Fate/Grand Order 終結戦雄界戦 WW2 作:MRO
「先輩……先輩、起きてください」
起床を促す後輩の声が聞こえる。うるさ過ぎず、ギリギリ目が覚める声量で起こしてくれるとは、私の後輩、マシュは本当に気が利いている。
しかしいかんせん今日は早すぎる。起床時間まであと一時間はある気がする。第六特異点から帰ったばかりだし、もう少し寝かせてほしい。
「先輩、私も早すぎると思います。ですが緊急なんです! 夜中から管制室で頭抱えっぱなしらしいドクターの所へ早く行きましょう」
「了解、すぐ行く!」
緊急というワードに体が跳ね起きる。
なにしろ緊急なのだ、仕方がない。ここら辺の切り替えの早さは、六つの特異点やその他多くの特異点もどきを巡ってきた経験の賜物だろう。
「で、どんな感じに緊急なの?」
急いで着替え、管制室に向かう道すがらマシュに状況を聞いておく。
「はい、私も起床後管制室に向かうとすぐに先輩を起こしてくるようドクターに言われたので……詳しい内容はなんとも」
マシュも知らないのか、と思いつつ、一つ重要なことに気付く。
「え!? マシュっていつもこんな早くに起きてるの?」
そう、さっきの言い方からしてマシュは誰かに起こされた訳ではない。つまりマシュは、いつもこの時間に起きていると言うのだ。
「はい。早起きは三文の徳という東洋の諺もありますし、健康的な面でも早起きは心がけています。それがどうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
なんということだ、マシュがいつも私より一時間早く起きているとは。なんだかこちらがグウタラみたいに思えて恥ずかしい。
やはり気の利く人間とは、日常生活からしっかりしているのだろう。
私もやったほうがいいかな、早起き。
なんて一人で考え込んでいる間に管制室に到着した。
取り敢えずロマンに状況を聞くべきだろう。
「なにがあったのロマン? 私こんな早く起こされると、睡眠不足で肌が…………大丈夫、ロマン?」
挨拶代わりにくだらないジョークでも飛ばそうとして踏み止まる。明らかにロマンの顔色がおかしい。なんというか、一晩で目が死に、頬がこけた気がする。
「ああ、おはよう……大丈夫だよ、心配しないで……」
「その通り! 心配する必要はないよ。ただロマニは、睡眠不足と過労と悩み事に少し弱すぎるだけさ」
確かに、ロマンの横のダ・ヴィンチちゃんは元気そのものだが……
「ダ・ヴィンチちゃん、さすがに今のドクターは大丈夫とは言い難いと思うのですが……」
「なに、こんなものは栄養をとって少し寝れば元に戻るさ。と言うわけでロマニ、後は私がやるから睡眠を取ってきたまえ」
なんだかんだダ・ヴィンチちゃんも、ロマンの事を気遣ってくれているようで安心する。
「いや、キリのいいところまでは僕がやるよ。と言うわけでダ・ヴィンチちゃん、眠気覚ましある?」
「もちろんあるとも。この私特製のがね。ほら、天才たる私が作ったんだ、バッチリ目が覚めるとも」
前言撤回。今ダ・ヴィンチちゃんが渡した薬入りの瓶は、どう見てもヤバい。普通の眠気覚しは、あんな燃え盛るような赤い液体ではない。
「ロマン、流石にそれはやめといた方が……」
「ありがとうダ・ヴィンチちゃん。頂くよ」
間に合わなかった……。大丈夫だろうか?
「…………すごい! すごいよダ・ヴィンチちゃん! まるで身体中から熱気が溢れ出るようだ! 目と口を開けておかずにはいられない!」
まるで、ではない。本当に熱気がロマンの身体から溢れ出している。
やはりただの眠気覚ましではなかったようだ。
「そ、それは良かった。ところで水でもどうかな?」
やはりやりすぎたと思ったのだろう。ダ・ヴィンチちゃんが別の瓶を渡す。
眠気覚まし(仮)の対薬だったらしく、ロマンの熱放出が収まる。
「あの、ショートコントはもういいので状況説明をお願いできますか」
ナイスツッコミマシュ!
しかし緊急事態のくせに呆れた大人達だ。なんだかこっちの緊張感まで解けてしまった。
「ショートコント? なんのことかな? ……っと、それより状況説明だったね」
ロマンの顔が真剣なものに変わる。
しかしさっきの眠気覚ましのやり取りのせいで、どことなく気が緩んでしまった気がする。
「簡潔に言うと、昨日君達が第六特異点から帰還しバイタルチェックに入った後、カルデアスに異常が起こった。どうなっているのかは、実物を見てもらったほうが早いと思う」
そう言ってロマンが示したモニターには、驚くべき映像が浮かんでいた。
宙に浮かぶ球体、擬似地球環境モデル・カルデアスが、真っ赤に染め上がっている。
「こ、これって……人理焼却の時の……」
驚愕のあまり言葉がつまる。
私達は一度同じ光景を見ている。
魔術王ソロモンにより、人理が燃やし尽くされたあの時。私達がこんな少数で、人類を守るというグランドオーダーを遂行することになった出発点。
あの時のカルデアスも、今の燃えるような赤に染まっていた。
あの大惨事の部屋を思い出し、体が強張る。
また人理が焼却されたということは、今までの私たちの努力が無に帰してしまったというのか?
「そう、確かに
しかし、ロマンがそう言うからには人理焼却ではないのだろう。
少し安堵し、言われた通りによく観察すると、確かに違いがある。
「そう言われてみれば、人理焼却のときはもっと燃え盛る感じの赤だったよね。今回のはなんというか、ぼんやりと光ってる感じに見える」
あの時のカルデアスは、まさに燃える球体だった。
それに比べると、今回はカルデアス自体が赤い光を灯しているよう見える。
だけどこの色もどこか既視感がある。どこで見たのだろう?
この色を見たという記憶だけははっきりある。だからこそ余計にもやもやする。
「同じような色がカルデアス上に出ているのを、見たことがある気はするのですが……」
そしてついにマシュのその発言で脳に電流が走る。日本で話題のアハ体験とは、まさにこれのことだろう。
「わかった! これって特異点の色でしょ」
確かカルデアス上の特異点は赤色で表示されていた。
あまりに日常的に見ていると、なかなか出てこないものなのだろう。
「ご名答。今カルデアスに灯っているのは、特異点を表示するのに使われる色だよ」
「さすが先輩、素晴らしい記憶力です!」
「ううん、マシュの閃きのおかげだよー」
と、二人讃えあっているところで、更に一つ気づく。
「え、ていうことはさ、ロマン……今カルデアスが赤くなってるのは……」
自分自身で出した答えに、血の気が引くのがわかる。
そんなことは考えたくもない。だけど今のカルデアスの色が、特異点を表すのなら結論は一つだ。
見るとロマンも同様の顔をしている。
「想像通りだよ……今もカルデアスは正常に機能している。つまりこれは、特異点だ」
「そ、んな…………」
今まで多くの特異点を修復してきた。過信ではなく、自分達はその中で成長してきた。
だから、次どんな特異点が発生しても、落ち着いて対処できるという自信があった。けれど、今そんなものは簡単に粉砕された。平常心を保つには、不安な要素が多すぎる。
こんなに広い特異点で、聖杯までたどり着けるのか? どれだけ多くのサーヴァントが現界しているのだろう? 修復できたとして、どれほどの時間をかけることになる?
上げていけば、キリがない。
「……ね、ねえ、ロマン。これってたった二人で世界中歩き回って、聖杯を見つけ出さなくちゃいけないってこと?」
世界中が特異点化しているのなら、当然そうなるだろう。
第五特異点のアメリカ大陸でも、移動にはかなり苦労したのだ。今度はその何倍の距離を移動することになるのか。
考えるだけで気が遠くなる。
「だ、大丈夫!
「そうですよ先輩! 先輩のなんだかんだでどうにかなる、という能力はいわゆる幸運EXクラスです。今回もうまくいきます! それに…………今までの特異点も決して二人きりで戦ってきた訳じゃありません。その時代に生きる人達や仲間になってくれたサーヴァントの方々、それにここにいるドクターやダ・ヴィンチちゃん含めたカルデアの皆さん。今までだってこれだけ多くの人達と共に戦ってきたんです。今回もきっと…………」
「……うん、そうだったね、マシュ」
マシュは最後まで言い切らなかったが、それでも言いたいことは解った。
そう、今までの特異点では確かに多くの危険な場所があったり、多くの敵と戦ったりした。
だけども、同じくらい多くの味方と出会うことで乗り越え、打ち倒してきた。聖杯だって、みんなで協力して見つけ出してきたんだ。
だから、
「今回もきっと、なんとかなる、いや、なんとかする! ありがとう、マシュ、ロマン」
そう、だから今回もきっとなんとかなる。
今回の巨大な特異点では、今までとは桁違いの数の危険地帯に足を踏み入れることになるかもしれない、とてつもない数の敵と戦わなくてはいけないかもしれない。
だけどその分、きっと今までよりもさらに多くの仲間と巡り会える。
だからきっと、なんとかなるのだ。
「というわけでロマン、次のレイシフトはいつする予定?」
心の準備ができたのなら、次は体力と魔力の準備だ。今は第六特異点から帰ったばかりで万全とは言えない。だから次のレイシフトまでにコンディションを整えなくては。
「それについては申し訳ないんだけど、できれば二人には今すぐにでも出発してほしい」
あまりに予想外の返事が返ってきた。
「りょ、りょうか「ドクター、それではデミサーヴァントである私はともかく、先輩が過労死してしまいます。もう少しスケジュールを考えて欲しいです」
勢いで承諾しそうになったが、上手くマシュが遮ってくれた。
確かに人類最後のマスターが過労死、よってグランドオーダーは失敗、なんてのは笑えない。
過労死は言い過ぎかもしれないが、今の状態で向かうのはいざという時に危ない気がする。
「うっ……無理を言ってるのは分かってるよ。僕だって本来はケアスタッフなんだし。だけどね、緊急事態っていうのは巨大な特異点のことだけじゃないんだ」
「えっ、他にもあるの?」
言われてみればそうだ。
桁外れの大きさとはいえ今までと同じような特異点が、私達をこんなに急いで呼び出したり、ロマン達が徹夜で作業するほど急を要する事態とは思えない。
「うん。むしろ僕達が徹夜で調査していたのはこっちの案件だ。実は今、カルデアはこの特異点よりも新しい時代を観測できなくなっている。おそらく、その時代の地球全てが特異点として時間軸から外れたことで、人類史に一時的な断裂が発生していることが原因だろう」
「つまりどういうこと?」
「まだ詳しくはわかっていないけど、人類史に断裂が起きたということは、断裂後の時代はその存在証明を失ったってことだ。そしてもし予想が正しければ、この特異点より後の時代は存在証明を失ったことで消失している。それにこれは起点がはっきりとした切断であるぶん、人理焼却よりも速効性が強いはずだ。だからすぐにでも特異点を修正し、切断された時代が消失しきる前に世界の修正力を働かせる必要がある」
まったく分からない。が、取り敢えずは後輩の手前納得した雰囲気を出しておくべきだろう。
「なるほどそれはたいへんだぁ」
「先輩……」
マシュの目線がつらい。だけど一般枠の自分に時間軸がどうとか世界の修正力とかは容赦してほしい。
「ごめん、わかりづらかったね。簡単に言うと、今巨大すぎる特異点によって、それよりも後の時代が消えかかっているんだ。そして人理焼却が文字通り人理を燃やすのなら、今の事態は人理がスッパリ切断された状態だ。つまり今回は急げば切り取られた時代を取り戻せる。そのためにも原因となっている特異点を取り除き、世界の元に戻ろうとする力をはたらかせる必要があるんだ。だから何時もと違ってかなり急いで出発してもらいたいんだ」
なるほど、なんとなくだが理解できた。火傷と違って切り傷はくっ付けられるみたいな感じだろう。
「なんとなくだけど分かった。結局やる事はいつもと同じ特異点の修復でしょ」
「うん、その通り。二人とも行ってくれるかい?」
私は人類最後のマスター。人類史を取り戻すのが、課せられた
「もちろん!」
「先輩が大丈夫なら私も異存はありません」
「ありがとう、二人とも…………それじゃあ特異点の説明をするね」
そういえばまだ聞いていなかった。
全世界が巻き込まれるような特異点だ。世界史的にもかなり有名な出来事なのは間違いない。
「時代は1,930から40年代、地域はさっきも言った通り世界全域だ」
その年代で世界中を巻き込む出来事、となると――
「第二次世界大戦、ですねドクター」
マシュに比べて勉強不足な私でも、これはわかる。
第二次世界大戦――当時の世界主要国の全てが連合国・枢軸国に別れて戦った人類史上最大規模の戦争だ。かなり近代の出来事だが、十分に特異点化しうる大事件だろう。
「その通りだ、マシュ。第二次世界大戦は、一般的には1939年から1945年に世界各地で行われた戦争を纏めた呼称だ。だいたいの流れは二人とも習ったことがあるよね」
「うん、連合国が枢軸国に勝ったんだよね」
「簡単に言うとそんな感じかな。で、重要なのはここからだ。この大戦の結果は世界に大きな変革をもたらした。古来から戦争の後には大なり小なりの変化はあったんだけど、第二次世界大戦はその比じゃなかった。文字通り、世界全ての国が戦後大きく変わったんだ」
そういえば百年戦争やアメリカ独立戦争、十字軍遠征のように他の特異点も戦争関連が多かった。やはり戦争は人類にとって大きな転換点となりやすいのだろう。
「代表的な例で言うとアメリカだ。本土の被害がほぼ無かったことによって、大戦後この国は名実共に世界のリーダーとなった。他にもヨーロッパ諸国や日本の体制変化、植民地の独立、更にはその後の東西冷戦の形成。今の世界は第二次世界大戦によって形作られたと言っても過言ではない」
「となると、今回の特異点ではなんらかの介入により、連合国が敗北しそうになっているということでしょうか」
「そう考えるのが妥当だけど、行ってみないことにはなんとも言えないね」
前回の第六特異点では十字軍と戦うはずが、待ち受けていたのは円卓の騎士だった。なにが起こるかわからない。心の準備はしっかりしておこう。
となれば一応これも聞いておかなくては。
「ロマン、レイシフト先はどの辺りになるか分かるの?」
世界中が特異点ということは、どんな地形に投げ出されるかわからない。
海や砂漠のど真ん中に飛んでしまっては、特異点修復どころではなくなる。出来るだけレイシフト先はコントロールしてもらいたいが。
「第二次世界大戦の主な戦場は、ヨーロッパ方面の欧州戦線と東アジア・オセアニア方面の太平洋戦線だから、おそらくそのどちからの地域にレイシフトすることになると思うよ」
ヨーロッパに出られれば問題ない、けど太平洋戦線ってそれは思いっきり海ではないのか?
「太平洋戦線って、要するに海だよね?」
「だ、大丈夫だよ。太平洋と言っても日本や東南アジアの諸島も多いし、きっと陸地に出られるよ」
「いざとなれば私の盾に先輩を乗せ、それを私が押しながら泳ぎます! 《スイマー》スキルを所持していないのは残念ですが、サーヴァントの身体能力をもってすれば比較的穏やからしい太平洋ならなんとかなります!」
本当に大丈夫なのだろうか? まぁ今更言っても仕方ない、ライフジャケットでも持って行こう。標高数千メートルにあるカルデアに、ライフジャケットがあるのかは疑問だが。
「僕から伝えられる情報はこのくらいだ。レイシフト後に特異点との通信が安定すれば、もっと分かることもあるかもしれない。そしたら二人に連絡するよ。…………あと、最後にダ・ヴィンチちゃんからの推測を伝えておくね」
ダ・ヴィンチちゃんの推測? 何か危険なことなのだろうか、ロマンの表情が険しくなる。
「ダ・ヴィンチちゃんいわく、この特異点、第二次世界大戦は英霊の座にとっても大きな意味を持つ出来事らしい」
「どういうこと?」
英霊の座とは、人類史において名を残した者達の魂を召し上げ保管する、時間軸から外れた場所だ。
私達に力を貸してくれるサーヴァントも、座から英霊の一部を借り受ることで召喚されている。
そんな超次元的な領域と第二次世界大戦がどう関係していると言うのだろう。
「それが
「英霊の座が特異点として現界しているかもしれない、ということですか?」
なんと! つまりは特異点中にサーヴァント量産スポットがあるということだろうか?
何百何千という英霊による世界英雄大戦。特異点が一瞬で消し飛んでしまいそうだ。
「いや、それはないと思うよ。英霊の座はそんな物質的な空間ではないしね」
地球がバラバラに割れるのは避けられそうだ。
「ダ・ヴィンチちゃんの推測では、サーヴァントの召喚以上の座による特異点への介入。なんらかの形でこれがなされるだろうとのことだ」
「サーヴァントの召喚以上って何があるの?」
特異点へのサーヴァントの召喚だって、私達カルデアはまだ三騎が精一杯なのだ。それ以上の干渉なんて想像もつかない。
「具体的には全く分かっていない。だけど特異点の時代を生きて、後に英霊となるであろう人達を注視しておきなさい、てダ・ヴィンチちゃんは言ってたから一応気には留めておいて」
うん、やっぱり想像できないがダ・ヴィンチちゃんが言うのなら間違っているとは思えない。
「うん、そうするけど正直第二次世界大戦の英雄はよく知らないし、それっぽい人がいたらまた教えて」
「あぁ、サポートは任せて! それじゃあそろそろレイシフトに移るけど他に質問は?」
「とくになし!」
「私も同じく」
「よし、ならレイシフトに入るよ」
正直まだ不安の種はある。だけど私たちは立ち止まっている暇はない。
それにマシュやロマン達カルデアのみんな、それに特異点で出会えるだろう仲間達。全員で立ち向かい、乗り越えていけばいい。
それなら、最大規模であり、英霊の座という未知の要素も含む特異点でも、私達は迷わず向かうだけだ。
【アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程 完了クリア グランドオーダー 実証を 開始 します】
第■の聖杯 AD19XX年
終結戦雄界戦 WW2 : 人理定礎値B
生きている英霊