モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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月下雷鳴

 超帯電状態。

 

 大量の雷光虫がジンオウガの周りに集まり、活性化してジンオウガに大量の電気を送り、その電気でジンオウガも活性化している状態を指す。

 共生とも言えるこの関係。電気信号により筋肉が活性化しているジンオウガの運動能力は凄まじく、また脳神経等にも電気信号が送られているのか、疲れを感じずに激しく暴れ続けることが出来る。

 その運動能力は……巨体にも関わらず、ヤマトの太刀による斬撃を躱し続ける程だ。

 

 素直に上段から振り下ろした一撃はバックステップで。さらに踏み込んで右に薙ぎ払おうとすれば信じられない跳躍力で。突きは体を捻って躱され、硬い爪で止められる。

 

「信じらんねえ……!」

 

 電撃を受けたディンはなるべく長く休ませておきたい。しかし、これ程刀を振るっても当たらないとなると、あっという間にヤマトのスタミナが底を尽きてしまう。空振りは命中するよりも体力と精神を持っていかれるのだ。

 目まぐるしく走り回り飛び回るジンオウガ。ヤマトは攻撃が当てられないがもっとまずいのはシルバだ。弓を引き絞ってもジンオウガに的を絞れない。あれだけ動き回られると、誤ってヤマトに当ててしまう可能性も高い。シルバのサポートが実質機能していないのだ。

 

 ジンオウガが体を横に大きく捻り、尻尾で周りを薙ぎ払う。ヤマトはすぐに尻尾に沿うように太刀を滑らせて攻撃をいなし、カウンターの一撃を加えるべくそのまま太刀を突き出した。

 しかしその一撃すら空を切る。ジンオウガは尻尾で薙ぎ払う為に回転していた勢いそのままに、なんと空中へ跳んでいたのだ。月に照らされる翠の雷。地に映る暗い影が濃くなり……

 

「ヴォォァッ!」

 

「うおっ!?」

 

 そのままヤマトを踏み潰そうと着地。踏み潰されはしないものの、大きく体勢を崩してしまった。

 

「ここだっ……!」

 

 しかし逆にヤマトが体勢を崩した、ということは「彼はその場から動けない」、ということでもある。その一瞬なら誤射する心配は無い。シルバは引き絞っていた矢を一気に放った。空気中を静電気が伝っているのか、思った位置には命中しなかったが、ヘイトをシルバに集めることは問題なく出来ている。

 

「今のうちに!」

 

「悪い、助かった……!」

 

 とは言えど、シルバが一人であの運動能力を誇るジンオウガを相手に出来るものではない。逃げに徹して漸く対等になるかどうか、だろう。元々ガンナーは前線に出ない為、攻撃を躱すのは得意ではない。

 だからこそ。

 

「リーシャちゃん、今だ!」

 

「うあああああっっ!!!」

 

 だからこそ。シルバにヘイトが集まり、意識をシルバに持っていった瞬間にリーシャが不意打ちの一撃を叩き込む。瞬間的な運動能力はヤマトすら上回る彼女なら、超帯電状態のジンオウガが相手でもついていける。況してや今日のリーシャはいつになく臨戦態勢だ。作戦すら忘れていそうではあるが、爆発力は普段以上である。

 前脚で踏み潰そうとすればバックステップ。ハンマーで頭を殴りつけようとすれば頭を振ってそれを躱す。それの繰り返しだ。動きについていけるものの、ヤマトと同じく一撃を決められない。

 

「だったら……」

 

 リーシャがバックステップをした瞬間に一度ハンマーを背中に戻し、ポーチに手を突っ込む。ジンオウガの突撃はシルバが矢を放ち牽制した。

 

「これでっ!!」

 

 そう言いながらリーシャが投げたものは……ブーメランだ。狙うは目。当たれば僥倖、当たらずとも一瞬注意を引くはずだ。

 果たしてブーメランは、リーシャの読み通り目前を迫る勢いにジンオウガは反応せざるを得ない状況に陥り、一瞬、本当に一瞬リーシャから意識が逸れた。その瞬間を見逃さない。

 

「うあああーっ!! 」

 

 胸に響き渡る打撃音。民族楽器を粉々に砕いたような音が響き、ジンオウガに確かな一撃を加えた。

 ジンオウガは呻き、たじろきかける。しかし、既のところで後脚で踏ん張り、逆にそのまま胸を突き出すように突進した。攻撃直後のリーシャに躱す術は……ない。

 

「あぐっ」

 

 小柄な体は簡単に吹き飛び、木の幹に背中を打ち付けてしまう。空気が口から漏れ、うまく呼吸が出来ない。それを嘲笑うかのように木の葉が落ちる、落ちる……彼女の灯火のように。

 ジンオウガはそのままトドメを刺さんと姿勢を低くして突進の姿勢を取った。

 

「やらせるかよ!」

 

「ぅオラァっ!」

 

 姿勢を低くしているところにヤマトとディンが割って入り、ガンランスと自慢の脚で精一杯殴りつけ、頭の向きをズラす。その隙にシルバがリーシャの元へ駆け寄り、ジンオウガの前には再度二人が立ち塞がった。

 

「おいヤマト、スタミナ大丈夫か?」

 

「大丈夫なわけ無えだろ……でもやるしかないだろ!」

 

「ちげえねえ!!」

 

 雷光虫の塊を飛ばしてくるジンオウガ。恐らくそれが彼なりの「ブレス」なのだろう。あの帯電量ならたとえ飛んできているのが雷光虫だとしても、少し触れたら痺れて動けないことは間違いない。

 先ほどあの帯電量の電撃の威力は身を以て知ったディンは……それでも尚盾を構えて正面から受け止めるつもりらしい。

 

「誇り高きハンターの盾は……折れねえ!!」

 

 幾ら帯電しているとは言えども飛んできているのは雷光虫。かつて雌火竜のブレスも防いでみせたディンにとって、この攻撃を止められないはずが無かった。

 ヤマトも安全に雷光虫達を躱し、既にジンオウガに向かって踏み込んでいる。

 

「大丈夫かい?リーシャちゃん」

 

「かっは……けほっ!ぉえっほ、けほ!」

 

 二人がジンオウガの目を引いているうちにリーシャの安全を確保したシルバ。呼吸が上手く出来ていない彼女にちゃんとした効き目があるかは少し疑問だが、この状態では回復薬等も飲めないだろう。シルバは生命の粉塵を袋から取り出し、ぱらぱらと撒いた。

 吸うだけで肺から傷が治癒され、痛みが引いていく薬、生命の粉塵。パーティハントを行う際、誰か一人が持って行くことが多いこのアイテムは、「能動的に仲間を回復させられる」という点が非常に優れている。

 今のようにリーシャが回復薬をうまく飲めない状態でも、この生命の粉塵をばら撒くだけである程度体力を回復させることが出来るのだ。

 

「けほっ……助かりました、シルバさん」

 

「気にしないで。少し落ち着くまで下がっているんだ」

 

 ヤマトとディンは二人固まり、ディンの盾で攻撃を受け止めた瞬間にヤマトが踏み込み、攻撃のチャンスを伺う作戦に変更していた。ヤマトは兎も角、ディンは武装の重さも相まってジンオウガの動きについていけない。二人で分散して戦う場合、不意にディンを攻撃されると受け止めきれない可能性があった為、二人固まった方が安全に戦える、と判断したのだ。

 しかしそれでも決め手になる一撃が加えられない。また、ディンもヤマトもスタミナが限界に近づいているのに対し、ジンオウガは疲れる素振りすら見せない。

 

「右!」

 

「わかってる!」

 

 まるでのしかかってくるかのように浴びせられる体当たりは右にステップして躱す。肌がピリピリと痛む。近くにいるだけで、静電気が身体中を刺激する。それが必要以上に緊張感や神経を刺激し、いつも以上にスタミナを奪われている気さえする。

 そのまま右肩をぶつけてくるようなタックルはディンが盾で受け止める。必死の踏ん張りは地面を抉り、しかしそれでも彼等をしっかり守り切る。

 その隙に盾の陰から踏み込むヤマト。流石にこの瞬間なら一太刀位は浴びせられる筈だ。

 

「せぁぁあっ!」

 

 しかしジンオウガはそれすら反応し、すぐさまバックステップをして回避しようとするのだ。なんとか鋒が当たったものの、またもや擦り傷程度しか与えられなかった。

 

「埒があかねえ……おいディン、俺が無理矢理に隙作る、ぶっぱなせ」

 

「は?……解ったけど!おい、無理すんなよ!」

 

 ヤマトのスタミナも限界だ。一度後方に下がりたい筈だがもう一人の前衛役であるリーシャがまだ戦える状況では無い。シルバは一人で前衛を務められるハンターでは無い。

 ヤマトは全速力でジンオウガと距離を詰め、太刀を抜いて顎に突き刺すべく振り上げる。先程から超反応と驚愕の運動能力で動き続けているジンオウガにとってそれしきの攻撃は大したものでは無い。頭を振ってそれを躱し、逆に前脚で振り払うように爪で引き裂こうとした。

 ヤマトはそれを掻い潜るように躱し、ジンオウガの懐を思い切り足の裏で蹴りつける。ジンオウガには羽虫が止まった程度のダメージだが、目的はダメージでは無い。その勢いのまま後ろに大きく飛び退き、後ろにある巨大な切り株に手を掛けて勢いそのまま飛び登る。

 

 ジンオウガはその切り株諸共ヤマトを潰そうと前脚で踏み付ける。ヤマトはそれを跳んで躱し、切り株はミシミシ、メキメキと音を立てて崩れ砕けた。

 渓流地方の樹木は「ユクモの木」と言われ、その加工のしやすさと堅さによりハンターの武装にも使われる程の逸品だ。そんな樹木の切り株を踏み潰すジンオウガのパワーも恐るべきだが、だからこそ隙が生まれた。

 

 潰れた切り株から、前脚が抜けないのである。しなやかさと堅さが相まって、相当な力……潰した時と同等の力でなくては、切り株から前脚が抜けないのだ。

 そんなことを予想もしていなかったジンオウガは前脚が抜けなかったことから一瞬、バランスを崩す。無理矢理跳んで躱したヤマトも体勢を崩し、攻撃など出来るはずも無い姿勢だが、一人、そうではない狩人がいたはずだ。

 

「今だっディン!!」

 

「やっぱ無茶やってんじゃねえかバカ!だけど……」

 

 体勢を崩してしまったジンオウガの後脚を狙ってガンランスを叩きつけるディン。その表情は汗まみれながらも微かに笑っていた。

 

「流石だっ!よくやってくれたぜ!」

 

 そして引鉄を思い切り引く。ガンランスの砲撃を一気に爆破させる必殺のフルバースト。前脚は抜けず後脚に爆撃を受けたとなってはひとたまりも無い。ジンオウガはその攻撃に耐えきれず、大きく転ぶこととなった。

 その衝撃に驚いたのか、雷光虫達が逃げていく。ジンオウガの超帯電状態は活性化した雷光虫達がジンオウガの周りを漂うことによって成立する為……超帯電状態は「解除」されたのだ。

 

「よっしゃあ!」

 

「ヤマト君、ディン君!一度引いてくれ!その状態なら僕でもまだなんとかなる!」

 

「頼む、正直限界だ!」

 

 ジンオウガの背中に矢が突き立てられる。それを合図のようにヤマトとディンは後ろに下がり、シルバが前に出た。

 

「私も行けます!」

 

 リーシャがシルバより更に前に出る。まだ背中は痛むとは思うが、いつもの覇気が、いつも以上の覇気が感じ取られる。復活だ。

 

「よし、二人で時間を稼ごう。あの状態じゃないジンオウガなら、疲れも感じるはずだ」

 

「倒しちゃってもいいんですよね?」

 

「……ははっ、そうだね!」

 

 超帯電状態に入ってしまったジンオウガはシルバの手に負えない。なら、それ以外は基本的に自分が戦ってほかの三人の負担を減らす。

 それがシルバの役割だ。凡人には凡人なりの、天才を輝かせる為の戦い方がある。

 

 しかし、今日は最強級の天才少女が少し焦って勝負を急いでしまっている。当然、姉のこともある為気持ちは解るのだが、それで先程のようなダメージを受けては本末転倒だ。

 不安なのは……隣にいる天才少女だった







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