ボン!という小さな爆発音が、また部屋を覆い尽くした。
「くっそ……またかよ……」
殆ど物が置いていない(引越ししたてなので当たり前である)ロックス宅にて本日度々聞こえるこの爆発音は、ヤマトが調合に失敗した音である。脇には爆発音と同じだけある燃えないゴミ。机に向かって唸るヤマトは、新たに増えた燃えないゴミを見て忌々しそうに落胆した。その光景を後ろから見ているのは、ヤマトを鍛えると明言したロックスである。
「くっくっく、お前本当に調合苦手なのな」
「普段、あまり道具を使った狩りをしないからな……」
「らしいな。身体能力と天性のカウンターセンスが武器だって聞いた」
「誰から聞いたんだよ、それ」
「秘密。こう見えて俺は情報網が凄いのだよ?……ほら、口じゃなくて手を動かせ。お前完成品より燃えないゴミの方が多いぞ」
支給品も届かず、不安定な狩猟環境に長時間滞在することも多い上位ハンターにとって、現地でのアイテム調達手段として調合スキルは必須と言える。しかしヤマトは今まで調合を殆ど経験せずに狩猟を続けており、まともに調合出来るのは回復薬のみという体たらくであった。その為、まずは調合から修行中、という訳だ。
「ハチミツを入れて……ニトロダケを入れる……」
「すると何が出来るんでしたっけ、ヤマト君?」
「…………滋養薬グレート?」
「そんな薬聞いたこともねーよ。元気ドリンコだ、今自分が何を作ろうとしてるのかちゃんと考えながら調合しろ。苦手意識が先行し過ぎて完成形のイメージが出来ずに脳死で作るとそうなるぞ」
「……押忍」
ロックスの視線の先にあるのは、ヤマトが生み出した燃えないゴミという名の産業廃棄物もどきの山。しっかり頭を働かせないと正確な調合は出来ない、という暗示だろう。普段使わない頭を使い、普段意識しない指先に意識を向ける。眉間に皺を寄せながら慎重にハチミツとニトロダケをくつくつと調合し……なんとか小さな爆発を起こさず黄色の液体を生み出すことに成功した。
「よし、成功……」
「まだ失敗の方が多いけどな。じゃあ問題、元気ドリンコの効能と、どのような狩猟場面で使えるか答えてみろ」
「あー……眠気覚ましの効果がある。だから……狩猟対象のモンスターが巣から出てくるまで夜通し見張りをする時とかに飲むと……良い……?」
「効能は正解。どんな場面で使えるかは……いやまあそれもあるにはあるんだが花丸をやるわけにはいかねえな」
ロックスは小さく溜息を吐いた。様々な道具についての知識が些か乏しいヤマトには「自分が調合した道具はどのようなものか」を正しく覚える為、調合に成功する度にこのようにクイズを出しているのだが、如何せん頭を使うことが苦手なのか、正答率が著しく低いのだ。
「元気ドリンコの眠気覚ましはかなりの速効性がある。例えばそうだな……凍土に棲息する鳥竜種、バギィやドスバギィは浴びると急激に眠気を掻き立てる催眠液を吐き出すんだが、こういった相手を眠らせるタイプのモンスターの狩猟に於いて、元気ドリンコは必須とも言える。たとえ催眠液を受けて急激に眠気が己を襲っても、眠ってしまう前に元気ドリンコを飲めば一気に眠気が消えるからな」
「成程……確かに、元気ドリンコさえあればその催眠液は怖くなくなるな」
「そういうことだ。相手の武器を一つ事前に対策出来てしまう」
ヤマトもバギィと相見えたことはある。ジャギィのようなすばしっこさに加え、フロギィが毒霧を吐き出すように睡眠液を吐き出す厄介な鳥竜種だ。少しでも浴びるとたちまちポポですら眠らせてしまうその睡眠液はバギィにとって非常に強力な武器である。言うなればジンオウガにとっての雷のようなものなのだ。
「そう言われるとこのただ美味そうなだけのドリンクが急に頼もしく見えてくるだろ?」
「……まあ、確かに」
大自然、弱肉強食の世界において、あまりにも弱い人間という種族が生き残っている理由の切れ端。それが知恵であり、探究心であり、それらを繋ぎ、継承する力である。過去に誰かがハチミツとニトロダケを上手く調合すればこの眠気を吹き飛ばすドリンクが作れることを発見し、その調合法を確立させ、数多の狩人に伝わるよう継承した。まるで大きな一本の大木のようなその知識の流れの枝葉の先の先、青々とした若葉の先に今、ヤマトは立っているのだ。
──こんなの、誰が思いついたんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えるヤマト。恐らく彼なら、そのような技術を発見したとしても他人に上手く伝える、継承するということは出来ないだろう。より確実に、多くの者に継承したいのであれば、例えば書物のような──
「ロックス、あたしの家にあったの持ってきたよー。どう?ヤマトは頑張ってるの?」
「お。悪いなアマネ、その辺に置いといてくれ」
ヤマトが柄にも無く知識の大樹に思いを馳せようとしていた所に水を差したのは、ロックスの家に唐突に入ってきたアマネの声だった。手に抱えているのは数冊の分厚い本。その中の二冊は、ヤマトも見覚えがある。ハンターストアでも売られている調合の入門書だ。
「アマネ、それって」
「そ。あたしの持ってる調合書。ロックスがあんたを鍛えると言った以上、あたしも手伝わなきゃね」
「俺の家、調合書一冊も無いからな。必然的にアマネに借りるしかないわけだ」
ドサリと音を立て、調合書がヤマトの隣に燦然と積み上げられる。一冊一冊が思った以上に分厚く、重量感が見て取れた為にヤマトは一瞬萎縮したが、よくよく考えてみればこの調合書達は調合のイロハや素材等を詳細に記した参考書のようなものだ。今のヤマトにとっては天よりの宝札とも言えるものであり、決して牙を剥くものではない。
「それがあったら時間こそかかれどまあ失敗することは無くなるだろ。狩場でもそれを持ち歩くわけにはいかねえから、あくまでも今覚える為のサポートだが……それ見ながらもっかい元気ドリンコ作ってみろ」
「押忍……!」
先程よりは勢いのある声量で返事をするヤマト。同時に左手で調合入門書を開き、今の自分の調合に必要な頁を探すべく目次と睨めっこを始めた。
「……なんでロックスの家には一冊もないんだ?」
「あー、俺その調合書シリーズ読み込みすぎて全部暗記したから。いらねえなって思って誰かにあげた」
「………………この量を……?」
「ヤマト、いいこと教えてあげる。こいつ、あんたとはまた違ったとんでもない天才よ……」
〜〜〜
カン、カンという木刀同士が打ち合う音が響く。
「っらぁぁ!」
凄まじい勢いで振り抜かれた長い木刀。それを振るっているのは当然、ヤマトだ。振り抜かれた木刀は対象を捉えることなく空を切り、ビュン、という風を切り裂く音のみが残った。
木刀を振るわれていた対象──アマネは空中で身体を捻り、両の手に一振ずつ持った短い木刀を回転するように振り下ろしながらヤマトに急降下する。ヤマトはその第一刃を返す刀でいなし、身体を入れ替えるように足を運んでアマネの反撃を受け流した。
調合書を使っても尚、調合レッスンはヤマトにとっては長く険しい道だったらしく、調合書を読んでいるうちに頭がショート。小休憩を挟んでいると、ロックスが「お前の身体能力がみたい」と言い出し、急遽アマネとの武器を使った組み手へと発展したのだ。
ヤマトとアマネは一度武器を使った組み手で対戦した経験があるが、あの時アマネは病み上がり、そしてヤマトはあの時より遥かに経験を積んでいる。ある程度手の内も明かしあっているとは言えど、戦いは熾烈を極めていた。
「やっ!」
「くっ……せぁっ!」
距離を詰められたヤマトは思うように剣が振れずにアマネの攻撃をすんでの所で捌くしかない。なんとか距離を取るべくすぐさま柄の部分でアマネの刃を押し返し、一瞬出来た隙と空間に鋭く素早い一撃を狙う……が、その一撃はもう一本の木刀に阻まダメージには至らなかった。それでも距離を離すことには成功する。二人はそのまま暫し睨み合い、出方を伺うターンへと突入した。
「……驚いた。話には聞いてたが、マジで身体能力と格闘術は上位ハンターレベルじゃねえか……」
組み手の流れを見ていて、ロックスは心底驚いていた。本当に、自分の教導など無くとも、何れは確実に上位ハンターとして名を馳せるだろうと確信させられるほどの剣のカンと身体能力だ。勿論、対人格闘と対モンスターの狩猟は勝手が違う為、この組み手だけでそう決めつけるには情報が足りていないが、多種多様な狩猟区域、多彩なモンスターを相手に経験を積むことが出来れば、間違いなく上位ハンターになることは可能だろう。……問題は、その経験を積むという行為が常に命懸けとなってしまい、ひとつの不運でその才能が泡沫のように消えてしまうことなのだが。
「こりゃ噂になるのも理解できるな」
睨み合いの膠着を破ったのはヤマトだった。一歩、大地を揺らさんばかりの踏み込みと共に木刀を振り下ろす。アマネはその一撃を両方の木刀を重ねるように使い受け止め、一気に押し返した。そしてその勢いのまま距離を詰めようと前に踏み込み、右手を振るう。ヤマトは押し返された勢いのままに後ろに飛び退きその刃を躱し、反撃の突きを放つ……が、アマネはそれを首を振るだけで躱して更に距離を詰めた。振るわれる双刀。ヤマトは先程と同じく防戦一方となる。
「普通、あの距離で双剣振るわれたら……太刀だったらもう止めきれずにボコボコにされてるとこなんだが」
ロックスがそうボヤいた。そう、ヤマトは防戦一方でありながらまだまともに太刀筋を浴びていない。手数は圧倒的にアマネの方が多いのだが、ヤマトは身体を上手く使い、躱し切れない止めきれない攻撃はいなし、受け流しているのだ。ロックスですら、そんな戦い方は見たことが無かった。
「新たな狩りのスタイル……になるかもな。まあ、あのレベルで攻撃を受け流し続けられる奴はそういないだろうが」
「ヤマト、もう終わり!?さっきからずっと私が攻撃してるわよ!」
「終わりなわけねえだろ……ッ!」
アマネの挑発に、ヤマトの闘争心が揺らされた。火の点った心が、集中力を高めてヤマトの動きを洗練させる──
──アマネの視点から、ヤマトの姿が唐突に「消えた」。
そして次の瞬間訪れる、謎の浮遊感──
「ちょっ──」
気が付けば背中は地面に着いており、その一瞬後、凄まじい風切り音が耳元を通過した。──その音が、ヤマトの振るった木刀であることに気付いたのは、更に一瞬後だった。
「……俺の勝ちだ」
〜〜〜
ヤマトの集中力が限界に達した瞬間。
アマネの太刀筋をいなし、次の刃が自分の顔面を狙いに来ていることが直感的に感じられる。それを躱すべく、そして相手の虚を突くべく……ヤマトは驚く程に姿勢を低くした。足首が曲がる限界まで。自らの体重を支えられるまで頭を、身体を前に、地面と近くに……。
驚く程に低くなった姿勢。その低さはアマネの視界から消えるには十分だった。一瞬虚を突かれたアマネの足を払うように太刀を振るう。当然意識の外からの足払いに、アマネは反応できるはずも無く、いとも簡単に転ばせることに成功する。そして無防備なアマネに向かって、全速力で木刀を振り下ろす──。
「……俺の勝ちだ」
ロックスは思わずため息をついてしまった。
「……こいつは、思った以上に逸材だな」