モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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誇りは金より価値がある

 前しか見ない。

 この作戦に穴があるのでは無いか?等考えない。穴しかないから。

 

 けど、ここでヤマトに無茶をさせる訳にはいかない。なら他の誰かが……シルバが、やるしかないのだ。

 

「〜〜っ!!こうなりゃヤケです!!ヤマトさん下がって!」

 

「リーシャ正気か!?」

 

「ヤマト君こそ落ち着いて!そのままじゃすぐにスタミナ切れだよっ!!」

 

 そう叫びながらシルバは手に持っていた閃光玉を投げ付けた。一瞬の後、辺りを凄まじい光が襲う。ジンオウガは不意に襲われた光量の暴力に視界を奪われ、あらぬ方向に向かって暴れ回る。

 

「っだぁぁあ、解った!一旦下がる、死ぬなよ!!」

 

「当然!」

 

 実際、スタミナが回復した訳じゃないことはヤマト自身も理解している。そしてシルバが意外と意地っ張りであることも。折れたヤマトは一度後ろへ下がり、回復薬の入った瓶を飲み干した。

 

「さて、僕は攻撃は出来ないから適度に注意を引いては逃げるだけしか出来ないけど」

 

「充分です!シルバさんに攻撃は絶対通りません」

 

 そう言うリーシャの表情は、今まで以上に真剣そのものだった。

 

「助けてもらったんです、絶対助けますからね」

 

「心強いよ!……来るよっ!」

 

 視力が戻ったジンオウガは、真っ先にリーシャの方に向かって飛び掛る。リーシャはそれをすんでのところで躱し、ハンマーを構えるも追撃の予兆を感じ、すぐに後退。一瞬前までリーシャがいた所にはジンオウガの前脚が大槌のように振り下ろされていた。攻撃の構えを取っていたら、死んでいただろう。

 ジンオウガは更に追撃をかけるべく、前脚を引いて突撃の姿勢を取る。頭をぐぐぐ、と上に上げ……

 

「ゴァッ!?」

 

 突如、ジンオウガの後頭部を小さな、しかし確かに鋭い痛みが襲った。驚いて後ろを振り返ってもそこには誰も居ない。イライラを募らせて辺りを見回す。そして目に留まったのは、ブーメランを手に持ったシルバの姿。

 と、同時にリーシャの攻撃態勢が整った。

 

「ごちそうさまですっ!」

 

 次は鈍い痛みがジンオウガを襲う。シルバはブーメランの戻ってくる軌道を読み、ジンオウガの不意を付き、尚且つ振り返ることが明確な相手の隙となる場所へ攻撃したのだ。その隙を付けないリーシャではない。

 

「なんでそんなにブーメラン上手いんですかっ!?」

 

「唯一リーシャちゃんに勝てるスキルかもね……!」

 

 意外な部分で才能を発掘したシルバ。しかし今の流れでジンオウガは確実にシルバに狙いを定めた。凄まじい勢いでシルバに突撃を仕掛ける。

 遠くで見ていた時よりも、体感速度、迫力、死の誘惑、全てが桁違いだ。だが、今の流れでこちら側に来ることは予想していた。予想外のことには弱いが、予想さえ立てていれば、その対応は不可能じゃない。

 全力で横に飛び、ジンオウガの突撃を躱すシルバ。元々ガンナーの装備は近接距離で戦う剣士達の装備に比べて身を守る部分が少ない分、少し軽めになっている。横っ飛び等で勢いよく距離を稼ぐのは、シルバも苦手では無い。

 そのままジンオウガは身体を捻り、体勢を崩したシルバを尻尾で薙ぎ払おうとした。思い切り横に飛んだ直後のシルバにそれを躱す術は無い。

 しかし、ジンオウガは大きなミスを犯していた。否、大きな事実を忘れていた、と言うべきだろうか。

 

 自分の尻尾は、斬り落とされて短くなっているのである。

 

 短い尻尾はシルバを捉えること無く空を舞う。シルバは一瞬肝を冷やしながら全身に受ける風圧と若干の痺れに負けないように立ち上がる。

 

「ヤマト君のアレが無かったら死んでたね、今の……」

 

 そう言いながらシルバは飛んだ拍子に密かに掴んでおいた石ころを投擲。ジンオウガの鼻先にぶつかったそれは、ジンオウガのイライラを更に募らせる。

 その瞬間に、再度リーシャのハンマーが振り抜かれた。

 

「シルバさん、注意引きすぎです!死にますよ!?」

 

「守ってくれるんだろう?」

 

「限度がありますっ!」

 

 つい先刻前にその限度を超えた結果死にかけたリーシャに言われてしまうと立つ瀬が無い。リーシャは更にもう一撃を脇腹に叩き込み、ジンオウガの注意をリーシャ側に向けた。

 

「ヴォォォォンッ」

 

 ジンオウガは怒りが頂点に達したのか、月夜に向かって雄叫びをあげた。そして雷光虫達が至る所へ飛んでいき、辺り一帯に擬似的な小さな落雷を発生させる。当たれば火傷、痺れは免れないだろうが、数が多い。

 

「うわっ」

 

「熱っ!」

 

「なんだありゃ!?」

 

「あんなの近付けねえ……!」

 

 バチン、バチン!と地面に雷が落ちる度に高い音を立てながら、ジンオウガのボルテージは上がっていく。

 

「シルバさん、やばい気がしますっ!離れてくださいっ!!」

 

「そうは言っても、雷が邪魔で下手に動けない……!」

 

 リーシャの背筋には何か嫌な予感が付き纏っていた。すぐさま持ち前のスピードで雷を見切りつつ駆け回り、ジンオウガの傍を離れる。

 

「じゃあ、いち、にの、さん!で思いっきり後ろにジャンプしてくださいっ!いきますよ……いち!にの!」

 

「えっ!?」

 

「さーんっ!!!!」

 

「ヴォォォォァァァッ!!!」

 

 シルバがジャンプした瞬間と、リーシャがシルバに向かってハンマーを振り抜いた瞬間と、ジンオウガが雄叫びをあげて辺り一帯を電撃で焼き尽くした瞬間は、同じだった。

 リーシャは足先を火傷したが、シルバは勢い良く吹き飛ばされたおかげで電撃によるダメージは無い。

 

「ディンさん、受け止めてっ!」

 

「はっ!?……うぉっ!?」

 

「……ナイスキャッチ」

 

 突如名指しで呼ばれたディンは、吹き飛ばされたシルバが自分の方へ吹き飛んでくる姿を見て驚いたものの、すぐさま体勢を作ってなんとか受け止めることに成功した。隣でヤマトが少し引いているが、怪我が無いのだから些細な問題である。

 

「ジンオウガ、まだあんな技を隠し持っていたとはな……」

 

「リーシャちゃんもまだあんな技を隠し持っていたとはね……びっくりしたぁ」

 

 ハンマーで吹き飛ばされたシルバだが、後ろに跳んでいたことと、殴ることを目的にせずにリーシャがハンマーを振っていたことから、痛みは殆ど無かった。これもある種の才能によってなせる技だろう。

 

「ヤマトさん、もういけますか!?」

 

「……ああ、任せてくれ」

 

「了解ですっ!十秒だけ一人でお願いしていいですか!?回復薬飲んだらすぐ向かいますっ!」

 

 リーシャも今までかなり走り回っている。ここでリーシャとヤマトがスイッチ、シルバは無事仕事を果たしたので本来通りの裏方だ。

 

「いや、リーシャ!一分くらい休んでていいぞ!シルバを頼む」

 

「へっ?」

 

 抱えていたシルバを下ろし、ヤマトの隣に立つディン。

 

「今度は、俺が前に出るからな」

 

「……念の為もう一回聞くが、お前本当に大丈夫なのか?」

 

「お前だって盾が無いのに大丈夫だろ?」

 

「すっげえ不安なんだが……」

 

 ジンオウガはこちらに向かって走ってきている。

 

「お前のイナシあるだろ?あれを俺流に改造するだけだ」

 

「はぁ?……来るぞ!」

 

「おう!」

 

 ヤマトは横に踏み込み、ディンはガンランスの銃口をジンオウガに向ける。普段なら盾で突撃を受け止め、砲撃を確実に当てるのがセオリーだ。しかしその盾が無い以上、突撃を受け止める術は無い。

 ディンはジンオウガが飛び掛ってくる直前にトリガーを引き、砲撃を行った。同時に踏ん張っていた足を「右足だけ」解き、一瞬後に左足の踏ん張りも解く。

 力の抜けた右足は空を舞い、左足を軸に身体が勢い良く回転する。そしてそのまま左足の力も抜ける為、直角に凄まじい勢いでディンは吹き飛んだ。同時に、砲撃はしっかりジンオウガの鼻先を掠めている。

 

「どーだ!」

 

「阿呆かお前」

 

 イナシでも、何でもなかった。唯、少しだけ身軽になったが故の、無理矢理ガンランス高機動、とでも言うべきだろうか。綺麗に直角に飛び、突撃を躱すスキルは素晴らしいものだが、一歩間違えたら突撃を受ける上に、軸足を痛める可能性も高い。所謂「無茶」というやつである。

 

 ジンオウガはターゲットをディンに定める。前脚を大きく上げ、踏み潰そうと勢い良く頭に向かって振り下ろした。

 ディンはそれを躱そうとする素振りすら見せず……姿勢を低くして槍を足裏に突き立て、柄の部分を地面に突き立てる。そして、凄まじい力でジンオウガの足裏を支え始めた。

 

「ぬぐぐぐぐぐぐ……!」

 

「おい馬鹿!?何張り合ってる!?」

 

 そう、今ディンが仕掛けているのは、純粋な力比べである。ディンが力比べに負けてしまえば、そのまま潰される。ディンが勝てば、あわよくばジンオウガを転ばせることも出来る。全力で、ディンは全力でジンオウガの迫り来る脚を押した。

 

「チャンスだっ、ヤマト……!」

 

「このっ……馬鹿っ!阿呆!」

 

 普通に考えて、唯の純粋な力比べで人間がモンスターに適う筈が無い。しかし、ディンは数秒足止めするだけでよかったのだ。何故なら、ヤマトという仲間がその隙に絶好の攻撃を繰り出してくれるであろうから。

 ヤマトは太刀でジンオウガの首元を斬り裂き、その隙にディンは前脚を押し返す。

 

「おまけっ!」

 

 そのついでに再度トリガーを引き、足裏に爆撃を放った。そしてそのままクイックリロード。そして両足を地面から離して再度砲撃。ディンは瞬く間にジンオウガの射程から逃げた。

 ジンオウガは一連の流れを持ってしても尚ディンからターゲットを変えない。追い掛けるように駆け出そうと走り出す。

 

 その瞬間に現れる、剥き出しの殺意。生命の本能がヤマトに反応せざるを得ない。一瞬、意識が逸れてしまえば高機動ガンランサーと化したディンに追い縋ることは不可能だ。

 

「この戦法、斬れ味がアホみたいに落ちるから斬ったり突いたりは出来ねえから!そこんとこ宜しくな!」

 

「死なないならそれでいい!」

 

 休憩を挟んでも集中力は途切れていなかったらしく、綺麗に一撃を加えるところまでは出来ずとも、超帯電状態の、尚且つ怒り状態のジンオウガを相手に俊敏さと反応速度で負けていないヤマト。ジンオウガが飛び掛かればすぐさま横にイナシをかけ、大きく跳べば後ろに飛び退く。そして隙を見ては太刀を振るい、小さな切創を増やしていく。

 しかし、的確な一撃を見舞うことが出来ない。あと一歩、という所で攻めきることが出来ない。実質一人で戦っているから、隙を見出しにくいのだ。

 

「ディンッ!」

 

「任せろっ!」

 

 だから、的確な一撃は自分ではなく、ディンに任せる。前脚による攻撃を外側にいなし、身体を入れ替えるようにディンがそこに割り込む。そしてその前脚に叩き込まれるフルバースト。そのダメージは確かに反映されているだろう。

 

 ──しかし、ジンオウガは怯む素振りすら見せずにそのまま二人を薙ぎ払った。

 

「なっ……!?」

 

「痛ってぇ!」

 

 まるで痛みなど感じていないかのような一撃。二人は鈍い痛みと痺れを全身に感じつつ、追撃の手をなんとか躱す。

 

「体力底無しかよ……!」

 

「もう、結構ぶっぱなしてると思うんだけどなぁ!?」

 

 そしてジンオウガは、吹き飛ばされた二人から目を逸らし、インターバルを取っているリーシャと武器を持たないシルバの方を向いた。

 

「!?」

 

「やっべぇ……!」

 

 そしてジンオウガが突撃を始める。シルバは急な展開に驚き反応が遅れ、リーシャもハンマーを構えるが対応策が見付からない。一人なら躱すことも出来るが、シルバも共に逃がす方法が無い。

 

「しまっ──」

 

 

 

「そうはさせねえぇぇぇ!!!」

 

 

 

 突如、二人とジンオウガの間に人影が割り込んだ。

 砲撃で勢い良く自らを飛ばしたディンだ。

 

「盾は無ぇけどっ……止めるっ!!」

 

 そう言い放ったディンはガンランスを自らの背後に突き刺し、それを支えに両足を踏ん張り始めた。彼は、盾が無くとも、盾が無いのに……ジンオウガの突撃を真正面から受け止めるつもりなのだ。

 

 ジンオウガの巨体が、ディンという一人の人間に突き刺さる。ディンは両手を広げてジンオウガの首元を掴み、突撃の勢いに負けまいと全身を震わせた。背中にガンランスの堅く、強い誇りを受けて。

 

「ぬぉあっ!?ゲホッ、ぐぅぅぅ……」

 

「ディンさん!?」

 

「無茶だ……!」

 

 ミシミシ、という全身が軋む音が聞こえる。実際、ディンの全身は悲鳴を上げている。骨が折れていてもおかしくない。全身を電撃の痛みが襲っているだろう。しかし、勢いは止めた。あとは、純粋な力比べ。人間が適う筈も無い、力比べである。

 

 三人は、一歩も動けなかった。今動けば、今攻撃すれば、確実なダメージを与えられる。ディンが身体を賭け金代わりにして生み出した絶好のチャンスだ。けれど、動くことは許されなかった。

 ディンは身体だけではなく、狩人として、自分自身としての誇りを賭けてこの力比べを挑んでいる。彼の誇りが、他の三人を縛り付けてしまったのだ。

 

 当の本人は、何も考えていなかった。否、何も考えられなかった。

 勝てる見込みの無い力比べ。全身を襲う焼けるような痛みと、鈍くのしかかるような痛み。一瞬でも自分の誇りを疑えば、その途端に全身の骨は砕かれ、誇りは散る事となるだろう。

 

 そもそもどうしてこんな事をしているんだ、俺は?

 ジンオウガ相手に力比べなんて、人間が勝てるはずないだろ。

 でもしょうがないじゃねえか、身体が勝手に動いたんだから。

 

 狩人の、俺の誇りに懸けて。盾が在ろうが無かろうが、護れる場所にいる仲間を護れねえのは嫌なんだよ。

 

 その誇りを掲げたまま死ねるならそれで結構。誇り高き狩人だからな、俺は。

 

 

 

 

 

 

 ──目的があるなら、達成するまで死ぬかもしれない無茶なんてしちゃダメです──

 

 

 

 

 

 

 

「ディンさんっ!誇りの為に死ぬとか考えてません!?もしそうだとしたら……私、ディンさんのこと殺しますよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 いつだったか、居酒屋でリーシャに言われた、「やっぱり、ディンさんはダメです」の一言。

 

 あー、そうだったな。俺の目的は誇り高き狩人になって母親を見返すことだ。誇り高き狩人になることがゴールじゃなかった。

 

 

 此処で死んでいられねえ。

 

 

 

「ぐぅぅぅ……ぅぉぉおおおらぁぁぁっ!!!」

 

「ヴォォッ!?」

 

 

 

 

 

 

 ディンの誇りが、ディンの本能が。

 或いは、狩人の本能が、彼の身体を鋼鉄、竜の鱗、それらよりも堅牢な何かへと変化させた。

 

 無論、それは物理的にそうなった訳では無い。それは一種の催眠、或いは自己陶酔の域になる。しかしそれでもその堅牢な誇りは、自己陶酔は、自らの秘めたる力を最大限発揮するには充分過ぎた。

 ディンはジンオウガを押し返し、全力で鼻先を殴りつける。そしてガンランスを抜き、斬れ味の無くなった刃で更にもう一撃鼻先を殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後に、その鋼よりも堅い意思と誇りは狩人達に受け継がれ、新たな狩人の境地を開く……

 

 

 その名は、金剛身

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





狩技に関してはかなり自己解釈が含まれます。あと、ゲームと違う点が多々ありますが、この世界ではそんな感じなのです(?)

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