2022/6/6
大変申し訳ありません。構成に問題があったため、
59話~61話を一部書き直ししております。
59話:区切り部分を調整。ラストを加筆。
「──カリオストロ!」
熱い抱擁。自分よりも大きな存在に強かに抱きしめられれば、苦しい筈なのにそれを勝る安堵が全身を満たしてしまう。この世界では2度目の邂逅となったグラン達に、カリオストロは頬を緩めるのを止める事が出来なかった。
「苦しいぞグラン」
「あっ、ご、ごめん! でも会えて本当に良かった……待たせてごめん」
「バーカ。オレ様を誰だと思ってやがる? そっちがやらなくてもいずれ帰る手段は見つけてたさ。──ま、今回はたまたまそっちが早かったようだがな」
「相変わらず強気な奴だぜ……」
ぱっと体を離したグランに悪態をつけば、小気味よくビィがツっこんでくる。そして瞳を潤ませたルリアと、同じく感極まったクラリスも再会を祝って代わり番こに抱きついてきた。
王都詰め所前。初めてこの世界に放り込まれた時、色々とお世話になったこの場所で、カリオストロはグラン達団員との再会を果たしていた。
アナスタシア
「みんなで頑張ったかいありましたねっ、グランっ、クラリスさんっ」
「うんっ☆ でもでも~……な~んか物騒な予感が……ねえおししょー。後ろの人達は?」
クラリスがちらりとカリオストロの背後に視線を向ければ、そこには屈強な体格の獣人と、雰囲気のある騎士が二人佇んでいるではないか。グランが思わず庇うように前に出れば、居並ぶ存在が揃って挨拶をし始めた。
「初めまして。君がグラン、でいいかな?」
「はい。僕はグラン。ただのグランです。騎空団……えっと、とある傭兵の団長をやらせて貰ってます……貴方達は?」
「再会もそこそこに申し訳ないね。僕の名前はラインハルト・ヴァン・アストレア。この王都ルグニカで剣聖と呼ばれているよ。今は王選候補であるフェルト様の騎士を任されている」
「ワイは『鉄の牙』団長のリカード・ウェルキンや」
「ユリウス・ユークリウス。同じく王選候補のアナスタシア・ホーシン様の騎士をしている」
居並ぶ面々はその誰もが見劣りしないほどの実力を持っているとひと目で分かる猛者達だ。しかしながらグランも三人に囲まれながらも決して怯まず、笑顔で握手に応じる余裕ぶりを見せれば、三人の表情が少し変わった。
「カリオストロの要請でね。キミ達がどうしても作戦に必要だと言われて来て貰ったんだ」
「作戦?」
「ん。まあ呼ばれていきなりで何のこっちゃと思うが……」
リカードが頬をかきながら見た先にはカリオストロが。
彼女は言われるまでもないと引き継ぎ始めた。
「定番のトラブルさ。慣れたもんだろ?」
「だよなぁ……何となく察しはついてたけどよぉ……相棒、どうするんだよ?」
「ははは、そんなの決まってるさ。それで……どうすればいい?」
グラン達は当然のごとくやる気満々だ。むしろ予想していたと言ってもよい。彼ら騎空団のメンバーは常在戦場の精神というわけではないが、いついかなる時でもトラブルに身を投じる覚悟は出来ていた。
なにせ一行は行く先行く先で事件に巻き込まれる、トラブルメイカーでありトラブル解決のプロだ。
自らが諍いの種になることもあるが、そのほとんどがトラブルの方からやって来る程で。そして、一騎当千の団員に恵まれている彼らはその全てを解決してきた歴戦の存在でもあった。
「今日、この王都で暴れようとする悪い奴をぶちのめすのに協力してくれ。ただ、敵は変装や変身を得意とする奴らだ。あまつさえ住民を巻き込み、魔獣……つまり魔物に変化させて囮にしてくる可能性だってある」
「……住民を?!」
「うへぇ……性格悪ぃなぁ」
「あぁ。正直、魔物にされたらお手上げだと思って欲しい。一応市民には外に出ないように警戒は促しているが。もしも攻撃してこない魔物がいたら保護してやってくれ」
──重ねて、詳細がグラン達に伝えられる。それは要約すれば王都を4つに分割し、それぞれのチームで王都の混乱を防ぐものだった。
リカードウェルキン率いる『鉄の牙』は北部。
ラインハルトは南部。
グランとルリア(とビィ)とユリウスは西部。
カリオストロとクラリスは東部をそれぞれ担当。
民衆に紛れる魔女教徒達をこのメンバーと王都兵士達で手分けてして叩く作戦だ。
「了解。クラリス、ルリア、それで問題ないかい?」
三者三様の頼もしい返事にカリオストロも鷹揚に頷く。が、そこに不協和音が混ざった。
その発生源は透き通るような紫髪を持つ、ラインハルトとは違った冷たい印象を与える美丈夫、騎士ユリウス・ユークリウスだった。
「ひとつ疑問が。──君たちの実力は確かなのかい?」
「……」
「誤解を恐れずに言えば……正直、キミ達に一任出来る程実力があるように思えない。
「んなっ! 兄ちゃんこそ同じくらい若いだろ! あとオイラはトカゲじゃねえ!」
「失礼だが、私は若いがそれなりの場数は踏んでいると自負している。今回の作戦は非常に重要なモノだ。足を引っ張られるくらいなら、むしろ抜けて欲しいと思っている」
相棒を軽んじられたビィが、ぷんすかぷんと赤い顔を更に赤くする一方で、グランは小さく苦笑するだけだった。
今まさに挑発されているのに、何故こうも落ち着いていられるのか。ユリウスは思わずむっとしてしまう。
「すみません。確かに僕は若いですが、そこそこ手伝えるとは思っています」
「……そこそこ? そこそこでは困る。浮ついた気持ちで参加されても迷惑なだけだ。大体そこの少女を連れていくつもりか? 物見遊山ではないんだぞ」
「オイオイ、何ヒートアップしとるんやユリウス」
なぜだか知らないがムキになるユリウスにリカードは呆れてしまう。ラインハルトも苦笑するばかり。そして流石の物言いにクラリスが食ってかかろうとするのだが、
「ならお前が抜けたらどうだ? ユリウス」
その前に、カリオストロが冷や水を浴びせていた。
全員の注目を集める冷えた物言いに、当事者であるユリウスも思わずたじろいでしまう。
「オレ様も丁度お前に同じ事を言おうと思ってたところだ、『お前は若すぎる』『実力は本当にあるのか?』 ってな」
「ッ……カリオストロ様。私はアナスタシア様の騎士です。実力は保証いたします」
「はっ、どうだかな。大体オレ様がわざわざ呼びつける相手が素人だと思ってんのか?」
「それは……」
アナスタシアが送ってきたユリウスは、彼女肝入りの戦力なのは本人の口から聞いている。リカードに比肩する実力を持つ、能力・人格共に認められた「最優」の騎士。
しかしながら、カリオストロにはそんな世間一般で知られる肩書、実績など興味はない。
だってグランに比べたら、所詮どんな天才でもただの凡夫に過ぎないのだから。
「いいか。この際だから言っておくぞ──グランはこの天才であるオレ様をゆうに凌ぐ力を持っている。それこそ、ラインハルトのレベルのな」
まさかの宣言に、グランらを除いた全員が驚いた。
あの傲岸不遜を地で行くカリオストロが、自分より上だと認める相手? それも剣聖と同じくらいの力を持っているだなんて! 詰所の中でどよめきが広がり、当のユリウスに至っては認められないと今にも声を荒らげそうになっていた──その時だった、グランとラインハルトが同時に動いたのは。
「む」
「よっと」
「──ッ!?」
不意に飛び出した木製の剣。それがグラン、ラインハルト、ユリウスの三人の首を狙って地面や壁、天井から襲いかかっていたのだ。ユリウスは首筋でピタリと止まった剣に命を握られていたが、他二人は瞬きもしない間にソレを切り捨てていた。
「これで満足か?」
パチンッ、と指先を鳴らせば錬金術で生成された剣は床に戻る。
ユリウスは全身から冷や汗を溢れさせながら、自分の首筋を撫でるばかりだった。
グランの反応は言われた通り、ラインハルトにも勝るとも劣らないモノだった。十二分に余裕を持って、確実に攻撃を捌ききっている。その究極の機能美とも言える一挙動を見ただけで、彼が今まで積み重ねてきた鍛錬と、どれほど過酷な経験を積んできたのか、ユリウスは骨身に染みる程理解した。
「カリオストロ。急に試すのは困るんだけど……」「そうやって煽るのはよくないよ」
「うるせえうるせえ。実力行使でないと分からなそうだったから仕方ねえだろ」
二人のお小言を耳を塞いで聞き流す幼女錬金術師に、ユリウスは今一度向き直る。そして整った姿勢で頭を下げ始めた。
「すみません。カリオストロ氏。貴方の言う通りです……疑っていました」
「ふん。頭を下げる相手が違えだろ?」
「……グラン君。すまなかった。私は君を侮っていた」
「気にしていませんよ。僕にももう少し威厳があればよかったんですが……今日はよろしくお願いします」
なんともまあ大人対応ではないか。ユリウスは自分が恥ずかしくなった。
持ち前の正義感と実直さから衝動的にふっかけてしまったが、結果として圧倒的な実力を見せつけられ窘められるなんて。しかも年下に!
しかしユリウスは良い意味でひねくれていない。向上心の高い彼は、反省はしても後悔はしない。既に切り替え、この先の事を見据えて行動しようと考えていた。
「しかし……君の実力は分かったが隣の彼女も連れていくのかい? まさか彼女も達人……?」
「ご、ごめんなさい私はそういう事は出来なくて……」
「ルリアはその、特別です。僕が守りますし、彼女には彼女にしか出来ない力があります」
「はいっ、グランと私は一心同体ですから!」
「!? そ、そうか……しかし恋人というのなら猶更、安全な所に居た方が……」
「はわわわわっ!? ち、ちがいますっ! 恋人とかそういうのじゃ!」
「オイそこ、交友は後回しにしろッ」
イライラしたカリオストロが釘を刺せば、周りの注目が改めて集まった。
カリオストロはひとつ咳ばらいをすると、やがて皆に聞かせるように朗々と語り始めた。
「魔女教徒どもは王都を舞台に趣味の悪い陳腐な寸劇を繰り広げるつもりだ。そしてその劇の結末は、碌でもない悲劇で固定だときた──そんな茶番劇を、許していいと思うか?」
「今ここに集まった全員は陣営は違えど、そして事情は違えどその意思は同じだと思っている」
「オレ様達だけが、奴らの狙いを知る。そしてオレ様達だけが、奴らの寝首をかける」
「そしてオレ様達だけが、奴らを倒せるんだ……!」
「気合を入れろ。武器を取れ。悪を絶ち、家族や隣人を守れ。そして後世に語られる魔女教の逸話に、オレ達という存在を刻みつけろ!」
──全員のかけ声が高らかに上がり、とうとう作戦が開始された。
§ § §
「しっかし……おししょー様っ、本当に無事でよかったよ~!」
「当たり前だ。お前の中のオレ様はそんなに不甲斐なかったか?」
「あはは……まあ全然やられてる所は想像できなかったデス……それよりも! ししょーが居なくなった後、うちらがどうなったか聞いてよ聞いてよ~!」
雲一つない快晴の空の下、定められたポイントに移動中のカリオストロとクラリス。二人きりになったとたん、クラリスは積年(実際は1か月だが)の思いを、ノンストップで語り始めた。
離れていた間、どんな苦労やどんな変化があったか、そして団員達がどれだけカリオストロを心配していたか。そしてグランがどれだけカリオストロを救おうと尽力してたかをしつこく、しつこく、これでもかと語る語る。
一度仕事スイッチが入ったからには無駄話はしたくないし、むしろ集中しろと叱りたい気持ちも浮かんでいたが、とんと聞かなかった元の世界の逸話は耳障りが良すぎた。それとなくクラリスを諫めながらも、グラン達がそれだけ自分の為に動いてくれたのだと思うと、自然と口角が上がってしまう。
「──それでねっ、それでグランったら猛反対受けたのに『団長命令だ。僕が行く! 行くったら行くんだ!』って珍しく駄々こねちゃって! カタリナさんやラカムとかが猛反対! でもでも結局オイゲンとかロゼッタがみんなをとりなして~」
「……面白い話だが、どんだけ喋るんだクラリス。その話は後でも出来るだろ」
「えぇ~! ぜんっっぜん話し足りないのに~っ」
「お前な……」
「それに今度は私がおししょー様に何があったか聞きたいよっ、この一か月間どうしてたの~?」
しかしながらどれだけ喋る事やら! 開いた口から洪水の如き勢いで言葉が溢れ出続ける! 何してたの? 怪我とか病気してなかった? 親しい人出来た? それにしても即トラブルに巻き込まれるグランみたいっ! あっ、そう言えばこっちで美味しい料理とかある?! 私達こっちに来てパンとリンゴと干し肉ばっかりだから、もしよかったら教えて欲しいな~っ……などなど。
これにはカリオストロも耳を塞ぎながら唸らざるをえなかった。
「うるせえ! あとで好きなだけ答えてやるから今は集中しとけ!」
「むぅ~……は~~い」
「……」
「……ししょー?」
「…………はぁ、でも……なんだ。お前達が来てくれたのは本当に感謝してる。ありがとな」
「おっ☆ おししょー様の感謝の言葉~っ、レアかもっ☆ その言葉はグランや他のみんなにもしっかり伝えてあげてね~☆」
言われなくてもするわ! と生意気な弟子の背中をお返しに叩いたころには、カリオストロ達は目的地に辿り着いていた。
中央に噴水の置かれた大きめの広場。そこにはまばらに住民が歩き回っていた。ラインハルトは住民への事前勧告をしたとの話だったが、これでも減った方なのだろうか? だとしてもまだ多いと言わざるを得ない。この中から変装する魔女教徒達を探しだすのも、至難の業だろう。
「この中からどうやって探せばいいの……?」
「さぁてな……悔しいが、変装されてる以上は見分け難い。注視しておいて騒ぎが起こったら駆けつけるしか方法はねえな」
「なんかこう目立つ特徴とかないのかなぁ……それこそ歩き方が怪しかったり、なんか刺青が入ってたり? あと変な声を出すとか!」
「……あるっちゃあるが」
「あるの!? ならそれを確認すれば!」
「大体が一目見て分かるもんじゃねえんだよ。所持品検査ぐらいしかねえ」
一番手っ取り早い方法と言えば福音書だろう。カリオストロは以前、別荘で読んだとある本の事を思い出していた。魔女に魅入られし信者達は、あくる日手元に福音書が届くらしい。そして以降の人生を魔女のために費やす事になるとか。
言ってしまえば、福音書は魔女教のパスポートのようなものだ。基本的に彼らはその書を肌身離さず持っているというので、所持品検査をすれば分かる可能性は高い。
──が、一日に何千、何万人が出入りするこの王都で、ひとり残らず綿密な検査というのも難しいだろう。今日に限っては東西南北全ての門で簡単な検閲こそしているが、それで魔女教徒達を炙り出せるかと言えば疑問だった。
(他にあるとすれば……恐らくは魔女教の奴らが持っている特有の匂い、か。だが先日の戦闘だとスバルほど特徴的な匂いはしてないようだしなぁ……)
結論としては、どうしても受動的にならざるを得ないだろう。歯がゆいが、もう自分達に出来ることは、起点となる騒動を逃さぬように目を配る事だけだった。
「ふん……襲撃はまだのようだな。折角だからお前の役割について話しておく」
「役割?」
「あぁ、言ってなかったがお前は作戦の切り札と言ってもいい」
「切り札!? え、ちょ、それってどういう事ししょー!?」
そしてクラリスが持つ存在崩壊は分解に特化した攻撃だ。文字通り塵すら残さず、カペラという存在を消し去るだろう。
幸いな事に、カペラは能力こそ強力だが戦闘センスは赤点だ。足止めをして、クラリスの力でその名の通り存在を消してしまう。それこそが一番良い手だとカリオストロは考えていた。
「オレ様がここぞというタイミングでお前に声をかけたら、全力でソイツに存在崩壊を使え。それがどんな姿をしていようと、だ」
「……確か、その人は何の姿にでもなれるんだっけ?」
「あぁ。過去何度も煮え湯を飲まされた。そいつは遭遇した人の記憶でも読めるのか、絶対に知らないと思う相手にも変身してくるぞ。例えばお前の両親にもな」
「りょ、りょーかいししょー! ……今回の敵は戦いにくいなぁ」
強敵相手に、クラリスのやる気は萎えていない。むしろふんふん、とやる気を露わにしている。
そんな彼女が自分の隣に居ると思うと、とでもではないがここが異世界ではないように思えて仕方がない。得体の知れない世界を探すだけでも時間がかかるというのに、よくぞまあグラン達はこっちに来てくれたものだ、と感心してしまう。
同時に生涯において最も信頼のおける彼らが、この騒動の解決に乗り出してくれた事に、それこそ大船に乗ったような安心感を覚えている。
(……だが、油断なんて出来ない。
過去3回の死に戻りの中でも彼らがこの世界に来ていることは間違いない。それなのに結果は星晶獣達の暴走だ。百戦錬磨、勇猛無比、一騎当千の名を欲しいままにするグランがいて、尚そのような事態になってしまうのは、何よりも警戒に値すべき事であった。
星晶獣達の暴走はルリアにしか為せない事を考えると、グラン達の身に何かがあったと考えるのが自然だろう。例えば脅されて仕方なくルリアが力を使ったとか。例えばグランが死にかけてルリアが暴走したとか。
(脅された、という線はありえなくもないかもしれない。けど、だとしたら星晶獣同時使役は無理がある。ルリアを暴走させる力を持っているとか? ……それとも、グランが死ぬケース? グランとルリアは体を共有している。団長の死=ルリアの死となるから、死に間際の暴走と考えればこっちも可能性はない訳ではないが……)
そもそも、グランが死ぬ所は想像出来なかった。
過去、何度世界を揺るがす敵と戦っても、何度即死するような攻撃を見舞われても、その持ち前の実力と豪運で平気な顔で生還しているのだ。例え相手がカペラだとしても、まかり間違っても殺されるとは思えない。
(騙されはするだろうが、アイツのここぞという時の勘は異常だ。きっとカペラの変身にも気付く。そして無限に再生する体だと知ってしまえば、その対策が出来ない訳もない……じゃあ、なんだ? 何がグラン達を死に追いやる? 他にいるのか? そんな奴が…………まてよ?)
一人、まだ正体も知れない謎の敵がいるではないか。カリオストロは手元の手配書に視線を落とした。そこにはカペラともう一人、お尋ね者の顔が描かれていた。
(こいつが……あのおかっぱのガキがそうだって言うのか?)
見かけも、そして雰囲気も子供そのもの。カペラ達の周りをうろちょろする時点で怪しいが、脅威も感じ取れない。グランが戦えば千どころか万回戦っても傷1つ負う事ないほど完勝するように思える。しかしながら、ありえない、と断じれるかと言えば、答えはNOだった。
「それは子供……? その子ももしかしてヤバい感じ?」
「……かもな。だがこいつは正体不明だ」
「ふーん……なんか見た目はすごく悪い事しなさそうな顔してるのにね」
「人は見かけによらねえもんだ、超絶ぷりちーなオレ様が錬金術師の開祖だったりするだろ?」
「最強可愛いクラリスちゃんが最高の錬金術師だったりねっ☆」
「どこが最高だ。このへっぽこ錬金術師め」
ひどいっ! とショックを受けるクラリスを放置して、カリオストロは再び広場を監視し始める。しかし肝心の襲撃は、彼女らの努力をあざ笑うかのように起こらない。
「それでね、グランときたらねっ──」
「うん」
「ルリアちゃんはそれで何て言ったと思う? そしたらさ──」
「へぇ」
「ラカムとか、カタリナさんとかももう驚いちゃって! だから──」
「あぁ」
「それで──……来ないね、魔女教」
「……」
待機し始めて既に四半刻は過ぎている。
直上に座していた太陽は傾きつつあり、間もなく街に朱が差す頃合い。
それまで立て続けに話題を投げかけていたクラリスも折れ、ぽつりと零してしまっていた。
警戒があだになったか? それとも今も虎視眈々と隙を狙っているのか? 待てども待てども現れない魔女教徒らに、二人の監視の目には自然と不安が宿っていた。
「ねえおししょー様……疑う訳じゃないけど」
「みなまで言うな。言いたいことは分かる」
カリオストロはため息をついた。
過去2回の王都への襲撃はほとんど同じ時間だった。
だから待ち構えたというのに、今回は時間を過ぎてもまだ事件は起きていない。
カペラを痛めつけたのが原因か?
大々的に警備を増やしたのが原因だろうか?
それとも──何か他の要因があるのだろうか?
「空振りかなぁ……」
「まだ決まった訳じゃない。そもそも空振りになるのは喜ばしい事だ。街への被害が起きないんだから」
「そっか……そうだよね。事件が起きないのはいいことだもんねっ☆」
持ち前の楽観さで途端に笑顔を見せるクラリス。それならどうせなら観光とかしちゃう? とおどけはじめたが、カリオストロはそれどころではなかった。
予測が大幅にズレる。それは死活問題だった。
この作戦は過去の死に戻りを元にしたものだ。
騙し討ちの申し子であるカペラ。彼女の襲撃タイミングが分からなければ、また後手後手の対応になってしまう。身内に犠牲者を出さないようにするのは、至難の業になるだろう。
(考えるにオレ様以外を狙いに行ったか。だとすればエミリアやスバルが……クソッ、もう少し戦力を屋敷に送るべきだったか? いや駄目だ。街の被害を極力少なくするには、この配置が最適だった……!)
不安がよぎる。
スバルや、エミリアは無事だろうか?
屋敷は襲われていないだろうか?
もしもアイツが大挙して屋敷を襲っていたら──
(いや、エミリアに任せると言ったんだ! オレ様はオレ様で自分の事に集中するんだ。今何が出来る? 何をすればいい? 頭を廻すのは得意だろ天才錬金術師サマよ!)
駆けつけたい気持ちをぐっとこらえ、再び市井に目を通すカリオストロ。
しかし周りを、それこそ穴が開くほど観察したところで平和なのは変わらないまま。
流石に今日は来ないのだろうか。諦念が心をなみなみと満たしつつあった──その時だった。
「!」
「笛……ってもしかして!」
警笛。それは異常事態を知らせる警告。
雑踏の音に交じって、かすかに聞こえた笛の音。
それが聞き間違いでないことは、お互いの顔を見れば良く分かった。
とうとう襲撃が始まったのだ。
二人はほとんど同時に駆け出していた。
「東地区の方だ!」
「東……グランがいる方だよね!? よりにもよってグランを襲撃するなんてっ!」
普段なら同意するように軽口を飛ばしていたが、到底その気にはなれなかった。
末路を知っている。ただそれだけで不安になってしまう。だが同時に「グランが相手取るなら」という安心感もあり、その2つが綯い交ぜになってなんとも複雑な気分だった。
「あわわ、ししょーっ!
「派手にやってるようだな、急ぐぞクラリス!」
東へ急げば、程なくして平和な街に相応しからぬ重低音が届いた。
大きな爆発だ。立ち並ぶ住居の奥で土煙がもうもうと立ち上っているのが見える。
ただならぬ戦闘音に二人の足は否応なく速まる。すると、程なくしてカリオストロ達の眼前に飛び出すのは
牙を剥き、明らかに理性を失ったそれは、二人を見ると遮二無二に飛びかかってきた。
「クラリス、最初に言ったが住民が化けられている可能性がある!」
「ソレは聞いてるけどこの子はどっちなのー!?」
「コイツは……ただの魔獣だ!」
クラリスが叫び返した時には終わっていた。
地面から生えた槍は魔獣を空中に縫い留め、その息の根を一撃で止めていた。
「見分け方はっ?!」
「初手で攻撃してきたら魔獣! オロオロしてたら元住民!」
「ら、ラジャーッ!」
カリオストロが先導する形で走っていく。
行き先は襲撃の起点。連鎖的な小爆発がしきりに起きているその場所だ。
自らの勘はそこに事件の鍵があると訴えていた。
「カリオストロ様!」
「無事か!?」
「なんとか……ですがこの程度であれば、我々の敵ではありません!」
当然、途中で魔獣相手に戦闘する兵士の姿も見受けられたが、駐留していた兵士達は不意の襲撃にも隊列を崩さず対処出来ているようだ。三人一組で魔獣と対峙し、危なげなく勝利を収めている。
準備した甲斐合ってか兵士達含め被害は軽微。
魔獣退治も順調に進み、加えて魔女教徒と思しき人物の捕縛も行われているようだ。
以前見た地獄絵図が回避出来たことに心の中で安堵する一方で、カリオストロの中で違和感だけがむくむく膨れ上がる。
「──違う」
「え?」
「想定と違う。魔獣の全体数が少ないのは納得出来る。けど
「それって……どういう事?」
「住民を化け物に変えてしまう力を持つのは黒幕だけ。つまり、ここにはソイツが居ないって事だ」
「!」
やはり、筋書きが変わっている。
心の片隅を占めていた嫌な予感が現実となろうとしていた。
「もしかして屋敷の方に……!? すぐに戻らなきゃ!」
「可能性は高いだろうな……だがまずは王都を優先だ」
「でもグランが此処にいるなら……!」
「駄目だ」
本音を言えば自分もすぐに向かいたい。
しかし今向かえば、それこそ敵の思う壺かもしれない以上、カリオストロは動けなかった。
(他人を苦しめるのに余念のないアイツの事だ。ここぞという所で一番嫌がることをしてくる筈。ならばこそエミリア達を襲う可能性は高いが──)
釈然としないのはアイツがいない状態でカペラが王都襲撃を始めた事だ。
こちらの待ち伏せを見越しているなら、そもそも襲撃を起こさない方が断然有利になれる筈。なのに、今の奴らは悪戯に戦力を消費している。そんなように思えた。
(こっちは陽動のつもりか? それともカペラは重症で動けない? まさかカペラ抜きで王都を攻め落とす事が出来ると本当に思っているのか──?)
よぎる。手配書に描かれた不気味な子供の姿が。
あの子がこれからグランを殺し尽くすとでも言うのか?
それともルリアが暴走する何かを、そいつは隠し玉として持ち得ているのか?
暗中模索。五里霧中。思考の海に没頭していたカリオストロだったが、不意に現実へと引き戻されてしまう。
視線の先には、空。
快晴だった筈の王都は気付けば暗雲が立ち込めていた。
「──」
「え……? 何……?」
空中の雲をかき集めたと言わんばかりに分厚く成長したソレは、堰を切ったかのように大雨と暴風を吹き荒らし始める。
自然と歩みを止めていた二人は、その空模様に釘付けになってしまう。兵士達も、そして王都の住人全員が一様に空を見上げていた事だろう。何もいない筈の空間に、何かが出現しようとしているのだから。
二人の髪や服がバタバタとたなびき、強かに叩かれたと錯覚する程の風量に思わず顔を覆う。そして、耳をつんざく雷鳴がけたたましく鳴り響いたと思えば──それは、顕現していた。
「──ティアマト!」
街中の人々が目撃した。
街を見下ろす程の巨大な、美しい3つの龍を。
そして龍の背に悠々と跨る美しき女人を。
女は苦しむように顔を歪めており、両手で頭を抑え悲鳴にも聞こえるような強風を垂れ流しているようだった。
「嘘、コロッサスも……リヴァイアサンまで!」
次々と星晶獣達が顕現していく。
比較するのがおこがましい程巨大な全身甲冑の
体のあちこちから蒸気を至る所から噴き出し、馬鹿げたほど巨大な大剣をぶら下げたソレは、怒りに満ちた駆動音を響かせている。
これまた見上げる程巨大で、どこまでも長い全容を誇る青き龍。
街の上空でとぐろを巻いて浮かぶそれは、嘆きの咆哮をあげ、一帯に洪水と見まがうほどの大雨を降らせ始めている。
球根のように肥大した巨大なドレスを纏った美巨人。
彼女は両手で胸を抑えて悶え、抑えきれぬ衝動が大地を揺らし続けている。
神々しく光り輝く四本腕の戦乙女。槍、斧、杖、剣を携えたそれは、周りに4つの光を衛星のように飛ばし、憎々しげに一角を睨んでいる。
おどろおどろしい幽霊船と同化した、ヴェールを下げた黒き未亡人。
怨嗟満ちる船の軋みを周りに木霊させ、憎悪の余り一帯の生気を吸い取らんとしている。
星の民に作られた生体兵器。
島一つを容易に滅ぼす彼らが、王都に集合していた。
かつてグラン達が戦い、鎮め、そして仲間として共に過ごした召喚獣は、ありとあらゆる負の感情に囚われ、理性を失っていた。
「様子が……それにどうしていっぺんにあの子達が!」
「ッ!」
「って師匠!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
気付けば脳が走れと命じていた。
心臓が今までになく早鐘を打っている。
確かめなければいけない。
グランを助けにいかなければいけない。
何度となく苦渋を飲み、ようやくここまでたどり着いたのだ。
もう二度と身内を失わせない。二度とグラン達を失わせない!
手の届く範囲でそれを許しては、
(……お前はそこまでの男じゃないだろ? どんな窮地だって切り抜けてきた。オレ様が認めた、唯一隣を歩ける男なんだ。こんな所で死ぬタマじゃねえ。ルリアも、ビィだってそうだ。どんな逆境だって、グランは不可能を可能にしてきた! オレ様が一緒に居れば猶更だ! だから、だから頼むよ。オレ様のらしくない考えを打ち消してくれ。予想を飛び越えてくれよ──グラン!)
走る。
走る。走る。
走る。走る。走る。
石畳を走る。角を曲がる。
脚がつんのめりそうになっても。
肺が悲鳴を上げても。走っていく。
走り、走り。走り──そして辿り着く。
辿り着いて、しまう。
「ルリア!」
「──────………」
ルリアは、そこに居た。
ハイライトを無くした目で。
糸の切れたマリオネットのように座り込み。
視線の先にある何かをぼうっと眺めている。
元は立派な家が建っていたであろうその場所は、一面が更地になっていた。
焼け焦げた跡、鋭利に切り裂かれた煉瓦。穿たれた地面。至る所に突き立った矢の数々。戦争でも起きたのかと見まがうほどだった。
「相棒、目を、目を覚ましてくれよぅ……なぁ、相棒……っ! こんな、こんな所じゃオレ達の旅は終わらねえだろ……相棒ぅ……! うぇ、うええぇえぇぇ……っ!」
ビィが。あの小さなドラゴンが。
普段の強気な様子も殴り捨てて、それにすがりついていた。
瓦礫に身を預け、空虚を見つめるのは見覚えのありすぎる顔。
自身が唯一認めた、懸想にも近い程信頼する相棒。
「グ、ラン……嘘、ですよね……グラン……?」
グランが、胸に剣を突き立てられて倒れていた。
──また、救えなかったのか。
カリオストロは、全身から力が抜けていくのを感じた。
ユリウスファンの皆様、なんかコレジャナイってなったらごめんなさい…
スバル「え? グランってユリウスより若いのか!?」←17歳
ユリウス「見れば分かるじゃないか、彼はまだ子供だよ」←21歳
グラン「あはは、おっしゃる通り若輩者で、経験が足りてないや」←15歳
ラインハルト「僕も同じさグラン。もっと修行しないと」←19歳