RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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こういう堅苦しい言葉書くの苦手です。
(ガバ演説は)お兄さん許して。


第三十五話 出会いと再開

 参加者が一様に舞台への注目を続ける中、柱時計の鐘の音が悠々と会場に鳴り響く。

 最上級レベルの料理で持て成された参加者たちの関心はその時点でお喋りよりも、食事よりも、これから起こるであろうお披露目へと関心を向け始めていた。

 スバルとポルクスもそうである。

 皆の雰囲気から何かの始まりを察した二人も、彼らと同じ方向へ体を向ける。

 

 そうしてついに時を刻む鐘が鳴り止み、皆の期待は一丸となって舞台へと注がれるのだが――

 

「……」

 

「……」

 

「……ん?」

 

「……」

 

 鐘の音が鳴り止んでしばらく立つが、舞台の上は依然として無人。誰も来る気配がない。

 これからお披露目が始まるのではないのか? と思わず辺りを軽く見回すスバル。

 だが他の参加者達も同じ気持ちだったようだ。

 やがて各々の困惑のざわめきが、小さくだが会場に響き始める。

 

「……お披露目、始まるんじゃなかったのか?」

 

「……さぁ」

 

 緊張の糸を緩めさせ、眼下のポルクスへと声をかけたがその反応は乏しい。と言うより意識は既に舞台よりデザートに行っている辺り、お披露目そのものに興味はないようだ。

 

 さて、一体何が起こったのだろうか。

 原因があるとすればお披露目されるであろうフェルト自身だろうが、彼女に何が起こった?

 体調不良? 考えづらい。

 そもそも今日は舞台に出さない? それなら舞台にラインハルトがすぐに出てくる筈。

 気恥ずかしくて表に出たくない? そんな柔な精神はしてい無いと思う。

 まさか嫌気が差したあまり脱走でもしたのだろうか?

 ……何となくあの勝気な少女ならありえるかもしれない、とスバルは考えてしまう。

 無理矢理つれてこられた意趣返しも兼ねて、いの一番で台無しにする。

 あの子はただやられたらそれっきりの子ではない、きっとそう言うことぐらいやりそうだ。

 

「……あ」

 

「ん?」

 

 そんな失礼な考えを抱いているスバルの意識をポルクスの声が表層へと戻す。

 少し遅れだが今からお披露目が始まろうとしているのだろうか?

 そう思って再度舞台へと振り返ろうとした矢先――

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、スバルは全身に怖気がさすのを感じた。

 

 

 

 気付けば声の主は彼の肩を精悍な手で掴み、こちらに問いかけている。ただそれだけだと言うのにスバルは絶対的な捕食者を前にしたかのような死の危険を感じていた。

 全身の肌が逆立ち、汗腺からは止め処なく冷や汗が溢れ。心の臓は急速に、せわしなく動き始める。どうにかして逃げなければ自分は死ぬと体が分からされている。

 だが背後に感じる圧迫感の前では体は微動だにせず、ただ震えることしか出来なかった。

 

「んんー? 何でてめぇみたいな肉塊がパーティに入り込んでいやがるんですか?

 こんなクズ肉いたっけか? 呼んだっけか? 覚えないんですけどてめぇなんなんです?」

 

「ひ……」

 

 大蛇のとぐろの中で睨まれる鼠というのはこんな気分なのだろうか。

 しわがれた声に含まれるのは純粋な好奇心。だが、その純粋さはマイナス方面に振り切ってると言い切れる程の悪意に満ち溢れているのが何故かはっきりと分かってしまう。解答如何によってはロクでもない末路をむかえてしまう事も、同時に。

 

 ごくり、と喉を鳴らし動けぬスバル。

 そんなスバルを、ポルクスはいまだ無表情で見ていた。

 

「……普通じゃないの?」

 

「あぁあぁあぁ普通じゃないですね。普通じゃねーです。普通じゃねーですよ、全然普通でいやがらないですよ。一体何をどうしちまったらここまでになるのか気になって仕方が無い肉の塊ですよコイツは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

 彼女は後ろの人物の雰囲気を前にしても全く変わらぬ顔のまま会話をしている。それがスバルにはあまりにも信じられなかった。

 そしてスバルは見知った相手であるならとポルクスへ助け船を出して貰おうとする――が、その前に肩に置いていた手はそのままに、声の主はぐるりと覗き込むような形で顔を回り込ませてきてしまう。

 

「で。で。で。で。

聞こえてねぇよーなんで慈悲深くももう一回聞いてあげますけどーぉ。

 

 ――てめぇは誰なんです?」

 

 彼の顔を見た瞬間、スバルは大きな矛盾をその人物に感じ、吐き気を覚えた。

 見えたのは歴史を刻んだ厳しい顔に立派なアゴ鬚をたくわえた男性なのだが、その口調が。その表情が。全く顔に一致していないのだ。

 

 それはまるで悪意ある人物が他人の皮を被っているような、強烈な違和感。

 

 何故この顔で、どうしてこんなにも悪意に溢れる砕けた口調を発するのか。

 何故この顔で、どうしてこんなにも見る者全てに嫌悪を思わせる笑顔を見せるのか。

 そんな人物が全てを飲み込んでしまいそうな黒目でこちらを覗き込んでいるのだ。

 彼の瞳はスバルを捉え離さない。

 逃げたい、逃げ出したい、だが動く事も出来ず、声すら出すことも出来ない。

 心中での助けを呼ぶ声も誰一人として届かない。その事に絶望してしまい震えた声で延命を願おうとした矢先――

 

 

「ねえねぇ☆ おじちゃん何してるの?」

 

 

 カナリアのような声が三人へと届いた。

 それはスバルにとっては聞き覚えのある声。

 他の二人にとっては初めて聞く声。

 三人は導かれるように、新たな声の主へと顔を向けていた。

 そして、スバルはその声の存在を見た瞬間、心の底から安堵した。

 

 席を外していたカリオストロがそこに立っていたからだ。

 

「ひょっとして~、()()()が何か粗相でもしちゃった?

 だとしたらごめんなさいっ、()()()ったらパーティ慣れしてなくてっ☆」

 

 背後に花畑が見えそうな程の美しさと可愛さを振りまく美少女は、にこやかな笑顔のままこちらに近付いてきていた。赤のドレスを揺らすことなく、ゆっくりと。

 だがスバルは気付いていた。彼女の目は全く笑っていない事を。むしろ二人への敵意で満ち溢れている事を。

 

「……か、かりっ」

 

「――おぉ、こんばんわお穣さん。

 私としたことがつい、お嬢さんの顔に見惚れて言葉を忘れてしまった。

 いやなに、彼は何もしておらんよ。私の方がどうにも彼が気になってね」

 

 先程の雰囲気は何だったのか依然としてスバルの肩に手を起きながら、一転して姿に相応しい声と顔でカリオストロへと返答しだす男性。そんな彼に対してカリオストロもくすくすと笑いながら話に乗っていく。

 

「気になった~? それはやっぱり目つきの悪さとか?

 あ、髪の色でしょ? この子って黒髪だからいつも他の人より目立つのっ☆」

 

「うむ。その通りだ。ついつい黒髪に惹かれてな。

 年を食ってもどうにも好奇心だけは消えなくてなぁ」

 

「好奇心旺盛、結構な事ですねっ☆」

 

 表面上で交される壮年の男性と子供の微笑ましい日常会話。

 だが、互いの目はどちらも笑ってはいない。

 相手の魂胆を探り合うこの二人の間だけ、今や空気が全く別のものに成り代わっていた。

 

「と・こ・ろ・で~☆ そろそろその子返して貰ってい~い?

 ちょっとその子と二人で話したい事があるんだ~☆」

 

「ほう、そうなのかい?

 ふぅむ……私としてはもう少し彼と話したいんだがね。あと数十分程度でいいんだが」

 

「ごめんねおじちゃん、どうしても話したいんだっ☆

 それに、お披露目もそろそろ始まる見たいだしね~☆ ――だからさ、早く離して?」

 

 纏わりつくような粘ついた悪意と、熱を感じるほどの強い敵意がぶつかりあい、近くのテーブルに置かれたグラスが小さく揺れてか細い音を鳴らし始める。

 気づけば彼女の後ろ手にいつもの魔導書を持っているのが見える事から、最早この先に待つのは言葉での話し合いではないのは明白だった。

 

「――それもそうだな。いや、すまなかったなお嬢さん、それにキミ。

 ではまた機会があれば彼とゆっくり話したいものだ」

 

「うんうんっ☆ ごめんねおじちゃんっ、その時が来るならね☆」

 

「ハハハ。楽しみにしているよ。――では行こうか」

 

「…………」

 

 男性はポルクスを連れてその場を離れようとする。

 ……が、背を向けて数歩歩いてから彼らは歩みを止めてしまう。

 

「――あぁ、そう言えば。私とした事がすっかり忘れていた

 お二方のお名前、お聞きしても?」

 

「おじちゃん、ボケちゃ駄目だよ?

 お名前を聞きたい時は先に名乗らなきゃ☆」

 

「あん? かははは、手厳しい。だがその通りだろうな。

 では遅れまして……私の名前はリッケルト。リッケルト・ホフマンと申す。この子はカ」

 

「ポルクス」

 

 何故か食い気味に否定したのは無表情な少女だった。

 顔色こそ変わらないが、こちらも先程までの話し方と一変した必死さがあった。

 

「……ふむ。ポルクスと言う」

 

「ご丁寧にありがとう☆ 私の名前はカリオストロ☆ 家名も何にもない、ただのカリオストロだよ☆ 

 こっちの緊張しちゃってる子はスバルって言うの~☆」

 

「ほうほう。カリオストロ君にスバル君か。

 あい分かった、しっかりと覚えておくとしよう――それでは改めて」

 

 男性は自らの髭を撫でながら厳しい顔で優しく微笑むと、今度こそポルクスを連れて二人でどこかへと移動していった。カリオストロは愛想よく軽く手を振った後、すぐ様スバルの手を取り…そして、会場の端まで連れていった。

 

「っぐ、うぇっ、はぁっ、はぁぁっ――!」

 

「落ち着け、ゆっくりと深呼吸しろ」

 

 彼らから離れた瞬間緊張の糸が途切れたのか、スバルは肩で息をつくようにして全力で肺に酸素を取り込む。足どころか全身の震えが今頃になって表れ、安心をあらわすように汗と涙が次々に溢れる。あまりにも尋常ではない様子を見てカリオストロは連中に強い怒りを覚えるとともに、スバルが落ち着くまでゆっくりと背中をさすり続けていく。

 

「ふぅ、ふぅっ……人、と出会っただけで、死、を覚悟したのは……は、じめてだ――ずずっ」

 

「……流石に同情するぜ。一体どこの星に生まれたらここまで運が悪くなれるんだ?

 それもちょっと目を離した隙に……全く、変な奴に好かれ過ぎだろうに……ほら、水だ」

 

 ナプキンで顔を拭うスバルへと水の入ったグラスを差し出せば、スバルはソレを一息で飲み干し、ようやく落ち着いたのか大きく息を吐いた。

 

「それで、一体何があった?」

 

「……見ての通りだ。たまたま意気投合した子供と話し合ってたら、あの男に絡まれた。

 俺が普通じゃないっていって、何でお前がここに居るんだって」

 

「普通じゃない? オレ様ならともかく、お前がか?」

 

 確かにスバルは普通じゃないといえば普通ではない。

 異世界から招き呼び寄せられた存在で、死に戻りという体質を持つ少年だ。

 だが、その異常は外面からではとてもではないが分かるものではない。

 外面で分かるのは精々珍しい黒髪ではあるが、黒髪の人物もこの世界に居ないわけではないというのは読みふけった禁書庫の本で把握している。では他の何を見てスバルが普通ではないと判断したのだろうか? もしもあの人物に他人の能力を見透かす力があればさもありなんだが……と考えを巡らせて行く途中、カリオストロはある事を思い出した。

 

「……もしかしてだが、魔女の残り香のせいか?」

 

「……マジかよ」

 

 誰にでも判断こそ出来ないが、特定の人物のみ近付いただけで判断できるモノ。

 

 そう。魔女の残り香である。

 

 カリオストロ曰く腐臭がするというそれは、スバルが死に戻りを繰り返すたびに強くなっていく。それは他人に死に戻りの事実を伝えた時のペナルティでも同じだ。

 もしも彼がその香りに気付くことが出来る存在ならばスバルへ絡みにくる事も説明がつく。

 あの男もレムと同じく魔女教に何か恨みがあるのかと思う一方で、道行く先で目の敵にされてしまう自分の体質にげんなりしてしまうスバル。そんな彼をカリオストロも珍しく哀れみの目を向けて背を軽く叩いてやった。

 

「まあ運が悪かったと思え。あいつの狙いがなんにしろよからぬ結果になるのには違いない。

 今後は近付いてきたら絶対に逃げろ」

 

「言われるまでもねーよ、あいつの……あの雰囲気は異常だ。

 人の形をした悪魔って言ったほうがまだしっくりくるぞ。

 ……なんつーか、ちぐはぐで、兎に角気持ちが悪かった。もう二度と会いたくない」

 

「気持ち悪い、ね。確かに感じた気迫はオレ様も同じ気持ちだ。

 そういや……そんな気持ち悪い奴に連れ添ってたあのガキはどうなんだ?」

 

「……アイツは本当にただの子供なだけだと思うけど、今は自信ないな……。

 二人で無言でラインハルトの菓子を貪り食いあって握手して、取り留めない話をしただけだし」

 

「何してやがんだお前は……」

 

 スバルの行動に呆れ顔を見せるカリオストロ。その直後、にわかにホール内が再び静けさを取り戻した。

 

「皆様、本日はお集まり頂きまことに感謝します。

 そして遅れてしまい大変申し訳ありませんでした、定刻から既に5分は経ってしまいましたが始めさせていただきます」

 

 唐突に壇上に現れたのは先ほどラムが応対していた老執事。

 丁寧に腰を曲げて謝意を表した彼が、お決まりのお礼と今回の集まりの趣旨を告げていく。

 曰く、今回の王選5人目の候補者が見つかった。

 曰く、王選5人目の人物は当アストレア家がバックアップしていく事を。

 

 事前に聞いていた通りの分かりきっている内容である。

 スバルはそんな発表よりも、この場にエミリアとラムが居ないことが気になり始めた。

 

「……エミリアたんとラムは?」

 

「さぁな。ラインハルトとフェルトもまだ出てきてないとなると……もしかしてこの後」

 

 小さな声で問いかけるスバルに、腕を組みながら執事の言葉に聞き入るカリオストロ。

 スバルと違って、彼女は何かしら想像がついているのか慌てた様子は見せていない。

 果たしてどこに消えてしまったのだ、と疑問と不安を浮かべる中――次の老執事の言葉が耳に入り、彼の疑問は解消することとなる。

 

「さて。今回の催しに際し快く駆けつけて下さったご来賓の方を紹介させていただきます。

 同じく今回の王選候補者のお1人であらせますお方――ロズワール・L・メイザース辺境伯が推薦しますはエミリア様。でございます」

 

 エミリアが壇上にあらわれたのだ。

 

 ラムを後ろに控えた彼女は物怖じ一つせずに(緊張はしているが)紹介されるがままに中央に移動していく。

 壇上に集中する光のせいか、全身を白と銀の装いで整えた彼女は更にきらびやかに見え、強調された美貌に誰もが声を漏らす。

 ……だが、漏らしたのは感嘆の息だけではない。一部のどよめきの声がその証だった。

 やはり銀髪のハーフエルフというだけで忌避感が強いのだろう。珍しい物を見るような、それでいて嫌悪の混じる視線もそこには含まれていた。

 しかし、そんな心無い視線を浴びながらも彼女はただニコリと笑みを浮かべて小さくお辞儀をやり切る。

 

 スバルはエミリアへ悪意を向ける皆に怒りを覚えながらも、

 そんな悪意さえ跳ね除けてやり切る彼女の行動に、何故か小さく感動を覚えていた。

 

 対してそんな事を微塵も考えていないカリオストロは彼らの狙いを理解して小さく鼻を鳴らした。ここでエミリアを呼ぶ理由――それは王選開始前に二陣営でタッグを組もうという魂胆なのは間違いなかった。

 方や『銀髪ハーフエルフ』、方や『貧民街生まれの元盗賊』というお世辞にもあまり褒められた出自の二人ではないものの、反面二人のバックは非常に強力なものだ。ロズワールは王国一の宮廷魔術士。ラインハルトに至ってははルグニカいや世界一の剣士だ。家筋や財政は二つとも連綿と続く物であれば弱い訳ではない。手を組めば他陣営にしてみれば決して侮れない勢力になるのは間違いがなかった。

 

 お辞儀が終わった後、執事はエミリアの簡単な説明を行い、そしていよいよ主役が登場する。

 

「そして今回、我々が王に立てるお方を紹介いたします。――フェルト様、でございます」

 

 老執事の声がホールに響くと同時に、舞台の側面から鮮やかな黄色のロングドレスを身に纏った少女が現れる。そして晒された顔は間違えようがない、あの盗品蔵で別れたっきりの盗賊の少女フェルトそのものだった。

 以前の荒んだ目はそのままに、くすんだ金髪も汚れた服装も全て一新され、化粧に様々な装飾品で彩られた彼女は控えめに言っても美少女であるという事には違いなく。スバルも少し目を見張る程であった。(尚、カリオストロはオレ様の方が可愛いと考えていた)

 だが、そんな見麗しさに対して彼女の動きは……少したどたどしかった。

 単純にドレスというものが着慣れないのだろう。その顔には余裕が無く、いや、余裕が無いというよりかは不機嫌を露わにしていた。

 ……そんな彼女の様子を一顧だにせずに涼しい顔で後ろからついてくるのはラインハルトである。その歩き姿は堂に入っていると言ってもよく、参加者もフェルトよりも見目と作法の整った彼に見入ってしまっていた。

 

 やがて壇上でエミリアの横に立ったフェルトを置いて、ラインハルトが中央に進み出て話始めた。

 

「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。

 アストレア家当代剣聖、ラインハルト・ヴァン・アストレアです」

 

 そうしてラインハルトは今回の経緯を説明し始める。

 エミリアが腸狩りと対峙したこと。その際にフェルトに出会ったこと。

 そして偶然フェルトが徽章を触れる機会があって、その際に適合者である事が発覚したことを。

 あたかも徽章が盗まれなかったようにも、またエミリアが1人で腸狩りを倒したようにも取れる発言だ。やはり徽章を盗まれた、また盗んだのがフェルトだという心象を下げるような事実は伏せたいのだろう。

 流石に浮浪児を王に立てるという言葉に一部の参加者が驚きの声を出すが、ラインハルトの言の前にまた静けさを取り戻す。金色の髪と紅の双眸これは、ルグニカ王家の血筋の特徴に他ならないと説き伏せ。

 

 ラインハルトは更に続ける。これは言うならば運命であると。

 

 王になれと唐突に申し付けられた彼女の困惑も理解出来るが、必ず理解して貰い、共に歩み、民のために王となってもらうと。

 そしてエミリアとは一時的に歩調を合わせて、厳しい王選を勝ち抜いていくと。

 上記の内容を理知的に、そして一切のどもりも停滞もなく。分かりやすく、抑揚を込めて聞き心地の良いトーク力で参加者に説明していく。参加者もそんなラインハルトの話術の前では何度も頷き、同調していくしかなかった。

 

「――さて、私だけ話すというのではフェルト様にお越しいただいた意味がない。

 フェルト様、良ければお一言だけでも」

 

「……」

 

 そして話がひと段落すれば、腕を組んで不機嫌そうにしていたフェルトに白羽の矢が立つ。

 フェルトは文句こそないものの、チッと舌打ちして足早にラインハルトの変わりに中央に立ち、一言。

 

 

「……一言だけってんなら本当に一言だけ言わせて貰うけどよ。

 

 アタシは王になるつもりはねえ。

 仮に王になったとしたら、お前ら貴族どもは全員苦しむことになるだろーよ」

 

 

 以上だ、と投げやりに言ってフェルトは元の位置に戻っていく。

 そのあまりの大胆すぎる発言に、スバルも、カリオストロも、エミリアも、ラムも、そして参加者達全員が目を白黒させざるを得なかった。

 直後、静聴していた参加者達が大きくどよめき始める。

 どういう事だ、なんだあの娘は。本当にあの娘は候補者なのか? アストレア家は何を考えているのだと口々に話し合う人々。スバルはそんな事知ったことじゃあないと顔を横に背けているフェルトを見て苦笑した。あいつやりやがったな。と。

 

 だがそんな騒ぎは拍手によって一瞬の静けさを取り戻す。

 

「フェルト様、ありがとうございました。

 王にならない、と言う発言はさておきまして、刺激的ではありましたが我々もフェルト様の意思に付き従う次第です」

 

 ラインハルトである。微笑を浮かべながらそのような事を述べる彼に、参加者は一様に「狂ったのか」と疑問を呈し始める。事の発端のフェルトも同感である、何言ってんだコイツと言う呆れ顔で彼を見るのだが、その彼は一同に浮かんだ疑問に畳み掛けるように話を続けていく。

 

「少しフェルト様のお言葉が足りなかったようですので説明致しましょう。

 先程も言いましたがフェルト様は幼少を貧民街で過ごしておられ、幼い頃から食事も満足に取れず、またひとつのパンを隣人と奪い合うような険しい毎日を送ることに辟易なさっておいででした。

 そうした貧しい者達が居る一方で、貴族は毎日何不自由なく食事をすることが出来、またメニューの選り好みすら出来るのです。

 更に不自由は食事だけではありません。出自が貧民街と言うだけで不当に虐げられる……そのような差別が残念ながら我らが誇る王国では横行しています。例え差別が悪しき風習だという考えがあっても、今尚」

 

 そしてそれはエミリア様も同じ気持ちだと、ラインハルトがエミリアへ目配せすれば、彼女もこくりと頷く。

 

「今この場に居る方々もお二方に何か思うところはあると思われます。

 ただそれを弾劾するつもりは全くありません。

 何故ならば我々はそのような悪しき風潮の中で育ち、その風潮が心の中に根付いてしまっているからです。――故にフェルト様はこう仰られているのです。そのような差別を根本から消してしまえと」

 

 大きく手を広げて説明を続けるラインハルト。

 聴衆はその言葉に魅了されているかのように、夢中になって彼を見ていた。

 

「……はい?」

 

 何でそこまで大きな話になってるんだ、とフェルトだけ混乱の極みだったが。

 

「ちょ――」

 

「貧民だから、獣人であるから、ハーフであるから。

 だからどうしたと言うのです。それらの種族も内包するのが我らがルグニカ王国です。

 不当を受ける者などあってはならない、等しく臣民であるならば皆が皆幸せでなければらない。

 差別をなくすことは、皆が一丸となっていくこと。そしてソレは今後の王国を脅かす脅威すらも解決していくことでしょう」

 

「お、おい」

 

「だがそれを為すのは誰か?

 それは王の力ではありません。王は極論で言えば命ずるだけです。

 実際に命令を成し遂げるのはひとえに民の力であり――そして貴族の力なのです。

 人より立ち位置の違う我々貴族は率先的に国を憂う存在でなければならない筈です」 

 

「待てライ」

 

「その時、一番割を食うのは――当然ながら貴族でしょう。

 だが我々貴族の下では数多の民が今も尚苦しんでいる。

 我々は国が一番重要視するものを守らねばならないのです。

 お忘れではないと思いますが、国にとって一番大事なもの――それは臣民です!」

 

「おいって!!」

 

 熱を帯びた演説めいた説明に食い入る参加者には、既にフェルトの声は聞こえていないようだ。

 フェルトはその状態に違和感を覚えると共に、何か不味い事になると感じた。取り返しがつかなくなる、そう思えて仕方がないのだ。だから止めなければ、そう思って声を荒らげるが……一向に効き目はなく。

 

「フェルト様を王にする――それは確かに貴族には大きな打撃を受けるかもしれません。

 我々にも苦難の道が待ち受けているのは間違いありません。

 だが真に国を憂うのであれば、そんなフェルト様の選択こそが正しいと気付くでしょう!

 王選開始2ヶ月前、幸いにもエミリア様と共同歩調を取れることは非常に僥倖でした、二人を支援し、このルグニカ王国を新しく生まれ変わらせましょう――!!」

 

 言い切った途端に会場から割れんばかりの拍手が響き渡った。

 エミリアもラムも、スバルも。参加者達も、そしてカリオストロも何故かその言葉に導かれるように心をひとつにしていた、そうせざるを得ないほど熱の篭った、素晴らしい演説であったと皆が感じていた。

 そんな彼らの中ではフェルトは破天荒ではあるものの、その勝ち気さで差別撤廃を目指す王様候補と言うイメージが定着してしまったのだった。

 

 

「んだああぁあぁぁぁ―――――ッ!!!」

 

 

 拍手の海の中で、フェルトの嘆き声だけが悲しく飲まれていった。

 

 




ラインハルト「フェルト様が王様になれるように頑張りました」
フェルト「やめろや!! ってか明らかに皆の様子おかしいだろ! 加護使ってんだろ!!」



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