モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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雄は現実より理想に死す

「……で、私のとこにきたわけね」

 

 ユクモ村居住区、とある実力派上位ハンターアマネ宅。ヤマトが彼女の家に自ら出向いたのはこの日が初めてだった。

 ディンの帰村を聞いた二日後。当然、ヤマトは何の意味も無くアマネの家を訪れた訳ではない。

 

「俺の知ってるトップハンターと言えばあんたしかいないからな。……正直、無茶な頼みだとは解ってる」

 

「ホント、無茶な頼みだと思うわよ?そもそも私と貴方じゃ狩猟スタイルも違うし、武器だって違う。それなのに……鍛えてくれだなんて」

 

「……頼む。いや、お願いします」

 

 ヤマトはハンターになってから今まで、戦い方やアイテムの調合、地図の読み方等の狩猟においてのイロハは殆ど全て独学で学び、覚えて生きてきた。それでも充分に戦えてきたし、生きることが出来ていたのだ。否、これからもそれで生きていくことは不可能ではないだろう。

 だというのに、ヤマトはアマネに狩猟においてのイロハを「今」改めて教わろうとしていた。そう思わせるに至った原因は他でもない……ディンだ。

 

 ディンはベルナ村に帰った暁には、龍歴院のトップチームに入り、上位ハンターを見据えた狩猟や調査に参加するらしい。当然ながら龍歴院のトップチームにはアマネや彼女の彼氏であるロックスのような上位ハンターも所属しているだろう。そのような環境にいれば、誇り高きハンターを目指すディンは間違い無くそう遠くない未来に上位ハンターとなるだろう。

 

 ヤマトはそれが──とても誇らしい反面、とても悔しい気がした。

 

 初めて出来た同い年のハンター仲間。リーシャやシルバも含めて、「いつものチーム」となったメンバーの中でも、特に仲が良かった。いつでもピンチには大盾を構え、仲間の窮地を救ってきた……或いは親友。或いはライバル。

 

「負けたくねえんだ」

 

 それが、ヤマトの本心だった。

 そして、ディンが上位ハンター含むトップチームと狩猟チームを組み、経験を積むならば。ヤマトもそれに負けない為に、アマネに教えを乞えばいい。そう結論付けたのである。

 

 今までぼんやりと浮かんでいた目標が、明確になったのだ。今、ヤマトはディンに負けまいと上位ハンターを目指そうとしている。

 

「……正直、貴方なら私が何も見なくても何れ上位ハンターになれると思うわよ?……ちょっと認めるのが悔しいけど、貴方は紛れもない天才だと思うわ」

 

 それはディン君もだけど──と、アマネは内心で付け足した。

 

「……それでも、頼む」

 

「と言ってもなぁ……大分前に武器使って組み手したじゃない。あの時私本気でやったのに負けかけたのよ?今更私が教えることなんて無いわよ」

 

「あの時はアマネは病み上がりだっただろ」

 

「……貴方、元々武術習ってる師範いるでしょ。その人にまた戦い方を習い直せばいいんじゃない?」

 

「俺が習ってたのは対人武術だ。モンスター相手に応用できる技術もあるが……今俺が求めてるのはそれじゃない」

 

 ヤマトの意思は揺るがない。

 

「はぁ……解ってる?貴方ねぇ、自分のランクアップを急ぐっていうことは死の危険を強くするってことと同義よ?……こんな言い方はホントはダメだけど、貴方は若い上に金の卵。みすみす早死にさせるような真似、私が出来るわけないじゃない」

 

「……ああ、解ってる。死線なら俺だって何度も潜って──」

 

 

 

「その言い方が解ってないって言ってんの」

 

 

 

 アマネの語気が、急激に強まった。

 ヤマトの知る限り、アマネがここまで真剣な声色を使うのは初めてである。ロアルドロスを前にしてすら、飄々と言うべきか、余裕感があった彼女の表情は、一切の綻びは無く、真剣そのものだった。

 

「上位ハンターになれば凶暴化した個体の狩猟、環境が不安定でベースキャンプ迄すら送って貰えない、当然のように支給品が届いていない、情報が少ないモンスターの狩猟、二体以上の大型モンスターの同時狩猟……実力が伴っていても、何もミスをしなくても死ぬ可能性が生まれる馬鹿みたいなクエストを受けることになる。当然戦闘能力は勿論、状況判断能力、狩場やモンスター、動植物の知識に危機察知能力や戦術を練るための地頭やセンスといったあらゆる能力が必要とされるわ。それは貴方のような天才でも一朝一夕に身に付く能力ばかりじゃないの。私が教えたら確かにある程度その能力は身に付くかもしれないけど、それはあくまでも付け焼き刃。完全に身につかないうちに貴方が無茶をしたらその時点で即死よ。幾つか死線を潜ってきたのは私も知ってるけど、言わせてもらうと圧倒的に経験不足。その状態で上位ハンターになりたい、私に鍛えてくれって頼むなんて……あまり言いたくないけど、身の程を知るべきね」

 

 アマネは、自分でも驚く程に冷たい口調で、そしてすらすらとヤマトに「現実」と呼べる残酷な言葉を紡いでいた。

 或いは──それは過去の自分への言葉なのかもしれない。ロックスと出会ったあの時。友と呼べるハンターが、金雷公に殺されたあの時。大事なものを喪ったあの時の自分への言葉。

 

 ヤマトの成長は目覚しかった。その成長速度はユクモ村の全ハンターが驚くものである。だからこそ、彼にブレーキを掛けさせる役割は必ず必要となる。それが今のアマネだ。

 

「……ごめん、言い過ぎた。けど貴方がそんなに急ぐ必要は無いわよ、寧ろ成長速度おかしいくらいよ?その調子で狩猟を続けていれば嫌でもスキルは身につくし、上位ハンターへの声はかかるわ」

 

「……いや、いい。俺だって無茶な頼みだとは解ってたから。──だけど、それを聞いたとしても俺は折れたくない」

 

 ──アマネの現実そのものとも言える言葉を聞いて尚……ヤマトの意思は揺るがなかった。否、寧ろその瞳に映る覚悟はより固まっているようにすら見える。

 

「……あんたねぇ、話聞いてた?」

 

「ああ」

 

「……もしかしなくても死ぬわよ?」

 

「……ああ」

 

 アマネは軽く恐怖すら怯えた。死への恐怖が無いようには一切見えない。自分が間違っていない!という自惚れや驕りも見えない。それなのに、どうしてこんなにも盲目的に、そしてあまりにも真っ直ぐ見ることが出来るのだろうか?今その為なら、死ぬ程に怖い「死」という恐怖すら恐れない、そう言えてしまいそうな表情が出来るのだろうか?

 

「……ごめん、やっぱり私は貴方を鍛えることは出来ないわ」

 

 その顔に、その瞳に心を動かされそうになってしまったが、寸前で理性が押し止めた。感情に流されてはいけない。彼はまだここで死に急いではいけないのだから──

 

 

 

「じゃあ、俺が鍛えてやるよ」

 

 

 

 ──闘争心を煽られた雄に理性など存在しない。何故なら俺達は雄に産まれてしまったのだから──

 

 いつの間にか、入口の扉にもたれかかっている影が一つ増えていた。

 嗚呼、彼のこの飄々とした声に何度アマネが頭を抱えたことだろう。その回数と同じだけ、夜に濡らされているのだが。

 当然ながら、今は頭を抱えるターンだった。

 

「…………ロックス、あんたもしかして話聞いてた?」

 

 新たに増えた影、そして唐突に割り込んできた声。その主はアマネと同じ上位ハンター、ロックスだった。

 

「聞いてた。大体このヤマトって奴がちょっと生意気でカッコイイこと言ってお前がブチギレる辺りから」

 

「……だったら普通今ここでこの子を鍛えちゃダメって解るわよね?」

 

「あー、そうだなー。普通は諦めさせるのが筋だ。俺もヤマト君の噂は聞いてるからな、尚更一旦落ち着かせるべきだな」

 

「だったら──」

 

「アマネ、一旦黙れ」

 

 芯のある声でアマネの反論を一蹴すると、ロックスは揚々とヤマトの隣まで歩み寄り、わしゃわしゃと頭を乱暴に撫でた。

 

「ディンってガキの調査を引き継ぐのは俺だ、あいつがベルナに帰ってからどういう待遇になるかは俺も知ってる。……解るぜ、俺も同じ立場ならきっと同じことをしてる。ヤマト、お前のその心は強くなる為には絶対に必要だ、忘れちゃならない」

 

「ちょっと、ロックス!」

 

「アマネ。悪いがこれは女のお前には一生賭けても解らねえもんなんだよ。死ぬのが怖くない訳じゃねえ、自分が無理言ってるのも解ってる、寧ろ自分は間違ってる。それでも、今ここでやらなくちゃいけない。ここで出来なかったら……命より大事な何かが喪われる。それが、死ぬ事よりも、何よりも怖いのさ」

 

 ロックスの言ったことが、アマネには微塵も理解が出来なかった。雄としての闘争本能、其れはあくまでも雄にしか産み出されることのないものである。雌にしか、母性が産み出されることがないように。

 

「ヤマト。俺はぶっちゃけアマネより強い。こいつより上位歴は長いし、知識なんかも絶対にこいつよりある。同時に、アマネより厳しいし遠慮も無い。……マジで死ぬ可能性もあるが、それでもいいなら俺が鍛えてやる。……どうする?」

 

 ロックスの声は飄々としていた。しかし、その表情にお遊びは一切無い。真剣そのものだ。先程、アマネが現実を見せつけたその時と全く同じである。

 

 そして同時に、ヤマトの答えもずっと変わらない。

 

「覚悟は出来てる。……宜しく御願いします」

 

「ちょっとロックス!ヤマトも!」

 

 異を申し立てたのは当然ながらアマネだ。しかしロックスは意にも介さず快活に笑い飛ばした。

 

「良い返事じゃねえか!ビシバシいくから覚悟しやがれ」

 

 そんなロックスの姿を見てアマネは諦めたように溜息を付いた。彼女には解っているのだ。この後彼が言い出す言葉を。

 

 ──どうせ、「本気でこいつを死なせたくないならお前も協力すべきだろ」とか言い出すんでしょ。こうやってこいつの好きに動かされるのが一番嫌なのよね……。

 

 それでも、ヤマトを生かす為には結局アマネも協力した方がいいに決まっている。結局、ロックスの手のひらの上で転がされるしか無いのだ。

 

「……いや、今回は私どう考えてもヤマトに転がされてるわね」




半年ぶり?……うっそだぁ……(ごめんなさい)

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