「まあこれも授業料だと思ってめぼしいもんおいてけや」
「俺達も本当はこんな事したくはないけどよォ」
「お嬢ちゃんもついてなかったな。な~に変なことはしねえよ。金目のもんだけ置いていってくれたらな~」
下卑た笑みを見せ付ける三人組からはカリオストロは背を向けており、怯えた顔をしたスバルの情けない姿しか見えず、いいカモに出会ったとしか考えていなかった。
だから、そのスバルが怯えていたのが目の前の幼女に対してとは夢にも思っていなかった。
スバルは見た。自分の前に佇む可憐な少女の顔が見たこともないほどの狂気と、見るものを震わせる妖しい雰囲気を漂わせてゆっくりと口角を歪めて嗤っていく様を。
彼がまず感じたのはその狂気を実際に向けられる対象ではないという安堵。しかし実際に向けられなくてもその顔そのものを直視するのはあまりにも耐えがく、その見る者を震わせる嗜虐的な目線と呼吸すらも許されぬほどの威圧感の前に目を離す事が出来ず、スバルはただひたすらにこの視線が早く逸れる事を願う他なかった。
スバルは自らの心臓が早鐘を打ち続ける中、某漫画に書かれていた言葉を思い出していた。『笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である』という言葉を――
「ふぅーん…☆」
心臓が忙しさのあまりに過労死しそうになったあたりでカリオストロがスバルに背を向け、スバルは金縛りから解放されたかのように空気を取り入れた。その様子を一顧だにせず、彼女は愚かな三人組へ近づいていく。
「おぉっ…!」
近づくカリオストロを視界に納めて、三人のうちの誰かが思わず声をあげた。それは恐怖ではなく、美しい芸術を見た時のような、感動をはらませていた。
均整の取れた、幼さを匂わせるもしっかりと成長を感じさせる少女体型。少女の魅力を余すことなく伝える、機能美にあふれた赤い貴族服。金糸のように美しく輝く、曇りひとつもない、肩まで届くブロンドヘア。百人中百人が振り返る、その美貌。そして、その顔に浮かべた天使ともいえる無垢な表情――
三人組は言葉も忘れて、少女を魅入った。
貧民というヒエラルキーの最下層に生まれ、追いはぎに堕ちた彼らにも常識的な理性は持ち合わせており、当初は少女を辱めるつもりは全くなかった。しかし稀代の天才錬金術師が追い求めた完璧な少女を見て、彼らの薄い理性は沸き立つ内なる獣欲により、瞬く間に崩壊直前にまで追い込まれていた。
「へ、へへ。お嬢ちゃん凄え可愛いじゃねえか。へへ、へ……」
故に、火に近づく蛾のようにふらりと誰かが彼女へと近寄ってしまうのも無理はないことだろう。三人組のうち一番小さなチンピラが、本能に従って慣れ慣れしくもカリオストロの肩に手を触れようとして――
ぐちゃっ。
「あっ、ヒぃん☆」
その小柄な体がびくんと跳ねた。
当然、声の出所はカリオストロではなく、近づいたチンピラだった。
何が起こったか分からないチンピラの残り二人とスバルは、男の様子に目を見開き。
少女は慈愛を含む笑みで、目の前で悶絶するチンピラを泡を吹いて倒れるまで見つめていた。
何があったのか。哀れな犠牲者一号が倒れ伏した後、その原因を察することが出来た。ちょうどそのチンピラが立っていた足と足の間に、最初はなかった筈の土で出来た四角い杭が生えていたのだ。
「あ、あぁ、あぁぁぁぁあぁ……!!!」
その攻撃の真意に我先に気付いたのはスバルであった。彼はその恐ろしさに気付いてしまえば、攻撃を受けた訳でもないのに搾り出すように呻き声を出して震え始める。
「カ、カカ、カンバリィィィィ――――ッ!!!!!!」
「お、おまっお前お前それはだめだろ!! やっていいことと悪いことがあるだろ!!」
「あーーー!!! あーーー!!! 今ぐちゃって言った!!! ぐちゃって聞こえた!!! 男の子の大事な男の子に大きな杭がずどんって!!!!!」
その場は今もなお泡を吹いて痙攣する一人を除いて阿鼻叫喚に包まれた。当事者であるカリオストロは天使のような微笑みを絶やさず、にこにこ、にこにこと倒れ伏す男の末路を見届けた後、次の獲物に視線を向けた。
「て、てめえよくもカンバリーに!」
「よせっ!」
舌を出した中ぐらいの大きさのチンピラは、彼女の無慈悲な攻撃に怯えはしたが中身は単純なのか我先に怒りを取り戻し、その手にナイフを持ってカリオストロへと突貫する。ちなみにその暴挙を止めようとしたのはスバルだったりする。
「うわっ、馬鹿やめろ!」
だが、カリオストロが細い指先を男の大事な場所へと向けると、襲い掛かったチンピラは慌てて片手でそこをカバーしながらバックステップをして、
どぬっ、ぐちゅん。
「あギッ! んぎゅう☆」
ステップした場所に丁度よく出現した土の杭が、ピンポイントに男の臀部のある部分を貫き、ぴんと彼の背が伸びる。その直後、反射で前のめりに倒れそうになった男の不可侵領域に向けて再度杭が突きたった。男は一瞬で白目をむいてその場で果て、土の杭が地面に戻っていくのと同じようにずるずると崩れ落ち、膝をついた後、前のめりで倒れた。
「……」
「……」
残された男たちは股間を手で押さえて青ざめる他なく、カリオストロが次の獲物を視界に納めると、残った一番の大男が恥も外聞も捨てて地面に膝をついて命乞いをし始めた。
「ヒィッ!!! ゆ、許してくれ! 出来心だったんだぁ!!!」
「お、俺からも頼むカリオストロ彼らを許してやってくれ!? 流石にあそこは駄目なんだ! 男として生きていけなくなる! せめてそこ以外にしてやってくれ!」
なぜか一緒になって許しを懇願するスバルを置いて、カリオストロは自分より目線の位置が小さくなった男の目を覗き込む。
「今の台詞が一般的に私が貴方達に追いはぎされて、辱められた後でも通用するなら許してあげるけど~、そうじゃないよね? 違うよね? 一歩間違ったら逆の立場になってたんだよ?」
「い、怒りはごもっともだ! な、何なら俺たちの金を持っていっていい!」
「何で私があなた達みたいな屑と同じようなことしないといけないのかな☆ 勘違いしないで欲しいんだけど~☆ 正直不快っ☆」
「も、もも、もう金輪際こんな事はしねえ! 全うな働き口を手に入れる! 二人にも絶対いい聞かせるから! 頼むっ!」
「こ、ここまで言ってるから許してやろうぜ? なっカリオストロ、お、俺たちには実害もなかった事だし」
カリオストロの無垢な表情に相反する、魂をも射抜く視線に耐え切れず、ついに男が跪いた状態でぺこぺこと平伏し始め、スバルもカリオストロを取り成そうと、媚びた目で訴えかける。すると彼女は「ん~☆」と可愛らしく唸り始めて、何かを考えだし始めた。
もしかして少しは心に届くものがあるのかと期待したスバルは、如何に男をボールレスにする事が無駄で無常で無益かを色々な視点で説得した。
うんうんと唸るカリオストロは一区切りスバルが口上を述べた数瞬後、「うん、決めた☆」と一人何かを結論付けて手をぽんと叩いた。
「ねえおじさん☆ もうこういうことしないって誓える?」
「ち、誓う! 絶対にしないっ!」
「本当に?」
「ししししない!!! あ、あいつらにも絶対に言い聞かせる!!!」
「そっか。じゃあ許してあげる」
「あ、ありがてえ! そ、それじゃこれで俺たちは――は……?」
早速二人を担いで逃げ出そうとした男の手足がカリオストロが鳴らした指の音と同時に壁に一瞬で縫い付けられた。しかも、大股開きの格好で。
「え、あ、あの……」
「――と言うとでも思っていたのか?」
希望を殺いだカリオストロは、今までの慈悲の顔を捨てて見るものを震わせる嗜虐的な笑みをしていた。どうやらカリオストロ脳内裁判所での審議結果では、最後の一人に情状酌量の余地は無かったようだ。
ただのチンピラ相手にここまでカリオストロが怒っている理由は単純。度重なる理不尽な逆行により、彼女のストレスが溜まっていたからだ。別世界に飛ばされたことが、積み上げた関係性がリセットされる事が、逆行による体調不良が。様々な要因が着々と彼女のストレスを蓄積させていた。そしてトドメに話の腰を折った頭の悪いチンピラの登場である。瞬く間に彼女のストレスゲージは振り切れた。
彼女の行動を阻害する事も万死に値する所業だが、加えて彼女は馬鹿が大の嫌いである。関係ない場所でのうのうと暮らす馬鹿は我慢できるが、天才である自分の足を引っ張る馬鹿は、特に許せなかった。
「イヤアアァァァ!!!! 誰かあぁぁぁぁ!!!! ま、ママぁぁァァァァ!!! それだけは、それだけは勘弁してくれぇぇぇ!!!!」
「ハハハハハ――ッ!!! 泣き喚いたっててめぇの母親が来るわけねえだろうが! オラッ、女の子になっちまえッ!!!」
「その台詞絶対何か危ねえよ!? っていうか鬼、小悪魔!! 小悪魔じゃなくて悪魔!!! いや、天使! 天使顔っ!! とにかくやめてあげてくれぇ!!! いや止めて下さいカリオストロ様! あれだけ反省してただろ!?」
「甘い、こういう輩が一度きりの反省で止めると思ってんのか? こういう輩に対して必要なのは言葉の説得じゃねえ――痛みによる上下関係の刻み込みだッ!」
大股を開いて壁に固定された大男が泣き叫び、スバルがカリオストロにすがりついて懇願し、カリオストロは高笑いをしながら杭を男のご本尊に向けて射出しようとして――
「……何か騒がしそうだけど。これは一体。何があったんだい?」
いつぞやに出会った、赤髪のイケメンが混沌の坩堝にある路地裏に現れて居ていた。大男はその姿を見て安堵の涙を流し、そして意識を飛ばすのであった。
§ § §
「事情は理解したが……自衛も行き過ぎては立派な罪だ。彼らにとっても殺されないだけマシではあるだろうが、出来るなら今度からは衛兵を呼ぶなりして欲しい所だね」
「ちっ、反省してまーす☆」
「全く持って反省してないよな!? す、すいませんマジ反省してますんで!」
騒ぎに駆けつけたのはカリオストロが1回目で出会った燃える紅髪の男、ラインハルトであった。非番であった彼は街を散策中にたまたま男が叫ぶ声を聞きつけこちらに来たのだという。
スバルはその整いすぎたイケ顔と、気障にも思えない程の人格者ぶりにドギマギし、カリオストロは見知った相手のように振舞って彼に敬意を表さない。
「何はともあれ、二人が無事でよかったよ。今の王都は色々とごたごたしているせいか、衛兵の目も隅々までは届きにくい。ただ結果を見るに、僕の微力すら必要なかったようだけどね」
「いやいやいや! ぶっちゃけ俺だけじゃ止めきれなかったから助かったって言うか。ラインハルト……さんが来てくれただけで嬉しいです」
慌てて礼を言うスバル。加えて礼を言おうとしないカリオストロを見て頭を抑えて強制的に礼させようとするが頭に触れようとした矢先に彼女に膝を蹴られ、痛みに悶絶する羽目になった。
「ラインハルトでいいよ、スバル。そしてカリオストロ。兎に角、彼らの身柄はこちらで預かろう。……しかし面白い術を使うようだねカリオストロは」
「さらっと距離縮めて来るなこのイケメン……あぁ、カリオストロの魔法は凄いよな。あっという間に男たちを拘束して土の杭で……うっ、頭が」
「……」
見透かすような視線がカリオストロへと向けられ、カリオストロは不機嫌そうに睨み返す。直後にラインハルトは不躾に眺めてしまってすまないと謝った。恐らく彼はこの回でも自分の体について気付いて居るのだろう。彼女はそう解釈していた。
「さて。本来ならこんな危ない場所に居る君たちを安全な場所に無事に届けるのが仕事なのだが……君達は迷い込んだ、という訳ではないんだね?」
「あー……まあ、ちょっと野暮用があってな。いや、すぐ済むような用事だと思う。多分。めいびー」
「うん☆ ちょっとね☆」
ふむ、と頷くラインハルトはしばし何かを考えると、
「二人共珍しい髪と服装、それに名前だと思ったから詳しい話を聞きたいとは思ったが……どうやら急ぐ用事もあるようだね。この先、また同じような輩が居る可能性もない事はない。僕の微力でよければ同行を――」
「ありがとう、でも大丈夫だよラインハルト☆」
「お、おい」
食い気味に断ったカリオストロに、流石にとスバルが声を出す。しかしラインハルトは「そうか」と落胆した様子も見せずに二の句を告げた。
「いや、済まない。余計なお世話だったね。キミ程の実力があればそれも杞憂で終わりそうだ。ただもしも何かあるんだったら衛兵として、一個人として些細な事でも力になる事は約束しよう」
それでは、とラインハルトは気絶した三人を縛り上げて大通りの方へ戻っていった。
「別に手伝って貰ってもいいんじゃねえのか? ラインハルトがどれだけ強いかは分からないけどよ、この先アイツが……」
「アイツってのは大体分かってるし、ラインハルトが強いのも認める。だが不要だ。お前これからの話をあいつと交えてやるつもりか?」
「い、いや、そんなつもりはねえけど……」
ラインハルトと別れたあと、スバルとカリオストロも盗品蔵へと移動しながら話していた。
「けど俺的には悪い案だとは思えねえんだよ。そりゃあいつはイケメンだぜ? 俺と違って、マジ嫉妬覚えるくらいの。だけど良い奴っぽいし、正直関係の1つでも作っておいたら御の字って言うか……」
「……どんだけイケメンに拘ってんだよ。イケメンは関係ねーだろ」
カリオストロとしても、そこまでデメリットはないとの考えはあった。根の優しい、正義に殉ずる好青年。立ち振る舞いからも気配からも、間違いなく戦力にもなるであろう、関係を作っていけば今後ヴァシュロンを見つけた時に、非常に役立つかもしれない。
が、彼を連れていけばまた状況が一変する可能性がある。起きるイベントも起きなくなければまた逆行の憂き目に遭う。であるならば不確定要素は出来る限り減らしておきたかった。
「ま。安心しろよ。この天才錬金術師カリオストロ様が居ればあんな奴目じゃねえって事をこれからみっちりと証明してやる」
「……分かった。俺的にも単身突っ込むよりかは全然嬉しいから良いって言うか? あ、実は俺正直戦力外通告受ける程の弱さなんで、頼みますカリオストロ先生」
「見た目で分かってるから申告必要ねえよ。あと先生じゃねえ、カリオストロ様と呼べ」
二人は軽口を言い合って進み――気づけば昼の光に照らされた盗品蔵の前についていた。
まとめたら二行で収まる内容を5000行に引き伸ばすお仕事です。
何でこんな話書いてんだろ俺……。
《チンピラ三人衆》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
原作ではトン・チン・カンとスバルに名づけられた異世界イベント第一号モブ達。
本名は大中小それぞれ「ガストン」「ラチンス」「カンバリー」。
《女の子になっちまえ!》
カリオストロの力があれば簡単に女の子になれるんだ。