グロテスクな表現がほんのりとありますので注意です!
開戦の狼煙はカリオストロの魔法だった。
荷台の中で機会を伺っていたカリオストロは、合図と寸分違わぬタイミングで魔法を放っていた。極彩色の破壊の奔流、それは物質の構成素材を粒子レベルで強制分解する、非常に厄介な魔法である。
今まさにリカードを襲おうとしていた人物に光がぶちあたれば、最初からそうであったかのように、上半身が円形状に
バランスの取れなくなった体が地面に崩れ落ちる様子は冗談にしか思えない。いざ襲おうとしていた魔女教徒達も、旗頭が急に死んだ事を理解出来ていなかったようだった。
そしてそれはリカードら商人達も同じであった。
見たことも聞いたこともない魔法もそうだが、目の前で呆気なく死んだのがなまじ同じ商人にしか見えないから動揺もひとしおである。
「ボサっとしてんじゃねえリカード!」
ラインハルトと共に荷台から飛び出したカリオストロは動けない魔女教徒相手に魔法を行使。大仰に腕を振るったかと思えば、多種多様な土製の武器達が地面に咲き乱れる。
先手を打たれた彼らも片手ほどの行動不能者を出してようやく現状を理解。隠し持っていた武器を手にこちらに襲い掛かり始める。ソレを見てようやく商人サイドも再起動し、瞬く間に乱戦が始まった。
「す、すまん! あまりにエグくてちょい動けんかったわ……っていうか嬢ちゃん! コイツらが魔女教でええんやろな!? 味方やないやろな!?」
「すぐに分かる!」
「どういう意味やソレ?!」
剣を掲げて襲い掛かってくる輩を巨大な鉈で切り伏せるリカード。だが本当に自分の敵なのかが分からず、その動きは精細を欠いている。一方でカリオストロはようやく動き出した戦場を俯瞰すると、最初の犠牲者に近寄ってその手を翳し、
「おい嬢ちゃん、何して──オイッ!?」
閃光が瞬いたと思えば、無様に横たわっていた下半身を肉片に変えた。
言うまでもなく死体蹴りである。
リカードも伊達に傭兵稼業を続けておらず、幾度となく汚い仕事をした経験もあるが、そんな彼でも弱者や死者への必要のない攻撃は到底許容出来るものではない。気付けばカリオストロに食ってかかっていた。
「自分トチ狂っとるんとちゃうか!? いくら魔女教やからって──!」
「うるせえ」
怒鳴りつけても辞める気はないと、カリオストロは肉片になり果てたソレを念入りに攻撃していく。どれだけ強い怨恨があればここまで容赦なくなれる? 表情を変えずに攻撃し続ける彼女にゾっとしながらも、止めようとする。が、その行動が正しかった事にリカードはすぐに気が付くのだった。
「──ア、ア──あが、……ぁあ~、ったく何ですか何ですか何ですかなんですかぁッ!! いきなり人様に攻撃するなんて、どういう了見してやがってんですかこのクズ肉があッ!?」
塵一つ残さぬ容赦のない攻撃が続く中。そのすぐ横合いから元の恰好のカペラが、まるで逆再生のビデオを見ているかのように肉片から傷ひとつない姿に戻っていた。歴戦のリカードもその現象に覚えはなく、口をあんぐりと開けるばかりだった。
「リカード、コイツが黒幕だ」
「コイツ!? コイツとはご挨拶でやがりますね!? 品性の欠片もねえドブみてえに汚い不意打ちかましたが挙句、このカペラ・エメラダ・ルグニカ様に対してコイツ呼ばわり! あ~あ~上等でいやがりますよ、媚びるしか能のない自尊心デブのクソ
早口でまくしたてながら激怒するカペラ。しかしその最中に彼女の顔面めがけて極太の槍が貫通。更に腹部、脚、腕にめがけて多種多様な武器が殺到すれば、また無残極まりないオブジェに逆戻りである。
しかしカペラがその程度で死ぬ事はない。
人であれば即死である筈の攻撃を屁でもないと、傷ついた先から再生しようとする。が、再生した矢先から剣が、斧が、槌が、杖が、刀が、矢が雨あられと突き立っていく。
そのあんまりにあんまりな一幕はリカードをして「うわっちゃぁ……」と思わず声を上げさせていた。
「ちょ……ぐへ、ぶじゅっ、まっ、タン──げびゅっ! た、タンマッ、タンマタンマタンマですよ! せめて喋らせろってんです?!」
「お前と会話することに意義を感じねえ。……あぁコイツの血を浴びるなよリカード、血液まで腐ってやがるからな」
「なんでハナからアタクシへの好感度がぶっちぎっていやがるんですか!? そこの畜生も何か言ってやったらどうで──おぐぇっ!?」
「知らんがな。というか自分、相当嫌われとるんやなぁ」
再生しては攻撃され、再生しては攻撃され──啖呵を切る事すら許さない暴力の嵐。黒幕のようだが、この様子では出る幕もないなとリカードは担いだ鉈で肩を叩く。
「い、いぃいぃぃ! いぃぃ! いい加減にしやがれってんですよ、このっ、クズ共がああぁぁああぁぁッ!!!!」
カペラがついにブチ切れた。
見た目は致命傷を受けている筈だが、堪えた様子も見せずにどうにか攻撃から逃れると、大型の獣──カリオストロはそれが、かつてメイザース領で見たウルガルムに酷似していると感じた──に変化。素早いフットワークで、攻撃を避けながらカリオストロを八つ裂きにしようと飛びかかるが、
「──あっが!?」
「あかん、何しに来とるか一瞬忘れとったわ」
獣化したカペラの顔面がひしゃげ、カリオストロとは逆方向に吹き飛んだ。
攻撃を咎めたのはリカードだった。手に持つ大きな鉈、その峰をわざわざ使って奇麗なフォームで振り抜いていたのだ。
斬撃ではなく打撃を選択したのは、血を警戒した上での事。地面に痕を残して滑っていったカペラは、狙いすましたタイミングで巨大槍が尻から頭まで一直線で縫い留められ、直後、頭上に出現した巨大岩で跡形もなく潰されてしまう。
「うひゃ~踏んだり蹴ったりやな」
「この程度で死んでくれたら楽なんだがな、とりあえずは他の奴らを手助けしにいくぞ」
「……応」
ここに来てリカードはカリオストロへの評価を改めていた。
最初のぶりっ子がなんだったのか、と言うくらいに戦闘力が高く、頭も回る。正直、彼女の言う通り自分達の出番はいらなかったのかも……などと考えて、それを打ち消すように頭を振った。役立たずの烙印を押されるのは、許しがたい事だ。
「おい! お前ら無事か!?」
「だ、団長! いや、見ての通りですよ……」
「見ての通りって……あ~」
せめて仲間と共に手柄をアピールするつもりだったのに副官は泣きそうになっている。リカードは何を情けない顔を見せてる……と叱ることは出来なかった。何故なら、ラインハルトが目にも止まらぬスピードで魔女教徒達を千切っては投げ、千切っては投げ、数だけは居た筈の彼らを破竹の勢いで倒しているのだった。傭兵達が剣を振るう隙など、ほとんど無いに等しかった。
「やぁカリオストロ、終わったかい?」
「まだだ。黒幕はあの岩の下敷きになって貰ってるが、死んでないだろうな」
「そうか。こちらもあと少しで終わると思うよ……と、後ろ失礼」
「どわっ!?」
怪我どころか服に染み一つない、噂以上の剣聖ぶりにはリカードも仲間達も乾いた笑いしか出せていなかった。
「峰打ちかよ」
「うん。これで悪さをしていたなら断罪だったんだけど、現時点では未遂だからね」
「どうせ改心なんてしないだろうから殺して……まあいいか。おいリカード、やる事ないんだったらそこで伸びてる奴らを縛ったらどうだ?」
「…………ハイ」
リカード達は挽回を諦めざるを得なかった。だって彼女の言う事ぐらいしか本当にやることがないのだ、肩と尻尾をしゅんと落として作業をし始めるのだった。
「さて、と──」
それからも一方的な戦闘が続いた。
カリオストロは当然だがリカード達もほぼ無傷に対し、敵に至っては全滅に近い状態だ。
今も無駄な抵抗をしていた魔女教徒に、カリオストロがその小さな指をくいっと曲げると、どこからともなく岩が飛んできて後頭部を直撃。呆気なく地面に沈んでしまう。
見届けたカリオストロはふぅ、と一息ついた。当初の見立て通り、統率する人物がいなければ如何に群れていても烏合の衆に過ぎなかった。唯一の懸念事項であるしぶとすぎるリーダーは厚さ5mほどもある岩の下敷き、もう勝ったも同然である。
しかしこれからだ。カリオストロは岩の上に座り込み、頬杖をつきながら考える。どうやったら
(……本人が言ってた通り、斬っても、焼いても、潰しても。果ては分解しても平然と復活しそうなんだよな……どうしたもんか)
「おーい嬢ちゃん!」
両足をぷらぷらと考え事をすれば、下から声がかかった。何事かと飛び降りれば、簀巻き状態の魔女教徒達が奇麗に地面に並べられているではないか。
「終わったのか?」
「あぁ。偵察も出させたがこの辺り一帯にはもう敵はおらへんな」
「予想以上に時間をかけてしまった、僕の我儘ですまないね」
「全くだ。ま、そっちもそっちで都合があるんだろ。好きにしろ」
「感謝するよ。リカードと鉄の牙の皆も協力ありがとう」
「あーあー腹立つわ~~~! 感謝なんていらへんわい! 嬢ちゃんたちの功績に比べたらワイらはなんもしてへんのと一緒や!」
がー!と吠えるリカードに、苦笑するラインハルト。
何をしても様になるそのイケメンフェイスを眺めていたカリオストロだったが、そうだ、と思い至る。こいつは好きな加護を好きな時に取得できる力があったじゃないか。ならばカペラに効くような都合の良さそうな加護の1つくらいあるんじゃないか?
早速提案しようと口を開こうとしたカリオストロ。しかしそこに別の声が挟まった──、
「こ、これどないなっとるんや? 何があったん?」
「へ? お、お嬢ォ!? なんでこないな所に!」
カララギ訛りの女の声。暖かな気候に場違いな白いコートに白い帽子のいで立ち。髪は紫で顔たちは随分幼く見える。
誰だ? と首を傾げたが、真っ先に反応したのはリカードだ。カリオストロは知る由もなかったが、それはアナスタシア・ホーシンそのものであった。
「どうもこうもあるかいな! ウチが保険の為に派遣した奴が何で捕えられとるんや?!」
「……お嬢、知らんかったんか? こいつらは魔女教徒や」
「は? 何を言うとるんや、そないな事あるかいなウチの従業員に限って──
きょろきょろと周りを見渡して狼狽するアナスタシアに、腕を組んだまま大きく頷くリカード。彼女は剣聖とカリオストロを交互に見ると、冷や汗をだらだら流しながら勢いよく頭を下げた。
「う、ウチの従業員が本当にすみませんでした!」
ぺこ~~~っ! とそれはそれは角度も整った美しい謝罪だった。平身低頭の見本ともいえる姿勢で、一度だけでなく二度、三度と頭を下げて謝罪されると、事が事の筈なのに許してあげたい、という気持ちが湧いてくる程見事なモノだった。
「アナスタシア様が気にする必要はありません。我々も危うく一杯食わされそうになってしまったのですから」
「ワイも身内におるとは思ってへんかったからな……お嬢すまん。そしてそっちにも迷惑かけたわ。本当にすまんかった」
「……」
ひとしきり謝罪をする二人に対して、カリオストロはだんまりだ。その様子は怒っていると言うより探っていると言った方がしっくりくるだろう。
疑いの眼で見つめられている事に気がついたのだろう、リカードが露骨に慌て始めた。
「じょ、嬢ちゃん、まさか疑ってると違うか? これはワイが保証する、完璧にアナスタシア・ホーシンや! 声も顔も姿も、話し方だってそうや!」
「え? 何? どゆことやリカード?」
「いやなお嬢。実はその魔女教徒の中に変身能力を持った奴がおってな……そいつやないかと疑われとるんや。というか剣聖も見たことあるやろ!? うちのお嬢を!」
「……確かに見たことはある。記憶の中の姿とも話し方も一致しているね」
な!? そやろ!? と太鼓判を押すリカード。しかし肝心のカリオストロはそれでも納得いっていないようだ。ふ~ん、と呟いたかと思えば片手の魔導書を開き、もう片方の手をアナスタシアに向けようとしていた。
「待てや! 何を疑っとんねんアホ!」
「姿や声が一致してたからって、本人かどうかは分からないよね? もっと本人達しか知り得ない情報を教えてよ~☆」
「普通それで分かるやろがい! 幾ら変身能力があるからって限度があるやろ!?」
「……じゃあ証明して?」
頑としてカリオストロは認めない。
業を煮やしたリカードは、おろおろするアナスタシアに向き合うと、質問を投げかけた。
「せやったらお嬢、ちゃっちゃと答えたってや。お嬢は昔、ワイの事はなんと呼んどった?」
「……えぇ~っと」
「お、おい、さっさと言えや。あの嬢ちゃんは本気やで!」
質問に対して、なぜか渋り出すアナスタシア。リカードは焦った。なんでここに来て戸惑うんだ、死にたいのか。と苛立ちと憂慮が半々籠った声で追い立てれば「堪忍やて」と、アナスタシアもまた焦り、
「い、い、犬の化け物や……」
その解答は意外な言葉だった。
とでもではないが正解とは思えない。
だがリカードの顔はぱぁっと日がさしたかのように明るくなった。どうやら合っているらしい。
「うぅ。だから言いたくなかったんや……」
「ガッハッハッハ! せやけど証明は勝ち取れたようやで、アナ坊! どや嬢ちゃん、これで本物やって分かったやろ!」
「……」
カリオストロが本当に渋々と手を下げれば、周りもほっとした空気が流れる。
これで偽物だと断じられて殺されたら溜まったものではない。だって雰囲気も、纏う空気もどう見ても本人なのだ。いつの間にここに来たのかは分からないが、ソレは考えあっての事だろう。皆そう考えていた。
「む。カリオストロ、彼女は偽物だ」
「分かった」
「え。──けびゅ」
だから続くラインハルトの言葉は全く理解出来なかったし、なんだったら瞬きの後にアナスタシアの顎から上が「ぼんっ」と呆気なく吹き飛んだのも、また理解出来なかった。
その可憐な顔は見るも無惨にザクロのように内面を曝け出し、ぐらり、と体勢が崩れれば、体めがけて容赦ない攻撃が一斉に襲い、あっという間にぐずぐずの肉塊になってしまっていた。
彼女の末路に、誰もが呆然と大口を開ける事しか出来ていない。
リカードなんか、あまりの衝撃に腰を抜かしていた。
本当の娘ではないが、ソレと同じくらい愛情を注いでいた彼女が一瞬にして物言わぬ躯に変わったのだ。ひっ、ひっ、とひきつった声が溢れるのを止められないようだった。カリオストロはそんなリカードに近づいたかと思えば、思い切り頬を叩き始めていた。
「目を覚ませリカード。コイツは偽物だ」
「……」
「オイ、聞こえてんのか?」
「ど、どこが────どこが偽物やこの外道がァッ!!!! ワイとアナ坊にしか分からん答えを言ったんやで!? どこからどう見ても本物やったろう……ぐぉっ!?」
「落ち着けないのは分かるけど、ソレから離れたほうがいい」
数回の刺激でようやく戻ってきたリカードがカリオストロに飛びかかろうとするも、それはラインハルトが突き出した鞘が防いでいた。見れば、すぐ後ろにあった遺体から、何者かがぼこぼこと再生している所だった。
「な、んでぇ! ──うわっ!?」
再生途中のカペラは、舌打ちしながら再度襲いかかろうとする、が直後眼前に現れた剣山めいた武器の数々に距離を取らざるを得ない。
「アタクシの変装は完璧だったじゃねーですか!」
「そうだね。本当にそっくりだった。『看破の加護』がなければ分からなかったよ」
「は!? 何でそんなの……あぁそうですかそうですか!
激しい憎悪を顔に刻むカペラ。そして憎悪のままに体の一部を変形させて襲い掛かるが、通じない。大蛇の鋭い爪も。狼による牙も。猪の角も。猿の筋力も。カリオストロの強力な魔法と、ラインハルトの激しい斬撃の前には児戯にも等しい行為だった。
ならばと周りでうろちょろしている傭兵団を狙おうとすれば察したラインハルトに妨害され、地面を転がるハメになる。
カペラ本人に武術や剣術の心得がないことが災いしているのだろう、便利過ぎる権能に頼りきってきた弊害で、今の彼女は籠の鳥状態だった。
「や、やめてや! これ以上は……ギぃっ!」
アナスタシアに変身しても、腹部に風穴を開けられるだけ。
「お。おいラインハルト! よせ! アタシだって、アタ──ぶげぇ!」
フェルトに変身しても、首を折られるだけ。
「カリオストロ、お願いだ。コレ以上は──おぎゅっ、ぐっ、うおおおぉっ?!」
グランに変身しても、四肢を貫かれた挙げ句、容赦なく、なおかつ念入りに潰されるだけ。
不意打ちも。死んだふりも。哀願も。その全てを拒否されて延々とサンドバッグにされ続けるカペラ。これだけ好き勝手に攻撃されても尚死など程遠い存在であるが、だからといってカペラに現状を許容など出来るはずもない。
2つの巨石でサンドイッチされて潰されたカペラだが、次の瞬間。その石を砕いて巨大な黒龍がそこから現れていた。
「──よくも散々好き勝手してくれやがりましたねぇぇえぇッ!!!!!」
たくましい尻尾に、大きな翼。鋭い牙に、長い爪。まさしく竜と呼ばれるにふさわしいその姿。ただ一つ違う所があるとすれば、鱗の代わりに全身を太い血管が這い回っていることぐらいか。
周りの人間が見上げるほどのサイズになった彼女。叫ぶだけで一帯に暴風が巻き起こり、カリオストロも堪らずたたらを踏んだ。
「な、んやコレ……めちゃくちゃ過ぎるやろ!」
「めちゃくちゃにしたのはテメェらだろがァッ! 誰よりも愛されるこのアタクシを! このカペラ・エメラダ・ルグニカ様を群れて叩いて悦に浸るクズ共がァッ! 決めちまいましたよどれだけ泣いても喚いても許してあげねえです! テメェらが最も苦しんで死ねるような素敵なオブジェに変えちまいやがりますからねぇッ?!」
質量差があれば、ただがむしゃらに暴れるだけで致死の一撃となる。更にいやらしい事に暴れるたびに彼女の皮膚から滲み出した血液が撒き散らされるのだ。避けきれず、少しでもソレを浴びてしまった人は、強烈な拒絶反応にのたうち回り、絶叫をあげてしまう。
「近づいたらあかん! 距離を取って攻撃するんやッ!」
「ギャハハハハハッ! アタクシにまだそんな攻撃が効くと思ってるんだったらおめでたい通り越して哀れすぎってもんですよ! 効かねえんだよゴミ屑共がぁッ!」
リカードの指揮で一斉に魔法や弓といった攻撃に切り替える傭兵たち。しかしカペラは火球や弓で攻撃されても意に介さず、悠々と空高く舞い上がり、そして地面スレスレを滑空してこちらを攻撃してくる。その巨大な牙や爪、尻尾に巻き込まれた何人かが犠牲になった。
「畜生ッ!」
「あ゛ぁ゛~~っその声ッ! その声ですよその声ッ、怨嗟と悔恨が詰まっていてメチャクチャ気持ちいいじゃねえですかっ?! もっとも~~っと聞きてえです──ねぇっ?!」
再び空へと飛び上がったカペラの大口がぐぱぁ、と開いた。
暗黒が広がるその空間に場違いに明るい光が集まっていく。
それは間違いなくブレスの兆候。全員に緊張が走る。
アレを浴びればどうなってしまうかなんて考えるまでもない!
鼻高々のカペラが今まさに破壊の奔流を放とうとした……その時だった。
ひゅん、と赤と青の何かがカペラめがけて飛んだ。
かと思えば、彼女の漆黒の翼に2つの大穴が空いていた。
ぐらり、と体勢を維持できなくなっていたカペラが慌てて再生しようとするが、瞬間、彼女の眼前に現れたのは大上段に鞘を構えて叩き伏せようとしていたラインハルトの姿だった。
まるで電気が走ったかのような強烈な痛打音!
顔面がひしゃげるくらいに強打されたカペラは、直後地面にクレーターを作るほど叩き伏せられていた。
「お、げ……くそ、がぁああぁぁッ!!!!」
「そっくりそのままお返しするぜクソ野郎。よりにもよってオレ様の前で
急ぎその場から逃げようとするカペラに、カリオストロが展開していた二頭の人工竜、ウロボロスが再び襲いかかった。
カペラの周りを2つの真円を描くように飛び回ったウロボロスは、やがて極光を纏いながら高速で回転していく。螺旋のような軌跡を重ねて、重ねて、重ねて。何重にも重ねていけば、耳をつんざく、空間が軋むような音とともに、カペラの体がその末端から全く別の物質に組み替えられていく。
再生する体なら、再生出来ない体にしてしまえばいい。元の世界では錬金術の偉大なる開祖にして、稀代の錬金術師としての地位を築いたカリオストロ。どんな物体も立ち所に黄金にしてしまう、世界の法則すらも超越する絶技!
「お前、目立つのが好きなんだろ? ならお望みどおりにしてやるよ。オレ様の本気、とくと味わえ──!」
「お、ま、え……ッ、な、にをす──がっ、ぎっ、ぐぎいいいぃぃぃいぃぃぃぃっ」
「これが真理の一撃だぁッ、
轟音と爆発! 光の波濤があたり一帯を埋め尽くすほど放たれたかと思えば、直後、大量の土煙が舞った。激しい突風が巻き起こされて、皆が思わず顔を抑えた。そしてしばらく、五月蠅い程の静寂が辺りに広がった。
「……やった、のか?」
「……」
リカードの言葉にカリオストロは答えない。ただ爆心地をじっと睨みつけている。
攻撃が通っていれば、カペラは物も言えないただの純金のオブジェになっている筈だった。しかし彼女の竜の体は大きすぎた。全身をくまなく範囲に収められたかは怪しい、死に損なっている可能性もまた高かった。
「ラインハルト」
「あぁ」
ちゃきり、鞘を構えたラインハルト。恐らく同じ考えなのだろう。土煙のカーテンが爆心地を覆い隠す中、油断なく構えている。
そうして丘を撫でる風がその全貌を明かそうとした、その時だった。中心から笛の音のような音が鳴り始めた。
「笛……?」
「なんだ、この音……?」
「……!? ッ、おい気をつけろ! これは──ッ」
困惑が周りを満たす。なぜここに来てそのような音がするんだ、と首を傾げる傭兵達。
しかしリカードやカリオストロといった数人はそれが差す意味に気付いていた。コレは何かの合図だ。きっと何か嫌な事が起こるぞ、と警告する前に、その異変は起こった。
「──ど、わぁっ!?」
「ぐぅっ?!」「ひぃぃいぃっ──がぁッ!!」
捕縛されていた魔女教徒達が、その体ごと次々と爆発し始めた!
連鎖的に巻き上がる炎と衝撃が傭兵たちに甚大な被害を齎していく。轟轟と燃え上がり、大地を震わす爆発の波。笛の音は自爆の合図だったのだ。
ラインハルトは咄嗟にカリオストロとリカードを抱えて脱出していたが、直後、爆風をかき分けて黒い物体が空を飛びあがった。
「ぎゃ、ひひ、ひひひッ! ギャッハ、ハハ、ははハハぁぁぁーッ!! ようやくっ、お前たちのハナを、あかせましたっ、ヨぉっ!」
カペラだった。しかしたくましい竜の体躯は、その半分以上が結晶化した黄金で覆われており、太陽の光を浴びて歪に光っている。どうやら懸念していた通り、その全身を封じ込めるには至らなかったようだ。
しかしながら、ここに来て初めて彼女の顔に怒りや愉悦とは別の、焦りのような表情が見てとれていた。
「残念ですけれどもッ、今回はここまでにさせて貰っちまいますよ! このことはずっと、覚えておきます……特に、そこのメスガキぃ!」
半分結晶化した顔にはっきりとした殺意を滲ませて、カペラが吠えた。
「貴様だけは、貴様だけは絶対に許さねえですよ、この、人形遊び野郎がぁ……ッ、今度出会ったらお前の身内を一人ずつ、一人ずつ攫って、じ~っくりと痛めつけて、お前のせいでこうなった事を骨身に染みるまで教え込ませて殺してやりますよ……ッ! お前と言う存在が如何に罪深いかを周りに分からせて、お前が丹精込めて築き上げた関係がどれだけ薄っぺらくて、そしてどれだけ虚に満ちた空しい存在だったのかっていうのを魂にまで刻み込ませてあげますッ、それからお前を捕えて、この世界に絶望するまで一か月、いや一年、いや十年かけてた~っぷりと苛め抜いてあげますからァッ!!!」
今まで全方位に向いていた憤りが初めて個に対して向いた。子供めいた、混じり気なしの100%の殺意は、周りにとってもゾッとするほどの力を持っていた。
しかし当の本人は全く動じていないようだった。
涼し気な顔で罵倒を流しながら、油断なく手を向けてはカペラを殺そうと画策し続けていた。
「逃がすとでも思ってるのか?」
「ぎひっ、好きにすれば、いいんじゃねえですかぁ? そこで死にかけているお仲間が死んでもいいっていうんだったらね~ぇっ」
ちっ、とカリオストロは舌打ちする。近距離で爆発を受けた傭兵達はほとんどが大けがを負っていた。本音では放っておきたいが、彼らにかまわず攻撃をすることは憚られた。
そんな逡巡を逃すカペラではない。彼女は気が付けば更に高く舞い上がり、笑いながらこの場を離脱してしまっていた。
「……逃したか」
結果として、この奇襲作戦は失敗に終わったと言えよう。
だが、カペラを攻略する糸口が初めて見えた気がした。
カリオストロは既に点となったカペラを、どこまでもどこまでも睨み続けるのだった。
実績解除:はじめての奥義!
57話に来てようやく奥義が出せましたよ…長かったねぇ…
看破の加護:
本作オリジナルの加護。
相手の正体を見通す事が出来るぞ!
真偽についてもこれで分かっちゃうぞ!