羽休めに。   作:ほたて竜

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クーデレ?:2

 「陽介君、お弁当を作ってきました」

 

 時刻は昼時、俺が今日の昼食は購買で済まそうと思い至った時の話である。

 

 淡々とした調子でそう告げるのは『彼女』。クラス全員の視線は彼女の集まっており、皆はまるで街中で肉食獣を見た時のように驚愕に染まっている。かういう俺もとても驚いている。何なら一度目を擦った後にもう一度『彼女』を見るというベタな反応をしたくらいだ。

 

 そんな周囲の視線をよそに、『彼女』は相も変わらない無表情で二つの弁当と小袋を両手で抱えている。特に片方の弁当はもう片方の弁当よりも一回り大きく、少し小柄な体格である『彼女』が食べるには少し大きな印象を受けた。

 

 そして陽介とは俺の事だ。目の前では底冷えするような、またこちらの言葉を待っている様な眼差しで俺を見る『彼女』。成程、これだけ条件が揃えば流石に馬鹿でも理解できる。理解できるのだが……

 

 「……うん。ありがとう。少し場所を変えようか」

 

 

 まさか告白した翌日に手作り弁当イベントが起こるとは思わなかった。

 

 

 「ええ、そうしましょう。どうもここで食事をするには視線が煩わしいですから」

 

 軽く周囲を見渡した後、『彼女』はため息交じりに言う。

 

 気づいてるならもう少しだけ配慮してほしかった。いや、気づいても自分を曲げないのが『彼女』だ。そんな『彼女』だからこそ俺は惚れた訳で、寧ろ弁当を作ってくれたことに感謝するべきだろう。

 

 だがそれ以上にこの場から一刻も早く出たい。もうクラスの皆からの視線が痛すぎる。中には雰囲気を無視して、からかい交じりに口笛を吹く輩も出る始末だ。

 

 「じゃあ、行こうか」

 

 緊張で自分の口が震えるのを感じ取りながらなんとか言葉を発する。結果少し上ずった声になったが、生憎ここまで非日常的な状況でいつも通りを振る舞えるほど俺のメンタルは強くないのだ。

 

 俺はクラスの面々の視線をなるべく無視しつつ、『彼女』を急かしながら教室外へと誘導する。『彼女』も何も言わずに俺の誘導に従ってくれるのだが、いかんせんちょっとだけ距離が近い。おかげで教室から出た直後に、黄色い歓声が聞こえてきた。後で絶対しばく。

 

 「あの、布由宮さん?」

 

 布由宮(ふゆみや)小雪(こゆき)、それが『彼女』の名前だ。廊下を歩く中、声を掛ける。

 

 「何でしょう」

 

 「ちょっと近くない?」

 

 勿論嬉しくはある。

 

 可愛い女の子がすぐ隣にいる、ただそれだけでも役得なのだから当然である。しかし『彼女』が無理して恋人を演じているのなら話は別だ。

 

 そも、俺から『彼女』に告白したのだ。それを彼女は承諾しただけであり、好き合っているというにはあまりに淡泊である。言うなら『これからお互いを知っていきましょう』、彼女が俺の告白を受け入れてくれたのはそういう意味だと思っていた。

 

 「そうでしょうか。私たちは恋人なのだからこれくらい普通ではなくて?」

 

 「まぁ、一般的にはそうかもしれないね。でもほら、まだ付き合って一日目だし無理しなくてもいいんだよ?」

 

 付き合い始めて一日目でいきなり関係が進むというのもおかしな話だ。それが昨日までは会話すらまともにできてなかった間柄であるのなら尚更である。

 

 「無理、ですか? 私は特にそうは思ってませんが」

 

 と、思っていたのだがどうやら『彼女』の方はそうでなかったようだ。だって心底不思議そうに首を傾げてるんだもん。しかもこちらを見る目が純粋に過ぎる。これでまだ恋人を演じてるのだとしたら相当な役者だ。

 

 「……いや、まぁその、俺としては嬉しいから別に良いんだけど」

 

 「そうですか。ならこのままでいいですね?」

 

 「あ、うん」

 

 釈然としないまま頷くと、彼女は更に身を寄せてくる。具体的には肩と肩がギリギリ当たらない位の距離感。やっぱりちょっと早い気がしないでもないが、『彼女』からそうしてくるのなら俺から拒否する理由もない。

 

 でもやっぱり恥ずかしい。折角クラスから出ても、廊下を歩く生徒に白い目で見られるし。何とも言えない幸福感と恥ずかしさを抱きつつ、俺と『彼女』は廊下を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「ここなら人目にもつかないけど、いい?」

 

 「静かな場所ならどこでもいいです」

 

 「ならよかった」

 

 場所は校庭裏。元々人が来ない場所であることに加え、季節が冬に近いという事もあって辺りに人一人もいない。正に俺、ひいては『彼女』にとって都合のいい場所であると言える。

 

 俺が適当に座れる場所がないかと探していると、『彼女』は持っていた小袋から大きめのハンカチらしき物を取り出していた。それもどうやら二つあるそうで、『彼女』はそれをランチマット代わりに地面に敷いた。

 

 「いいのか? それハンカチでしょ?」

 

 「構いません。必要な時に必要な道具を使うのは当然ですから」

 

 「そういうものかな」

 

 「そういうものです」

 

 思い切りのいい人だと思う。普通の女の子だったら私物が汚れるとなると少しくらい躊躇するだろう。しかし『彼女』にはそれがなかった。そういう物事を即決できるところが凄い、少なくとも俺には出来ないから尊敬すらする。

 

 「ところで、陽介君は私の呼び方は変えないのですか?」

 

 「呼び方?」

 

 お互いがハンカチの上に座った後、弁当を渡してきながら『彼女』尋ねてくる。その表情はどことなく不機嫌なように見えなくもない。

 

 「ですから私は貴方を陽介君と下の名前で呼んでいるのに、陽介君は私をまだ苗字で、しかもさん付けです。これでは少し不公平です」

 

 「それは……」

 

 言われてみればその通りだ。彼女は確かに俺を『陽介』と名前で呼んだ。今までは貴方とどこか他人行儀な言い方だったのに、今日になって、というよりも付き合ってからと言うべきか一気に親し気な呼称になっている。俺としたことが。先程焦りずぎたせいで、『彼女』が俺を名前(・・)で呼んでいた事に全く気が付かなかったらしい。

 

 なんせ、名前である。俺の名前だ。しかも下の方である。それを『彼女』は呼んでくれたのだ。嬉しくない訳がない。なのに気づかなかったなんてどれだけ贅沢な話だろうか。

 

 「だらしない顔してますよ」

 

 「今とても幸せな気分なんだ、許してくれ」

 

 なんてことを口走ってるのか、俺は。これではベッドの上で転がりまわるくらいの黒歴史じゃないか。まさか厨二以外で黒歴史が出来てしまうとは。それなりに世間を上手く生きてきた自信があるだけに、ちょっとショックである。それとなく『彼女』の顔を見ると、やはり変わらない無表情。うん、今はその変化のない顔が突き刺さるよ。

 

 だが幸せと言うのは嘘ではない。理想とさえ形容できる女の子と付き合い、そんな『彼女』から弁当を作ってもらったのだ。俺は今、最高に幸せ者だ。

 

 だからこそ『彼女』を何と呼べばいいか考えあぐねてしまう。

 

 「布由宮さん」という呼び方だと『彼女』はお気に召さない。それは分かった。しかしかといって馬鹿正直に「小雪さん」と呼ぶには少々気後れする。出会って数か月、会話をまともに行ったのはつい昨日の出来事である。正直な話、ミドルネームで『彼女』を呼ぶのはまだ気恥ずかしいのだ。(というか付き合って一日でこれだけ仲が深くなるとは思いもしなかった)奥手だって? 知るか、こっちは女子と会話すること自体少なかったんだ。仕方ない、手あたり次第で妥協点を探っていこうじゃないか。

 

 「……布由宮」

 

 「敬称を外しただけじゃないですか」

 

 「……布由宮、ちゃん」

 

 「貴方は私にちゃん付けが似合うと思いますか?」

 

 「……布由宮様」

 

 「仰々しい。そういうのも悪くありませんが、いい加減苗字から離れてみては?」

 

 「……小雪、さん」

 

 何だ、意外と言えるじゃないか。割とすんなりと『彼女』の名前を呼べたことに驚く。

 

 「まぁ、今日の所はそれでいいでしょう」

 

 どうやら『彼女』も満足したらしい。ほんの少し、それこそ本当に凝視しないと分からない程度に口元を緩めていた。そして次に俺が瞬きをした瞬間には、『彼女』は膝に置いてある弁当に視線を移していて表情はうかがい知れなかった。だからそれは俺の見間違いだったのかもしれない。しかし、俺には確かに『彼女』が笑ったように見えたのである。

 

 いつもの『彼女』も魅力的だが、何かしらでも感情を見せてくれる『彼女』の方がよっぽど綺麗だ。うん、少なくとも俺はそう思う。さっきのが錯覚だとしても、やっぱり笑顔でいてくれた方がこちらも嬉しい。いつか絶対に『彼女』に文句なしの笑顔を浮かばせてやる、そう心に決めながら俺はしばらく『彼女』を見つめていた。

 

 

 

 因みに弁当は非常に美味だった。これは胃袋も掴まれる日は近いなと、どこか他人事のように思いました。まる。

 

 

 

 

 




そもそもこういう話って自己満足なんですよ
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