RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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 お盆の間に何とか書ききれたぜ。
 ラマーズ法を習得しなければ生み出すことは出来なかった……ヒュッヒュー!(謎テンション)
 
 相も変わらず不快な表現注意です。
 折り返し地点はもう少し先にあって、ソレが終わったらこの警告外せるからもうちょっとまってね(震え声)


第五十話 きるきるきるみーらぶらぶらぶみー

 見渡す限りの漆黒の空間で、スバルは自分とは別の存在を知覚する。

 視覚も聴覚も嗅覚も頼りにならない完全なる闇の中であるのに、不思議とその存在が自分と同じくらいの身長の女性であり、そして彼女の目的が自分であることがわかる。当然、自分も彼女の事は知っている。彼女とはこの闇の中でしか会えず、また彼女がいつも愛おしげにこちらを見守っているという事を痛い程理解していた。

 そうして彼女に出逢えば、スバルは出会った時にだけ思い起こされる、絶対に果たさなければならない決意を言葉にして投げかけるのだ。さすれば彼女は何度も聞いたであろうその言の葉に対して、嬉しそうに愛の言葉を連ねる……そんなお決まりの流れが二人にはあった。しかしながら、今日に至ってはスバルの言葉を聞いても、彼女は悲しそうな雰囲気を漂わせるばかりだ。まるで彼の決意が叶わないのだと言いたげな素振りに、スバルは心外だ、と抱いた決意を更に重ねようとするのだが――そうではないと彼女が重ねてきた。

 

 本来ならありえなかった異物が、大きな障害として立ち塞がっているのだと。

 無限大の愛があろうとも敵わぬソレには、自分とスバルの力だけでは足りないのだと。

 では何をしたらその障害を取り除けるんだとスバルが問えば、彼女は儚げに笑い、こう答えた。

 

「ありえぬ人々と手を取り合って。そして       に力を奪われないで」

 

 途端に、自分の背後から闇が急速に晴れてゆき、代わりに光が空間を満たしていく。闇にすっぽりと包まれていた彼女もまた、打って変わって眩いばかりの光明に包まれていく――

 

 

「愛してる」

 

 

 ――光が空間を埋め尽くしていく中、彼女の最後の一言が耳にいつまでも残り続けた。

 

 

 § § §

 

 

 

「……ッ!」

 

 次の瞬間、スバルは見たことのない部屋のベッドの上にいた。

 剥がれかけた壁紙が痛々しい、古ぼけた壁。

 カビによって至るところが黒ずんだ、意匠的なデザインの天井。

 傷つき、痛み、汚れがすっかり染み付いた豪華だったであろう赤い絨毯。

 部屋内を明るく照らす日差しと、壁伝いに伸びる草の(つる)が部屋の中まで侵食している、ガラスの割れた窓。

 

 思考はまだ先程までの彼女との話を引きずっているのだろう。心の中で反響する声に翻弄されるかのように、スバルは全身から冷や汗を流し、荒々しく脈打つ胸を手で抑える。

 彼女のアドバイスは誰かを指すであろう部分だけがモザイクがかかっていたかのように不鮮明だった。だがその言葉に従わなければ彼女の言う通り果たすべきものも果たせないのだと、根拠もないのに心にすとんと落ちる感触があった。

 

 立ち塞がる異物とは? そして彼女は誰を警戒しているのだろう?

 

 胸中を満たす疑問に煩悶(はんもん)するスバルだが、彼の疑問はすぐに別の事実によって隅に追いやられてしまう。

 

「…………」

 

 ベッドの上で悩むスバルを、ある人物が椅子に座り込んで眺めていたのだ。

 切りそろえられたおかっぱ頭。何を見ているか分からない糸目。表情は怒りも喜びも悲しみもない全くの無。体格はカリオストロと同じか少し上で、着ている服はきちんと(こしら)えられた貴族服を着ている。そんな子供が子皿の上に載せられたチョコらしき物を定期的に口元に運びながら、まるで興味のない絵画を前にしたかのようにスバルを見つめている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の視線がみっちりと絡み合う。か細く聞こえる咀嚼音だけが響く薄汚れた部屋の中、先に動きを見せたのはスバルだった。

 

「………ぽ、ルクス?」

 

「……んっ」

 

 混乱した脳が導き出した情報を口元から零すと、名前を呼ばれた少女がチョコで汚れた指先でサムズアップを返した。どうやら彼女はあのパーティ会場で偶然出会いを果たしたお菓子好きの少女、ポルクスで間違いなさそうだ。

 

「……え? ……え。え。え。……えっと、えーっと俺、一体どうなって……?」

 

「…………」

 

「知らない天井だし知らない部屋構えだし微妙に体の節々が痛いしパーティ会場じゃないし晩餐もないしシャンパンもないし鐘の音もないし、何がどうなって? 何で? どうしてだ?」

 

 一つを認識してしまえば、遅れて脳がたまりに溜まった情報を紐解こうと動き始めていく。だがソレを処理し切るだけの力がないスバルはその事で余計に混乱してしまう。直前まで自分は草原に居た。そして草原で惨劇に巻き込まれ、偽ラインハルトに殺され、死に戻りした筈だ。なのに目覚めたらパーティ会場ではなく見知らぬ部屋におり、カリオストロの代わりにポルクスが眼の前に居る始末。スバルの思惑を大きく超えて動く筋書きはもはや理解も予測も不可能だ。事ここに来て自分の死に戻りの力が変わったのだろうか? 

 そんなスバルの苦悩を知ってか知らずか、ポルクスは椅子の上で両足をぱたぱたとばたつかせながら再度チョコを口元に運び、そして言った。

 

「……運んだ」

 

「だって、おかしいだろ。俺はあの草原であいつに殺され――え?」

 

「……気絶してたから、運んだ」

 

「はこ、んだ?」

 

「…………ん」

 

 指先に付着したチョコを咥えて舐め取りながら、ポルクスはまたも頷く。

 スバルは彼女の発言が意図する所を反芻(はんすう)し、そしてすぐに理解を収めた。

 

「……草原で気絶してた所を、運ばれたって事か?」

 

「……だから、そう言ってる」

 

 何度も同じ質問を繰り返すスバルに、ポルクスはただでさえ細い目を更に細めて見つめる。どうやらスバルは何の奇跡か分からないが、あの偽ラインハルトに殺されずにポルクスに拾われていたようだ。死に戻りをしていない事を理解したスバルは大きく息をつく。

 

 ――直後、草原での惨劇が脳裏に蘇り、彼は小さく呻き声をあげてしまう。

 

 消えたラインハルト、生き返る狼頭の獣人、襲いかかる商人達、中身のないラム、欠損した偽のラインハルト、姿を変えられたウロボロス、魂をかき乱すエミリアの悲鳴、気色の悪い蟲――脳がひとつの記憶から別の記憶を連鎖させ、願ってもないのにハイライトのように悲劇を脳裏に再生させる。一つ一つを意識しようとするだけで胸が張り裂けそうになり、スバルは思わず()()()――そのまま、思いとともに吐瀉(としゃ)してしまう。

 胃液が喉を焼く感触、そして口元いっぱいに広がる酸の味。催した吐き気はその後も止まらず、胃の腑が空っぽになっても吐き気は収まらない。それだけ衝撃的な出来事だったのだろう。流石に見るに見かねたポルクスが近づき、その背中を撫でさすり始めた。

 

「……全部吐き出して。……我慢する必要はないから」

 

「……大きく息を吸って。……大きく息を吐いて」

 

「……力を抜いて。……お水もあるから、飲んで」

 

 彼女は現実を受け止めてきれてないスバルが落ち着くまで背中を撫で、付き添い、その甲斐あってか程なくしてスバルは人心地付くことが出来た。

 

「わ、りぃ……ポルクス、助かった……」

 

「…………」

 

 みっともない姿を見せたスバルが力なく声をかければ、ポルクスは首を振って何でもないと応える。見かけは小さくも中身は大人顔負けの落ち着きようだ。ソレに比べて自分は……と、スバルは時間をかけて理解した現実に押し潰されそうな気分になりながら、ぽつぽつと呟き始める。

 

「……俺はあの時死ななかったんだな」

 

「…………」

 

「ラムがやられて、エミリアがやられて……俺だけが生き残っちまった、ってわけか。はは……笑っちまう。本当に……本当に、滑稽だ。あれだけみんなを救おうって息巻いてた結果、俺がもたらしたのは……みんなの死かよ……」

 

「…………」

 

「……そう、言えば……なぁ、カリオストロは居るのか? あいつはまだ、生きてるのか……?」

 

「…………?」

 

 項垂れていたスバルが力なく顔をあげポルクスへと問うと、彼女は少し考えた素振りを見せた後、こてんと首をかしげて聞き返してきた。

 

「……カリオストロって?」

 

「あー、えっとだな……覚えてないか? 見た目可愛いけど口調悪くて、ポルクスと同じくらいの背丈の女の子で……!」

 

「……パーティの時、君を(かば)ってた子? ……ごめん、その子が生きているかどうかは分からない」

 

「そう、か。……ならラインハルトに連絡を取ってくれないか? ここはアイツの隠れ屋敷か何かなんだろ?」

 

 生きてるかどうか分からない、その発言を聞いてスバルは少し不安を胸に覚えたが、自分と彼女はこの世界では言わばセットだ。自分が生きているなら彼女だって生きている筈だと言う根拠のない自信があったため、そこまで悲観的にはならなかった。

 彼女はさておき、今は確実に生きているであろうラインハルトに連絡を取ろう。そうスバルが問いかけるのだが――彼女の返答は予想外のものだった。

 

「……んっと、ごめん。ラインハルトとは連絡は取れない」

 

「ん? てっきりラインハルトの知り合いかと思ってたんだけど……俺を助けてくれたのも、そういう事じゃないのか?」

 

 ポルクスはふるふると首を横に振り、こう告げた。

 

「……スバルが助かったのは、私とあの人がスバルに興味を持ってるから、だよ?」

 

「あの……人?」

 

「……その人にはもうすぐ会える。起きたらここに来るって言ってたし……それに私達はラインハルトのことは知ってるけど、知り合いじゃない。ここはただの廃墟だしね」

 

 スバルは勘違いしていた。弱った自分を介抱したポルクスが、てっきりこちらの味方であると判断してしまっていたのだ。もう少し彼が冷静であったのならば最初にポルクスと出会った時に()()()()()()()()()()()()()()を思い出して居たというのに。

 ただ非情な事に、思い至った所でこの先の展開は変えられなかっただろうが。

 

「……それよりも。スバルが質問した分、私も聞いてもいい?」

 

「そういや興味がある、って言ってたよな。別に良いけど……俺に何の興味があるんだ?」

 

「……あの時は、どうして草原に居たの?」

 

「どうして……ってそんな事言われてもな……俺、と言うか俺たちは盗まれた徽章を取り戻すために……」

 

「……徽章? ソレは本当に大事なものなの? 取り戻す必要はあったの?」

 

「く、食いつくな……今回の王選で絶対に必要なもんだよ、ないとフェルトがルグニカの王になれなくなってしまうから――」

 

「……フェルト? お友達の名前かな。……じゃあスバルはお友達のために頑張ってたんだ。徽章を取り戻すために草原に絶対に行かないと駄目だったんだ」

 

「ま、まぁな……厳密にはまだ友達っつーか知り合いレベルなんだが……やっぱり困ってる時はお互い様だしな」

 

 質問に対して少し気恥ずかしそうに応えるスバル。

 そんなスバルを意図の読めぬ目で見つめていたポルクスは「じゃぁ――」と新たな質問をぶつけ始める。

 

「……あの時は、どうしてスバルは()()()()()()()()()?」

 

「……え?」

 

「……スバルは、お友達のために徽章を取り戻す必要があったんだよね。……だったらどうして、草原に行かなかったの?」

 

 スバルには彼女の質問の意味がこれっぽっちも理解出来なかった。それも当然だろう、先程まで草原に居た理由を聞いていたのに、一転して草原に居なかった理由を聞き始めたのだから。

 彼女ならば、いや、彼女だからこそスバルが草原で気絶していた事を理解している筈だ。なら何故そのような事を聞きたいのだ? 矛盾を孕む発言にスバルが困惑する間も、ポルクスはその発言を撤回すらせずにじっと回答を待っている。

 真意が探りきれぬスバルはどう答えたものかと(きゅう)していたのだが――、

 

「……時間切れみたい。……あの人が来たよ」

 

 古ぼけた扉の先からほのかに足音が近づいてくるのが聞こえれば、ポルクスはあっさりと回答を迫る事をやめてしまう。余りの諦めの良さに拍子抜けしたスバルは一体何だったのだと更に疑問符を浮かべながらも、今尚こちらに近づく存在に意識を傾ける。

 そしてスバルが扉に視線を向けた直後の事だった。

 扉が勢い良く、まさしく壊れんばかりに開け放たれ、注目の人物の姿が飛び込んできた。

 

()()()()()、低能クズ肉は起きやがりましたか?」

 

 ダイナミックな登場を果たしたのは黒い薄手のドレスを身に纏った絶世の美女だ。ツリ目がちの美貌に、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む女神を体現したかのようなスタイルに、スバルは目を離せなくなってしまう。

 しかしながら、スバルにはこんな美人の知り合いに覚えは全くない。一体誰なのだろうと考えいると、ポルクスが不満そうに頬を膨らませて美女へ抗議しだす。

 

「……ポルクス」

 

「あん? 分かり辛いったらありゃしねーんですよ()()()。せめて見分けがつくようにしてくれねーと何とも言えねーっつーんです。それよりもまーたチョコばっか食いやがって、アタクシの分はちゃんと残してんでしょーね」

 

「……」

 

「残さねーってんなら考えありますからね?」

 

「……仕方ない」

 

「今渡せなんて誰も言ってねーんですよクソガキ」

 

 名前を言い直したポルクスが本当に渋々とチョコの乗った小皿を渡すと、美女は呆れた表情を見せながらもチョコをひとつまみ口に運ぶ。

 口調はともかく、二人は親しげな様子を見せており、それを見たスバルはある既視感を覚えてしまう。この特徴的な口癖、そしてやり取りをつい最近も聞いた事がある気がするが……?

 

「で。で。で。どうやら起きていやがるよーですね、良いお目覚めでいやがりますかスバルくゥん?」

 

 改めて視線を寄越した美女がこちらに近づき、体を折り曲げて覗き込む。ドレスから覗く大きな谷間が揺れるのが否応なく見えてしまい、スバルは顔を赤らめながらも返答する。

 

「え、えぇーっと……ま、まずは助けてくれてありがとうございます。それでその大変申し訳ないんですけど……ど、どちら様でしたっけ?」

 

「あ……? ――きゃはっ、きゃははははっ!! そーでいやがりますか、そーでいやがりますかっ、まずはお礼からでいやがりますかっ! 開口一番怯えるなり怒るなり泣き出すなり襲うなり狂うなりすると思ったらまず礼でいやがりますか! アタクシへの礼を弁えていやがるじゃねーですか!」

 

「え、は……あぇ……っ?」

 

 スバルの返答に一瞬目をぱちくりさせた彼女は何が愉快なのか、一転して()()が外れたかのように笑いだす。自分は何を間違えたのだろう、と慌て思考するスバルだが……ここにきてようやく、彼女が誰なのかを思い至る。

 姿形も、声のトーンも全く違うので勘違いしていたが、もしかして、彼女は――!

 

「――おやおやおやぁ? その顔、よーやく気付いた感じですかぁ? 頭の周りの悪さは流石のクズ肉って奴ですか。いや、言わば選ばれしクズ肉って感じですかねぇスバル君はぁ」

 

「お、おまっ、お前……ッ、ひっ、もしかして……ッ」

 

「きゃはっ、一転して今度は怯えちまいますか!? さっきまで礼を言っていた相手に!? これ以上アタクシを笑わせて何をして欲しーんですかね本当ッ、げら、げらげらげらげらげらげらげらげらげら――!」

 

 会話の途中で彼女の顔が次々に変化していく。美女の顔があの特徴的で野性味溢れる狼顔であるリカードのものになり、リカードの顔が、燃えるような赤髪に整った美しい顔を持つ剣聖ラインハルトのものに変わる。

 彼女が顔を変化させるたびにその声のトーンが次々と変わり、スバルはそこに言い知れぬ気持ち悪さを覚え、水を被ったかのように全身から冷や汗が止め処なく溢れさせてしまう。

 

「そうですよぉ、アタクシはスバルの大事な大事な雌肉を襲った、カペラ・エメラダ・ルグニカ様でいやがりますよぉ? 元気にしてましたかぁ? 会えて嬉しいですかぁ!? 雌肉を襲ってこれなら今度は家族でも狙ったら何をしてくれるんですかねぇ!? 興味が絶えませんよ本当にィッ!」

 

 そう、美女はあの草原で絶望を振りまいたカペラそのものであった。

 

 一周して絶世の美顔に戻った彼女は、表情をこれでもかと歪めながらスバルを見て哄笑する。その表情はあの時味わった恐怖をぶり返す切欠としては十分すぎ、スバルの心臓は全力疾走した直後と同じくらい脈打ち、手足が意味もなく震え、精神が自己防衛の為にその意識をまた飛ばそうと働きかけてしまう。

 

「……カペラ。スバルがまた気絶する」

 

「きひっ、きひひっ、きひぃ――ひぃっ、悪い、悪かったですっ、つい面白くて面白くてぇっ」

 

 ポルクスの忠告にひとしきりお腹を抱えて笑っていたカペラが苦しそうに応えれば、言われた通り一旦スバルから離れると、ポルクスが座っていた椅子にどかっと勢いよく座り込み始めた。

 

「だーい丈夫ですよぉ、今のアタクシはか~なり気分がいいですからぁ、本当なんにもしませんよぉ? それもこれもスバル君が面白いもの見せてくれたお陰ですけれども」

 

 ひらひらと手を振って無害をアピールするカペラだが、当然安心できる筈もない。スバルは心臓を押さえ、脂汗を垂らし、怯えた表情で彼女を恐る恐る見る事しかできない。逃げ出す事が出来るのならすぐにでもしたいが……それが叶わぬ事は容易に理解出来ていた。

 

「な、にが目的だ……?」

 

「ん~? って言うとなんです?」

 

「何が目的で、お、俺を生かしたんだ……? お前が狙っていたエミリアはもう、殺されたんだろ? 俺にはよっ、用すらない筈だ……な、なのにっ」

 

「きゃはっ、随分と他人事じゃねーですかぁ、騎士気取りはもうやめちまったんですか? あーあー。確かに、おっしゃる通りでいやがりますよ。あの雌肉への試練は我々の目的でした、ま、失敗で終わっちまいましたけど」

 

「ぐっ、だったら……!」

 

「でも、アタクシはスバル君には特別興味がありやがってですねぇ。ポルクスも同じく興味を持ってると来たら、招待する(さらってしまう)他ねえでしょうよ?」

 

 ニヤニヤと笑みを絶やさぬカペラは膝を組み、ポルクスから奪ったチョコを口に運んで堪能している。色ツヤのよい唇がそれを咀嚼する様は妖艶の一言で、スバルは怯えながらもついぞ目を離せない。

 

「興味って、一体なんだよ……お、俺の何に」

 

「とぼけちまってんのか、それとも本当に知らねえのか……スバル君は福音は持ってねーんでしょうか?」

 

 ぺろり、と手についたチョコを舐め取ったカペラが大きく開いた胸の谷間に指を突っ込むと、そこから一冊の小さく、古びた黒い本を取り出す。一瞬何の本だと訝しんだスバルだが、ものの数秒でその正体にいきついた。

 

「お、前っ、それ魔女教の――ッ!?」

 

「ふぅん……その反応、とぼけてる訳じゃあねーって事ですか。なら尚更謎でいやがりますねぇ、魔女教でもねえっていうのにどうしてそこまで魔女の香りをぷんぷん漂わせてるですかね?」

 

「……ま、魔女の香り……またそれかよ」

 

「んで、魔女の香りに心当たりはあると……教えて貰えねーですかね? それであれば悪いようにはしねーですよ」

 

「――ッ」

 

 ココに来てスバルは初めてカペラが魔女教に所属しているのだと理解する。

 しかしながら謎なのは、この世界の住人が魔女の香りに異常に固執している事だ。災厄を(もたら)し、被害を受けた一般人が気にするのは分かる。だが災厄を齎す側の魔女教がどうしてその匂いに拘るのだろうか。そして、スバルにはその心当たりがあったとしても()()()()()()()()()、どうすればよいか躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 

「…………。……魔女くさいんだ」

 

「今は魔女くせーってよりもゲロくせーですけどね。逆に言えばポルクスはやる気ねーのかってくらいに臭わねーんですけど」

 

「……カペラは匂いしないよ?」

 

「あからさまに嗅いでんじゃねーですよ、お前にはもとより適正がないんでしょーねぇ」

 

 カペラは顔を近づけるポルクスの頭を無遠慮に叩くと、返答を迫るようにスバルをまた見る。だがやはりスバルにはそれを言い出す勇気はなく、視線を逸らしてしまう事しか出来ない。

 

「おやおや、そこは協力的ではねーんですね。折角アタクシが悪いようにはしねーって言ってるのに」

 

「……何のことなのか、さっぱり分からねえ。俺にそんな心当たりなんてどこにも……」

 

「今更隠し立てする必要なんてありやがるんですかねぇ、お前の大事な雌肉はもうどこにもいねえって言うのに……それとも他に大事な人でもいやがるんですか? 義理立てでもしてやがるんでしょーか? 恋多い不貞の輩でいやがりますねぇ」

 

「お前にはっ、お前には関係のない事だろ!? もしも俺に感謝してるっていうなら、早く俺を――」

 

「例えば、こんな奴とか?」

 

 ぐにゃり、とカペラの体が大きく変容していく。その体格は大人から少女へ。体型は豊満からスレンダーへ。背中まで届く長い黒髪は肩に届かない程度で切り揃えられた透き通る薄蒼色へ。黒いドレスはそのままに、スバルの眼の前で変化したそれは――、

 

「……れ、ム?」

 

「ふぅん、違和感まだありそうですね? あぁ。そういやこれと似た雌肉がもうひとりいやがりましたね。って事は服装はこれで、声のトーンは……あーあー、こんな感じでしょうか?」

 

 それは、屋敷で共に過ごしたレムに他ならなかった。

 彼女は記憶の中の姿と寸分狂わず一致しており、にこやかにこちらに微笑みかけている。陽だまりの中に居るような、そんな安らかな雰囲気を漂わす彼女を見てスバルは――どうしようもない程に嫌悪感と憎悪を抱いた。

 

「――ど、うして……」

 

「お……?」

 

「どうしてお前がレムの姿を知っていやがる!? お前はレムに何をしやがった!?」

 

「んんー? 合ってはいるけどこっちではないっぽい? それで何をしたかって? 別に何にも」

 

「何も……!? 何にもなければレムの姿に変化できる訳がないだろ!? お前は俺からエミリアやラムを奪うだけでも飽き足らず、レムまで――」

 

「勘違い(はなは)だしいっつーんですよ、こちとら見たことも聞いたことも意識したこともねーですけど、お前の反応から大体分かるってんです」

 

「反応って、そんな事……」

 

「表情。視線の向き。発汗。呼吸の数。声。仕草。喋りの間。態度。会話で性格。性質。好悪」

 

「――――――」

 

 レムの姿をしたカペラが椅子から立てば、ゆっくりとベッドの上のスバルに近づいてくる。

 

「お前は口先が先行し、根拠の無い自信と承認欲求で動く、自惚れと自意識が過剰のクソガキだという事も。それが自分の無力、無能を棚上げして現状の皆の評価に満足していないという事の裏返しである事も。全部、ぜーんぶ分かっちまいますよ? そう言う奴は大抵自己保身と見てくれを重視して大概周りの事を考えないから、皆を巻き込んで勝手に破滅していくんですけど」

 

「……て、め……っ」

 

「ただどんな人間も自分では埋めようのない穴を別の何かで補填しようとするんです。お前の反応から分かる補填するための雌肉の気配は3つでいやがりました。一つはこの雌肉で間違いない、もう一人は無様な醜態晒した銀髪のクズ肉、そして――」

 

 そして彼女はベッドの縁に座り込み、スバルの顔を覗き込む。

 その姿は最早レムのそれではなく――

 

「――もう一人はこのチビ雌肉だろう?」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 この世界で一番長らくを共にしたカリオストロの姿を見た瞬間、スバルは彼女に飛びかかっていた。

 

「お前は、お前は……っ、お前は考えられる限り最悪の野郎だ! どうして嬉々として俺の大事な人の姿になれる!? 他でもないお前が、人を破滅させるお前がっ、自己愛に塗れたお前がッ! その姿で喋るな! 囀るな! 見るな! 話しかけるな! テメェ如きが皆に成り代わろうとするんじゃねぇ!!」

 

「けひゃっ、きゃはははっ、情熱的な、アプローチじゃねえ、です、かぁ……!」

 

「うるせぇ、それ以上その姿で喋るんじゃねぇよ! 死ねっ! 死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇええぇえっ!!」

 

 ベッドの上でスバルはカリオストロの体になったカペラに跨がり、首に手をかけて全体重を乗せている。ギリギリと骨が軋む音を鳴らすたびに手が柔肌に沈み込んでゆく。すでに彼女は息も絶え絶えで、その顔も蒼白だ。だというのに嘲る表情は変えず、されるがままにスバルを見つめて嗤うばかり。そうなればもうスバルには止める術はなくなってしまい――、

 

 

 程なくして一筋の破滅的な音が、部屋に響き渡った。

 

 

 スバルはその音を聞いてようやく我を取り戻し、その手を離したが……全てが遅かった。

 彼の下には髪をベッドの上に振り散らしたカリオストロがいる。だがその首はありえない角度で折れており、顔は見たことのない土気色をしている。首筋には手の跡がくっきりと、赤黒い染みとなって残されており、どうしようもなく自分がやってしまったのだと分からされる。

 

 自分が殺したのは、残虐で悪辣な魔女教の信奉者だ。

 自分が殺したのは、別人であってカリオストロ本人ではない。

 自分が殺したのは、人間ではなく化物でしかない。

 

 脳ではそう分かっている。

 だが自分の心はそうではないと断じている。

 

 自分は間違いなくこの手で人を殺してしまったのだ。

 それも別人とは言えカリオストロの姿の人をだ。

 しでかしてしまった事の大きさに手の震えが止まらず、再び双眸から涙が零れ落ち、スバルは頭を抱えてその場で(うずくま)ってしまう。

 

「――殺したい程、愛してるって奴ですかねぇ?」

 

 しかして殺した相手はすぐに蘇る。折れた首のまま、首の痣を残したまま、何でもないようにスバルに視線を向け、喋りかけてくる。

 

「アタクシがこの姿になったから、ではないでしょう? もとよりこの姿の雌肉が親しみやすく、誇らしく、羨ましく、そして憎たらしかったんでしょう? そうでなければ説明がつかない、そうでなければ理由になりません――恐らくはスバルはこの雌肉に認めて貰いたかった、だけど相手にもして貰えていないんでしょうね。ソレであれば幾らでも、気が済むまでカリオストロ(アタクシ)を殺してくれてもいいんですよぉ」

 

 死した筈のカリオストロ(カペラ)がむくりと起き上がる。傷がゆっくりと修復してゆく様を見せながら、泣きはらすスバルを包み込むように、はたまた蝕むように抱きしめる。

 

「刺し殺して貰ってもいいですよ、スバルが求める悲鳴をあげて見せましょう。

 殴り殺して貰ってもいいですよ、スバルが求める醜い顔を見せましょう。

 焼き殺して貰ってもいいですよ、スバルが求める踊り狂うさまを見せましょう。

 溺れ殺して貰ってもいいですよ、スバルが求める藻掻きっぷりを見せましょう。

 貴方が求める死に様を、貴方が望む姿で、アタクシはどれだけでも付き合ってあげます」

 

「もう……もうやめてくれ……」

 

「アタクシは貴方に感謝しているんですよ? 貴方がいてくれたから、あの暇潰しが楽しく過ごせた、雌肉共の絶望が見られた、心とか友情だとか、気色の悪い物が幻想でしかない事が改めて証明出来た……だから、何度だって殺してもいいんです」

 

 耳元で呪詛とも思える甘言を呟き続ける少女は、そうして自らの究極の望みを吐き出し始めた。

 

「その代わりに――アタクシを愛して」

 

 純粋で裏表もない身勝手な愛情表現(ワガママ)。それが底の見えぬ巨大な器からスバルというちっぽけな器に際限なく注がれていく。

 

「アタクシの姿以外目に入らないくらいに愛して。アタクシが視界に常に入ってないと気が済まないくらいに愛して。アタクシの声を聞いていないと眠れないくらいに愛して。アタクシの肌に触れていないと気が狂うくらいに愛して。アタクシの匂いを嗅いでいないと生きてられないくらいに愛して。一秒でも長く、一言でも高く。生涯を投げ打って、自制心を投げ捨てて、頭からつま先までの全筋肉全骨髄全血液全神経全細胞がアタクシの所有物でないと気が済まないくらいに愛して。愛して。愛して。愛して。愛して! 愛して! 愛して! 愛してくれれば心優しいアタクシは愛の限り貴方に応えてあげます。どんなこっ恥ずかしい要求も、どんな変態的な要求にも応えてあげます。一挙手一投足を見逃さず、愛されるために全霊を尽くすのが、アタクシのやり方なのです。だからアタクシがこんなに尽くしてるんだから……アタクシを愛して。アタクシだけを愛して! アタクシを! アタクシを! アタクシを!」

 

 スバルは毒花が蔦を伸ばし底なし沼へ自らを誘うような想像を覚えてしまう。引きずり込まれたら最後――自分はもう、戻れなくなってしまうような錯覚も。

 不器用で、相手を(かえり)みず、策略もない捨て身の求愛。いや、愛情の略奪は最早聞く者に嫌悪と恐怖しか抱かせず、スバルの胸中をある思いが占領していく。

 

 こいつと一秒たりとも同じ場所に居たくない。

 こいつと同じ空気を吸っている事が耐えられない。

 どうやったら逃げられる? どうやったら離れられる?

 あぁそうだ、やり直して(死に戻り)しまおう。

 そうすればコイツから離れられる。

 そうすればエミリアもラムも全て元通りになる。

 そうすればこれ以上コイツと関わらなくても済む。

 

 スバルが選択肢に自分の死を選ぶと、大きく口を開いて自分の舌を噛もうとする――が、直後口内に細く白い指がねじ込まれ、阻まれてしまう。

 

「人の愛の告白中に、なーに勝手に死のうとしていやがるんですかぁ? ちょっと傷ついちまうんですけどねぇ」

 

 愛されたいが為にどんな事でも(なげう)つカペラは観察眼が異常な程長けており、スバルが次にする行動もお見通しであったようだ。

 しかし渾身の舌噛みが失敗に終わってもスバルは諦めず、彼女の拘束から逃れようと呻きながら藻掻く。口内にねじ込まれた指先から溢れる血の気色悪さに耐え、一刻も早く離れたいと願うスバルはその指を噛みちぎってやろうとするのだが、

 

「あぐっ、がぁ……っ!? あ、あぁぁぁああぁぁぁ――っ!?」

 

「あーあ、そんな事しちまうから。スバル、アタクシの血を飲んじまいましたね?」

 

 カペラの血が喉を通ったと思った瞬間、その血が全身に一瞬で広がった感触と、血が通った箇所全てが自分勝手に脈動し、今にも飛び出そうな感覚を覚え、スバルはのたうち回ってしまう。

 視界はちかちかと明滅するも、意識は部屋の隅から隅までを把握できるほど明瞭で、皮膚は繊細な空気の流れすらもつかめるほど鋭敏になり、手足は今にも動きたい、走り出したいと意志の手を離れて身勝手に跳ね回る。

 理解ができない。ただ死ぬことも許されない。ただひたすらに自分の体が自分の物ではなくなっていく(おぞ)ましい感触。

 

「アタクシの血は、そんじょそこらの血とは違いやがりますよ。なにせ、龍の血が混じってやがりますからね。血の呪いに負けるとすげーことになります」

 

 ベッドの上で声にならない悲鳴を上げ、白目を剥いてもがき苦むスバル。そんな彼を、カペラは急に楽しみだったお出かけが中止になってしまった程度の残念そうな表情で見つめている……が、彼の身体に起こった変化を見て次第に表情が明るさを帯びてきた。

 

「……カペラ、これって呪いに負けてるの?」

 

「負けてはいる事には違いねーですね、でも、違う。抗おうとし、更にそれを取り込もうとしている――つくづく、おもしれー奴ですよスバル君は」 

 

 今まで黙り込んで二人の一幕を見ていたポルクスが、その今までにない龍の血による変化を見て驚きを見せていた。カペラもカリオストロの姿でその変化に驚き、そして破顔する。まるで遊びがいのあるおもちゃを見つけた、そう言わんばかりに。

 

「■■■■■■ッ!! ~~~~■■■■■ッ!!」

 

「……楽しむのはいいけど、壊さないでねカペラ」

 

「はいはいっ、勿論大事にさせて頂きますよぉ。こんな面白いおもちゃ、早々に壊すものですか」

 

「……それじゃごめんねスバル。頑張って生きてね」

 

 ポルクスは一瞬スバルに同情の表情を見せると、そのまま二人を離れ部屋を後にしていく。

 

「あぁスバル、スバルスバル。数滴飲ませてこの様子なら、もっと飲ませたらどうなっちまうんでしょうかねぇ!? 頑張ってくれたら王都でのお祭り騒ぎに参加させてあげますからねぇ、きゃはっ、きゃははははは――!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 

 

 部屋の扉を締めた後でも、廃墟の一室からは延々と、地獄のような雄叫びと哄笑がひたすらに聞こえ続けていたのだった。

 

 




《龍の血》
 超高性能な治療薬にもなる、霊験あらたかな血。
 ルグニカで飢饉が起こった際に神龍の血で土地が蘇ったことがあるとかなんとか。
 エミリアは王様になったらエリオール大森林を覆う氷をそれで取り除くのが目的であったりする。
 何でカペラの血に混じってるのか不明。というより本当に混じってるか不明。劇物。







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> 超唐突!!          <
> 台詞書くの難しい人ランキング <
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 1位:ロズワール
  ⇛お茶らけ台詞の特徴が未だに掴めない。シリアス口調無理。賢い台詞本当無理。

 2位:ラインハルト
  ⇛賢い台詞が基本無理臭い。オイラが書くと地味にキャラ崩壊してしまうキャラ筆頭。
   イケメン臭より脳からイエスマン臭がすごい。

 3位:カペラ
  ⇛長台詞書く才能がない。狂気が現れない。おちゃらけロズワールと被る。

 4位:エミリア
  ⇛天然だけど時々鋭い、そんな原作エミリアと程遠いぽややん子供エミリアたんになってるのが度し難い。

 5位:カリオストロ
  ⇛オレ様口調と☆口調の比率の塩梅が未だに分からない。
いつか絶対可愛く書いてやるからなぁ畜生!!

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