※グロテスクな表現、及び不快な演出があります。ご注意を
最近この但し書きが多いのは気の所為です。
剣戟の音や悲鳴が未だ鳴り響く草原の戦況はすでに小康状態になりつつあった。
結果として商人達が雇った傭兵団、通称『鉄の牙団』は謎の集団の襲撃によって壊滅状態に陥り、今や掃討戦が行われている始末。辺りに散らばるは激しい競り合いの傷痕。焼け焦げ、えぐり取られた地面に色新しい血潮や様々な死体が散見され、周りの絶望の色を更に深めていた。
そんな絶望の淵を進むのは一台の竜車だ。
周りを随伴する3人の男性に囲まれて進むそれは、まっすぐに草原の中心へと向かう。
草原の中心。そこには襲撃者の一団が陣取っているようだ。
やがて竜車は一団の前に止まり、随伴する3人の男性が
「ひぃぃっ……!」
「ぐえっ!」
「んな引っ張らなくても素直におりるっ! おりるって――うげっ!」
ガストン、ラチンス、カンバリーの三人組である。
男達に従うがままに連れられてきた三人は、地面に尻もちを付く形で無様に着地する。
「くっそテメェら武器もってるからって調子にノリやがって! 人を武器で脅すことがどれだけ下劣なのかがわからねぇ……の……あ、いや。なんでもねえです……」
「……」
沸点の低さなら誰にも負けない一番小さなラチンスが以前の自分の行いを棚にあげて吠え立てたが、自分たちが多種多様な目に晒されている事に気づくと咄嗟に黙る。
他二人も同様だ。
カンバリーはラチンスにしがみついて震え、一番大柄なガストンもそうそう心が折れているのか、体を出来る限り縮こまらせてラチンスの影に隠れていた。
彼らを囲うのは街を見渡せばすぐに見かけられるような商人達だ。
服装は平素で貧乏すぎず、かといって小金持ちにも見えない。
立ち振舞いも武人のそれではなく、病人のそれでもない。
だと言うのに異常を感じるのは彼ら全員が使い古された武器をだらんと下げており、そして全身を返り血で染めているからだろう。
それだけでも異様なのに、更に焦点のあってないガラス玉のような目つきでこちらを見つめているのだ。否応なく彼ら三人の背に怖気が走った。
そんな一団の輪が唐突に割れ、別の人物が現れる。
鮮やかな紫の長髪。眠たげな目つきにほんわり穏やかな表情。小柄な体躯で両手を後ろに回した可愛らしい姿は、この場には余りにも似つかわしくない。三人組は知らなかったが、それはホーシン商会が主、アナスタシア=ホーシンの姿であった。
彼女は三人組を見ると、可愛らしく少首を傾げる。
「んん~? なんでこいつら生かしておいてるんやろ? あんさんら、ちゃんとウチの命令聞いてた? 商人らは生かさず殺さず、最後は殺す。そうやろ?」
カララギ
彼女はふんふんと耳を寄せて内容を聞くと、ふーん。となんでもないように
「あほう」
その一言と共に
周りに血潮が撒き散らされ、男性がいた筈のその場所には
どうやらその尻尾はアナスタシアの後ろから伸ばされているらしいが、その
「なーんでそないな事で判断仰ぎにくるんかなぁ……あほやないの? 刻限が近いってさっきから言うてるやろ? 剣聖を呼び寄せた程度でどーして手を止める理由になるん? 関係ないやろ? うちらはしち面倒臭い試練に備えるだけなんやから。福音に書いてないから? 違う、福音に書くまでもなかったんや。いややわー本当にいややわー。ねえ、ウチへの愛が足りんのとちがう? ウチを愛し尽くせないから思いつけなかったんやない? ややわぁ、本当にウチ悲しゅうて悲しゅうて……なぁ、聞いとるんか!? なぁ!?」
彼女の尻尾が物言わぬ肉塊に何度も何度も振り下ろされるたび、辺りに衝撃と血肉が飛び散る。しかし過剰な体罰が眼の前で繰り広げられていても周りの商人……いや、彼女の信奉者達は表情一つ変えない。
三人組の顔色は今や青を通り過ぎて白色へと変わっていた。
捕獲された時にその場で殺されなかった為もしかしたら、と生きる望みを見込んでいたが、その希望的観測がただの夢であることを悟ったからだ。
もう血染みしか痕跡がなくなればようやく彼女のおしおきが止まり、尻尾がみるみるに彼女の体へと収納される。そして怯えきった三人組にその天真爛漫な表情を見せた。
「はぁ~……まあええわ。ちょうど遊び相手も事切れてしもうたし、うちが直々に手を下してあげる。光栄なことなんやから感謝しいや~?」
じゃり、と彼女が立てる足音だけがその場に響きわたる。
まるで死刑台へ自ら歩みに行っているような錯覚を覚えたラチンスは、咄嗟に命乞いをしようと考えたが、極大の恐怖の前に力が抜け、
「ま、ままま待ってくれ待ってくれ、ぉぉお嬢さんっ!! お、俺たちは商人とは全然、か、関係なくてだな!? き、貴重な物を渡すからみ、見逃してくれねえか!?」
「ん~~?」
カンバリーがすんでのところで必死な声をあげた。
死刑の執行は寸前で止まり、彼女の顔に再度疑問符が浮かぶ。
「貴重な物? それってあんさんらの命より高いものなんやろか?」
「ひぇっ!? あ、あぁっそうだ! も、もぅ俺たち貧民程度じゃ到底考えもつかねえほどのもんだ! ぜ、絶対、絶対気に入るのは保証するっ! な、なにせ王選の
「!」
ぴくり、と彼女の手が跳ねる。
明らかな反応にカンバリーは脈アリとみたのか、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「そ、そうだ! 知る人ぞ知る徽章だ! 前聞いたときは価値は聖金貨20枚、いやそれ以上だって聞いてる! こいつがあればお、王様にだってなれるかもしれねえ! と、とと当然だけど本物なのは保証するぜ!? 俺たちはなにせラインハルトの屋敷からこれをかっぱらってきたんだ! 鑑定してもらってもいい、い、命を賭けても―――ひぃぃっ!?」
回る舌は悲鳴により止まる。
その原因は彼の眼前に唐突に広がった狼顔にあった。
それは鉄の牙団の団長であるリカード・ウェルキン、その首であった。
太い首の付け根から断ち切られたそれは断面から鮮血を零し、焦点の合わぬ濁った目とだらんと伸ばされた舌がどうしようもなく彼に死を予感させた。
「嘘やとしたら……わかってるやろな~?」
がおがお♪ と小さな手が生首の上顎と下顎を噛み合わせる様を見て、彼は気絶しなかった事を褒めて貰いたくなった。
こいつはもう、どうしようもなく狂っている。
例え本物の徽章を渡したとしても気まぐれ一つで死にかねない。
しかしながら、一抹の希望があるならそこに賭ける他ないだろう。
カンバリーは自身の体を慌ててまさぐり、震える手でしまいこんでいた徽章を渡した。
「へぇ~案外、可愛いらしいデザインなんやね~……これってあれやろ? 竜に選ばれし巫女やったら反応してくれるんやろ?」
「あ、あぁそうだ! お、王の資格があるならその紅い石が光るんだ! お、お嬢ちゃんならきっと光るだろうな?!」
「ややわぁ、心にもない事言うて~。でも本当に光ったらどうしような~……♪」
本当に心にもないお世辞だが、本人的には満更でもないようだ。アナスタシアは持っていた生首を投げ捨てて差し出された徽章を細指が絡め取り、それを手元で転がし始める。
――しかしながら徽章は何も反応を示さずに沈黙を続けるのみ。
彼女はどうやったら反応するのか、べたべたと触ったり上から下から覗きこんだり振ってみたりと試行錯誤を続けるが、しばらくしてどうなっているんだとカンバリーにじと目を向け始める。
彼は体を跳ねさせて慌てて答えた。
「い、いや……あ、ふ、普通だったらその、触れただけで光る筈……な、なんだけどな~……? も、もしかしたら壊れたのかも……?」
「……そうなんや~。もしかしたら徽章さんの気分が悪いんかもな~?」
「は、あはは、はは……はっ……そ、そうなのかもな? な、何か悪いな嬢ちゃん……?」
「あはははは」
「は、はは……ははははは」
無邪気に笑う少女にカンバリーが合わせるように笑う。
かなりまずいかもしれない。だが彼女の機嫌を損ねる訳にはいかない。
とりあえずおだてるだけおだてて、次なる生き残る策を提示しようとしたのだが、
「何がおかしい」
「はは? 。」
しなるように
ラチンスとガストンの全身に生暖かい液体が降り注ぐ。
彼らはそれが唯一無二の親友のものだとは最初は理解できず、突然立ち消えた彼に混乱するばかりであった。
「――おかしいだろおかしいだろおかしいだろおかしいだろおかしいだろおかしいだろおかしいだろぉ! こいつはアタクシを知らねえのか? アタクシの事が理解できないのか? 他でもないカペラ=エメラダ=ルグニカ様だぞ? ルグニカを名を持つアタクシにどうして徽章が反応しねえ? ありえねえだろおかしいだろ頭が悪すぎるだろこのクズ徽章がぁ!」
だが彼が死んだと理解しても、彼らには親友の死を哀しむ事も怒ることも出来なかった。
眼の前で豹変したアナスタシアの台風のような怒りは凄まじく、彼らに出来たのは眼の前の怒りが過ぎ去るまでひたすら悲鳴を堪え、体を小さくさせる事だけ。
彼女は先程までのカララギ弁の口調も忘れ、変異した鉤爪のついた腕で徽章を叩きつけて踏みつけ始める。
「それはあれか!? アタクシは最初から王の器じゃなかったっていいてーんですかね!? 誰よりも愛されて誰よりも愛されるべきこのアタクシがか!? クズ肉が王になるのがただでさえ我慢できねーっていうのにクソ龍様はこのアタクシを選ばねえっていうのか!? この世の愛と尊敬を他の誰かに譲れっていいてえんですか!? そんなくそったれた事許せる訳がねえだろうがあ、ぁあぁぁああああイラつくイラつくイラつくイラつくイラつく!! 何が龍の国だ何がルグニカだ何が王選だ、クズ肉共の上にアタクシが居て、アタクシの下にクズ肉共がひれ伏す! クズ肉共がアタクシを愛し愛に生き愛に死ぬのはこの世界で揺るがない決定事項だろうが、それを否定しようっていうのかよぉ!? それともなにか、反応しねえのは心だ、器だ、性格だとか訳のわからねー御託を並べるつもりか!? 王になるのに心も器も関係ねえーだろーが! 面がどーたら性格がどーたら気が合うだの相性だのグダグダうるせーってんですよぉ! どうせクソ肉共は外面だろーが、外見だろーが、見た目がてめーの肉を刺激するからその肉に惹かれてるだけで、そこに耳触りのいい言葉を付け加えてやればすぐに尻尾を振る――畜生以下のゴミ屑どもなんですからよぉッ!!」
一切合切の正気をぶん投げて、ヒステリーを起こし、自身の髪を振り乱し、自分の傷がつくことも厭わずに顔面をばりばりと掻きむしるアナスタシア。彼女は眼の前の現実を否定するように狂気の持論を吐き出しては徽章を踏みつける。踏みつける。踏みつける。地面は陥没し、もう徽章がそこにあるとは到底思えない有様だ。
しばらく怒りを撒き散らしていた彼女はしかし、唐突に動きをぴたりと止め、手で覆っていた顔を二人に向けた。
「ひぃっ!?」
「……あーそうだそうだ。アタクシと来たらなーに動揺してんだろ。きゃはっ。こいつらが持ち込んだ徽章が偽物って可能性があるじゃねーですか、っていうか間違いねーじゃないですか」
先程までの美しい顔は、変異した腕でかきむしったせいで酷い有様だ。
爪による深い傷痕が眉や鼻、唇までもに縦横無尽に走り、顔からぼたぼたと鮮血を零している。
だというのに痛さも感じていないのか平然としている。
もう今起きている事に理解が追いつかず、ガストンは彼女の前で
「ゆ、許してくれ! 許してくれ許してくれ許してくれぇ! お願いです死にたくないんです、命だけは助けてください命だけは助けてください! 俺は本当に何も貴方に悪いことはしません、言われたら従います、何でもやります! だからたた、助けてください! あなたさまに忠誠を誓います! 絶対に裏切ったりしませんっ! だからっ、だからぁっ!」
「おお、お、俺からもお願いします! 絶対に、絶対に裏切ったりしませんから!」
「……あーらら」
狂気を前にして完璧に心がへし折れた二人が平服する様を見て、少女はどうしようかと考え込む。彼女の中では既に徽章は偽物であることは決定事項。だからお仕置きするのも確定事項なのだが、まるで子犬のように怯え尽くす姿はどこか面白い。先程まであった怒りを好奇心に転化させ、傷だらけの顔でうーんと唸れば……ぽむ。と手を叩いて提案しだす。
「まあアタクシは慈悲深ーい女ですからねぇ。大間抜けなお前らももしかしたら本気でアタクシを騙す気はなかったかもしれません」
「あ、あああああありがとうございます! そそ、その通りです! 本当に俺たちは本物だと思いこんでいて……!」
「でも。アタクシを騙した事実は変わらない、そうだろ? そうだよね? そうでしょーとも? クズ肉がアタクシを愛する事を許しても、愛以外を許す訳にはいかねーんですよ」
だ・か・ら、と彼女は傍らに居た商人が持つ長剣を奪うと、二人の前に放り投げる。
ガラン、と重そうな音を立てて転がる剣を見てあっけに取られるガストンとラチンス。二人が顔を見上げれば、彼女は満面の笑みを見せていた。
「殺し合って、生き残った方を
絶句する二人がお互いの顔とその武器を見る。浮浪者街でトリオで活動してきた長年の親友とも言える相手と殺し合う? そんな事は無理だ、出来るはずがない。何かの冗談だろうラチンスが再度少女へと振り向こうとすれば、唐突に横っ面に衝撃をくらい、彼は倒れ伏す羽目になった。
「がっ、あ……い、って……一体なんだ……?」
「ふーっ……! ふーっ……!」
気づいた時には、唯一無二の親友であるガストンが彼を見下ろす形で立ち尽くしていた。
その手に剣を持ち、狂気を宿した表情でぼろぼろと涙を流しながら。
もう幾度となく追い詰められた彼の心は限界だった。今この苦しみから逃れられるならという思いで、震える手で強く剣を握り締めている。だがラチンスにはその光景が信じられなかった。自他共に認めるまごうことなき親友、そのはずなのに……。
「すまねえ……っ、ラチンスすまねえ……っ!
もうこれしかないんだ……! これしか方法がねえんだ……!」
「お、落ち着けよガストン……っ、な、なあ俺たち親友だろ?
武器なんて捨ててくれよ……な、なあガストン、やめっ」
――大きく剣を掲げたガストンの返答は、余りにも残酷な行動だった。
「あ、そーいえばクソ剣聖が来るって言ってやがりましたね。丁度いいからこのクズ肉に活躍してもらっちまいましょうか。アタクシってやっぱ
彼女は眼の前の一幕を心底機嫌良さそうに眺めながら、そんな事を呟くのだった。
§ § §
予知の中で到着した時刻より、更に遅れて2時間ほど。
スバル達一行は彼の提案通り、ラインハルトの屋敷から兵士を伴って複数の竜車で商人達の集合場所へと辿り着いていた。
辺りはすっかり暗闇で満ち満ちており、その頃には小競り合いの音はもはや聞こえず、虫の音と草葉の囁きしか残されていなかった。
――その代わり、草原一体には
「これは……」
「こんな……酷すぎるわ……」
「……」
いたる所で人や魔獣の死骸が倒れ、煙がくすぶり、肉が焼け焦げたような匂いが濃密な血の臭いと混ざり合っている様体は地獄さながら。竜車に乗る面々は思わず顔を
カリオストロは唯一この光景を冷めた目で眺めるだけだったが――作戦の提案者、スバルは広がる光景へと冷静になることは出来なかった。
自らの作戦がうまくいった事は間違いない。だが作戦によって死者の山が築き上げられたという現実は、彼を如何ともし難い気分に陥らせる。
悪いのは魔獣、悪いのは悪巧みをするこいつら。自業自得の筈だ。
だと言うのに、草原一帯に広がる死が、まるで自分がもたらしたのだと考え込んでしまう。
同行する面々の呟きもまるで批判しているように聞こえてくる。
だが、それ以上にスバルは大きな不安を覚えていた。
自分が最初に見た氷で囲まれた風景、それがどこにもないからだ。
一体どうして展開が異なっているのだろう?
今までの行動のうち、何がキーとなっているのだろうか?
自分の考えている案は最早失敗なのだろうか、とスバルの中が混乱で埋めつくされていく。
「……何をうろたえてやがる。お前が求めた展開だろうが」
「……ぁ?」
カリオストロは広がる景色から目を逸らさず、ぼつりと呟いた。
「時間を遅らせた結果、お前が嫌う存在は全滅だ。喜ばしい事じゃねえか。それでこれからお前はどうするつもりなんだ? 自分の案が失敗だと認めてとんぼ帰りするのか? それともまだ自分の案をやり遂げるつもりか?」
これが素直になれない彼女なりの
「愚問だ。俺の案はむしろ大成功だろうが。なにせ怪しい奴らがくたばったんだからよ」
スバルは彼女に顔をあわせず、怒りのまま草原を突き歩く。そして辺りの様子に呆気にとられていたラインハルト達に声をかけた。
「ラインハルト……悪いが、周りの確認をお願いできるか? 商人の生き残りがいたら保護してやってくれ。ただし油断はするなよ、いつ牙を剥くかは分からないからな」
「……承知した。皆、聞いてのとおりだ。一帯を捜索して生存者の救助を」
ラインハルトが自陣の兵士達に命令をすれば、彼らは三々五々に周りへと散っていく。
言うだけ言ってみたものの、おそらくは生き残りなど数えるほどしかいないだろう。当面の目標は徽章の捜索と速やかなるこの場からの撤退だ。ラインハルトがいるとは言え、
スバルが自身の案を脳内でまとめていると、悲痛な顔をして周りを見渡すエミリアが目に入り、自然と彼は彼女の元へと向かった。
「スバル……」
「エミリアたん……大丈夫だ、これで不安要素の一つは消えたんだ」
「……そう」
安心させるように優しい声色で伝えるが、彼女の顔は優れぬままだ。
視界に広がる折り重なる死者達、そのひとつひとつの痛みや苦しみを感じているかのように、細い眉根を震わせている。
「……スバル。ねえ、本当に……本当にこうすることしか出来なかったのかしら」
「……」
「スバルの言う通り、彼らは悪い人だったのかもしれないけど……未然にこの事を知っていたなら、その前に辿り着いて彼らを助けてやれなかったのかしら……」
「でも、それが自分たちに害をなす存在かもしれない」
「でも、そうじゃないかもしれない……もしかしたら話をしたらわかってくれたかもしれないわ。徽章を盗むことは確かに悪いことだけど、何も……こんな羽目になるまでの悪い事では無いと私は思うの」
エミリアが視線を向けている先には、庇うようにして倒れた二人の男女の死体。彼らを中心に広がりきった血だまりは既に黒く染まっていたものの、彼らがつい数時間前には生きて居たのだと思うとスバルにも来るものがあった。
「え、エミリアた」
「――ごめんなさい。スバルのせいだと言いたい訳じゃないの。他ならぬ私だって納得した上でこの案に乗ったんだもの……今更たらればの話をするなんて、卑怯よね」
エミリアはそう言うと、俯いていた顔をあげて兵士と同じく生存者を探しに出かけた。
スバルはその背に一瞬手を伸ばすも、何も掛ける言葉を見つけられずにすぐに降ろす。
自分の考えは正しい筈だ。生き残るために、全員がハッピーエンドを迎えるための最善の策である。この被害は仕方ない物である筈なのだ。なのに彼女の伏し目がちな表情がどうしても目に焼き付いていた。
「ラインハルト様、至急報告したいことが……」
「……そうか、わかった。スバル、こっちに来てくれ。重要な生き証人がいるようだ」
「あ、あぁ。今行く」
心に根付いた葛藤を振り払うかのように降って湧いた話題にスバルは乗り、ラインハルトの後を急ぐ。そうして進んだ先にははかつてのループで出会った狼顔の亜人が居た。一瞬、忘れもしない記憶を思い出して怒りが湧きかけたが、彼の今の状態を見てその気分は萎縮した。
「……噂に名高い鉄の牙団の団長、リカード・ウェルキンでしょうか」
「……剣聖サマに、言われたら……型なしや」
横倒しになった荷車に背を預けるような姿勢で四肢を投げ出す彼には、何本もの剣が突き立っていた。
腹部と、両腕、そして両足に
濃厚な血の臭いと今にも途切れそうな荒い息は、どんなに疎い人物でも死期が近いと悟らせてくれた。
「剣聖、ラインハルトが直々に……助けに来てくれたんか……? はっ……そりゃぁ……喜ばしい事やなぁ」
「結果としてはそうなるかもしれないね。だけど本来の目的は別だよ。――治癒術士をここに。急いで」
「ムダだ……自分の、死期くらいは
「潔いのは美徳かもしれないけど、今は無様にあがいて頂きたい。こちらには聞きたいことが山程あるのですから」
それはスバルも同じ気持ちであった。
前々回のループで自分を追い詰め、不快な思いをさせた彼が一体どうして魔物ではなく剣によってやられているのだ? 襲撃は魔物だけではなかったのか? 命の灯火を燃やすリカードへと、ラインハルトが代弁するように問うた。
「安静にして頂きたいのはやまやまですが、今は時間が惜しい。貴方がたを襲ったのは魔物の集団だけではなかったのですか?」
「あぁ……何者かはわからん、唐突に、いきなりワイらを」
「……その連中は今は?」
「被害は食ろうた、けどな……ワイらもただではやられへん、ッ……半数以上道連れにして、やった、ら、慌てて逃げていき、よった……」
「なるほど……」
どうやらリカード曰く魔物とは別に襲撃した存在が居るらしい。
スバルはここに来てようやく思い至る。もしや、魔獣の唐突な襲撃はその集団によるものなのではと。しかし、しかしだ。であればこそ、以前のループでリカードが集団を撃退できていたのはどうしてだ? 自分が知らぬ要因があるのか、はたまた何か重要な見落としをしているとしか思えない。どうしようもない矛盾がスバルを不安にさせた。
「詳しい事情は後でお聞かせください、あとはもう一点だけ」
「……死にかけに、随分と、鞭打つじゃねえ、か」
「徽章を持った三人組、彼らはどこにいますか?」
「……」
リカードの苦言を無視したラインハルトの質問、それには脂汗を垂らし、今にも命を枯らしそうな狼男の口が初めて止まった。
「貴方がたが手配したのでしょう? フェルト様の誘拐、それに徽章の
「……近くに隠れておる、筈や」
口から血を零したリカードが近くの竜車、その籠を力なく指差す。
ラインハルトが兵士に確認を向かわせると、確かにそこに三人組の一人であるガストンがいた。
兵士に連れられたガストンは幸いにも怪我はないようだが、その大きな体を縮こまらせ、すっかり憔悴しきっている。今も兵士に肩を借りなければ移動できない程だった。
「ガストン、無事だったようだね」
「…………ヒッ、ら、ラインハル……」
ガストンの虚ろな目がラインハルトを捉えれば、彼は途端に体を震わせて怯える。雇用主を裏切った事への負い目がそうさせるのだろう、剣聖はなだめるように優しい口調をかけた。
「怯えなくてもいい。別に君を害するつもりは僕にはもうないからね。それに、キミの様子を見れば相当酷い目にあったのは明白だ。罪は確かにあるけれど、これ以上罰するつもりもないよ――それで、教えてくれるかいガストン。ラチンス、それにカンバリーは……?」
「……ッ、あ、ぁ……カンバリー、カンバリーは……ラチンスは……俺は……ッ俺は……ッ!!」
「……」
いつもつるんでいた残る二人の話をした途端、ガストンはしゃくりあげるようにして号泣しだす。その様子から何があったのか悟る事など容易い事だろう。ラインハルトも悔やむように目を瞑り、彼の肩に優しく手を置いた。
「……すまなかった、僕がもう少し早く辿り着いていれば」
「違う、違うっ……お、俺たちが……っ、俺があんな馬鹿な事考えなきゃ……っ!」
大粒の涙を地面に零し、その場にへたり込むガストン。
その
「! 酷い傷……ごめんなさい、私だと応急処置しかできないけど」
「……!!……エミリア様じゃあねえか、最期を……看取っ、てくれるってのかい?」
「喋らないで。今、
今も尚血を流すリカードは一瞬驚きの眼を向け、すぐに軽口を叩き出す。
彼女は返答も惜しいとその傷口を見て、淡々と治療を始める。
「すまねえ、ラインハルト……ッ、俺ァ、……俺ぁっ」
「いや、この事件は本来なら防げた筈だった。効率だけを求めてその他をないがしろにしたのは……僕の失態だ」
なだめるラインハルトに後悔を露わにするガストン。
よろよろとその手でラインハルトの腕を力強く握って嗚咽を漏らす様は痛々しい。
「……あぁ畜生。今日はツイていやがるな……死にかけたと思ったのに、まさかこんな……」
「……。…………。………………? 傷の治りがこんなに早い……? どうして……」
「……ッ! 悪い、本当に悪い……っラインハルト、こうするしか、なかった、こうするしかないんだ……!」
「ガストン……ガストン、君も疲れたことだろう。あとは僕らに任せてゆっくりと休むといい。すまないが僕はすぐにやらなくてはいけない事が……」
二者二様の反応、その雲行きが怪しいものへと変わり始める。
奇しくもそれを傍観していたスバルは水面下で起ころうとしている事に気づいていない。
だけど、気づいていた所で彼に出来ることは何もなかったかもしれない。
「エミリア様」
「ラインハルト」
――もう事態は、取り返しのつかない所まで進んでいたのだから。
「試練の時間ですよぉ」
「俺は、こうするしかなかったんだ」
カペラ様の破綻台詞書くのが一番難しかったです。まる
いつも皆さんの感想とか見てニヤニヤしてます。
今後も感想とかお気に入りとか!絵とか書いてくれたら超やる気出ます!
スバカリ……じゃなくてエミカリ書いてほしーなー!みてーなー!(乞食)