羽休めに。   作:ほたて竜

3 / 3
クーデレ?:3

 例えばの話、空から女の子が降ってきた。

 

 その時、人は一体どんな行動をとるのだろうか。某有名映画作品の主人公は降ってきた女の子を勇敢にも抱き寄せた。そうして大きな声で「親方! 空から女の子がっ!」というアニメ史に残る非常に有名な台詞を生み出した訳だ。とはいえ親方の方もそんな事を言われてその言葉を鵜呑みにするはずもなし、そもそも鉄火事場に働く一人の親父が一体何が出来るというのか。

 

 うん、そんな事はどうでもよろしい。問題はどうしてこんな話をするのかだ。

 

 何故ならそれが事実として俺に降りかかったからである。女の子が、より具体的に言えば『彼女』こと布由宮小雪が俺の部屋と隣接したベランダに忍者の如く華麗に着地したのだ。もし俺がたまたま外の景色を眺めるという、平安貴族に倣った実に情緒のある事をしていなければ『彼女』の存在に気がつかなかっただろう。そして、そんなどこか現実離れした状況を目撃してしまった俺は場違いなことに「家族が今日留守で本当に良かった」と、そんなことを考えていたのだった。

 

 「……こんばんは」

 

 なんて綺麗な声なのだろう。相も変わらない彼女の澄んだ声は俺の耳にすっと入り込んだ。月明かりが彼女を照らし、ショートボブな『彼女』の髪は夜風に吹かれてゆらゆらと揺れている。これがベランダでの出来事でなければ、或いはそこらの陳腐なファンタジー作品よりもよっぽど神秘的だったのかもしれない。

 

 「あ、ああ。こんばんは。どうしてこんな夜中に、しかもベランダから我が家に侵入してきたのかはこの際置いておくとして。いくら夏とは言っても夜は寒いでしょ、中へどうぞ」

 

 動揺を隠せないまま網戸を開けて、彼女を部屋の中へと誘導する。すると『彼女』は「お邪魔します」とベランダで靴を脱いだ。美少女が靴を脱ぐ、ただそれだけの動作なのにそれがどうしても美しく映る。ただし、やっぱりこの場がベランダでなければという前置きが必要なのだが。

 

 思わぬところで『彼女』を我が家に迎えてしまったが、先程も言った通り家族は今外出中なのでまだマシと言えるのかもしれない。とはいえ夜中ということもあって、あまり男女が同じ屋根の下に居続けるのは社会的に考えればあまりよろしい事とは言えないだろう。少し薄情かもしれないが、『彼女』の要件が終わったら速やかにご帰宅願おう。

 

 「それじゃあ、俺は適当な飲み物を持ってくるから」

 

 そう言ってから、返事を待たずに部屋を出る。飲み物を持ってくるというのはただの口実だ。本当は気持ちを落ち着けたかった。だってそうだろう? かれこれ一ヶ月の付き合いである『彼女』と夜中に、しかも自分の部屋で二人きりなのだ。どれだけ冷静であろうとしても、興奮するものは興奮する。だが絶対に間違えを犯してはならない。だから慎重すぎるくらいか丁度いい、この高揚感はしっかり収めるべきだ。

 

 「待たせたね。はいこれ……って」

 

 ある程度心の整理を付けた後、二リットルのコーラと二人分のコップを片手に、もう片方には人をダメにさせる有印製のクッションを持って部屋に戻る。

 

 因みに俺の部屋はベットと本棚しかない。そして、流石に自分のベットに『彼女』を座らすのも忍びない。ほら、体臭とか染みついてそうでなんか嫌じゃん? だから『彼女』が座る椅子代わりに、わざわざリビングからこのダメ人間製造クッションを持ってきたのだ。ああ、そのつもりだった。

 

 「あの、何してるんすか?」

 

 困惑を隠しきれない。扉を閉めて、目を擦ってからもう一度扉を開けても、やはりその状況は何も変わってはいなかった。

 

 「何って、陽介君のベットで普通に(・・)休憩しているだけですが?」

 

 心底不思議と言わんばかりに『彼女』は首を傾げている。うん、とても可愛らしい。小動物的な愛くるしさがある。でも知ってたかい? 『彼女』、あの華奢な体格に反して実は相当強い。何が強いって、なんか合気道の達人らしくこれまで撃退してきた男子(不届き者)の数は知れず。『彼女』は文武を極めた色々な意味で最強の女の子なのである。そんな子が俺の彼女だと思うと、少々荷が勝ち過ぎているように思えて嫌になる。無論、それは自分の不甲斐なさに対してである。

 

 閑話休題、話が逸れた。

 

 俺のベットで休憩している。ああ、字面だけを見れば大して問題があるようには思えないだろう。しかし俺が現実逃避したくなった理由はしっかりある。それは――――――

 

 「思いっきりベットに寝っ転がって、しかも俺のお気に入りの毛布を被ってぬくぬくすることが果たして普通に休憩していると言えるのかな?」

 

 「ええ、普通の休憩ですね」

 

 「マジっすか」

 

 貴方馬鹿なんですか、そんなニュアンスを含んだ冷たい目で俺を見つめてくる『彼女』。どうやら俺の常識の方が間違ってたらしい。まぁよくよく考えてみれば『彼女』はさっきまで外にいたのだ。それなりに寒かっただろうし、目も前にベットがあったら飛び込みたくもなるだろう。うん、きっとそうに違いない。

 

 でも異性のベットに座るだけでも相当勇気が必要な気がするな。少なくとも俺だったら遠慮する。女の子のベットとか、めっちゃ興味ある。でも超えてはいけない一線というモノがあって、異性の寝床に寝っ転がるのはそれに当てはまるだろう。あれ、とすると小雪さんは超えちゃいけない一線を越えた変態さんなのか? 何それ新しい。普段は物静かで冷たい目つきの小雪さんが(ry

 

 まぁそんな事はどうでもいい。いや、どうでもいい訳でもないが、それ以上に大切なことがある。

 

 「それで、小雪さん。こんな夜更けにどうしたの?」

 

 なんならどうしてベランダから家に来たのかも問いたいところだ。と言うか、最初に聞くべきだっただろう、それは。先程『彼女』が合気道の達人だと説明したが、もしかしたら忍術の達人でもあるのかもしれない。

 

 俺がそんな無駄な事を考えていると『彼女』は少し困ったような顔をしていた。「まさか俺の考えいる事が分かったのでは?」と変に焦ったのだが、どうも違うようだ。というのも、後ろめたい思いでもあるのか『彼女』はちょこっと目を反らして、頬はほんのり朱色に染まっているのだ。常時無表情な『彼女』が、である。いつもとのギャップ差に思わず萌えて顔が赤くなってしまいそうになる。

 

 「……いえ、特に。ただ少し陽介君に会いたいなって思いまして」

 

 ほ、ほう。それはまた反応し辛い事を。こりゃあ顔も赤くなりますわ。かくいう俺もカーッと頭と胸が熱くなるのを感じる。

 

 こういうストレートな思いをストレートなまま言葉に出来るのは本当に尊敬する。俺だったらつい言葉を濁して、自分の本当の感情なんか誤魔化してしまう自信がある。だって「会いたかったから」なんてよほどテンションが上がってない限りはとても言えない。

 

 「そ、そっか。それじゃあ暫くゆっくりしてる?」

 

 「はい」

 

 割と動揺が収まらないのだが、『彼女』の方はもう立ち直っていた。気づけばいつもの不愛想な顔つきに戻ってる。ちょっと復活早すぎるでしょう。もう少しだけ『彼女』の恥じらう顔を見たかった。

 

 それから数分後。

 

 「それはそうと、陽介君。テスト勉強は捗ってますか?」

 

 ふと、『彼女』は俺の毛布を包んだまま思いついたようにそう問いかける。ちょっとシュールな絵面だが、今の俺にそれを楽しみながら観察できるほどの余裕はなかった。

 

 なんせ俺は勉強が苦手だ。今の高校だって分不相応な実力で入学できたのだ。敢えて言うならおこぼれ入学。そんな俺が高校の勉強に着いていけるか。答えは否、断じて否である。赤点こそ取りはしないが、それでも限りなくそれに近い点数を取っている。おかげで俺の成績の順位は後ろから数えた方がはやい。

 

 そして現在はテストまで二週間前。真面目な奴ならならこの一週間前からテスト勉強に乗り出して、今週で本腰を入れると言った具合だろう。因みに俺は現実逃避をしている最中だった。『彼女』が現れる前、俺は格好つけて夜景を眺めていたと言っていたが、アレはあまりに勉強が出来なくて気分転換にたまたま外を見ていたに過ぎないのである。

 

 「……ま、まぁぼちぼちでんな」

 

 「嘘は良くありませんよ。先程陽介君が飲み物を取りに行った時、こっそり勉強机を見せてもらいました。あまりうまくいってないようですね、特に数学が」

 

 『彼女』は俺のエセ関西弁を見事にスルーして、今俺が一番頭を抱えていた課題を何食わぬ顔で言い当てた。驚いた、凄い観察力だ。確かに俺は理系科目に手を焼いている。文系科目はまだ割と点数を取れているのだが、理系科目になると壊滅的と言わざる得ない。だいたい微分ってなんだよ。テンプレだが、あんなの一体何の役に立つって言うんだ。

 

 「どうも数学や物理は苦手なんだ」

 

 「そうですか。でも苦手だとちゃんと自己分析した上で勉強するのは良い事だと思いますよ」

 

 「あ、ありがとう」

 

 高校生になってからこんな風に、真正面から他人に褒められたのはこれが初めてかもしれない。子ども扱いとも取れる発言だが、『彼女』にその気がないのは見て分かる。だから恥ずかしいけれど、素直にうれしいと感じた。

 

 「そういえば小雪さんは頭が良かったよね」

 

 褒められたのだから褒め返そうと思って出た言葉がこれだ。若干面白みに欠けるが、実際『彼女』は勉強が出来る、それもかなりだ。俺なんかでは足元にも及ばない。きっと偏差値は二桁くらい離れているだろう。

 

 「はい、それなりには出来ると自負しています。そうですね、陽介君が良ければ二人で勉強会でも開きませんか?」

 

 「え、いいの?」

 

 それは願ってもない申し出だ。学年でも上位に位置する『彼女』に勉強を教えてもらったら、きっと成績も多少はマシになる。それに学校では大っぴらに出来なかった『彼女』との交流も出来る。正に一石二鳥という奴だ。「いいの?」と聞いておきながら俺はかなり乗り気だった。

 

 「勿論です。そうですね、私と付き合うんですからせめて偏差値は六十五は欲しいところです」

 

 「ろ、六十五っ!?」

 

 「当たり前じゃないですか。高校を卒業しても貴方が私を好きでいてくれるのなら、大学も一緒に登校したいですし」

 

 なんて破壊力だ、その言い方はずるい。そんな風に言われたら頑張らない訳にはいかないじゃないか。例え俺の全国偏差値が四十半だとしても、『彼女』の期待に答えなければ男として廃る。

 

 「……分かった。俺、頑張って偏差値二十上げるよ」

 

 『彼女』を真正面から見据えて、気づけばそう宣言していた。後悔はない。問題は山積みだが、『彼女』がいれば不思議となんとかなりそうな気がしたからだ。

 

 

 

 因みに、これは余談だが。『彼女』は帰るときベランダから出て行った。まるで忍者映画を見ている気分だった。音もたてず屋根を駆けていくって、ホント何者だよ。

 




間違って違う作品に投稿してしまった。
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