モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

49 / 61
満月会議

「ハァ……ハァ……ホンットにモドリ玉のこの感じは慣れないなぁ……」

 

 モドリ玉による一種の催眠効果も解け、ベースキャンプで大の字になって倒れたシルバ。その隣では放心状態で転がっているリーシャがいる。ヤマトとディンは未だに状況が飲み込みきれないのか、表情には疲れよりも困惑が見てとれた。

 

 確かに何かが砕ける音がした。

 リーシャの諦めた声も聞こえた。

 リーシャはもう、助からないと本気で思ってしまった。

 しかし気が付いたら、シルバがリーシャを助け、そのまま一時撤退まで気を失っていた。

 情報の整理が追い付かなくとも無理はない。

 

「ひとまず……よかった、僕もちゃんと生きてた」

 

「……私、死んじゃったと思いました」

 

 リーシャがそう呟いた瞬間に気が抜けたのか、ヤマトとディンもその場にへなへなとへたりこんでしまった。

 満月が四人を照らす。しばし、ぜえぜえはあはあという荒い息を整えようとする音のみが辺りを包んだ。

 

「……おい、ヤマト」

 

「んあ?」

 

「俺が、前に無理した時も、こんな感じだったのか?」

 

「……そうだな、こんな感じだった」

 

 前に無理した時、とはリオレイアとの狩猟のことを言っているのだろう。足をもつれさせたシルバを庇って、雌火竜の強靭な尻尾の毒牙を諸に食らい、ネコタクシーを使った時のことだ。

 確かに、その時と似ている。あの時は満月では無く太陽が出ており、今のリーシャと違いディンに意識は無かったのだが。

 

「そうか……すまんかった」

 

「なんだよ、いきなり」

 

「心配、かけさせたんだなって。今なんか自覚した」

 

「……そうかよ」

 

 疲れているため、互いに顔を見合わせない。顔を動かすことすら面倒なのだ。モドリ玉のおかげで無事にベースキャンプまでは戻ってこれたが、恐らくトランス状態になっている際に無理矢理身体を動かしていたのだろう、あちこちが軋むように痛い。

 

「……リーシャちゃん、何か言うことある?」

 

 大の字になったまま、シルバの語気が強くなる。

 

「……あぅ、ごめんなさい」

 

 転がったまま、リーシャの語気が弱くなる。否、リーシャの語気は先程より弱かったが。

 思い切りよく寝返りをうち、リーシャの方へ転がるシルバ。そしてそのままリーシャの頭にチョップを振り下ろした。

 

「あいたっ」

 

「……まあ僕も無茶はしたから。これで取り敢えず手打ちね。帰ってから説教はするけど、絶対」

 

 そう言うともう一度寝返りをうち、元の大の字の姿勢に戻る。その姿勢が一番シルバにとって楽らしい。

 

「ごめんね、いきなりモドリ玉で撤退しちゃって。リーシャちゃんも僕も限界だったから、リーダー権限で強硬策取っちゃった」

 

 語気が戻り、いつものくしゃっとした笑顔を浮かべながら謝る。全員へたりこんでいるので、その笑顔は誰にも見えてはいないのだが。それでも、恐らく彼がいつもの表情をしているであろうことは全員が解っていた。

 

「リーシャ、助けられたんだな……すまん。俺ら二人は動けもしなかった」

 

「いや、僕も勝手に動いてただけだから。おかげで矢筒が壊されちゃったよ」

 

 あれ作るのタダじゃないのに、とボヤくシルバに苦笑するディン。

 

「ったく、俺が無茶した時は全力ビンタ食らったってのに、リーシャはチョップ一発かよ……不公平じゃねえの?」

 

「あぅ、ごめんなさい……ディン君のビンタ、受けますよ」

 

「……バカ、誇り高き狩人はな、女に手をあげねえよ」

 

 そう言いつつもディンの口は少し尖っている。やはり少し不満なのだろうか。「子供かよ」というヤマトの呟きは聞こえないふりである。

 

「さて、この後どうするか、だけど……全員の体力が回復したら、再度ジンオウガに挑もうと思ってる。けど、あの雷光虫を纏った超帯電状態は予想以上の運動能力だ、しっかり考えて動きたい。という訳で今から作戦会議なんだけど……」

 

「全員バテバテで倒れ込んだり座り込んでる作戦会議か……新鮮だな」

 

「……ふふっ、ほんとですね」

 

「ははっ、いい意見は出そうにねえな」

 

「ホントだね。でも勝つ為にいい意見は出してね。……まず僕の状況なんだけど、矢筒がジンオウガに壊されてしまったから、矢が無い。矢を放てない弓使いというお荷物さんなんだ。だからさっきまでみたいに前線から注意を引く為に攻撃して、だとか曲射も一切出来ない。本当に申し訳ない」

 

 シルバの事実上戦力外通告。天才三人と比べてしまうと彼の存在は霞むが、リーシャやヤマトが集中的に狙われないよう、また大型モンスターの気を逸らしたり、小型モンスターを先に遠距離から狙撃できる彼が攻撃出来ないのはかなり大きい。特に作戦指示系統はパーティの精神的支柱だ。

 

「この状態で狩りに出ても、せいぜいジンオウガのおやつにしかならないからね。だから、皆にお願いがあるんだけど……皆の持っている、狩りを補助するアイテム。それらを全部僕に預けて欲しい。回復薬とか、そういうもの以外全部。補助アイテムで君達を援護して、確実なタイミングで相手の動きを止めたりしてみせるさ」

 

 そこでシルバが考えたのは、一切攻撃に参加せず、閃光玉や落とし穴等の道具を使うことに全神経を注ぎ、ジンオウガの邪魔、及び三人のサポートをする役目だ。

 

「勿論、作戦の指示も同じように行う。……後で、使ったアイテムは弁償するし」

 

「気にするのそこかよ」

 

「弁償代気にして使うのケチらないでくれよー?」

 

 人間が自然の強者であるモンスターと対等になるには、武器と、知恵と、そして必要不可欠なものが道具だ。その道具を一人に全て預け、戦いの行方を委ねる……それは、委ねる相手に全幅の信頼が無ければなし得ないことだろう。

 しかし、三人はシルバのその提案を素直に受け入れ、寧ろ軽口を叩けるほどであった。逆にここまですんなり受け入れられるとは思っていなかったシルバは内心少し驚き、そして苦笑する。

 

「大丈夫、今はお金にも余裕あるから。……まあ、使い過ぎたら今日の打ち上げの予算が少し減るだけだよ」

 

「それは由々しき事態だぞ……俺はまあ、酒飲めないからあんまり問題無いけど」

 

「一番困るのはヤマトさんですよねー、飲む量おかしいから」

 

「まだ終わってもないのに打ち上げのこと考えるのかよ……」

 

 そう言いつつもこの身体の疲れを吹き飛ばすためにも酒は飲みたいな、と頭をよぎるヤマト。いや、寧ろ今飲んでしまいたい程だ。

 

「この前麦酒が安いお店見つけたんだよ。今日の打ち上げはそこでやろうか……全員で」

 

「……はい。もう無茶しません。皆で頑張ります!」

 

 地面に寝転がったままで決意の表情へと変貌するリーシャ。しかし姿勢が姿勢だけにあまり説得力は無い。

 ヤマトとディンもそんなリーシャに苦笑しつつ、頭を少しずつクリアにしていく。

 

 全員で倒す。誰も死なずに。

 終わった後、今みたいに皆がへたりこんでいてもいい。「誰も」「死なずに」帰る。その為に俺達も全力を尽すだけだ。

 

「さて、細かく動きを決めておこうか。まず、ジンオウガが超帯電状態になっていない時。これは基本的にディン君を中心に立ち回って欲しい。大盾を持っているディン君なら堅実に相手の攻撃を止めつつ、その隙を見て機動力のある二人が横槍を入れられると思うんだ」

 

「ああ、任せな!普通の時ならあいつの攻撃で止められそうに無い技は無いぜ」

 

「うん。僕も万が一に備えてサポートは常に準備しておくよ。で、問題の超帯電状態になった時なんだけど……この時は逆にヤマト君とリーシャちゃんメインで立ち回って欲しい。あの状態のジンオウガの機動力は、正直盾があっても重装備で動きづらいディン君には荷が重い。二人で上手くスイッチして、機動力で仕掛けてほしいんだ」

 

「じゃあ、俺はどうしたらいい?」

 

 へたりこんだままディンが手を挙げて質問する。挙げられた手はシルバには見えていないが、声を聞いて首を少し動かし、そして自分を指さした。

 

「アイテムは基本的にジンオウガが超帯電状態の時に使っていくつもりだ。だから僕が狙われる可能性も低くない。ディン君は僕に付いて、盾で僕を守って欲しい。……ごめんね、いっつもこんな役回りで。逆に、アイテムで相手の動きを確実に止められたら、その時は竜撃砲なんかで確実な大ダメージを狙ってもらっても大丈夫」

 

「合点!俺が盾を持ってる理由は仲間を守る為だ、壁役は買ってでるぜ」

 

「ちなみに、ランスじゃなくてガンランスを持ってる理由は?」

 

「かっこいいからに決まってんだろ?」

 

「……よーくわかった」

 

 疲れが増した気がしたヤマトだった。

 

 シルバが身体を起こす。その音に反応して三人も首を動かす。

 

「あ、まだゆっくりしてていいよ。今粉塵撒くから」

 

 そう言ってポーチから生命の粉塵を取り出すシルバ。そして袋の中の粉を一気に振り撒いた。先程、リーシャの傷を癒したものと同じものだ。ベースキャンプ中に粉が舞い、それを吸うと痛みや疲れが取れていく。傷口に当たれば薬液となり傷を癒す。

 ひときしり振り撒くと、シルバはその場に座り込み、深呼吸をした。三人も粉塵を吸うべく深呼吸をする。

 

「……さて、一時間経ったら出るよ」

 

 先程までの和やかな空気は消え、英気を養う狩人達が空気を支配する。

 今の彼らには打ち上げのことも、酒のことも、格好のいい武器のことも、何も無い。

 

 寝そべっていようが、座り込んでいようが、ただ、満月の下で体力を回復する。来るべき戦いに、来るべき狩りに備え、感覚を研ぎ澄ませる。意識を加速させる。

 

 狩りに餓え、強者を屠るべく、腹を空かせる。心を空かせるのだ。満たされる為に。

 

「……次は負けねえ」

 

「次は死にません」

 

「次は守る」

 

「次は勝つんだ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。