RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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説明回。
ちょっとズルな説明かも。ぼかして言うくらいなら大丈夫だろう……(震え声)

2017/10/12
色々と文章が理解不能だったので修正。


第二十三話 偽りの真実

「あ、カリオストロ! スバルは、スバルは見なかったっ!?

 実はスバルがいきなり屋敷を抜け出したのっ!

 それでラムがスバルを探しにそっちに向かったらしいんだけど……」

 

「みたいだな。大丈夫、スバルは見つかった」

 

「「ただいま帰りましたエミリア様」」

 

「本当!? 良かったわ……。それでスバルは……あ」

 

「見ての通り、今レムが肩に担いでる」

 

 カリオストロ一行が屋敷へと戻れば、玄関には心配そうな顔で待ち受けているエミリアの姿があった。

 先程まで居なかったラムは、広場でスバルが気絶した後、カリオストロがレムと共に屋敷へ戻ろうとした矢先に遭遇。遭遇の理由はエミリアが言った通りであり、彼女が持つ「千里眼」の加護のを使ってスバルを探し当てたのだという。(その力を使えばまさしく千里先の景色も見ることが可能のようだ)

 尚、ラムはスバルが何故カリオストロとレムの元へと急いだ理由の説明を求めたが、小さな錬金術師はレムと同じく「屋敷についたら話す」と答え、回答を先送りしていた。

 

「……スバルは、大丈夫なの?」

 

「手を犬に噛まれたのと、頭打って気絶したのと、あとは裸足で抜け出してコケたりしたんだろうから擦り傷が少々。今のところ命に別状はない。……が、急いだほうがいいかもしれないな」

 

 今は既に日が沈みかけている黄昏時。一回目とは違う状況だが、もしもスバルの死が衰弱死で一日目と同じ頃に発症するのであれば……早く解除するべきだろう。

 

「今のところ……って、それじゃまるでスバルが危険な状態に聞こえるわ」

 

 だが当然ながら事の詳細を知らないエミリアは、何故その程度で治療を急ぐ必要があるのかが理解出来ない。疑問を浮かべるエミリアに対しての説明はまたのちほど出来ると、彼女は質問には応えずに逆に質問を投げかけた。

 

「ところでエミリア、スバルが脱走した当初……部屋に居たか?」

 

「え。えぇ……カリオストロが出かけた後……スバルの部屋に戻ったの。

 そしたらちょっと様子がおかしいのをパックが気付いたの。『彼のマナが弄られてる』って。

 だから私が戻してあげたら……起きるなりカリオストロがいつ出発したか聞いて、慌てて外へ向かっていったの。――ねぇ。スバルのマナを弄ったのはカリオストロ。貴方なの? それに何でスバルは貴方を探しに行ったの?」

 

「……全ての事情は後で皆に説明する。少し待ってくれ」

 

 エミリアの信頼の目が揺らいでいる。不安めいた目線が投げかけられると、さしものカリオストロの表情も小さく歪んだ。何せこれからする説明で彼女の心が離れるかもしれないのだ。

 子供のような純真さを持つエミリアに今まで慕われていたが、その関係が壊れてしまうかもしれないと思うとカリオストロは心が軋むような気がした。

 

 

 だがそれでも彼女は覚悟を決めて自らの考えを進める。

 全てはあちらの世界に戻るために。そして何より、スバルを守るために。

 

 

 カリオストロは足早に通路を先導し、エミリアとレム、ラム。

 そしてスバルを連れて彼が元居た寝室へと戻る。

 

「おい、居るか?」

 

「――居るのよ、全く。ベティーを部屋で待たせるなんて、ふてぶてしいにも程があるかしら。それに口調も変わってるし、一体どういうつもりなのよお前」

 

「こっちが地だ」

 

「だと思ったのよ、お前、声と見た目の割に性格悪すぎるからそっちの方がぴったりかしら」

 

 余計なお世話だと言いたげにカリオストロが鼻を鳴らした相手、それはベアトリスだった。

 彼女は部屋の片隅にある椅子に座って本を読んでおり、一行の存在を確認すると持っていた本を机の上に置き、カリオストロ達に近づいていくる。

 実はカリオストロは出かける前にベアトリスとある話をつけていた。

 それは「子犬が魔獣であるという確証を得る」、そして「万が一の保険を得る」為の布石。(その布石の為に今回も「あの弱み」を翳して契約まがいの約束をばっちりと取り付けており、ベアトリスはその契約を渋い顔で受けいれたとか)勿論カリオストロ除く一行は、何故この場にベアトリスが居るのかが分っていないのか困惑の表情を浮かべるばかり。

 

 そんな皆の反応をよそに、ベアトリスは一人一人に近寄ると目を瞑って何かを感じ取り始める。

 対象になったエミリアも、レムも、ラムも、カリオストロに対してもただ(かざ)すだけで何の反応も起こさなかったが、彼女が最後にスバルを探り始めると、「……へぇ。本当に術式の気配がするかしら」と呟いた。

 

「術、式……?」

 

「そう、術式なのよ。最初にこいつから聞いた時は半信半疑だったけど……まさか本当に掛かってくるなんて思ってもいなかったかしら。

 ……それにしても。聞いていた話じゃメイドがそうなるって話だったけど?」

 

「メイド……? まさか……!」

 

 何かを察したのかレムがカリオストロを驚きの目で見ると、彼女はその視線にも動じる事なく、ただ沈黙で返す。未だ話が理解出来ないラムとエミリアが事情を求めて縋るようにカリオストロを見つめ始めれば、彼女ははぁ、とひとつ溜息をつくとベアトリスへと指示を出した。

 

「まずはスバルをそこに寝かせて治療してからだ。……おい、ベアトリス。治せるんだよな?」

 

「精霊遣いの悪い奴。確認だけじゃなかったのかしら?

 ……仕方ない。全く、面倒な事させる奴なのよ」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「今から術式を破壊するかしら。術者が直接触れた場所が術式が刻まれた場所なのよ。

 ――といっても、大体の予想はついてるけど」

 

 スバルをベッドに寝かせると、ベアトリスが静かに彼に巣食う術式がどこにあるか探し始める。

 小さな手は迷いなく彼の身体の上を滑るように動き、やがて止まる。

 巣食う術式の有りかに、カリオストロを除く一行が驚いた。 

 

「……何。これ……」

「これは……」「姉様……」

 

 箇所はいまだ歯型が残る、スバルが子犬に噛みつかれた場所。

 ベアトリスが手を翳したその患部からは、黒い靄が立ち込めている。

 その嫌な雰囲気に対して、想定していたカリオストロは冷静にその様子を見守っていたが、残る三人は不快感を露わにした。

 

「呪術師による呪いかしら。忌々しいったらありゃしないのよ。

 ――はい、終わり。もうこれでこいつは呪いに悩まされる事はないのよ」

 

「ちょっと、ちょっとお待ち下さい。呪術師?

 アーラム村に呪術師が潜り込んでいるという事なのですか?」

 

 ベアトリスがふぅ、と息を吹きかけて黒い靄を霧散させると同時にラムが堪らず質問をすると、じっと患部を睨んでいたベアトリスは、カリオストロを顎でさした。

 

「さぁ。それは分からないかしら。ベティーはあいつに、『これから呪われた奴が帰ってくるかもしれないから、どこが呪われてるのか判別しろ』って言われただけなのよ。

 詳しい話は、あいつに聞くのがいいかしら」

 

 途端に一行の視線はカリオストロへと集中する。縋るような目つきで見るエミリアとその他の視線を受け、椅子に座って膝を組んでいたカリオストロが鷹揚(おうよう)に頷く。

 

「ちゃんと説明する。――さて、まずはスバルの呪いの原因だ。

 それについては……現場に居たレムは分かるよな」

 

「……はい。あの呪いの元は……子犬でした」

 

「子犬……確かに噛み傷はそこまで大きくないけど」

 

 エミリアがスバルの手の傷を再度見る。

 手に残された傷跡は何かに噛まれた歯型。だがそれは確かに小さく、サイズ的にも子犬のものであるのは間違いないと思わせた。

 

「村の子供達が私とカリオストロ様に見せたいものがあると言って誘導された場所で、ある子犬を見せてくれたんです。そして子供に撫でて欲しいと言われたので、言われるがままに撫でようとしたのですが……途中で現れたスバル様が身を挺して(かば)ったのです」

 

「子犬の正体は十中八九、ウルガルムって言う魔獣だ。

 そいつは噛み付いた獲物を呪い、遠く離れた場所からもマナを奪い取る力を持っている。

 その力がいつ発動するかは分からないが、少なくとも奴らが空腹を訴えたときが噛まれた奴の最後だ。呪いが発動すれば対象は衰弱し、やがて死に至る」

 

 レムとカリオストロの告げた言葉に、ラムとエミリアが揃って驚く。

 特にエミリアは顔を真っ青にし、深刻そうな顔だ。

 

「そんな、じゃあ村の結界に綻びが……!」

 

「すぐにロズワール様に……しまったわ。あの方は今、王都へ外出中。

 早馬を出しても間に合わない。今のうちになんとしても対処しないと……」

 

 二人は今後起こりうる事態を考えて、早速行動をしようとしたが……レムがそれを止めた。

 

「お待ち下さいエミリア様、姉様。それが事実だとしても不可解な謎が残されています。

 まずはそちらをはっきりとさせる方が先決ではないでしょうか」

 

 そう言い切ったレムはカリオストロに向き直り、はっきりとした口調で問いを突きつける。

 

「カリオストロ様。貴方とスバル様の行動はまるで魔獣が現れるであろう事を、そしてそれによりどうなるかを知っているような動きに見えましたが……一体、それは何故なのですか?」

 

「……」

 

 どこか身構えるような態勢で、レムの強い眼差しがカリオストロを捉える。そこには真実の全てを余すこと無く見極めようとする、強い意思がひしひしと感じられた。

 ここからがカリオストロとスバルの分岐点。分水嶺(ぶんすいれい)。選択を誤れば今後、自分達のこの屋敷での立場が非常に脆くなる。最悪、屋敷を追われるか、またスバルが狙われる羽目にもなるだろう。

 だが失敗したからと言ってスバルに死んで貰って、もう一度屋敷での生活を繰り返して貰うなどという馬鹿な考えはカリオストロの中では一切ない。スバルがこの世界で生きられるよう、スバルがこれ以上傷つかぬように自分の知識を最大限使い、切り抜ける事しか考えてはいなかった。例え失敗しようともその責任は全て自分にかぶせる。例え立場が悪くなろうとも傷つく羽目になろうとも、それが強者としての責任。自分が為すべき、スバルへの責任だ。

 

 カリオストロは少しだけ瞑目(めいもく)し、考えを纏め上げると――やがて、語りかけるように一行へと説明を始め出した。

 

「オレ様達。……正確にはスバルにはある力がある。

 それは()()()()()()()()()……いや、加護だ」

 

「……未来予知?」

 

「「……」」

 

「……」

 

 カリオストロが取った策、それは正直に「答えられる範囲で」伝える事。

 下手な嘘は最初は良いが、後々に大きな齟齬(そご)が出来上がる可能性がある。特にスバルは誤魔化す力が壊滅的だ、後で火中の栗を拾わぬようにするならばこれしか道はない。

 一番のネックは彼の力についてぼかして伝える事で魔女のセンサーに引っかかってしまうかどうかだったが、そんな危険な綱渡りは無事に成功したようだだった。

 

「正確な未来が辿れる事はないし、任意で発動出来る加護ではない。

 まだスバルもオレ様も力の把握もできていないし、何回使えるかも分からない不確実な加護だ。

 アイツは、その力によってアイツ自身に起こりうる未来を唐突に視る。ただし、それは確定の未来ではない、あくまで予定された未来だ」

 

「……にわかには信じられません。つまりスバル様は今回の事件をその加護で見通していたと?」

 

「一部だけ、な。アイツが見た未来の断片から、オレ様がそれを推察した。

 そもそもアイツがこの屋敷で見た未来は2つあった、1つはスバル自身が犬に噛まれて、術式により衰弱死する未来。そしてもう1つは、お前たちメイドに殺される未来だ」

 

「馬鹿な……ありえません。何故私達がお客様を殺す必要が? ロズワール様のお客様を、そしてエミリア様の恩人をむざむざ殺す理由はありません。そうでしょうレム。……レム?」

 

 ラムが食い気味に、心外だと言わんばかりに異議を唱える。

 そして妹へと賛同を求めようとして……妹が黙している事に気付いた。

 

「レム……?」

 

「……姉様、申し訳ありません、ありえないと言い切れないかもしれません。

 姉様もエミリア様もお気づきになれていないかと思いますが……。

 ……実は、スバル様からはある匂いがするのです」

 

「――魔女の残り香」

 

 沈黙を貫いていたベアトリスが、ぽつりと呟く。

 その言葉を聴いたラムは、はっとした顔になってスバルを見た。

 

「正直に言えば、私はこの屋敷に来てからスバル様を疑っておりました。

 ……ご存知かもしれませんが、私と姉様は過去、魔女教徒に故郷を奪われた存在です。

 ここまではっきりとした魔女の匂いを纏っているのです、彼が何か怪しげな行動をとった場合……独自の判断でスバル様を危険人物だとみなし、排除していたかもしれません」

 

「そんな……カリオストロ様、お聞かせ下さい。スバル様は魔女教徒だと言うのですか?」

 

「さぁな。こいつが魔女教徒だという証拠はないが、魔女教徒ではないという証拠もない。福音書を持ってるところは見たことないが、それはスバルが隠しているだけかもしれない。今は証明はできないな。だから一旦コイツが魔女教徒であるかどうかは置いておく。

 ……それよりも先に、こいつの加護の困った性質を教える必要があるだろう」

 

「困った性質……?」

 

 (りん)としたエミリアの声。スバルが魔女教徒であるかもしれないというのに、彼女の表情も態度も何一つ変わったところはない。ただ純粋に話に聞き入るエミリアを好ましく思いながら、カリオストロは説明を続ける。

 

「こいつは未来を見通すと、何故か分からないが『魔女の残り香』が強くなる。

 ベアトリスもレムも気付いただろ。屋敷についた時の香りに比べてコイツが目覚めた時の香りが強くなっている事を」

 

「……間違い、ありません」

 

「……確かに、こいつは前会った時よりも臭くなってたかしら」

 

 カリオストロが告げる事実が、今までのスバルの不可解な行動を裏付けていく。

 ピースを1つ埋めるたびに他のピースの形がまた1つ分かるように、あるべき真実への道のりが1つ1つ紐解かれていく。

 

「待って。じゃあスバルが……スバルがすごーく取り乱した時って、ひょっとして――」

 

「あぁ。丁度未来を見たんだだろう。スバルがレムとラムに殺された時の事を」

 

 納得いったのだろう、エミリアもレムも数度頷く。

 ベアトリスも顎に手を当て何かを考えていたが、特に発言するつもりはないのか口を閉ざし続けていた。……が、ラムは違ったようだ。

 

「お待ち下さいカリオストロ様。もし、もしもです。もしもレムがスバル様を殺めようとしたとしても、私が加勢する理由にはなりません。むしろ私はレムを止めるでしょう」

 

「まあそうだろうな、だがその時見たスバルの未来はこうだ。

 こいつはある日の夜に庭で1人で散歩していた。

 ……怪しまれてるスバルの単独行動だ。レム、お前ならどうする?」

 

「……当然、監視をします」

 

「だろうな。だがそこであいつが唐突に()()()()()。するとあいつの体から魔女の匂いが急激に強まる。お前はそれを見て何を思ったか分からないが、危険と判断してスバルを襲ったらしい。

 そしてスバルが死に掛けていた所を、異常を察知したオレ様がたまたま駆けつけ――

 ――逆に、レムを殺したんだとさ」

 

「――ッ」

「姉様」

 

 実際に起こった訳ではないが、最愛の妹が仮にも殺されることを快く思わなかったのだろう。

 ラムの顔がはっきりと怒りに歪み、(いさ)めようとしたのかレムが最愛の姉の服の裾を摘んだ。

 エミリアはカリオストロの発言が信じられないのか、悲しそうな表情を見せていた。

 

「ラム、お前は仮定の話でもレムが殺されることを快くは思わないだろう?

 それが実際に殺されたとしたら……お前の怒りはその程度で収まることはないよな。

 お前がスバルを殺すであろう事態はまさにそれだ。同じく異常を察知したラムはオレ様がレムを殺した所を目撃し、逆に不意打ちでオレ様を殺した。

 ……それでも怒りが収まらぬお前が弱っていたスバルに矛先を向け、殺した。それだけの話だ」

 

「……よく出来た話ではありますが、その力が本当かどうかは分かっていません。

 失礼ですが、貴方達が他陣営の内通者である可能性の方が十分高いように思えますが。

 魔獣を手引きし、こちらの評判を下げさせる。その方がまだ理解出来ます」

 

「普通はそう考えるだろう。だが、その理屈は穴がある。

 他陣営の差し金だとして、何故スバルはレムを庇う必要があった? 互いに面識もない関係だ。見殺しにすればいいものを、助ける必要はないだろう?

 それに、お前はあの怯えたスバルの顔を見たか? あの声を聞いたか? オレ様とエミリアが看病し続けてたが、あの取り乱しようが演技だとしたら天晴れとしか言いようがないぞ」

 

「……うん。私も看病して見ていたけど……スバルの表情はとても演技には見えなかったわ。それにパックでさえ、スバルを見て心が壊れかけてるって言ってたもの」

 

 エミリアもカリオストロの発言に同意すると、ラムは口を閉ざさざるを得ず。そしてそれを見たカリオストロは更に話を続ける。

 

「話を戻すぞ。スバルは未来を見通したとき、自分が衰弱死する未来を見た。そこまではいいな? 当初はスバルの話を聞いても原因が犬かどうかは分からず、あくまで可能性の一つだった。

 当然見えた未来はさっきの話もあったから、どちらも考慮しておく必要がある……故にオレ様は最善の策を取ろうとした訳だ」

 

「最善の策……?」

 

「そうだ。スバルが衰弱死した未来では屋敷に来てから4日目の今日、誰かが買い出しの為に出かける事は分かっていた。

 その未来ではスバルとレムが買い出しに出かけ、あいつは犬に噛まれたらしい。だからオレ様は今回、スバルを村に近づけさせない為にも出かける前に強制的に眠らせた」

 

「……それで、スバルのマナが弄られてたのね」

 

 未だに安らかな表情で眠り続けるスバルを、エミリアがちらりと見た。

 かちり、かちりとひとつずつピースが嵌まる音がする。

 だが、このピースが全て嵌まる時に完成するものはなんなのだろう?

 彼女には考えれば考えるほど良い物が出来上がらない気がしてならなかった。

 レムが続けてカリオストロへと質問を続けていく。

 

「理解は出来ますが……スバル様もその事実を知っているのなら、わざわざ気絶させずとも村に出かけなかったのでは」

 

「本来ならな。だが、原因はオレ様がある策をぽろりと伝えちまったせいだ」

 

 策とは一体なんなのか。

 他の一行が目線で先を促せば、カリオストロは嘲るように笑いかけた。

 

「天才のオレ様は無駄な工程を通りたくないんでな、あの犬が魔獣かどうか判断するために「レムに噛まれて貰う」と言ったんだよ。そうしたら()()()()()()()()()()()スバルが猛反対して何が何でも着いていくとごね始めた。だからしょうがなく強制的に眠って貰うしか無かったわけだ。

 ――全く、本当スバルのお優しさにはほとほと参っちまうよな」

 

「ッ!!」

「姉様!」

 

 食ってかかろうとしたラムをレムが腕を抱くようにして抑えた。

 彼女がカリオストロへ向ける表情はまさしく鬼気迫る物。もしも妹が抑えていなければ、多少なりとも手が出てしまっていてもおかしくない剣幕だった。

 

「カリオストロ様はレムで、レムで実験しようとしたと言うのですか!?」

 

「実験とは人聞き悪いな、ただリスクを減らしただけだ。

 わざわざ自分たちで危ない橋を渡る必要はないだろう?」

 

「何故、一言なりとも私達に報告をしないのですかっ!」

 

「言って信じるのか? 今でさえも話を信じきれてないっていうのに。

 お前達姉妹がオレ様達を信用していないのと同じく、オレ様達はお前たちを信用していない。

 第一、これは本来ならお前達が解決すべき話なんだ。むしろ情報を渡したオレ様達に感謝して欲しいくらいだし、オレ様達を巻き込んだ事に謝罪して欲しいくらいだ」

 

 怒りのラムに対し、カリオストロは愚者を諭すように、さりとて嘲りを含んだ声色でラムを説き伏せ、挑発に嫌悪を滲ませる彼女を鼻で笑った。

 ……そしてカリオストロの視線は、困惑するエミリアへと移る。

 視線のあったエミリアは身体を小さく震わせ、恐る恐るカリオストロを見つめ返した。

 

「か、カリオストロ……」

 

「……」

 

 エミリアは、カリオストロの行動が理解出来たが、納得は出来なかった。

 『スバルを護るために行動した』

 『その為にレムを犠牲にしようとした』

 

 自分も誰かを護る事に賛成だ。だが誰かを護る延長上で他の誰かを犠牲にするという発想は、一度も考えた事はなく。思い描かれているのは常に大団円。……未だ、大人にもなりきれない彼女はそれが当然だと思っていた。

 

「……そ、そうよ! カリオストロは全員が助かる方法を模索していたのよね?

 現に、治療法だって確保してたし……本当はレムで試そうとなんてしてないのよね?」

 

「……今回は、たまたま治療法があっただけだ」

 

「ううん、私には分かるわ。私を助けてくれたときもカリオストロは――」

 

()()()()

 

 静かな、しかし語気の強いカリオストロの一言にエミリアは咄嗟に口を噤んだ。

 

 

「……何か勘違いしてないか? 盗品蔵でオレ様が動いたのはスバルが死にかけたからだ。

 あれはお前のための行動じゃあない。お前は偶然、助かったにすぎない」

 

 

 息を飲む音。拒絶を含んだ言葉にエミリアは路頭に迷う子犬のように狼狽し……そして何かを堪えるように(うつむ)いた。カリオストロはそんな彼女にも目をくれず椅子からスバルの眠るベッドに移り、不遜(ふそん)かつ瀟洒(しょうしゃ)に座りこんで、一同に告げる。

 

「話は以上だ。信じろとは言わない、後は好きに判断しろ」

 

 それは、判断によっては武力を持って抗う事を辞さないという意思表示に他ならなかった。

 スバルに手を出そうとする存在を許さぬ、絶対的な守護者となったカリオストロは周りを強い目線で見渡す。一同は彼女の態度に思う所こそあったものの、その正論の前に何も言い返すこともできない。……それに、今はそれを咎めている場合ではないとラムは判断し、レムに語りかける。

 

「……レム。屋敷に来て早々だけど村までお願い。

 もしもがあった時を思うと、貴方の継戦能力の方が信頼できる。

 私は何かがあった時の事を考えて屋敷でベアトリス様と、エミリア様をお守りするわ。そっちの事もちゃんと視ているから」

 

「姉様……あまり目は……」

 

「ベティーを護るだなんて偉くなったものかしら、メイド。

 自分の身くらい自分で守れるのよ、要らない心配かしら」

 

「……待って、ラム。私も行かせて」

 

 俯いていたエミリアが顔を上げ、口を挟んだ。が、ラムは振り返ることもなく否定した。

 

「エミリア様。貴方に何かがあった場合、私どもはロズワール様に顔向けが出来ませんし、ひいては陣営にとっての大打撃になります。この問題は私どもが解決しますので……屋敷で大人しくしていてください」

 

「でも!」

 

 自分の居場所を求めて、役割を求めて何とか食い下がろうとするエミリア。

 だがそんな彼女に対するラムの反応は、あまりにも冷たいものだった。

 

「……厳しい事を言うようですが、行って何が出来るのですか?

 村では未だ貴方は受け入れられていない。むしろ、いたずらに村民を刺激するのが目に見えて居る筈です、それが分からない訳ではないでしょう? 

 ――頼みますから、どうか大人しくしていてください」

 

「……ッ」

 

 またしても拒絶。王として何かを為そうとしても、それを行うことすら許されずに行き場のない思いだけが溜まっていく――エミリアは力なく、部屋を後にした。

 次いでレムとラムが部屋から下がり、場にベアトリスだけが残された。

 彼女はベッドの上で未だ眠るスバルをじっと見つめ続けていたが、やがて目を逸らすと部屋から出ていこうと扉に手をかけ……ぽつり、呟いた。

 

「お前の話、にわかには信じ難いけど一笑するには余りにも場面が整いすぎてるのよ。

 ……もしかして、お前たちがここに来る未来もこいつには見えていたのかしら?」

 

「さぁな。第一それを聞いてどうするんだ?」

 

「……ふん。ただの、興味本位かしら」

 

 カリオストロを追求すること無く、彼女は何かを誤魔化すように静かに部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 二人きりとなった空間で、カリオストロは何をするでもなくベッドの上でスバルを見守り……体感で1時間が経った所でうめき声が聞こえてきた。

 

「……っ、ここは……屋敷? 屋敷!?――っぐあぁ!?」

「起きたか、馬――いっづぅ!!?」

 

 鈍い音が部屋に響き、両者の視界に満開の星が瞬いた。

 覚醒と同時に勢い良く身体を起こしたスバルの頭と、顔を覗き込んだカリオストロの頭が衝突したのだ。

 

「いで、いでえええ……ッ!! ま、まだ俺生きてるよ!? 生きてるけど犬に噛まれた、噛まれてたよな俺!? まだ死ぬまでリミットはあるよな!?」

 

「っく~~~~~~ッ!! テメェスバル! いきなり頭突き食らわせやがって! あぁ生きてるさ、呪いももう解除した! お前は晴れて4日目も越せる! 良かったな!?」

 

 頭部を抑えながら涙目になるカリオストロが、投げやり気味にスバルを祝福すると、同じく頭部を抑えたスバルも「マジ?」という呆け顔の後に布団に倒れ込んだ。

 

「……は、はは。俺生き残ったのか……よし、よしっ……ってよしじゃねえ! だとしたら今度は村がやばい! 特に子供達が危険だ!」

 

「――事情はもうエミリア達に説明した、今頃はレムが村に行ってる。

 だから安心しろ。お前の役目は終わりだ」

 

「説明って、……お前アレの事まで言ったのか!?」

 

 再度バネ仕掛けのように飛び起きたスバル。

 未だ頭部の痛むカリオストロはおでこをさすりながら驚くスバルに説明を加えた。

 

「ぼかしにぼかして、未来予知能力っぽい力がお前にあるって事を伝えただけだ。

 他の面々が納得しているかは別だが、お前の奇特な行動の辻褄が理解できたのか、割りと理解はしてるっぽいぞ」

 

「未来予知……? まあ結果的には未来予知だろうけどよ。それセーフなのか……っていうか奇特な行動言わないでくれますぅ!? 結果として奇特だったかもしれないけど、心は危篤だったんですー!」

 

 いつものように全力で突っ込むスバルを見て、からからとカリオストロが笑う。

 それはエミリア達に見せたものとは全く違う、気を許した相手にだけ見せる表情だった。

 ……やがて彼女は優しげな目から一転させ、鋭い眼差しを見せる。

 

「……しかし、さっきはよくぞ邪魔してくれやがったな。折角お前が助かり、謎も解ける最善の道を示そうとしたのに何であんな小娘に自分の命を張る必要がある? あぁ?」

 

「言っとくが、それについては謝らねえぞ。カリオストロのあの策は最善じゃねえ、ただただ効率的なだけだ。理由? 情にほだされたからだ。何か文句あっか」

 

 顔を近づけ凄むカリオストロを、スバルは怯む事無く真剣な表情で返す。

 その単純で、分かりやすい返答に舌打ちをし、カリオストロは更に詰め寄った。

 

「出会って一週間も経ってない奴にかぁ?……チョロすぎるだろお前。

 お前が死んで、毎回巻き込まれるオレ様の気持ちになってみろよ? えぇ!?

 第一、一度はお前を殺そうとした相手だぞ。アイツの本音も聞いただろ!? だってのに――」

 

「だってのに、俺はあいつらを助けたい。……今でもあいつらが襲ってくる光景は思い出せるさ。

 だけど、だけどだ。それ以上に一回目で見た、あいつらの笑顔が忘れられない。あの笑顔が嘘だとは、思いたくないんだ。

 ――巻き込んで本当に悪いとは思ってるけど、助けたい。けどその力も足りない、だからカリオストロには力を貸して欲しい」

 

「そんな身勝手な願い、オレ様が飲むとでも――」

 

「俺はこっちの世界でも悔いを作りたくない、作りたくないんだ! 頼むカリオストロ! あいつらを一緒に助けてくれ!!」

 

「……っ」

 

 言い切るとスバルはベッドの上で姿勢を正し……土下座をしてまで懇願(こんがん)し始めた。

 カリオストロが断じた通り、スバルのはただの自分本位な願い――だが、目的の為に……いや、人助けの為なら自らを顧みず、全力で事を為そうとする態度が、カリオストロにはある人物をたびたび想起させた。

 顔も、性格も、強さも全く違う筈のグラン。その実本質である極度のお人好しが変わらないからこそ、ダブって見えてしまうのだろう。

 カリオストロの心の葛藤が始まる。スバルを傷つけた責任もある。一考し、言われるがままに助けるか? それとも願いを断ち切り、リスクを取って関わらないようにするのか? 葛藤は逡巡(しゅんじゅん)では終わらず、やがて遅疑となり――

 

 

 ――不意に部屋の外から聞こえた、陶器か何かが割れる音が思考を妨げた。

 

 

 

「……今の、何の音だ?」

 

「分からねえな。花瓶かなにかが落っこちた音か? ちょっと見てくる」

 

 スバルに答えを告げる前に、胸騒ぎを覚えたカリオストロが通路を覗く。

 そこにはカーペットの上に散乱したティーセットの破片と紅茶の染み。そして胸を抑えて(うずくま)る、ラムの姿があった。

 

「っ!? おい、どうした!」

 

「何だ、何があったカリオストロ!」

 

「……っく、ふぅっ……ふぅぅっ、ふ……!」

 

 顔から脂汗をじっとりと流すラムの尋常ではない様子にカリオストロは駆け寄って身体を揺さぶり、声を聞きつけたスバルも慌てて飛び出してその様子を気遣った。

 顔色は青く、荒い呼吸を繰り返す彼女は二人に気付くと頼りなく立ち上がり、壁に手をつきながらも移動しようとする。

 

「……申し訳、ありませんっ、このような粗相を……ですが大丈夫です、私は行かなくては――」

 

「馬鹿、こんなの怒れるかよ。っていうか行くって……。

 こんな苦しんでてどこに行くつもりだよ?」

 

「……スバルの言うとおりだな。このまま倒れられても困る、今は早く休め」

 

「休んで何か、いられ、ませんっ!」

 

 見るに耐えかね、スバルが手を伸ばしてふらつくラムを支えようとするも、ラムはそれを振りほどき、睨み返した。ラムが見せる異様な剣幕にますます怪訝(けげん)そうにする二人の顔は、次の彼女の発言で驚愕に染まった。

 

 

「休んで、休んでなんかいられませんっ……! レムが、レムが今危険なんですッ!」

 

 

 




《千里眼の加護》
 自身と波長の合う存在の視覚に同調し、文字通りにはるか遠くまでを見通す力。
 アニメじゃ鷹とかの視界ジャックしてたり。ホークアイやんけ!
 ちなみにラムが使いすぎると体調が悪くなったり、本人の体質も相まって死にかけたりすることも。

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