RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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 ⊂( 起伏 )
   ヽ ⊂ )
   (⌒)| ダッ
   三 `J


※一部不快かつグロテスクなシーンがあります。
 注意してお読み下さい。


第三十九話 最悪の裏切り

 竜車が丘を越えた先にあったのは白銀の世界。今までの通り道から全く想像出来ない一変した光景に、御者を務める商人は目を見開いて驚いた。

 

「こ、これ、どど、どうなってんだ?」

 

「わ、わかんねーけど何か、へ、変な事になってるのは間違いなさそうだな……」

 

「……フェルト、坊主、取り合えずこの毛布を羽織れ。風邪を引くぞ」

 

 当然ながら御者と同じく荷台からその様子を覗いていた三人も理解が出来ていない。

 歯の根が合わないほどの一帯の寒さに震えながら話し合う二人に、ロム爺は荷台にあった毛布を渡し、二人は急いでそれにくるまった。

 

「っぷは……なぁ商人のにーちゃん、合流地点ってこんな分かりやすい場所だったのかよ!?」

 

「い、いえ、そんな事はないはずです!

 そもそもこの場所も丘があるだけで、決してこんな雪と氷に覆われた場所では……!」

 

 商人は困惑の色を伴った強張った声を出しながら、事前に伝えられた通りに合流地点――雪原の中央へと竜車を向けていく。竜車がいよいよ雪に覆われた一帯へと進み出せば、車輪から響く音がくぐもった音へと変わっていった。

 

「雪だけなら分かるけど、なんだ? 周りにでっけー(ひょう)があるな。

 綺麗っちゃ綺麗だけど……天候が急におかしくなったのか?」

 

「ふぅむ……別の誰かに作られた方がまだわかるがな。

 こんな氷が降ってくるなど悪夢でしかないわい」

 

 進む先々には小粒程のモノから膝程のサイズまで大小さまざまな氷が散在的に地面に転がっており、竜車に備え付けられた明かりによってそれらがきらきらと光輝いている。ロム爺が言うように異常気象というよりかは、別の誰かが意図的に引き起こしたと言った方が確かに納得できた。

 物珍しさと警戒を露わにして一行は進み続けるが、進めば進むほど周りに見える景色は異様さを増していく。最早周りに見える氷塊は大人程のサイズの物も珍しくなくなっていた。

 

「……何かだんだん氷のサイズでかくなってねーか?」

 

「フェルトの目と俺の目がおかしくなってない限りは間違いはないな。

 目に見えて大きくなってる……魔法使いが練習でもしてたのか?」

 

 スバルがこの異様な世界を見て咄嗟に思い出したのは、絶賛懸想(けそう)中のお相手エミリアだった。森での魔獣退治ではパックと二人で襲い掛かる敵をことごとく氷像にしていった彼女もまた氷魔法(正確には火魔法)のエキスパート。だがそんな彼女でさえここまで広範囲に変化せしめる力があるかといえば……それは疑問だった。

 

「ううむ……おい、商人さんよ。もう合流地点なのじゃろう? お仲間はここらにおらんのか?」

 

「こ、この辺りの筈なんですが……まさか場所を間違えた?

 いや、そんな事は……行きにここを通った筈ですし……。

 ……ちょ、ちょっとごめんなさい、道を確認させてください!」

 

 周りの風景を見て自信が持てなくなったのだろう、商人は地竜に止める指示を出してその場に停車。一行が乗る荷台ががくり、と揺れた。

 

「えっと……確かこっちの道を進んで……」

 

 御者の上で左右の手をすり合わせながら地図を確認する商人。

 他三人も周りの様子を伺おうと、荷台から順々に雪の地に降りていった。

 

「う~~、さっむぅ! 季節的にまだ夏だって言うのに何でこんな寒い場所に来る羽目に……!」

 

「ワシにも分からん。だが一つだけ分かる事ならある。これは断じて異常気象ではないとな。

 ――見よ小僧、この氷なぞワシぐらいあるぞ」

 

 自分の両腕を自らの腕でかき抱くスバルに、ロム爺が竜車の(かたわ)らに生えている巨大な氷をこんこん、と手で叩いて示す。その氷の高さは優に2mを超えており、幅もロム爺より一回り大きい。またそれは氷の塊にしては奇妙な形をしており、内部に気泡が入りこんでいるのかそれとも表面がざらついているせいか、あまり透き通ってはいなかった。

 確かにこんな氷が降ってくる天候があれば命がいくつ合っても足りないだろう。

 

「それは分かるけどよロム爺、じゃあここに馬鹿みたいに氷作りまくった奴は一体何を考えてるって言う事だよ。草原一帯を凍らせるなんて意味が分からん。まさかここに氷山を作るつもりだった訳でもないだろうに――んん? ……なんだこれ」

 

「ん?」

 

 巨大な氷塊が何本も突き立った寒々しい草原の中で三人が疑問を介していると……フェルトが何かに気付いたのか、ロム爺が先程示したその巨大な氷像に近付いていく。

 何をするのだとロム爺とスバルがソレを見守っていると、フェルトは嵌めている手袋でその氷柱に触れ、ざりざりと表面についた氷を削り取っていき――

 

「うわっ!!?」

 

 直後、一気に氷から離れた。

 

「お、おい!?」

「ど、どうしたんじゃフェルト」

 

 その反応に二人して彼女を心配するが、彼女は引きつった顔のまま氷柱を指差すばかり。

 一体何があるんだ、とスバルとロム爺が彼女が指した場所を注視すれば、

 

「!?」

「こ、これは……」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その男は傭兵のような皮の鎧を身に纏っており、右手に剣を持ち、姿勢は前のめり。表情は鬼気迫る程の憤怒に彩られており、視線の先にいる誰かを切りつけようとする意志がありありと見て取れた。

 これが芸術作品であれば、三人とも手放しで拍手をするほどの躍動感。

 ただこの氷像が芸術作品でないことは、その溢れんばかりの躍動感から浮き彫りにされていた。

 ――恐らく、この氷に囚われた男性は死んで尚、凍ったことに気がついていないのだろう。

 

「……凍らされた、っていうのかよ」

「……」

 

「……も、もしかして……クソ、ドンピシャかよ」

 

 あまりの異様さに呆気に取られていた二人に、フェルトが後ろから毒づく声が届く。

 二人がまさかという思いで振り返れば、彼女は別の氷柱に視線を固定させていた。

 

 その氷柱は先程よりももっと酷いものだった。

 透き通っていないせいで完全には見えないが、抱き合うようにした二人の人間が氷に囚われている――だが、決定的な異常はその腹部には互いに大きな剣が生えている事だった。

 氷の内部できらきらと赤く輝いているのは、恐らく血なのだろう。

 相打ちの瞬間に凍らされた二人は一体何を考えていたのか、今では分からなかった。

 

 三人は戦慄を隠せない。

 目の前にあるものが信じられないスバル達は、ふらふらと散在する氷塊へと近付いては中を確かめていく。自分達が思い浮かんだ悪い予想がただの予想である事を願って。

 

 だが三人の淡い期待は、無慈悲な現実によって粉々に打ち消された。

 

 頭部がなくなったまま立ち尽くすローブを着た女性がいた。

 全身に矢を突きたてられた、2mほどの蟷螂(カマキリ)の魔獣がいた。

 至るところが焼け焦げた、剣を振り上げたままの筋骨隆々の男性がいた。

 腹部の大半を消し飛ばされた熊のような大型の魔獣がいた。

 両腕をなくしても尚、喜悦の表情を浮かべた細い男性がいた。

 折り重なって倒れた数匹の犬の魔獣がいた。

 何かを庇うようにして背に複数の剣を突きたてられた亜人の女性がいた。

 人がいた。

 魔獣がいた。

 人がいた。

 魔獣がいた。

 人がいた。

 魔獣がいた。

 人がいた。

 魔獣がいた。

 人がいた。

 魔獣がいた。

 人が。人が。人が。人が。人が。人が。人が。

 魔獣が。魔獣が。魔獣が。魔獣が。魔獣が。魔獣が。

 

 この草原に突き立つ氷像のほとんど全てが人と魔獣の墓標。

 三人はこの場のあまりの惨状に最早言葉を(つむ)ぐことが出来なくなっていた。

 

 なんなのだ、これは。

 一体何が起こったのだ、ここで。

 

 三人に理解出来たのはこの場で身の毛もよだつ大規模な戦闘が起こった事。

 そして、そのほとんどを何者かが凍らせていった事だった。

 ……寒さで白くした顔をいっそう青白くした三人は、無言で竜車の元へと戻っていき、今だ惨状に気付いていない商人にその内容を告げる。

 

「……そ、そんな!?」

 

「合流地点で恐らく戦闘があったのじゃろう……。

 見たところ魔獣の死骸まで大量におるから、待機中にこやつらに襲われたんじゃろうな。

 ……肝心の凍らせた存在が死んでおるかがわからん以上、ここに留まるのは危険じゃ」

 

「この惨状を見てなおここに留まるってのはちょっと無理だろーな……。

 早くこの場所から離れないとヤバイと思う」

 

「二人に同意。……っつか、今回は脱走とか抜きにしてラインハルトのところ戻らないか?

 何か、ひっじょうに不味い事になってる気がしてならないっていうか、いざという事を考えてラインハルトに出動してもらうことも考えてもいいような……」

 

 示し合わせることもなく三人の見解は一致していたが、スバルだけちゃっかり屋敷に戻ろうと言い出すので、フェルトとロム爺に睨まれていた。

 商人は説得を受け、ちらりと近くにある氷漬けになっていた男性を見てぶるりと身を震わせれば、すぐに三人へと頷き返す。恐らくは自分が同じ目に合うのを想像してしまったのだろう。

 

「そ、それもそうですね。どこに行くかは後で決めるとして……とりあえずここから離れる方向で……」

 

 顔面を蒼白にしながらそそくさと竜車に跨る商人。早くこの場から離れたいと思っているスバル達も荷台に乗り、寒そうにしていた地竜が今まさに足を踏み出そうとした……その時だった。

 

 

『なんや、お前さん達どこから来たんや?』

 

 

「ッ!!?」「!」「?!」

 

 誰もいない筈の草原で、場にそぐわぬ軽い声が投げかけられたのだ。

 すわ、ついにこの現象を引き起こした張本人か!? と荷台の中は一気に警戒がMAXまで引き上がる。フェルトはその手に既にナイフを持ち、ロム爺は拳を強く握り締め、スバルは音の発生源がどこからか判断できず(ほろ)の中できょろきょろしていた。そんな三人に対し御者はと言うと――

 

『り、リカードさん! 生きていらっしゃったんですか!?』

 

『あぁン? ……おー、勿論や!

 あの程度の魔獣どもにワイが負ける訳あらへんやろ!』

 

「……ん、んん!?」

 

 歓喜が含まれた声で、声の主へと返答をしていた。

 流石に他三人もそのやり取りを聞いて一気に脱力してしまう。

 関西弁の脱力感すげー、とスバルも緊張の糸を解いて息をつけば、声の主を見ようと幌の隙間から顔を覗かせた。

 

 そこに居たのは焦げ茶色の髪をモヒカンにした大きい体格の獣人であった。

 全身が赤茶けた短い体毛で覆われており、その体は筋骨隆々。

 犬の顔をしており、目付きは鋭く、口には鋭い牙が並んでいる。

 そんな見た目こそは(いかめ)しい男だが、その台詞と笑い方はどこか親しみが感じられた。

 

 リカードと呼ばれた男は現在商人に近づき、慣れ慣れしくその肩を叩いている。

 だが商人は決して嫌な顔はせず、むしろ安堵の表情でされるがままになっていた。

 

「な、なんか知り合いみたいだな」

 

「んだよ、驚かせやがって……」

 

 こっちの緊張を返せと悪態をつく一行。だがこの死の空間で生存者が居ることは非常に喜ばしい事だ。全員がどこかほっとした様子を漂わせながらフェルト達は荷台から降りていく。

 

「んでお前さんらこんな寒い所まで一体何しにきよったんや?」

 

「ちょ、お前目的忘れてんのかよ!?

 あたしら運んでくれるって言ったのはお前らだろ!?」

 

「ガハハハハハ!! 冗談やがな冗談!

 わーっとる、お前さんらはちゃーんと運んだるっちゅーねん」

 

「と言ってもどうするつもりじゃ? 見たところその運ぶ車さえも無いようじゃが」

 

「そこは安心したってええで、竜車は一旦別の場所に置いてあるんや。

 ――オーイ、みんなこっち来たれや!! 御一行様の到着やで!!」

 

 リカードが豪風が吹き付けそうな声とその拍手を辺りに響かせていけば、氷柱の影から、少し離れた場所から、ぞくぞくと人が集まってくるではないか。

 杖を持った男、弓を持った男、剣を携えた女性。荷物を担いだ男。etc...etc..。

 その数、少なく見積もっても十人以上。先程まで気配も何もなかったというのにどこにコレだけ潜んでいたのか、と一同は驚きを隠せなかった。

 

「あぁ良かった……! まだまだ生き残ってたんだ!」

 

「はぁー……驚いたぜ。あたしはてっきり全滅したかと」

 

「こ、こんなにも居たのかよ!? 隠れてたのか?」

 

「隠れてなんかあらへんわい。あいつらには残党処理をしてもらったんや。

 ま、多少の痛手もあったがクズ共がワイに勝てる訳あらへん」

 

 ガハハハと呵呵大笑(かかたいしょう)するリカード。

 場にそぐわぬ陽気さは異様といえば異様だが、安心を求めていた一行にとってはどこか頼もしいものだった。……だが、1人。スバルだけは小さな違和感を覚えていた。

 何かがおかしい、だが何がおかしいのだろう? 援軍がこの場に居ることは何よりも頼もしい筈なのに、どこか生き残っていた一団にもやもやとした疑問が残る。

 スバルがその違和感の原因を探っていると、ふと自分のすぐ傍に誰かが近付いたのが分かった。

 

「……な、なんだよ?」

 

 リカードである。

 彼は思案を続けるスバルを見下ろすようにして見つめている。

 何故男がこちらに顔を近づけてるか分からず、体を数歩引いて困惑するしかないスバルに対し、男はしばらく見つめ続けていれば、やがてニヤリと笑い、

 

「――にいちゃんもまたけったいな場所に出くわしてまったなー。

 正直言うてみ、今ブルっとるやろ?」

 

「!? い、いやそんな事は……」

 

「あーあー隠さんでもええって。

 まあこんだけ人や魔獣の死骸に囲まれてれば、ふっつーは怖いやろ。普通、普通や。

 ま、安心しとき! 怖いヤツも気持ち悪いヤツも()()()()()()()()()()()ワイらが全部全部ぜーんぶ始末したったからな!」

 

「いで、いでいで! いででで!!?」

 

 ガハハハハ! と大声で笑いながら物騒な事をのたまいつつスバルの背を叩くリカード。

 軽く叩いているかは知らないが男の手の威力は中々に高く、涙目になるしかない。

 だが男が安心づけようとしているのは何となく分かった。

 この男はやはり見かけどおり頼れる男なのだろうと思い、スバルはとりあえず違和感の事は忘れる事にした。……それが、致命的であることにも気づかず。

 

「そ、そうだリカードさん。一応これでフェルトさんの引き渡しは終わりになりますが。

 私はどうすればいいですか? 何か手伝うことは?

 それに……その、氷になってしまった仲間達はどうするおつもりで?」

 

「あほう、いっぺんに喋んなや。……まあそうやな。

 とりあえずフェルトとやらは竜車に預かっとこか。――オイ、持ってこんかい」

 

 仲間が居てほっとしている商人はリカードに指示を仰げば、ハイ、と言われるがままに別の男が声に従い、すぐさま別の竜車がこの場に用意された。

 

「お前さんら二人は、こっちの最後の仕事が終わるまでは少し竜車で待っててもらえへんか?」

 

「そりゃ待てって言われたら待つけどな、NOなんて言うつもりはねーよ。

 って言うか……弔いとかいーのかよ? 良ければ手伝うぜ?」

 

「ワシもじゃ。お仲間さんを考えるとただ待っているという事はのう……」

 

「お優しい事で涙ちょちょぎれるわ。

 でもまあ安心せいや、それはこっちでやるさかい。弔いは一旦後や。

 せやから安心してちょびーっとばかし竜車の中で待っといたってや?」

 

 リカードは気さくに笑って二人の搭乗を促し、フェルトとロム爺は渋々とその指示に従っていく。そうなると取り残されるのはスバルと、商人の二人だ。あちらの二人に対し自分達はどうすればいいんだ? なんだか迷子の気持ちになりつつあった二人は(たま)らずリカードへ話しかける。

 

「……あのー、俺はどうすればいいんですかね?

 俺って何か巻き添えで拉致られたみたいなんで……」

 

「そうなんです、彼は仕方なくこちらに連れてきてしまったので、

 一旦元の場所まで連れていかなければ……」

 

「まあまあまあまあ、その話は後や。

 お二人さんには悪いんやけど……残党処理手伝ってくれへんか?」

 

 困っている二人に対し、リカードは何故か両手に持っていた剣を渡して応対。スバルと商人は咄嗟に受け取ってしまったが、すぐに何故そんな事をしなければ!? と目を見開いて説明を求めだす。

 

「いやな、申し訳ないんやけど弔いはともかくまだ魔獣どもが残っとる。

 ほぼほぼやっつけた思うんやけど、しぶとく生き残ってるのが何体かおってな?

 抵抗はほぼ出来ひんと思うからトドメだけ差したってくれんか?」

 

「え、いや……でもそっちにそんだけ人が居るんなら……」

 

「だから手分けしてやるっちゅーこった。結構な数おるんや、これがまた。

 全部殲滅せなまた他の人にも被害出てまうやろ?

 迅速にここから離れるためにも必要なんや、頼むわ坊主」

 

 ぽりぽりと頭を掻いて堪忍な! と笑うリカード。

 スバルと商人は顔を見合わせると、はぁと一つ溜息をついた。

 どうやらやるしか無いと心に決めたようだ。

 

「言っときますが私は剣なんてまるで振った事は……」

 

「俺はまあ少しだけ経験あるけど……」

 

「おおきにな二人共! なぁに剣でブスって刺してやったら良いだけの話や!

 二人で手分けしてやってくれ、皆のもんも気張るんやで!」

 

 先程よりもニンマリ満開の笑みで二人の肩を叩いた男が部下に指示出しすれば、部下達もまた草原に散っていく。スバル達もその場で別れて雪を踏みしめながら、残党を求めて移動すれば――

 

「ん、兄ちゃんそこに一匹居るからな」

 

 氷柱の道をくぐり抜けた先で、その場に座り込んでいた部下の一人であろう男性が自分のすぐ横を指差す。スバルが指の先を辿っていけば、漆黒の毛皮に身を包んだ犬が腹部から大量の血を流して倒れていた。未だ息があるのか荒い呼吸と共に舌を伸ばしている姿は非常に痛々しく見える。

 

「……ちょっとびっくりした。でも、本当に死にかけなんだな」

 

「苦戦したぜ。仲間も何人かやられてようやく追い込んでソコまで持っていけたんだ。

 ま。そんな事はどうでもいい。今は時間がねえ。

 悪いがさっさとやっちまってくれ……俺ぁこっちの奥に居るの片すからよ」

 

「お、おう……本当大変だったんだな」

 

 疲れを露骨に表す男性の言に従ってスバルが死に体の犬に向き直り、その剣を大上段に構える。すると犬は口から血を垂らしながら哀願のつもりなのか、鼻を鳴らしてスバルへと顔を向ける。

 

「や、やりづれえな……!」

 

躊躇(ちゅうちょ)する必要はねえぞ、俺達を傷つけたやつなんだからな」

 

「くっ……!」

 

 どこか怯えすら見せている犬は顔を左右に振って逃げ出そうとしており、それが更に罪悪感を刺激する。だがこれは人を襲った魔獣なのだとスバルは言い聞かせて雑念を振り払えば――思い切り剣を振り下ろした。

 ロングソードは犬の首に半ばまでめり込み、か細い鳴き声とともに傷跡から溢れた血が、更に犬と雪を染めていく。

 

「うえ……」

 

「ほらもう一回。それじゃ死なないぞ」

 

「わ、分かった……――恨むなよ」

 

 スバルはもう一度剣を振り下ろし、二度目でようやく犬は完全に息の根が止まった。

 

「兄ちゃんありがとな。その調子で頼むぜ」

 

「お、おう……なんつーか、弱い者虐めするみたいであんま気が乗らねえけどな」

 

 あれだけ辛酸を舐めてきた魔獣の筈なのに、何故か今日は罪悪感がとても強かった。今まで出会った魔獣はその全てが敵対的で同情の余地すら沸かなかったのに、何故今回のはどこか同情を買うような動きをするのだろう。そんな疑問を浮かべながらもスバルは点々と魔獣を探し、駆除していく。

 蜘蛛型の魔獣、アシカのような魔獣。スライムのような魔獣……何故だかは知らないが、この場に居る魔獣はどれも規則性がないし、そのどれもがリカードの言うとおり傷つき瀕死の状態だった。その為、スバルが怪我をしたりすることは全くない。多少手こずるとしても、それは斬り方が下手で何度も斬りつける必要があるぐらいだった。

 ……不思議な事に始末を経験していく内に、今や彼の中で抵抗と言うものが薄まっていた。

 慣れてしまったのだろうか、先程まで感じていた罪悪感も違和感も今では全くと言っていいほどなく、もう作業のつもりで次の魔獣はと機会的に探し求めていけば……「おーい」とあのリカードの大声が届いた。こちらを呼んでいるらしい。

 

「どうしたんだよ? えっと……リカード」

 

「おう、何や兄ちゃん調子いいみたいやしもう一個頼んだろう思ってな。

 ――実は奥に大物がおったんや、そいつも始末頼んでええか?」

 

「お、大物!? それ、俺が倒せるものなのかよ!?」

 

「あーあー、そう身構えんといてもええんや。そいつももう瀕死やしほとんど動けへん。

 見たやろ? 敵のほとんどは抵抗すら出来へんかったの。

 ソレさえ片せばもう終わりやし、その間ワイらは撤収の準備するさかい、ちょちょいで終わるから頼むわ兄ちゃん」

 

「……それならまあ、乗りかかった船だしな」

 

「頼もしいやないか、んじゃこっち来いや」

 

 リカードがまたニヤリと犬歯を覗かせながら笑うと、彼は氷柱の森の中を進んでいく。

 この先はどうやら寒さの中心地のようだ。先に進めば進むほど氷塊の数と寒気が増していく。

 スバルは両腕をかき抱きながら先導する男へと追従していけばやがて――視界が唐突に開けた。

 

「こいつや」

 

「どれど――う゛げっ……!? お、おいおい、これ。まだ生きてるのかよ」

 

 スバルの視界に入った魔獣。それは巨大で真っ白な芋虫のようだった。

 全長は5m程、その幅は自分の身長程ある巨体。顔に当たる部分は一転変わって茶色に染まっている。……イメージとしてはカブトムシの幼虫がそのまま巨大化した、といった方が納得出来るかもしれない。

 だがスバルが一瞬嫌悪感を覚えたのはその巨大と形のせいではなく、全身に多種多様な武器が突き刺さっているせいであった。

 剣が刺さっていた。槍が刺さっていた。斧がめり込んでいた。弓矢も大量に刺さっていた。

 傷口からは緑色の液体が止めどなく溢れており、白い表面を緑色に染めている。

 その痛々しい姿と漂う臭気は醜悪としかいいようがなく、スバルが口元を抑える程であった。

 

「コイツが草原一帯を氷にした原因や」

 

「こ、こいつが!?」

 

「虫のくせに、って思ったやろ。ワイらもまさかと思ったがその通りや。

 ワイらもそこそこに苦戦したでぇ、味方がどんどん凍らされてくんは確かに面倒やった。

 ――っつ~ことで()()()。頼むわ、介錯したったれや」

 

「……本当に反撃とかしないだろうな? くそ、何で拉致くんだりでこんなことに……!」

 

 眼前の巨大蟲は未だ体液を流しながら息をするように全身の伸縮をしている。

 スバルはリカードの説明に戦慄よりかは不安を覚えながら剣を構える。

 もうさっさと倒して、早くこの場から離れよう。その思いしか頭にはなかった。

 

「でっかいからちゃんと何度も切りつけなあかんで~」

 

「わーってる!」

 

 気の抜ける声を出しながらアドバイスするリカードに二つ返事をすれば、スバルは虫へと近づいてく。その芋虫は最初はただ体を伸縮させて息をするだけだったが、彼が近づけば得体の知れない甲高い声をあげて傷ついた体を寄せようとし始め、大きく慌てる羽目になった。

 

「大丈夫や、もうそいつは魔力切れやから反撃もできん」

 

「わ、分かっててもこればっかりはちょっとな!?」

 

 2m程離れて尚、虫は体液を零しながらスバルに近づいてくる。

 きゅいきゅいという声が表すのは敵意なのだろうか。

 抵抗出来ない魔獣に一方的に攻撃するのは気が引けるが、この醜悪な化物は人間達を凍らせた元凶なのだ。そう心に言い聞かせながらスバルは剣を掲げる。

 

 白い芋虫は尚も彼へと(すが)るように近づいて来るが剣を掲げるとぴたりと止まり、再度きゅいきゅいという声を上げ始める。しかし、スバルにそれを聞く耳はなかった。

 

 

 ――風を斬る音とともに柔らかな肉に力任せの剣がめり込み、体液が溢れた。

 

 

「もう一回や」

 

 体液で薄汚れた剣を再度振り下ろし、緑の液体が雪に飛び散った。

 

「もう一回」

 

 体液で汚れた剣を再度振り下ろし、虫の悲鳴が断続的なものに変わった。

 

「もう一回」

 

 体液がまぶされた剣を再度振り下ろし、剣が肉を切り裂く水音が周りに響いた。

 

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回っ」

 

 言葉に従うように剣を振り下ろし続けていけば、やがて虫の声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 何度も剣を振り下ろして息を切らせたスバルがふぅ、ふぅ、と呼吸を整える。

 最早見るまでもなく完全に虫は息絶えており、その惨状は余りにも酷いものだ。肉を斬る感触や緑の体液が自分の衣服についてしまって居るのも含めてたまらなく不快な体験だったと言えよう。

 ――だがコレで終わりだ、カリオストロやラインハルトには叱られるかもしれないがようやくあいつらのもとに帰れる。すぐに竜車まで戻ろう。

 芽生えた希望を心に汚れた剣を鞘に戻していざ振り向けば、そこにはリカードが(たたず)んでいた。

 撤退を準備をするのではないのか? そういえば集中してる間にわざわざアドバイスをする声が聞こえていたような、と不思議に思うスバル。対する男は何故か腹を抑え、(うつむ)きながら体を震わせていた。

 

「見てたのかよ……それなら自分でやってくれてもいいだろうに。

 まあ言われた通りには仕留めたから……」

 

「…………」

 

「……お、おいどうしたんだよ? 腹でも痛いのか?」

 

「………く」

 

「く?」

 

「く。く。く。く。く。く――」

 

 ぶるぶるとした体の震えは小さなものからどんどん大きなものに代わり、やがて、

 

 

 

 

 

 

 

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら―――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 ――リカードは背を仰け反らせて、堪らないと言ったように爆笑し始めた。

 

 腹を抱えて、

 腹筋を(よじ)らせ、

 背を大きく仰け反らせ、

 鋭い牙を剥き出しにして、

 文字通り顎を外さんとする程。

 

 その笑い声は今までの男の様子から全くかけ離れた気味の悪さがあり、何よりその笑いが意図する理由が全く分からずに、スバルは恐怖を覚えるしかない。

 この男は何故魔獣が死んだというのに笑っているんだ?

 この男は何故自分を見て笑っているんだ?

 この男は何故……あんなにも気持ちの悪い顔をして笑っているんだ?

 

「……ひぃっ!?」

 

 後ずさって、リカードから離れようとしたスバルは更に気づく。

 手分けして魔獣退治や準備に追われていた筈のメンバーが全員、見知らぬ間に周りに立っており、彼らもまた自分を見て笑っていたのだ。

 リカードと仲間達の笑い声が全方位から浴びせられるのは、最早悪夢にしか思えなかった。

 

 自分は言われるがままに手伝いをしただけ。

 あんな邪悪で、愉悦に歪んだ表情で見られる覚えはない筈。

 なのに悪意ある輪唱は止まらない。止まらない。止まらない。トマッテクレナイ。

 耳に反響する嘲笑が不快感を煽り続け、やがて耐えきれなくなったのか混乱と恐怖から逃れようとスバルは耳を塞いでその場に(うずくま)る。

 早く笑い声が止まって欲しい。悪い夢なら覚めて欲しい。

 暗闇に怯える子供が布団に隠れるように、弱々しく震えて過ぎ去るのを待つ。

 

 ……無限とも思える恐怖は、蹲った彼の肩を誰かが叩いた事で終わりを告げた。

 

「~~~~っ、ひぃっ、ひぃっ……あぁー笑った笑った。

 あー堪忍な、スバルの努力わろてしもうてすまんかったな?

 にいちゃんがあんまりにも()()()()()、腹ぁよじれて仕方なかったわ。いやーようやってくれたでぇ!!」

 

「ひ、え……あ……?」

 

 ぽんぽん、と優しく肩を叩き続けながら耳元で喋り続けるリカードに対し、スバルは抑えていた手を外して、怯えながら伺う。彼の表情は最初出会ったときと同じ柔和そうな顔をしていた。

 だがそんな顔を向けられても最早安心など出来様がない。

 

「――残念やったなぁ、試練を達成することも出来ずにどんな気分や?

 それも他ならぬお前さんの仲間の手で落っこちよるんや!! 

 こないな傑作あると思うか!? ――げらげらげらげらげら!!」

 

 スバルから離れた上機嫌なリカードは一転して既に事切れた虫を何度も蹴り上げている。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 そんな男の豹変した態度を見て今まで忘れていた違和感がようやくスバルの中に芽吹く。

 大量の仲間が(たお)れたというのに、リカードはソレをまるで気にしていないし、彼の仲間もまた、仲間の死そのものに意味なんてないと言わんばかりに振舞っていた。まるでそんな事よりも魔獣を殺す事が大事だと言わんばかり。

 それに、この男はなぜ自分の名前を知っているのだろうか。彼の前でそう呼び合ったこともないのに。

 男達の行動理由は分からないが、その割り切れなさが堪らなくスバルを不快にする。

 最早本当に同じ人間であるとは思えないほど、彼らは自分とは隔絶した存在に見えていた。

 

 ――戦慄し、腰の抜けたスバルを差し置いてリカードは続ける。

 

「はぁーぁ……さぁて、ワイらもそろそろ行かなあかん。

 ……()()()()()()()()()()()()()、本当は処理せなあかんかもやけど~。

 ええもん見せて貰ったし、ワイらと同類なのもあるから見逃したるわ」

 

 良かったな~、とにっこりと人好きのしそうな満面の笑みを見せた男は、呆然とするスバルを置いて立ち上がると仲間へと指示を出していく。仲間達はその指示をテキパキとこなし、見る見るうちに出発する準備が万端になっていた。

 

 リカードは準備が整った荷台へと飛び乗ると、その中から再度笑い大きく両手を振る。

 

「じゃあな兄ちゃん、良い余興やったで~」

 

「…………あ」

 

 そして、男達は呆気なく氷の世界から去っていった。

 

 

 

 スバルは魔獣と人の死骸に囲まれた冷たい場所で、唖然としながら男達を見送る他なかった――




書きたかった話その①。
でもこの話纏めるのはちょっと苦労しました。

《リカード・ウェルキン》
 アナスタシア陣営に所属する、獣人傭兵団【鉄の牙】の団長。
 全身モフモフのでっかい獣人アニキ。カララギ弁も相まってバランスが良い。
 魔法的な才能はないが剣の強さは折り紙つき。
 今回は商品(フェルト)護送のためにわざわざ傭兵団引っ張ってきた。
 金銭にがめつく、金の切れ目が縁の切れ目でさばさばとした価値観の持ち主ではあるが、アナスタシアと同じように義理難く、仲間思いである。

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