もうひとつのサンシャイン!! 【完結】 作:Kohya S.
自分だけの景色を目指して、まっすぐに走る。それでいいんですよね、
夏休みのある日、
「おはヨーソロー! 千歌ちゃん、早いね」
背中からの声に千歌は振り向いた。同級生の渡辺
「えへへ。なんか、早く目が覚めちゃって」
「大丈夫、疲れてない?」
「ぐっすり眠れたから、大丈夫だよ」
千歌は白い歯を見せた。
昨日、千歌たちは東京へ、そして
「そっか……。私もだよ」
曜は千歌の隣に来た。ふたりで一緒に海を見つめる。
「それで、ごく普通な千歌ちゃんは、なにをすればいいか、わかったのかな?」
曜が視線をそのままにいった。
昨日、学院の前で、全員で眺めた夕焼けの海で、千歌はようやく、自分がなにをすればいいか気づけたと思う。きっとそれはメンバー全員も同じはずだ。
「うん。私たちは私たちで……いまできることをやるだけだよ」
「……そうだね」
「それで、廃校が阻止できるかどうかは、わからないけど……。でも、やりたいことを目指して走れば……みんなと一緒に走っていけば、結果はついてくると思うんだ」
右手を握りしめる千歌。
「いまは全力で輝きたい、そう思ってる」
海からの風がふたりの髪を揺らした。
「わかった」曜は千歌に向き直る。「一緒にがんばろう。きっとゼロがイチになるよ」
「うん」
千歌は曜にうなずいた。ただ、その顔は一瞬、曇る。
「もしゼロのままだったら、ごめん、だけど……」
千歌は秋葉原のイベントでAqoursの得票数が0だったことを思い出した。そして学校説明会の申込み者もまだ0人だ。もしこのままだったら……。
「大丈夫だって!」
曜が笑いながら千歌の背中をたたいた。
「ファンもついてきたし、これからだよ。まずはラブライブ地区予選突破、目指そうよ!」
「うん、そうだよね!」
千歌は顔を上げて微笑み返した。
吹き抜ける風はさわやかだったが、涼しさのなかに今日も暑くなりそうな予感があった。
ふたりはもう一度、海を見つめる。
背中から話し声が聞こえてきた。これは一年生の三人だろう、と千歌は思う。
ふたりは仲間たちを迎えるため、階段室のほうへ向かって歩き出した。
「ワン、ツー、スリー、フォー! ワン、ツー、スリー、フォー!」
屋上に
千歌たち残りの八人は果南の前に広がり、懸命にリズムを追っている。ラブライブの地区予選に向けた、新曲の振り付けの練習だった。
照りつける日差しで屋上に九人の濃い影が落ちる。
一区切りついたところで、果南がいったん掛け声を止めた。
「いまのところの移動は、もうすこし速く」と
「はいっ」
彼女はうなずいた。
「
いいかけた果南を
「ヨハネっ!」
「うふふっ」笑みを浮かべる果南。「さらにもう気持ち、急いで」
「承知。空間移動、使います」
善子はうなずいた。
善子ちゃん、もうすっかり
「はい、もう一度、行くよ」
果南の声に八人はふたたび姿勢を正した。
掛け声にあわせてステップを確認していく。今度は全員の動きがぴたりとあっていた。
「はい、じゃあ休憩しよう」
メンバーたちは緊張をといた。千歌も汗をぬぐう。
ルビィと
「暑すぎ、ずら……」と花丸。
「今日も真夏日だって」
ルビィがうなだれる。
「はい、千歌ちゃん」
千歌に
「ありがと、梨子ちゃん」
千歌は受け取り、左手でキャップをひねった。そのままボトルを口にあて、ごくりと飲み込む。冷たい水が心地よかった。
すこし離れて曜が果南に話している。
「いまさらだけど、果南さんが入ってくれてよかったな」
「ん、どうして?」
果南は首をかしげた。
「私だけだと、リズム感はともかく、どうしてもステップとか、単調になっちゃうから」
三年生の加入前、Aqoursが六人だったころにはもっぱら曜が振り付けのトレーニングを引っぱっていた。果南がはいってからはふたりで相談しながら進めている。
「あはは、そういってもらえると、嬉しいね。でも、みんなしっかり基礎ができてたのは、曜ちゃんのおかげだと思うよ」
果南は優しい微笑みを向けた。
「そうかな……」
曜は頭をかき、視線をそらした。その笑顔はまんざらでもなさそうだった。
「果南は昔から、dancingでシャイニーな子だからねー」
「一年のころも、お世話になりましたね」
果南は振り向き、鞠莉とダイヤに照れくさそうに微笑んだ。
千歌が三分の一ほど飲み終えたとき。
「じゃ、みんな、百円出して」
果南が全員に呼びかけた。恒例となっているアイスの買い出しだった。いつもじゃんけんで買いに行くメンバーを決めている。
「やってきたのですね、本日のアルティメットラグナロク。くっくっく……未来が、時が、見える」
善子が逆ピースを目に当てながらつぶやいた。いつものことなので千歌を含めて誰も反応しない。
「じゃーん、けーん、ぽん!」
花丸の掛け声で全員がいっせいに右手をあげた。
最初の一回で勝負は決まった。善子がチョキ、他のメンバーはグーだった。
「じゃあ善子ちゃん、お願いね」
花丸がにこやかに、みんなから集めた百円玉を善子に渡した。
「……なんでいつも負けるのかしら……」
肩を落として善子が階段室に消えると、メンバーたちは顔を見あわせて苦笑した。じゃんけんで善子が最初にチョキを出すのは、本人以外の全員が知っていた。
とはいえ、二回に一回は、花丸やルビィがあえて負けることにしていた。
「そろそろくじ引きに、してあげた方がいいんじゃない……」
梨子がぽつりともらす。
「くじ引きでも、善子ちゃんが負けそうな気がするずら」
「それもそうね……」
梨子は花丸に苦笑した。
思い思いの姿勢で休むメンバーを見て、千歌はつぶやく。
「私、夏、好きだな。……なんか熱くなれる」
「うふふ」
梨子が同意するように微笑んだ。
「私もっ!」
曜も敬礼の真似をしてみせた。
「でも、いくら好きっていっても、さすがに暑すぎだよね」
もし体調を崩したら、たいへんだよ、と思う。とくにいつも黒い服の善子ちゃんとか。梨子ちゃんも都会育ちだし……。
「そうだっ!」
千歌はダイヤのもとに詰め寄った。
「ダイヤさん、体育館、使えないのかな? 今朝、部室に立ち寄ったときも、誰もいなかったし」
「そうか。運動部が使っているとしても、すこしくらいなら、あいているかも」と梨子。
「それは……そうですわね。生徒数が減って、夏休みに活動している部活もすくないですから……」
あごに手を当てて考えるダイヤ。
「冷房はないけど、
鞠莉がウインクする。
「それじゃ、いまから行ってみようか」
果南がいうと全員がうなずいた。
千歌たちが行くと体育館には予想通り誰もいなかった。閉め切られていたので熱気はこもっていたものの、扉と窓を開けるとさわやかな風が吹き抜けていった。
千歌は体育館の真ん中まで走っていき、振り返る。
「空いてるときは、使わせてもらおう!」
「理事長として、許可するわ! permission grantedよ!」
鞠莉は腕組みをして宣言する。
「ほかの部活が来たら、ゆずるのですよ」とダイヤ。
「はーい、わかってまーす!」
千歌は笑顔でこたえた。
そのころ、屋上。
「どうして誰もいないのよ……」
善子は途方に暮れていた。
階段室の日陰で体育座りをして、たそがれる善子を、花丸とルビィが見つけるのはその数分後だった。
練習の帰り道。果南、鞠莉、ダイヤの三人は一緒にバス停まで歩いていた。
東京まで行った翌日ということもあり、練習は早めに終わりにした。一年生組は図書室を閉めに行き、二年生の三人は
学院から続くゆるい下り坂を、かたむいた太陽が赤く照らす。ようやく日中の暑さもおさまりつつあった。
ダイヤは先を行くふたりの背中を見ながら思い出す。二年前、練習後にこうして三人で同じ道を歩いたことを。
あのときからずいぶん遠くに来ましたが……いま、こうしてふたたび、三人で歩けるようになったのですね。
果南と鞠莉のふたりは屈託なく笑いあっていて――ダイヤは胸が熱くなった。
ダイヤは視線を海に向ける。その眺めは二年前と変わらなかった。
「……ねえ、ダイヤ。ダイヤもそう思うでしょう!」
鞠莉の声にダイヤは我に返った。
「サビのステップ、ここからこうすると、more impressiveだと思わない!」
鞠莉は踊ってみせる。
「だめだよ、それだとステージを広く使えないし、ひとつ間違えればぶつかっちゃうよ」と果南。
「でも、ここはいったん集まったほうが、次の展開がdramaticです。ねえ、ダイヤ」
「ダイヤはどう思う?」
ふたりに見つめられてダイヤはどきりとする。
「そうですわね……」
ダイヤは言葉を選んで話し始めた。
「ぶつかる心配はないと思いますわ。みなさん、腕を上げてきていますから」
目を輝かせる鞠莉。ダイヤは続ける。
「でも、観客からだと、すこしメンバーが近づきすぎて見えるかもしれませんわね」
にこりと果南が微笑んだ。
「ですからここは……左右の動きと前後の動きを、切りかえてみたらいかがでしょうか」
「そうね、それならメリハーリが付きますね」
「なるほど、奥行きを使うってことか」
鞠莉と果南は同じタイミングでうなずいた。
「じゃあ、ここでこうして……」
三人は歩きながらステップを検討していった。
「……あした、千歌さんたちに提案しましょう」
ようやくアイデアがまとまり三人は笑いあった。
県道に近づいて、かすかに車の音が聞こえてきた。
「ダイヤ、いつも苦労、かけますね」
鞠莉が思い出したようにいった。
「な、なんですか、急に」
いきなりのことにダイヤは戸惑う。
「そうだね、私たち、ふたりとも我が強いから」
果南が腕を頭のうしろで組んだ。
ダイヤはふたりから目をそらす。
「そんなこと……。とっくにわかってますわ」
「だからね、感謝してるんだよ。もう一度、チャンスをくれて」と果南。
「うん、いったんあきらめたdreamが、また戻ってきたわ」
ダイヤの心にふたりの言葉が染みていった。それとともに二年前のことが、ちくりと心に刺さる。
「でも、わたくし、あやまらなければなりませんわ。二年前は……あなたたちを、つなぐことができなかった。わかっていたのに……」
果南が首を振った。
「ううん、仕方ないよ。私、ダイヤを巻き込んでた。歌わなかった理由、鞠莉にいわないでほしい、って」
「私も、ダイヤに本当のこと、いえなかった。私が果南のそばに、いたかったわけ……」
ダイヤは顔を上げる。
「まったく、ふたりとも、仕方ないですわね。……いえ、違いますわね。三人とも、ですわ」
そういってふたりに微笑んだ。
「ずいぶん遠回りしたけど……あともうすこし、がんばろ」
「キラッキラでシャイニーな毎日にするわ!」
ふたりは笑顔でこたえた
それからもAqoursは体育館で練習を続けた。週に数日は他の運動部と一緒になったが、運動部も全面を使うほどではなく、Aqoursは一部を借りることができた。
「ねえ、梨子ちゃん。もう終わった?」
ある日の夕方。練習を終えて、梨子たち二年生三人は千歌の部屋に集まっていた。
夏休みも終わりに近づいて、さすがに宿題を進めないとまずいだろう、と梨子が提案したのだった。
ちゃぶ台の向こうからノートをのぞき込む千歌に、梨子はこたえる。
「まだよ。ていうか、私のこと気にしてないで、千歌ちゃんも真面目にやりなさい」
「えー、でもー、ここ難しくてー」
「じゃあ、曜ちゃんが見てあげよう」
横から曜が声をかける。
「あ、曜だけに?」と千歌。
「そうそう……って、ちがうよ! いつもの逆だね、これじゃ」
「えへへ」
「それで、どこなのさ」
「えーとね……」
頭を並べて問題集を読むふたりを梨子は見守る。私が東京に行っているあいだに、いろいろあったみたいだけど……もう、落ちついたかな。
「……そっか、なるほど。ありがとう、曜ちゃん!」
「どういたしまして!」
一心に答えを書き込む千歌に、得意そうに笑う曜。
「そろそろいったん休憩しようか」
千歌が顔を上げたところで梨子は提案した。
「そうだね」と千歌。「……そうだ、ふたりとも、ご飯食べてく?」
梨子と曜は顔を見あわせた。千歌の家は旅館で、料理にも定評がある。梨子はごくりと唾をのんだ。
「えっと、電話でお母さんに聞いてみる」
梨子はそう答えた。
「私も」と曜。
梨子は自宅――といってもすぐ隣だが――に電話をかけた。
「あら、うらやましいわね」
食事をしていきたいという梨子に、母はそういって快諾した。
「……うん、終バスまでに帰るから。わかった、気を付けるよ」
電話を切って曜も笑顔を見せた。
「それじゃ、
千歌は障子をしめると、ぱたぱたと廊下を走っていった。
梨子は曜と視線をあわせて笑いあった。
千歌はすぐに戻ってきて障子から顔を出した。
「大丈夫だって! でも、お前も手伝え、っていわれちゃった。ちょっと行ってくるから、ふたりは待ってて」
「あっ、手伝うよ」と曜。
「そうね」
梨子も腰を上げかけた。
「ううん、座っててよ。ほら、今日も……いつも、世話になってるし」
「でも……」
いいかける梨子を千歌がさえぎった。
「いいからいいから。じゃ、すぐ戻るから!」
千歌はふたたび走っていった。
「……これは、しっかり見てあげないと、ね」
こういうのも、わいろになるのかしら、と梨子は思う。
「うん、そうだね」
梨子の言葉に曜はうなずいた。
ふたりは宿題に向きあった。しばらく部屋は静かになる。虫の声と、遠くで料理しているのだろう物音が聞こえた。
ふたりきりになると、どうしても意識してしまう。曜から電話が掛かってきて、千歌の言葉を曜に伝えたことを。
あれからじっくり聞けてないけど、曜ちゃん、千歌ちゃんと話せたのかな。さっきのようすだと、大丈夫そうだけど。あのとき曜ちゃん、泣いてたよね。
「……ねえ、梨子ちゃん」
曜も同じだったのか、梨子と視線をあわせずにつぶやいた。
「なあに?」
「……この前、ありがとう」
「……」
きっと、あの夜のことね。梨子は続きを待つ。
「ほら、梨子ちゃんが東京に行った日の夜、電話で……」
やっぱり。でも、きっといまは……。
「……あれから、千歌ちゃんと、話、できたんだね」
梨子がそういうと曜はこくりとうなずいた。
よかった。ライブ、大成功だったから、疑ってなかったけど……。でも、曜ちゃんがあんな誤解、するなんて……。
そのときのことを思い出しているのか、頬をゆるめる曜に梨子はちょっとしたいたずら心を起こす。
「ねえ、曜ちゃん」
「ん?」
「千歌ちゃんに聞いちゃおうか? ……ふたりのうち、どっちが好き、って」
曜はみるみるうちに耳まで真っ赤になった。
「……っ、無理、むりむりむり!」
ちゃぶ台につっぷしてぶんぶんと大きく首を振る。
「うふふ」
そんな曜が梨子はかわいくなる。
「……でもね、曜ちゃん」
曜はすこしだけ顔を動かして片目で梨子をうかがった。
「私、千歌ちゃんの答え、わかってると思う」
「……」
「千歌ちゃんはね、ぜったい、ふたりとも同じくらい好き、っていうと思うんだ」
曜は顔を上げる。
「……ん、そうかも」
「きっとそうだよ」
梨子の笑みに曜も照れくさそうに微笑んだ。
ぱたぱたと廊下を走ってくる音がして障子が開いた。
「そろそろできるよ! ちゃぶ台、片付けて!」
千歌の言葉をよそに梨子と曜は顔を見あわせ、ぷっと吹き出した。
「えっ、なあに、ふたりとも。どうかしたの?」
「これはふたりだけの秘密だね!」と曜。
「そうね」
梨子はうなずく。
「えーっ、気になるー。教えてよー」
すねる千歌をふたりは笑ってごまかした。
千歌の家の夕食は――千歌はまかないだよ、といっていたが――期待通りとてもおいしかった。
翌日も体育館での練習はつづいた。ちょうど休憩のとき、Aqoursのところに三人の生徒がやってきた。同級生のむつ、いつき、よしみの三人だった。
「あれ、むっちゃんたち」
梨子の隣にいた千歌がこたえた。
「やっほー」
むつが手を振る。
「千歌たち、毎日練習、してるんだって? バスケ部の子から聞いたよ」といつき。
「まあね、もうすぐラブライブの地区予選だし」
三人はいったん顔を見あわせ、むつが代表して話し出した。
「千歌たち、廃校を阻止するために活動してるんだよね?」
千歌は梨子と、同じく近くにいた曜に視線を送る。ふたりはかすかにうなずいた。
「……それなんだけど」
千歌はすこしいいにくそうに話し始めた。
「たしかに廃校を阻止できたらいいな、って思ってる。でも、それよりも……いまは私たちがやりたいから、っていうのが、大きいかも」
「あ、そうなんだ」
よしみたち三人は驚きを顔に浮かべた。
きっと三人は、なにか廃校阻止の手助けをしたくて来てくれたのだろう、と梨子は思う。そんな三人にそういうのは、きっと千歌も心苦しいに違いない。
千歌は右手で頭のうしろをかく。
「ごめんね。もちろん、浦の星のことは、しっかりアピールしてくよ」
いつきはふっと微笑んだ。
「ん、そのほうが、よかったかも。……私たち、千歌たちががんばってるのに、なにもしてない、って思ってたんだ」
「そんな……私たちだって、同じだよ。ねえ、梨子ちゃん、曜ちゃん」
梨子たちは同意した。曜が続ける。
「だから、むっちゃんたちも、やりたいことをやればいいと思う。今度の学校説明会で、ほかの部活の紹介もあるし、これから文化祭もあるし」
「みんなが輝いてれば、それが魅力になると思うんだ」と千歌。
「うん、そうだよね」
三人はうなずいた。
「でも、Aqoursの予選は、応援に行くよ。それが私たちのやりたいことだからね」
むつがそういって微笑んだ。
「ありがとう!」
むつの手を握る千歌。梨子はひとこと付け加える。
「でも、予選は名古屋だから、あまり無理しないでね。交通費だけでも、馬鹿にならないから……」
「そっかー」
千歌が頭をかかえた。
「話は聞かせてもらったわ!」
突然、うしろから声がした。
「私にマカセナサーイ! 特別に、うちのhotelから送迎用のバスを出すわ!」
鞠莉だった。腰に手を当てて胸をはる。
「もちろん、businessだからタダってわけにはいかないけど。それでも、大盤ブルマイ、しちゃうわ!」
「またそうやって私物化して……」
ダイヤがあきれたようにつぶやいた。
「だから、businessなの! hotelの宣伝にもなるし」
「地元の生徒に宣伝しても、仕方ないと思いますが……」ダイヤは首を振る。「でも、感謝いたしますわ」
鞠莉はダイヤと笑みをかわす。
「ありがとう、鞠莉ちゃん!」
抱きついた千歌の頭を、鞠莉はよしよしというようになでた。
沼津駅の南口、動輪のオブジェの前。
「ルビィちゃん!」
先に来ていた花丸はルビィに気づいて声をかけた。彼女は不安そうにあたりを見回している。ピンクのリボンで飾られた膝上丈の白いワンピースがよく似合っていた。
「おーい、こっちだよー」
「あっ、花丸ちゃん」
ルビィはぱあっと顔をほころばせて小走りで駆け寄ってきた。
「待った?」
「ううん、いま来たところ」
花丸は微笑む。花丸はオレンジのカットソーにブルーのロングスカートをあわせ、黄色の半袖シャツを羽織っていた。
「よかった。善子ちゃんはまだ?」
どこからともなく、ふたりのうしろに黒い影があらわれた。
「……ヨハネ、堕天しました」
善子は黒いマントをさっとひるがえし、右手で逆ピースを作って目に当てた。
「おはよう、善子ちゃん」とルビィ。
「……とりあえず、マントはしまうずら」
花丸はマントの裾をひっぱる。
「ふっ、黒は堕天使のアイデンティティ」
「目立ってしょうがないずら」
有無を言わせぬ口調の花丸。
「わかったわよ! ……堕天使の休日に、リトルデーモンたちが押し寄せてきたら、ゆっくり休めないものね。ここはひとまず、身を隠しましょう」
「そういうことにしておくずら」
マントの下は、白いブラウスに黒い
ラブライブの地区予選まであと数日。「オーバーワークは禁物だよ」という果南と、「μ'sも休むべきときにはしっかり休んでいましたわ」というダイヤにしたがって、この日は練習が休みになっていた。
花丸たち三人は、午後から沼津市街で一緒に買い物する約束だった。
三人は沼津の街を歩き始める。
「沼津に来るのはひさしぶりだね、花丸ちゃん」とルビィ。
「そうだね、夏休みに入って、ずっと練習してたから」
練習はもちろん充実していたが、こうして三人で遊びに来られて、花丸は心がはずむのを感じていた。
「今日はどこ行こうかな……」
「時間はたーっぷりあるずら」
並んで会話するふたり。善子はすこしうしろを、すました顔でついていく。
花丸は善子に振り向いた。
「そういえば、学院のそとで善子ちゃんと遊ぶのも、ひさしぶりだね」
「わ、私はべつに、寂しくなんてなかったんだから!」
善子はぷいっとそっぽを向いた。
その顔がすこし赤くなっているのに気づいた花丸は、くすりと笑った。
花丸の希望でまずは書店に立ち寄る。花丸は本を大量に買いたくなったが、ほかの店にも行く予定なので自重しておいた。それでも二冊ほどは買ってしまったが――。
続けてアパレルショップや雑貨店、それに(善子の希望で)怪しいグッズの店などを見て回った。
「そろそろひと休みしよっか?」
買い物とおしゃべりにすこし疲れを感じた花丸が提案すると、ふたりも乗ってきた。
三人は沼津に来たときによく行く喫茶店に入った。
花丸は紅茶――残念ながら緑茶はメニューにない――と小倉トースト、ルビィはオレンジジュースにロールケーキ、善子はコーヒーにチョコケーキを頼んだ。
注文が来るまで花丸は書店で買ってきた本を、ルビィも同様にアイドル雑誌を広げる。善子は目を閉じ、ぶつぶつとなにかつぶやきながら、買ったばかりのお守りに念をこめていた。
花丸はちらりとふたりをうかがう。会話もせずに三人とも好きなことをしていても、それでいて気のおけない雰囲気があり、花丸は嬉しくなった。
やがて注文が届いて三人はテーブルに向き直った。
いただきます、と手をあわせてから花丸はトーストをいただく。こんがりと焼けたパンにあんこの甘味。いつものようにおいしかった。
「にがっ!」
コーヒーを口にした善子がもらす。
「ミルクと砂糖、入れればいいのに」とルビィ。
「く、黒は堕天使のアイデンティティ」
花丸とルビィは顔を見あわせて笑った。
三人ともスイーツを食べ終えて一息つく。
「そういえば、最近、千歌ちゃん、μ'sなら、μ'sが、っていわなくなったかも」
紅茶のカップをおいて花丸は話した。
「そうね、振り付けの練習のときも、μ'sはこうしてた、っていつも話してたのに」
善子も同意する。
「μ'sのDVD鑑賞会もやらなくなったずら」
「東京にいってから、かしら」
「……千歌ちゃん、μ'sのこと、嫌いになっちゃったのかな」
ルビィがさみしそうに目を落とした。
「違うと思うよ、ルビィちゃん」
花丸はルビィに微笑みかける。
「きっと千歌ちゃんは、自分なりの答えを見つけたんだと思うずら」
「答え?」
「うん。AqoursはAqoursで、μ'sじゃない、って」
「そっか……」
ルビィはその言葉をかみしめるように考え込んだ。
花丸は思う。μ'sはμ'sだからすごいんじゃない。好きをつらぬいて、やりとげたからすごいんだ……。
「まあ、すくなくとも、μ'sには堕天使系アイドルはいなかったわね」
善子がふふんと笑った。
「私も、AqoursがAqoursらしくなれるように、がんばるずら。だから、ルビィちゃんもルビィちゃんらしく、輝いてね」
「うん、がんばるビィ!」
彼女はかわいらしく両手でガッツポーズをしてみせた。
善子がコーヒーを――いつの間にかミルクが入れられている――一口飲んでから口を開いた。
「ねえ、ずら丸。スクールアイドルになって、よかった?」
突然の問いかけに花丸は戸惑った。もちろん後悔はしていない。でも、善子ちゃん、なんで急に……。
善子はあわてたように付け加える。
「ほら、Aqoursらしくなれるように、なんて、ずいぶん積極的じゃない」
ルビィもうなずいた。
花丸はふっと頬をゆるめる。
「うん、オラね……ルビィちゃんにいわれるまで、スクールアイドルやりたいなんて、まったく思ってなかった。……ううん、気づいてなかった。でもね……」
にこりと笑って続ける。
「やってみたら、楽しかったんだ。かわいい衣装も着られるし。ファンの人もついて、応援してくれる。ステージの前は、まだまだ緊張しちゃうけど……」
花丸はぶるぶるっと体を震わせた。
ステージといえば、今日はおやすみだけど、今度の水曜日には……。
「そういえばいよいよ地区予選ずら! ど、どうしよう!」
花丸は頭をかかえる。
「なにいまさら、あわててんのよ」と善子。
「そうだよ、あれだけ練習したんだから、大丈夫だよ」
ルビィにぽんぽんと頭をたたかれ、花丸は我に返った。深呼吸して気を落ち着かせる。
「落ち着いた、花丸ちゃん?」
「ん、ありがと」
花丸はそう答えてから、すこし恥ずかしくなって視線を落とす。
「だからね、私、やってよかった。もしやらなかったら、ずっと……変われなかったと思う。積極的になれなかったと思うんだ。だから……」
花丸はルビィに微笑んだ。
「だからね、ルビィちゃんがマルの気持ちに気づいてくれて、よかった。……ありがとう、ルビィちゃん」
「花丸ちゃん……」
ルビィはすこしうるんだ目で話す。
「ルビィもね、花丸ちゃんにいわれたから、思い切ってスクールアイドルになりたいっていえたんだ。みんなにだけじゃなく、お姉ちゃんにも……」
「……ん」
花丸はあらためてそういわれて心が温かくなる。
ルビィは続けた。
「あのときね、ルビィが、お姉ちゃんと一緒に、っていおうとしたら、お姉ちゃん、途中でさえぎったんだ。ルビィがやるのは
ルビィがいうあのときとは、淡島神社にダイヤを呼んだときのことだろう。
「でもね、いまはお姉ちゃんたちと一緒に、九人でスクールアイドルをやってる……。これってみんな、花丸ちゃんのおかげだよ」
「……ううん」花丸は首を振る。「それもみんな、ルビィちゃんが本気でやりたい、って思ったからずら」
「そうなのかな……」
善子が隣から口をはさんだ。
「あーもう、どっちでもいいじゃない。ふたりがいたから、Aqoursができた、それでいいわよ!」
善子の言葉に、花丸とルビィは顔を見あわせてくすっと笑い、すこし遅れて善子も頬をゆるめた。
「それで、善子ちゃんはどうなの?」
花丸がそういうと善子は目をぱちぱちとさせた。
「私?」
「うん、スクールアイドル、やってよかった?」
「……も、もちろんよ! 堕天使キャラも認めてくれたし、リトルデーモンたちも、いっぱいふえたわ」
善子は腕組みをして胸をはった。
「それならよかった」
ルビィは安心したように微笑んだ。
それだけじゃないと思うずら。花丸はそんな気がしたが黙っておいた。
ルビィの鞄から軽快なメロディが響いた。花丸も何度も聞いたそれは「Angelic Angel」のインストで、ルビィがこの曲を設定している相手は――。
ルビィの顔が輝いた。急いでスマートフォンを取り出して耳に当てる。
「お姉ちゃん?」
ルビィはぱたぱたと店の入り口のほうに走っていった。
彼女はすぐに戻ってきた。
「お姉ちゃんがね、沼津に来てるんだって。用事が終わったから、一緒にアイドルショップに行こうって」
ルビィは嬉しそうに話した。
「ダイヤさんが?」と花丸。
「うん、すぐ近くにいるから、ここまで来るって」
「それじゃ、出ようか」
三人は会計をすませて――それぞれ自分のぶんを払った――店の外に出た。
「花丸ちゃんと善子ちゃんも行く?」
花丸は善子と視線を交わした。善子はかすかに首を振る。
「ううん。ふたりで行ってくるといいずら」
「そう?」
ルビィは首をかしげた。
すこし待つとダイヤがやってきた。
「お姉ちゃん!」
ルビィは嬉しそうに駆け寄る。
「こんにちは。ゆっくり息抜き、できましたか?」
「はい」
「もちろん」
微笑むダイヤに花丸と善子は答えた。
「それでは、また明日、練習でお会いしましょう」
ダイヤは深く頭を下げた。横でルビィもぺこっと姉にならう。
花丸たちも礼を返した。
ダイヤはもう一度微笑んでから向きをかえ、ルビィと一緒に通りを歩いていった。
「いつも仲がいいわね」
ふたりを見送り、善子は静かにつぶやいた。その顔には優しそうな笑みが浮かんでいた。
「ずら丸も、そろそろ帰るの?」
「うん、遅くなるし……」
「そう。バス停まで一緒に行くわ」
「ありがと、善子ちゃん」
花丸たちは歩き出した。ふと気づいて花丸はたずねる。
「そういえば、今日は『だからヨハネっ』って、いわないずら、善子ちゃん」
「そ、それは……ちょっとタイミングを
ぷいっとそっぽを向く善子。顔を赤らめて続ける。
「……ずら丸とルビィなら、善子って呼ばれるのも、その……悪くないかなって」
花丸は予想外の言葉に胸がきゅんとする。
「そうなんだ……えへへ。善子ちゃん、善子ちゃん!」
「だからって連呼しないでよ!」
善子は足を速めた。
バス停はすぐ近くだった。バスが来るまでにはしばらくあるようで、ふたりはベンチに座った。
「さきに帰ってもいいずら、善子ちゃん」
「ここまで来たんだから、付きあうわよ」
「ありがとう」
しばらく沈黙が流れた。ふたりのほかにベンチには誰もいない。沈黙が不思議と花丸は心地よかった。
「ねえ、ずら丸」
善子が花丸と視線をあわせずに口を開いた。
「なあに」
「……私ね、スクールアイドルやって、よかったと思う。それはね、私は私でいいんだ、って思えるようになったから」
花丸はなにもいわずに続きを待つ。
「私、μ'sの
本人が聞いたら卒倒しそうなセリフに、花丸は内心で苦笑した。
「でも、本当はすごくまっすぐな人で、人気もすごい。……にこさんは、アイドルっていうのは笑顔にさせる仕事、っていってた」
花丸はうなずく。
「だから、もし、私が堕天使キャラで、みんなを笑顔にできるなら、たとえ虚構でも……それにも価値があるのかなって……」
善子はすこし不安そうに花丸を見る。
「うん、きっとそうだよ」
花丸は勇気づけるように微笑んだ。
「ありがとね」善子も笑みを浮かべる。「……高校に入って、どうすればいいのか、わからなくなってたけど、やっと折りあいを付けられた気がするわ」
「ん、よかったずら」
「本当にね」
バスがやってきてふたりの前に止まった。
花丸は立ち上がった。
「じゃあ、また明日」
「それじゃ、ね」
走り出したバスから花丸が振り返ると、善子はじっとバスを見つめていた。