RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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  ( 起伏 ) 
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ 
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第三十七話 歩み寄る悪意

「お、おおぉぉロム爺お前一体どこに…もがっ!?」

 

 荷卸人がロム爺と分かったスバルが驚きを声にしようとした瞬間、彼はロム爺の大きな手で口を抑えられ、更に瞬時に竜車の(カゴ)の裏まで引きずられていった。

 

「え、えぇいここでその名を呼ぶでないわい……! わしがここに居る事は秘密なんじゃ……!」

 

「もがもが……!」

 

 きょろきょろと辺りを伺いながら小声でスバルに語りかけるロム爺。

 何故彼は存在を隠したがる? ソレが理解できないスバルは疑問を浮かべる他無い。

 ただ疑問以上に自分を拘束する力が強く、考える暇もなく腕を何度もタップする始末になり――気づいたロム爺がようやく拘束を解いた。

 

「む。すまん、つい力が」

 

「ぶはぁっ! お、お前な爺さん、危うく死に掛けたぞ……!」

 

「お主のせいでこちとら計画がおじゃんになりかけたんじゃ、力が入るのも仕方ないと思え」

 

「は? 計画だ?」

 

「……む。いや、何でもないんじゃ」

 

 計画という単語を聞いて、スバルは更に(いぶか)しむ。

 てっきり彼は心機一転して盗品を売り払う職から真っ当な職についたのかと思っていた。

 だが存在を隠したがる、更に言えば『計画』と言う言葉。何かしらの狙いがあるとしか考えられない――ここまで来れば勘の鈍いスバルといえど、ある結論に至る事が出来た。

 

「……爺さん、もしかして――狙いはフェルトか?」

 

「……」

 

 彼の言葉を聴いてロム爺はその大きな体を大げさに跳ねさせ、そしてすぐに顔を逸らした。

 巨体に似合わぬ芸の細かさである。そう感心しながらもスバルは追及を続ける。

 

「はぁー……、なぁ爺さんフェルトにただ会いたいんだったら正門から堂々と入ればいいだろ?

 別にこそこそ隠れなくたって……」

 

「…………。

 はぁ、儂の心配を返せドアホウ。

 ただ会いたいが為にこんな事する訳がなかろう……しかし小僧は何故ここにおるんじゃ?」

 

「ちょ、フェルト目当てじゃないのかよ……いや、俺はラインハルトに招待されたんだよ。

 今回のフェルトの王選の出馬表明お披露目会に」

 

 出馬というか、出竜というか。そんな事よりもスバルの諭しにあからさまにため息をつくロム爺は、王選と聞いてぴくりとその眉をあげ、続けて不快そうな表情をした後、小さく息を吐いた。

 

「……奴は、どうじゃった?」

 

「フェルトは……かなり不機嫌だったな。昨日久しぶりにあったけど、まあ不満たらたら。

 ラインハルトが強制的に王に仕立てあげようとしてくるって。

 逃げ出すことも出来なくて、ストレスばっかり溜まってるみたいだ。

 お披露目会も半ば無理矢理皆にお披露目するような形で憤慨してたぞ。それに――」

 

「それに?」

 

「――フェルトは消えた爺さんの事をすごく心配してたぞ。

 どこにいったんだって。爺さんが見つからない限り絶対に王様になんかならないって」

 

「……フェルト……」

 

 スバルの言葉に、ロム爺は胸を打たれたような表情を浮かべる。

 二人の関係を深く知らないスバルだが、やはり二人は並々ならぬ間柄なのだろう。体型的に恐らく親族という訳ではないだろうが、その表情は孫を想うおじいちゃんそのものだと感じられた。

 

「そうか……フェルトには悪いことをしたの。

 ……それでじゃが、フェルトは王様になりたがっておったか?」

 

「いいや……ラインハルトの無理強いがあってか、全く乗り気には見えなかったな」

 

「……じゃろうな。何が剣聖じゃ。いたいけな小娘を拉致して、無理強いさせてまで王を目指させることの何が正義じゃ」

 

 ぎり、と音が聞こえるほど拳を握り締めるロム爺の目にははっきりと怒りが燃えていた。

 ラインハルトには彼女が王様になってくれるよう口添えして欲しいと言われた立場であるものの、彼のやり口を鑑みるとあまり同意出来ないな、とフェルトを孫娘のように大事に想うロム爺の姿を見てスバルが再認識していると、彼は唐突にその野太い手を彼の肩に乗せて顔を近づけてきた。

 

「で、じゃ。フェルトは今この屋敷におるな?」

 

「……ま、まあ。居るな」

 

「お主、フェルトをここまで連れてこれるか?」

 

「んん? いや、まあ出来るだろうけど……別に正面からお願いすれば」

 

「どうしても二人っきりで話したい事があるんじゃ。秘密裏に」

 

 矢継ぎ早に飛び出すロム爺の質問とお願いに、たじたじになるスバル。

 だが彼は脳内で実現可能か考え込み……それが難しいと告げる。

 

「いや……っていってもな。結構ラインハルトがべったりついてんだよな、フェルトの傍に。

 二人っきりでなおかつ秘密にってなるとそれは――」

 

「頼む小僧……っ! そこを何とかお願いしたい……っ!」

 

「お、おいおい……っ!」

 

 渋る……というより現実的に難しいと分かっているのか難色を示すと、ロム爺は何と、唐突に目の前で土下座をし始めたではないか。

 よもやそこまでされると思っていなかったスバルはたじたじになってしまい、慌ててロム爺の肩を揺さぶる。

 

「わ、分かった! 分かったから土下座なんてやめろって、何とかしてみるから……!」

 

「ほ、本当か……!」

 

 籠の陰になっているので人目には見えない位置でのものとはいえ、大の大人に土下座されることが未経験だったスバルは驚き、外聞を気にしてかきょろきょろと辺りを見回しては早く起き上がってくれとロム爺へ促した。

 

「……二人っきりがいいんだな? だったら……これから朝食を皆で取る手筈になってるんだ。

 その後に何とかできる……と思う」

 

「じゃがラインハルトはべったりなんじゃろう? どうやって引き剥がすんじゃ?」

 

「実は俺以外にもカリオストロも招待されてるんだよ。

 カリオストロはラインハルトにある情報を聞く約束をしている。

 と、同時にだ。俺もフェルトが王になってくれるよう説得してくれってラインハルトに言われてるんだよ」

 

「……成る程。あの穣ちゃんと剣聖が話しておる間、その名目でフェルトと二人きりになる事が出来るんじゃな?」

 

「そういう事」

 

 スバルの考えにふぅむ、と顎に手を当てて考え込むロム爺。

 荷卸の音が続く早朝の中、少し間を置いて彼は商人の内の1人へと向っていった。

 

「ん?」

 

 何故そっちに行くんだ? とスバルがその様子を見守っていると、ロム爺と男がやり取りを始める。遠く離れてるので何を話してるかは分からないが、一体何をするのだろうと眺めていると……やがてロム爺はこちらへと戻ってきて、

 

「1時間後、屋敷玄関前まで連れてきてくれ」

 

 ぽん、とスバルの肩を叩いてそれだけ言うと、再び彼は荷卸の作業に戻っていった。

 スバルは肩に優しく置かれたが重さを感じるその手の感触をどこかむずがゆく思いながらも、自身も肩をすくめて屋敷へと戻るのだった。

 

 

 § § §

 

 

「おはようございますフェルト様、それにスバル、カリオストロ。よく眠れたかな?」

 

「ふかふかのベッドですっかり快眠できたよ~☆」

 

「右に同じく。っつか酒入っててエミリアたんの送り迎え出来なかったぐらい眠ってたわ」

 

「布団も枕もふかふかすぎて気持ち悪い、もっと堅いのにしろ」

 

 食堂にて。三者三様の挨拶が返ってくれば自然と朝食は開始される。

 老執事の手によって配膳された朝食はいつもレムに作って貰う料理と遜色ないレベルのものであり、スバルもカリオストロも舌鼓を打ちながら料理を楽しんでいく。

 ラインハルトのテーブルマナーは完璧。

 スバルから見ても美しい所作食べる様は惚れ惚れするほど。

 カリオストロのテーブルマナーもそれに次ぐモノだ。

 嬉しそうに食べる様は見てるだけで心が和やかになる。

 

 対してフェルトの所作はと言うと――

 

「……やっぱ、フェルトはフェルトだよなーって」

 

「あん? にーちゃん喧嘩売ってんのかよ」

 

 盗品蔵で会った頃の服に着替えていた彼女のマナーは、一言で言うと粗野だ。

 食器をガチャガチャと鳴らし、超一品の料理を味わうことなく飲み込む。

 食べるというよりかはがっつく、という言葉が相応しく、その様はマナーに疎いと自負するスバルが優越感を覚えるほどのものだった。

 

「フェルト様。フォークを人に向けてはいけません」

 

「るせーよラインハルト。食事中に喧嘩売ってくる奴相手が居たら仕方ねーだろーよ。……んはぐっ、んんぐんぐ」

 

「別に喧嘩は売ってるつもりはないし、逆に安心はしたけどな。

 俺が一番テーブルマナー劣ってるって思ってたしさ」

 

「はぐ、下見て安心してんじゃねーよ、男なら上見やがれ……んぐ。

 ……んぐんぐ……っ、っぷは、ごっそさん」

 

 口周りを汚しながらあっという間に平らげ、高そうなシェリーグラスの水を一気に飲み干せばもうフェルトだけ食事終了である。何と言う素早さだろうか。

 

「食うの早っ。ってかフェルトその服」

 

「ん? あぁ、今日は部屋に置いてあったから颯爽と着替えたぜ」

 

「ドレスの方は今侍女達が仕立て中ですので、申し訳ないですが今しばらくはその服装で我慢を」

 

「我慢なんてしてねえからずっとこの服にさせろ。

 ドレスとかはひらひらして動きにくいったらありゃしないんだよ」

 

 食べ終えると机に肘をついてぶーたれるフェルトに、ラインハルトは苦笑するだけ。どうやらそんなつもりはさらさらないらしいのが見て取れた。そんな二人のやり取りの間も静かに食事を楽しんでいたカリオストロも、フェルトに遅れて食事を終わらせる。

 

「ごちそうさまでした☆」

 

「カリオストロも大分早いな!」

 

「会話よりも食事に集中していたらこのくらいだってば☆

 そんな事よりもラインハルト、この後空いてる? あの話ってできる?」

 

「勿論だともカリオストロ。その事についてはロズワール様にもお願いされているからね。

 と、言っても目撃情報というだけなので心苦しいが」

 

「十分☆ 手がかりがあるだけでカリオストロ的にはすごく助かっちゃうもの☆」

 

「……昨日の事があると、やっぱねーちゃんの話し方に違和感感じるな」

 

「俺はもう慣れた」

 

「そこ、何の話をしてるのかなっ☆」

 

 なーんにも、と口を揃えるスバルとフェルトの息はぴったりだ。

 カリオストロは可愛らしくぷんすか☆と怒りだせば、少し雰囲気が和やかになる。

 そんな中フェルトが「あ」と声を出せば、思い出したかのようにスバルへと声をかけた。

 

「なあ兄ちゃん。ほら」

 

「え? ――うわっと!?」

 

 机を挟んだスバルに向けて声と共に何かが投げつけられ、スバルは驚きソレを受け取る。

 一体何を投げつけられたと掌サイズのものを見れば、そこには――

 

「……ケータイ?」

 

「あぁ、もうあたしにはそのミーティアは不要だと思ってな」

 

 異世界に来てから久しく見てない現代の物、スバルが持ち込んだ『ガラケー』がその手にあり、彼はどこか懐かしさを覚えながらそれを手の中で弄び、確かめ始める。

 

「いや、別に返さなくていいんだぜフェルト? もうお前にあげたものだしさ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、鳥かご状態のあたしじゃ使い道も見当たらないんだよ。

 兄ちゃんの優しさを突っ返すようで悪いけど、丁度兄ちゃんと出会えたし返させてくれ。あん時はその、助かったぜ。ありがとな」

 

「フェルト……」

 

 勿論ねえちゃんもありがとな、とカリオストロへも礼を言うフェルト。

 貧民街出身も相まって義理に厚いのだろうか。彼女のお礼を受けてスバルは胸を熱くする。

 先程約束を交しても内心は秘密裏にロム爺に合わせる事を迷っていたが、やはり彼女の為にも引き合わせてあげようと心に決めたスバルは、ケータイを開いて確かめながらお返しにとフェルトへと切り出そうとし――驚く。

 

「え? あれ? んんっ? 何でまだケータイ動くんだ!?」

 

 スバルが開いた携帯電話だが、ぱかりと中を開けばばっちりと動いていたのである。

 何故か充電残量もMAX。幾らガラケーの燃費の良さがあったとしても、一ヶ月も無充電なら流石に電池切れになってる筈だった。そんなスバルの動揺を見て、フェルトがにやりと笑った。

 

「それな。あたしも時々それで遊んでたんだけど途中で動かなくなったのは驚いたぞ。壊しちまったのかって思った。それでラインハルトに調べて貰って、魔力で動いてる訳でもないってのが一番驚いたけどさ」

 

「僕自身もそのような代物は始めてみたよ。

 魔道具に詳しい人も呼び寄せてみて貰ったが、結果としてはどう言う風に作られているかも不明。仕方がないので僕が無理矢理治させて貰ったよ」

 

「む、無理矢理……? まさか」

 

「『復元の加護』を取得してね」

 

 最早スバルには加護の力ってすげー、というため息しか出ない。

 その加護があれば異世界で充電切れに怯える必要もなくなるのだ。(その為にはラインハルトが必要という但し書きがつくが)同じ気持ちに至っているのかどうかは分からないが、ラインハルトの無茶苦茶っぷりにカリオストロまでもがため息をついた。

 

「それで何とかなっちゃうのがびっくりだよね~☆」

 

「……僕としては直って良かったという感想が欲しかったところだがね」

 

「いや、思わなくもないけどやっぱりラインハルトってすげーっていう感想の方が大きいわ」

 

「アタシもこの時ばかりはラインハルトやるじゃんって思ったな」

 

 まあ現状お前の評価は総合的にマイナスだけどよ、と言い含める辺りラインハルトへの風当たりがやたらと強く、彼は肩をすくめることしかできない。

 

「ってケータイに驚きすぎて言い忘れちまったじゃねーか。

 あーフェルト、この後時間あるか?」

 

「あ? あたしにか? まああたしとしてはクソみたいな勉強の時間とかが潰れるんなら万々歳だけどよ。……っつーかにーちゃんが改まってあたしになんだってんだ?」

 

「フェルト様……」

 

 珍しくはぁ……と溜息をつくラインハルトは、スバルがちらりと目配せすると察してくれたのかこくりと頷いた。どうやら昨日の約束を履行してくれると考えてくれているようだ。

 

「まあちょーっとした雑談みたいなもんだ。

 色々と近況含めてしゃべくりみたいな?」

 

「んだよ、それなら改まる必要もないだろーがよ……ま、あたしは構わねーぜ」

 

「オッケー。じゃあ食後によろしく頼むぜフェルト」

 

「カリオストロたちも食後にね、ラインハルト☆」

 

 こうして互いの約束を交わした朝食は終わりを迎え、ラインハルトとカリオストロは二人して彼の部屋へと向かい、スバルとフェルトはその場に残される事となった。

 執事達が食器を片付けていく中、椅子の上であぐらを組んでスバルを見るフェルトは語りかけてくる。

 

「それで? あたしに話したい事ってーのはなんだ?」

 

「あーそれなんだが……ちょっとおおっぴらには話しづらい事でな」

 

「あん? 人目があると駄目な話?

 ……じゃああれだ、今片してる人どっか行ってくれ、何か二人きりで話したいんだとよー」

 

 フェルトがぱんぱんと手を鳴らすと、片付けをしていた執事達は大人しくその命令に従い、食堂から退席していく。人を動かす事に関しては既に堂に入っているように見えるが、今はそんな感想はいいだろう。これならば、とスバルは更に言葉を続ける。

 

「で、人払いしてくれてありがたいけど、ちょっとそっち行ってもいいか?」

 

「……何か気持ち悪いな、何だよ。変なことすんじゃねーぞ」

 

「気持ち悪いってどう言う事です!? 別に変なことは考えてねーよ!」

 

 近づくことに拒否感を示すフェルトは、渋々と彼の接近を許す。

 スバルはそんな彼女の直ぐ側までくると耳元に口を寄せて、囁いた。

 

「ロム爺がここに来てる」

 

「……っ!? おま、それ本当かッ!?」

 

「ちょ、声大きいって……っ!」

 

 しーっ! と口に人差し指を当てて黙るように促すとフェルトは咄嗟に口に手を当てて黙り込み、ちらりと食堂扉を見る。……どうやら騒ぎを聞きつけた存在はいないようだ。少し胸を撫で下ろしながら、フェルトは改めてスバルへと問いかける。

 

「……ほ、本当にこの屋敷に来てるのかよ?」

 

「いらない嘘なんてつかねえよ、商人の荷卸人のフリして、この屋敷に接近してきたみたいだ。

 俺も朝玄関に行ったら偶然出会ったから、死ぬほど驚いたぜ」

 

「そ、そっか……そうか……! あたし、今からちょっと会って!」

 

「ちょ、ちょちょちょーっと待て!!」

 

 こうしては居られないと食堂から飛び出そうとするフェルトの肩を咄嗟に掴むと、なんだよ! と彼女が八重歯を見せながら怒った。

 

「慌てんなって! ロム爺は何でか知らないけど此処に居る事がバレたくないみたいだ。

 だから慌てて出てったらバレちまうかもだろ!?」

 

「く……それでどうしろってんだよ、にーちゃん」

 

「ロム爺は何やら二人で話したいことがあるってさ。隠れてな。

 俺はロム爺にお前を引き連れてこいって言われたんだよ。屋敷の玄関で待ってるらしい」

 

「二人で……?」

 

 一体何を話すのかが検討もつかない様子のフェルト。

 そんな彼女にスバルは更に言葉を連ねて提案をする。このまま何でもない雑談をしながらゆっくりと、怪しまれない程度に玄関に行こうと。

 フェルトはスバルの提案に文句はないようで、こくりと頷けば、待っていられないと早速玄関へと移動を開始し始めた。

 

 

「あーでさ、エミリアたんも王候補者としての挟持が段々――」

 

「挟持なんてクソ喰らえだね、人間意欲がなければどんな物も――」

 

「それでエミリアたんの耳ってやっぱり魅力的に見えるんだけど――」

 

「何でお前の好みについて話さなきゃいけないんだ――」

 

「ちくわ大明神――」

 

「おい今何か混じった――」

 

 

 屋敷で働く人々や、来賓とすれ違いながらもあまりにもくだらない雑談を繰り返す二人はゆっくりと、ゆっくりと玄関まで近づく。

 段々その距離が縮まる度にフェルトは特に辛抱たまらないのか、気持ち足取りが早くなっていくのが分かり、スバルが焦る一面もあったが……幸いにも屋敷の人には怪しまれず。そうして――

 

「あー今日もいい天気だなー」

 

「そうだな本当だなー」

 

 既に雑になりかけているやり取りをしながら玄関から二人して外に出る。すると、またあの老執事が先程の商人とやり取りして居るのが見えた。

 

「商品が一部遅配されてしまう不手際、誠に申し開きようありません」

 

「いえいえ。お気になさらず。無事に商品も送って頂きましたので……」

 

「ご厚意感謝致します、ですがそれでは我々の気が済みません。

 当商会は信頼がモットーです。失った信頼を取り戻すことはなんと難しい事か……。

 今回は形ばかりの謝意にはなりますが、全商品の値段を一割引きさせて頂きます」

 

「なんと。そんな事をしなくとも――」

 

「いえ、そうさせて頂かなければ気が済みません。

 その代わりと言ってはなんですが、今後もご贔屓にお願いします」

 

 ぺこぺこと頭を下げる青年の後ろには、遅配されて来たであろう籠が2台存在していた。

 その籠の荷物は数人の荷卸人が今尚、せっせと積みおろしては屋敷に運び出している。

 ――そしてそんな荷卸人の中には先程も見たロム爺の姿があった。

 

 フェルトはひと目で気づいたのだろう、姿を見た瞬間に目がぱぁぁと輝き、今にも向かいそうに体をうずうずさせていたが、まだ焦るなとスバルが手で遮り、何とか自制する事が出来たようだ。……そんな二人に目ざとくも気付いたのは応対していた老執事。彼はこちら側へと声をかけてきた。

 

「おはようございます、フェルト様、スバル様。お二人そろって如何致しましたか?」

 

「あ、あーおはようございます。え、ええっとフェルトとちょっと話がてら散歩を……」

 

「お、おう、おはよーさん。ま、まあな! 折角来てくれたんだからさ、執事のじーちゃん達とかが手入れした庭とか見せなきゃと思ってさ!」

 

 あははは! と少しぎこちなく取り繕う二人を見て、と首を傾げる執事。

 だが深くは詮索しない事にしたようで、すぐにニコリと微笑みを返し、

 

「そうでございましたか。それであれば手入れした我々も嬉しい限りでございます

 今日は絶好の晴れ模様ですので、庭も輝いて見えることでしょう」

 

 それだけ言って、執事は商人の対応へと戻っていった。

 ……二人とも肝を冷やしたが、どうやら怪しまれなかったようだ。内心で胸を撫で下ろしながら二人でちらりと荷卸を続けるロム爺を見やると、彼もまたこちらを帽子の縁からちらりと覗き込んでいるのが見えた。

 取り合えず怪しまれぬように自然を装って何気ない会話を交えながら止まっている荷台の一台の後ろに近付いていけば、こちらへ近付いてきたロム爺が無言で荷台の中を指差し、二人して静かに乗り込んでいく。

 (ほろ)の中は商品があらかた掃けているので特に狭くは感じないが、続けてロム爺が荷台に乗り込んでくれば一気に手狭く感じて仕方がない。が、詮無き事だろう。

 

「ロム爺……っ!」

 

 老人が乗り込んだ瞬間、抑えた声でフェルトがその胸に飛び込んだからだ。

 ロム爺もそんな少女を優しく胸で抱き止め、安心させるようにその背中に手を回して包み込む。

 感動の再開である。スバルもそのシーンを見てうんうんと頷いて、二人の再会を暖かい目で見守る。

 

「っぷは、汗くせ……へへ、心配させやがって……このっ、大体何だよロム爺、お前全うな職についたのかよ」

 

「汗臭いはほっとけ馬鹿物、心配させたのはすまんかったがな。

 この職は一時的な物、全てはお前さんのための布石に過ぎん」

 

「あたしのため? よくわかんねーけど、本当心配させたのは反省しろよな、この! この!」

 

 目尻を潤ませつつも、今まで出来なかった分のスキンシップと言わんばかりに背をぽかぽか叩いては軽口を叩くフェルトに、ソレを受け止めながらも破顔するロム爺。

 ただロム爺はそんな心温まるやり取りは後でと言わんばかりに顔を引き締め始める。

 

「まあそういうやり取りは追々出来るじゃろう、今は時間がないから単刀直入に言うぞ。

 フェルトよ――お主ここから逃げ出したいか?」

 

「……え?」

 

「はい?」

 

 二人にはその言葉が余りにも予想外のものだったのだろう。

 スバルもフェルトも一瞬言ってる意味の理解が出来ず――少しして頭で受け止める事が出来たのか、驚きを表す。

 

「ちょ、ロム爺もしかしてお前今回の目的って――!」

 

「お主に言わなかったのは悪かったがな、儂はフェルトが現状が嫌であれば抜け出させるためにここに来たのよ。フェルト、お前さんがもしも逃げ出したいならこの竜車に乗ったままでおればソレでよい。ただ本気で王様を目指すつもりながら儂は――」

 

「――なぁロム爺」

 

 説明をしだすロム爺にフェルトが口を挟んだ。

 何故かその顔は俯かせており、その表情は読めない。

 

「……それって、抜け出した後もロム爺も一緒についてくるんだよな?」

 

「あん?」

 

「だから、抜け出した後も一緒に暮らせるんだよな!って、そう言いたいんだっての……!」

 

 フェルトは目の前の老人の服を掴み、必死の形相で食いかかった。

 

 確かに、フェルトは現状をよしとはしていない。

 王様なんて望んでもいないし、それを強いてくるラインハルトには良い感情を抱いていないので逃げ出してしまいたいとは思っていた。だが、そんな事よりも一番大事なのはロム爺の事だった。今まで雲隠れしていたのも心配で、ようやく見つけて一安心となったのに、逃げ出した先で離れ離れになってしまうのでは意味がない。彼女の中でロム爺は大切な家族なのだ。彼が居ないなら逃げ出した意味など何もなくなってしまう。それくらいには大切に思っているのだ。

 

「フェルト……あぁ勿論じゃ、またお主の傍に居てやれるじゃろうよ」

 

「そっか……なら行くぜ、ロム爺が居るならまた貧民生活に戻るってのも悪くねえかもな」

 

「貴族生活に慣れ親しんだお主にゃ苦しいかもしれんぞ?

 まあ、幸いにもホーシン商会が儂らを雇ってくれるとの事だから、食いっぱぐれることはないじゃろうよ」

 

 また逆戻りだな、と二人して笑い合うロム爺とフェルト。

 だがその中で1人冷や汗を流すのはスバルである。

 ただ二人で話すだけだと聞いてフェルトと引き合わせたのに何故かフェルトを脱出させる算段になっていた。知らなかったとはいえそんな脱出の算段に自分は手を貸してしまっているのだ。

 いつもは優しいラインハルトもこればかりは何を言われるか、また何をされるかが分からない。流石に不味いと思ったスバルは二人に声をかける。

 

「え、えーっと……そ、その計画もうちょっと待てないか?」

 

「あぁん?」「にいちゃん?」

 

「いや、まあフェルトの気持ちもロム爺の気持ちも分かるけどさ。

 ラインハルトだって王国の為を思ってお前を引き止めてるんだ。

 せめて代わりの候補者が見つかるまで我慢するとかはどうだ……?」

 

 せめて皆が納得するような解決方法を、とスバルが懇願する。

 が、既に決意を固めた二人には全く通じない。

 

「それはいつだよ? そしてどこにあたし以外の候補者がいるんだよ?

 そんなまごまごしてたらアイツがまた外堀埋めていって逃げられなくなっちまうだろーが」

 

「それにこの手法も二度も通じるか分からん。

 今の絶好の機会を逃すことは出来んのじゃ、小僧」

 

「だ、だとしてもだ今日別にやらなくても――もが!?」

 

「…………」

 

 未だ食い下がろうとするスバルを、急にロム爺が出会った時と同じように大きな腕で肩に手を回し、その手で口元を塞ぐ。

 どうしたのだとフェルトがロム爺を見やれば、彼は静かにするように言い含める。――どうやら幌のすぐ傍に誰かが近付いてきているらしい。

 

「――ですので、これにて荷物は全てになります」

 

「ふむ――ありがとうございます。ではこちらが代金になります、お受け取りください。

 それにしても随分と立派な地竜ですな」

 

「はは、ありがとうございます。我々の自慢の足でございますから。

 如何に早く商品を届けるかは彼らにかかっておりますので。

 ――()()()()()()()さん、準備は整っていますか?」

 

「いつでも良いぞ!!」

 

 外に居る商人の呼び声に対してロム爺が野太い声で返せば、商人はハキハキとした声で執事と最後の応対を行い始める。そして、そんな最後の瞬間が無事に終わるように固唾を飲んで時が過ぎ去るのを二人は待ち続ける。

 

「それでは我々は次の仕事がありますのでこれにて。

 次は遅配ないように努めますので、是非とも今後ともご贔屓に」

 

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

 やり取りが終われば竜車に人が跨った振動で軽く荷台が揺れ……その後、ゆっくりと竜車は進んでいく。

 フェルトが幌の隙間から見れば、1ヶ月あまり過ごした屋敷が徐々に徐々に遠ざかっていく様が見え――やがて、門を抜けて完全に領地の外へと脱出したのが見えた。

 

「……よっし! 上手くいったな!」

 

「あぁ、これでお主は晴れて自由の身よ。今まで大変じゃったなフェルトよ」

 

「本当だよ、ったく。貴族ってのが随分窮屈な生き方してんのかがよく分かったぜ。

 飯は上手いしベッドはあったかいってのはいーけど、どーにも駄目だ。

 やっぱあたしには王様なんて向いてねーぜ!」

 

 竜車も速度が乗り、既に視界から遠く離れたのを見て二人は一息つくと共に破顔する。

 二人の笑い声が聞こえてきたのか、御者台に座っていた青年もまたこちらに声をかけてきた。

 

「お疲れ様でした()()()()()。何とか上手くいったようですね」

 

「クロムウェルと呼べ。まあお主らの手配のお陰じゃよ。

 商人のフリをして潜りこむなどまず考えもつかんかったからのう」

 

「いえいえ、我々も利があればこその話ですから。

 商人は利がなければ何にしても動きませんので」

 

「ふん。利……と言うのは徽章の事か? それともフェルトの事か?」

 

「あーやっぱロム爺とお前らってグルだったのか……。

 っていうかホーシン商会って、あのアナスタシア・ホーシンのだよな?」

 

「む。知っておったかフェルト」

 

「腐っても候補者だ、敵になる相手は一応教わったっつーの。

 ……って事は今回のあたしの脱出劇は妨害工作の1つってことか、なーるほどな」

 

 アナスタシア・ホーシンはカララギという地方出身の王選候補者の1人である。

 彼女は巨大商会のトップに立つ存在で策謀に長けるかなりの実力者であり、今回の件もその企みのひとつである事がフェルトにも容易に想像が出来た。恐らく敵対者になりうる存在をあらかじめ消してしまうつもりだったのだろう。

 

「お怒りになりますか?」

 

「いーや、ぶっちゃけ無理強いされ続けててむかっ腹立ってたから別に。

 徽章なんてもういらねえし、王様にもなるつもりもないから、逆に助かったって言ってもいーかもな。……そんな事よりさ、ロム爺」

 

「なんじゃいフェルト」

 

 青年に対して軽く手を振って感謝を表したフェルトは、続けてロム爺を指差すと、

 

 

 

「そのにーちゃん、いつまで拘束しておくつもりだ?」

 

「あ」

 

 彼の腕の中ではそのたくましい腕と大きな手で口と体をしっかり拘束されたままのスバルが白目を剥いて気絶しており、哀れ少年は擬似的に拉致されてしまうのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 星達が瞬く夜の草原。

 ふと寝転がって夜空を眺めれば、それは素敵な体験が出来そうな場所では今――阿鼻叫喚の様態を呈していた。

 剣戟の音が響き渡り、魔法が飛び交い、悲鳴と怒号がそれらを彩り、絶え間ない地獄が今尚作り出されていく――

 

「っ、く、ラム……っ!!」

 

 襲い掛かってくる人を氷剣で切り払うのはエミリアだ。

 傍らでは何度か交戦したのだろうか、限界を超えて魔力を使用した代償で鼻と口から血を流した、憔悴のラムの姿があった。

 

「す、いませんエミリア様、足手まといになってしまい……」

 

「謝罪は今は後! 立てる? それならあそこの馬車の陰に避難していて……たぁっ!」

 

 乱戦の模様となっている今、エミリアには誰が敵で誰が味方なのかが全く理解出来なかった。

 味方だと思った人の中にははわき目も振らずにこちらへ襲ってくる人も居るし、

 敵だと思った魔獣を攻撃しようとすれば、それらを攻撃しないでくれと頼む人も居る。

 ……夜という事も相まって相棒のパックが居ない事が悔やまれる。

 オドを削って呼び出さなければ、きっと大変な事になるかもしれない。

 そのように逡巡(しゅんじゅん)していると、エミリアの目の前にある人物が立ち塞がった。

 

「いーい夜でいやがりますねぇ、星空満点、血肉満開、死屍累々のより取り見取り。

 クズ肉どものさえずり声も悲鳴だけならこちとら大歓迎ですよ。って言っても聞くに堪えないんでやっぱ黙って欲しーんですが、きゃはっ! きゃははははっ!!」

 

 見た目は筋骨粒々な狼顔の青年ではあるが、その表情と声が全く一致していない。悪意を撒き散らす事が楽しくて仕方がないといったように、顔が壊れそうな程腹を抱えて笑いこけている。

 その手に1人の男性の首根っこを掴んで引きずっているのも相まって、何もかもがおかしく見えた。

 全てが異常のその存在に、エミリアは気圧されたかのよう下がりながらも問う。

 

「貴方、貴方がこんなことを……?」

 

「あー? そーですよ、そんなの当たり前じゃねーですか何言ってやがんだこの肉魂は。

 わざわざテメーの為に足労して盛り上げてやったんですよ。

 感謝して平伏するってんのが筋じゃねーんですかね? 分かったか? 分かりやがりましたか? なら平伏しろよ! 盛り上げてやったんですからぁ!」

 

 青年は引きずった男性の首ではなく、頭を手で掴んで吊り下げる。

 既に戦意をなくしているその男性は呻き声を上げながら掴まれた頭の痛みに顔をしかめ――やがて呻き声の代わりに悲鳴を上げ始めた。

 

 エミリアは今見ている光景が信じられなかった。

 

 彼が掴んでいる男性が頭部から別の物へと変わっていってるのだ。

 人間だった筈のその頭部は見る見るうちに大きな芋虫のようなそれに成り代っていき、瞬き程の間に男性は頭の先から足の先まで一匹の巨大な虫へと姿を変えてしまった。

 

「あ、これお近づきの印の蛆虫なんで喜んで受け取りやがってくださいよ」

 

「っ……酷い、なんてことを……!」

 

 男性の手から力が抜ければ、ぼてっと巨大蛆虫が地面に落ち、もぞもぞと地面を醜く動きまわる。……その姿を見て、それが先程まで人間だったなんて誰もが思うことはないだろう。

 彼の末路を見てエミリアは胸に怒りを燃やし、キッと目の前の人物を睨みつける。

 

「今すぐ、その人を戻してあげなさい! さもないと酷いんだから!」

 

「はいはい、人の好意無碍(むげ)にしやがるなんてやっぱクズ肉はクズ肉でいやがりますねー。

 そっちの方がよっぽど酷いって分かってますか? 分かってねーんですよね、クズだから! あーヤダヤダ! これは礼儀に長けたアタクシが色々と教えてあげないといけませんかねー? めんどくせーから教えてやんねーけど。

 

 ――あぁそうそう、言い忘れてたんで先に自己紹介してあげますよ、耳かっぽじってよーく聞きやがってくださいね?」

 

 怒号と喧騒のバックコーラスが奏でられる中、狼頭の青年が大仰に両手を広げれば、その全身が別の人物に変わっていく。

 ウェーブのかかった美しい黒髪。エミリアよりも少し大きい身長で非常に肉感的な体、その顔は見る物すべてを引き込む愛くるしさと妖艶さを持ち合わせた、まさしく絶世の美女がそこに現れていた。……だが、エミリアにはそんな彼女に違和感を覚えていた。

 目の前の人物が色々な人の良い点を全て混ぜあわせたような、ちぐはぐな印象を感じていたからだ。

 

 その目に隠しきれぬほどの愉悦と侮蔑を浮かべる美女は、エミリアへとこう続ける――

 

 

 

「アタクシは魔女教大罪司教『色欲』担当――カペラ・エメラダ・ルグニカ様ってーもんです!

 銀髪ハーフエルフのエミリアさん、試練の時間でございますよぉっ! きゃははははっ!」

 

 

 




《復元の加護》
 本作オリジナル加護パート2。
 ケータイ復活させるためにわざわざ考えつかざるを得なかったラインハルトが取得した加護。壊れる前の状態に物体を戻す。

《アナスタシア・ホーシン》
王選候補者の一人。紫色の髪を腰までのばしたおっとりした雰囲気の女性。近隣国であるカララギにてホーシン商会を治めている大商人でもある。
 関西弁に似た「カララギ弁」という口調で喋る。一見幼く見えるが実年齢は22歳。
 合理主義者であるが貸し借りはしっかりする辺り義理固い。

《ロム爺 / バルガ・クロムウェル》
 盗品蔵の主であり、齢100歳を超えた巨人族の男性。
 フェルトを孫娘のように思っている。
 実は過去にあった亜人戦争では大参謀を努めていた。
 今回、アナスタシアの誘いに乗ってラインハルトからフェルトを奪還しにきた。

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