ファッキンお仕事。
「スバルの様子がおかしい?」
「そうなの。昨日までは……ううん、昨日までもずっと落ち着かない様子だったんだけど、今日は特におかしいというか……。朝からずっと布団に篭ったっきりで、出てきてくれないの」
「ふぅん……布団にねぇ」
屋敷に来てから四日目の朝。
朝食も過ぎた頃、エミリアとカリオストロはスバルが寝ている客室の前で話あっていた。
カリオストロはラムとロズワールから話を聞いた後、エミリアと二人で寝る間を惜しんで、交代しながらスバルの看病を続けていた。
本来なら前回、前々回に続けて禁書庫で情報収集を行いたいところだったが、スバルという扉渡りを抜けられる存在がいない事で禁書庫の主との接触が出来ていなかった。よって満足に情報収集が出来ず、空いてる時間はエミリアやパックと会話に花を咲かせるか、看病に傾倒するしかない状態に陥っていた。
「いつもは不安を口に出してくれたから対処もしやすかったんだけど……今日の朝になったら急に布団に篭りっきりになっちゃって、話しかけても何も話してくれないの。こんな事初めて……どうしたらいいかしら、カリオストロ。
……大丈夫かしらスバル。ひょんなことでお腹でも壊したとかじゃないといいんだけど……」
「ひょんなことって今日び聞かないね……☆」
おろおろとカリオストロに悩みを吐露するエミリアの姿は、まるで子育てに悩む母親のようだ。いや、あれほどの懇親を見せているので、もう母親でいいんじゃないかなという気すら湧き上がってくる。彼女の世話焼きっぷりと来たら、焼かれたほうが骨抜きになりそうなほど甲斐甲斐しすぎた。あちらの世界で知り合った極度の世話焼き少女、ナルメアの姿をエミリアに重ねながらカリオストロは言葉を連ねる。
「確かに今までにないが、話しかけても無反応なのか?」
「そうなの! いつもは多少なり反応あったのよ?
でもね、今朝からいきなり反応しなくなっちゃったの。お布団もずーっと被りっぱなしで、息苦しくなっちゃうわよって剥がそうとしても頑なに布団を被り続けるの。……もしかして世話、焼きすぎちゃったのかしら。鬱陶しかったのかな……ごめんねスバル、私もっと……」
「おい馬鹿、反省会始めようとすんな」
反省会までしたら尚更ナルメアと一緒だと、トリップし始めようとするエミリアを軽く揺さぶり、はっとしたエミリアはぶるぶると顔を振って正気に戻った。
スバルが治るまでつきっきりでお世話すると豪語したエミリアだが、彼女はどうにも根を詰めすぎている節がある。食事こそ削らないが、睡眠時間を削っているために思考も悪い方に偏り初めているような気がする。……どこかで休ませる必要があるだろう。
「兎に角、話を聞いただけじゃわからねえな。一旦見させて貰うぜ」
「うん。お願いカリオストロ」
二人で部屋の扉をくぐる。
するとエミリアの言ったとおり、キングサイズの豪華なベッドの上で、布団に篭ったスバルの姿があった。
聞く以上に珍妙な光景だ。防衛本能が働き、見るもの全て近づくもの全てが恐ろしくなってしまっているのだろうか。出来る限り大きな音を立てず二人で近づき、山になった布団部分をカリオストロは優しく揺さぶった。
「おいスバル、スバル大丈夫か?」
「…………」
帰ってくる反応は無言。
布団の膨らみ部分が緩やかに上下を繰り返すが、それは寝ているようでもなければ息を潜めて隠れている様子もなく、恐怖に引きつっている様子でもない。まるで意図的に無視しているような、そんな印象を受けた。
エミリアもカリオストロに次いで心配そうに手を伸ばし、優しく揺さぶった。
「スバル。スバル……平気? もしかして……昨日の料理の中に嫌いなものとか入ってたから怒ってる? 昨日の料理、おいしかったけどピーマルが入ってたから……なるほど。うん。それなら気持ち分かるわ。私もピーマルが入ってるとちょっと、うん。すこーしだけ不機嫌になっちゃうかもだから……」
「スバルがピーマル嫌い前提で話すんのやめろ。
あと好き嫌いせずに野菜くらい取れ王様候補」
ピーマル苦いんだもの……と渋るエミリアを置いて、カリオストロはスバルの容態を探る。
よもや一服盛られたのか? それとも精神的な動揺を受けてしまっただけか? 何があったのかは知らないが、こうも篭もられては分かるものも分からない。布団を被って亀のようになってしまったスバルに対して、どうしたものかと熟考しようとすると―――
きゅるるるぅ……。
「……」
「……」
可愛らしい音が聞こえた。
瞬時にエミリアを見るカリオストロに対し、エミリアもきょとんとした顔でカリオストロを見返していた。
互いの音の発生源を探る視線は、やがて一つに収束する。……そう、この布団の膨らみへと。
「……スバル、朝ごはんまだだっけ?」
「うん、私が来た時には篭りっきりだったから……まだね。
ね、スバル……お腹空いたでしょ? 用意してあるから食べましょう、またあーんってしてあげるから……あっそれとも……もしかしてお腹痛いとか!? 大丈夫? スバル、一緒にお手洗い行く? 私もそろそろコツ覚えたから――」
「だああああああやめてくれええええ――――――!!」
二人の目の前で急に布団が吹き飛んだかと思えば、顔を耳まで真っ赤に染めたスバルがそこにいた。
エミリアとカリオストロは目の前の光景に目を白黒させる他なく、肝心のスバルはそんな二人を置いてその場で両手で頭を抱え、何かの感情に駆られて悶え始めた。
「二人にあやされて、宥められて、慰められて、食事の世話も手取り足取り!?
いや嬉しいよ、嬉しくて本当顔にやけるくらいなんだけどソレ以上に申し訳ないっていうか恥ずかしさが満漢全席だわ!? 俺何回泣いた!? っつか、何回抱きついた!? ソレ以上に俺、身体も二人に拭いて貰ったあげく、と、と、トイレっ、お、お手洗いまで世話されたとか……うわあああああああ!!! 美少女二人にやらされると破壊力更にプラス、っていうか羞恥心半端ねえよいっそ殺してくれええええええ!!」
「え、スバル? え? え?
あっ、だ、大丈夫よスバル! 今誰も貴方を脅かす人なんていないから……!」
「ちょ、エミリアたん!? うわ!?
あったかやわらか、うわ……うわ――ッ!? す、すげえ嬉しいけど大丈夫だから、大丈夫だから離れてくれ――ッ!?!」
「……あー、うん。まああれだ。何とか目は覚めたようだな」
スバルに抱きつくエミリア、そして大きく動揺するスバルを、カリオストロは呆れた眼差しで見つめ続けた。
§ § §
「本当に大丈夫なんだな?」
「嬉し恥ずかしさで心臓バクバク言ってる以外はな!」
動揺したスバルが落ち着きを取り戻した頃に、改めてカリオストロが聞くと、スバルは心臓に手を当て未だくすぶる羞恥心を抑えるようにして彼女に返答した。
看病の甲斐あってか、それとも別の要因か。スバルの心は話せる程度まで回復出来たようだ。聞く限りでは今日の朝早くに意識がはっきりと戻っていたようだが……どうやら意識が朧げだった頃の記憶もちゃんと残っており、受けた看病、介護の内容を自覚した結果、恥ずかしさの余り布団を被って悶え続けていたようだ。
下らない真相に閉口するも、いつものスバルらしい行動に若干の安心を覚えたカリオストロは、心的外傷の影響をつぶさに確認しようと彼の目を覗き込むが、ソレを恥ずかしがりスバルは目を逸らす。
そんな二人を尻目に、いそいそとプレートに食事を載せたエミリアがスバルに詰め寄ってきた。
「でも良かった、スバルの目が覚めて。
ずーっと落ち着かない感じだったから……心配したのよ?
あ、これ朝ごはんよ。ほらスバルあーん……」
「その節は本当にお世話になりました。ようやくナツキ=スバル、復活の時であります……って待って、待って大丈夫だよエミリアたん!?
いや正直あーんとか嬉しすぎるけど、流石に日常生活過ごせるレベルまでには回復を――」
「駄目よ、本人がそう言っても身体はまだかもしれないじゃない。
カリオストロに聞いたわ、心の傷はそう簡単には治らないって」
「いやごもっともだけど、少なくとも今は大丈夫……ってかこれ以上世話かけさせると罪悪感がやば」
「あーん」
「……あの、エミリアたん?」
「あーん」
「……」
「あーん」
「……あ、あーん」
どうやらエミリアはこの数日でお世話する喜びに目覚めてしまったらしい。
頑なに食べさせようとするエミリアに根負けして、スバルも顔を赤らめながら差し出されたスプーンを口に含み、食べた。
続く「美味しい?」の声に小声で「……美味しい」と返す様子は、端から見れば恋人……ではなく母親と子供の姿のように思えて仕方がない。
これは恋が芽生えるのは当分先だなと苦笑が半分、そして照れまくる初心なスバルの姿による愉悦が半分の笑顔でカリオストロはスバルを見つめた。
「そこ! まじまじ見ないでくれますぅ!?」
「スバルスバル、カリオストロも~☆ あーんってしてあげようか☆」
「やめろォ! もうお腹一杯です色んな意味で!」
「もういいの? まだ一杯あるけど……あ。やっぱりお腹痛いとかでしょう?
我慢しなくてもいいのよ。もしそうならお手洗い付き添ってあげるから……」
「エミリア様本当に勘弁してくださいこのままでは死んでしまいます一人でトイレいけますお腹痛い訳じゃないんですただ羞恥心が半端ないだけなんですお許し下さい」
エミリアの無自覚かつ無慈悲な追い打ちにスバルが再度布団に篭りそうになった所で、ふと思い出したようにスバルが呟く。
「そう言えば今日って何日目だ?」
「何日目?」
「あー、屋敷に来てから4日目だ」
「……もう4日も経ってるのか」
ぐしぐしと眠気を取るかのように自分の瞼をこするスバル。
ソレを見てカリオストロはエミリアへと提案した。
「なあエミリア、悪いがちょっとスバルと二人で話させて貰ってもいいか?」
「それって内緒話? 私も一緒に居なくても平気?」
「まあ内緒話だな、平気だ平気。
っつかオレ様に母性発揮しても意味ないだろうが」
「……そう。うん、分かったわ。何かあったらすぐ呼んでね」
若干残念そうな顔を見せた後エミリアは素直に従い、部屋から出ていく。そうして二人きりになった部屋でスバルとカリオストロが視線が交差し……若干の沈黙の後、カリオストロは静かに話を始めた。
「……何があったかは分かってるか?」
「残念な事にな。……正直忘れちまいたい思い出だ。
あんなこと、何で。何でって今でも思うぜ、それにカリオストロが――」
「悪かった。お前には辛い記憶を思い出させちまうな。
……申し訳ないが状況判断するためにも否が応でも思い出して貰う事になる。いいか?」
凄惨な過去を思い出して、スバルの顔に苦しげな表情が刻まれると彼女は申し訳なさそうにしながらも改めて問う。
スバルは逡巡することもなく、あぁと力強く頷いた。
「……あの日、いつもの定例の後お前は外に出たが……それはなんでだ?」
「あの時はただエミリアたんに会おうと思ってたんだよ。
エミリアたんってほぼ毎日、夜になると微精霊との語らいを庭でやってるからさ。丁度あの時間にいけば上手く出会えて、話が出来るって寸法……だったんだがなぁ、あの日はエミリアたんは居なかった。だからちょっと時間潰して、それで帰ろうとしたら――」
「急にあの腕が伸びて、レムに襲われたと」
「そうだ。言っとくが何もオレはやってねえぞ!
『あの言葉』を言ってもいないのに急に――――カリオストロ?」
「――すまんスバル。あれはオレ様が原因だ」
「……!」
深々とその場で頭を下げるカリオストロに、スバルは驚愕するしかない。
あの理知的で、理性的で、尚且つ慎重を好む彼女があの惨劇の原因と誰が思うだろうか。頭を下げたままあげようとしないカリオストロは、その原因を紡ぐ。
「オレ様は丁度その時、お前のここでの1回目の死因を辿っていた。ベアトリスに借りた書物を調べて、お前の死因になりそうなものを紙に纏めていたんだが……その時、迂闊にもお前の"あの能力"についても書こうとしてしまった。――それが原因だ」
「オイオイオイ……それでもアウトなのかよ。
そんでそのペナルティが俺に行くってか、とんだ能力過ぎるだろ……!」
「どうやら、何らかの伝える意志を見せると駄目なようだ。
本当に、本当に申し訳ない。オレ様はお前に取り返しのつかない事を――」
「待て、待て待て待てって! まず頭上げろってカリオストロ!
……いや、そりゃ確かに心臓の原因はお前かもしれないけど正直初見殺し過ぎて責めるに責められねえよ。こんなの誰が気付ける? 俺は無理だね!
第一、心臓が痛んだとしても、レムが襲う理由にはならないんじゃないか?」
「……直接的には確かにな。だが、間接的に関係してるんだ。
レムがお前を襲った理由。それは魔女教だ」
顔を上げたカリオストロはスバルのベッドに座り込み、未だ申し訳なさそうな顔をしながら話を続ける。
「魔女教? ……確か、サテラを信奉するやばい集団だったか」
「あぁ。レムとラムはある特殊で珍しい種族……鬼族って言うんだがな。
昔、二人が住んだ村を魔女教に襲われたようだ。そしてあの二人は、そんな鬼族の最後の生き残りだ」
「! ……そうか、道理で鬼の話によく食いつくと思ったぜ。あの時のレムも……そう言えば角が生えてたな。だがそれがペナルティと何か関係があるのか?」
「……ペナルティをするたび、お前から嫌な匂いがするって前言ったよな?」
「……。……あーそういや、カリオストロはその匂いが分かるっていってたな。
でも確かそれが分かるのは、お前とベアトリスぐらいしか居ないって聞いたけど――まさか」
カリオストロの話が繋がっていき、スバルは察する。
そう、レムはカリオストロ、ベアトリスに次いで魔女の残り香が分かる存在であり、過去に魔女教の集団が振りまいていた匂いとスバルの匂いが同じであると気付いたのだ。
「そうか……これでレムが俺を睨んでくる理由が分かった。
道理でこの屋敷に来た時から睨まれる訳だ……っつー事は、襲われた理由は……急激に膨れ上がった魔女の残り香に反応したレムの暴走――?」
「確証、とまでは行かないがほぼ間違いないだろうな。
姉のラム曰く、レムはまだあの過去を引きずっているようだから」
「なーるほどな――……腑に落ちたぜ」
「……」
事の真相を理解し、彼はうんうんとその場で頷く。
その様子はアレだけの残酷な仕打ちを受けた者の姿とは思えず、対する全ての真相を語り終えたカリオストロは、刑を執行される前の罪人のような面持ちでスバルを見つめていた。
「……言っとくが」
「わぷ」
急にスバルの手が伸び、カリオストロの髪をかき乱し初めた。
「この件について俺はカリオストロを恨んじゃいねえよ。
そりゃ正直、あんな目に合うなんて思ってなかったし……あんな物、見たくはなかったぜ。
だけどさっきも言った通り、初見殺し過ぎて責められねえよ。
あんなルール聞いてもいないし、レムが魔女教に恨みがあっただなんて持っての他だ、多分何もしなくてもアイツらは俺を襲ってたかもしれないしな……。
ソレに、あの時カリオストロは俺を助けに来てくれた。それだけでも感謝してもしきれねえぜ。
お前は取り返しつかないって言ったけどな――取り返し、つくぜ?
なんたって諦めない限り、死んでも俺はずーっと繰り返せるからな!」
反省するカリオストロを宥めようとスバルはわしゃわしゃ、わしゃわしゃと、触り心地の良い髪をかき乱し続ける。
カリオストロは自分の髪を良いようにかき回される事に、更に自分より遥かな年下に慰められる事に怒りと恥ずかしさを感じていたが……彼への負い目と、彼に拒絶されなかった事への幾分の安堵が邪魔をしており、その手を払い除けるか除けまいか迷い、されるがままになってしまっていた。
「……い。いいかげんオレ様の髪をわしゃるんじゃねえ!」
「あー俺、心傷ついたなー、マジ傷ついたわ。
トラウマもんだよなーこれ、この責任誰が取ってくれんのかな~」
「~~~~~~ッ!!」
今度はスバルに代わってカリオストロが顔を赤くする番か。
結局それを盾にされると負い目を感じている彼女にはどうしようもなく。されるがままに髪の毛をわしゃられ続けたカリオストロは、スバルの攻撃が終わる頃にはぷるぷると震えて、羞恥と怒りを我慢している状態になっていた。
「……(やべ、やりすぎた)あー、カリオストロ……さん?」
「ふーっ、ふぅー……っ、満足、した……か?」
「しました。超しました。なま言ってすいませんでしたカリオストロ様。
もう無茶ぶりとかしませんのでハイ」
流石のカリオストロの様子に、先程まで一転攻勢を見せていたスバルも顔をかくかくと揺さぶられながら首肯する他無い。
その言葉を聞いた直後、顔を赤らめたまま髪を急いで整え始めたカリオストロは、スバルを睨めつけるようにして話を続けた。
「……二回目の死の話はしたな? じゃあ次は一回目の死の話に戻るぞ。
正直な話、一回目の死はレムによるもの……じゃない可能性が更に高くなっている」
「!」
「言ってなかっただろうが、丁度お前が買い出しに行った村の周り。
っつかこの周辺の森は全部が全部魔獣の群生地だ。
そこには『ウルガルム』っていう犬型の魔獣が大量に居る。噛むと呪いをつけ、遠く離れても噛んだ相手を呪い殺す魔獣がな」
「犬型……噛み傷……まさか!?」
「お前が買い出しに言った時に、丁度子犬に噛まれたって言ってたよな?
お前の死因は、もしかしたらその犬によるものかもしれない」
「おぉ、マジか。マジかよ……だとしたら初見殺しってレベルじゃないぞ。こんなの誰が分かるってんだ……」
「慌てんなスバル。まだ可能性が高いってだけで確証はねえ。
――まあ、今日ソレを確認しに行くんだがな」
一通り話をしたカリオストロは急にベッドから降りると「んじゃ留守番頼む」と、スバルに軽く手を上げて部屋を後にしようとしており、「へ?」とスバルは唖然とした後、彼女を慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て! カリオストロ。確認って……村に行くのか?」
「あぁ。村に行って直接確かめる。百聞は一見にしかずって言葉もあるし、かくいうオレ様も体験主義者だ。自分で見たものしか信用はしない」
「だ、だけど今行ってあの子犬が居るとは――」
「今日は丁度屋敷に来てから4日目だ。お前が以前レムと出かけた日も丁度4日目だった。むしろ今しかねえ。既にレムと一緒に出かける約束も取り付けてる。
……ってオイ、何してる? お前は留守番だ。休め」
「いや。俺が居た方が確実だろ? だったら――」
スバルも起き上がり、ベッドから降りて急いで寝間着から着替え始めようとしていたが、カリオストロは強い物言いでソレを止めさせた。
「まだレムやラムにトラウマがあるお前が、あいつと一緒に過ごせるのか? 無理だろ。
というか、外に出てまた噛まれたらどうするんだ?
リスクは少ない方が良いって言っただろうが。いいからお前は休んでろ」
「っ、だけど……っていうかそもそも確認って、危ないのはカリオストロお前もだろ!?
お前だって噛まれたら同じく呪われるかもしれないし……!」
「……わざわざオレ様が噛まれなくても、確認する手段はある」
「そんな手段どこに――……!
……――カリオストロ、お前まさか」
スバルが何かを察するのを見て、カリオストロはにこりと、誰もが癒される無垢なる笑みを見せる。だが今のスバルにはその笑みが、好奇心で虫の脚を笑いながらもぎ取る子供のような、残酷な笑みにしか見えなかった。
「レムが噛まれれば犬が魔獣かどうかも分かるし、もしかすれば脅威になるレムも消せる……一石二鳥ってこう云う事を言うんだよね?」
カリオストロは身内には非常に甘い。だが甘いのはあくまで身内のみ。
何もかもを救おうと、愛そうとする博愛主義者ではないのだ。
グラン達と過ごす事で多少は見知らぬ人も気にかけるようになったが、その本質は全く変わらない。
自分の手の届く人だけを「確実に」助ける。その為なら関係のない存在は全て切り捨てる。
たとえ助ける対象が気にかけていた相手だとしても。
「っ、駄目だ」
「何でだ? 相手はお前を衝動的に殺しかねない、危険な奴だ。
それが未然に防げるかもしれないんだ、こんないい案はないだろう?」
「だ、そ、そうかもしれないけど!
俺はまだ一周目のあのレムの笑顔が、紛い物とは思えない! だから――」
「だから、代わりにお前の命を賭けに載せろって?
巫山戯たこと言うな。良いか、オレ様はもうまっぴらごめんだ。
あの力で戻る時の感触も、そして記憶だけ残して関係が元通りになるのも、お前が都度疲弊していくのを見るのもな。
――正直、お前があいつを未だに気にかけてんのが驚きだ。
だがな、お前が何をどう思おうともう決めた事なんだ」
「……っ、カリオス――」
カリオストロがこちらに手を向けて翳すと、不思議な事にスバルの意識が急に遠ざかっていく。
靄がかかったかのような思考しか出来ず、全身からは力が抜けていき、見えていた視界一杯にカリオストロの顔が移った。
「――今は休め。お前が寝てる間に、全部解決しておくから」
「か、りお――」
やがて自分の身体が不思議な力でベッドに移され、カリオストロによって抵抗できずに身体に布団を被される。
スバルはどうにかカリオストロを止めようとするが、手を上げることも満足に出来ず、ただ部屋を去ろうとするその姿を目で追う事しか出来ない。
そして感じる瞼の重さに視界すらも徐々に小さくなっていき――
「……や☆ ベアトリスが珍しいね☆ スバルに何のよう?」
「あの侵入してきた馬鹿が魘されてると聞いて、見学しに来たかしら。
……やれ「マナドレインの影響かも~」とか屋敷の至る所で話されて、いい迷惑してるから、仕方なくなのよ。
ソレで肝心の馬鹿は――眠ってるかしら。なら、邪魔するのも悪いし、帰るのよ」
そして視界すらも薄れ、瞼が完全に落ちる。
どうやらベアトリスが部屋に来訪してきたようだが……やがて聞こえてくる音も、ぼんやりとした脳では断片的にしか内容を掴めなくなって来ており――
「わぁツンデレ☆ たった今スバルは眠った所だよ☆
あ。帰る前にちょーっとだけ、質問していい?」
「は? 質問? ……一体何が聞きたいのかしら」
「んーっとね☆ 実は――――」
――そうしてスバルの意識は、完全に闇に落ちた。
《ピーマル》
・要するにピーマンのこと
ピーマン美味しいよピーマン。
《ナルメア》
すんごい世話焼きなドラフ族な少女。
おはようかやおやすみまで世話したがり、世話が拒否されると反省会を初めてひたすら自分の世界に籠る、かなり面倒臭い。
しかし刀を使う彼女はグラブル世界でかなりの強者。戦力的に非常に役立つ存在でもある。