モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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狼は奔る前に満月に吼える

 異国の地には、満月の夜に「狼男」なる者が現れ、暗闇に紛れて無垢なる女性を喰らう、というおとぎ話があるらしい。

 

 ヤマト達が狩猟へ向かう準備を整え、竜車に乗り込み渓流地帯に辿り着いた時には既に辺りは暗闇に包まれ、空には満月が浮かび上がっていた。「雷狼竜」と呼ばれるモンスターと相見える夜が満月とは、まるでおとぎ話ではないか。緊迫した空気の中、ディンはそんなことを考えていた。

 

「……だけど、うちの無垢な女の子は食わせねえぜ」

 

「何言ってんだお前」

 

 最前線で暴れ回るリーシャやヤマトの隙を、盾と砲撃で的確に潰すのがディンの役目だ。おとぎ話の世界なら、さしずめ彼は狼男から街人を守る「騎士」だろうか?……いや、「狩人」だろう。

 そんな頼もしい騎士か狩人か、ディンの盾に護られつつも悪魔を屠る槌を携えた少女……リーシャは鼻をひくつかせていた。彼女の鼻、というよりは「勘」はどの辺りにモンスターがいるのかをある程度突き止めたりもする。今もジンオウガが何処にいるのか、必死に場所を探っているのだ。

 

「どう?見つかりそう?」

 

「……なんとなく、の位置は掴めました。多分、エリア6か7にいると思います」

 

「よし、行こうか」

 

 シルバの号令で動き出す、暗闇の中の四人の狩人。

 空には満月、地には淡く輝く雷光虫達。

 ヤマト達はエリア2を経由して6へ向かうことに決めた。いつもの岩肌を静かに走り抜け、滝の流れるなだらかな河川地帯へ向かう。

 雷光虫達の数はエリア6に近づくにつれて増えているように感じた。ジンオウガは雷光虫と共生関係にある、ということは出発前に全員で確認している。つまり、ジンオウガに近付きつつある、という事だろう。目前に迫る激戦を予想し、四人の緊迫感は高まる。

 

 そしてエリア6に足を踏み入れた途端。

 辺りの雰囲気が変わった。

 

 その場にいる存在感、圧倒的な威圧感。

 碧色の鱗、鈍い金色に輝く角。その周りを飛び回る、淡い光。

 牙竜種という珍しい分類に属した、「無双の狩人」。

 

 雷狼竜、ジンオウガの姿が、そこにはあった。

 

 ジンオウガはまだこちらには気が付いていない。しかし気付かれるのも時間の問題だろう。狩人達は武器を構え……

 

「やぁぁぁぁぁあっ!!」

 

 リーシャが一人、先陣を切って飛び出した。

 

「あっ!?バカお前!」

 

「リーシャちゃん、作戦解ってる!?」

 

 リーシャの叫び声により、ジンオウガがこちらに気付く。しかしリーシャの突撃速度は予想以上に速く、ジンオウガが振り向いた所に丁度ハンマーを叩き込める位置にいた。

 

「……ッらァ!!」

 

 そしてそのまま全身を使ってハンマーを振り下ろす。完全に不意打ちとなった一撃はジンオウガの頭を捉え、そのままリーシャは地面に着地してもう一撃を加えようと得物を振りかぶる。

 しかし、無双の狩人と呼ばれる自然の強者がそれをそう簡単に許す筈が無い。先ほどの痛みに対する怒りも込めてか、全身を震わせながら前足を上げ、小柄な彼女を踏み潰そうとした。

 リーシャはすぐにその攻撃を躱す為に攻撃を中止し、転がるように踏みつけを掻い潜る。その隙にディンとヤマトが駆け出し、シルバは後ろ足に矢を放つ。

 

「リーシャちゃん!作戦通りに行くよっ!」

 

「大丈夫ですっ!!」

 

 その「大丈夫」の真意は一体何なのか。作戦を実行することに問題は無い、の意味か、実行せずとも倒せる、の意味か。前者であることを祈りながらシルバは次の弓を番える。

 作戦は至ってシンプルだ。盾を持つディンと、相手の動きさえ見切れば攻撃をいなせるヤマトがジンオウガの正面に立ち、攻撃を受け止める。リーシャがその隙を縫って打点を加え、シルバは雷光虫の集まりに気を配りつつサポートをする。それだけだが、堅実で的確と言える。何せ、四人全員がジンオウガと戦うのは初めてなのだ。

 

「ヤマト、取り敢えず下がってな!動きが見切れるまでは俺がメインで戦う!」

 

「ああ、頼む!」

 

 ヤマトとディンは作戦通り、ジンオウガを相手に正面から立ち向かう。ガンランスの銃口を角に向けて牽制しながら、ディンはヤマトを自らの身体と盾で雷狼竜の瞳から隠すように立ち塞がった。

 

「ぅあぁっ!!」

 

 そしてその脇からハンマーの一撃を再度叩き込むリーシャ。作戦は実行するつもりらしく、一撃を叩き込んだ後はすぐに後ろに引いた。シルバは内心少し安心しつつも視界の端に淡い光を確認しておくことを忘れない。

 ジンオウガの意識がリーシャに向かう直前にディンが引鉄を引き、首元を砲撃。ジンオウガはすぐに射程範囲外に逃げたハンマー使いより、目の前の男を屠るべくターゲットを絞る。

 

「ヴォァァア!!」

 

 そして唸りながら姿勢を低くして、まるで頭突きをするような最低限の動きでディンに突撃する。

 

「おらぁっ!」

 

 しかし、正面からの力勝負なら、ディンは盾を持っている為正々堂々真っ向勝負が出来る。必死に腰を落とし、足に全力を注いで踏ん張り、その突撃を受け止めた。

 そしてすぐさまディンは首を引っ込める。そこから飛び出してきたのは美しい太刀の刀身。背中越しに聞こえていた、ヤマトの踏み込む音。見ずともどうしたいかは既にわかっていた。

 突撃を受け止められた直後であるジンオウガは、突如現れた斬撃の追撃に反応できない。肩を刺した一撃に軽く呻き、体を捻ろうとした。

 

「下がるぞ!」

 

「頼む」

 

 ディンがしゃがんだままガンランスを引鉄を勢い良く引く。砲撃の衝撃を踏ん張らず、そのままジンオウガとは逆方向へ思い切り吹き飛ぶ。ジンオウガはその場で身体を大きく捻りながら飛び上がり、尻尾で辺りを薙ぎ払ったが、ディンはヤマト諸共吹き飛んだのでその範囲攻撃の範囲外へ逃れている。ヤマトもディンがそうやって無理矢理ジンオウガからの射程外へ逃がしてくれることを解っていたからこそ、ディンの後ろから太刀を伸ばしたのだ。

 

「助かった」

 

「任せとけってことだ!」

 

 これで四人は一度、ジンオウガから距離を大きく取ったことになる。幸先は悪くない。まだまだ戦闘は始まったばかりとは言え、ペースは掴んでいる。

 

 しかし、ジンオウガもただ酔狂で「無双の狩人」と呼ばれている訳では無いのだ。

 

「……っ!?皆、気を付けるんだ!」

 

 シルバが突如、声を張り上げる。そして弓を引き絞り、後ろ足に狙いをつけて勢い良く放った。

 雷光虫達が集まり始めている。帯電するつもりだ。

 

 ジンオウガは弓が刺さることを全く気にせず、雷光虫達を背中に集める。

 

「ウォォォォォン……!」

 

 まるで今から狩りを始める、と言わんばかりに満月に吠える雷狼竜。雷光虫達は活性化し、地上にもう一つの月が現れたのではないか、という程の輝きを放ち始めた。

 空気が物理的に変わる。肌を小さな針で刺すような痺れ。ジンオウガは今まで本気でもなんでも無かったのだろう。しかしだからこそ言える。「こいつを、本気にさせてはいけない」。

 

 いち早くその思考に辿り着き、そしていち早く行動に移したのはやはりリーシャだった。またもや脇から一気に接近し、力を溜め込んでいるようにも見えるジンオウガの前足に思い切りハンマーを振り下ろす。

 しかしそれでもジンオウガは帯電を止めようとはしなかった。そしてリーシャの方をチラリと見ると、殴られた前足をゆっくりとあげる。また、踏み潰そうとするつもりだ。

 

「遅いんですよ、ノロマー!」

 

 さっきと同じように転がって踏みつけを躱すリーシャ。しかし、先程とは何かが「違う」ことに気が付いた。

 

「痛った!?」

 

 確かに攻撃は躱した。だが、何故か全身を小さく鋭い痛みが襲う。

 帯電したジンオウガの前足が、地面を伝ってリーシャの全身に電気を浴びせたのだ。その痛みはさほどでも無いが、躱した筈の攻撃を受けてしまう、というものは意外と精神を揺さぶる。リーシャは一度距離を取り、ポーチから回復薬を取り出して雑に飲み干した。

 

「……おいディン。あの電撃も盾で防げるか?」

 

「やってみないとわからねえ。お前こそアレはいなせないんじゃねえのかよ?」

 

「……やってみないとわからん」

 

「つまり……俺達は全力で戦うってことだな!!」

 

 あくまでも作戦通りに。ディンが盾を構えながら再度突撃する。ジンオウガはリーシャに注意を向けているが、今回の作戦はほぼ常にディンとヤマトがターゲットになるようにしなくてはならない。

 

「ディン君!サポートするよ!」

 

「ありがてえ!」

 

 いつの間にかディンの少し後ろにいたシルバが矢を放つ。矢はジンオウガの腹に突き刺さり、リーシャからシルバへと視線を変えた。

 そしてその瞬間にガンランスを突き出す。シルバはディンの後ろにいる。ジンオウガがシルバを狩る為には、目の前の邪魔な狩人を狩らなくてはならない。槍の切っ先は前足に突き刺さり、ジンオウガはシルバからディンへと目標を変更した。

 

「ヴォォォォッ」

 

「うるるぅぁぁっ!!」

 

 ジンオウガの体当たりを、またもや盾で正面から受け止める。腕に響く衝撃とは別に痺れが伝わるが、我慢出来ないほどではない。帯電した攻撃も防ぐことは不可能では無い、という事がたった今立証された。

 ジンオウガは二度も体当たりを同じ人間に止められた事に腹を立てたのか、今度はジンオウガの方から距離を取る。ディンは焦らず、慌てて距離を詰めることはせずに盾を構えたままじりじりと前進した。

 そのディンの慎重な動きと共に、視界の端にまたもや雷光虫達が群がっているのを見てシルバが叫んだ。

 

「ディン君、一気に行ってくれ!また雷光虫が増えてる!」

 

「マジかよ!?っ、任せな!」

 

 ジンオウガが距離を取ったのは安全に帯電する為だったのだろう。ジンオウガの周りを無数の光が包み込み、背中の逆立った毛がバチバチと音を立て始める。ディンは思い切り駆け出し、ガンランスを確りと構えて喉元へ突きつけた。

 

「覚悟しろ、熱いのをぶちかましてやるぜ……!」

 

 先端から溢れ出る熱。隙こそ大きいものの飛竜のブレスに相当すると言われるガンランスの必殺技、竜撃砲。帯電する為に動きを止めている今こそチャンスだろう。

 

「うぉらぁぁっ!!」

 

「ヴォォォァァアォッッ!!」

 

 ディンが竜撃砲の引鉄を引く瞬間と、ジンオウガの帯電が終わり、一気に放電した瞬間はほぼ同時だった。

 放たれる飛竜のブレスと、放たれる牙竜の電撃。

 しかし、ブレスを放ったのは人間だ。軍配は当然ジンオウガに上がった。

 

「いっ……てぇぇぇっ!!?」

 

 全身を内側から爆発させられたのでは、というような痛みにのたうち回りたくなる。だがそれでもしっかりと足を踏みしめ、すぐに後ろに引いたのは単にディンの精神力の強さが為せるものだろう。そして竜撃砲もしっかりジンオウガに命中させた。まだ身体は痺れて思うように動けはしないが、以前のリオレイア戦のような再起不能状態にはなっていない。

 

「ヤマト、悪い!スイッチだ!」

 

「言われなくとも!」

 

 ディンが叫ぶ前からヤマトは踏み込み、太刀を構えて走り出していた。とにかくディンに気休めでもいいから回復薬を飲ませる時間を作る。

 ジンオウガの姿は先程より迫力を増していた。夥しい雷光虫が活性化し、ジンオウガにまとわりついている。その輝きがジンオウガを包み、逆立った毛を輝かせ、その巨体そのものが地上に堕ちた月のようにも見えた。

 

 超帯電状態。

 

 狩猟はまだ始まったばかりだ。






この話を推敲している時にとんでもない誤字を見つけました。
ディンが竜撃砲ではなく撃龍槍をぶちかましてました。お前何者だよ……。

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