月下雷鳴、渓流での死闘。限界を越えて尚暴れ続けたジンオウガを狩猟した四人もまた、限界を超えた力で狩りをしていた。ある者は武具を失い、ある者は一度生を手放し……何か一つでもピースをかけ違えていたなら、間違いなく死者が出ていただろう。
それほどまでに苛烈な戦いを繰り広げた四人は、帰りの竜車に揺られながら、文字通り死んだように眠っていた。渓流に向かう時には最も険しい表情で、焦りすら見せていたリーシャの寝顔が、最も安らかで無邪気なものだった。
何はともあれ、雷狼竜は狩猟され、彼女の姉の生命を繋ぎ止める薬は無事にユクモ村へ届けられるのだ。
〜〜〜
「着いたよ、皆。ほら起きて」
竜車がユクモ村に到着し、揺れが収まったことで目を覚ましたシルバが三人を起こす。いつの間にやら空の一部が赤く染まり、直に朝が訪れることを教えていた。三人はもぞもぞと動きながら目を覚まし、しょぼくれた瞳で帰ってきた村を見る。
見慣れた門、見慣れた景色。無事帰ってきた証だ。
「リーシャちゃんはお姉さんのこと、気になるだろう?報告は僕が済ませるから行っておいで。報酬金の分配は各々疲れを取ってから、夜にでも」
「そうします……シルバさん、ありがとうございます」
「じゃあ、一旦ここで解散かな。また夜に集会所で」
その言葉と共に、リーシャは真っ直ぐ姉の待つ家へと向かう。シルバは宣言通りクエスト達成の報告を、ディンは壊れた武具の跡継ぎを探したいのか、加工屋の方へ歩いていった。恐らく、この時間には加工屋も寝ているだろうが。
あれ程激しい狩りをしていたのがつい数時間前とは思えない程に、静かな解散、そして静かな時間。疲れのあまり眠っていた頭がまだ働いていないのか、ヤマトは呆然とそこに立っていることしか出来なかった。ぼんやりと、「夜に集会所」という約束の言葉が脳を渦巻く。
何故か、喪失感がヤマトを襲った。狩人の真髄に辿り着き、絶技を繰り出せた瞬間の快感を、もう少し味わっていたかった。「死」という概念が怖くて仕方が無かった筈なのに、それと隣合わせにいた時間は満たされていた。
本来は、それで満たされていてはいけないはずなのに。
「……帰るか」
ぼんやりした頭が喪った何かを求める前に、帰って休もう。恐らくそれが、今の彼に一番必要なものだった。
〜〜〜
見慣れた居住区。歩いているうちに、段々空が明るくなっていく。満月はいつの間にか姿を隠し、代わりに太陽が新たな時間を光を与えにやってくる。
狩りに出向いていない日は、この時間に目を覚まし、自らを磨く為に外へ出て修行用の木刀で素振りを始めているのだろう。そして稀に幼馴染がフラフラと眠い目をこすりながらやってきて、「毎日元気だねぇ」とニヤニヤ笑いながら野菜を届けに来て──
「ふんっ!せいっ!でやぁっ!」
昔から聞き慣れた、少女の気迫の篭もった声が聞こえた。家が近付いてくる程に、その声は大きくなる。そう、きっと彼女は、俺を冷やかしに来る時はこの辺りから俺の声が聞こえてきて、そして……
家が見えてくる頃には、木刀を鋭く振り下ろす幼馴染の姿が見えてくる。きっと、彼女からは短い髪の先から汗が垂れる俺の姿が。
今の俺からは、赤い、長い髪を揺らしながら汗を拭く彼女の姿が。
いつもとは、逆の立場だ。違うことがあるとすれば、野菜があるか、無いかの差だろう。近付いていくと、掛け声と共に木刀が風を切る音も聞こえてきた。彼女は一度、迅竜ナルガクルガを相手にハンターの使う太刀を持って大立ち回りを演じたのだ、軽めの木刀であればいとも簡単に振り抜けるだろう。
──毎日元気だねえ。
その台詞は、きっとヤマトには似合わない。だから、代わりの言葉を探す。
「……木刀、貸した覚えはないんだが」
何故か、零れた言葉は意地の悪い冗談だった。
そのヤマトの意地悪で、ようやっとリタは彼に気付く。どうやら真剣に素振りをしていたらしい。
リタは、疲れ切っていて、尚且つ体中に戦いの痕の残ったヤマトを見て、思わず吹き出すように笑った。
「今日は、元気じゃなさそうだね?」
「死にかけたからな。疲れきってんだよ。……お前は元気そうだな」
「あははー……そうでもないんだけどね、素振りしてたら楽しくなっちゃった」
木刀を肩に担ぎ、ニシシと歯を見せて笑うリタ。そんな彼女につられて、思わずヤマトも笑ってしまった。
──そういえば、今まで狩りから帰ってきたヤマトに、ちゃんと「おかえりなさい」を言ったことが無かったかもしれない。
初めてヤマトがチームハントに挑んだ時。その時に「おかえり」は言ったが、第一声は「ヤマトのバカ!」だった気がする。
ふと、気付いてしまったリタは木刀を投げ捨てて頭を抱えたくなってしまった。
私のバカ!なんで今までちゃんとそれを言えてないのよ!?
「……どうした?お前急にすげえ変な顔になってるぞ」
笑いながらそんな思考に陥り、笑顔と苦悩と怒りが入り交じったなんとも形容し難い表情となっていたリタを見て、ヤマトは若干呆然とする。
──今日こそ、ちゃんと言わなきゃ。
「ヤマト!」
「んあ?」
ただ、一言。当たり前の挨拶。ただ、改まって言うと、少し恥ずかしい気もして。
然れど、言わなくてはならないのだ。共に戦う仲間は居れど、彼を待ち、迎える者は多くないのだから。
だから、笑顔で。満面の笑顔で言う。
「おかえり」
朝日が昇り、彼女の赤毛を黄金色に染め上げた。
太陽の輝きも相まって、彼女の笑顔はとても華やかに見えた。
疲れきっている。だけど、今の体力で最大級の笑顔で返す。
「ああ、ただいま」
──ああ、久しぶりに見るな。ヤマトのそんな笑顔。
やめてよ、また好きになるじゃん。
思いがけず、幼馴染の笑顔を互いに見た二人は、声を上げて笑う。そして朝日の眩しさに目がやられてしまう前にヤマトが目を逸らし、リタが先にヤマトの家へ入った。
眩しくて、ヤマトには途中からよく見えていなかった。思わぬ彼の笑顔を見て、頬を赤らめながら笑っていた彼女の表情が。
ある意味、リタは太陽に感謝するべきだったかもしれない。そして、ヤマトの目が慣れる前に、家の中へ逃げ込んだのだ。
「疲れてるんでしょ!ご飯作ってあげる!」
家の中からリタが叫ぶ。その張り上げた声が、彼女の照れ隠しであることは、恐らくヤマトは知らない。
「悪いな、世話になる」
そう言いながらヤマトも家の中へ入る。太刀を壁に掛け、どかりと椅子に座った。
「あー……しばらく立てねえ」
「お疲れ様。しばらく立たなくていいよ」
スコン、スコンと包丁が野菜を切る音が響く。規則的に聴こえるその音が心地よくて、ヤマトはだらしなく机に突っ伏した。
「寝ないでよ?折角私がご飯作ってあげてるんだから」
「起きてる」
「寝たら刺すからね」
「正気じゃねえ……」
元より寝るつもりは無かったが、その一言で背筋が一瞬冷えた。
「そういや、あの旅芸人は大丈夫だったのか?ハルコさんにしごかれて……」
「あー、大丈夫だったよ。夜には動けるようになってた」
「そりゃよかった」
「で、何故かそのまま私の家の道場に泊っていった」
「……そりゃ、災難だったな」
「あはは……でもね、一つ芸を教えてもらったんだ」
「芸を?お前が?」
「うん。大昔、戦争があった時代にね。戦地へ向かう家族や友達が、無事に帰ってきますようにってお願いする歌。それと、踊り」
「へぇ。今度聴かせてくれよ」
「だーめ。まだ下手くそだし、ヤマトが狩りに行った時に歌うものだもん」
いつの世も待ち人は辛いものであるらしく、パノンがその歌を教えてくれた時、彼女はその歌詞に痛々しいほど共感を覚えた。かつて失った二人の「姉」のことを一瞬思い出し……そしてジンオウガと死闘を繰り広げているであろう彼のことを想い。
「……それで、パノンさんと仲良くお話していたら「夜なのにうるさい!!」ってお母さんに怒られて、家から追い出された」
「……そりゃ、災難だったな……」
その風景が明確に想像出来てしまうヤマト。ハルコならやりかねないのである。
「しかもね、パノンさんは追い出されないんだよ!?ズルくない!?「あの人は手負いだから許してあげるの」って言ってたけどさ!手負いにしたのお母さんじゃん!?」
「まじで災難だったな……てか何処で寝たんだよお前」
「え?ここだけど」
「……」
当然のように勝手に自宅を使われていたのだった。あまりにも淡々と言われてしまい、疲れも相まって反論する気すら起きない。
「でもヤマトのベッド寝心地悪いからなー。ぬいぐるみ一個しかないし。だからこんな朝早くから起きてたんだよね」
「人の家に勝手に入って俺のベッドに文句言うとはどういう了見だお前は」
流石に突っ込まざるを得なかった。
リタ以外にそんな真似をする友人はいないが、リタ以外にこのような真似をされたら縁を切るレベルである。
「……はい、できた。たくさんめしあがれ」
「今お前有耶無耶にしただろ」
見計らったようなタイミングでリタ特製の朝食が出来上がり、話の流れをぶった切られる。しかし反論意欲は食欲に勝つことは出来ず、突っ伏していた体を起こし、さらに盛り付けられた野菜たっぷりの朝食にがっついた。
「あっ、こら!いただきますくらい言いなさい!」
「あ、悪い」
いつの間にか、ヤマトの心の中にあった喪失感は消え去っていた。
狩りの中にしかない、あの刹那の感覚は、確かにヤマトの中の何かを満たしていた。
しかしそれと同じように、ここにしかない幼馴染との時間も、ヤマトの中の何かを満たしているのだ。
しかも若干短くて申し訳ないです。