モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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凍てつく風と心臓の音

「ヤマト、準備はいいな?」

 

「勿論。いつでもいける」

 

「オーケー、いい返事だ。ここからは短期決戦で決めちまおうぜ」

 

「了解」

 

 小休止を挟んでのドスバギィとの第二ラウンド。ロックスが提案した作戦は「速攻、短期決戦」であった。

 ヤマトの狩人として最も優れている部分は間違いなく剣速の凄まじさとテンションと連動する太刀筋の鋭さにある。一度ノってしまえばモンスターの本能と遜色無い反応速度でモンスターの爪より鋭い斬撃を放つことが出来る……が、同時にその状態はそう長く続くものでは無い。ヤマトのスタミナはハンターの平均以上ではあるだろうが、特別秀でている要素では無い。

 

 ならばその強みを最大限活かすために、スタミナの使い道をほぼ全て攻撃に使ってしまい、反撃を受ける前に狩り切ってしまう。言うは易しのシンプルな作戦だ。

 勿論、ただ何も考えず攻撃をするだけではその作戦は失敗するだろう。当然ながらドスバギィも反撃をしてくるだろう。子分のバギィもまだいるかもしれない。先程のようなイレギュラーな攻撃が飛んでくるかもしれない──その要素をなるべく削ぎ落とすべく、ロックスは攻撃を仕掛けるタイミングを指定した。

 

 

 それは──食事の瞬間。

 

 

 モンスターは縄張り争いやハンターとの戦いでダメージを受けると、一度退いて捕食対象を探し、その血肉を喰らうことで傷を癒すことがある。ドスバギィは先程の戦いで大きなダメージを負っている。十中八九、一度巣に戻って眠りについて体力を回復するか、或いはポポを捕食するだろう。

 そのタイミングだけはさしものモンスターも無防備となる。食事や睡眠はそれ自体が命を繋ぐための最重要事項。ましてや傷を癒す為となればその行為に夢中となり、周りに気を遣うことは不可能だ。

 

 その無防備な瞬間に、ヤマトが渾身の一撃を叩き込む。そこから、第二ラウンドのゴングが鳴らされる。そうなるとドスバギィからしてみれば、生命を繋ぐ為の行為を中断させられ、強制的に生死をかけたリングに上げられることとなる。正常な思考能力は奪われ、最初からヤマトのペースで戦うことが出来る。更にはロックスのサポート付きだ。これならば、「スタミナのほぼ全てを攻撃に割り振る」ことも不可能ではない。

 

 

 ──そして現在、殺気を完全に消したヤマトは、ロックスの読み通りポポを捕食しようとしているドスバギィを視認した。ドスバギィは一刻も早く新鮮な生肉を口にしたいらしく、殺気の消えたヤマトなど目にすら入る様子はない。

 

 

「まだだ……あいつが貪り始めたら一気に距離を詰めろ。安心しな、イレギュラーはもう起こらない。あいつが今傷を癒して万全の体制でお前を迎え撃とうとしてるように、俺達もこの小休止で準備をしたんだ」

 

 今にも飛び出しそうなヤマトに声を掛けるロックス。相手が食事を始める前に突っ込んでしまっては気付かれてしまい、警戒のレベルは上がるだろう。それでは作戦の意味が無い。

 

 だが、意外にもヤマトの心は平静を保てていた。無論、殺気は消しつつも糸を張ったような集中はしており、いつでも飛び出せるように刀の柄に手すらかけているのだが、ロックスの声を聞かずとも今が突っ込むタイミングでは無いことは理解出来ていた。

 

 

 ──今なら、あのモンスターの息遣いすら感じることが出来る。

 

 

 痛みに耐えつつも、目の前にあるご馳走に涎が止まらない。早く、早くその沸き踊る一口目を…………!

 

 

 

 

 

 

 

 ────今だ。今突っ込んで、喉元を斬る。

 

 

 

 

 

 

「今だっ!」

 

 

 ロックスのゴーサインとほぼ同時……否、ヤマトの一歩目の方が僅かに速かっただろうか。ドスバギィがポポの腹に口を突っ込み、肉を引き裂いたその瞬間に、ヤマトは凄まじい速度で地面を蹴った。

 

「はっ、ドンピシャだよ!俺の合図いらなかったかもな」

 

 ロックスは笑いながら万が一のイレギュラーに備え、ライトボウガンに弾を装填した。だがもう直感で理解している。ヤマトが喉元を斬り裂くその瞬間まで、イレギュラーは「起こらない」。ヤマトが本能的に思い描いた狩猟チャート、そしてロックスが経験で考え描いた狩猟チャートから外れることは無い。

 

 

 ──あ、この一撃は「決まる」な。

 

 

 透き通った思考の中、ヤマトも直感的に理解した。一歩一歩、足が地面を蹴る感覚。篭手越しに感じる太刀の柄の感覚。肌を刺す冷気、体内を巡る熱い血液。眼前に迫るドスバギィはまだこちらに気が付いていない。それら全ての要素が、その身に感じる感覚が、次の一撃の必中性を証明し続ける。全ての感覚がクリアになっていく。そして次の一歩を踏み出すと同時に、背中の太刀を引き抜いて喉元向けてその刃を振り抜く──。

 

 

「──っせぇやっ!!!」

 

 

 その一撃は、驚く程簡単に決まった。否、驚く程簡単に決まるように舞台が整っていた。ポポの臓物と血で口元が汚れたドスバギィの首筋に、新たな鮮血が飛び散る。其れは紛れも無いドスバギィそのものの血液。鱗と肉を斬り裂いたその太刀筋はこの狩猟の中で最も美しく決まり、そして最も鋭い一撃となった。

 

「ゴギャグォッ!?」

 

「もう一撃……!」

 

 正しく「生命」を実感していたはずの捕食中に、正しく「死」を理解させられる攻撃を受けたドスバギィは一瞬何が起きたかすらも解らず、痛みに声をあげながらすぐそこにいるはずのハンターの姿を見失う。その時間は一秒にも満たない刹那の時間。だが、その間にもう一撃を加えることは、今のヤマトにとってはいとも容易い。

 

 振り抜いた刀をすぐに返し、足を引くと同時に刀を自分の方へ勢いよく引き戻す。刀身とドスバギィの鱗が擦れ合い、青い鱗の破片が真っ白な凍土の風に吹き飛ばされていく。新たに受けた痛みに流石のドスバギィも狩猟対象を確認したらしく、怒り狂った瞳でヤマトを睨み付けた。そしてその怒りそのままに勢いよく身体を捻り、尻尾でちゃちな人間を吹き飛ばそうと叩きつけてくる。

 ヤマトはその攻撃を読んでいた。だからこそ、先程の二撃目の流れで刀を引き戻していたのだ。そのまま刀の峰を使い尻尾の動きに逆らわず、力の流れに沿って身体を捌く──イナシだ。そのまま尻尾を掻い潜り、今のイナシで上がった集中力をそのままに太刀を振るおう──としたが、更に身体を捻ってもう一度尻尾でヤマトを吹き飛ばそうとするドスバギィの動きを視認。すぐに太刀を納刀し、後ろに跳んでそれを躱した。

 

 同時に、背後から二つの殺気を感じる。恐らくはボスの危険を察知してやってきたバギィだろう。先程まで一切バギィを気にせずに戦えていたのはひとえにロックスによる部分が大きい。本来なら鳥竜種との戦いは、この子分達との連携プレーが厄介なのだ。

 

 ──だが、それなら人間側も連携プレーで戦えばいい。先程までがそうだったのだ。

 

 

「ロックスさん!五秒ボスを足止めしてくれ!」

 

「あいよ。五分でもいいぜ」

 

 

 先程とは「逆」を選択する。ヤマトは太刀の柄に片手を添え、ロックスにドスバギィの相手を頼みながら反転する。眼前に迫るは予想通りの二匹のバギィ。この二匹を五秒で倒し、すぐさまドスバギィとの戦いに戻る。恐らく今のヤマトのテンションであれば、バギィ二匹は自分で狩った方が速い、と判断したのだ。

 

 二秒後に、バギィ二匹は同時にジャンプし、ヤマトに飛び掛るだろう。しかし翼を持たないモンスターが安易に空中に飛び出すということは、身体の制御が出来ない時間を敵に晒すということになる──。

 

 

「ゴゲァァゥッ」

 

「──っせい」

 

 

 予想通りのジャンプ、予想通りの軌道。予定通り一気に抜刀し、予定通り渾身の横一文字を振り抜く。その一太刀に与えられる結果は、二匹同時に訪れる絶命。そしてそのまま身体を捻って再度反転し、そのままヤマトに向かってくる瞬刻前まで脅威だった肉塊を躱す。ここまで五秒。ドスバギィがヤマトに向かってくる素振りは一切無かった。それどころか──この五秒でドスバギィはヤマトよりも、ロックスの方に強い殺気を放っていた。それは即ち、このたった五秒で「ヤマトよりもロックスの方が脅威である」と、このモンスターが理解させられたということである。

 

 

「おー怖。ちょっかい出しただけだぜ?俺は」

 

「ゴァァァ!」

 

「──ちょっかい出しただけの俺を見た時点で「詰んでる」よ、お前」

 

 

 ──確かに、間違いなくモンスターハンターとしての実力は、モンスターから見た「脅威」として上であるのは、ロックスである。だがしかし、これから起こる数秒の出来事に関してのみ言えば?

 そう、この五秒でドスバギィはロックスを脅威としてそちらに思考を向けた。だが、その五秒の間に。その間に、ヤマトはバギィを二頭屠り、完全フリーの状態で研ぎ澄ませた刃を今にもドスバギィの喉元に突き立てようとしているのだ。それに気付こうが気付くまいが、一瞬でもロックスの方へ意識が向いたドスバギィに、そのヤマトの一撃を躱す術など無い。

 

 

「っらぁ!!」

 

 

 振り抜かれた一閃。それはドスバギィの喉元を木綿のようにいとも容易く斬り裂き、肌を刺す程の冷気が暴れ狂う凍土の風に痛々しい肉の痕を曝すこととなった。間違いなく子分のバギィなら致命傷。だが、喉元を裂かれて尚、吼えることが出来なくなっても尚、ボスとしての矜恃か或いは強者としての矜恃か、未だ生命の糸は切れずギラついた瞳で再度ヤマトを睨みつける。

 だが……その行為は最早ハンターであるヤマトに対しては虚勢以外の何物でもなかった。既に大勢が決まった戦い。叫ぶことも出来ないなら子分を呼ぶことも許されず、負った傷も圧倒的にドスバギィの方が多い。生命の糸はまだ繋がっているかもしれないが、凍てつく風が心臓の音をかき消してしまうのも時間の問題だろう。

 

 そして……そうなったモンスターを徒に生かすことは、或いは生命を賭けて戦ったハンターとして、生命を狙われたハンターとして、不誠実であると言ってもいい。最期の瞬間まで「狩る」ことをやめないことこそが、その先に起こりうる「イレギュラー」を消し続けることにもなるのだから──。

 

 

 

 ヤマトは返す刀で、切れかかっている生命の糸を断ち切る一撃を振り抜いた。

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