RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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スバル君、調子に乗る。

◆前回の時系列
・一日目(夜):パーティ会場に戻される二人。
・      :手紙と謎の集団を警戒して、お披露目に参加せずにトンボ返りする一行。
・二日目(夜):一行がロズワールの屋敷に到着する。
・五日目(昼):ラインハルトがロズワールの屋敷に到着。
        フェルトが脱走したことを一向に伝える。
        王都で星晶獣達が暴れだす。
        とある星晶獣が放ったブレスによりスバル達全員消滅。


第四十五話 独りよがりな英雄願望

「――――ッッッゥ!? ぶはぁっ!? はぁっ、はぁっ……!!」

 

 深い深い水中からようやく顔を出せたかのように息を荒げる。

 全身の肌が瞬間的に粟立ち、心臓が慌しく早鐘をかき鳴らしているのが分かる。

 

 ナツキ・スバル――タキシードに身を包んだ彼が破裂しそうな鼓動を胸の上から手で抑え込み、確かめるように辺りを見回せば、そこは色とりどりの装飾に飾られた絢爛豪華なパーティ会場。ひと目見て上流階級だと分かる客達が談笑を重ねている様子が見て取れた。

 

 決して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

 死に戻りにより再度ラインハルトの屋敷に戻った事を理解した途端、安堵と疲労感がどっと広がり、全身からふっと力が抜けてその場にへたりこんでしまう。

 まず感じたのは心底からの安堵だ。

 五体満足。世界も消し飛んではいない。コレほど喜ばしいことはない。

 だがその後に感じたのはとびきりの恐怖だ。

 全身を貫く威圧感と共に降り注いだ、灼熱の光線――世界の終わりという言葉が相応しい破壊の波濤(はとう)が確かに自分を包み込んだ事実に心はざわめきを止めてはくれない。

 重々しく響く柱時計の鐘の音と共に、今尚忙しない鼓動の音を耳にしながらスバルは小さく荒く息をつく。

 心中を満たす2つの強い感情に翻弄されながら数十秒程深呼吸を繰り返していけば、どうにかこうにか別の考えが出来る程度には回復。スバルは未だ混乱の最中にある頭を整理しようと努め始める。

 

 フェルト達の失踪。

 王都を襲った生体兵器達。

 そして唐突に自分たちを襲った、何もかもを消し去る熱波。

 

 理不尽極まる死を迎えたスバルが真っ先に思い至ったのは今回の自分たちの行動だ。

 一体、自分達が何を間違えたというのだ? 

 手紙を警戒し、待ち伏せしているであろう謎の集団を避け、屋敷は謎の魔物に襲われることはなくなった。

 だが代わりにもたらされたのは死の光線による全滅だ。

 カリオストロの反応を見るに死を(もたら)した存在は、この世界の者ではないようだが――

 

 よろよろとその場から立ち上がったスバルが会場を見渡せば、そこには綺羅びやかな部屋の中で何も知らずに談笑する呑気な人々の姿があるだけ。しかし目を閉じれば直前の死の光景――仲間たちが業火に包まれて刻一刻と消滅していく様がまざまざと思い浮かんでしまう。

 心に残った爪痕に顔を真っ青に染めたスバルはよろよろと立ち上がると、テーブルに置いてあったグラスを一息に煽る。

 黄金色の果実酒は甘さと共にほろ苦さと喉を焼く感覚を伝え、気持ちを紛らわせてくれた。

 

「……っぷは、……っはぁ……。前と同じ、いや前よりも理不尽過ぎるだろ……。

 っくそ、多分これは5日目までに王都で原因を探らないとダメな気が……ぁ」

 

「――――」

 

 喉元を駆け抜けた刺激を噛み締めて一息ついたスバルだが、そんな彼を眺めている存在がいた。

 奇遇にも同席していたおかっぱ頭の少女、確かポルクスと言っていたか。彼女は何を考えているか分からない表情を浮かべつつこちらを見つめ続けている。ただ、間違いなくこちらの奇行を(いぶか)しんでいるというのは分かった。

 そう言えば彼女も居たなと思いながら、スバルは何とか取り(つくろ)おうと一旦咳払いをした。

 

「あ、あーあー。いや、あれよ。ちょっと飯が喉に引っかかってびっくりしちまって……あははは」

 

「――――」

 

「あははは……はは……」

 

 本人をして下手糞が過ぎると考えていた取り繕いはどうやら失敗したようだ。

 彼女は瞳の見えぬ糸目をひたすらこちらに向け続けて沈黙を貫いている。

 時計の鐘が鳴り終わり、参加者たちのほとんどの意識が舞台に向かっても彼女はこちらを見つめ続けているのは何故なのだろうか。どうしたものかと考え込むスバルに、少女が唐突に口を開いた。

 

「――――スバル?」

 

「お、おう……どうしたポルクス」

 

「どうしてそんなに顔色が悪いの?」

 

「え……」

 

 どうやら、彼女が注目していたのは自分の顔色だったようだ。

 スバルは咄嗟に自身の顔を手でぺたぺたと触り、自らでは確かめようのないものを確かめようと試みてしまう。 

 

「そ、そんなに悪いか?」

 

 問いかけへの返答は小さな頷き。

 

「……見たことない色をしてる。お化粧したみたいに真っ白」

 

 よもやの土気色。見えはしないが相当酷い顔になっているたようだ。

 そりゃこっちを心配する訳だ、とあの死がもたらした衝撃が少なからず自分を追い詰めている事を自覚すると、スバルは力のない笑みを浮かべた。

 

「あー、若干おめかしこそしてるけど流石におしろい塗りたくったりはしてないな……ほら、さっきも言ったろ? ついつい料理詰め込みすぎちまったーって。一瞬呼吸出来なくなったから焦って……」

 

「……料理で?」

 

「そうそう! ラインハルトの料理が美味しすぎて限界積載量超えて食いまくったから死にかけたって感じだ!」

 

「……そうなんだ」

 

「まーだから心配なんてないぜ、もう喉につっかえてるのは取れたからな!」

 

 心配かけさせて悪い!といつものように軽口を回らせて誤魔化すようにポルクスの頭を撫でれば、彼女はされるがままになりながらも頷き返した。何だかまだ納得出来ていないような雰囲気も感じるが、今は誤解を解く暇も惜しい。スバルはひとしきり彼女を撫でるとその場を後にした。

 ひとまずはカリオストロと合流。そして仲間や世界を終わらせないためにも王都で起こった騒動の原因が何であるかを突き止めなければならない。

 全てカリオストロ頼りで終わらせず、自分に出来ることをしなければ、とスバルは決意を顔に刻んで彼女の元へ急ぐのだった。 

 

 

 

 

「……死にかけた? ……私にはスバルが本当に死んでいたように感じたよ?」

 

 ――取り残されたポルクスの呟きは小さくなるスバルの背に届かずに霧散した。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 スバルが前回の記憶を頼りに少し見慣れた廊下を歩いていると、向こうから見知った姿――カリオストロの姿が見えた。前回と同じく顔色の悪そうな彼女はこちらを見つけると、すぐ様走り寄ってきた。

 

「スバル、平気か?」

 

「お、おう……カリオストロの方こそ」

 

「慣れはしてないが、別に平気だ。すぐに落ち着く……って前も言ったな、コレ」

 

「こうして廊下で合うのもまさかの二回目だもんなぁ。とりあえず無事そうでこっちも安心した……ってど、どうした? そんなにこっち見て」

 

 赤いドレスに身を纏ったカリオストロが顔を寄せてこちらを伺う様子に、スバルは少し動揺してしまう。性格こそアレでアレな彼女だがその顔立ちは絶世の美少女。純なスバルはまだ慣れきっておらず、照れ臭さを感じてしまう。しかしながらそんなスバルの様子を見ても真剣そのものの表情を崩さないのは、カリオストロが真摯(しんし)に彼を気遣ってる証左に違いないだろう。

 

「……いつも以上に顔色が悪いぞ。本当に平気か?」

 

「あ、あー……やっぱ、そんなに悪いか? 俺の顔」

 

「ほんの少し前まで墓で眠ってましたって言われても納得出来ちまう顔だぞ。

 起こったことを考えれば無理もない話だが……なぁ、一旦どっかで休んでおくか?」

 

「いやいや、それはお互い様だって。カリオストロだって優れなさそうな顔してるし、平気だ、大丈夫だ、コンディション・グリーンだ。ぶっちゃけ今回も唐突過ぎる幕切れだったから、見かけよりかは動揺はないって」

 

 自分より小柄な女の子が不快感を押し隠して動こうとしているのだ、ここで素直に休めるほどスバルの男も廃れてはいない。畳み掛けるように答えると共に、それよりも。とスバルは問いかけを重ねる。

 

「俺が見た最後のあの攻撃。あれもお前の世界の……えっと、せーしょーじゅー、だっけ? そいつがやったって事で間違いないのか?」

 

「……あぁ。そうだ。正直オレ様も目を疑った。あれは並み居る星晶獣の中でもとびっきりに厄介な奴だよ」

 

 カリオストロは大理石製の立派な柱に背をもたれかけると、疲れた様子を隠さずに答えた。

 

「星晶獣『バハムート』――世界の始まりと終わりを司る、破壊の権化だ」

 

 ――それは全身が黒い鱗で覆われた見上げるほど大きな威容を誇る黒き翼龍。

 ひとたび龍が爪を振るえば空が割れ、尻尾を振るえば山が抉れ、口を開けば島そのものが消えると言い伝えられている全空の人々が恐れに恐れた存在、それがバハムートだ。

 そしてそれはただの伝説ではなく、脚色されている訳でもない。そう言われるだけの力が実際にあると過去に対峙した事があるカリオストロは知っていた。

 彼女の脳裏に仲間達と数多の騎空団で徒党を組んで退治した記憶が思い浮かぶ。

 あれは一言で言えば地獄だった。参加した30の騎空団のうち、最終的に生き残れたのはたったの4つ――綿密な作戦と地力のある騎空士達による波状攻撃で手に入れた有利も、奴が見舞ったたった1つのブレスにより逆に全滅寸前まで追い詰められた事は記憶に新しい。最終的には退治できたものの、海千山千の仲間達とグランとルリアがいなければ如何に不死身に近い自分といえど無事ではいられなかっただろう。

 

「バハムートか……ゲームやら小説やらで何回か聞いた事あるし、そいつらの設定と同じくらい物騒だな。っつか実際に物騒だったけどさ。ただ、そいつが何で唐突に王都に?」

 

「さぁな。オレ様も全く分からん。少なくとも星晶獣はオレ様達の世界でしか存在しない筈だからな。星の民が異世界にまで進出する可能性は……ありえなくはないが……ただなぁ」

 

 結局の所、現状が全く理解できないのはお互い様のようだ。腕を組んで不機嫌そうな表情を見せるカリオストロは足を軽くタップしながら(うな)っている。

 

「な、なぁ、カリオストロ。ちなみにそいつを倒すことは?」

 

「……実際に退治した時は、それこそ一騎当千の騎空士を軍隊規模用意して、それで辛うじて鎮圧できたんだ。オレ様含め、こっちの陣営総出で対峙しても到底無理だろうな。

 ラインハルトがどこまでの力量があるかは分からんが、奴がいても倒せるかどうか……」

 

「マジ……かよ」

 

 告げられた事実に、スバルだけでなくカリオストロも重い溜息を漏らした。

 謎多き中で被害を受けぬように立ち回ったというのに、5日目には強制的にゲームオーバーは溜まったものではない。屋敷で起こった事件も大概理不尽だったが今回は更に理不尽だ。どうして()()()()()こんなに理不尽が襲い掛かる? 一体自分が何をしたというのだ? スバルは(いわ)れもない罪を押し付けられたかのような気分になり、殺された衝撃も相まって怒りたいやら泣きたいやらで自分が分からなくなりそうだった。

 

「とりあえずは王都に行って情報を集めるしかないな。幸いにもタイムリミットまで5日間ある。今日はここに泊まるとして明日届くであろう手紙を元にエミリア達を説得。あとは皆で王都に向かう事にしよう。あぁ、ラインハルトも同行できれば尚良いか。星晶獣達が暴れる理由は間違いなくある筈なんだ。だから――」

 

「くそ、……クソッ、なんだってこんな目に」

 

「……おい、聞いてるのか?」

 

「あぁ聞いてる、聞いてるさ。王都に行けばいいんだろ? 行けば」 

 

「……苛立つ気持ちは分からんでもないが、落ち着けスバル」

 

「別に苛立ってなんかねえよ」

 

 カリオストロが既に冷静さを取り戻しているのに対し、スバルは逃がしようのない心のざわめきが苛立ちに転化しつつあった。普段のスバルであれば軽くいなす事も出来た軽口も、いかんせん今の状態では火に油を注ぐ事にしかなりえてない。命のやりとりを何千回以上行ったカリオストロと、片手で数えられる程度しか経験していないスバル。両者の経験の差がここではっきりと現れていた。

 

「どうだかな。仮にも死んだ直後、()()()()()()()()()()()()今日はもう休め。あとはオレ様が皆に伝えて――」

 

「……っさいな」

 

「あん?」

 

「――うるさいって言ったんだよ。俺はもう大丈夫だ、お節介もいい加減にしろよ」

 

 そして、スバルの苛立ちは些細な切欠を持って怒りに成り代わった。

 カリオストロとしては冷静に評したつもりだったようだが、今のスバルにとってはその言葉は侮辱に等しい。はっきり睨みつけて啖呵を切る始末になってしまう。

 ……そして、不幸なことにもカリオストロも少しながらカチンと来てしまう。冷静さを取り戻しつつあるとは言え彼女も死に戻り直後の不快感が未だ拭いきれていないのだ。軽率にも売り言葉に買い言葉と反応をしてしまったのだ。

 

「ほぉ~……言うじゃねえか、折角気遣ってやってるっていうのに要らないってか?」

 

「なにが気遣いだ。押し付けがましい。大丈夫だって言ったら大丈夫なんだよ」

 

「その台詞も死体みたいな顔してなければもうちょっとは決まってたんだがな。

 お生憎様だが今日する事はあいつらに事情を説明するだけ。お前が居たところで何も変わらないだろうよ」

 

「同じく具合悪そうなカリオストロにだけは言われたくないね。あと勝手に話進めるんじゃねえよ、大体俺の力が説明の切欠になってるんだろ? だったら当事者がいない事には話が進まないだろ」

 

「お前がその場に居たとしても信憑性が少し増す程度だ。オレ様とお前が知りえる情報に大きな差がない以上、大筋は変わらん。ん? だとしたらお前がやる事はないよな? それなら少しでも体力回復に努めた方が合理的だろう?」

 

「ぐ、……偉っそうに決め付やがって、俺が居ないと分からねえ情報だってあるかもしれないだろ!?」

 

「はん、今回に限っては『ない』と断言できる。事情を深く知ってるのはオレ様だけだからな。

 お前は王都で他にも暴れていた魔獣達の説明が出来るか? 出来ないだろう? あの魔獣達はオレ様の居た世界の産物なんだ、誰一人として事情すら知らないだろうよ」

 

「ッだけど!」

 

「言っておくが、体調の悪い奴に無理強いして出張られても邪魔なだけだ。八つ当たりしてる暇があったら大人しくすっこんでろ」

 

「~~~~~ッ!!」

 

 カリオストロの正論はばっさりとスバルの心を切り捨てる。少しでも力になろうと息巻いていたのに出鼻をくじかれる形になればもう怒りと屈辱感しか残らず、スバルは思わず歯を強く噛み締めてしまう。

 

 どうしてこちらを突き放す? 

 自分だって当事者の筈だ。

 全てカリオストロが活躍する形になるのは納得がいかない。

 

 そう言った思いが募る一方で彼女の言葉に反論する術も持ち合わせてはいない。それが更に怒りを助長する羽目になってしまい、スバルの身体は自然と震えだしてしまう。

 

 カリオストロはそんなスバルを冷たく一瞥(いちべつ)した後に無言で(きびす)を返してエミリア達の元へと急ぎ、取り残されたスバルは衝動的に壁を強く叩いた後、心に残った死の残滓(ざんし)と怒りを振りほどこうと彼女とは反対方向に歩みだす。

 

(今ので確信した、あいつは俺の事を全く頼りにしていない。都合のいい道具か何かみたいに考えてやがる! 全部が全部自分だけで解決してるみたいに考えやがって、森の件は俺の機転がなければ全員助からなかったんだ。だったら頼りにしてくれたっていいだろ!?)

 

 肩で風を切りながらスバルはずんずんと廊下を突き進む。

 その間も脳裏に浮かぶのはあまりにも短絡的で、短慮な考え。

 しかしながら今のスバルは自らの怒りが正当な物であると信じ込てやまなかった。

 

(それに今回の件はカリオストロの世界の魔物の仕業って言うんだったら、カリオストロはこっちに頭を下げてしかるべきだろうに。アイツのせいで俺が、みんなが死ぬ羽目になったんだぞ!?)

 

 客観的な考えに至れない彼の思考は明後日の方向に。

 そして留まる事を知らぬ怒りは被害妄想を作り出し、やがて味方を敵へと認識してしまう。

 

(――俺の力がなければやり直しなんて出来もしないくせに!)

 

 目的地も決めずに、思うがままに進むスバルは、やがて他よりも古びた扉の前にたどり着く。

 扉の隙間から見えるのは暗闇。どうやらこの先は外に繋がっているようだ。 

 今の自分は到底眠れそうにない、少しばかり外の空気でも吸おうかと考えようかとドアノブに手をかけようとした時――外から声が聞こえてきた。

 

『っかあ~~ッ……すッげぇキッツいわ……』

 

『何がキツいだよお前は。皿洗いしかしてねえくせに。こっちなんか気が狂うほど野菜刻んでるんだぞ。もう腕がぱんぱんだよ』

 

『野菜刻みだぁ? そんなのより盛り付けの方が大変だぞ畜生。

 あいつ俺の盛り付けが下手だ下手だって何べんも頭叩きやがって、雇われの身じゃなかったらぶっ殺してる所だったぞ』

 

『皿洗いなめんな。俺たちの日収を遥かに超える豪華な皿を終わりのなく洗うのがどれだけ神経使う事か……俺の身長が伸びなくなったらどうしてくれるんだよ』

 

『『いや、お前の身長はもう伸びねえだろ』』

 

『テメェら喧嘩売ってるんだな、買うぞ!?』

 

 どうやら扉の向こうに誰かが居るらしい。

 この屋敷で働いていると思える三人組は口々に文句を連ねている。

 やはりどんな世界であっても同じような文句が飛び出すんだな、と同じ作業を経験したことのあるスバルは彼らに親近感を覚えてしまう。

 

『しかしよぉ、フェルトの嬢ちゃんも大変だよな』

 

『そうかぁ? 俺は逆に変わってやりたいぜ。毎日贅沢三昧。人を顎で使う生活なんて、最高じゃねえか』

 

『馬鹿かお前は、王様になれるのは女性だけなんだぞ? 男っていう時点で論外だ。っつかお前が王様の国とか絶対にゴメンだわ』

 

『んだとこの野郎』

 

『落ち着けよ、大体嬢ちゃんの愚痴は聞いてただろ? やれ貴族の教育が~しきたりが~とかで頭パンクしそうだって、滅茶苦茶うんざりしてただろ。お前それでもやりたいか?』

 

『……まあやりたくない事やらされるってのは確かに嫌っちゃ嫌だけどなぁ……』

 

 何となく出るタイミングがなくなってしまったスバルは、彼らの他愛もない話に耳を傾けてしまう。どこか聞き覚えのある声、そして滲み出す小物臭――そんな彼らに懐かしさと安心感を覚える。見ず知らずの他人だろうが、出来るなら自分も混ざって彼らと他愛もない話をしたいものだ。いや、しよう。気分転換にはぴったりだ。

 いよいよ持ってドアノブに力をかけ、扉を開け放とうとした――その時だった。

 

『つまりだ、あの変な奴らに頼まれた事は嬢ちゃんにとってプラスしかないって事だろ?』

 

(――変な奴ら?)

 

 彼らの口から出た気になる言葉に、スバルはその場で立ち止まってしまう。

 

『そういや段取りは明日だっけか。お前、大丈夫なんだよな?』

 

『もう場所に関しては確認済みだし、合鍵も休暇の間に作っておいた。後はラインハルトが隙を見せている間に盗んじまえばOKだ』

 

『ラインハルトには気付かれてねえよな?』

 

『ぬかりはねえよ、あいつは剣は強いかもしれないが大概な甘ちゃんだしな。気付いた頃にはオサラバしてる手立てだ。大体逃亡先に関しても向こうが手配してくれるんだろ?』

 

 どうやらこの三人組、誰かに依頼されて何らかの悪巧みを行うらしい。

 スバルは扉に近づき、隙間から聞こえてくる彼らの声に耳をそばだてる。 

 

『結局俺達がまともに働くなんて土台無理だったって事かぁ……』

 

『いいじゃねえか、大金が手に入るんだぞ? この国に未練なんてないし、ずーっと下っ端だなんて真っ平御免だ。フェルトの嬢ちゃんだって悩みからオサラバするかもだぜ? 良い事尽くしだ』

 

『さよならルグニカ王国、そしていらっしゃい逃亡生活だな。それに、もう()()()()()()()()()()に会うことも……!』

 

『……気持ちは分かるぜカンバリー、そうだ。もうあの嬢ちゃんに恐れることはないんだ……!』

 

 フェルトの悩みがおさらばする? 国外逃亡の手筈がある? あの嬢ちゃん?

 全貌の掴めぬ彼らの話は、スバルの好奇心を刺激してやまない。

 そのためスバルは自然と前傾姿勢になり、ドアに密接してしまった。それがいけなかった。

 

 古い扉だったせいだろう。

 軽く押されたドアが小さく開き、きしんだ音を立ててしまったのだ。

 

(……やべっ!?)

 

『!?』『なんだ!?』

 

『お、おいッ、そこに誰かいやがるのか!?』

 

 スバルの身体が文字通り飛び跳ねた。

 異変を察した男達はこちらに向けて近寄っているのが気配で分かる。だが辺りを見回せど隠れる場所はなく、今から逃げようにも到底間に合いそうにない。刹那の時間で悩むスバルだったが悲しい事に、彼の頭脳は解決策を見出す事はできなかった。その場から動くことも出来ずに目の前の扉が開いてしまう。

 

「テメェ! 盗み聞きしやがった――な……?」

 

 そうして開け離れた扉の先に現れたのは、大、中、小の背丈の男性達。

 一人は大柄で厳しい体つきをしており、

 一人は中肉中背で、細いスタイルをした舌が長く、

 一人は子供くらいの背丈でマッシュルームヘアー、

 そして、全員が薄汚れたエプロンを身に(まと)っていた。

 

 互いの姿を見合ったこの場の全員は、ぽかんと呆けた顔をしてしまう。

 それも無理もない事だろう、なぜなら彼らは互いに面識があったのだから。

 

「あーッ! お前らあの路地裏の時の!? トン・チン・カンじゃねーか!!」

 

「て、テメェ……どうしてここにいやがるんだっ!?」

 

「っていうか何だよその格好! お前もしかして客なのか!?」

 

「トンチンカンじゃねーっての!」

 

 そう、何を隠そう彼らはこの世界にやってきた当初にスバルが出会った不良三人組、その名もガス『トン』、ラ『チン』ス、『カン』バリーであった。かつて三度路地裏でスバルの前に立ち塞がり、挙句の果てにカリオストロに退治された序盤の中ボス(?)ポジションである。彼らがこの場所に居る事に驚きを隠せぬスバルだったが、やがてその格好を見てハっとなった。

 

「あ、そ、そうかっ、お前ら改心してこの屋敷に雇われたのか!?

 真っ当な仕事見つかってよかったじゃねーか!」

 

「何が良かっただ畜生! っていうかお前こそどうしてここに居るんだよ!」

 

「あー……実は俺はラインハルトに招待されて、ここに呼ばれてな?」

 

「しょ・う・た・い、だと~~~ッ!?」 

 

「前は怪しい身なりしてやがると思ったら、やっぱりテメェ良い所のぼんぼんだったのかよ! ケッ!」 

 

 ギリギリギリと聞こえてくるほど歯ぎしりして三人組はオーバーに悔しがる。

 だが彼らもそんな事してる場合じゃねえ、とすぐに我に帰ってはスバルに詰め寄った。

 

「そんな事よりもだ……お前、今の話は聞いてたよな?」

 

「あ、あ~~え、えーっと……ま、まあほんのちょびっとだけ……?」

 

「残念な事だが、聞いたからには」

 

「生かしちゃおけねぇなぁ!」

 

 スバルの言葉を聞いてか訊かずか、三人が一様に動き出す。

 一番体格の良いガストンが両手を合わせて指を鳴らし、

 一番細身のラチンスが懐から麺棒を取り出し、

 一番小柄のカンバリーはフォークを片手にスバルを威圧する。

 

 ……まあ当然の事ながら、彼らの精一杯の威圧は彼らの様体と余りにもミスマッチ。スバルは怖がるどころか笑いそうになってしまった。

 

「わ、笑うんじゃねーよ!」

 

「いや笑うなって方が無理だろ!? 細い奴、お前のナイフどこいったんだよ! 何で綿棒持ってんだ!?」

 

「細い奴じゃねー! ラチンスだこの野郎!」

 

「あとちっこい奴、お前もフォーク持たれても逆に困るわ! どこのプロレスラーだよ!?」

 

「カンバリーだ!! はぁ!? フォーク舐めてんじゃねーぞ!」

 

 顔を真赤にした二人がスバルに叫び返す中、唯一特に何も言われなかったガストンがスバルの胸ぐらを掴んで彼を持ち上げた。

 

「この屋敷じゃ武器になりそうなもんは全部没収されんだよ。だけどな、綿棒だってフォークでだって、この拳だってお前を殺す事なんて簡単なんだぞ? あ?」

 

「ぐぅっ……」

 

 優位に至ったのを悟ると、自分でも思う所があったラチンスもカンバリーもへっへっへ、と悪どい小物の笑みを浮かべ始める。

 確かにこれは不味い。よもや何の情報も得ずに一日と経たずにゲームオーバーは流石に御免である。だがカリオストロはこの場に居ないし、今彼女に頼るのは絶対に嫌だ。

 何とか自分で切り抜けなければ、と頭をフル回転させていくスバル。

 その数瞬後、何かしらの案が浮かんだのだろう、彼はニヤリと面々に向かって笑みを見せた。

 

「何笑ってやがる」

 

「へ、へへ……いや。お前らも毎回詰めが甘いなって思ってね」

 

「あん……?」

 

「お前ら、俺がここで叫んだらどうなるか分かってんだろうな……?

 少しでも怪しまれたら、お前らの計画はどうなっちまうんだろーな……?」

 

「「「ッッ!?」」」

 

 そう、彼らの計画は多少なりともラインハルトの信頼を前提とした綱渡りのような物なのだ。

 ここで少しでも怪しまれてしまえば成功率は格段に減ってしまう事には違いない。

 思った通り動揺しだす彼らだが、カンバリーだけは冷や汗を垂らしながら引き笑いで否定する。

 

「お、落ち着けって、今の時間はみんなパーティしてんだよ。こんな離れた所で叫んだところで誰が気づくもんか!」

 

「そ、それもそうだよな!」

 

「お、おぉそうだそうだ!」

 

「いーや、一人だけ確実に気づく奴がいるぞ。……カリオストロだ」

 

 当然ハッタリだ。今頃エミリアと控室で話してる彼女に声が届くかどうかはわからない。

 しかしながら彼らはカリオストロにこっぴどくやられた経験がある。それならば何らかの効果があるに違いないと見越したスバルだったが、

 

「……あ、アイツ。アイツが来てるのか?」

 

「は、ハッタリだ! ハッタリに決まってる!!」

 

 効果は抜群のようだ。

 彼女の名前を上げた途端に彼らの顔が真っ青に染まり、面白いように動揺しはじめたではないか。

 

「なんなら試して見るか? アイツは俺の護衛みたいなもんだ。今は所要で少し離れてはいるが、まかり間違って俺を殺したら絶対気づく。そうしたら……あの時のレベルじゃすまないのは分かるよな?」

 

 スバルは精一杯の不敵な笑顔で見せつつも更に畳み掛け、自分を殺す事=相手の破滅であると分からせる。

 小物がすぎる彼らの事だ。きっとこのブラフにも引っかかる筈だと確信があった。

 コレで多少なりとも事態が好転するだろうとスバルが相手の反応を伺おうとすれば――突如、彼の胸ぐらを掴んでいたガストンがその手を離し、いきなりその場に(うずくま)り始めたではないか。

 

「ひ、ヒィィィィィッ!! ゆ、許してくれ許してくれ許してくれぇ~~~っ!!」

 

「!?」

 

「が、ガガガガ、ガストンーッ!!」「落ち着けガストン、落ち着けって!」

 

 そして始まる大男の大号泣。

 大きな体を精一杯縮こまらせて泣き喚くガストンの姿は、有り体に言えば無様。別の言葉で言い換えれば非常に哀れだ。

 効果が抜群どころの話ではない、完全に致命傷(クリティカル)である。

 よもやここまでの効果を発揮するとは思わなかったスバルは、驚きを隠せず大口を開けてその光景を眺めるほか無い。

 

「テメェ、よくもガストンのトラウマを刺激しやがったな!?」

 

「あの嬢ちゃんのせいでガストンはなぁ、毎晩夜泣きしながら母親に助けを求めるくらい(うな)されてたんだぞ!? ようやく忘れかけてたって言うのに思い出させやがってぇ!」

 

「アッ、ハ、ハイ、なんかその……すまん」

 

 仲間思いなのだろう。ラチンスとカンバリーがカリオストロの陰に怯えながらも怒りをぶつけてきて、反射的に謝るスバル。流石にここまでトラウマになっていたとは思ってはいなかったものの、冷静に考えて見ればあのとびきり恐ろしい笑顔で淡々と自らの息子をロストしそうになるのは確かにトラウマになるだろうな、とスバルも自然と股間を手で抑えて体を震わせた。

 

「ま、まあお互い悪かったって事で、な? 大丈夫だって、お前らの企みは訊かなかった事にするし、カリオストロにもチクったりもしないって」

 

「ほ、本当だろうな……!?」

「お、おいガストン良かったな。大丈夫だ、アイツはお前を罰したりはしない。だから平気だって――」

 

「でもこれだけ騒いでるとこっち来ちゃうかもだから、ずらかるなら早くしたほうがいいぜ?」

 

「い、イヤァァァーッ!? ママぁぁーッ!!」

 

「オィィィィ!? ガストンどこ行くんだぁぁ!!」「お、覚えてろよ畜生ーッ!!」

 

 彼らの反応の良さに調子に乗ったスバルが追加で脅せば、大層トラウマを刺激されたガストンが耐えきれなくなって暗闇に包まれた外を泣きながら飛び出していき、残り二人は小物らしい捨て台詞を残して慌てて彼の後を追っていった。

 

 取り残されたスバルは彼らの滑稽な姿と自分の策が余りにも上手くいった事についついと笑ってしまう。

 

(俺が何も出来ない? 違うね、俺にはこの『機転』がある。

 今回の情報だって俺が居なかったら手に入らなかった。

 そうだ、カリオストロの力なんてなくても俺だけでも困難ぐらい解決出来るに違いないんだ!)

 

 余りにも不運な事に、スバルは今回の件で自らの力を過信してしまう。

 この世界に来てからどこか歪に成長してきた彼の自尊心はこの件で大きく刺激される事になり、カリオストロがかつて危惧していた英雄願望が小さく(くすぶ)り初める切欠となってしまったのだった。

 

 

(目にもの見せてやる。俺だって出来る事を、皆に見せつけてやる――!)

 

 




《バハムート》
 グラブル世界で恐れられる非常にお強い星晶獣。
 ゲームだと騎空士達が角を欲しがってはこぞってタコ殴りにし、特殊攻撃のブレスで勝利を信じる羽目になる存在。
 999999のダメージくらってもエリクシール一本で回復するんだから騎空士って凄い。
 逸話に関しては完全にオリジナルです。

《ガストン》
 本作第5話の路地裏で、カリオストロに股間を潰されそうになったモブその1。
 盗品蔵の騒動の後、フェルトに拾われてラインハルト邸で働いている。
 カリオストロという言葉を聞くとその日は夜泣きをしてしまうらしい。
 多分本人に会うと気絶する。

《ラチンス》
 本作第5話の路地裏で、カリオストロに尻と股間を潰されたモブその2。
 盗品蔵の騒動の後、フェルトに拾われてラインハルト邸で働いている。
 カリオストロという言葉を聞くと縮み上がってしまうらしい。
 多分本人に会うと腰が抜ける。

《カンバリー》
 本作第5話の路地裏で、カリオストロに真っ先に股間を潰されたモブその3。
 盗品蔵の騒動の後、フェルトに拾われてラインハルト邸で働いている。
 カリオストロという言葉を聞くとその日の夜お漏らししてしまうらしい。
 多分本人に会うと色々漏らす。

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