RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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どうでもいいけどしばたたかせる。って言葉に違和感があります。


第二十九話 手に入れた安寧

 騒動を乗り越え、疲弊した一行がロズワールと共に徒歩で村へと戻れば、普段作業に従事している筈の村民がその場に見当たらない。どうやらエミリアの言い伝えを守って家の中で待機していたようだ。その様子を見ればエミリアが手を胸に当ててほっとし、スバルはそんな彼女を感慨深そうに眺めて頷いた。

 

「ふぅむ、どうやらちゃーんと言い伝えを守ったようだね。

 ……エミリア様。今一度彼らを呼んでも?」

 

「えぇロズワール。皆も不安に思っているだろうし、早く無事に終わったことを伝えないとね」

 

 ロズワールがエミリアに伺いたてれば、すぐさま控えていたラムが代わりに前に出て皆を呼びたてようとする。が、彼はソレを手で止めた。

 

「ロズワール様……」

 

「ラム。キミはこの戦いで体を酷使しすぎている。先に竜車で休んでいたまえ」

 

「いえ、この程度であればまだ……っ」

 

「ラム」

 

「……っ。……分かり、ました」

 

 主人の断固たる口調に、ラムは渋々と諦めて竜車へと先に戻っていく。

 カリオストロはこの一幕を意外そうに見ていた。ロズワールを良く知るわけではないが数千年に及ぶ経験上、彼のような人物は部下を駒のように使い捨てる傾向にあった。であるというのに部下を気遣ったのは、本当にラムを大切に思っている、情の深さがあるという事の証拠である。

 

(あるいは、この一幕そのものを俺たちへの外面的なアピールとしてあえて振る舞っているか。いや……考えすぎだし、今そんな事考えても仕方ねえ事だな)

 

「村の者達よ、ロズワール=L=メイザースとエミリア様が今帰還したぞ!!」

 

 そうこう考えている内にロズワールが両手をあげて村の隅々まで聞こえる声を高らかにあげた。その声量はまるで拡声器を使っているように大きく、カリオストロはそれが魔法によるものだと即座に見抜いた。

 そして彼の声に呼応して村人達が窓や扉から顔を続々と覗かせ、全員がぞろぞろと村の広場、ロズワールの元へと集まっていく。村人達は領主の存在に幾分か安堵した様子を見せているが、続く内容が良い報せか悪い報せかが分からず不安を表に出してざわめいていた。

 

「ロズワール様」「ロズワールさま」「ロズワール様だ!」

「エミリア様もいるぞ」「あの人間も」「ラムさんは!?」

「ラムさんがいない」「魔獣はどうなったの?」「お母さん、ロズワールさまだよ!」

 

 集まった村人が一様に憂苦を曝け出せば、ロズワールは手を数度叩く。

 するとどうだろうか、村人達はすぐさま口を閉じて傾聴し始めた。

 

「村の者達よ。安心するがいい! 此度の私の留守を狙った魔獣による襲撃は無事に解決した!」

 

 厳とした声が人々に浸透すれば、途端に村人たちから不安の表情が消え去り、全員が顔を明るくさせた。

 

「皆も存じているかもしれないが、それもこれも全てはこちらにいる者たちのお陰である!

 エミリア様、パック様。我が従者であるラム。

 そして、客人であるスバル君とカリオストロ君。

 改めて私から、そして村民からの皆の感謝を受け取って欲しい!」

 

 前に出て話していたロズワールが手を鷹揚に広げてその場から横に移動すれば、村人達の視線がスバルたちに晒され、直後一行は村人たちの歓声を浴びることとなった。

 

「「「「うおおおおおおお!!!」」」」

「ありがとう!」「ありがとう!」「ありがとー!!」

「ってことはラムさんも無事なんだよな!?」「さっきラムさんの姿見たよ!」

「レムさんも無事!?」「兄ちゃん、なかなかやるじゃねーか!」「エミリア様も頑張ってくれたのね」「カリオストロちゃん!」「あいつすげーんだな……」

 

 わっとした歓声に瞬く間に包まれれば、エミリアとパックはぺこりと頭を下げ、カリオストロはふん、と鼻を鳴らす。ただスバルだけは照れよりも驚愕が大きいのか、まるで未だ状況がよく掴めていないという感じの顔を見せていた。

 

「な、なんかこう……むず痒いっつーか実感沸かないっつーか……。

 でもこれで、屋敷に関わる問題は全部……終わったんだよな?」

 

「屋敷に関わる……? スバルったら変な言い方をするのね。

 でもでも魔獣騒ぎについて言えばもう終わったと思うわ」

 

「魔獣は数え切れないほど倒したし、全員欠けること無く生還! コレ以上無い勝利さ。これならあのメイドの子もきっと生きてると思うよ。……そして、この勝利にキミの貢献は欠かすことは出来ないとボクは断言できるね。こればっかりは誇っていいいんじゃないかい? スバル」

 

「おーやおや、スバル君もどうやら大活躍だーったようだねぇ。

 コレは屋敷に戻ったら是非にとも武勇伝を聞かせて貰いたいものだね」

 

 三者三様の言葉を受け止めれば、ようやく実感が湧いてきたのか。

 スバルはくぅ~っ! と小さく唸りながら身を縮めていき、

 

「びぃぃぃぃくとりぃいいぃ――――っ!!!」

 

「うわっ」

 

 大仰に。いや、本心からの喜びを全身で余すことなく表現しようと両手を挙げて村人へと笑顔を見せた。村人はその声の内容自体は分からないが、スバルの満面の笑みを見て更にやんややんやと歓声をあげて、エミリア達一行を讃えた。

 その後、テンションの上がったスバルがエミリアの手を取って一緒に両手をあげて「ビクトリー!」といわせる一幕があったが、直後調子に乗りすぎるなとカリオストロに背中を強めに叩かれ、続く彼女の一言ですぐ様冷静を取り戻す事になる。

 

 

 小さな錬金術師曰く。

 

「何でレムが無事だと決め付けていやがるんだ」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「すっかりはしゃぎすぎたけどレム! そうレムだよ!」

 

 カリオストロの鶴の一声で一路、村から屋敷へと向かう一行。

 スバルは今や冷静を取り戻すどころか顔を青ざめた様子で、竜車から顔を覗かせて屋敷への到着を今か今かと待ちかねていた。

 

「スーバル君、窓から顔を出すのは危ないよ。

 風除けの加護から出てしまうとたちまち吹き飛んでしまうかーらねぇ」

 

「けどこんなのじっとしていられないだろ!?

 くそ、何で浮かれてたんだ俺は……っ!」

 

 我慢できないと言った感じで竜車の中で片膝を揺らしながら呟くスバルに、同乗するカリオストロはやれやれと言った感じで窘める。

 

「がなるんじゃねえよ。結果はあと数十分ほどで分かる。勝利の余韻に水差したオレ様の言う台詞じゃないかもしれないが、万が一があるってだけで、ほぼ大丈夫だろう。――いや、万が一ってのは正確じゃあねえな。精々千が一、いや、百が一の方が正解か?」

 

「それ、どんどん確率上がってない?」

 

 真面目そうに呟く彼女の発言にエミリアが突っ込み、スバルの膝は更にビートを刻み初める。

 パックは流石に貧乏ゆすりをうるさく感じて来たか、「うるさいよスバル」と注意すれば、一旦竜車の中に沈黙が降りる。

 ……そして少し重苦しくなった空気の中、エミリアが少し落ち込んだ様子で話はじめた。

 

「でも……うん、カリオストロが忠告してくれて助かったわ。

 私も肝心のレムの事も忘れて、完全に勝った気でいたもの……これじゃ領主なんてまだまだね」

 

「いや、でも無理はないって俺は思うぜ!? 実際俺たちがした事はそれだけ凄い事だし、結構な綱渡りな一面もあったけどそれでも成し遂げた。

 勿論レムの事を忘れてなんてなかったけど、ソレ以上に喜びが強すぎた……! 

 はしゃぎすぎた一面は……まあ、反省しなきゃだけど……」

 

 エミリアを擁護したスバルがちらりと視線をずらせば、そこには優雅に腕を組んでいるロズワールの姿があった。彼は取り立てて慌てている様子もなく、自然体そのもの。スバルと視線があってもにこりと笑いかけるだけで、どうにも余裕があるように見えた。

 

「……なんつーか、ロズっちは余裕……いや冷静だな?」

 

「領主たるもの常に冷静でいる必要があるからねぇ」

 

 上に立つものとしての覚悟の差か、ロズワールは冷静沈着。柔らかな態度を崩さずにスバルへと受け答えをする。

 こういうのは長年責任ある立場として居続けた経験が物を言うんだよ、と説明する彼にスバルはふーんと頷くが、直後パックが茶々を入れた。

 

「冷静、っていうより絶対大丈夫だと思ってるような感じもするけどね~。

 ちなみにボクも同感さ。絶対。間違いなく。多分。……恐らくは、大丈夫なんじゃにゃいかな~」

 

「だからどんどん確率下げる発言やめろよな、ぞっとする!?」

 

 パックの冗談とも思えぬ冗談とスバルの反応に、軽い笑いが車内を満たす。

 その中でただ一人、カリオストロだけが、今の発言に思う所があるのか笑っていなかった。

 

(絶対大丈夫、ねえ)

 

 パックはある程度心を読むことが出来る。その彼が言うのだ、ロズワールは無事であることを確信している。しかし何故無事であると言い切れるのか?

 屋敷に偶然招いた自分たちの力に、そしてエミリア、ラムの力にそこまで信をおいているのか?

 留守中の話を今詳しく聞こうともせずに、これだけ落ち着いていられるには何らかの別の理由があるのではないのだろうか?

 

(例えば、留守中に何が起こるかを理解していた……とか。

 それが分かっていて放置して、自分たちを動かしたとか。

 はたまた、自作自演でのエミリアの株上げとかか?)

 

 自分の髪を一房持ち上げて手の平で弄びながら、カリオストロは内心で自嘲した。

 

(――はっ、どんだけオレ様は疑ってるんだ。

 理由がないし、デメリットが大きすぎてメリットがないだろうが。

 ……どうにもこの世界に入ってから疑心暗鬼になってしまいがちだな……全く)

 

「お、屋敷が見えたみたいだぞ!?」

 

「お客様、危ないので座っていて下さい。本当に落ちます……あら?」

 

 ちなみにだが、皆が乗る竜車の手綱を引くのはラムである。

 本来なら席に座って安静にするべき彼女だが、せめてコレだけでもさせて欲しいとロズワールに懇願し、今に至っている。そんな彼女は御者席から何かを見つけたようだ。

 

「……レムね」

 

「それと、ベアトリス?」

 

 ひょっこりと窓から顔を出したエミリアが覗き見れば、屋敷の入り口前で二人が喧々囂々と言い合っており、更によく見ればレムは寝間着姿のまま外へ出ようとし、ベアトリスはそうはさせじと彼女の服を引っ張っている様子が目に入ってきた。

 

「――いかせないかしら! お前はあいつらが戻るまで禁書庫で待つのよ!

 お前の呪いは既に消えているからきっとあいつらは上手くいったのかしら!」

 

「いえ、いいえ! それでもここでじっとしている事なんて出来ません!

 ベアトリス様どうか離して下さい、私なんかの為に姉様やエミリア様達にもしものことがあったら、レムは、レムはロズワール様にも、ましてや自分にも顔向けが出来ません……っ!」

 

「聞き分けのないメイドなのよ! 交わした契約は絶対!

 こうなったら意地でもお前を戻してやるかし――ほら、戻って来やがったのよ!」

 

 ずりずりとレムに引きずられながら窘めようとするベアトリスだが、ようやく近づいてくる竜車に気がついたらしい。一行を指させば遅れてレムも気づく。そして彼女は抵抗を止めれば一行を、特に御者に座るぼろぼろのラムを見て瞳を潤せはじめる。

 

「姉様!」

 

 屋敷の前に竜車が止まり、ラムが御者席から降りるなりレムが思い切り抱きついた。

 ラムはそんな妹の行動を拒むこと無く受け入れ、優しい笑顔を讃えながら背中を撫で返す。

 ……遅れてロズワール達が竜車から降りた事で、その表情は慌てた物に変わったが。

 

「ろ、ロズワール様申し訳ありませんっ!」

 

「いーやいや、いいさ。二人共心配で気が気でなかったよーぅだしねぇ」

 

「実際感動の再会だもんね。ほら、いった通りだろう?」

 

「本当、良かったわ」

 

「はぁぁぁぁー……いや、まじで肩の荷が降りたわ。良かった良かった」

 

 この場に居るほぼ全員が安堵の表情を浮かべて肩を撫で下ろし、微笑ましい二人の様子を見て和む。ベアトリスも敬愛するパックが帰って来て嬉しいのか、ととと、と近寄るとパックを抱きかかえてくるくると喜びを表現した。そんなマイペースを地で行く彼女に、カリオストロが近づいて小声で問く。

 

「で? 感動のあまりに抱きついてるあの妹、実際のとこどうなんだ?」

 

「……何だ、お前も戻ってきてたのかしら。ベティーの感動に水を注さないで欲しいのよ。

 まあ見ての通りかしら。アイツからもう呪いの反応はないのよ。

 それでお前たちの作戦の方は――言わずもがなかしら」

 

「まあな」

 

 どうやらレムの呪いは全て消えているようだ。

 その言葉を聞いて初めてカリオストロは息を1つついて、二人を眺める。

 レムは今もラムに抱きついたまま肩を震わせており、ラムから離れようとはしていない。

 その様子を全員で生暖かな目線を向けて眺めていたが、その中でロズワールが手を叩いて全員の注目を集めた。

 

「さぁーて、思うところも色々あるだろうが。

 まーずは皆、体を休める事を初めてもらおうかーねぇ。……それでレム、体の方は」

 

「申し訳ありませんでしたロズワール様……っ!

 はい……っ、レムは……レムはもう平気です……っ!

 皆さんのお陰で、レムは……っ、でもレムのために、レムのためにこんな……っ!」

 

「レム。レム……そんな卑下なんてしないで頂戴。

 皆様は私達のためにも動いて下さったのよ。その好意を蔑ろにする発言はしてはいけないわ。

 ――さぁ、大丈夫だから少し離して頂戴。

 ロズワール様がおっしゃっていたでしょう? エミリア様やお客様を休ませないと……」

 

「はい、はい……っ、全てレムに、レムに任せて下さい姉様……っ!

 お客様、ロズワール様にエミリア様、お怪我などは……?」

 

 感情の収まらぬレムはぐすぐすと鼻を鳴らしながらも一旦ラムから離れると、寝間着姿のまま一行へと向き直る。一行は誰かが怪我したか、ときょろきょろと自分たちを見回し――やがてその視線は一つに収束していった。

 

「俺か!? いや、確かに怪我したけどさっきカリオストロに直して貰ったばっかりだし」

 

「外傷だけで中はどうか分からないでしょ?

 少なくとも私はただ疲れただけだから、念のためレムに看てもらうべきよ」

 

「あー……じゃ、じゃあお言葉に甘え……へっ?」

 

 エミリアがそう諭したが最後、レムがスバルの手をがしりと掴み、驚くスバルを無視してずるずると屋敷の中へと引きずっていく。

 

「分かりました、お任せ下さい!

 不肖レム、姉様とお客様の傷を診させていただきます!!」

 

「力強っ!? いや、ちょっと待って行くって!

 別に行かないとは言ってないから!? 引きずらなくていいから!?」

 

「……お客様、諦めましょう。今のレムのはりきりは誰にも止められないわ。

 ロズワール様、大変恐縮ですが今日はご厚意に甘えさせて頂きます」

 

「うんうん、ごゆ~っくりと。報告はエミリア様に聞かせて貰うよん」

 

 ぺこり、とラムも瀟洒にお辞儀を返すと、レムの後に続けて屋敷へと下がっていく。

 その様子を見ればその場に残された者たちも順次、改めて行動を開始していく。

 

「さーて、戻りますか」

 

「……やれやれなのかしら。

 契約も無事終わらせた事だし、ベティーも書庫に戻るのよ。

 あ、にーちゃも一緒にどうかしら? 美味しいお茶とお菓子を用意してるのよ」

 

「ん? そうだね~、じゃあお言葉に甘えようかな!」

 

「わーいなのかしら~♪」

 

 ベアトリスはお花畑が後ろに見えそうな可憐なステップで、パックを抱えながら自室へと向かっていった。普段からは想像出来ぬ程の猫撫で声を見せるベアトリスを見て、猫被りすぎだろうと自分の事を棚に上げた感想を思い浮かべるカリオストロ。そんな彼女の肩をエミリアがぽんと叩き、振り返った所でふわりと笑みを見せた。

 

「カリオストロ、早く戻りましょ。

 私達も一緒にお茶でも飲むのはどうかしら?」

 

「……ロズワールとの話はいいのか?」

 

 カリオストロがそう問いかければ、ちらり、とエミリアはロズワールを覗き見る。

 するとロズワールは軽く肩をすくめて頷いた。

 

「ですって」

 

「……いいのかよ」

 

「帰路の途中で大体のあらましは聞いているかーらねぇ。

 事の詳細についてはまーた休憩後にでも聞かせて貰うとするよ」

 

 だから存分に休み給えよ、と爽やかな態度で二人に話しかけたロズワールは手をひらひらとさせながら先に屋敷へと戻っていき、エミリアは嬉しそうにカリオストロの背中を押しながら屋敷の中へと移動する。

 

「わーった、分かったから押すなって」

 

「カリオストロも疲れたでしょ? 私もレムみたいに労ってあげたいの!」

 

「労うって、お前も功労者の1人だろうが……」

 

 カリオストロは押されながらも満更でもない様子で客室に誘導される。

 そこにある高級そうなソファは今の疲弊した彼女らにとってはとてもとても魅力的に見え、二人で流されるがままに隣り合わせで座り込めば、体をふわりと柔らかな羽毛のクッションが包み込み、二人共声が漏れ出てしまう事になった。

 

「はぁー……流石にちょっと疲れちゃったわね」

 

「ふぅー……全くだ、まさかちょっと泊まっただけでこんな騒ぎになるなんてな」

 

「あう……その、面目ございません」

 

「別に()()()()怒ってはない。

 単純に巡り合わせが悪かったって考えてるし、お前に沸くのは同情くらいだ。

 これからもこういう嫌がらせめいた物が降りかかってくるんだろ?」

 

「……うん。多分」

 

 今回の件が妨害なのは既に明白。

 騒動の主犯格であろう、あの青髪の少女メィリィは既に姿を晦ませていた。

 騒動そのものは抑えることは出来たが、彼女を捕らえることが出来なかったのは痛い。

 ――もしかすれば潜伏し、今後も同じ妨害が考えられるかもしれない。だがその対策を考え、実行するのは最早自分の仕事ではない、とカリオストロは考えていた。

 既に食客としての待遇を受けているが、短い間で与えた恩は盗品蔵騒動を考えればかなりのものになっている。今後どれだけこの屋敷に厄介になるかは分からないが、カリオストロがその事実を他人行儀気味で告げたのは、「こう言う騒動はこれっきりで御免だ」という意味に他ならなかった。

 エミリアもソレが分かっているのか少し寂しそうに呟き返す。が、直後お前には? と言う言葉の意味に疑問を浮かべる。それでは自分に怒っているのではなく、別の人に怒っているように聞こえるが一体誰に? エミリアが顔を覗き込めば、彼女はフン、と鼻を鳴らした。

 

「怒ってるのは主に自分……そしてスバルに対してだ」

 

「カリオストロ、とスバル?

 カリオストロはでも、上手く魔物は倒してくれたわ。そりゃ倒す方法は少しは驚いたけれども……。それにスバルのお陰で私達は助かったわ。本当よ! スバルの切っ掛けがなかったら私たちはきっと全滅してたわ!」

 

 今回の功労者であるカリオストロとスバル。

 カリオストロは皆を驚かせる一面があったが確実な作戦で強力な魔物を撃退した。

 スバルは確かに少し無謀な動きもあったが、その行動は勇敢かつ立派なものであり、褒めこそするが叱るのは違うとエミリアは擁護する。

 だがカリオストロはそんな擁護を違う、とばっさりと切り捨てた。

 

「第一に、オレ様は自らの囮作戦が浅慮だと怒ってはいない。

 第二に、スバルのソレはさっきも言ったが結果論にすぎない。

 偶然綱渡りが成功し生き延びただけ。

 成功自体は喜ばしい事だろうが、今後はあってはならない例なんだ」

 

「でも……」

 

「……エミリア、お前は王を目指すんだろう。

 王になって、お前が取る策全て一か八かの破れかぶれだったら国民はどう思う?

 全部上手くいくならいいだろう、ただ上手くいかなかったら全滅を蒙るんだ。

 誰がついていきたいと思う?」

 

「う……」

 

「策って言うのは本来は、一か八かの賭けになっちゃいけないんだ。

 だから生か死かという選択肢になったら、オレ様はかまわず逃げろと言った。

 なのにだ、あいつはあろう事か突き進みやがった。ソレが正しいと言わんばかりに」

 

 スバルの行動原理は突き詰めれば英雄願望だ。

 だが彼自身はその願望を叶える力を所持していない。

 出来るのは無謀と無知から来る破天荒な行動。ただそれは、所詮「匹夫の勇」に過ぎない。

 更に言えば死に戻りがあるせいか、本人は自分の命を軽視しているきらいがある。

 優先順位を自分より他人を高く据え、ただ他人の役に立とうと成功しか見据えずにただ闇雲に動く。ソレは狂信者の行動と何も代わらない。

 そんな彼の悪癖はカリオストロが再三の忠告をしたというのに治ることなどなかった。

 

 

 故に怒る。

 

 

 いち強者としても。

 いち監督者としても。

 この世界での運命共同体として怒る。

 

 言う事を聞かずに増長するスバルに。

 そして何よりも彼への負い目から、ついつい手を貸してしまった自分に。

 

 

 今後も同じような事を繰り返せばいつか、必ず、手痛いしっぺ返しが待っている。

 それがどんな物かは分からないが、きっと本人にとっても、そして周りの人にとっても致命的な何かになるのは間違いなかった。

 

「いいか、今回の件でスバルが天狗になってるのは違いない。

 だからあんまりあいつを調子に乗らせるような発言は控えろよ、エミリア」

 

 ソファに体を預けながらどこを見るでもなく忠告するカリオストロを見て、エミリアはくすり、と苦笑で返答した。よもやのエミリアの反応に、カリオストロは怪訝そうに彼女に顔を向ける。

 

「なんだよ?」

 

「んーん。カリオストロったら本当にスバルの事を大切に思ってるんだなって」

 

「はぁ!?」

 

 エミリアの結論は不意打ちとなってカリオストロに刺さり、思わず声が飛び出す結果になった。

 何をどう考えたらそんな結論になる!? と慌ててしまう彼女にエミリアが懇々と説く。

 

「だって、話を突き詰めたらスバルに死んで欲しくないって事でしょう?」

 

「今までの行動でもそう。カリオストロはずっと、ずーっとスバルの事気にかけてる。

 全部が全部スバルのために、スバルのためにって」

 

「言っちゃ変かもしれないけど……カリオストロがお母さんで、スバルがその子供って感じがするの」

 

 カリオストロの方が小さくて可愛いのにね。とくすくす笑うエミリアに、

 カリオストロは顔を赤くして口をぱくぱくするしかなかった。

 

「べ、別に心配とかそういうのじゃなく、オレ様はオレ様の為に仕方なくだな……!」

 

「はいはい、そう言う事よね。自分の為よね」

 

 エミリアに生暖かな目で見られて頭を撫でられれば、もう赤面は止まらない。

 最早何を言ってもそうとしか聞こえず、カリオストロはソファの上で無言で体を反転させてエミリアから顔を見えないようにすると、彼女の足を自らの小さな足でぺしぺしと蹴った。もうそれぐらいしか抵抗のしようがなかったのだ。

 

「……!……!」

 

「あいた、降参。降参です」

 

 天才美少女錬金術師の制裁劇はエミリアが音をあげるまで続き、やがてソレが終われば沈黙が客室に沈黙が降りる。先程の一幕でちょっと微妙な空気になってしまい、エミリアは弄った手前どういう話をしようか考えてたところで、ぽつり。小さく声が聞こえた。

 

「……もう終わったんだよな」

 

「え?」

 

「騒動。犬は撃退したし、レムも助けた。ラムもエミリアも無事で、スバルだって生きてる。

 ……これで全部厄介ごとは片付いたんだよな」

 

 唐突な質問にエミリアは目をしばたたかせるが、意図を理解すると柔らかな笑みと共に首肯した。

 

「カリオストロまでスバルみたいなことを言うのね。

 ――えぇ、スバルと、それにカリオストロのお陰でみんながみんな助かったわ。

 本当に感謝してる。ありがとうカリオストロ」

 

 体を背けているためカリオストロの顔を見ることは出来ないが、その言葉を受けて彼女はこくりと頷き返したのが見えた。……だがそれ以降、彼女からの返答はなくなった。ただ規則正しい、小さな呼吸が聞こえてくるのみ。

 

「……カリオストロ?」

 

 覗き込めば、カリオストロは目を瞑ってあどけない様子で眠っていた。

 エミリアには分かる筈もないが、繰り返される屋敷の日々で実質、不眠不休で情報を探り、動き回っていたのはカリオストロだ。ろくな休憩も取らずに精力的に動き続け、今、解決に至ってようやく緊張の糸がここで途切れたのだ。最早エミリアの声も聞こえない。ただ体が回復を求めて、全身で休息を取っていた。

 

「……」

 

 エミリアは本人を起こさぬように、ブランケットを肩までかけようとして……ソレをやめ。自分も詰めるようにして隣に座れば、カリオストロにも自分にもかかるようにブランケットを被った。

 

 

 

「――お疲れ様。本当にありがとう、カリオストロ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入りたまーぇよ」

 

「失礼します、ロズワール様」

 

 夕日差し込む執務室。ノックの音に反応したロズワールが声をかければ、メイド服に着替えたレムがいつもと変わらぬ態度、姿勢で一礼して入室する。

 その一挙一頭足がいつもより活力溢れるように見えたのは、先刻の件があってはりきっているせいか。そんな事を考えながら、ふとロズワールは疑問を浮かべる。数時間後に報告に来るといっていたエミリアが同伴していないのだ。

 てっきり同伴して来ると思った彼はそれを尋ねた。

 

「おーやぁ、エミリア様は?」

 

「あ、その……エミリア様は実は……今は、お休みになられています」

 

「……怪我でもしていたのかい?」

 

「いえ。そういう訳ではなく……」

 

「?」

 

「……カリオストロ様と、隣り合わせで幸せそうに眠っておられます」

 

「――あぁ。起こすのに忍びなかったって感じかねぇ」

 

「言いつけも守ることが出来ず申し訳ありません。

 ただ、実際疲労しているのは確かだと思い……」

 

「そーぅだねぇ。良い判断だよレム」

 

 二人が仲睦まじく眠っている様子は、なぜだか二人の間柄を詳しく知らぬロズワールでも容易く想像出来た。詳しい報告は確かに欲しているが、彼、ロズワールにとっては火急に知りたい要件ではない。今は後回しにしてもいいと判断してそれよりも知りたい内容を尋ねる。

 

「では、スバル君やラムは大丈夫かい?」

 

「あ、はい。スバル様については問題はありません。

 本人がカリオストロ様の治療を受けていたと言っていたように、目に見えた外傷もありませんでした。ちょっと疲労が残っていた程度でしょうか。……ただ姉様が」

 

「……」

 

 続けて、と無言で頷くロズワール。レムは一旦間を置いて一息に告げた。

 

「姉様は……どうやらボッコの実を食べて限界までゲートを酷使してしまったようです。

 現状は疲弊だけで済んでいますが……今まで以上にマナの巡りが不安定になっているのは間違いありません。詳しい事はこれ以上は分かりませんが、至急医者に見てもらう必要があると思います」

 

 一人で魔獣の群れ相手へ戦闘を仕掛け、そして連戦に続く連戦を騙し騙し続けていたラムは、本来なら途中で倒れてもおかしくないほど疲弊していた状態だった。だというのに最後まで精神力だけで持たせていたのだ。それはひとえに忠誠心が為せる技か、はたまた妹への愛によるものか。

 ただその代償は決して小さいものではなかった。

 日常生活はともかくとして、今後、魔法を用いた戦闘を行うとなれば今以上に動きが制限されるであろう事は間違いなかった。

 ロズワールは椅子に座りながら少しの間瞑目し、やがてゆっくりと目を開けて答える。

 

「……そーぅかい。残念だ。

 であればすぐさま、選りすぐりの医者を呼び寄せないとねえ。

 スバル君の心も回復したように思えるが、一度は見せて置く必要があるだろうし」

 

「感謝します、ロズワール様」

 

「なーになに、報告ご苦労レム。 ――あぁそうそう」

 

 その言葉を区切りに、レムは一礼して部屋を去ろうとする。が、その直後にロズワールが彼女を呼び止めた。彼は自らの机の上に置かれた小さな書類の束を取り、手慰みに軽く捲り上げては手を離すことを繰り返す。

 

 

「今回の件の詳細とは別に、カリオストロ君と二人で話したいんだ。

 夕飯の後でいい、呼んでくれても構わないかね?」

 

「畏まりました」

 

「頼むよレム。何せカリオストロ君が望む情報が手に入ったんだ。

 是非とも伝えなくてはねーぇ」

 

 

 ――その書類の表紙には「空に浮かぶ鎧についての報告書」と書かれていた。

 

 




くぅ~、疲れました!これにて二章は終わりです!

当初のプロットからガンガン外れていった二章ですが、如何でしたでしょうか?
個人的な欲望をつめつめしていって、自己満足な展開も割りと多かったかなと反省は多々あったりします。でも原作じゃ二章で空気だったエミリアたんとか多めに活躍させられてオイラ満足です。(自己満足)
一番の懸念事項は皆さんが納得出来るような可愛いカリオストロが描けたか?ですがね……オイラのおっさんは何時見てもただのおかんにしか見えなくて、皆さんのご希望に添えたかが不安です。(震え声)

しかし去年の9月位からせっせと書いた拙作ですが、「これはエタりますわ…モチベががが」などと考えて居ましたが何とか進められるものだと今更ながら驚愕しています。
ここまで書けたのはひとえに読んでくださった皆様、そして評価してくださった皆様、誤字報告をして下さった皆様、更に更に感想を下さった皆様のお陰でございます。本当にありがとうございました!!

次は幕間話をせっせと書いていって、ソレが終わったら次の章書いて行きます。
次章は原作寄り?なにそれ美味しいの?って感じで初っ端から乖離していくと思うのでご注意くだしあ。(震え声)
まだプロット作製段階なので結構先の話にはなると思いますが。ではでは~。









あ。そうだ。(唐突)
とりあえず纏め的な現状での原作との乖離点をここに記載しておきます。

【乖離点】
・スバルのケータイがフェルトに渡されてる。
・スバルとレムラムの関係が客人と使用人の関係のまま。
 (尚後日談でスバルは働かせますので、その時にはいつもの関係に戻ります)
・スバルが魔法を覚えていない。ゲートも損傷してない。
・ラムが代わりにゲート損傷してる。
・レムのスバルへの好感度が原作よりちょっと低め。
・レムのラムへの愛情道が原作より大分高め。
・スバルの村人達との親密度が原作よりちょっと低め。
・エミリアの他者への依存度が割りと高め。自信も高め。
・ロズっちの怪しさが原作よりちょっと低め。
※そもそもカリオストロが居る事が一番の乖離点ですけどね!!

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