RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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ぱーちー回。
展開に起伏がなくてすまねえ……すまねえ。


第三十四話 午後八時の鐘の音

「あー。ここか」

 

「んん?」

 

 メイザース領から出発した二台の竜車のうち、一台。

 カリオストロとスバルが乗った竜車で、ふと少女が呟いた。

 朝に出発して約1日半かけて窓から見えてきたのは黄昏時の中に佇む、自分らが住まう屋敷よりも幾分小さな、それでも巨大で華美な屋敷。そんな屋敷を眺めているカリオストロの意味深な発言に、スバルが反応した。

 

「……ここに来たことあるのか?」

 

「ある。この世界に来て1回目にラインハルトに遭遇してな。

 行く宛ないって言ったら自分の屋敷にどうぞって言ったもんだから、ここに泊まったんだよ」

 

「へぇ~、初対面だって言うのに優しいな。

 まーでも見捨てるラインハルトってのも想像出来ないか」

 

「確かにラインハルトが優しいからってのもあるけど~☆

 多分本当の理由はカリオストロがこんなにも可愛いからだと思うよっ☆

 世界一カワイイんだもの、誰だって泊まらせたくなるよねっ☆」

 

「……素直に認めたくねえ! 何か認めたら負けな気がする!」

 

 天真爛漫の笑みとぶりっ子ポーズを見せるカリオストロの可愛さは確かに自他共に認めるモノではあったが、常日頃カリオストロと過ごしていたスバルはソレを面と向かって認めたくはなく、大仰に頭を抱えるポーズを取った。

 

「普通に認めちゃえばいいのに、このこの~☆

 ――ま。2割くらい冗談だとして……実際はオレ様の異質に気付いたからだ」

 

「(8割方本気かよ……)異質? 発言から天才だとか錬金術師だって気付いたとか?」

 

 ごとごとと小さく揺れる竜車の中、腕と膝を組んだカリオストロは窓を見ながら続けた。

 

「人から逸脱した存在だって事を、ひと目で気付いたんだとさ」

 

「いや、そりゃカリオストロは人間離れした力は持ってるけど……何か滲み出るオーラでも感じ取ったって事か?」

 

 腕を組み唸るスバル。実のところ、彼はカリオストロが何度も体を練成して数千年生きながらえている事を知らないし、カリオストロも聞かれてない以上教えていない。

 それは不必要に情報を与える事がいつ致命的な事態を招くのかが分からないと言う考えからで、現状スバルのカリオストロへの認識としては、『凄腕の錬金術師であり、とてもとても強い』程度に収まっている。無限コンティニューが出来るのも自分だけだと、そう考えている。

 

 

 彼女は「まあそんな感じだ」と発言をはぐらかすと、丁度屋敷内に侵入した竜車は速度を落とし、やがて大きな扉の前に止まった。

 

 

「っと、到着か。…………あー、何かおかしいところ無いよな? カリオストロ」

 

「ん~、しいて言えば顔が生理的に受け付けない事かなっ☆」

 

「身体的特徴以外で頼むわ!?」

 

 慌しくも取り出した櫛で自身の髪をしきりに直したり、服の着付けをチェックするスバルと、落ち着いた様子のカリオストロ。二人が戯言を交し合っていれば、やがて執事服の老齢の男性が竜車の扉を開け、二人はそれに倣うように降り立った。

 

 

 いつもの黒髪をジェルで固めてオールバックにしたスバルは、その身に黒のタキシードを纏っており、仕立てしただけあって彼の長身にフィットしているのが見えた。

 ひと目見る限りでは非常に様になっていると言ってもいいだろう。だがよく見れば若干顔が強張っており、その動きは固く、緊張している事が一目瞭然であった。

 

 一方スバルの後に降り立ったカリオストロはと言えば、いつもの錬金術師の服ではなく、フリルをふんだんに使った鮮烈な赤色のドレスを身に纏っていた。

 肩まで下げていた後髪は黒のリボンで纏められ、右片側のもみあげはカールさせている。更にただでさえ整っている顔には派手になり過ぎない程度の薄化粧が施され、彼女の可愛さはより際立ったものへと進化。そこに降り立った彼女の立ち振る舞いと、見る物を魅了する美貌と蠱惑的な表情がブーストする事で、もはやある一国のお姫様と形容しても良いほどの雰囲気を醸し出していた。

 

 

「ふふ、スバルったらすっごい緊張してる」

 

「そういってくれるなよエミリアたん、こんなパーティに呼ばれた事なんか生まれてから一度も無いんだからさ」

 

 声をかけたエミリアに振り返り、スバルが相好を崩した。

 スバルが見たエミリアはと言うと、初雪を思わせる純白のドレスを身に包んでおり、その上から纏う白のレースは霧のよう。足首まで届くスカートにはスリットが入っており、彼女のシミひとつ無い脚がちらりと見えていた。

 いつも身に着けている胸元のパックのマナ結晶はそんな彼女の服装に良くマッチしており、また頭部の後ろで三つ編みにした髪を流し、前面部は紫の蝶のピンで留め、いつも以上に綺麗な顔を白日に晒せば、子供らしさは鳴りを潜め、大人の雰囲気がそこに現れていた。

 

「緊張するなとは言わないけれどせめて背筋を張りなさいバルス。

 そして、失礼な発言、行動は絶対に控えるのよ。

 ここでの貴方の粗相は、ロズワール様の、ひいては陣営の評判を下げると知りなさい」

 

 エミリアの横に立つラムはと言うと……彼女はいつものメイド服のままであった。

 一緒にドレスを着ましょうとエミリアやレムにも勧められていたが、本人は断固固辞。

 自分は使用人の立場で、尚且つ名指しで招かれてもいないのならばメイド服のままで行かせて欲しいとの事だった。

 

「まあまあ~☆ そんな注意したらますます固くなっちゃうだけだってば☆

 カリオストロが横でついててあげるから、心配しないしないっ☆」

 

「そうそう。大丈夫よスバル。

 私も最初は慣れなかったけど、何回か行くうちに慣れたもの。

 私だってサポートしてあげるんだから」

 

「お、おぉ頼もしいぜエミリアたんにカリオストロ!」

 

 二人の援護射撃を受けて何とか気持ちを上向きに修正したスバル。

 だが屋敷の大きな扉の前に立つ執事が会釈しながら一行を迎え、招待状を確認し始めたタイミングで、彼はある重大な事に気付いてしまった。

 

(……あれ。俺って逆エスコートされてねえか……?)

 

 大の男が少女と、幼女二人に連れ添われているという事実。

 ソレを認識した時、スバルのちっぽけな男のプライドが警鐘を鳴らし始めた。

 

 ――不味い。今の俺、超格好悪いのでは?

 

 現状を理解し、だらだらと冷や汗をたらし始めたスバル。

 そしてその心情が分かっているのだろうか、執事とやりとりするために前に出たラムがすれ違いざまにぽつりと呟いた。

 

「――女性二人にエスコートされる男性……はっ、無様ね」

 

「――――」

 

 痛烈な一撃だった。しかしながらぐうの音も出す事が出来ず、スバルはぐぬぬと唸るしかない。そしてよくよく見ればカリオストロもニヤニヤとこちらを見て笑っているのが見えた。……どうやらサポートすると言い出したのは、この状況を狙ってのものだったようだ。

 おのれ小悪魔ども! と内心で自らの経験のなさを棚において罵倒するしかやりようがないスバル。そんな彼を置いてラムと老執事がやり取りを行っていた。

 

「――それでは、今回ご出席なさるのはエミリア様。ナツキ・スバル様、カリオストロ様にラム様……以上でよろしいでしょうか?」

 

「はい。当主ロズワールは所用のため今回は欠席させて頂く運びになりました。

 主人に代わり謝罪させて頂きます」

 

 そう、今回のパーティの出席者は4人。エミリア(パックは夜のため既におやすみモード)、スバル、カリオストロはともかくとして、ラムはエミリアの付き人という名目でついてきていた。それはフェリスに出会えたらを想定しての意味も含まれていた。

 一方でロズワールはと言うと、彼は執務の為に領地に残り。レムも同じく屋敷の管理を一任されて留守番となった。(尚、皆が出かける時に非常に寂しそうな顔をしていたとか)

 

「とんでもございません。こちらこそ急な招待の中ご足労いただき、まことに感謝しております。

 ……招待状、確かに確認させて頂きました。どうぞ中にお入りください」

 

 老執事は朗らかな表情を見せながら屋敷の扉を開け、中へと一行を招き入れる。

 先に広がる廊下を先導していく執事に、一行が無言のまま追随していけば……時間をかけることなく重厚で大きな木製の扉の前にたどり着く。その扉の隙間からは光と、多数の人が話し合うざわめきが聞こえていた。

 

 

 ――そして、洗練された動作で執事がその扉を開け放てば、一行の視界に今夜のパーティ会場が飛び込んできた。

 

 

 パーティを開く場所にしてはいささか小さく感じるが、狭くは感じさせない小ホール内では既に数十人が各々の歓談を楽しんでおり。立食形式なのだろうか、見る者の心を奪う色取り取り、かつ芳醇な香りを醸す盛り付けの良い料理が、散在するテーブルに敷き詰められ。ウェイターは彩色溢れる透明な液体の入ったグラスを、参加者達に呼ばれるがままに渡している。

 

 カリオストロは何度かパーティの経験があったのか、冷静に、かつ品定めするように参加者達の顔ぶれを観察――する前に。

 広がる光景に眼を奪われ立ち尽くしているスバルを見て、新たなイタズラ――いや本人にとっては大きな助けになるかもしれない提案――をしようと思いついた。

 感謝しろよ童貞野郎、と表向きは天使の微笑み、裏向きは悪魔の含み笑いで、棒立ちの彼の背中をつつくカリオストロ。

 つつかれたスバルは小さく体を跳ねさせた後、いぶかしげにカリオストロに振り返った。

 

(……な、なんだよ)

 

(いーや、気圧されてるなーと思ってな?)

 

(……すーいませんねー、教養も度胸も経験もないものでー)

 

(そうふて腐れるんじゃねえよ。さっきのは可愛いお茶目だと思えって。

 ――そんなスバルに、汚名返上のチャンスだ。お前、エミリアをエスコートしてやれ)

 

(はぁっ!?)

 

(なんだよ、女性にエスコートされるがままが良いってんのか?

 そーじゃねーだろ、男はエスコートしてこそだ)

 

(い、いやいやいや!? エスコートっつったって……)

 

(レムにさんざっぱら色々教わっただろ?

 知識っつーのは使って初めて輝くんだ、埋没したままにするのは時間の浪費と変わらねえ)

 

(そ、そうは言ってもまだ俺のチキンハートは……!)

 

 ひそひそと立ち止まって話し合う二人を怪しんだのはエミリアとラムだ。

 後ろから付いてこない二人へと振り返っては話しかけ問い質してきた。

 

「……ねえ、どうしたの二人とも? 入り口で止まっちゃって……」

 

「はぁ……バルスは臆病すぎてどうしようもないわね。さっさと前に進みなさい。

 別に誰も貴方なんて気にする事も見る事もないのだから、気に病むだけ無駄よ」

 

「あ、やっ、わ、悪い! いやこれは別に何でも――

 「――ねえねえ聞いて二人共、スバルがエミリアをエスコートしてあげたいんだって~☆」

 ってオイィ!? カリオストロさんなんば言いよっとね!?」

 

 きゃるん☆と100%の完成度を誇る外向きの笑顔を見せながらカリオストロがのたまえば、エミリアはきょとんとした顔を見せ、ラムは呆れた顔を投げかけてきた。

 

「そうなの? スバル」

 

「あ、あああー、あー! え、えっとえっとだなこれはカリオストロが……」

 

「もう☆ さっさとエスコートしてあげてっ、それが男の努めなんだからっ☆」

 

 挙動不審になるスバルに、ダメ押しとばかりにカリオストロがエミリアの手を取ってスバルの腕に絡ませてあげれば、ますますの事スバルは顔を赤くして動揺する。しかしてエミリアは

白の手袋を嵌めたその手を自分の意志で改めて深く絡めさせれば、いたずらっぽく笑った。

 

「うん。じゃあスバル、エスコートお願いします」

 

「――――っ!」

 

「……はぁ。どこまで緊張してるのよ」

 

「あはははっ、もうスバルったらどこのあやつり人形~? 手と脚が一緒に出てるじゃないっ☆」

 

 腕に感じる柔らかなエミリアの感触に先ほどとは別の意味でガチガチになったまま進むスバルを見て、エミリアが笑い、ラムが嘆息をついた。

 カリオストロもそんなやり取りを見て自然と笑いながらも――ふと、かつての団員達との思い出を想起してしまった。

 

 馬鹿な事を言って場を盛り上げるソリッズ。

 同調するオイゲンにラカム。

 イオがその発言に姦しく突っ込めばソリッズは尚の事茶化し、更にイオが怒り出す。

 ロゼッタは蠱惑的に笑いながらそれを見守り、

 ルリアはどちらが正しいのかが判断できずにはわわと慌て、

 カタリナとビィが至極真面目にソリッズを断じる。

 

 そんなありふれた騒動を最後に纏めるのはいつもグランだった。

 持ち前のカリスマのせいだろうか、輪の中心はほとんど全てグランにあり、

 そしてそのグランの周りには常に笑いが溢れていた。

 

 大切な団員達と離れ離れになってしまった事を思うと、自分の胸が小さく締め付けられる感じがしてならなくて。そしてそんな心境の変化にカリオストロは慌て、内心で否定する。

 この天才と美少女の名を欲しいがままにするオレ様が、たかが数ヶ月程度離れただけで郷愁の念に駆られてるいるのか。と、内心の弱みを跳ね除けるために小さく顔を振っていると、彼女のすぐ横で聞き覚えのある声が届いた。

 

「エミリア様、今宵は遠いところからご足労頂き、誠に感謝します。

 当主に代わり、このラインハルトが心より歓迎致します。

 ――スバルもよく来てくれたね、エミリア様のエスコートとは羨ましい限りだ」

 

 ラインハルトである。初めて会った時とは異なる白のタキシードに身を包んだ彼もまた、髪型をオールバックに変えて趣の違うイケメンっぷりを見せつけ、どこまでも様になる動きで深々と一礼する。そして最後に考えにふけっていたカリオストロへと体を向けた。

 

「カリオストロ、キミもよく来てくれたね。

 スバルと一緒にエミリア様のところに居るとは聞いていたから、今日キミを招くことが出来て僥倖だったよ。その真紅のドレスは見事だね、とてもキミに似合っているよ」

 

「――お褒めの言葉ありがとうっ、そして今日はお招き頂きありがとうございますっ☆」

 

 実直かつ好感の持てるセリフだ。

 しかしながらスバルをわざわざ危険に晒す必要性を作った主たる原因と考えると、素直に喜ぶことは全く出来ない。まずは形式だけの返答をし、そして本題に入ろうとすると、

 

「お、おいおいおいラインハルト。いや、素でイケメン過ぎて全俺が焦ったっつーか。見惚れたっつーか……マジでこの場所美男美女率高すぎて俺だけ疎外感感じるわ、割りとマジでな!

 ともあれ招待あんがとな! ただ本当、俺が名指しで呼ばれた理由が全く分からないんだよな…自慢じゃないが社交経験なんてオール0だぜ?」

 

 この場で唯一の見知った男性だからだろうか、スバルが仮にも主催者側であるラインハルトに対して、どこまでも馴れ馴れしいファーストコンタクト共に本題に突っ込んでくれた。……話す手間が省けたのは良いことだが、ラムが射殺す程の目でスバルを睨んでいるのを見ると、コレは後で説教は違いないだろう。だが今日の主催者は相変わらずの彼に不快感なども一切表さず、むしろ嬉しそうに応対し始めた。

 

「そんなことはないさ。スバルもそのタキシード、とても様になっているよ。

 もしも僕と君に差があるとすれば、それは経験の差だろうね。

 スバルもボクと同じくらい経験をこなせば、僕なんてすぐに飛び越せるさ」

 

「ラインハルト知ってっか? それ枕詞に『ただしイケメンに限る』ってついてっからな!

 経験があっても生まれ持った顔面偏差値には勝てねえんだよ……!!」

 

「二人共久しぶりで、一度しか出会ってない筈なのに……すごく仲良いのね。

 ……ねえカリオストロ、どうやったらあんなにすぐに仲良くなれるの?

 私もあそこまでグイグイ行けたら仲良くなれるのかしら」

 

「……エミリア、スバルの手法だけはやめろ。いいな。

 あれは偶然の中から偶然を拾っただけだからな。通じるほうがおかしい」

 

 ぎゃいのぎゃいのと騒ぎ立てるスバルに、ちょっと羨ましがるエミリア。ラムは一歩引いた場所でソレを静観して見守っている中、ラインハルトがスバルの質問に答え始めた。

 

「さて、先程のスバルの質問だけど……今日の催しの内容は大体は聞いているかな?」

 

「あぁ。確かあん時出会ったフェルトのお披露目会だったか?

 徽章が反応してたなんて知りもしなかったぜ……実はフェルトって元高貴な身分だとか?」

 

「実際にそうなのかは分かっていないけれども、その通りだ。

 ただ――些か唐突かつ強引だったためか本人が乗り気ではなくてね。

 心苦しいが王不在のルグニカ王国に一刻も早く王をあてがうため、彼女に本腰を入れて欲しいと思い」

 

「一応見知った顔である俺に頼った、って事か。オーライオーライ。

 ようするに何らかの形で俺が活入れるなり、説得して欲しいって事ね。

 ……つっても王様候補って現状4人居るんなら、乗り気じゃないなら候補から外せばいいんじゃねえのか?」

 

「本人を思えばそうしたいのもやまやまなんだけれどもね。

 王選開始の条件は5人の候補者を募るところからなんだ。

 フェルト様には申し訳ないが、是が非でも乗り気になって貰いたい――それに」

 

「それに?」

 

「――僕はフェルト様こそ真の王の器を持っている、と思っているからね」

 

 一度貯めたラインハルトは裏のない瞳で言い切る。仮にも別候補者が居る前での言葉にラムは勿論眉を顰めたものの、エミリアは同じく純真そのままの笑みで満足そうに頷いていた。スバルはと言うと若干茶化し気味にラインハルトにつっかかっていた。

 

「おいおいおいおいラインハルト。中々挑戦的だな?

 仮にも未来の王様が確約されてるとも言えるエミリアたんに啖呵切るなんて、ふてえやろうじゃねえか」

 

「こればかりは済まない、とは言えないな。

 今日この会は僕の家がフェルト様を支えるとみんなに認知して貰うための催しなのでね。

 勿論、家だけでなく僕自身もフェルト様の一騎士となるつもりだよ」

 

「騎士……」

 

 毅然とした態度を貫くラインハルトに、気圧された……というよりある単語に興味を惹かれたスバルが思案顔になる。が、歓談は時間切れらしい。ラインハルトは壁横の時計を確認すると、エミリアへと話しかけた。

 

「――と、ここでずっと会話に花を咲かせていたいですが……時間も迫っている事ですし。エミリア様、来て早々ですがこちらの部屋へお願い出来ますか」

 

「えぇ、手紙にあったあの話よね。ラム」

 

「はい、エミリア様」

 

「ありがとうございますエミリア様。では済まないけど、スバルとカリオストロはしばしご歓談を。お酒と料理はお好きにどうぞ。僕自ら作ったものだけど、そこそこ自信はある出来だと自負しているよ」

 

「このパーティの料理作ったのラインハルトかよっ!? あ、オイ」

 

 ラインハルト、エミリア、ラムはそのまま会場を横切り奥の部屋へと進んでいってしまい、二人はその場に取り残されてしまった。

 

「あいつ、どんだけチートなんだ……料理すらプロ級に出来るとか。

 あむっ。……うまっ!? マジでレム級の技量かよ!?」

 

「天は二物を与えずって言葉が嘘ってのがはっきり分かるな」

 

「……カリオストロもラインハルトと同じ部類だから、その台詞は違うんじゃねえか?」

 

「オレ様の美貌と天才は努力の末だ。先天的に授かったものじゃねえ」

 

 勘違いするなよと鼻を慣らす彼女はグラスを傾けつつ料理に舌鼓を打つ。

 スバルもまだきょろきょろと辺りを見回しながら同じく料理と飲み物を堪能する。

 ……余談にはなるが二人が手にもつ飲み物、実は果実酒である。

 カリオストロは(見た目的な)問題こそあったが、素直にウェイターから受け取る事ができ、スバルも元の世界の法では20歳までと厳粛に決められていた飲酒も、世界が変われば従う理由もなし、と流されるがままに手に取っていた。こちらの世界ではお酒に年齢制限なんてないのだろうか?

 

「リンゴサイダーって感じ? 炭酸あって結構美味いし、普通に飲めるな。

 っていうか初めての飲酒も異世界かよ。俺の人生って何かすげーな」

 

「お前のこれまでの体験は誰にも負けないもんだろーよ。真似したくも体験したくもないけどな。――しっかし、アイツを王様に添えるか、分からないもんだな」

 

「うるさいなオレも体験したくはなかったよ!?

 まあ盗賊から一転王様だもんな、ジェットコースターみたいな人生だよな」

 

「ジェット……何だよそれ?」

 

「まあ山あり谷あり的な感じっつーことで……本人は乗り気じゃないってのが意外だけどな」

 

「あんな説明もなしにいきなりじゃ当たり前だろうよ。

 と言うかだな、お前フェルトの説得を本気でやるつもりなのか?

 言っとくが招待されたからと言って受ける必要はないんだぞ? お前がエミリアに今後も肩入れするつもりがあるなら尚更だ。敵陣営に塩を送るようなもんだぞ」

 

 くぴり、とカリオストロもグラスを煽り、それを味わった。

 対するスバルも首筋を軽くかきながら、内心を吐露し始める。

 

「……いや、まーそりゃ確かにそうなんだけどさ。

 ただ集まんないと王戦が始まらないって言うなら形だけでも参加させるだけでもいいかな、なんて思ってる。……ラインハルトのやる気を折る形になっちまうけどさ」

 

「ふん、それが妥当な判断だろうな。……でも違うんだろ?」

 

「……あぁ。正直、個人的にはフェルトに本腰入れて貰いたいってのもあるんだよな。

 エミリアたんがフェルトが参戦するって聞いてすっごくやる気燃やしてたし……なんつーか、エミリアたんは搦手よりも正攻法で行かないと駄目な気がするんだよな」

 

「…………はぁー……だと思ったぜ。ま、好きにしろよお人好し。

 オレ様は止めたりはしねー。ただくれぐれもタダ働きみたいな事はすんじゃねーぞ」

 

 ぽん、と背中を叩いてアドバイスをするカリオストロ。実は彼女も同じく、エミリアは正攻法で地道に功績を立てねば王選で生き残ることが難しいと考えていた。本人の銀髪のハーフエルフという身体的特徴は心象としてあまりにも大きなマイナス要素であり、恐らくは小手先の功績では国民に猜疑心を抱かせ、結果として良い評判に繋がらない可能性があった。

 そんな中、他陣営に恩を売るというのは正攻法のひとつにはなり得るだろう。ただ、ここでラインハルトがこちらに頼る事がどれだけの恩となるのか……と少々思案したが、恐らくは鎧の魔物の情報でトントンと言った所だろう。……薄情なようだがカリオストロにはエミリアの王選成功まで付き合う義理はないし、そのつもりもなかった。本人の目的はあくまで元の世界への帰還。エミリアの行く末などどうなろうと知った事ではないのだ。(しかしスバルがしたいなら一緒に居る間くらいは補助ぐらいはしてもいいとは考えているようだ)

 

「対価か……正直、この料理と飲み物で十分元取れるって思ってるけどなー」

 

「この貧乏舌が、どれだけ欲がねーんだよ」

 

「レムの味で舌は肥えつつあるっての。でも改めて感動の品だったしな!」

 

 そうして他愛もない話を続ける事数十分頃、スバルがちらりと柱時計を見ると時刻はあと少しで8時を指そうとしていた。……未だ三人は相談中なのだろうか。話が一段落つき、二人に間が訪れた所でカリオストロが呟いた。

 

「……スバル。ちょっとその場にじっとしてろよ。所用すませてくる」

 

「ん? デザートでも食べたいのか? だったら隣のテーブルに」

 

「阿呆。ただの花摘みだ。

 ――すぐ戻る。いいか、絶対に。絶対に。そこを動くんじゃねえぞ」

 

「……」

 

 カリオストロはわざわざ指差しして言い含めるとツカツカとその場から去っていき、とうとうその場にはスバルだけが取り残された。

 

「……そんなに信頼ないもんかね。ちょっとショック受けるぜ。

 いや、カリオストロは割りとおかんだからな……はー……」

 

 自信への信頼のなさを実感して少ししょげながら、スバルは隣のテーブルに移動する。そして見ただけで高そうだと分かる皿に盛り付けられた宝石のようなデザートをひとつ拝借した。美味い。美味いが何だろう、とても侘しい味がする。シアワセ一杯の表情で食べたい気持ちもあるものの、生憎自分に出来るのは若干やる気の削がれた無気力顔だった。現状は甘さよりも今は苦い何かが食べたい、いや飲みたい気分だ。――そうして若干のやさぐれを見せつけながらスバルはデザートを咀嚼していると、

 

 

 ――彼のすぐ隣で何者かの気配を感じた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 スバルが顔を右に向ければ、その者もスバルと同じ無気力、いや無表情でひたすらもくもくとチョコと思しきデザートを口に運んでいた。しかして唯一スバルと同じなのはその部分だけ。その体格はカリオストロと同じ程度の身長で、起伏のない体つき。幼さを感じさせる顔は中性的で髪はおかっぱ頭とどう見ても子供だ。性別は顔だけで判断するのは至難ではあったものの、体に纏う黒色の子供用のドレスからかろうじて女の子(?)だと判断出来た。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ふと、目があった。彼女の糸目からは何を考えているのは汲み取れないが、目が合いながらも依然として頬に詰め込むだけチョコを詰め込み、口元を汚すのも厭わずにデザートを堪能していた。その食べっぷり、子供ながら見事だと賞賛したくなるほど。

 

「…………」

 

「…………ごきゅん」

 

 じっと見ていると、少女もスバルを見つめながら口いっぱいに頬張ったチョコを手品のように一気に胃に収めてしまう。そして、そのまましばし二人の間に沈黙の帳が降りた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 なんとなく居たたまれなくなってスバルがテーブルのナプキンを取り、口元を拭いてあげると、少女はなされるがままに顔を拭かれていく。そうしてすっかり綺麗にし終えたのだが、相も変わらず視線を逸らすことがない。ただひたすらにお互いに視線を交わすばかり。聞こえてくる喧騒をBGMに、二人は対峙を続けた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………んがぁぶぐぶはぐはぐ!!!」

 

「…………!?」

 

 そんな静寂のチキンレースの中、先に仕掛けたのはスバルの方だった。

 しかしながら、この妙な雰囲気を打破するためにとった手段は、奇しくも少女と同じ手法。

 なんと、スバルは自分の目の前にあるデザートを皿に盛り付けるだけ盛り付ければ、それを一気に口に放り込み始めたのだ。(尚視線は少女に固定したまま)

 

 嗚呼、何という冒涜的な光景だろうか。

 剣聖作の芸術的な出来のスイーツを味わうことなく口の中に詰め込み、下品にも咀嚼音を立てながら一気に噛みしめていく。さしものスバルの行動は少女の鉄面皮に驚きを刻んだ。

 

「もっちゃもっちゃ……んっくんっく……んんっく!!……けふ」

 

「…………」

 

 頬を膨らませた状態で咀嚼していき、一気に飲み込むようにして食べきるスバル。口元は当然汚しきったままだが、どこかその顔は満足気だ。

 すると少女はお返しとばかりにテーブルのナプキンを取り出し渡してきたので、拝借して自分で口をぬぐった。

 

 この時この瞬間、見知らぬ二人の間には奇妙な連帯感が生まれていた。

 見慣れぬパーティで、芸術的なスイーツを介した奇跡の遭遇。

 二人は友情を先程の行動を通じて感じ、自然と握手をしていた。

 

「スバル。ナツキ・スバルだ」

 

「……ポルクス」

 

 変化こそ乏しいが、どこか満足気な表情のポルクス。

 彼女は親戚の付き添いによりこのパーティに参加したらしい。

 本人の口数の少なさから汲み取れる情報は少ないものの、スバルは1人を紛らわせるためにスイーツを食べながら話し合った。

 

「そうかポルクスは親戚の付き合いかー、ついてたな! ここまで見事な料理が食べられるって言うんだからさ。正直今日の発表内容より俺はこの料理を食べれただけで満たされた気分だぜ。知ってるか? これらの料理って全部ラインハルトが作ったんだってさ」

 

「……剣聖。多趣味だね」

 

「マジでな。あいつはチートだぜチート、出来ないことなんてないレベルじゃねえかな」

 

「……チョコ。美味い」

 

「と言うよりポルクス、チョコ食べ過ぎじゃね? ちょっとチョコくれよ」

 

「……ゼリーもケーキもあるから、そっち食べてて」

 

「ケチんぼだなー、お兄ちゃん傷ついたわー、マジで傷ついたわー」

 

「……その評価は心外。あげる」

 

「ポルクスマジ天使」

 

「……もっと言っていいよ」

 

 小気味いいテンポの会話の応酬が続く。

 それは待ち時間を潰すのに丁度いいものだったが、ふとスバルが気付く。

 

「……そう言やポルクス、お前のその親戚とやらはどこに居るんだ?

 こんなところで1人でぶらぶらしてていいのか?」

 

「……今更。あの人は今どこに居るかは知らない。案外適当に()()()()()()()のかも」

 

「は? 見繕う?」

 

 見繕う、とは一体どういう事だろうか?

 有力そうな権力者か、はたまた若いツバメを探して声をかけているのか。

 少し不思議な単語に聞こえたが、と首を傾げるスバルに対してポルクスは手元のジュースを飲み干し、けふ。と息をつく。

 

「……こっちの話。多分、そのうち出会えると思う。

 私はここでじっとしてろって言われてるし」

 

「ふーん、まあ迷子とかじゃないなら何よりだな。

 実のところ俺もじっとしてろって言われててな」

 

「……大の大人が子供扱いされてるとか」

 

「一応俺も子供ですぅー! ってかこっちって何歳からが大人なんだっけ」

 

「……さぁ。こっちはよく分からないね。20?」

 

「んじゃぁまだまだ子供だな! 酒は飲んじまってるけど少し大人ぶったって事で――」

 

 

 

 その時、厳粛な音がホール内に鳴り響き始めた。

 

 

「お」「……」

 

 音の出所は部屋済に置かれた、アンティークを思わせる柱時計。

 時刻を告げる針は丁度8時になっており、時を忘れて料理と歓談に夢中にした人々の注意を引くために間隔を置いて鐘が鳴らされる。

 

 どこか寂しいが、さりとて1つで完結している鐘の音は2つ、3つ。4つと静かに、かつはっきりと鳴り響いていく。……気づけばそれが合図になったのか周りに響いていた歓談は鳴りを潜めて、ホール内の音は鐘の音1つになった。そうして皆の意識は自然とホール奥。舞台の上へと注がれていった。

 予告されていたのか、それとも予感めいた予知か。

 何かの始まりを感じ取った皆に倣ってスバルもポルクスも舞台に体を向けていた。

 

 

 ――お披露目がいよいよ、始まろうとしていた。

 

 

 

 




豪華なパーティなんて言った事ないから雰囲気表現がががが…。
あと服飾とかの表現難しい…難しくない…?
ごめんよおっさん、魅力を全面に押し出せなくて……!!

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