この話は全く筆進まなかったぞチクショーメ!
エミリア達一行がラインハルトの屋敷からトンボ返りしてから4日後。
幸いなことに屋敷の面々は変わらぬ日常を過ごしていた。
……いや、変わらぬというのは少しおかしいか。一人だけ変化があった人物がいた。
「……今日も、ベアトリスは来ないのか?」
「はい、そのようですね……」
「……」
晴れやかな日差し差し込む中での昼食。
いつもの面々が集まる中、ベアトリスが座るいつもの指定席だけは空席になっている。
他の話題が切れた直後に訪れた沈黙に、スバルの問いかけはよく響いた。
「最近はよくいらしてたのに、突然来なくなるのは……少し心配ですね」
「体調でも悪いのかしら……」
「何度か呼びかけはしたのですが、いっこうに返事がないのでなんとも……」
「俺も何回か直接顔見てやろうと思ったんだが、全然あいつの部屋にたどり着けないんだよな。いつもならすぐにたどり着いたっていうのに」
「……」
「……」
スバルを筆頭にエミリア、ラム、レム、が口々に心配を露わにする中、事情を知るロズワールとカリオストロは静かに昼食を口に運んでいく。
カリオストロがロズワールとベアトリスの二人に話をつけた日以降、彼は言いつけどおりに惨劇の真実を口に出してはいないし、こちら側に有利な動きを率先的に行っている。お陰でスバルはエミリア殺しについては気づいてはいない。それは良い事だ。
その代わりベアトリスはカリオストロとスバルの二人を本格的に拒み始めたようで、あの日以来禁書庫から彼女が顔を出すことはなくなってしまった。スバルの扉渡りが通用しなくなったのがその確たる証拠であろう。
どうして彼女は死に戻りの事実にあそこまで激昂するのだろう? ロズワールが何らかの事情を知ってそうではあるが、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりで頼りにならない。考えるにしても情報が圧倒的に足りず、鬱屈とした気分だけが彼女に積もっているのが現状だった。
「なぁ、二人は何か知らないか?」
「……ん~、ごめんね。カリオストロはちょっと心当たりはないかなぁ☆」
「残念なことに、こちらも同じく」
流れ的に来るであろうと思ったスバルの質問に、カリオストロもロズワールも狙い済ましたかのように分からないと答えれば注目していた残りの面々と共に彼も思案顔に戻り、食堂内にふさぎ込んだ溜息が溢れた。
……心配なのは分かる。だがこれ以上の心配は徒労だ。見るに見かねたカリオストロは淀みきった空気に一石を投じた。
「まあ……あれだよね、今は普通に異変が起きなかったことを喜ぼうよっ☆
問題の4日目も過ぎたことだしね~☆」
「……そう、だよな。うん、不気味な未来予知だったけど外れて本当に良かった!」
「そうね。皆が無事で本当に何より」
「……無事は良いのだけれども、ラインハルト様に正式に謝罪の一報を入れなければなりませんね。なにせ理由も伝えずに帰ってしまったのですから」
良くない空気を払いのけようとする彼女の意図を悟ったか、ラムも流れに乗って今後の問題点を提起し始め、全員が自然とその話に集中していった。
「一応形だけの謝罪文は出したのだけれども……流石にスバルの事は伝えられてないわ」
「書いたところで信憑性がないだろうしね~☆」
ラインハルトのことだ。もしかすれば信じてくれる可能性も高いだろうが、やはりスバルの特殊な力についてはおいそれと他人、他陣営には伝えられないだろう。言及してしまえば広がった波紋がどのような反響を及ぼすかは未知数だ。
「陣営の一大事、って言い切っちまったからなぁ……大それた理由じゃないと納得してくれなさそうだ。うーん、いっそ秘密のままとかどうなんだ?」
「スバル君、それだと逆に反感を買いかねません。共同歩調を取ろうとしているのですから細部はともかくとしても大まかな情報ぐらいは伝える必要があると思います」
「そうだろうねーぇ。とは言え適当な理由は後々に
「別に丸のまま事実を伝えてもいいんじゃないかい? リアの襲撃情報が明らかになった。この屋敷が何らかの魔物に襲われそうになった。だから帰った。適切な理由だとは思うけどね」
そうのたまったのはパックだ。エミリアの肩に座り込んで今の今まで食事に没頭していた彼は、パンの欠片を両手に持ちながらなんの気なしに一同にそう伝えた。
ちなみに話は唐突に変わるが、カリオストロはパックに対してもあらかじめ事実を伝えているメンバーの一人である。パックはその話をにわかには信じられないと評しながらも「まあ、そうなる事もさもありなんだよね」と真顔で答えていた事から、やはり思い当たる節はあったようだ。(盟約についての詳細ははぐらかされてしまったが)
「……うん、何かそれでいいんじゃないかなって気がしてきた」
「対面に同じく☆」
「一応理由は立つけれども……それならばどうして協力を乞わなかったのか? という話にならないかしら」
「心~配には及ばないさ、ラム。それは自分の陣営のことは自分で始末をつける。そういう覚悟の表れともとれなくもないからね」
話はそのまま盛り上がり、一行は食事を終えても今後について、真剣に議論を重ねていく。
レム、ラム、ロズワール、エミリアはもとより、スバルそしてカリオストロもだ。全員が全員、エミリア陣営の1人として考え、有利に事が運ぶように頭を使っていく。
しかしながらこの世界に根を張ろうとしているスバルはともかく、カリオストロのその行為は食客の身分としては正しい行いではあろうが、今後の事を考えれば正しい行いとはいえないものだ。なにせ、彼女は(スバルもだが)元々別世界に居を構えている。その日がいつになるかは分からないがいずれは別れる事になる運命なのだ。
故に特定個人に情を持ちすぎず、中立の立場で居続けた方が後々のことを考えれば正解だ。勿論
だが、知っている上で。彼女はこの陣営の皆に必要以上の情を持ち始めていた。
それこそ騎空団の皆と過ごすような居心地の良さを覚え、簡単に見捨てる事が出来ない程度には。
それは彼らの人の良さを壮絶な経験を経て理解しているというのもあるだろうが、そんな彼らが今も尚、綱渡りの毎日を過ごしている所も大きいだろう。
(……こいつらは目を離すととんでもない事になりやがるからな。それにまだ帰る手立ても明確には見つかってはいないんだ、
この理解は出来るが理屈となると難しい問題に対し、
――そして連なる議論が与太話に移り、与太話が
「どうかしたの? レム」
「……お客様のようです。竜車が……三台、こちらに向かっています」
レムが窓の外を見て、こちらに近付くその存在を目視していた。
釣られて面々が窓に群がれば、確かに竜車が三台連なってこちらに向かっているではないか。しかもその御者は全員が全身鎧を身に着けており、何やら物々しい。
この時点でカリオストロは雲行きの怪しさを感じ取っていた。四日目を無事に過ごせたと思った直後に、今度は何が起こるんだ。
「……すぐに下に向かいましょう。何だか嫌な予感がするわ」
すぐ隣に立っていたエミリアが彼女の代わりに内心を代弁していた。
§ § §
「連絡もなく急な来訪になり、誠に申し訳ありません」
「いえ、それだけ何か大変な事があったのでしょう? 構わないわラインハルト」
この屋敷に突如現れた集団はラインハルトとそのお付の騎士達だった。
全身鎧の兵士を連れた物々しい登場に一瞬色めき立った一行。本来なら示威行為と取られても仕方のない物ではあったものの、彼らの前に現れたラインハルトの鬼気迫る表情を見れば怒りは浮かばなかった。
いつも澄ましていた表情もどこか余裕がないだけでなく、彼の道筋を示すかのような純白の騎士服も薄汚れていた。高潔を体現する彼に一体何が起こったというのだろう? 彼を来客室へと連れたエミリアは、一行とともに話を聞くことにした。
「御温情、誠に感謝致しますエミリア様。では簡潔に伝えさせて頂きます」
彼はソファに座ったまま軽くお辞儀をすると、スバル。そしてカリオストロをちらりと見た。
この時点で嫌な予感が彼女の中で更に大きくなる。気の所為であって欲しいが、その仕草はまるで自分達が関わりがある内容なのではないだろうな、と。スバルも同じ気持ちなのか、どこか身体を強張らせて続く話に耳を傾ける。
「フェルト様が、当屋敷から
……完全に気の所為ではなかったようだ。カリオストロは表情が変わらぬよう努める。
残念なことに、スバルが居なくてもフェルトが屋敷から出ていくという運命は変わらなかったようだ。
彼は耳を傾ける一行を一度見回した後、更に続ける。
「消息を経ったのはエミリア様がパーティから屋敷に戻られた翌日の午前中。昼になっても姿を見せぬフェルト様を探しましたが……屋敷内で見つけることは出来ませんでした。恐らくは商人の荷車に紛れてこの屋敷から連れ去られたのでしょう」
「……」
「……」
一行はラインハルトの説明を静かに聞き続ける事ができた。何せ、全員がその展開を既に知っているのだ。
それはスバルの未来視が確かな物であるという証左にも他ならない。
しかしながら当人のスバルは非常に落ち着かない気分だった。何やら言いたげにちらりとカリオストロを何度か見るが、彼女は彼の視線を無視し続けた。
「……我々はこの数日間で商人達の行き先を手分けして辿りました。
が、結局見つかったのはその竜車の残骸と魔物と商人の奇妙な死体だけでした」
「……!」
「それで、結局フェルトは……?」
「……我々の力及ぼず、現状はまだ見つかっておりません」
ラインハルトの顔に小さく悔しそうな表情が浮かび、客室に沈黙が降りた。
結局のところスバルがいなくてもフェルト達はあの魔女教集団の手に捕まってしまう筋書きは変わらないのだろう。フェルトは既にこの世から亡き者になっている可能性が高い。
心中を察して有り余る境遇ではあるが、ここで一つ疑問が思い浮かぶ。
”何故ラインハルトはわざわざこの屋敷にそれを伝えに来たのか?”
「そぉーれで? ラインハルト殿、キミは我々に協力を要請しに来たという事でしょーぅか?」
「誠に勝手ではありますが。そうなります」
「そう。それであれば協力を惜しまないわラインハルト。
私は、いえ。私たちは何をすればいい?」
お人好し筆頭エミリアが案の定彼の話にずずいと乗り気になってそう問いかけると、彼は小さく感謝を述べ、
「では。1点だけ質問をさせて頂きたいと思います」
「1点だけ……? 一体どんな……?」
怪訝そうにするエミリアに対し、ラインハルトはその顔をスバルに向け、言い切った。
「スバル。
「……!?」
白羽の矢が、まさかの当事者に立った。
確かにそうなる未来を視たのはスバルだったが、どうしてそれが分かる?
困惑を露わにしながらもスバルは何とか返そうとする。
「な、何を、って言われても……俺が知ってるのはお前が今さっき伝えた情報だけだぜ?」
「そうだね、それは知っている。だがそれでも僕はキミに聞きたい。
スバルはこの事件が起きる前から、起こることを知っていた――そうだろう?」
「――……」
冷や汗が止まらない。
表情こそ変わらぬラインハルトから無言の威圧を感じて仕方がない。
どうやら彼には既に確信があるようだがそれはどうして知り得た? ラインハルトがラインハルトだから分かるのか? だとすればこの自分の力の事も知っているのだろうか。ぐるぐるとスバルの思考が堂々巡りを繰り返し始める。
「何が言いたい? ラインハルト」
「確認さ、カリオストロ。僕は今はどんな情報でも欲しいんだ。
キミ達の事は疑いたくはないが……もしも何かを知っているのであれば全て。嘘偽りなく伝えて欲しい」
カリオストロが口を挟むも、彼は顔をそちらに向ける事なくスバルを見据えて言い放つ。
言葉に乗せられる確かな圧力。それによって部屋内の空気が重苦しい物へと変わっていく、そんな錯覚を全員が覚えていた。
「い、いや、いやいやいや。ラインハルト、そ、そんなの分かる訳がないだろ? どうして俺がそんな事分かるって証拠だ――」
「……スバル。嘘偽りなく答えて欲しいと僕は言った。
キミならちゃんと答えてくれると少しは思っていたが……どうやら、思い違いだったようだね」
どこか悲しげに零したラインハルトは、先程よりも厳しい視線を向けた。
「『……フェルト奪還作戦が秘密裏に進行中って伝えた方がいいよな?』」
――唐突に彼の口からスバルそっくりな声が溢れ出た。
まるで録音してたかと見紛うような声はパーティから帰る直前にスバルがカリオストロに相談した内緒話に他ならない。
全員がそれに驚き、特にその発言に記憶があるスバルとカリオストロは一方は目を白黒させて身体を強張らせ、一方は苦々しい表情を見せるといった顕著な反応を見せてしまった。
「これはキミ達二人の内緒話によるものだ。盗み聞きは騎士としてはあるまじき行為ではあると自覚してはいます」
「……それは、いつ頃された話なのでしょうか?」
「丁度エミリア様達が出立なされる前の話です。最初はどうしてそんな話が出るのだと思いましたが追求はしませんでしたが……今に至っては無視する事も出来ません。
――スバル。キミはフェルト様が屋敷から連れ去られることを予め知っていた。違いないね?」
「う……」
早まる鼓動の音を聞きながら、スバルはラインハルトから視線を逸してしまう。
後悔先に立たずとはこの事だ。
不確定ながらも先に伝えていればラインハルトに疑われる事もなかっただろうに。
だが、未来予知の話はおいそれと伝えられる話ではないことも確かだった。
生まれた葛藤に
「ラインハルト、先に言っておくがスバルはもとより、オレ様達は別にフェルトを含めお前を
「それは詭弁だよカリオストロ。その時には可能性であったとしても『人が攫われるかもしれない』のであればそれは余りにも大きすぎる情報だ。伝えて然るべきだと思わないかい? キミ達がこちらと共同歩調を取るつもりであれば尚更だ」
既に温和な雰囲気が彼から感じられないのは当然といえば当然だ。今のラインハルトはこちらを敵か味方か図ろうとしているのだから。
そんな猜疑心を露わにする相手に、カリオストロはその考えが誤解であり、すぐに伝えられない理由があったと弁を連ねる。
「スバルが知り得た情報源が信頼出来るかどうかが分かりかねたからこそ、伝えられなかった。そこの所を理解して欲しい」
「よく、わからないね。事実フェルト様は誘拐されてしまった。ではその信頼に値しない情報という物をスバルはどこから仕入れたんだい? 我々は今回の件はホーシン商会……つまりアナスタシア様による手引と考えていたのですが、キミ達が内通してる訳ではないのかな?」
「そんな事は決してないわラインハルト!」
「エミリア様、私も疑いたくはないです。ですが疑われても仕方のない現状であることは理解出来る事でしょう」
エミリアも
カリオストロは黙り込み、目を
スバルはどうかは分からないが、他二人はその意図が読めたのだろう。小さく頷き返した。
「スバル、伝えてもいいか?」
「! ……あ、あぁ。それはいいけど……でも」
「納得出来るか、分からないだろ? ……仕方がない。こちらはこちらが知り得る情報を伝えるだけだ」
「……」
ラインハルトの目が細められ、強者特有の視線の圧にカリオストロが晒される。
彼女はその視線に臆する事なくスバルだけが持つ、そして陣営の皆が知り得る不思議な力の内容を伝えようとして――直後何かを感じ取り、窓に視線を向けざるを得なくなった。
窓の外、その遥か向こう側――世界を震わせる程の力を持つ何かが動き出した。
ラインハルトやパックも彼女に倣い、同じく意識を向けざるを得ない程の何かが。
「……? パック、どうしたの?」
「……リア、良くない事が起こる気がするよ」
「お、おいカリオストロ? ラインハルト?」
「ラインハルト、今の分かったか?」
「はい。
三者ともが第六感を刺激され、そして同じ感想を抱いた。
強大な力が今にも世界に解き放たれようとする、余りにも危険な予兆。
それが分からない他の皆は、彼らの反応を見て不安そうな表情を見せ始める。一体何が起ころうとしているのか?
カリオストロとラインハルトは自然と客間の窓に寄って外の様子を
窓の外に見えるのはどこまでも広がる一面の森林。そしてアーラム村、その更に奥まで続く長い長い道だ。釣られるように他の面々も窓に寄り、三人が感じるその脅威とは如何なものなのかと見回すが、いつもと変わらぬ様子しか視界に収める事ができない。
だがカリオストロもラインハルトも。そしてパックでさえもそこに何かがあると言わんばかりに窓の外の1点をじっと見つめ続けている。パックは毛を逆立たせ、カリオストロは魔導書を握りしめ――そして、ラインハルトは腰の龍剣レイドに手をかけて。
「……カリオストロ君。それは撃退出来るものなのかい?」
「さぁな、ただ楽に倒せる相手じゃないのは間違いないだろう」
「矛先がこっちに向いているの?」
「現状はそうじゃあない。けど、矛先云々の問題じゃない。世界が悲鳴を上げてる。
微精霊達も怯えてる、みんながみんな逃げようとしているよ」
「我が龍剣レイドも怒りに打ち震えているようです。こうなる程の敵は久しくありませんでしたが――」
「おい、オイオイオイ。今度は何だよ? 何も見えないけど何が起ころうとしてるんだ?」
「レム、オペラグラスはある?」
「は、はい姉様。すぐに用意致します」
全員が姿の見えない何かに危機感を募らせる中、ついに具体的な事件が起き始める。
最初に異変に気づいた三人が視線を集める地平線の彼方――そこで爆炎が立ち込めたのだ。
「!」
そして数瞬遅れて屋敷に爆発の振動が届く。
シャンデリアや食器が小さな金属音をかき鳴らし、全員に更に動揺が走った。
「何かが、爆発したのか?」
「うん……そうみたい。だけど一体どこで爆発を……?」
地平線の彼方で小さく噴煙が立ち込めているのを全員が捉えた。
恐らくは現地は
カリオストロもまた噴煙立ち込める異変の地を厳しい表情のまま凝視し続ける。
これでまだ終わりではない。
怒りにも、それこそ絶望にも感じ取れる大きな力は荒れ狂い、また叩きつけられんとしている。
あの地には何が暴れているのだろう? あの場所はどこなのだろう?
無意識に魔導書を握りしめながら見つめ続けていると視界の中、地平線の彼方で小さな何かが動いたのが見えた。
それは米粒程の何かだ。
色とりどりのそれはよく見れば1体だけではない。3体、いや4体? 5体いるのだろうか?
視界からでは米粒のような何かにしか見えないがここまで離れてその大きさというのは、非常に巨大なのだろう。目を凝らして見るカリオストロの横で、同じく厳しい表情を見せていたラインハルトもその何かに気づいたのだろう。しばし怪訝そうな顔をしていた彼だったがすぐに目を見開き、
「――――申し訳ありません、失礼しますッ!」
「どわぁっ!?」「きゃぁ!?」
「……!?」
窓を乱暴に開くと窓枠に乗って飛び出し、一息に空高く跳躍していった。
ラインハルトのまさかの行動と、跳躍に生じた力の衝撃で窓枠は壊れ、破片が辺りに飛び散り、方々で悲鳴が漏れた。
「けほっ、けほっ」
「!? っくっ……ろ、ロズワール様エミリア様、お怪我は?!」
「え、えぇ大丈夫……スバルも平気? 何かすごい格好になってるけど……」
「だーいじょうぶさラム。……それにしても、剣聖様がこうも急ぐなんて見たことがない。
この方向、恐らくは王都の方だろうか。王都で魔女教でも暴れているのかい?」
「い、いつつつつ……そ、その可能性も今となっては現実味があってクスリとも笑えねえよ」
「……」
「……」
彼によって巻き起こされた被害も顧みずカリオストロは更に思考に没頭する。
ラインハルトの唐突の奔走は確かに驚くに有り余る行為ではある。王都の方向という情報を踏まえれば、彼は王都の防衛に向かったという事だろうか?
ロズワールが言うとおりに本当に魔女教が暴れている可能性もあるだろう。あれらの巨大な魔物が暗躍する魔女教が解き放った物というのもありえなくはない。ただ、それにしてはカリオストロにはこの波動に余りにも既視感があった。
「……姉様!? コレは一体……」
「レム、大丈夫よ。ロズワール様にもエミリア様にも、カリオストロ様にも傷はないわ」
「一応自分で言うけどこのナツキスバルも無事だからな!?
あ、この惨状はラインハルトが何か急に屋敷から出ていった名残で……」
「そ、そうでしたか……あ。オペラグラスを用意しましたが」
「レム。それを寄越せ、すぐにだ」
内心でぐるぐると渦巻く思考の海の中、矛盾に苦しんでいたカリオストロはレムの声にだけ反応をして視線は外に、後手に手を伸ばす。
強い命令口調だが、それ以上に纏う空気は真剣そのものだ。レムは一瞬ラムを見たがすぐ様彼女にオペラグラスを手渡す事にした。
そしてカリオストロは直ぐ様オペラグラス越しに現地を見やる。
その小さな筒の中では米粒程度に見えていた、今も尚街で暴れまわる魔物達の姿が先程よりも大きく映し出され――
「…………う。あ」
その姿形を視界に収めた瞬間。カリオストロは小さく言葉を漏らした。
直後脳内を占めたのは大きな混乱と、小さな懐古、それに安堵。その3つがないまぜになった不思議な感情だった。
「か、カリオストロ……?」
「ねぇ、大丈夫? い、一体何が見えたの……?」
周りの心配する声も忘れて彼女は一旦目から離したオペラグラスを再度覗き込む。
彼女の手が無意識の内にそれを強く握り閉めているのが、傍目でもよくわかった。
「……どうして。どうしてだ。何でアイツらがいやがるんだ」
「あいつら……? あいつらって何だよ。カリオストロ……」
「……」
「カリオストロ!!」
「言った所で……お前らには分からない……!」
彼女の反応に不安を強くしたスバルが肩を揺さぶる。だがカリオストロの反応は突き放すような物でしかなく、そんな反応に業を煮やしたスバルはその手のオペラグラスを奪い取り、筒の中に広がる光景を見始めた。
「……っ!? 何だ、あれ。りゅ、沢山の竜に……巨大な人間?
それに剣を持つ巨大な全身鎧――、なんだ水竜かあれは!? あっちにも巨人が……!」
「ス、スバル君……」
「す、スバル? どういう事?」
「どういう事もねえ、本当に……本当に今言った奴らが王都で暴れまわってる……。
あいつらが動くたびに街が壊れてる。風が、火が。土が、水が……!」
「……おかしい。それはおかしいよスバル。精霊が全員散り散りに逃げ回っているのに。全員が全員、取り込まれることなくそこから逃げたと言っているのに。何でそんな事が起こり得る? そいつらは一体……リア、逃げよう」
「逃げる、逃げるって言っても……どこに?」
「知らない、知らないよ。知らないけどとにかく遠くへ。あの街で暴れてる奴らから遠くに離れようよ!」
スバルが零すありのままの真実に一同に更に混乱が広がる。パックは特にその異常の原因が思い当たらず、エミリアの袖を引っ張っては何度も避難を促す。いつも余裕を見せていたカリオストロが茫然自失とし、パックが取り乱してそう言うのだ。普段の二人を知る他のみんなはその並々ならぬ反応の前に全員の決意を一つにさせた。
「すぐに逃げましょう。村のみんなにも伝えないと」
「あぁ……あと、ベア子の事も心配だ」
「ベアトリス君はこちらがなーんとかしておこう、ラム。レム。村の人々の避難を頼めるかい?」
屋敷にはロズワールが残り、残り全員が村の皆の避難誘導に努める話が瞬く間に纏まる。
誘導組が必要最低限の荷物を纏め、玄関を開け放って外に出向けば、異常を察してうろたえるラインハルトのお付の騎士達が残されていた。
「え、エミリア様。これは一体何が……それに、ラインハルト様は?」
「落ち着いて、どうやら王都で巨大な魔物が暴れているみたいなの。ラインハルトはその討伐に単身で向かっていったみたい」
エミリアが事情を説明すれば待っていた複数人の兵士たちは驚きを露わにする。
そんな彼らに共に避難する事を提案すれば、彼らは快く頷いてくれた。同じく不安だったのだろう。
「でも、私達は避難の前に一旦アーラム村のみんなにも呼びかけしないと駄目なの、だからあなた達は先に――」
「それであれば私どもも手伝いましょう、
兵士の中でリーダー格の男性がそう言い切れば、他の兵士達も頷き返す。
正直エミリアとしては申し訳ない限りだが、ありがたくもあった。
彼らこそまさしく騎士と言うに相応しい、とスバルもその熱い展開に胸を踊らせていた。
こうしてエミリア達とラインハルトの騎士による共同の避難作戦が展開される事となった。
彼らはアーラム村に向かって複数台の竜車で全速力で駆けていく。
村まで続く緩くも長い下り坂を勢いを載せて進む竜車からは遥か彼方に見える王都が、分厚い暗雲の下、噴煙や爆発に見舞われているのがよく見えていた。
「……カリオストロ、あいつらは一体何なんだよ?」
エミリア陣営が
だがその質問は他全員が共通で抱く物だ。
皆の視線がこちらに集まっている事を悟ったのだろう。スバルがしびれを切らす直前にぼそりと呟き始めた。
「――星晶獣。その中でマグナシリーズと呼ばれる、生体兵器だよ」
「せいしょーじゅー……?」「せいたい、兵器……?」
聞きなれない言葉に全員が首をかしげた。
「要するに巨大な魔獣と考えてくれていい。一体だけで国一つ滅ぼせる程の力はゆうに持っている、危険な奴らだよ」
「そんな魔獣がどうして王都に……」
「そんな事、オレ様が逆に聞きたいくらいだ。あいつらは……あいつらはこの世界には居ない。居ない筈だった」
「……
「あ、あーあー! そ、それよりも、そいつらは本当に遥か遠くまで避難しないと危ないのか!?」
動揺してるせいか、いつもより口が軽いカリオストロに慌ててスバルが別の話題をねじ込むが、彼女は自分の失態に気づいてすらいないのか依然として窓の外を見続けている。これは大分重症である。
「ふん……それぞれが街一つ吹き飛ばすくらい容易に行えるが、それでもこれだけ離れていれば被害は早々喰らわないだろう」
「そう……でも危険なことには変わりないわね。こっちに向かって来ないとも分からないし」
「逃げなきゃ行けないのに一旦近づかないと行けないのは……もどかしいね」
「パック、村の人達だって今頃怯えてるのよ? 彼らも一緒じゃなきゃ駄目よ」
落ち着きなくエミリアの周りを飛び交うパックは星晶獣達が気が気でないようで、しきりにエミリアだけでも逃がそうと話しかけているが、エミリアの意志は固く。頑として突き崩すことは出来ていない。
そうして村に着くまでの間、竜者の中の面々がお互いの不安を隠さんと言葉を酌み交わす中、カリオストロだけはひたすら沈黙を貫き、思考の海に漂っていた。
どうして自分が居た世界では島の守護者と呼ばれる彼らが一同、王都で集結したのだろうか。
ヴァシュロンが彼らを同時にこの世界に呼び出したなんて事がありえるのだろうか? いや、そんなのありえないし考えられない事だ。
では他に彼らを同時に呼び込む事が出来る存在は誰だ?
咄嗟にカリオストロの頭の中に思い浮かんだのは
複数の星晶獣と契約を交わす彼女であれば問題なく
ただ、だとしても謎は残る。
まずあの少女がこの世界に来ているのが疑わしい。
ヴァシュロンがこちらの世界に居る以上、向こうから次元を掻い潜ってくるのは容易ではない筈だ。
そして百歩譲ってこちらに来れたとしても、あの純粋で心優しい少女が街中で星晶獣を暴れさせる事はまず考えられない。そうせざるを得ない理由があったのだろうか?
分からない。分からない。分からない。
理解の範疇を超えた展開にさしもの天才を自称する彼女も落ち着いてはいられず、癖のないブロンドの直毛をがしがしと手で乱雑にかき乱していた。
だがいずれにせよあの王都にまで向かえばその理由も分かるかもしれない。カリオストロが努めて冷静であろうとしながら今も視界の中で爆炎の沸き立つ街を見つめていると、外からレムの声が聞こえてきた。
「間もなく村のようです!」
声に釣られて彼女が視線を左に誘導させれば、緩やかな坂の終点に村の全貌が見えてきていた。遠くから見える村の人々はやはり一様に外に出て、先程から響き渡る振動に不安そうに動き回っている。
これから彼ら全員を手分けして避難させる事になる。
このアーラム村は全体人数は百人を行くかどうかの小さな村だが、全員を避難させるには竜車が足りないのが一目瞭然だ。
例え屋敷まで全員を避難させるとしてもかなりの時間がかかるのは目に見えていた。
ではどうすればいいのか、と動揺をしていたとしても冷静に思考を続けていくカリオストロだったが、そんな彼女の耳は更に招かれざる情報を拾っていた。
「おい、あれは何だ!?」「? 何を言ってるんだ!?」
「見えたか今の!」「あぁ、何かが街の上に飛んで……!?」
拾ったのはエミリア達竜車の後続をひた走る騎士達が浮足立ち騒ぐ声。
カリオストロはすぐさま彼らの動揺の原因を探ろうと再度オペラグラスに目を通す。今度は一体何が現れたのだと言うのだ? 警戒を露わに筒の先に見える異変を見定めれば――、
それは、
「――ッ!?」
街の上空に浮かぶ赤く輝く二本の角を持ったそれは、大きな黒翼を広げて王都に広がる暗雲に穴を開け、天高く。天高く上昇していき……そしてすぐにグラスの視界の範囲から消えていった。
カリオストロはその刹那、自分の背筋に冷たい杭を打ち込まれた感触を覚えた。
その翼竜もまた彼女の世界の星晶獣に違いない。だが、そいつは他の星晶獣と文字通り格が違う存在――カリオストロですら到底太刀打ちすることの出来ない、最強最悪の存在であった。
拘束具すらついていないそいつが力を振るえば、結果起こるのはまさしく世界の破滅。
しかも……しかもだ。今しがたグラスから見えた動き、それは
カリオストロは途端にオペラグラスを放り出し、突き動かされるように素早く魔術書を展開する。範囲はエミリア達の竜車を基準として騎士達全員。出し惜しみなどせず、自分が出来る最高の集中力で防御魔法を唱え始める。そうして瞬時に魔法は完成し、一人一人が魔力の力場に包まれていく。その力場はロズワールクラスの魔術師が本気を出して攻撃し、ようやく傷ひとつ負う程度の強力なモノ。だが
「カリオストロ!?」
「レム、それに騎士共!! 村に行くな、すぐに止まれッ!!」
唐突に強固な力場に包まれた一行が困惑する中、カリオストロが吠えた。
彼女が必死になって叫んだその声は言霊にも近い効力を発揮し、途端に全員の竜車がその場で急ブレーキをかけ始め、村から300m程の位置で止まった。
「そんな、村にはすぐに着くわ! 一体どうして……!」
「もう村の事は忘れろ! 全員自分の身で自分を守るようにしろ! 防御魔法ができる奴は可能な限り全員にかけやがれ! ――パック! お前も手伝え!!」
「……!! ――分かった、全速力でやってみせるよ!」
村の目と鼻の先でエミリアがカリオストロに問い返した直後、その全ての竜車達を包み込むように巨大な氷のドームが形成されていく。エミリアは救おうとしていた村人達を置いて自分達だけを守ろうとする二人が理解できず、パックに
「パック! パックやめて! もうすぐで村に着くわ、せめて村の人達を集め切ってから……っ!!」
「ダメだリア、彼女の言うとおり間に合わない、上から何かが来るよ!」
「お、おいカリオストロ! なんとかならないのか!? ヤバイのは何となく分かるけどそれでも……!?」
「……ッ!!」
カリオストロはスバルの話を無視しながら更に防御魔法、そして強化魔法の重ねがけを行っていく。その最中も上空から感じる強いプレッシャーは刻一刻と強くなり続け、ついには大気が怯えるかのように鳴動し始める。そんな世界の
その直後の事だった。
「あ」
誰があげたか分からぬ声が発せられたと同時に、パックが作り上げた不完全な氷のドームの隙間から全員が分厚い雲を貫く一筋の赤白い光が大地をなぞるのが見えた。
それは王都、その横に広がる平野、川、森、そして運悪くもすぐ目の前のアーラム村、更にその遥か奥まで直線で通過していった。
一行は凝縮された時間の中で見てしまう。
瞬きする間もなく光線が通過した場所が一瞬で赤熱化し、地面が抉れ、何があったのかも分からず蒸発する瞬間を。
それはアーラム村も同様。すぐ目の前で慌てふためいていた村人達が、跡形もなく消えていく。
だが一同はそれに悲鳴をあげることも、怒りを覚えることもできなかった。
直後、なぞった大地から呼応するかのように赤と白の
それは無情にもパックが展開した分厚い氷の壁を容易に消し飛ばし、全員にかけられた防御、強化魔法も無かったかのようにいとも簡単に貫いていく。
地竜が、騎士達が、守護の甲斐なく光に包まれて立ち消えた。
ラムが、レムが、驚愕の表情のまま赤熱化した地獄に飲まれ、粒子すら残さず消えていった。
パックが、エミリアが、刹那の時間の中、存在そのものを抹消されていった。
それら起こったのはまばたき程の微かな時間でしかない。しかしながらその一瞬の世界の中で、カリオストロもスバルもはっきりと目撃してしまった。
目の前で大切な人達を失くす、その瞬間を。
――そして波は、止まることなくカリオストロとスバルを飲み込んで行った。
勝利を信じて!(応援:アビリティダメージアップ)
《星晶獣》
グラブル世界で星の民と言われた人々が作った生体兵器。
とんでもない力ばっかり持ってるのがやたらと沢山ある。どんだけ作ってんだよ星の民…。
星の民以外に従わないと言われていたりする。
《龍剣レイド》
代々剣聖に受け継がれる由緒正しき剣。
抜くべき時にしか抜けないと言われ、その剣の力は実際ヤバイ。
でも抜くべき相手は早々居ないのが現状。
盟約執行モードのパック相手だと抜ける。大罪司教程度の相手では抜けない。
《急に上から来た光線》
100%ダメージカットを付与しないと999999ダメージです。