入学式の次の日、ルインは八雲にそれを報告するため朝早くから九重寺を訪れていた。
「入学おめでとうルイくん」
「ああ。八雲さんが色々手伝ってくれたおかげでなんとかなったよ」
ルインが日本で不便をしなかったのは何かと八雲が援助などをしてくれたからであった。
「いやいや。僕たちの関係はギブアンドテイク、僕が日本での生活を援助する代わりたまに弟子の相手をしてもらうっていうね」
「わかってるさ。本当はいつも通り午後に来る予定だったんだが挨拶ぐらいはすましとこうと思ってな」
もちろん八雲だっていくらなんでも見返りもなしにそんなことをするわけがない。
ルインのその高い戦闘技術を持って日本では体験できない闘いを八雲の弟子たちとしているのだ。
「守王の兄貴!」
「今日は朝からですか‼︎」
ルインの到着を知り八雲の弟子たちが次々と押し寄せてくる。
「まぁ時間もあるし胴着あるか?」
「うっす!」
そんな光景を見ながら八雲は微笑を見せる。
ルインが日本に来てから数ヶ月で八雲はその不思議な力に気づいた。
彼の元には不思議と人が集まり彼に触れたものは自然と彼に心を開くのだ。
「これも運命の出会いなのかもしれないね」
「なに気持ち悪いこと言ってんだよ…悪いが俺にそっちのけはねぇ」
「聞いてたのかい?安心していいよ。僕もそっちは興味ないからね」
ちょっと引き気味なルインに八雲はなんとも言えない笑みを投げかける。
「兄貴!胴着っす!」
「うし!やるか!」
ルインは上着を脱ぎ胴着に着替える。
金髪なため少し違和感を感じるが別に似合っていないわけではないだろうとルインは思っていた。
「ルイくん、ちょっといいかい?」
「はい?」
「実は今から一人君に紹介したい子がいるんだ」
「俺に?」
「今からその子の乱取りを見ていてくれないか?」
「まぁいいけど」
ルインは少し不満げにしながらその相手を待つ。そしてそれから数分後門前が騒がしくなった。
「それじゃあ行こうか。気配を消してね」
「わかった」
八雲はその人物に気づかれないようにゆっくりと近づいていき後ろから声をかけた。
「久しぶりだねぇ深雪くん」
「せっ先生!気配を殺して忍び寄らないでくださいとあれほど…!」
後ろから急に頰を突かれた恥ずかしさからかそれとも怒りのせいなのかその頰は若干赤い。
「それは難しい注文だね深雪くん。この九重 八雲は忍びだからね。忍び寄るのは性みたいなもんさ」
「今時、忍者なんていません!」
「いくら忍術が魔法の一種と証明されようと我々は由緒正しい術を…」
「だからそれは古式魔法で!」
「そんなことより!」
八雲は深雪の言葉を遮り目を光らせその身体を凝視する。正確には制服とセットでだがルインにはただの変態にしか見えなかった。
そしてそんな八雲の背後から手刀が襲いかかる。八雲はそれに気づいていながら避けようとしない。
「ヘェ〜こいつが俺と合わせたい奴?」
「?…お前もここの門下生か?」
相当な速度で振り下ろされた腕を片手で受け止めルインは興味深そうに口角を上げる。
「本当なら僕が相手をしたいんだけど…今日の相手は僕の友人だよ」
「師匠の友人…ですか」
「彼も君と同じで昨日から一高に通っているんだよ」
青年は八雲がそう言うとルインから一旦距離を取りその容姿を目に焼き付ける。
「俺は守王 ルイだ。八雲さんとは数年前からの付き合いでな」
「俺は司波 達也だ。一応ここで修業をつけてもらっている」
ルインが名乗るとそれに続き達也が構えを取りながら名乗り返す。
ルインもニヤリと笑い構えをとった。
「行くぜ!」
「こい…!」
ルインが達也との距離を詰め鋭い拳を放つ。
達也はそれを見切りカウンターで腹部を狙ったがそれは反対の手で防がれた。
「やるな」
「お前な」
ルインはつかんだその拳を引っ張り達也のことを軽々と投げ飛ばす。
若干体勢が崩れたものの達也は持ち直しルインとの距離を置いた。
「お前のその技…ここのじゃないな?」
「へぇ…それに気づくか…そうだ。俺は自分自身の戦闘スタイルを作ったからな」
ルインの戦闘スタイルはここで何年も修業していた達也も初めて見るものだった。
「それじゃあ続きと行こうか!」
「ああ!」
達也は珍しく興味を持っていた。
柔軟性を生かした変則的ホームからの鋭い拳、まるでしなるように降りかかるムチのような蹴り、独特のリズムによる相手の読みを上回る行動。
達也自身同年代でここまでの人物がいるとは思っていなかった。
しかしそれはルインも同じだった。
急所を突くように穿たれる拳、ガードをしても軽く痺れが残るような重たい蹴り、自分のスピードについてくるその反射神経。
彼らはお互いにその技と技をぶつけることで相手に対する興味を深めていった。
「そこまで!」
そんな二人の一進一退の攻防は八雲の声によって終わりを告げた。
ルインの顔は強者と戦えたことによる満足感からか爽やかな笑顔をしており達也もまたどこかスッキリしたような感じだ。
「お兄様のあの様なお顔…初めて見ました」
それは実の妹である深雪さえも見たことがない様な兄の顔だった。
「いい勝負だったよ」
「ああ。まさか俺と同年代でここまでやれる奴がいるなんて思ってなかったぜ」
達也から手を差し出されルインはそれを握り強者同士の手が交わる。
「これからは同じ一高生としてよろしく頼むぜ司波」
「ああ。それと俺のことは達也でいい。妹もいるしな」
達也が深雪に目配せをすると二人の元に近づき綺麗に頭を下げた。
「初めまして、司波 深雪です。私のことも気軽に呼んでくださいね」
「初めまして、守王 ルイだ。ルイって呼んでくれ」
「よかったらご一緒に朝食はどうですか?先生もご一緒に」
深雪がサンドイッチが入ったバケットを見せるとルインと八雲は嬉しそうに笑いありがたく朝食を共にした。
「深雪さんもA組なんだ。クラスメイトとしてもよろしくな」
「はい。よろしくお願いしますね」
「達也はE組か…」
ルインのその言葉に深雪は一瞬顔を顰めた。
深雪は自分の兄がまた蔑まれると思ったのだろうがそれは杞憂に終わった。
ルインの顔が裏表のない満面の笑みに変わったのだ。
「俺の友達もE組なんだ。西城 レオンハルトっていうんだけど昨日会ったんだけど気さくでいい奴だぜ」
「そうか。それは是非とも話してみたいな」
深雪は意外の念を隠せなかった。
ルインはE組の、二科の生徒のことを何の躊躇もなく知り合いではなく友人と言ったのだ。
「深雪?」
「お、お兄様⁉︎な、なんでもありません!」
そんな深雪の顔を達也は心配そうに覗き込んだ。それに対して深雪の反応は少し過剰なものだったがここにそれを気に留める人間はいなかった。
「メッチャ美味かったぜ。ごちそうさま」
「いえ。お粗末様でした」
深雪はルインの今までに見たことないタイプの人間性に少々戸惑っていた。
と言ってもそれが外側に現れるわけではなくあくまで心の中での話だ。
「それじゃあ俺はこれで。じゃあ学校でな達也、深雪さん。八雲さん、また夕方くるから」
「ああ」
「ええ。また後ほど」
「わかったよルイくん」
階段から降りていくルインの背中が見えなくなったところで達也は疑問に思っていたことを八雲に質問した。
「師匠の友人…ということはただものではないですよね?」
「それは僕から話すことではないよ。きっと彼から打ち明けられる日が来るさ」
達也はこの回答でルインが只者ではないことと八雲が自分たちに秘密にするほどの重要な秘密を握っていることを知った。
しかしだからと言って達也は無理にそれを聞き出そうとはしなかった。単純に知る必要がないといえばそうだがそれを今知ったところで何するわけじゃあるまいしもう少しあの不思議な男に触れてみたいという興味があったのだ。
「不思議な方ですね」
「…そうだな」
その様に感じたのは深雪も同じだった様で達也は珍しく深雪が自分だけに向けていた笑顔でルインの去った方向を見ているのを感じ取った。
そんな光景を見ながら八雲も自分がルインと出会った時を思い出す。
あの時八雲はルインの本当の姿を知らなかったが何らかの魔法で姿が変わっているのはわかっていた。
その時から八雲はルインのことを不思議な少年だと思う様になっていたのだ。
本来なら軍属するには早過ぎる年齢なのだがルインとの受け答えはそれ相応の経験を積んできた者たちと同じような感覚を八雲に感じさせた。
(本当に不思議な男だよ君は…)
八雲はルインの独特な人間性が周りの人たちに少なからず影響を与えているのではないかと推測している。
八雲自身も自分がそれに影響されていることも何となく察していたのだ。
「師匠。自分たちもこれで」
「失礼します先生」
「うん。朝食ありがとう深雪くん。達也くんもルイくんとまたやりたいなら陽が沈んだ頃にくるといいよ」
「わかりました」
今まで達也とルインが出会わなかったのは練習に参加している時間帯だった。
達也が参加しているのは朝の練習でルインが参加しているのはだいぶ陽が落ちてからだった。
達也はたまにでいいから夕方にも顔を出すかと心の中で決めていた。