ディンの家は集会所からかなり近い場所に位置している。その為、シルバとリーシャはまずは先にディンの家に向かい、ディンに経緯を話した。当然ながらディンはクエスト参加を二つ返事で了承した。
「安心しな、リーシャ。お前も俺と同じ、誇り高きハンターだ。きっと神様って奴がいるなら、姉ちゃんを護ってくれてる」
そう言うディンの表情は明るく、誇り高き狩人はニヤリと笑って見せた。リーシャも無言で笑い、また出そうになる涙を引っ込める。
普段はパーティのムードメーカーであるはずのリーシャが、涙まで浮かべている姿を見ることなど無かった。だからこそ、ディンが笑ってムードを作る。
「あとはヤマト君だね。多分、家だろうけど……」
「急ごうぜ」
三人は居住区に向かって走り出した。
〜〜〜
ヤマトの家は居住区の割と奥に位置している為、居住区に入ってからもまだ少し距離がある。本人曰く「その方が家賃が安い」らしいが、このように急を要する場合はその安い家賃を恨みたくなるものだ。
居住区に入り、ヤマトの家の方向を確認する。唯でさえ距離があるのに、道を間違えて更に時間を食いたくは無いのだが……
「シルバさん、ディンさん」
リーシャがふと、二人を呼び止めた。
「どうした?」
「……ヤマトさん、あそこに居る可能性、ありません?」
リーシャがそう言って指をさす。その先にあるのは……大きな道場。リタの家だ。今日は来客が居るのか、遠目に見ても窓や仕切りから慌ただしそうな雰囲気が見える。もしかしたら……ヤマトもそこに居るかもしれない。
シルバは一瞬逡巡した。ここでリタの家に寄らずにヤマトの家に行き、ヤマトが居なかった場合は……大きな時間のロスとなる。今、リタの家に寄っていく程度ならさしたロスにはならない。寄っておいた方が確実だろう。
「有り得るね。……見ていこうか」
「よしきた!」
真っ先に走り出すディン。
「リタァ!ヤマトいるかー!?」
「えらい原始的だね……」
そして大型モンスターの咆哮もあわやという程の声で叫ぶディン。近所迷惑で怒られやしないか、とシルバは肝を冷やした。
しかしその声が届いてか届かずか、ガラリと戸が開き、きょとんとした顔をしたリタがひょこりと顔を出す。
「あれ?ディン君。どうしたの?ヤマト?いるよ?」
そして当然のようにヤマトが居る宣言をぶちかます。リーシャの勘は見事に当たった訳だ。
「呼んでこようか?」
「呼ばなくてもあれだけデカい声で叫ばれたら気付く」
リタの背後から耳を抑えながら、ヤマトも顔を出す。何を当然のようにリタの家に上がり込んでいるのかは疑問に残るが、確かにヤマトはそこに居た。
「ヤマト君、話があるんだ」
すぐにディンの後ろから着いてきたシルバが話を切り出す。その真剣な表情を見てヤマトも、リタも真剣な表情へと切り替わった。
「解った、聞かせてくれ」
〜〜〜
「……成程。緊急クエストに、リーシャの姉の薬か」
「お姉ちゃんの」
ヤマトとリタは話を聞くと同時にひどく悲しそうな表情をした。はるか昔に失った、姉のような存在だった彼女を思い出しているのだろう。
「勿論俺も参加させて貰う。……大丈夫、リーシャの姉ちゃんは死にやしないさ」
そして覚悟を決めたような表情で頷くヤマト。リタもそんなヤマトに倣って表情に覚悟を表す。
「それにしてもジンオウガか……俺達も戦ったことのないモンスターだな」
「情報はあるけど、どうやって戦おうか……?」
「ジンオウガ?もしかして僕がこの村に来る前に襲われたモンスターのことかな?」
突如、リタとヤマトの背後から声が聞こえた。聞き覚えのある声。更に言うなら、「昨日聞いた声」。
舞台上で魔法のような奇術を見せ、舞台から降りた途端阿呆のような言葉を記述した旅芸人、パノンだ。何故か彼はリタの家に上がり込んでいた。
「え、パノンさんどうしてここに?」
「あー、今日の舞台がこの道場なんだよ。ほら、ここ広いから」
パノンは化粧を半分程度終わらせた顔で笑う。まだ白粉程度しか塗っていないのだろうか、顔が白く少し不気味に感じた。
ヤマトが朝、温泉で「今日は会いたくない」と言っていたことをシルバは思い出し、心の中で苦笑する。
そんなシルバの苦笑を知ってか知らずか、パノンは一人で目を閉じて頷きながら語り始めた。
「あの碧色の体、何処からともなく聞こえてくる雷の音……いやぁ、怖かったけどあの雷のプロセスさえ解れば登場シーンがもっと盛り上がるかもなぁ……照明を切ってもらって、出てくる時にバチン、ドーン!みたいな……うん、絶対に面白い」
そして一人でフフフ、と不気味に笑うパノン。目を閉じているながらも、その表情は狂気的な程に歓喜の表情に満ちていた。
「場所は渓流地帯かい?今すぐ行かなくては」
「はぁ!?お前何言ってんだ!?死ぬぞ!」
「君こそ何を言っているんだい?目の前に芸のネタがあるのに「死ぬかもしれない」からってそれを求めないのかい?」
パノンの表情は笑顔のままだ。
「申し訳ありませんがジンオウガの狩猟が完了するまで渓流地帯へ足を踏み入れることが出来ません。……それが、僕達の仕事です」
「まだ被害が出ていないんだろう?そんな早々に動物の命を奪わなくたっていいだろう?そんな早々に……僕のインスピレーションを殺さなくたっていいだろう?」
パノンの表情は笑顔のままだ。
そして対照的にリーシャの表情が曇っていく。
「……おい旅芸人、お前さっきのシルバとリーシャの話聞いてたか?リーシャの姉ちゃんの命もかかってんだよ」
「神様の加護がお姉さんを護ってくれているんじゃ無かったの?」
「アンタねぇ!!頭おかしいんじゃないの!?」
パノンの表情は笑顔のままだ。
リタの叫び声を聞いてリタの母親、ハルコすら顔を覗かせる。
「アンタ達、揃いも揃って何してるのよ?」
「……悪い、ハルコさん。ちょっと今は関わらないでくれないか」
「あら、ヤマト。門下生の分際で私を仲間はずれにするなんて大した度胸じゃないの……私の耳がいいこと、忘れてない?話は全部聞こえてたわよ」
少し自慢げに言うハルコ。じゃあ何故何しているの、と質問したのか。というかどんな耳をしていれば全ての会話を聞き取れるのか、と誰もが場違いな疑問を持った瞬間。
「こういう頭イってる天才は何言ってもダメよ……今回はパノンさん、アンタが間違ってる。だから……」
「え?僕が悪い━━がっ!?」
突如、パノンが呻いた。
初めて、パノンの笑顔が崩れた。
代わりに、ハルコの顔に能面のような笑顔が貼り付いた。
「ちょっと黙ってなさい」
シルバの耳元を、凄まじい暴風が通り抜ける。次の瞬間には、パノンが腹を抑えて膝を付いていた。
その場にいる誰もが、今の状況を理解出来ていなかった。
ハルコが文字通り「目にも留まらぬ速度」で拳を放ったのだ。
「……五分間はまともに喋れないわ。意識はあるけど。あとついでにおまけ」
スパァン、という音が聞こえる。音が聞こえただけで、何が起こったかはやはり「目に見えなかった」。そしてやはり次の瞬間にはパノンがのたうち回っていた。
「ツボ付いたり関節に衝撃与えて三十分は手足を禄に使えなくしといたわ。意識が飛ばない程度に手加減はしてるから安心なさい。……さっさと行きなさい、ヤマト」
「……うす」
ヤマトとリタは幼い頃からハルコのデタラメな強さを目にしていたからまだ耐性は付いていたが、シルバ、ディン、更にはリーシャまで目の前の光景が信じられなかった。迅竜より素早く、轟竜より激しく、夜鳥より静かで、古龍のように強い。
「……なあ、シルバ。俺、ヤマトの強さの根源を見た気がした」
「はは、奇遇だね……僕も」
ディンとシルバは乾いた笑みしか浮かべることが出来なかった。
「……あの、パノンさん。明日……お姉ちゃんに芸、見せてあげてくださいね。きっと、きっと、パノンさんの魔法なら、お姉ちゃんも元気になってくれると思うんです」
リーシャはまるで瀕死の羽虫のようにのたうち回っているパノンに声をかける。
パノンは声を出せないながらも、手足が禄に動かせないながらも……必死に笑顔を作り、ガッツポーズを見せた。
先程の狂った発言を聞いて、彼を信じられるとは思えない。
本当に、素直に芸を見せてくれるかは解らない。
しかし、リーシャにはなんとなく解っていた。
彼が、次の日、エイシャに芸を見せてくれるであろうことを。
何故か?と聞かれたら恐らくリーシャはこう言うだろう。
「多分、そんな気がするんです」
何故なら、彼は心の底から「芸人」であるから。
心の底から芸を求められる時こそ、最も歓びを感じる時である筈だから。
芸を探求するのは、芸を求められるからこそ。
彼が、芸の「天才」なのだから。
ハルコさんが強すぎやしないかって?
……ははっ
TOXのソニアさんみたいになってますね。元ネタはそこです。
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