RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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この章初のループ。

◆前回までの時系列
・一日目(夜):ラインハルト邸のパーティ会場で謎の男性と少女に出会う。
・二日目(朝):エミリアとラムが屋敷にとんぼ帰り開始。
        スバルがフェルト奪還に来たロム爺と出会い、拉致されてしまう。
・二日目(夜):エミリアとラム、草原にて色欲に襲撃される。
       :スバル達もその草原に合流。
        謎の集団にたぶらかされてエミリアを殺してしまう。
       :その後、草原にて放置される。
・三日目(朝):カリオストロがスバルを発見。屋敷へと連れ帰る。
・四日目(昼):屋敷にパック襲撃。スバル達全員死亡。


第四十二話 午後八時の鐘の音②

 世界が一点に向けて再度収束する感覚。

 

 全身に走るありとあらゆる逆感覚を一身に受ける最中、不思議な感覚を覚える。

 意識だけとなった自分のすぐ傍に、誰かの存在を感じるのだ。

 

 それは知っているようで知らない、不思議な存在。

 それは要領を得ないのに明瞭な、得体の知れない存在。

 

 何もかもが塗りつぶされたかのように黒いそれは鼻に残る、煮詰めすぎた果実のような甘い甘い香りを漂わせながらも、巻き戻る時の中で身動きの取れない自分に向けて手のようなものを伸ばしてくる。

 

「■■■■■」

 

 手が頬に触れる。

 今にも壊れそうな物に触れるような力で。

 顔を近づけて囁く。

 慈しむような仕草で、慰めるような声で。

 

「■■■を■■■■」

 

 間近にある筈の顔は見えない。

 闇を覆っているその体格もぼんやりとしか知覚出来ない。

 なのに、自分にはその相手が女性だというのがすぐに分かった。

 

「■■■を■■■■」

 

 多種多様な感覚が脳から奪われ/戻っていく最中も、彼女の言葉だけが砂に垂らされた水のように浸透する。

 落ち着く声だ。

 気持ちのいい匂いだ。

 そして、優しい願いだ。

 彼女がお願いするのであれば、その言葉に従いたいと自然に思ってしまう。

 

「■■■を■■■■」

 

 ――だがそんな事。願われるまでもない。

 

 心に植えつけられそうになった意識を振り払うかのように、頬を触れる手を剥がす。

 顔すら見えぬはずなのに目の前の女性が驚いたのが分かった。

 

 ■■■を■■■■やる?

 そんなの当たり前の事だ。

 指図されずとも自分の意志でしてみせる。

 ■■■のためにも、そして自分の為にも。

 

 

 見守る事しか出来ないお前に言われてやることではない。

 

 

 失せろ、と裂帛の気迫を視線に載せて睨みつけてやれば――彼女はしばしこちらを見つめた後、暗闇に溶けて消えていった。

 

 

 収束点は、気付けばすぐそこにあった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 意識を揺さぶる、よく響く金属音。

 それが鳴らされる度に不明瞭だった意識が世界を認識していく。

 

 4回。5回。6回。7回。

 

 8回目でスバルの世界が色を取り戻し、そして音の正体に気付く。……柱時計の鐘の音だ。

 その音はきらびやかな衣装を身に纏った様々な人がひしめく会場内を満たし、辺りのざわめきを少しずつ抑え込んでいく。

 最早人々の注目は料理や雑談に興じていた相手ではなくなりつつある。

 彼らの興味は視線の先にあるのは小舞台、そこで行われるであろうお披露目にこそあった。

 

 関心が徐々に一箇所に集まりつつある中、スバルの視線だけは目の前にいた女の子に注がれ続けていた。

 

「えっ……?」

 

 スバルには今居るこの場所がどこなのかが判断がつかない。

 きょろきょろと辺りを見回したり、見慣れぬ自分の姿を確認してしまう。

 右手に持っていたのは金色かつ透明な液体が入ったワイングラス。

 そんな自分の格好は……執事服ではない、タキシード?

 なぜ自分はここに居る? なぜ自分はこんな装いになっている?

 それに――目の前の糸目顔の少女は誰だ?

 どこか既視感のある光景の中、彼が周りから得た情報を元に現在の状況を把握したのは数十秒後の事だった。

 

 "ここはラインハルトの屋敷、そのパーティ会場"

 "今はお披露目の直前、午後八時丁度"

 "自分もお呼ばれされて参加、お披露目が行われるのを見知らぬ少女と待っていた"

 

 その把握を皮切りに自分の中で渦巻いていた『なぜ』が、直前の記憶と共に紐解かれていく。

 

 屋敷に戻った後、唐突に現れた巨大な魔獣が襲い掛かったこと。

 巨大な魔獣を、カリオストロ達が食い止めて自分達を逃がしてくれたこと。

 逃げようとした後倉庫に閉じ込められ、レムと共に凍てついて果てたこと。

 

 スバルは寒くもないのに、その両手で自分の体をかき抱く。

 あの惨劇の後に記憶がなく、見覚えのある光景に戻ったという事。

 それが意味する事はただ一つ――自分は、死に戻ったのだ。

 

「…………?」

 

 唐突に挙動不審になったのを何事かと思ったのか、目の前の少女……確かポルクスと名乗ったか。彼女もスバルを真似するようにキョロキョロと周りを見渡した後、大きく首を傾げてこちらを見ていた。

 

「……あ、あぁ悪い悪い。な、なーんか体がむずがゆくってさ」

 

「……そう?」

 

 だが依然として不思議そうにこちらを見つめてくるポルクスに何でもないと誤魔化すと、スバルはそそくさとお披露目が始まる前にパーティ会場から離れようとする。

 あの子の事を考えている暇はない、まずはカリオストロに会わねば。

 恐らく彼女もこちらの姿を探しているだろう。

 前の世界で命を賭けて自分を逃がそうと奮闘していた彼女に、一刻も早く会いたい。

 

 スバルは(はや)る気持ちを抑えて静かに扉を開けて廊下に出れば……願った通り、廊下奥にカリオストロがいた。彼女もまたスバルを見ると小走りでこちらに駆けてくる。

 死に戻りの影響なのだろうか、その顔色は普段よりも幾分か悪そうに見えた。

 

「カリオストロ! ……大丈夫か」

 

「……慣れはしてないが、別に平気だ。すぐに落ち着く。……スバル、お前の方も平気か?」

 

「……大丈夫っちゃ大丈夫だ。割とショッキングなのは違いないけどな……。

 なんつーか、唐突過ぎて訳が分からないって言う気持ちの方が大きくてな。

 ……しかし……久々にやっちまったな。今回のセーブポイントがここで助かったというべきか、なんというか……」

 

 事の真相を知らないため、一連の事件はスバルにとって困惑の方が強かったらしい。

 セーブポイントの事も含め、それは幸いなことだとカリオストロは素直に思った。

 スバルが自分自身の手でエミリアを殺したのだと気付いてしまえば、彼の精神は再度大きな傷を負う事だろう。最悪、粉々に砕けてしまうかもしいれなかった。

 悪辣すぎる謎の集団達の所業に改めて怒りを覚えながらも、カリオストロは冷静になろうとこめかみを指で押さえて深呼吸する。

 

「……とりあえず、エミリア達を呼ぶぞ」

 

「状況のすり合わせは先にしないのか?」

 

「大体の事はオレ様の頭に入っている。

 一応確認はするが……お前はレムと共に屋敷から脱出する前にやられたか、

 あるいは脱出直後に氷漬けにされたか、そんな感じだろう?」

 

 スバルの反応を見るに強すぎるショックを受けているようには思えない。

 という事は、パックが苛め抜いてスバルを殺した訳ではないと推察したカリオストロだったが、彼はその言葉を受けてかなり落ち込んだ様子で話はじめる。

 

「あぁ……マナ・パッセージで逃げようとしたんだが、ソレがなぜかぼろっぼろに壊されててな。

 魔道具のある倉庫の中で、二人して氷漬けになった……って感じだ。

 レムは……レムは凍りながらも最後まで俺のことを守ろうとしてくれたよ」

 

「……悪かった。あれだけ啖呵(たんか)を切った手前、申し開きようもねえ。

 予想外の出来事があってアイツを倒しきれなかった……」

 

「謝ることないって!? いや、アレはマジで規格外過ぎだ。

 訳の分からない理由で殺されるのはたまったもんじゃないが……まあそこは切り替えるからさ」

 

 かなり申し訳なさそうにする彼女にわたわたと手を振って取り繕うスバル。カリオストロは彼の優しさに罪悪感を覚えながら、マナパッセージが壊されていた理由を何となく悟る。恐らく、逃げ道を絶ったのはロズワールなのだろう。

 唐突な裏切り。「スバルのため」という発言。そして「賭け」という言葉。

 全てを把握出来た訳ではないが、ロズワールの狙いが何なのかは(おぼろ)げに推理が組み上がりつつある。だが、今その考えに没頭するつもりはないと思考の隅に追いやると、再度口を開く。

 

「とにかくだ、今回の話はエミリア達二人を交えてすぐに話す。この事件の切欠は二人の失踪だ。

 あいつらを失踪させないためにも手紙の主の狙いを外す必要がある」

 

「だよな、手紙は二人を狙った罠には違いない。……でも狙いを外すってのはどうするんだ?」

 

「単純な話、待ち伏せする場所と時間は決まってるんだ。

 例えば時間をずらして通るとか。そもそも屋敷に留まり続けて待ち伏せ場所に近付かないとかだな」

 

「なるほどな」

 

 二人はすぐさま足早にエミリア達が向ったと思う控え室へと急ぐ。

 直前の記憶を掘りおこしながら二人で屋敷の奥へと進んでいく。

 具体的な部屋こそ分からない二人だったが、探す手間はすぐに省けることになる――屋敷奥の部屋からフェルトと思しき存在の声が聞こえたからだ。声のする部屋へと急ぎ駆け込めばそこにはラインハルトに突っかかるフェルトと、それをおろおろと見守るエミリア、そして呆れ顔のラムの姿があった。

 

「困りますフェルト様」

 

「いやだね、なんで貴族どもにあたしが媚びなきゃならねーんだ?

 たとえ一言だけでも喋らないつったら喋らない。挨拶なんてなくてもいーだろうがよ。

 あたしは前々から嫌だって――あん?」

 

 いつぞやに見た彩りのよいイエローのドレスを来たフェルトは眉間に皺を寄せてラインハルトにガンを付けていたが、二人の乱入者を見ると途端にその表情は変わる。遅れて気付いた三人もどうしてここに、と言いたげな表情をこちらに向けた。

 

「おぉ、久しぶりだな兄ちゃんと魔法使いのちびっ子!」

 

「? スバル……カリオストロまで血相変えて一体どうしたの?」

 

 こちらの表情を見てまず怪訝そうにしたのはエミリアだった。

 再開出来たエミリアの顔を見てスバルは少し嬉しそうな顔をするが、すぐに顔を引き締めてその場に居る三人に話を始める。

 

「悪い、ちょっと問題が起こった。少し……二人を借りてもいいか? ラインハルト」

 

「火急の用かい?」

 

「あぁ、マジで陣営の今後を脅かす程の大事な大事な用だ」

 

「……バルス、それはどういう事なの?」

 

 スバルの発言にラムが眉根を寄せて問い質す。

 対してラインハルトはスバルの口調と後ろに控えるカリオストロの表情を見て考え込む。

 これから行われるお披露目の事を考えているのだろう。間もなく行われるのはフェルト陣営の決起会でありエミリア陣営との結託を示す場でもある。仮にも遅らせたくはない。……だが思考する彼の背中をぽすっと叩く存在がいた。

 

「渋るんじゃねえよラインハルト、重要な用って言ってるんだ。

 それとも話ぐらいさせてやれねえ程、剣聖ってのは狭量なのか?」 

 

 フェルトである。彼女はぽす、ぽすと継続的に背を叩いてはラインハルトを軽く睨む。

 それはフェルトなりの優しさ……だけではない。蓄積した彼への文句とやっかみの発散と、この集まりそのものがおじゃんになる事を期待しての行為でもあった。

 当然ラインハルトもフェルトの思惑には気付いている。しかし、そんな思惑が見え隠れしようとも、その発言を断れるほど彼も鬼畜にもなりきれなかった。

 

「……申し訳ありません、少し打算的な事を考えていました。ソレでは我々は席を外しましょう」

 

「ゆっくり話してくれよな~、ぶっちゃけ中止になるくらいの長話を希望するぜ」

 

 ラインハルトは小さく頭を下げ、フェルトは朗らかな笑顔を見せて部屋を退室。

 個室にはエミリア陣営だけが残された。

 

「それで、どういう事なのかしら。

 陣営の今後を脅かす内容、是非聞かせて欲しいものね」

 

「……オレ様から話させて貰おう。端的に言えば、『スバルが未来を視た』」

 

 個室が静寂に染まる前に口を開いたラムの言葉を受け、カリオストロが口を開く。

 その言葉はエミリア達の表情を変えさせるには相応しい内容であった。

 二人が咄嗟に思い浮かんだのはあの森での事件の事。

 スバルは今回何を見たのか、彼女の言葉に本腰入れて耳を傾けていく。

 

「そこで視た未来はエミリアとラムが失踪し、オレ様含めスバルと屋敷の面々が氷漬けになって死ぬ。……そういう未来だよな? スバル」

 

 一応スバルだけが未来視出来るのだという事をアピールするために彼に話を振れば、彼もソレを察して首を縦に振った。

 

 そうしてカリオストロの説明は続いていく。

 

 お披露目後、ラインハルト邸で一泊した翌日に、ロズワール直筆と思われる手紙が届く事。

 それを受けてエミリア達が朝早くから屋敷にとんぼ帰りする事。

 フェルト奪還のためにラインハルト邸に忍び込んだロム爺が、商人と結託してスバル共々フェルトを連れ去るであろう事。

 途中でスバルが謎の集団に出会い、魔物退治を手伝わされて雪原に放置された事。

 雪原に放置されたスバルをカリオストロが回収し屋敷に戻っても尚、エミリア達が帰ってこなかった事。

 直後、屋敷において四速歩行の巨大な魔獣に襲われて、ロズワール、ベアトリス、カリオストロの三人で撃退しようとしたが敵わなかった事。

 そしてスバルとレムが二人して凍死した事。

 

 尚、皆に説明された内容は全てではない。カリオストロは意図的にロズワールの裏切りの事や、巨大な魔獣がパックである事をぼかしていた。

 前者は余計な混乱や対立(特にラムを警戒して)の事。

 後者はスバルがエミリアを殺した事に辿りつかせぬ為の配慮であった。

 

 ……説明が終わった一室に沈黙の(とばり)が降りる。先に待ち受けている未来はあまりにも重く、何を言えばいいのか分からず全員が黙してしまう。

 知らされた二人の内、エミリアの反応は特に顕著だ。その白い顔を誰よりも真っ青にしている。恐らくは誰が屋敷の面々を死に至らしめたのかを理解しているのだろう、口を開こうとしては閉じることを繰り返していた。

 

「……偽装の手紙。他陣営の妨害かしら。間違いなく私達を罠に嵌めるつもりね」

 

「確たる証拠は明日の朝に届くから信じろとしかいえないがな」

 

「いっそ信じられないと断じる事が出来ればどれだけ幸せなのでしょうね。

 残念な事に前回のことがあってそうする事が出来ない、考慮するしかないでしょう……全く。エミリア様、大丈夫ですか?」

 

「…………あ、ぇっ? あ、え、えっと……う、うん! 大丈夫よ」

 

「本当に大丈夫かエミリアたん? まあこれから死ぬかもしれない、なんていわれたら誰だってそうなるよなぁ……」

 

 スバルがエミリアをねぎらう中、全員が状況を把握したところでカリオストロが手を軽く叩いて注目を寄せる。

 

「よし、じゃあこれから起こる事が分かったところで対策を練るぞ。

 今回の事件の鍵は手紙だ。精巧に作られた偽の手紙はエミリアを呼び出すことを目的としている。誘拐か、はたまた襲撃か。犯人や目的はなんであれ、その狙いを外すのが一番重要だ」

 

「だとすれば一番良いのは手紙の内容に従わず、ここに泊まり続ける事じゃないか?」

 

「待ちなさいバルス。屋敷を襲った巨大な魔獣のことを忘れているのかしら。レムや、ロズワール様、ベアトリス様も危険じゃない。この事を一刻も早く伝える必要があるわ」

 

 ラムが冷静に指摘をすれば、スバルはそうだったと腕を組んで考えを改める。

 

「……そうだよな。あの言葉が喋れる魔獣は世界そのものを死に至らしめるとか物騒な事言ってたし。みんなを絶対に失いたくはないから、最悪避難させるぐらいはさせたいよなぁ……」

 

「……」

 

 二人の発言を聞いて、再度エミリアは表情を曇らせる。

 未定の未来とは言え、その魔獣は十中八九パックだと分かっているからこそ罪悪感があった。遠まわしに自分が原因で皆が死に至らされたと考えると胸が張り裂けそうで、だがその事を打ち明けるには非常に覚悟が必要、口はあまりにも重かった。

 もしかすれば関係すら壊れるかもしれない――だがそれでも、とエミリアは覚悟を決める。皆のためになるなら例え嫌われようとも――しかし両手を握りしめて告げようとした矢先、気付けばすぐ傍に近寄っていたカリオストロが互いの手の甲をさりげなく触れさせており、彼女は意識をそちらに向けざるを得なかった。

 

「あっ、えっと……どうしたの?」

 

「――魔獣について、エミリアが何を言いたいかは分かってる。だが今は秘密にしておいてくれ」

 

 タイミングを逸したエミリアに、カリオストロは顔を向けずに小さく呟く。

 その言葉に彼女は驚くしかない。パックの秘密については詳しく説明すらしていなかったはずだ。一体どこでその話を……と聞こうとしたが、その横顔は真剣そのもの。彼女が何を考えてそうお願いするのかは分からないが、全幅の信頼を寄せている彼女がそう言うのだ。秘密にしておこう、と心に決め、自らも検討に混じっていくのだった。

 

「私としては屋敷の皆が心配です。

 危険を省みても早く屋敷に戻るべきです。……ただ、まずはこのお披露目を終わらせましょう。

 今回の件が終わった後に、陣営同士の齟齬(そご)が出来るのは良いとは言えないわ」

 

 ラムの提案は陣営優先だ。陣営目線で一番メリットの多い選択をしようとしている。

 

「とは言え屋敷に戻れば、その途中で襲われる可能性もある。

 未来ではエミリアとラムの二人で帰ったから全員で帰れば戦力も増えるとしても、どんな襲撃があるかは分からない以上、絶対に大丈夫とは言い切れない。更に屋敷では件の魔獣の件もある。

 オレ様としてはほとぼりが冷めるまでこの屋敷に留まり続けた方がいいと思う」

 

 カリオストロは前回のロズワールの裏切りもあって、屋敷に戻ることそのものを忌避。

 確実にこの場に居る面子が生き残る、言ってしまえば保守的な策を提示する。

 

「えっと、じゃあこっちも手紙を出すのはどう?

 私達はこの場に滞在し続けて、ロズワール達にそこは危ないから避難してって内容で早便で屋敷に出すのは?」

 

 エミリアはカリオストロに同調するのと同時に、全員を助けようと二人の折衷案を出す。

 

「いや、それだと手紙が間に合うかどうかがネックになると思う。

 俺としては偽手紙が届く前に今すぐここを出て屋敷に戻る事を提案するぜ。

 レム達もやっぱり心配だしな、待ち伏せに関しては遠回り……普段使わないルートで帰るってのはどうだ?」 

 

 スバルも皆を助けることを主題とし、全員での帰宅を提案。

 その代わり来て早々この場を発つ必要があった。

 

 四者四様の意見はあちらが立てばこちらが立たずで中々統合が難しく、意見こそ割れていったが……最終的に時間の関係から最も現実的で、最も賛同が得られる案が取られた。

 

「――俺の案かよ!?」

 

「なんでそこで貴方が一番驚くのよ」

 

 スバルの案である。本人としては(特にカリオストロに)否定されるだろうなと言う思いで出していたのだが、全員を救い出すという点でエミリアとラムに賛同され、更に今すぐに行動するという発言がカリオストロにも受け入れられていたようだ。

 

「となると、ラインハルトには申し訳ないけど今日の所は断りを入れるしかないわね」

 

「正直、そこだけは申し訳つかねえけど……」

 

「ううん。こっちも確かに大事かもしれないけど、皆の命となんて比べる事も出来ないわ」

 

「……私としては、ほんの少しだけでも挨拶して頂きたいのですが……」

 

「オレ様としても戻る事そのものが勧められねえけどな。

 ただ、やるんだったら時間が勝負だ。確実に成功させるためにも、今は一分一秒が重要惜しい」

 

 多少の懸念はあるものの、めでたく全員の方向性が決まれば行動開始である。

 個室から出てエミリアを先頭にラインハルトを探そうとすれば、部屋から少し離れた場所にフェルト共に立って何か話をしていた。どうやら二人の間ではまだ交渉が行われているらしい、ラインハルトが彼女をとりなす様子が見えたが、エミリア達に気づけば彼はこちらへと向かってきた。

 

「ごめんなさい。お時間を取らせてしまって」

 

「構いませんエミリア様。それで……話は纏まりましたか?」

 

「えぇ……スバルとカリオストロから事情について聞きました。

 その上で更に謝ることになるのだけれども……ごめんなさい。私たちはこれから屋敷に戻る必要があるみたい」

 

 その発言にラインハルトは目を小さく見開く。よもやの展開に後ろで様子を見守っていたフェルトも目を見開き……次の瞬間、勝ち誇った顔をしだした。

 

「少しは予想しなくはなかったですが、そこまでの内容でしたか」

 

「本当にごめんなさい。折角のお誘いなのに土壇場でキャンセルすることなってしまって」

 

「いえ、陣営の今後を左右するのであれば致し方ないでしょう。

 ……何か、こちらで手伝える事などはあるでしょうか?」

 

「それであれば……えっと、厚かましいのだけれども竜車を一台お願いしてもいい?

 ちょっと急ぐ必要があるから、出来るだけ速いのをお願い」

 

 ラインハルトは彼女のお願いを嫌がることもなく承ると、近くに居た執事にそのように伝える。

 来て早々に帰る事になるなんて、誰もが予想しないだろう。ましてや今後起こる未来だなんて誰が予想出来る? 二人のやり取りを見ていたスバルもまたラインハルトに申し訳なさそうな顔を向けるが……ふと、その横にいたフェルトに視線を寄せると彼女は丁度誰に言うでもなく、呟くところだった。

 

「あー残念だなー、帰っちまうかそっかー。あーいや悪い悪い。まあ、でも今後の陣営を左右するんだもんな? 解決出来る事を心から祈ってるぜ姉ちゃん達! しっかし同盟組む筈の相手が帰っちまうってんなら今日のパーティはもう中止しかねーよなー、いんやーマジで残念だぜ!」

 

「めっちゃ喜んでやがるなコイツ……!?」

 

 まさしく喜色満面。お披露目にそもそも出たくなかったフェルトとしては、エミリアの提案は渡りに船だったようだ。独り言にしては大きな声で内面を吐露しては、早くこのドレス脱ぎてーとか、早く眠っちまいてーなどとぐだまいている。

 

「フェルト様。エミリア様達はお帰りになられますが、会自体はこのまま行いますので「えぇーーッ!?」それはともかく……今回の話はまたいずれお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「何から何まで本当にごめんなさい。そしてありがとう。

 えぇ、それはこちらからもお願いするわラインハルト。今度はこっちも何か手伝わせて頂戴ね」

 

 お互いに顔を下げて簡単なやり取りを行う中、スバルはそう言えばと思い隣にいるカリオストロをつつき、耳元で囁く。

 

「……フェルト奪還作戦が秘密裏に進行中って伝えた方がいいよな?」

 

「……やめとけ。お前のその情報の元を明らかに出来ない以上、要らぬ嫌疑がかかるだけだ」

 

 言われて見れば、と考える。

 よもや馬鹿正直に未来予知が出来るんです、などと言っても信じられないだけだろう。死に戻りも然りだ。

 それに、スバルとしてはラインハルトには悪いがフェルトの境遇を思えばロム爺と引き合わせたい気持ちがあり、カリオストロの言うとおり黙したままで居てしまう。

 

 ――もしも、ここで少しでもラインハルトに注意を投げかけていれば、一行が辿る未来もまた少しは変わったであろう。

 スバル達は気づかなかった。ラインハルトが瞬間的に、内密に話す二人に視線を向けていたことを。

 

「エミリア様、竜車の準備が整ったようです。執事に従い、玄関までお向かいください。

 ……大変申し訳ないですが、我々はこのまま会に向わせて頂きますので見送る事は出来ません、ご了承ください」

 

「ううん、当然だと思うわ。むしろここまでしてくれてありがとうラインハルト。

 今後の話はまた後日調整しましょう」

 

「え~~、もういいじゃねーかよ。また今度にしよーぜ? な? あたしは乗り気じゃないし、向こうも大変そうだし。やっぱり皆の準備が万全な時にだな……」

 

 フェルトが臆面もなくぶーたれるがラインハルトはさらりとした涼しい顔を崩さない。

 どうやら何が何でも会そのものは開くらしい。

 そんな彼女の様子を苦笑しながら見ていたエミリアは、最後に大きく腰を曲げて感謝を表す。

 遅れてラム達も頭を下げれば、ラインハルトも片手を前に回して同じく頭を下げ、フェルトを連れて踵を返して会場へと向かっていく。

 

 

 一行は用意された竜車に乗り、屋敷へと出戻っていくのだった。


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