モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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独りぼっちにさせない

「おい、また雷光虫が集まってきてるぞ、気ィつけろ!」

 

 ディンの声に反応してシルバが一歩後ろに飛び退き、矢を放つ。超帯電状態ではないジンオウガなら相手出来るものの、帯電して運動能力の上がったジンオウガが相手だと分が悪い。もしもの際にターゲットにならないよう、一度後ろに退いたのだ。

 そしてシルバと入れ替わるようにディンが前に出る。

 

「リーシャ!お前も一回下がれ!」

 

「まだ大丈夫です、ご心配なく!」

 

 シルバと共に前線に出ているリーシャと代わるべくヤマトも走るが、リーシャはまだ余裕があるらしくそのままジンオウガに槌を振るおうとしていた。実際、表情にもまだ余裕があった為、本当に大丈夫なのだろう。

 

「二人共、次ジンオウガが充電を始めたら一度退いてくれ!僕が大きいのを撃つ」

 

「解った!」

 

「了解です!」

 

 勢いのある突撃を躱し、右から、左から同時に攻撃をぶつけるヤマトとリーシャ。ジンオウガに躱す術は無いため、それを鱗で受けるものの、全くの無傷という訳にもいかない。

 堪らず後ろに飛び退こうと前脚に力を入れるジンオウガ。

 

「逃がすかよ!」

 

 その動きを読んでいたディンは砲撃の勢いでジンオウガに向かって勢い良く飛び出し、盾で角を思い切り殴りつける。人間の出せる速度を超えた砲撃ターボはジンオウガの意表を突き、角を殴られたことで姿勢が崩れた。

 しかしそれでもしっかり後ろに飛び退いた辺りは流石大型の竜、と言うべきだろうか。そして同時にジンオウガの周りに雷光虫が集まり始めた。充電だ。

 

 先程のシルバの言葉通り、三人はすぐさまジンオウガから距離を取る。後方のシルバは巨大な矢を引き絞り、ジンオウガとの距離と、自分の頭上に障害物は無いか、という二点をしっかり確認していた。

 

「……夜は、当てるのが苦手だけど……止まっているなら問題ないっ!!」

 

 そう叫びながらシルバは巨大な矢を空に向けて放つ。天高く飛んだ巨大な矢は空中で破裂し……中に込められていた大量の矢がジンオウガに向かって雨のように降り注いだ。

 

 空中に矢を放ち、敵の頭上から矢の雨を降らせる「曲射」。着弾範囲が広く、チームハントでは使う場面が限られたり、真っ直ぐ敵を狙うわけでは無い為、正確に当てるには技術がいるが、当てることが出来た時のリターンは大きい。ジンオウガは充電する際、必ず動きを止めて雷光虫を集める。その瞬間なら、確実に当てることが出来るとシルバは踏んだのだ。

 

 突如上から放たれた攻撃。ジンオウガの背中は鏃で至る所に傷が付き、不意打ちに充電も中断してしまった。一撃一撃のダメージは小さいものの、大量の裂傷だ。通っていないはずがない。

 

「……さて、ディン君。お願いがあるんだ」

 

「確実に今のお前、狙われるだろうな」

 

「そういうこと。……僕を守ってくれ!」

 

「任せな!」

 

「ヴォォォォォっ!!」

 

 ジンオウガはすぐに自分の背中に傷をつけたであろう犯人を見つけ、一直線に突進してくる。その間にディンが割って入り、盾で突撃の勢いを殺した。その隙にシルバは前脚に矢を放ち、少しでも速度を奪おうとする。

 

「私をよそ見すんなぁっ!!」

 

 そして勢いが殺された所でリーシャが後ろからジンオウガに追いつき、横腹にハンマーを叩き込む。厄介だと感じたのか、ジンオウガは再度後ろに飛び退こうとするが、そこには……。

 

「そう来ると思ったぜ……!」

 

 そこにはその動きを読んでいたヤマトが待ち構え、尻尾を薙ぐ。先程から一度劣勢になると後ろに飛び退くクセを見つけたヤマトは、リーシャが走り出した時点でこの展開を予想していたのだ。ジンオウガは無理に身体を捻り、ヤマトを吹き飛ばそうとするが、その動きはいとも簡単に躱される。しかし、邪魔な人間を周りから振り払うことには成功した。

 

「やべっ、充電か!?」

 

「ヴォァァァァッッ!!!」

 

 雷光虫が集まり切り、一気に放電するジンオウガ。フラッシュバックするのは先刻の天下無双とも言える暴れっぷり。超帯電状態の再来だ。

 翠色に輝く稲妻が迸る。そして光は翠から蒼へと色を変えていき、更なる進化を遂げた。

 

「ヴォェェァァォォォォアアッ!!!」

 

 先刻の超帯電状態よりも更なる痺れ。咆哮に思わず四人の狩人は耳を塞ぎ、その場にうずくまってしまった。怒りが頂点に達したのだろう、蒼い稲妻がバチバチと音を立てる。

 

「さっきよりやばそうじゃねえか……!」

 

 真夜中の渓流だと言うのに、激しい稲光のおかげで辺りは明るい。肌をチクチクと刺すような痺れと目の中に星があるような錯覚。月が何処にあるのか解らないほどだ。

 先程より明らかに危険な雰囲気を漂わせるジンオウガ。しかしそんな強者に一切臆することなく飛び出す影があった。ハンマーを振りかぶった小柄な少女。リーシャだ。

 

「うるるぁぁぁっ!!」

 

 振り下ろされたハンマーは空を切る。ジンオウガが後ろに退いた為、当たらなかったのだ。しかし構わずリーシャはそのまま前進し、もう一度ハンマーを振り下ろした。その一撃は強靭な前脚に受け止められ、逆にジンオウガはタックルを仕掛けようとする。

 タックルは横に転がることで躱し、再度ジンオウガに張り付こうと歩を進める。肌が痺れるのもお構い無し。瞳の中には「敵」である雷狼竜しか映っていない。

 

 一刻も速く、こいつを倒さないと。

 お姉ちゃんが。

 

「ぁああああっ!!」

 

 足がもつれても無理矢理武器を振るう。相手の攻撃はほぼ感覚で躱す。武器が空を切ろうが知ったことか。さっさと倒れろ。早く死ね。私の為に、お姉ちゃんの為に早く死んでくれ。

 

「おい、リーシャ!落ち着け!」

 

 後ろから聞こえるディンの声は意味を持たない。先程まで届いていたはずの声が、届いていない。

 ヤマトがカバーに入りたいが、入れない。今入ってしまうと、ハンマーで殴られるのはジンオウガでは無くヤマトになる気がした。

 シルバが矢で援護したいが、出来ない。あそこまで動き回られると、誤射の可能性が捨てきれない。

 

 しかし、幸いながら怒りで周りが見えていないジンオウガはリーシャ以外目に入っていない様子だった。いや、不幸なことに、だろうか。

 

「くそっ……リーシャちゃん!聴こえてる!?一度退いてくれ!もう体力が……!」

 

「だぁぁぁあっ!!」

 

 シルバの声も当然のように届かなくなっている。彼女が焦っているのは解っていた。当然だ、姉の命がかかっているのだから。彼女が普段と違うこともなんとなく、解っていた。普段の狩りなら、彼女の叫び声は古今東西の挨拶や数字といった、少しふざけているようにも聴こえるが、愛嬌のある掛け声なのだ。今回の狩りでは、そのような掛け声が一切無く、羅刹のような叫び声のみなのだ。

 気付いていたのに。普段より動きが良かったから。良いから。そのまま狩りを続行してしまっている。

 このままじゃ、まずい気がする。シルバは心の何処かでそう感じていたはずだった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……うぁぁあああっ!!」

 

「ヴォォォォォォっ!」

 

 リーシャのハンマーが、ジンオウガの顎を捉えた。そのまま思い切り振り抜き、二度目の超帯電状態初のダメージを与える。思わずジンオウガも後ろに飛び退いた。当然のようにリーシャはそれを追いかける。

 

 しかし、ここで綻びが生じた。

 

「ぁうっ……!?」

 

 足が動かない。体が動かない。

 視界が反転する。

 

 あれ?

 なんで?

 急がないと。ほら、早く動いて。

 うそでしょ?

 

 体力は限界をとうに過ぎていたのだ。元々彼女は小柄な為、スタミナはそれほど多いわけでは無い。当然ながら、ヤマトやディンの方が走り回っていられる時間は長いのだ。

 そんな彼女なのに、ジンオウガが超帯電状態になる前からずっと前線で走り回り、超帯電状態になってからも一人で走り回り続けていたのだ。しかも、無理矢理に。

 

 身体が追いつかないのは当然だった。

 

「あっ!?」

 

「おい、リーシャ!!」

 

 異変に気づいた時にはもう遅い。ジンオウガは本能でリーシャの限界を悟り、彼女を押し潰そうと高く跳躍した。ヤマトもディンも、すぐさまリーシャを助けるべく踏み出すが、どう考えても間に合わない。

 

「あのバカッ……!」

 

「逃げろっリーシャッ!!」

 

 まともに立てない。

 辛うじて見える空の景色。

 そこには、真っ白な満月と蒼く輝く稲妻の塊があって。

 ゆっくり、ゆっくりと稲妻の塊が落ちてくる。

 

 

 

「あはっ、これダメです」

 

 

 

 

 地面が抉り取られるような音が鳴り響き、同時に何かが潰れるような音も聞こえる。あまりの稲光にどうなったのかが全く見えない。

 

「……嘘だろ」

 

 ディンの声が震えている。

 ヤマトの目はまだ慣れない。何があったのか、音だけで推測するしか無い。

 しかし、推測するのが怖かった。どう足掻いても、最悪のパターンを思い浮かべてしまっている自分がいる。

 

 リーシャは、先程の音で潰されてしまった、という予想をしてしまっているのだ。

 

「うァァァァァっ!!」

 

 次に聴こえたのは半狂乱になっているシルバの叫び声。そしてドスッという何かが刺さる音。

 

「ヴォァァァァッッ」

 

「あぐっ……だぁぁっ!!」

 

 そしてジンオウガの雄叫び、シルバの呻き声と叫び声。誰かが全力で走っている音も聞こえる。これはディンだろうか?

 

「ヤマト君、ディン君!一回退くよ!モドリ玉使うからっ!!」

 

 ヤマトの目が慣れ、視界が回復した頃には視界は緑色の煙に包まれており、煙を吸った所で彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「ぁうっ……!?」

 

 リーシャがよろめいた瞬間。

 まずい、と思った。

 嫌な予感が的中した、と思った。

 思ったその時にはもう走り始めていた。

 

 凡人であるはずの僕を、天才と言ってくれた。

「独り」だけ才能が足りないことを気にしていたのに、彼女は僕を認めてくれていた。

 リーシャちゃんは、「独り」で泣いていた。

 

「独りぼっちには、させない……!」

 

 急がないと。ほら、速く。

 速く!

 

「あっ!?」

 

「おい、リーシャ!」

 

 ジンオウガが飛び上がる。ヤマトとディンが踏み出すのが見えた。しかし、あの二人じゃ間に合わない。一瞬、踏み出すのが遅れてしまっている。シルバしか、間に合う可能性のある者はいないだろう。

 よりによって、どうして僕なんだろうなー。ヤマト君が僕と同じタイミングで踏み出せていたら、あのスピードでリーシャちゃんを助けられるだろうに。ディン君が僕と同じタイミングで踏み出せていたら、盾でリーシャちゃんを助けられるだろうに。

 

 あの二人みたいな、スピードも、度胸も、防御力も、才能も無い。下手したら間に合わない。間に合っても二人仲良く潰されるかも。

 

 でも。

 

 それでも。

 

「絶対独りぼっちにはさせないっ!」

 

 あと三歩。

 あと二歩。

 

「あのバカッ……!」

 

「逃げろっリーシャッ!!」

 

 あと一歩……!

 バチバチという電撃の音が聞こえる。怖くて仕方が無い。死ぬかもしれない。

 

 

「あはっ、これダメです」

 

 

「ダメじゃ……ないっ!!」

 

 シルバは思い切り、なりふり構わず飛んだ。勢いで矢筒がベルトから外れた。だけど知ったことではない。両手に重たい感覚。紛れもない、リーシャを抱えている。まだ生きている。僕はまだ生きている!

 直後に全身を襲う、灼かれるような、全身を切り刻まれるような鋭い痛み。ジンオウガが背中から地面に落ちた瞬間に辺りに放電したのだろう。プレスは躱せどそこまでは躱せなかった。矢筒はプレスにより粉々に砕かれたのだろう、何かが潰される音がした。

 

「いっ……!?」

 

 声にならない声が出てしまう。ディンはこんな電撃を最初に受けて尚あんなに動いていたのか。全身が熱いのに冷や汗が出てしまいそうだ。

 だけど、リーシャは生きている。シルバも生きている。助けられた。「独り」にせずに済んだのだ。なら、この痛みなど安いものだ。

 しかしリーシャは気を失ってしまっている。これでは戦闘を続行することは出来ない。シルバはすぐにポーチに手を突っ込もうとした。

 

 しかし、その動きはすぐに中断する。ジンオウガの瞳が、こちらを睨み付けていたのだ。

 すぐにシルバは剥ぎ取り用のナイフを抜いた。そしてジンオウガに向かって思い切りよく突き刺す。

 

「うァァァァァっ!!」

 

 無我夢中。まさにその言葉が相応しかった。突き刺さったナイフを思い切りぐりぐりと捩じ込み、そして先刻ヤマトがやっていたように足で思い切り蹴り、ナイフを抜く。

 

「ヴォァァァァッッ」

 

「あぐっ……だぁぁっ!!」

 

 ナイフを抜いた途端、ジンオウガが不安定な姿勢で無理矢理タックルを仕掛けてくる。リーシャを抱えて同じく不安定な姿勢だったシルバはそれを諸に受け、口から空気が漏れたが、それでも尚無我夢中で、ナイフを横腹に突き立てた。そしてそのまますぐに引き抜き、軋む全身に鞭を打ってポーチから手のひらサイズの玉を取り出す。そしてすぐに全力疾走。なんとかして距離を取って、目をやられたヤマトとディンの方へ行かなくては。

 

「ヤマト君、ディン君!一回退くよ!モドリ玉使うからっ!!」

 

 言うが早いか、承認も取らずに手に持っていた玉を地面に叩きつける。途端に緑色の煙が勢いよく吹き出した。

 

 素材玉にドキドキノコを調合することによって出来る、「モドリ玉」。ドキドキノコの胞子がモンスターの目を眩ませつつ、吸った人間の帰巣本能を強く刺激し、催眠にかけられたかのように安全な場所へ移動する道具だ。狩場にて、人間が最も安全と言える場所は当然ベースキャンプ。つまりベースキャンプまで戻ることの出来るアイテムである。

 

 緑色の煙を吸った途端、シルバの意識は飛んだ。次に目覚める時は、ベースキャンプだ。


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