちだこっち!」

 

 ユクモ村集会浴場。旅芸人パノンが芸を見せる、ということで普段は狩人しか集まらない集会浴場に、今日は村中から様々な人が集まって来ていた。中に入った瞬間に人の海を見て呆然としていたヤマトとリタを、その人の海の中からディンが声をかける。

 

「ハンター達は基本的にいつもの所で観てるぜ!リタ位なら小さいし大丈夫だ、二人共こっち来いよ!」

 

「いやどうやって行けばいいのか解らん!まずディン、お前の顔が見えてない!」

 

「え、マジで?ここだよここ、おーい!」

 

 突如、人の海の奥からヒラヒラと振られる手が見える。かなり人混みの中の前方にいるらしい。ヤマト一人なら人混みを掻き分けてそこまで行くことは不可能ではないだろうが……。リタも一緒に、となると少し厳しいのかもしれない。

 ヤマトはちらりと隣のリタを見た。同い年の彼女だが、背はそこまで高くなく、体型もすらりとしている。ヤマトは一つの考えに落ち着いた。

 

「ディン!聞こえてるか?」

 

「おー、聞こえてるぜ!どうしたー?」

 

「今からそっちにリタ投げるから受け止めてくれ」

 

「え!?待って私きいてないんだけど!?」

 

「よしきた!ばっちり受け止めてやる」

 

「ちょっとまってちょっとまってってうわぁっ!?」

 

 投げられる本人の許可等知ったことではなく、脳筋のハンター二人で会話が進む。そしていつの間にかリタはヤマトに抱えられ、足が地面から離れていた。想い人に抱かれている、と言えば聞こえはいいが、今からその想い人にぶん投げられると考えればロマンもへったくれも無いものである。

 

「ヤマト!?考え直そ、怖いから!まじで考え直そ!?」

 

「安心しろ、ディンなら受け止めてくれる」

 

「いやそういう事じゃないから!バカ!バカ……ちょっとまって本気!?」

 

 お姫様抱っこの形でリタを抱き直し、振り子のように勢いを付け始めるヤマト。リタはせめてもの抵抗に足をバタバタさせるが、それ程度では無駄な抵抗であることは火を見るより明らかだ。せめて向こう側の良心的な人が止めてくれたら……等と淡い期待を抱くが、唯一の良心になりそうなシルバの「まあ、ヤマト君なら届くでしょ」という呟きが聞こえ、泣きたい気持ちに駆られる。

 

「いくぞ、いち、にの……さんっ!!」

 

「いやぁぁぁぁっ!?」

 

 凄まじい勢いで人の頭の上を飛ばされるリタ。小柄とは言えこれ程の勢いで人を投げることが出来るヤマトの筋力にも驚きだが、そんなことを考えていられる神経はリタには残されていない。

 ふと下を見ると、いつも通りモンスターの皮や鱗を使った防具に身を包むハンター達がリタを見上げているのが見えた。漏れなく全員、愉快そうな表情で。

 少しばかり、リタがハンターという人種が嫌いになった瞬間である。

 

「ディン君お願いだから受け止めてぇぇぇ!!!」

 

 地面が近付いてくる。綺麗な放物線を描いたリタはそのまま……綺麗にディンの両腕の中に収まった。ディンは腰と膝をうまく使い、落下の衝撃をうまく地面に逃がす。

 

「ナイスキャッチ」

 

「流石ですよディンさん!」

 

 半泣きになっているリタを余所に、うまく受け止めたディンを褒めるシルバとリーシャ。そもそも人がぶん投げられること自体、ハンターの常識なのだろうか。一人だけ叫び散らしていたリタがおかしくなりそうである。

 ディンがリタを下ろした時と同じくして、ヤマトも人混みを掻き分けてハンター達の集まり場に到着した。リタを投げた彼も平然とした顔をしている。やはりハンターの常識は一般人には解らない。

 

「一瞬天井にぶつけたかと思ったぜ」

 

「うん、かなり高く飛んでたよ」

 

「俺じゃなかったら受け止めてないぜ?あれ」

 

「そもそも私なら投げられなくても飛び越えられますけどね!」

 

「アンタ達と一緒にしないで!!」

 

 やはりハンターの常識は一般人には解らない。

 

「まあいいじゃんか、特等席だぜ?」

 

「少なくともヤマトは絶対に許さないからね」

 

 お姫様抱っこをされたのに胸が一つもときめかない事等、普通あってはならない。そんなあってはならないことを現実にしたヤマトの罪は重かった。

 しかしながら、確かにハンター達が座っている席は特等席だった。机や椅子をどかして出来た特設スペースを正面から見ることが出来る。なんでも、そのスペースを作るのにハンター達が手伝いをしたらしく、駄賃代わりにマスターがこの特等席を用意したらしい。

 

 何も手伝っていない、ましてやハンターですらないリタがここに居ていいのか、と他の人やハンターに申し訳ない気持ちになったが、他のハンターにその旨を伝えると、

 

「何言ってんだ、嬢ちゃんがあのナルガクルガと戦ったって話は聞いたぜ?流石ヤマトの嫁だ、めちゃくちゃすげえじゃねえか!!」

 

 と言われ、何故その話が広まっているのか、そして嫁と言われたことへの恥ずかしさで頭がパンクし、ハンター達の特等席で見ることに決めた。

 

「てか、いつ始まるんだよ?」

 

「さあな、さっきマスターがもうすぐ!とは言ってたが……」

 

 集会所はいつもの様に騒がしいが、ただの馬鹿騒ぎ、というよりは何か期待している、ガヤガヤというよりはザワザワ、といった具合の騒がしさだ。いつもの様でいつも通りでは無い、少し不思議な感覚にヤマトも旅芸人に期待を寄せ始める。

 

 すると、酒場の灯りが少し、暗くなった。その小さな変化に集まった人々は目ざとく気付き、ザワザワとした騒ぎが消え、静まり返る。舞い踊る嵐の、前兆のように酒場は静まり返った。

 

 すると。

 

「……え?そんなに静かになります!?逆にこれ、やりづらいなぁ……皆さん、もっと騒いでいいんですよー!?」

 

 普段、ハンター達が竜車に乗り込む為に使用する、集会所から外に出る扉が開かれ、夜鳥の羽を使った宵闇の衣装に身を包んだ青年がずっこけながら入ってきた。

 彼こそが、世界を旅する芸人、パノンである。

 

 あれ程騒がしく期待していたのに、余りにも締まらない登場の仕方に戸惑った観客は、笑っていいのか笑ってはいけないのか、とても微妙な空気となる。

 

「あー……これはいけないなぁ……つかみは最悪だよ……よし。どうも!旅芸人のパノンと申します。まずは挨拶代わりにこんなものを……」

 

 頭を掻きながらも、優雅なお辞儀をしたパノンは特設スペースへと移動し、端に添えられた机の上に置かれている酒瓶を手に取り、それを宙へと放り投げる。それをもう片方の手で受け止めると共に、空いた手でもう一つ酒瓶を手に取る。そして放り投げる。そして今度は酒瓶が宙を舞っている間に三つ目の酒瓶を手に取り……放り投げる。そしてその三つの酒瓶を投げては受け止め、投げては受け止める。その酒瓶を受け止め損ね、酒瓶を割って中身をぶちまけることは無い。

 

 唐突に始まった芸。一見ただ酒瓶を投げているだけだが、一度も落とさずにキャッチし続けるには相応の集中力と技術がいる。微妙だった空気は次第に暖まり、観客達はいつの間にか拍手や喝采を送り始めていた。

 

「ほっ、よっ……良かった……いい感じになってきましたね、ではこんなのは如何でしょう!?」

 

 そう言うとパノンは一つの酒瓶を高々と放り投げ、片足をあげる。両手には一つずつ酒瓶を持っている為、また酒瓶を投げなければ酒瓶は地に落ちてしまうだろう。しかし、パノンは酒瓶を投げない。

 やがて……酒瓶は重力に従い落下していく。そしてその先は……

 

「ほいっと」

 

 その先は、上げられた足の先だった。足で器用に酒瓶を受け止め、更には足で再度酒瓶を放り投げたではないか。そしてその足で投げられた酒瓶は……最初に酒瓶が置かれていた机の上に元の形で戻ってしまった。

 

「すっげえ!!」

 

「うわ、かっこいい」

 

「かっこいいですっ!」

 

 正に曲芸。そのまま酒瓶を全て机に置き、一つの酒瓶を開ける。

 

「これ、意外と難しいんですよ、あー疲れた、ちょっとお酒でも飲んで休憩…………あ、これ中身水じゃん」

 

 ラベルを見る限りかなり強い酒をがぶがぶと飲むパノンの姿を見て驚きや歓喜の声を上げた客を嘲笑うかのような、中身は水だった発言。会場を軽い笑いが包み、パノンはもう一度その瓶の中身を口に含む。するとパノンは急に顔を顰め、もがき始めた。

 

「んあ?」

 

「え、どうしたの?」

 

「なんかやばそうじゃね?」

 

 もがき始めたパノンはポケットから爆薬を取り出す。それを見て観客達は大きくどよめいた。

 そして爆薬を放り投げ……パァン、という小さな爆発が起きる。それと同時に口に含んでいた水を吹き出すパノン。

 

 しかしそこで吹き出されたものは水ではなく……まるで火竜リオレウスのような、煌々と輝く炎だった。

 爆薬の小さな爆発と共に、天に向かって炎を吐き出したパノンの姿は可笑しくも美しく……苦しんでいたことも演技だと解った観客は再度喝采を送る。

 

「ゲホッ!ゲホゲホッ……水じゃなくて火竜に変身する魔法の薬だったみたいですね。そういえば火竜リオレウスと言えば飛竜種に属しておりまして、何故飛竜種と言うかと言えばそりゃもちろん空を飛ぶからなんですよ、ちょうど……こんな風に」

 

 そう言って指をパチンと鳴らせば、パノンの宵闇の衣装の隙間から綺麗な蝶が数匹、ひらひらとステージ上を飛び回る。その美しさに観客は見惚れ、うっとりとした声をあげる。

 やがて一匹の蝶がステージ上を離れ、狩人達の特等席に近づき……リーシャの指の上に止まった。

 

「わぁ、可愛い……」

 

「おや?その蝶は麗しい狩人さんを止まり木に選んだみたいですね、丁度いい。狩人さん、お手をお借りしても宜しいですか?」

 

 パノンはそんな蝶とリーシャに近づき、まるで騎士が姫に服従を誓うかのように跪き、蝶が止まっているリーシャの手を取る。蝶はそれでも、リーシャから離れようとしなかった。

 

「え?私ですか!?」

 

「いいんじゃない?こんなのなかなか出来ない体験だよ」

 

 隣で観ていたシルバが微笑む。ディンやリタは少し羨ましそうな表情すらしている。

 

「え、やりますやります!面白そう!」

 

「ありがとう、麗しい狩人さん。ではまず感謝の印にこれを」

 

 そう言うとパノンは何も無い所から花を取り出し、リーシャに渡す。彼はまるで魔法を使っているかのように無から有を生み出している。勿論、全て仕掛けはあるのだろうが。

 

「さて、では皆さん。この麗しい狩人さんと共に本日の目玉をお見せしましょう!見逃さないように瞬きはしないで、出来れば心の眼も開いてご覧下さい」

 

 素敵な魔法は、まだ終わらない。

 

 そう言ってパノンが取り出したのは、小さなナイフと、大小様々なボール。

 






大道芸やマジック、観ている分にはすっごく楽しいですが、裏の努力や苦悩を考えると一気に魔法の世界から現実に引き戻されますね……

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