RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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遅くなってすいません。
不快なシーンやグロテスクなシーンがあるのでご注意ください。




第四十一話 裏切りの代償(後編)

「盟約だぁ? 訳の分からん事を言ってるんじゃねえぞ」

 

『そちらが分かる、分からないは関係ないのさ。

 盟約は何においても優先され、必ず果たされなければならない』

 

「何が目的で、誰と結んだ盟約かは知らねえが……スバルを殺すことがその目的なら諦めるんだなデカブツ。どんな権利があろうともオレ様の目が黒い内は誰にもスバルは殺させない」

 

『反古などさせないし、してやらない。……分かるかい? これはもう決定事項なのさ。彼はボクが直々に裁かなければならない。面倒は省きたいからそこを退いてくれるかな()()()()()()。確実に息の根を止める事は約束するよ』

 

「はぁ~~……どうやら、耳はでかくてもそれを聞く脳は発達してないようだな。

 いいかデカブツ、オレ様は諦めろって言ったんだ。三度目はない。

 第一スバルを殺す理由を盟約と言い切るなんて、大袈裟にも程がある」

 

 殺意を載せて睨みつけると同時にカリオストロの周りに金色の魔力が(まと)わり始める。それは魔力を持たぬ一般人でも認識出来るだけでなく、周りの物質そのものに影響を及ぼすほどの圧力を持っており、部屋の内部を侵食した雪や氷がその圧に追いやられるように舞い、二人の会話を黙って聞いていたスバル達も全身を押しつけるような感覚を受けた。

 屋敷を覗き込む巨大な四足獣もそれを感じた事だろう。しかしながら獣は眉一つ動かさずに、カリオストロを睥睨(へいげい)し続けていた。

 

『ひとつ――勘違いを正そう』

 

 大気を震わす声。同時に、部屋の内部に異変が起こり始める。

 

 ぴしり、ぺきりと連続して何かが砕けるような音と共に、風通しのよくなった客間の床、天井、壁に氷の棘がどんどん現れていく。それらの棘は自らの体を際限なく成長させていき、カリオストロ達の周囲に張られた薄いバリア以外を覆い尽くしていく。

 大量の氷の蛇が四方八方から取り囲んで来るような圧迫感。

 スバルとレムは周囲に迫る脅威に顔を右往左往し、カリオストロは苦々しい顔をする。

 このまま戦闘が始まれば、自分はともかく後ろに居るスバルとレムは無事では済まないのは自明。ならば、と右手に持つ魔導書を光らせ、彼女はタイミングを見計らう。

 

『スバルの死は盟約のほんの一部に過ぎない。ボクの最終的な盟約の目的は――』

 

「レムッ! 早くいけぇッ!!」

 

 そして言葉を言い切る前にウロボロスに命令させて通路に通じる壁を吹き飛ばし、大穴が空く。レムはカリオストロの声に応え、瞬間的にスバルを抱えて穴へと飛び込んだ――その直後、

 

 

『この世界、生きとし生けるもの全ての死だ』

 

 

 多重の凍結音と共に部屋の内側があっという間に巨大な氷棘で埋めつくされ、飛び散った大量の氷片が霧のように通路内に広がった。

 

 冷たい死が蔓延(まんえん)した部屋から辛うじて脱出したレムは立ち上った白煙を切り裂いて飛び出し、スバルを抱えて脇目も降らずに通路をひた走る。

 

「カリオストロ――――ッ!!」

 

「~~~~っ!! スバル君、口を閉じて下さいっ! 舌を噛んでしまいます!」

 

 担がれたスバルが必死に後ろに振り返りカリオストロへと叫ぶ。

 あまりにも圧倒的な攻撃は絶望しか感じられず。よもや彼女と言えど死んでしまったのではと悪い想像を振り払ることもできずに、移動する最中も悲壮な顔で後ろを見続ける。

 だが彼の悪い予想が根付く前に、部屋の壁を壊して何かが飛び出してくる存在があった。

 カリオストロである。

 二対の龍を携えた彼女もまた服の端を白く染めながらも凍りついた部屋から脱出する出来たのだろう。が、スバルが目視した直後に部屋から巨大な氷柱が彼女に向けて勢いよく飛び出し、咄嗟に展開した障壁でも受け止めきれずに反対側の部屋へ吹き飛ばされて、視界から消えてしまう。

 

『逃げても苦しみが長引くだけさ』

 

 そして今まさに見ている通路や部屋が魔獣の一撃により紙屑のように破壊され、逃げ惑うレム達をぽっかり空いた穴から魔獣の眼が見据える。彼の背後に見える灰色雲で満たされた空には既にその魔獣よりも巨大な魔方陣が宙に展開されており、魔法は今にも解き放たれようとしているのが二人に分かった。

 スバルとレムの背筋に怖気が走る。

 あれが何をしようとしているかは分からないが、致死の一撃には違いないだろう。

 そう悟った二人は顔を蒼くしながらも、必死に逃走を続ける。

 その間にも魔法陣の輝きは増していき、既に背後に光を感じるほどになれば、逃走を諦めたレムはせめてものとスバルを庇うように抱きしめて背を向ける……しかし、その時だった、

 

『――』

 

 直後、宙に浮いた魔方陣がガラス細工のように砕けた。

 一方で何が起きたのか分からなかったのはレム達二人だ。

 死んだと思ったのに、魔法そのものが消えている。よもや発動に失敗したのか?

 倒れ込んだ二人が共に見上げれば魔獣がまたも魔法陣を形成していた。……いや、自身の前面に全身を覆いつくすほどの魔法陣の正体、それは巨大な障壁であった。

 形成された障壁が完成したと同時に、自身の体に匹敵するほどの極彩色の波動がどこからともなく障壁にぶつかり、霧散する。波動の余波を受けた屋敷の破片や瓦礫、壁などが一瞬で粉状になり、吹雪に巻かれて空にばらまかれた。

 

「あんなのでオレ様がやられるとでも思ってやがるのか」

 

 カリオストロによる攻撃だ。彼女は傍らに浮いた魔道書、両サイドにウロボロスを従え、右手を魔獣へ向けながら悠々と吹き飛ばされた部屋から出てきた。恐らくは魔獣の攻撃を妨害したのも彼女によるものなのだろう。

 対する魔獣の反応は無言。代わりに彼女の周りを覆い囲むようにして大量の魔方陣を宙に浮かばせ、物量で圧殺しようとするが、

 

「はっ!」

 

 蒼と朱の龍がカリオストロを中心に、竜巻のように高速旋回。その体の一部が魔方陣に触れれば、宙に浮いたそれらは、ぱきん、と小気味良い音を立てて瓦解していく。

 レム達には見えた事だろう。彼女の龍達がなぞるように動くさなか、床や壁が巻き込まれれば紙細工のように削られていく様を。

 

『成る程……キミは分解するのが得意なのかい?』

 

「こと分解に関してはオレ様の上はいるが、それでも最高位には違いねえな」

 

 反撃の時間だ。と旋回していた龍が巨大魔獣へと勢いを乗せて襲い掛かる。

 対する相手は、ウロボロス達の特性を警戒して先程と同じく巨大な障壁を自身の前に展開し、嵐と見紛う程の多数の氷柱をカリオストロへと浴びせる作戦に出た。

 だが彼女は同じく展開した障壁や、右手からの極彩色の波動で消し飛ばして悠々と防ぎ、ウロボロスと波長を合わせて巧みに攻撃を行う。

 魔獣が展開した巨大障壁は流石に一撃で壊れることはなかったが、龍が攻撃する箇所はその組成陣が崩壊し、穴ぼこになっていく。そのため、魔獣は障壁を重ねがけせざるを得なかった。

 

 絶対的強者同士の戦いに魅入り、その場で立ち尽くしてしまうスバルとレム。目の前で繰り広げられる文字通り格の違う戦闘は美しさがあり、見惚れてしまうほど幻想的だ。よもやこれほどまでの戦いがあろうとは、と自分の命が狙われているというのに逃げることすら忘れていた二人だが、そんな彼らに恐怖が襲い掛かる。

 

『――手間をかけさせてくれるね』

 

「!! 伏せろッ!」

 

「ッ!?」

「? おわぁっ!?」

 

 突如カリオストロがレム達に振り返って叫び、咄嗟に反応する事が出来たレムがきょとんとするスバルを抱いて床に体を投げ出す。

 それと同時の事だった。

 

 

        キィンッ

 

 

 伏せた直後、彼らの頭上を不可視の何かが甲高い音を立てて通り抜けていった。

 何事だ、と転がった二人が顔を見上げれば通路の奥の奥まで続く左右の壁、柱、調度品、扉が、丁度二人が立っていればお腹の辺りの位置に一筋の線が作り上げられていた。……そしてこれはと思う間もなく、扉や調度品達がその線にそってずれる、あるいは切り離され次々に体を亡き分からせていくのが見えた。

 

「!?」

「かまいたち、かよ……!」

 

 彼らの頭上を通りすぎたのは魔獣が作り上げた極大かつ極冷の真空の刃だった。

 真っ二つに切り裂かれた残骸を見てスバルとレムは無意識に喉を鳴らす。

 カリオストロが知らせてくれねば、自分達もああなっていた事だろう。

 

「いつまでそこに居やがる!? ぼーっとしてないで早く逃げろ!」

 

「だ、だけどカリオストロは……!?」

 

『他人を気遣う余裕があるのは素晴らしいことだね。

 その気遣いを少しでもこちらにも持ってくれれば、ボクも楽に進められる』

 

 ついに魔獣はカリオストロではなくスバル達二人を狙い始める。

 カリオストロはそれを止めようと一層の苛烈さをもって敵へと攻撃をしようとするが、一歩遅かった。魔法陣が倒れこんだ二人を囲み、その空中に何重もの氷の武器が形成されたと思えば、その切っ先を二人へと向けていた。

 

『……確かに、仕方のない部分もあったかもしれない。

 だからと言ってスバルの行いを許せるかといえば、否だ。

 スバル。キミは何も知らないまま、娘と同じく幾多の武器に貫かれて惨たらしく死ぬといい』

 

「やめろぉおおおッ!?」

 

「う、あ、あぁぁぁああ―――っ!!」

「―――っ!!」

 

 カリオストロの必死の抵抗むなしく、四方八方から氷の武器達が射出されてしまう。

 スバルが絶望に悲鳴をあげ、レムは目を瞑ってこの先に起こる現実の直視を拒否する――、

 

 

 

 

 

『…………どうして邪魔をするんだい? ()()()()

 

 ――しかしながら、殺意が彼らを貫く事はなかった。

 彼らを危機から救い出したのはベアトリスだ。

 いつの間にか彼らのすぐ傍に立った彼女は手をかざし、突き立つ筈の武器達を宙に浮いた波紋で全て弾き返していた。

 

「…………」

 

『彼らが死ぬ事とキミには関係がないはず。

 ボクは君の契約に触れるような事はしないつもりだよ?』

 

「……関係はあるかしら。こいつらがもしも禁書庫に入り込んだとしたらその限りではないはず。

 こいつらが死ぬのは仕方ないにせよ、せめてものこの屋敷の外でやって欲しいと思ってるのよ」

 

『相変わらず不器用な優しさだね、ベティー。今はその優しさすらも(わずら)わしく思うよ。

 それで――キミも同じ考えなのかい? ()()()()()

 

 そしてベアトリスの背後にはこの屋敷の持ち主でもあるロズワールが佇んでいた。

 ただ、いつもの様子とは大分違う。道化の装いはそのままに、彼の表情は暗く、いつもの考えの読めない飄々とした感じは鳴りを潜めていた。覇気はなく、幽鬼がそこに居る、と言った方が正しい程だ。

 

「……終焉の獣としての貴方とお会いするのは初めてですね」

 

『質問に答えてくれるかな?

 今はキミと過去を懐かしむ暇はないし、キミも盟約の例外ではない。

 これ以上、面倒はかけたくないんだけどね』

 

「貴方がここに居るという事から、大体の顛末(てんまつ)は理解しているつもりです。

 えぇそうでしょうとも。貴方は盟約に従わざるを得ない。

 そして私も盟約を邪魔するつもりはないし、抵抗するつもりはない」

 

『では何故キミはここに立ち塞がっている?

 率先的に殺されようとしているというのであれば、分からなくはないけど』

 

「――そのつもりだったのですが、私にもまだ情というものはあったようでして。自らの従者がむざむざと目の前で殺されてしまうのを見届ける程、薄情にはなりきれないようです」

 

 ふざけた口調もなく、淡々と。掲げた片手に五色の魔力球を浮かべたロズワールは、終焉の獣と呼ばれた存在へ距離を詰め、へたり込むレム達の前に立つ。続けてベアトリスが彼の横に立ち、カリオストロもまた黙したままその隣に並び、目の前の魔獣を見上げた。

 

『……』

 

 獣は背後で倒れ込む二人を庇って立ち塞がる三人に、その目を細めた。

 

「ろ、ロズワール様、ベアトリス様」

 

「……いつまで観戦を気取るつもりかしら?

 巻き添えで死ぬなんて間抜け、晒したいなら残っていくといいのよ」

 

「早く行きたまーぇよ、レム。スバル君は何だかんだで機転が利く子だ。

 二人で屋敷から脱出して、王都に向かうといぃーさ」

 

 格式ある精霊と稀代の魔術師が背を向けたままのたまう。

 その言葉にレムは何かを堪えるような表情でスバルと共に立ち上がり、通路の奥へと向おうとする。スバルもまたレムに肩を貸した状態で振り返り、カリオストロに声をかけようとするが……その前に彼女が口を開いた。

 

「心配すんなスバル」

 

 スバルの心情を悟ったカリオストロが、力強く言い放つ。

 彼女もまた振り返ることなく、眼前の魔獣へと敵意を乗せて睨みつけながら。

 

「お前達足手まといが居なければこの程度の魔獣、造作もない。後で必ず向かう」

 

「~~っ、カリオストロ!」

 

「はぁ……第一に、お前はオレ様を誰だと思っていやがる?」

 

 未だ心配そうな声色のスバルに対して彼女はそこまで言い切ると、振り返って不敵な笑みをスバルへと見せた。 

 

 

「――天才美少女錬金術師のカリオストロ様が、負ける訳がねえだろうが」

 

 

 直後、魔獣が高速展開した多重の魔法陣が全員を凍てつかせようと閃き、

 ベアトリスの陰魔法が黒色の輝きを見せて、攻撃の侵入を拒み、

 ロズワールの掌の上の五色の球体は大きく膨張して拡散、魔方陣を分解しようと動き、

 カリオストロの二対のウロボロスと黄金の波濤が、魔獣を崩壊させようと飛びついた、

 

 レム(と抱えられたスバル)は一息に通路を走り、目先に見えた階段から階下へと逃げ去った。

 

『キミ達が力量の差も分からない愚か者だというのはよーく分かったよ。

 それであれば是非もない、ここで屋敷ごと凍てつき、無残な墓標となるといいさ――!』

 

 全身を覆う銀毛を逆立たせた魔獣は、その口を大きく開けて怒りを表し、本腰を入れて三人へと襲い掛かる。牽制の氷棘の嵐が終われば、大きくあげた巨腕を天高く掲げ、力を貯める素振りを見せれば、その腕の周囲がきらきらと光輝く。

 詠唱光ではない、腕の周囲があまりの冷気に凍り付いているのだ。

 そうしてついに振り下ろされた巨大な腕は、軌跡の途中で大気そのものを凍てつかせながら三人へと迫り、ベアトリスとロズワールの障壁とかち合ったと同時に、金属同士が擦れるような音と共に周りに巨大な氷壁の花を咲かせる。甚大な一撃の威力は障壁では完全に弾ききれず、周りの部屋、通路、そして屋敷そのものを氷杭が食い荒らし、障壁を展開した二人ははっきりと顔を苦渋で滲ませながら、どうにか防いだ。

 

「オイオイ、お前がここで朽ちていく事を考慮してなかったのか?

 デカブツ――いや、『パック』!」

 

 スバル達という足枷が消え、守りを考える必要がなくなったカリオストロは意気揚々と仕返しを行う。自らの従者たち(ウロボロス)を瞬く間に振り下ろされた腕に強く絡みつかせて自身の魔力を送り込めば、龍達は黄金色に光り輝き、締め付けられた腕から血煙がぶわっと立ち上る。

 魔獣が痛みに顔をしかめて腕を振り払い、その龍を屋敷の壁に叩きつけんとした時には既にウロボロスは離脱し、カリオストロのすぐ傍に戻っていた。……かの魔獣の腕ははっきりと締め付けられた跡の形で血肉が滴っている。どうやらあの一瞬で分解されかけたようだ。

 

『……気付いてくれたようで何よりだね。

 ずっと気付かないで居られるのも心苦しかったところだ』

 

「パックが力を持つ存在だとは最初から知っていたし、何よりお前は最初からオレ様達を名指しで呼んでいた。確信を持てたのは最後の『娘』という発言からだが。

 それはともかくパック、何故お前はオレ様達を襲う?

 エミリアに一体何があったって言うんだ?

 ……スバルが、エミリアに何をしたっていうんだ?」

 

『そこまで知っていながら結論に至れないのかい? 天才が聞いて呆れる――スバルは我が娘を殺めた。信頼していたあの娘を無情にも剣で慰み物にした。

 そこにいかなる理由があろうと、親としてその狼藉を死以外で許すことは出来ない』

 

 魔獣は自らをパックだと認めた。

 カリオストロがここぞとばかりに疑問をぶつけるが帰ってくる答えは要領を得ない。

 何故スバルがよりにもよってエミリアを殺す?

 恋心を抱いていた彼がそれを為すとは到底思えなかった。

 操られていたのであればまだ分かる。だがスバルは誘拐されてからエミリアと会ったという話もなく、カリオストロに話した内容に嘘は見受けられなかった。どうにも噛み合わない。追求しようとした矢先、ベアトリスが口を開く、

 

「待つかしらにーちゃ。スバルはどうしようもなく愚かだけれども、少なくともにーちゃの娘を殺めるとは思えないのよ……操られていたという理由以外では」

 

 彼女が自分の心情を代弁してくれた。一撃を凌いで息を整えた後も、絶え間なく吹き付ける吹雪を障壁で防ぎ続ける彼女も信じられないといった形だ。そんなスバルを擁護したベアトリスを珍しく思う。屋敷での一ヶ月間で、このつっけんどんな幼女も少しは彼に心を開いたのだろうか。そう思っているとパックは、語気を強めてベアトリスを否定しだす。

 

『口を慎め小娘。そんなにもスバルが気に入ったかい? それとも彼こそが()()()()()()()()()とでもいいたいのかい? 勝手な信頼と想像は結構だが事実、ボクは見た。彼が自分の意志でリアを殺した事を。何度も何度も剣を振り下ろした事を――!』

 

 怒りに連動するように、更に吹雪の勢いが強まる。屋敷そのものが吹き飛ばされそうなほどの強風と冷波の前に、展開していた障壁がびりびりと震える。

 付き合いの長いベアトリスですら彼がここまで怒るところを見た事がないのか、気圧されたかのように二歩下がる中、カリオストロも障壁を後押ししながらパックの発言について考え込む。

 

 スバルの発言では彼はエミリアと遭遇していないと言う。

 代わりに謎の集団と出会って不快な思いをしたと言う。

 記憶を改ざんさせられた? だとしたらそもそもその怪しげな集団の記憶すら消されている筈。中途半端に謎を残す理由はないだろう。

 その集団がした事は、スバルに魔物の駆逐を手伝わせた事ぐらいだが――と、そこまで思い至って、ふと悪い予想が頭をよぎる。よもや、もしかしてスバルは――

 

「――おい、オイオイオイ。まさか、そういう事か?

 パック。エミリアは――あの雪原に居たっていう事なのか?

 スバルがエミリアを殺したっていうのは、そういう事なのか……?」

 

「……?」

「……」

 

『……ようやく気付いたようだね、カリオストロ。そうさ、娘は――』

 

「姿形を変えられて、知らぬ内にスバルに殺されたっていうのかよ――!!」 

 

 憤怒の形相になったカリオストロが、パックに向けて怒りを叩きつける。

 目の前のパックの反応で確信出来た、もうただの悪い予想だとは思えない。

 何故ならば、それであればスバルの言う謎の集団達の行動の理由が全て筋道が通るからだ。

 

 彼らはスバルの一番大事な仲間を、自らの手で殺める所を見て(わら)っていたのだ――!

 

『事の重大さが分かっただろう?

 だからこそ、彼はボクに殺されるべきだと言っているんだ』

 

「――ッ、あぁ。最悪だ。今まで考えられる中で最低の野郎共だよそいつらは。

 だが、しかしだ。だとすればだパック。スバルは気付いていなかったんだ。その罪は」

 

『あろうがなかろうが関係ないと言っている。もう、今は罪の所在を問う段階ではないんだ。

 奴らは罠に()めてリアの姿形を変えた。

 スバルは気付かずにリアを殺した。

 ボクは自身の力不足から、娘を見殺しにしてしまった。

 その(つぐな)いは、盟約で補うほかないんだ』  

 

「に、にーちゃ……」

 

 怒りと悲哀。それらを口調に滲ませたパックは傷ついた腕を全面氷で覆い、更に一歩、一行に向けて歩み寄る。パックの気持ちは分からないでもない。自分だって大切な存在を、ソレが故意でないとしても失うことになれば、その怒りの矛先は張本人に向かうだろう。だが幾ら相手の心情が理解出来たかといって、スバルをみずみず殺させるかといえば……ソレは否だ。

 最早言葉での説得は不可能。パックは既に覚悟を決めている。

 それであればこちらも覚悟を決めて、目の前の魔獣を撃ち滅ぼすしかない。

 

「――――」

 

 同情を覚悟に置き換えて、再度全身に魔力を巡らせるカリオストロ。

 厳しい戦いになるだろうが、負けるビジョンは彼女にはあまり見えなかった。脳内にある数千年の叡智と経験。星の民すら単独で退けた自身の力があれば、例え相手がパックであろうと打ち滅ぼすことが可能だと自負している。最悪のケースでベアトリスやロズワールを失うかもしれないが、最低限スバルを守る事は出来る――未だ躊躇(ためら)いのあるベアトリスもみすみす命を失うつもりはないのか、その障壁を維持したままだ。ロズワールは先程から静かだが、サポートに回るのであれば頼もしい事この上ない。

 そうしていよいよ戦端が開かれようとした―矢先の事だった。

 

 

 

「そう、最早償いは死しかないんだ」

 

 

 

 

「あ……?」

 

 先程から沈黙を保っていたロズワールが言葉を発したと同時に、カリオストロの口元から大量の何かがあふれ出し、漏れた。一体何が溢れたのかはすぐに分かった。血だ。

 自分の体を見下ろせば、焼け焦げた匂いと共に本来胸がある部分に貴族服ごと大きな穴が開いてるのが分かり、全身から力が抜けていくのが感じられた。

 

「ロズワール!? お前一体何――」

 

()()()()()()()()、ベアトリス」

 

 更にロズワールはベアトリスに向けて魔法を行使する。五色の波濤は障壁をパックに向けて展開していた彼女が防ぐには荷が重く、色取り取りの衝撃が彼女の全身に直撃すればベアトリスの小柄な身はこの世から消えてなくなってしまう。

 ベアトリスが消え去ったことで三人を守っていた障壁がなくなり、凍てつく冷気が二人を叩く。主人を唐突に裏切ったロズワールにワンテンポ遅れてウロボロス達が襲い掛かっていく。空間ごと削る一撃が人の身に迫る。だが、ロズワールは全く避ける素振りを見せず――右肩から左脇腹、そして左腰から右膝までをそれぞれ消し飛ばされ、身体が泣き別れる結果となった。

 

 どちゃ、と雪で覆われた廊下にロズワールの肉片と血が飛び散る。

 しかしながら極零下ではすぐに温度が奪われ、瞬く間にその体は凍り付いていく。

 それはカリオストロも同じであり、機能不全に(おちい)った体はいう事を聞かずに膝をついてしまい、膝から下までが瞬く間に氷に侵食されていく。青息吐息の中、抜け落ちていく魔力をかき集めて治癒をしながら、カリオストロは憎憎しくロズワールに問う。

 

「て、めぇ――いった、ぃ、何、のっ、つもりで……ッ!!」

 

「……………は、はは。……か、賭け、は……失敗に、終――ったんだ……。

 そ、れ……なら、さっ…さとつ、ぎの賭け……に、(たく)……ま――で……」

 

 肩から上だけで奇跡的に生きていたロズワールは、空虚を見つめながらも呟き返す。

 『スバルのため』『賭け』、その言葉の意味がわからぬカリオストロは、更を問い詰めようとするが、彼は口の端から血を零したっきりその全身が凍結し……瞬く間に吹雪に埋もれていった。

 

 痛みと混乱でない交ぜになりながらも、カリオストロは口内から血を吐き出す。刻一刻と凍結していく体に鞭をうち、ウロボロスに防衛、そして自身は回復に専念をし、何とか現状を打開しようとする。

 

「はぁ、っく、……ふ……がぁ?! っ、う、ゅぶ――」

 

 しかし、現実は無情だった。

 地面から突如生えた巨大な氷槍、剣、斧、数多の武器達がその矮躯(わいく)を弱弱しい障壁ごと惨たらしく貫く。やはり片手落ちの状態では本腰を入れたパックの攻撃を防ぐことは出来ず、カリオストロはその美貌すらも破壊しつくされ――見る影もない肉塊へと成り果ててしまった。

 ウロボロスも直後に、構成されていた体が崩壊。ざらざらと砂に代われば猛吹雪に晒されて消えていった。

 

『――娘の死は賭けの一種だったと……? 賭けの結果、魔女教にリアが殺されたと?

 ふざけている。ふざけているよロズワール……!』

 

 カリオストロを殺したパックは、唐突のロズワールの裏切りと発言に憤りを覚えていた。

 やりきれない。エミリアが駒のように扱われた事も、

 そして怒りをぶつける相手が既に死んでしまった事も。

 やりきれなさを胸に抱きながら、気持ちを切り替えようとしたパックだが……ふと、何かに気付く。

 たった今殺した筈のカリオストロの体、いや正確には彼女が落とした魔道書からマナが(うごめ)くのを感じたのだ。一体何が起こるのかと見つめていたパックだったが、すぐにその狙いを察する。

 

『破壊と再生、ね――キミの根源はそこにあったのか。

 だけどだカリオストロ、もうボクはキミに付き合うつもりはないんだ。

 ……魂ごと凍りつかせてしまえば、流石に再生できないだろう?』

 

 自身の周りの構成物質を分解して、体を自動的に再構成しようとしたカリオストロだったが、直後、無残な亡骸と魔道書ごと巨大な氷に捕らえられてしまう。

 その氷はパックの濃密な魔力で満たされた、いわば氷の牢獄。

 あらゆる物質が動きを止める牢獄の中では如何にカリオストロでも無力だった。

 

 パックはその場に動くものが無くなったのを確認すると、ゆっくりと顔をある方向に向ける。

 視線の先にあるのは壊れかけた屋敷の通路、その奥――誰も居ないはずの空間を見て、何かを探る。

 

『…………』

 

 そうして、パックはその巨体をゆっくりと移動させてその場を去っていく。

 豪風を伴う吹雪は止まる事なく、廊下に残された物言わぬ躯達に次々と降り積もり、その全てを白く染めていった――

 

 

 § § §

 

 

「――――っ」

 

「な、なぁレム! 俺は別に動けるから降ろしてくれても……!」

 

「いえ、だめですスバル君。スバル君は高熱が出て弱っているんですから、移動はレムにお任せてください」

 

 三人が時間を稼いでる間に階段に飛び込んだ二人。

 レムはスバルを抱えながら階下に向かった後、廊下をひた走る。

 向かう先は屋敷の出口。数多の扉を通り過ぎあっという間に出口に辿り着くのだが、

 

「……! レム、このまま外は不味い気がする。

 外はアレ程の猛吹雪だ。防寒具もなく外に飛び込めばあっという間にお陀仏だぞ」

 

「オダブツ……? ですがスバル君、このまま屋敷に留まるのもまた危険です。

 隠れるのも得策ではないでしょうし……御三方ならばきっと倒してくれるとレムは信じていますが、もしも巻き込まれるかもしれないと考えると」

 

「くそっ、何か手は――」

 

 いざ出ようとして躊躇する二人。

 重厚な玄関の扉隙間からはひっきりなしに甲高い風切り音が聞こえてきており、その外が猛吹雪なのは見ずとも分かった。防寒具は直ぐ様用意出来るものでもなく、更に言えばスバルはまだ寝間着姿。二人は焦燥感に駆られながらもその場に佇み考えるしかなかった。

 

「スバル君!」「レム!」

 

しかし、直後二人は同時に顔を上げて互いの目を見やった。

 

「……もしかして、同じ答えに辿り着いたか?」

 

「えぇスバル君、レムも思いつきました。つい最近導入したあれですよね」

 

「「マナ・パッセージ」だ」

 

 マナ・パッセージは先月の魔獣騒ぎでロズワールが導入した、短距離でのワープを実現可能にする魔道具(ミーティア)だ。試験的に運用されたその魔道具の使い勝手は実のところは悪いが、コレを使えば苦労することもなくこの屋敷から脱出出来るだろう。その考えに至った二人はすぐさま玄関から離れ、離れにある地下室を一路目指していく。

 

「確か、移動先はアーラム村の小屋、だよな」

 

「はい。移動先も吹雪になっている可能性はあるかもしれませんが……元凶から離れられるならまだマシですね」

 

「だな」

 

 お喋りする間にも二人は地下室に辿り着く。

 木製ではなく鉄製の扉に閉ざされたその部屋の内に二人入り込めば、倉庫としても使われていたのか様々な道具やそれらが積まれた棚、木箱が二人の目に入る。

 少しだけ埃の積もった、そこまで広くない一室は二人がかろうじて移動出来るスペースがあり、その道の先は奥の扉へと続いていた。

 

「……スバル君、魔力結晶はありますか?」

 

「あぁ、前に確認したっきりだけど使う奴もいないから、二人分は確保済みだ」

 

 マナ・パッセージは使用のたびにマナ結晶を必要とする。

 スバルは棚にしまい込まれていた拳大のマナ結晶をその両手に抱えると、レムとともに先の部屋へと急ぐ。

 ひとまずは撤退だ。後はカリオストロ達が後から必ず来ると信じて態勢を整えよう。如何に強大な敵であろうと彼女の強さがあれば、そしてあの二人が更に居ればきっと大丈夫だ。……希望を胸に抱き、いざ魔道具の起動準備を急ごうとしたが――

 

「な!?」

「そ、そんな!」

 

 ――二人の目に飛び込んできたのは、破壊しつくされた「マナ・パッセージ」の姿だった。

 どうすればここまで壊れるのか、()()()()()()()が炸裂したとしか思えぬ程の有様。壁はえぐれ、床は砕け、器具はその原型をとどめぬ上に、ところどころ焼け焦げた状態。修理出来るかなど考える必要もないほど、完膚なきまでに壊れていた。

 

「こ、れじゃ……外には」

 

「……ッ! スバル君、早くこの場から逃げましょう。

 やはり、外に出て逃げる他ないようで――!?」

 

「レム!?」

 

 急ぎ部屋から引き返そうとしたレムが口を閉ざすのにつられ、スバルがその先を見ると……倉庫入り口、鉄製の扉が小さな皹割れの音と共に隅から中央に向けて徐々に白く染まりつつあった。寒波の勢いが強くなったか、それとも追いつかれてしまったのか。ただ考えている暇はないと、レムは急ぎ凍りつつある扉の取っ手に手をかけて、開放しようとする。

 

「ッう!?」

 

 が、反射的に触れた手を離してしまう。手に感じたのは冷たさではなく熱。極度に冷え込んだ物を触った事により体が誤信号を送ったようだ。

 顔を(しか)め、触った指を撫でて労わろうとするレムだが、直後その顔が驚愕に変わる。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 すぐさま扉を見返せば自分が手にかけていた指が取っ手に張り付いて残されており、ただの気温の低下ではありえない異常現象に、レムは戦慄するほかなかった。

 

「レム、一体どうしたんだ……?」

 

「……いいえ、何でもありませんスバル君。

 扉が冷えきってるので離れていてください。今からレムがこの扉を壊します」

 

 レムはスバルに指の事を黙り、瞬時にこの扉を蹴破ろうとする。

 こうなれば無理矢理にでも壊すしかない。

 たとえ外が極度の零下だとしても、袋小路ではどの道終わりになってしまうのだから。

 だがそんな決意をあざ笑うかのように氷の侵食は更に早まる。いまや扉は完全に白く染まり、入り口付近の道具達や床、天井、壁が見る見るうちに侵食され、徐々にこちらへと近付いてくる始末。

 

「――ッ! ――ッ! ――くぅっ」

 

 堅く、大きな氷にハンマーを打ち付けるような音が部屋に響く。

 芯まで凍った鉄の扉は、鬼化したレムですら蹴り上げても凹むだけで破壊できず、出来ても表面を覆う氷が削れるだけ。そしてそれらの氷はすぐさま生み出されていく。

 蹴るたびに革靴が張り付き、ソレを強引に剥がすしてまた蹴り上げるために、最早靴は靴の体をなしてはおらず。素足が見えかけたところで無駄を悟り、レムは蹴るのをやめてしまう。

 

「ど、れだけ堅、い……氷、なんだよ」

 

「ごめ、んなさいスバル君、何故だか周りの、マナも薄くて、力が……魔法も……」

 

 両手で肩をかき抱いて震えるスバルにレムが謝る。

 鬼化したレムの角は、平常時よりも弱弱しく光るだけ。その理由はパックが屋敷近辺を凍りつかせようと一帯のマナを消費し続けていることが原因だが、レムには知る由もない事だった。

 密室と化した地下室は今や冷凍庫と見まがう程の冷気で包まれ、スバルもレムも寒さの前に動きが徐々に鈍っていく。吐く息は瞬く間に凍りつき、両手足が痺れだし――ついに、熱を出して弱っていたスバルはその場に(ひざまず)いてしまった。

 

「さ、むい……っ、寒い、さむい………さむ……」

 

「す、スバル君っ……! ……ふぅ、ぅ、ふぅっ……!」

 

 レムもまた同じだ。最早扉を壊す力はなく、氷に覆われた床に張り付いてしまった足をなんとか剥がして寒さに震わせるスバルの元へと移動する。

 足の皮が剥がれ、剥がれた先からまた凍りつき、そしてついに片足は中ほどからぱきり、と折れてバランスを崩す。咄嗟に片手を床につけば手もまた凍り付いてしまう始末。だが、それでも尚。強い意思でもって、スバルの元にたどり着き、レムは震えるスバルを優しく抱きしめる。

 

「大丈夫、です……スバル君、レムが。レムがついています……」

 

「……さむい……さむ、いよ……」

 

「……だい、じょうぶですよ……レムが、あたため、てあげます……から」

 

 抱き合った二人の表面から、ぴしり、ぴしりと凍りつく音が聞こえる。

 刻一刻と失われていく体温に、最早動かす事も出来ない体――互いの頬がすり合わさった状態で、このまま死ぬのだろうとレムは考えた。

 だが、それでも尚レムは……今の状況に喜びを覚えていた。

 せめてもの最期の時まで大事な人と抱き合い、死に至れる事が出来てよかったと、そう考えていた。

 

 互いの鼓動の音が弱まっていく事がはっきりと分かる。

 もう目をあけることも出来ない。

 それでも、この腕の中に居る人を1人にさせることはなかったのだと。

 

 

「      」

 

「  すば  ん  さいご で  れむ  が      」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――もう何もかもおしまいなんだよ、スバル』

 

 動く物の居なくなった地下室に声が響けば、直後天井をぶち抜いてパックの巨腕が振り下ろされ。氷像は瓦礫と腕によって粉砕――細かな氷の破片となってあたりに飛び散った。

 




_人人人人人人人人_
> 突然の裏切り <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


マナ・パッセージについては「第三十ニ話 束の間の小噺 【番外編】」を参照してください。

《終焉の獣(パック)》
 もふもふ猫パックの正体。
 四足歩行で全身白毛が生えており非常に大きな体(20m程)に非常に長い尻尾を持つ。
 自らの顕現に必要なマナを周囲から強制的に徴収する事によって存在するだけで周囲を凍りつかせるという恐ろしいお方。世界を少しずつ殺していく事から『終焉の獣』と呼ばれていくとか。尚、この話でのパックの攻撃はほぼオリジナル。

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