「ようやっとこっちに流れがきたじゃねえか」
超帯電状態も切れ、明らかに疲労の色が見えるジンオウガ。こちらも様々な手を打ち手札を切ってしまったが、そのお陰で大きな有利をとることが出来た。
「出来ればここで決めたいね……だけどヤマト君、一旦下がってくれ。かなり動き回っていただろう」
「今度は私が動き回る番ですね!」
「わかった、頼む」
ヤマトが後ろに引き、それと入れ替わるかのようにリーシャが前に出る。ディンの盾を中心に、確実にダメージを与えていく作戦だ。
しかし、後ろに引いたからといって完全に休息体勢に入れる訳では無い。そもそも武器を持たないシルバが狙われた際のカバーは、今はヤマトの役目だ。
前線の二人はどちらも一撃が大きな武器だ。相手は疲労しているとはいえ、考えなしに武器を振るえば隙をつかれて崖から足を踏み外すような事態になることは火を見るより明らかである。
「だからあんま突っ走んなよ、リーシャ!動きは俺が絶対止める!」
「解ってます!期待してますよ、ディンさん!」
「任せとけって!……っくぉぉらぁぁ!」
本日何度目だろうか、ジンオウガの突進を正面から盾で受け止めるディン。その度に盾を持つ腕は痺れ、脚は悲鳴をあげるが、まだまだ彼の体力には余裕があった。
「ぶちかませっ!」
「待ってましたっ!」
そしてそのままディンが一歩後ろに引き、出来たスペースに飛び込むようにリーシャのハンマーが振り下ろされる。顔面を揺さぶられるジンオウガ。そしてその隙にディンが再度踏み込み、ガンランスを突き出す。確実なアタックチャンス。一つ一つをものにしていけば、勝利は近付いてくるであろう。
──しかし、ジンオウガも伊達に無双の狩人狩人と呼ばれてはいない。超帯電状態にも対応され、スタミナが切れかかったところを攻め立てられた程度で事切れる命ならば、其れはジンオウガでは無いのだ。
「……っ!?さっきまでと雷光虫の集まり方が違う!皆、気をつけるんだ!これは──」
急激にジンオウガの辺りを雷光虫が飛び回り始める。明らかなる充電の前触れ。しかし、先程の充電とは明らかに何かが違う。
先程までの超帯電状態の輝きが碧色と形容するなら、蒼色の怒槌を身に纏おうとしているのだ。そして先程よりも全身の毛は逆立ち、先程よりもありありとした殺気が感じ取られる。
「──これは、怒りに達している!!」
「ヴォォォォオォォッ!!!」
ジンオウガの渾身の咆哮に、四人は思わず耳を塞ぐ。紛れもない怒りのパワー、殺気。先程解除したはずの超帯電状態。ジンオウガの、紛れもない本気が発揮されようとしていた。
「信じられねえ殺気だな……ディン!俺が前に出る、一発止めてくれ!」
「合点!」
「二人共気を付けて!さっきと雰囲気が違う!」
ジンオウガの凄まじい勢いのタックル。ターゲットは殺気を纏いながら此方に向かって突進してくるヤマトだ。しかしヤマトは止まらず走り続ける。ヤマトとジンオウガとの間に──
「俺が止めるっ!!」
ディンが入ることを知っているから。
「ヴォォォォオッ!!」
「だぁぁぁああっ!!さっきより重いが……止めるったら止めるっ!!」
宣言通り、ディンはジンオウガのタックルを正面から受け止めた。その表情には脂汗が見えるが、それでもしっかりと、止め切った。
しかし、止め切ったその時にディンは嫌な感触を覚える。今まで幾体もの強敵と戦い、何度も危険な攻撃を受け止めてきたディンが、今までに感じたことの無いような感覚。まるで、頼りになる壁に亀裂が生じたかのような……。
「……嘘だろ?」
そう、バキッ、という何かが割れる音。
その音が何を意味するのか、ディンにしか解らない。しかし、嫌でも思い知らされるであろう。
当然と言えば、当然なのかもしれない。今まで、酷使し続けてきたのだから。
そして、或いは褒め称えるべきなのかもしれない。その身崩れても尚、主人を守り抜いたのだから。
「盾、壊れやがった……!」
「何だと!?」
そう、その音の正体はディンの持つ大盾の大破。彼の最も得意とする「味方を護る」という行為が今をもって実質不可能となった証の音だ。
勿論、だからと言ってディンの役目が終わる訳でもなく、足手まといになる事は有り得ない。しかし、護りという、「生き残る」為に最も重要なポイントにおいて大幅な戦力ダウンは否めないだろう。
「ディン君、下がって!策は考える!」
「っ……悪い!」
よりにもよって、怒り心頭のジンオウガを前にして、自分のパーティとしての最大の役割の盾役を封じられるとは思ってもいなかった。その分身軽にはなるものの、それでもやはりヤマト、リーシャの二人のスピードには適わない。
「くっそ……愛着あったんだぞあの盾」
そして何よりも、今まで共に戦ってきた戦友とも言える盾を失った屈辱と悔しさが強い。作戦会議で「俺が盾を持ってる理由はお前らを護る為だ」等と大口を叩いておきながら、このザマだ。
「ディン君、落ち着いて」
後ろに下がると、シルバが手にブーメランを握りながらそう呟いた。
その瞳は、ジンオウガの動きを一瞬でも見逃すまいと真剣に動きを追っている。
「……自分の武器を、誇りを、思い出を失う痛みは僕も解る」
リーシャを助けた際に代償として失った矢筒。無我夢中だった上に、それと引き換えに仲間の命を助けられたのだから必要経費ではあると割り切ってはいる。
だが。
あの矢筒はシルバがハンターになったその日から、弓を手に取ったその日から、ずっと使い続けてきた歴戦の仲間だ。薄汚れても、端が欠けても、何度も修理し、磨き、初心を忘れない為にと使い続けてきた。
思い出が無いはずが無い。
「……ああ、俺は落ち着いてるぜ。誇り高きハンターはどんな時も冷静だからな」
その言葉を聞いて、シルバは思わず笑った。果たしてディンが冷静に戦闘を進めたことなど、今までにあっただろうか?
しかし、その答えを聞いて安心した。彼の誇りは折れてはいない。いや、折れるはずも無かったのかもしれない。
「ディン君の防御サポートが無いのは正直かなり辛いけど、このメンバーで一番瞬間火力が出るのも君だ。僕が隙を作る、確実に決めてくれ」
「任せな。俺がランスじゃなくてガンランスを使う理由を見せてやるぜ」
「カッコイイから、だけじゃなかったんだね」
「勿論」
ディンは、不敵に笑った。
一方の前線は苦しかった。
元々超帯電状態のジンオウガの動きについて行くこと自体がおかしいのだが、そんなおかしい動きをしているヤマトとリーシャのスタミナ管理はかなりシビアだ。
リーシャはあまり問題ではない。しかし、ヤマトは本来この時間帯は少し後方で体力回復に努める筈だった。ついさっきまでも凄まじい殺気を出しては消し、そして動き回っていたのだ。集中力が切れてきてもおかしくない。
「ちっ、思い出すな……この感じ」
脳裏に浮かぶのは、初めてチームハントを行った孤島でのロアルドロス戦。あの頃は大型モンスターとの戦闘経験も少なく、水浸しになった道着の重さに振り回されていたずらにスタミナを失い、ろくに戦うことも出来なかった。
あの頃とは違う。戦っているモンスターも、仲間も、状況も。ロアルドロスのように甘くなく、アマネのように一人で大型モンスターを翻弄できる訳でもない。かと言って、ここでヤマトが落ちれば総崩れだ。
「ここが、踏ん張りどころか……!」
「ヤマトさん、いけますか!?」
ぴょんぴょんと飛び回りながらリーシャがヤマトに声を掛ける。
その答えは、ノーであってはならない。
「……当然!」
「十秒!十秒一人で稼ぎます!その間に集中力戻してくださいね!」
リーシャは一方的にそう言い残すと、勢いよくハンマーを振り、ジンオウガの顔を無理矢理リーシャ側に向かせる。
十秒。たったの十秒で、集中力を戻す。はっきり言って、無茶なお願いだ。
しかし、十秒。十秒も、一人で稼ぐと彼女は言った。はっきり言って、無茶な申し出だ。
なら、ヤマトも無茶をするしか無い。
目を閉じる。太刀をゆっくりと引き、全身の血液の流れを感じる。鼓動が聴こえる。走り回って、焦っている鼓動が。
大丈夫だ。俺はまだやれる。焦らなくていい、疲れはあるかもしれない。だが、動けないわけじゃないだろう?
目を見開いた。ちょうど十秒。
リーシャは本当に一人で十秒稼ぎ切った。それも、彼女は無傷だ。改めて一年先輩の彼女の規格外加減に驚いてしまう。
──そして、今から放つヤマトの必殺技も規格外だろう。
「……参る」
凄まじい殺気を放つ。その殺気に怯んだジンオウガはヤマトの方を向き、凄まじい勢いで駆け出す。
殺気に驚いたのはジンオウガだけでは無い。シルバ、ディン、リーシャの三人も底知れぬ殺意に一瞬、恐れ慄いた。
「ヴォォォォオォォッッ!!!」
そして、そのままの勢いでタックルをする……と思いきや、その勢いのまま前脚を軸足に回転し、唸りをあげた尻尾でヤマトを殴りつけようとする。そのジンオウガの雄叫びは、渓流に響き渡る。
対するヤマトは、余りに静かだった。
「──疾ッ」
そして、気が付けば太刀は振り抜かれていた。
そこに、ヤマトはいない。
恐ろしい程の剣速、そしてカウンター。
一瞬遅れて、月夜に何か大きなものが舞う。
それがジンオウガの尻尾であるとは、その一瞬では誰も理解出来なかった。ただ一人、ヤマトを除いて。
ヤマトもまた、無傷だ。
──月に照らされた池は、まるで空を映す鏡のように透き通っている。
その鏡に映された巨大な尻尾と飛び散る紅い液体は、散り際の赤い牡丹のようにすら見えた……
鏡花の構え
或いは、狩人の技の深淵である──
「何だ、今のは!?」
ディンの声に、リーシャ、シルバも我に返る。
今までもヤマトのイナシ、カウンターの精度は天才と言っても差し支えない程に凄まじかった。
だが、今のカウンターはどう考えてもそういった域を遥かに越えている。
唯一無二の必殺技と言うべきだろうか。集中力、剣速、見切り、どれをとっても真似が出来るものでは無い。
「……シルバ、俺瞬間火力もあいつが最強だと思えてきた」
「あはは……」
一瞬、時が止まったかのように思えたが、ジンオウガはまだ息絶えてはいない。ヤマトはあの一撃をスイッチに集中力を戻したのか、リーシャと二人で超帯電状態に食らいついている。
シルバは内心、少し焦っていた。
ヤマトの集中力は、研ぎ澄まされれば研ぎ澄まされる程に、切れた瞬間の反動が大きい。
リオレイア戦の時のように、戦いの最中にそうなってしまうと、危険極まりないのだ。
更にまずいことに、ディンの盾が無い。リオレイアの時はディンが間に合って盾で受け止めたから何とかなったものの、今回はそうもいかないのだ。
……ヤマト君は確かに今はイケイケだけど、スタミナが回復した訳じゃない。休ませるなら、今のタイミングしか無い。
けれど、そうした時に、誰があのジンオウガと渡り合う?リーシャちゃん一人じゃ無理だ。僕はついていけない。ディン君も盾が無ければかなり厳しいはずだ。
「……覚悟を決めるしか、無いか」
そう呟くと、シルバはブーメランを仕舞い、代わりに閃光玉を取り出す。そして早鐘のように打ち鳴らされる心臓を落ち着けて、ディンに作戦を話し始めた。
作戦を聞いたディンは驚いた顔をして、シルバの顔を見る。
「……シルバ、大丈夫なのか?」
「ははっ、そこで自分の心配をするんじゃなくて、僕の心配をしてくれるんだね。……ありがとう。大丈夫、約束する」
そう言うシルバの額には脂汗が浮かんでいる。
しかし、ディンはニヤリと笑った。
「……任せたぜ、リーダー」
「任されたよ」
シルバも微笑み返す。そして息を吸い込み、大声で前線に作戦を伝える。
いや、それは作戦とも言えないだろう。言うならば、只の無茶だ。
「ヤマト君!リーシャちゃんと「僕」の二人で一分稼ぐ!その間に体力スタミナ全部全開に出来るまでギアを上げてくれ!!」
「はい!?シルバさん!?」
「お前、前線に出るつもりか!?」
「一分稼いだらヤマト君はリーシャちゃんと交代!ディン君と二人でリーシャちゃんのスタミナを稼ぐ時間を稼いでくれ!!」
前線二人の驚き、そして疑問を全て無視。そのままシルバは全力で駆け出した。
文字の色を変えられるって聞いた。