暁の約束   作:Rosen 13

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その8

 零菜がこの高校に転入してから早数週間が経った。コミュ力の高い零菜はあっという間にクラスに溶け込み、クラスのカースト上位の連中からも好意的にみられている。彼女の肩書の影響が一切ないとは断言できないが、この環境を構築したのは単純の零菜のコミュニケーション能力の高さだろう。まあ、万年ボッチの俺からしてみたら上位カーストに一人が追加されただけで特に何も影響はな「はっくん、一緒にお昼食べよう」嘘です。滅茶苦茶影響ありました。

 転入してから俺は零菜とはほぼ毎日会話をしている。零菜が来る前は必要最低限以下しか学校で喋っていなかったし、カースト上位連中やその他のグループにも絡まれていなかったからクラスでの存在感はゼロに近かった。正直クラスの連中の俺への印象は「比企谷? あー……そんなやつもいた気がする」、「えっ、誰?」の二択ぐらいだろう。

 そんな陰キャが突然クラスの人気者である零菜にかまわれると一体どうなるか。答えは簡単。

 

 ──嫉妬の嵐だ。

 

 

「なにあいつ暁さんに話しかけられたからってチョーシ乗ってね?」

 

「は? なんで暁さんはヒキタニみたいなやつと話してるんだ」

 

「ひょっとして暁さんってヒキタニのやつに脅されてるんじゃないか?」

 

 

 一部をピックアップしただけでこれだけの罵詈雑言だなんて八幡泣きそう。いや泣かないけど。当初はもっと酷かったが、どこからか体育館裏の件が漏れたらしく実力行使してくる輩はいなくなった。相変わらず陰口はバンバン浴びせられるがこれでもかなり落ち着いた方だ。大抵は嫉妬に駆られたカースト中位から下位の連中で実害もあまりない。普段零菜と絡んでるカースト上位の奴らは零菜との交流があることから表立って何か言うことはないが、ときどき零菜と話してるときに妙な視線を感じることがあるが気のせいだろ。

 

 

「はっくん一緒に帰ろー!」

 

「悪い。放課後平塚先生に呼び出し食らったから難しい」

 

「平塚先生って生活指導の人だよね? はっくんなにかやらかしたの?」

 

「いや、特に呼び出されるようなことした憶えはないんだが……」

 

 

 本当に心当たりがない。もしかしてあの体育館裏のことで誰か告げ口でもしたか? でもそもそも俺は呼び出された側だしなあ。あ、でも向こうの都合が良いように歪曲してる可能性もあるのか。心底面倒くせえ。

 

 

「じゃあ、終わるまで待ってるね」

 

「でもいつ終わるか分からないからな。たまには他の友達と帰ってもいいんじゃないか」

 

 

 じゃないと俺がクラス中の嫉妬で死んでしまいそうです。なんとなくほぼ毎日零菜と一緒に帰ってたから日に日に嫉妬の圧が強まってる気がする。ごく稀に別々で帰るときはあるけど、大抵は零菜からさっきみたいに誘われて断れずにいる。だって俺と一緒だと迷惑だろうと断ろうとしたら零菜が捨てられた子犬みたいな表情するし、周囲からの目が痛いんだよ。別に一緒に帰るのが嫌なわけではないのでそれ以降断ることはないけど、変に噂たてられても零菜は平気なんだろうか。

 

 

「まあ、はっくんがそう言うなら仕方ないね。じゃあ誰と帰ろうかな。家の方向が一緒の人って誰かいたっけ?」

 

「ボッチの俺に言うな。クラスメイトの名前も分からないのにそんなの分かるわけないだろう」

 

「はっくん……それ、胸張って言うことじゃないよ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後。生徒指導室にて。

 

 

「比企谷ァ。お前、これは一体何なんだァ?」

 

 

 ゴゴゴゴゴとやばそうなオーラを全身から発しているのは俺を呼び出した平塚静先生。その手には一枚の紙が握られている。

 

 

「え……えらくご機嫌ななめですね。えっと、これってこの前書いた作文でしたっけ? 内容覚えてませんけど」

 

「『高校生活を振り返って』だ。私はこのテーマで作文をしろと言ったんだが、これに書かれてるのは何だ? 『青春とは嘘であり、悪である』だと? 何で高校生活を振り返るのにこんな表題がついてるんだ」

 

「いや、自分なりにボッチ生活振り返ってみたら自然とこうなりました。後悔はしてません」

 

 

 先生は俺の受け答えに呆れたのか大きく溜息をついてこう言った。

 

 

「相変わらず歪んでいるな君は。暁君が転入してから少し変わったと感じたが、その性根はそう簡単に矯正できないか」

 

「これでも零菜と再会してから少しマシになったんですがね」

 

「ふん、それは暁君限定だろう。それ以外は全く変わっていない。今も昔もお前は全く他人を信じていない」

 

 

 鋭い目つきで先生はそう断言する。そして、それは図星であった。

 

 

「そう簡単に割り切れるものでもないですからね。零菜は特別なだけで」

 

「そうか………………()()

 

 

 先生が俺の名前を言ったときには既に彼女の拳が低い唸りをあげて俺の眼前まで迫っていた。

 

「……あっぶな。先生、教師が暴力はアカンでしょ」

 

 先生の拳を片手の掌で受け止めてそう言うと、先生は悔しそうにチッと舌打ちをした。怖えよ。

 

 

「防いだか。ったく、能力にかまけてたらもう一撃やるつもりだったのだがな。ま、これも愛の一発だ。気にするな」

 

「いや気にするわ。どこの世界で岩を砕けるパンチを愛の一発で済ませる教師がいるんだよ。つーか普通に死ぬかと思ったわ」

 

「そう言う割には随分と余裕そうに見えたがな。それに八幡以外だったらちゃんと加減はするつもりさ」

 

 

 つまり俺には加減はいらないと? ()()()は俺を殺す気なのだろうか。

 

 

「ただでさえ別件で頭悩まされていたのに、お前が変な作文書くせいで余計な仕事が増えてこっちはストレスマッハなんだ。だから一発殴らせろ弟弟子(八幡)

 

「嫌に決まってるだろ、馬鹿姉弟子(静さん)

 

 

 平塚静──総武高校の教師にして、俺比企谷八幡の攻魔師における姉弟子である。

 

 

 


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