か、カケタヨー
2022/6/6
大変申し訳ありません。構成に問題があったため、
59話~61話を一部書き直ししております。
60話:区切り部分を調整。
「えっと……ここに来ればいいんだっけ」
都を囲む、すっごく巨大な石壁。四方に作られた巨大な門戸が今日も元気に大口を開けて人々の行き来を受け止めてる。
でも事前に聞いていた通り、いつも以上に物々しい感じもしていた。
お仲間によると、今日に限ってやけに兵士たちの警戒が強いみたい。積み荷検査が問答無用で行われるということで、予定通りに仕込みをするのが難しいって呟いてた。
事前に仕込めた分もあるらしいけど、それでは計画通りには到底ならないんだって。
なんか仕方なさそうな気がするんだけど、真摯に報告したら、その人はカペラにずたずたに引き裂かれちゃった。決してその人のせいじゃないのに、本当に可哀想だと思う。
(まあでも、あの日からカペラはず~っとごきげん斜めだったもんね……)
やる気なさそうに出かけたとおもったら、帰って来たときには体の半分が
聞けばカリオストロ、っていう子にやられちゃったらしい。
いつもなら変身すればすぐ元通りなのに、体半分を金そのものにされてしまったせいでうまく変身出来なくなっちゃったとか。可哀想。でも金ピカカペラもなんとなく似合っていて笑えちゃうのは秘密。……我慢できずに笑ってしまって
それにしても『カリオストロ』、あぁ『カリオストロ』。その名には覚えがある!
今、私とカペラの中で最もホットな存在『ナツキスバル』君に教えて貰った名前だ! 友達かな? それとも恋人? 今一つ立ち位置は分からないけど、その子がカペラをあんな姿にさせたと聞いて、興味津津だ。
人は見かけによらないものだね。見た目幼女のカリオストロ然り、変身出来るカペラ然り、そしてこ~んな、しち面倒くさい事をしている『私達』然り。
「──ほら手荷物はソレで全部か? 洗いざらい出せよ」
「おいおい! なんだってんだ一体! 別に危ないものなんてもってねえよ!」
「いいから出すんだ。今日は抜き打ちの軍事訓練なんだよ、ツいてなかったな…………うん、よし。通っていいぞ。じゃあ次」
「……ん」
列を為す旅人や商人達の中に紛れて順番を待てば、ようやく自分の番。
この日のために持ち物はナイフ一本と干し肉だけの見た目も中身も旅人コーデだ。外見が子供なのはマイナスかもしれないけど、顔パスで通れるの間違いなし。
「坊やは旅人かい? お父さんやお母さんはいないのかな?」
「……いない。一人」
「そうか、なら手荷物を……」
「おい……ソイツは」「え? ……! 坊や、ちょっとこっちに来てくれるかな?」
「……ん?」
……と思ったら目を付けられて。あれよあれよと連行されてしまった。
あれ? この流れは初めてだ。前はこの手で上手くいったっていうのに……本当、予想外ばっかりで面白い。せっかくだし、私は大人しく兵士達についていくことにした。
(手配書まで出来てる……これももしかしたらナツキスバル君……いや、カリオストロのせいなのかな?)
目下、私が怪しんでいるのはその二人。
はたして彼が起点なのか、彼女が起点なのか。どちらにせよ私は二人に夢中だ。叶うのであればもう一度二人きりになってみたいと思うくらいには。
「この子供が本当に?」
「いや、しかし手配書そっくりだしな……」
(……問答無用で殺されないあたり、まだ怪しい止まりみたい)
元はと言えば誤解されて始まったカペラ達との関係だ。
お前も『末席』に名を連ねているのなら働け、と言われたけど、『末席』に入った覚えは全然ない。ただ宿と飯代のために働いていると言ってもいいし、なんだったらもう働きすぎる程働いている。
「よし……坊主。ちょっとここで待っていろ」
「……ん」
「手荷物は預かっておくからな。暴れたりしたら分かっているだろうな」
「……ん」
「……なんだかなぁ」
気が付けば私は兵士さん達のお部屋……詰所っていうのかな? そこに居た。周りを囲うは物珍しそうにコチラを見る兵士達。
用意された椅子に座りながら、わざわざ差し出してくれたお水をこくりとひと飲み。美味しい。というか目下容疑者なのに出してくれる辺り本当に優しい兵士さんだと思う。
……誰か呼びにいってるみたいだけど、誰を呼ぶのかな。
まさかカリオストロかな? 剣聖かな? それとも、取り逃がしたって言ってた
(でも真面目な話、剣聖だとしたら……ちょっと困るかも。まだ『攻略』出来てないんだよね)
そこまで考えて、体が急に重くなった気がした。
『攻略』、ね……どこまで遊び目線なのやら。本当は、こんな事に首を突っ込むべきじゃないって言うのに。
武器も立場も何もかも投げ捨てて。子供みたいにごめんなさいって泣き喚いて、もうしません。許してくださいって許しを請うべきじゃないのかな? まだ間に合う地点だろう? なら今がチャンスだ。もう今しかない。また罪を重ねるのか? また後悔したいのかな?
でも他ならぬ私は、思うだけでそれをしない。
私という存在はどこまでも腐っているんだろうか。
また幾つの安寧を踏みにじれば気が済むんだろうか。
こうやって後悔しながらも歩みを止めないあたり、きっと反省なんて何一つしていないんだろう? 全ては御しがたい『同居人』のせい? 本当に良い身分だよ、私は。
「手配書のおたずね人が?」
「はい、ユリウス様。こちらにその子が……あの、本当にそうなのかはわからないんですが、見た目はそっくりで」
毎度毎度の形だけの後悔をしていると、詰め所の奥から紫髪のイケメンが現れていた。
剣聖でもない、
──
「……ユリウスっていうんだ。初めまして」
「? あぁ、初めまして。ユリウス・ユークリウスだ。キミの名前を教えて欲しい」
「……私の名前はポルクス」
「ポルクスか。キミはどうしてここに呼ばれたかは分かっているかな?」
「……んっと……あっ」
「うわっ、と、大丈夫かい」
私の手が机の上にあったコップに当たり、中身を零してしまう。
お陰でお腹から下はべっとべと。見ていた兵士さんが思わずタオルのようなものを持ってきてくれたので、借りるついでにその
「──え?」
「ッ」
そして私は、そのままユリウスに斬りかかった。
§ § §
ユリウスにとって、主人であるアナスタシアは非常に好ましい人物だ。
外見や人柄もそうだが、特に惹かれているのは思想や考え方だ。
鳶目兎耳の持ち主で、時に大胆不敵、されど質実剛健。
優位に立つためであれば小石を積む事すら厭わず、周りから『小銭漁り』と揶揄されようが、目標へ一直線に向き合うアナスタシアは、人として尊重こそすれど、批判など出来る筈もなかった。
そんな彼女が下す命令はどれもが理路整然で簡潔明瞭だ。無駄がなく、博打に走らず。狡猾ではあるが悪辣ではない。商人らしい「利」を優先する考え方と言ってもいい。
お陰様で、命令に意見を投げかけることはあっても、異議を唱えた事は仕えてから一度もなかった。
彼女の命なら疑念を抱く事なく、ただ一振りの剣として在れるだろう。
二人の間に確かな信頼関係が築かれようとしていた、そんな矢先のことだった。
『みんな、よ~~~く聞いてや。明後日、ウチからの王都への流通は1日だけ止めるで』
ユリウスは初めて彼女の命令に眉をひそめた。
曰く、魔女教が暗躍中だとか。
同じく王選候補であるエミリア様を狙っているとか。
リカード達『鉄の牙』を魔女教徒達が襲ったとか。
それをエミリア様の所の食客と剣聖が止めたとか。
これから王都で、魔女教の第二の襲撃があるとか。
らしからぬ命だと思った。
聞けば聞くほど納得出来そうになかった。
『アナスタシア様……どうして魔女教がその日に来ると? 本人が予告でもしたのでしょうか?』
『それがなぁ……なんとも言えへんのやけど』
その情報源が、エミリア様にいる食客だとか。
そしてよりにもよって、情報源が未来予知によるものだとか。
(……率直に言って胡散臭すぎる。普段のアナスタシア様なら絶対に頷く筈もないのに)
言葉を濁したという事は、予知を認めた訳ではないという事。恐らくは頷かざるを得ない理由があるのだろう。
タチが悪いことにリカードは身内を殺されて、すっかり案に乗り気だ。無論自分も味方がやられて憤る気持ちはあるが、本腰になるほど傾倒は出来なかった。
降って湧いた魔女教騒ぎといい。
怪しげな予言といい。
計画の根幹を担うカリオストロといい。
カリオストロが太鼓判を押すグラン達といい。
どうにもキナ臭さしか覚えない。
いっそ仕組まれていると考えた方がすっきりする程だ。
──そして。
「手配書のおたずね人が?」
「はい、ユリウス様。こちらにその子が……あの、本当にそうなのかはわからないんですが、見た目はそっくりで」
(この子も魔女教だというのか……? しかし……)
『人は見かけで判断すると痛い目に合う』
教訓こそあるが、実感を覚えるかと言えば、それはまた別だろう。
感情のない無の表情、糸目、おかっぱ頭と確かに手配書通りだ。
装いは旅人のようだが、体格といい、ぶかぶかのマントや上着といい、どうにも着慣れていない感じが強い。どちらかといえば貴族の子供がお忍びで抜け出してみた、と言った方が納得出来る。
取調室まで来て力を抜いてリラックスしてる姿を見ると、そのぼんやりとした雰囲気と相まってどうにも気が抜けてしまう。
「どう思いますか?」
我慢できずに問いかけてきた兵士に、ユリウスは肯定も否定もしなかった。
「……何とも言えないね。偶然似た子供を見つけたか、そもそもが手違いか」
「自分は手違いだと思いますがね……あんな子供が何が出来るって言うんですか」
「しかし、とても落ち着いているじゃないか」
「鈍感か大物なだけですよ」
答えはしなかったが、その通りだ、と内心で頷いていた。
(……やはり、アナスタシア様に意見具申をしよう。今回の件はエミリア様の陣営、あるいは他陣営の妨害工作の可能性があると)
ユリウスはぼーっとしている子供の目の前に座り込むと、一応の質問をし始めた。
「……」
「私はユリウス・ユークリウス。キミの名前を教えて欲」
──直後、視界一杯に子供の顔が広がったと思えば、
指で目を潰されたのだ、と考えつくより先にユリウスは右手を伸ばしたが、その手は何も掴めない。背後に回った気配に対し振り返りざまに蹴りを見舞おうとしたが、それすらも空を切るだけだった。
切り取られた視界の中でユリウスが見たのは突然の凶行に反応出来なかった兵士から、あっという間に腰の剣を奪った子供の姿だった。そして流れるように抜刀すると一人の兵士が喉を貫かれて絶命した。
「全員離れろ! 距離を取るんだ!」
密集した詰め所の中では剣もろくに抜けない! 左目に熱を感じながらユリウスが叫ぶ。
兵士も伊達に訓練をしてはいない、動揺はさておき考えるよりも先に子供から距離を取れば、代わりにユリウスが前に躍り出る。
握りしめられた直剣は一直線で子供へと猛追。が、子供はそれすらも予期していたのか、軽業師のようにくるりと飛んで躱す。そして机の上を飛び越し、そのついでと言わんばかりに机上の無骨なナイフを器用に手に取り、ユリウスを無視して兵士達に斬りかかっていった。
兵士達も懸命に応戦していったが、身長にしては大振りなナイフを、まるで体の一部のように巧みに使う技量に手も足も出ていない。彼我の身長差すらも逆手に取り、変則的な動きを混ぜて関節や、首、その利き手を流れ作業のように斬りつけ、倒していく。一矢報いるどころか髪先に触れる事すら叶わない。
(あれほど見た目で判断するなと考えておいて……! 情けない!)
ユリウスは微精霊を剣にまとわせると傍若無人に暴れまわる敵へと一瞬で肉薄していった。
背後からの攻撃。しかしながら背中に目でもついているのか、相手は余裕を持って避けると、返す刀でこちらの首をはつろうとしてくる。
咄嗟に剣先を跳ねさせて防御に回せば、ナイフは1体の生き物のように軌道を変え、今度は腹部を貫かんとする始末! 反射的に手を差し、左手を犠牲にすることで致命傷を回避することは出来た。そのお返しの膝蹴りは清々しい程の不発、自分から後ろに飛んでソレを回避する抜け目のなさを見せつけられ、舌を巻いてしまう。
「ユリウス様!」
「近寄るな! 自分の事はいい、皆は早く、室外へ!」
この子は剣士なのか? いや、剣士とは到底呼べないだろう。
この子の動きは知りうる限りのどんな剣術の型にも当てはまらない。いや、そもそもが体系化された動きではないのだ。
そして何よりも恐ろしいのは──手の内が全て読まれているのか攻撃が全く当たらない事だった。
(心を読んでいるのか……!? フェイントのことごとくが空を切る……! ぐっ!)
幾重にもかけたフェイントがあっさりと読まれ、その代償として体にひとつ傷が刻まれる。
こちらが開けた場所に出るのを好ましく思っていないのだろう、外に出ようとすればそれを防ぐように立ち回り、詰所の内側に押し込んでくるのがいやらしい。
上下左右関係ない、壁すら使った多角的な攻め。予測不能回避困難な連撃にユリウスは防戦一方だった。
(私の手の内も知っていると考えた方がいいか……だが、やられているばかりだと思うなよ!)
兵士達が詰所から退避し終えた直後、ユリウスは相手から距離を取り、そして自身に宿るマナを全開にした。
「もう疑いようもない。キミは倒すべき敵だ。──全力で行かせてもらう」
誘蛾灯のようにユリウスの周りに赤、青、緑、茶、黄、紫の美しい光が集まっている。
子供へと真っ直ぐ向けられた美しい剣に光が吸い込まれていけば、6色が混ざり合い、眩いばかりの極光が溢れ出した。
室内を明るく照らすその剣は、見た目の美しさと裏腹に触れたものなら魂でさえも消し飛ばす、極悪の切れ味を誇る。
『アル・クラリスタ』
全属性の準精霊と契約を交わしたユリウスだからこそ可能とする、六属性を包括した魔法の極致が、ここに顕現していた。
「──シッ」
振り下ろす。光の残滓を残したその攻撃は間合い以上に剣先が伸び、軌跡の先にある椅子と机を消し飛ばした。
相手も危なげなく避けたようだが、すぐに慌てて右に転がった。直後、先程まで居た場所を極光が抉り取っていった。
これは虹の暴虐だ。振るう度、振るう度に空間が削り取られていく。
当たれば即死、受けても即死の死の舞踏。さしもの相手も回避に注力せざるを得ないようだ。
だが相手も諦めていない。機を見計らった弾丸のような突貫で肉薄してくる。それはユリウスをして称賛するタイミングと言えた。
「!」
「甘い」
ただし本気となったユリウスに隙はない。本人を発生源として不意に突風が吹き荒れ、相手は元居た位置に戻されてしまう。契約した風の微精霊の仕業だった。
得難いチャンス。着地直後の相手にユリウスの神速の剣が振るわれる。
その光景をスバルが見たとすれば、まるでSF映画だとはしゃいでいたかもしれない。虹色の三日月が十重二十重に重なり、進路上の何もかもを吹き飛ばし、切り刻み、消滅させていく!
「はアァァアッ!!!」
詰所が大きく揺れた。棚も机も、椅子も、そして壁すらも食らいつくす、脅威の攻撃。
初めて見る『最優』の騎士の本気に、見守っていた兵士達のどよめきの声が漏れる。それほどまでの一撃なのに──
(これすらも回避するのか……!)
それだけ圧倒的な力を前にしても相手は健在だった。
予定調和だと言わんばかりに天井にナイフを突き立てて即死の波を避ければ、降りざまにユリウスの首を跳ね飛ばそうと試みる! ユリウスは
「はァッ!」
重ね掛けの
威力は低いが目くらましになれば重畳。そう願ったが第六感に従って首を傾げた直後、土煙を破って顔のすぐ右隣に直剣が突き立つ。
相手は正確にコチラの位置を把握している! 驚愕した途端、風切り音と共に利き腕に激痛が走った。奴のナイフが深々と肉を抉ったのだ。
「ぐっ……!」
ユリウスは剣を水平に立て、回転するようにして横に薙いだ。もうもうと立ち込めていた土煙が一瞬で払われ。傍目に見守っていた兵士達が気付いた時には、詰所の全周囲に深い傷が横一列に刻まれていた。その場に居れば、真っ二つにされているであろう死神の鎌だ。
しかしそんな即死の一撃も子供にとっては無風に等しい。苦々しい顔をするユリウスの前にこてん、と無表情のまま首を傾げた子供は、手元でナイフを弄んだかと思えば、また1つの風となって襲い掛かってきたのだ。
「ユリウス様!? 我々も応援を──!」
「駄目だ、君たちでは……グランだ、グランを呼んでくれ!」
コイツは兵士達には手に余る。むしろ自分ですらも太刀打ち出来る気がしない。倒せるとすれば、それは自分より更なる技量を持つグランしかいないだろう。
グランが武術や経験を経て最適化された極限の剣士に対して、この子供は
理不尽なまでに裏をかかれ続け、ユリウスの表情は更に厳しいものになっていく。
一太刀振るうごとに傷が増える。
腕も、足も、顔も、腹も。急所を守った分、それ以外が傷だらけになっていく。
塞がれた視界が隙となり、また傷が増えれば増えるほど動きも鈍くなり、それがまた相手にとって付け入る隙となる。
経験と第六感のお陰で死を免れているが、このままでは遠からず死ぬ事になる。
ならばこそ相手の意表をつく、まさしく起死回生一手が必要だった。
(攻撃すれば当たらない。そして室内では大規模な魔法も使えない。増援が来るまで待つか? いや、このままでは自分が持たない……! ならどうする? どうすればいい? 考えろ、ユリウス・ユークリウス! 考えろ!)
目にも止まらぬユリウスの渾身の刺突。精霊の力を借り、見た目以上の長射程を持つようになったその剣は初見では回避不可能。しかしながらそんな会心の一撃さえ髪に触れることすら能わない。
するりするりと、実体を持たぬかのようにすり抜けたと思えば瞬く間に眼前にナイフが迫る。
咄嗟に身をよじって回避し、長い足をムチのようにして蹴り飛ばそうとするが一切の抵抗も帰ってこない。逆に強烈なほどのプレッシャーを背中に感じた直後、背中に激痛が走った。
「ぐっ、こ、のぉっ!」
振り返り様の一撃は、風切り音を空しくかき鳴らすだけ。やはり駄目だ。どんなに速い攻撃も当たらず、こちらの傷は増えていく一方。
全身から流れる血の量は増加の一途。まともに動ける時間は最早数える程しかないだろう。
──何とか、ならないのか。
気を抜けば倒れてしまいそうな痛みが全身を支配する中、ユリウスは必死に頭を巡らせ……ふと、閃く。それは自棄っぱちとも言える策。しかし死路しか見えない今では、最早コレ以外の道はないと思えた。
(正気の沙汰ではない……だが、やってみる価値はある!)
落ちそうになる
それは隙の少ない、突きに絞った型だった。
今まで以上の気迫を剣に載せて、じり、と間合いを詰める。
差し違える程の覚悟をもって挑んでも、興味がないと表情すら変えない子供。
とん、とんっと地面を軽く踏みしめれば、あっという間に死線に飛び込んできた。
ユリウスはここに来て急所ではなく利き手や足を狙った攻撃にシフトし始めた。狙いすました一撃は当然空を切るが、当たらないと知っていれば予想は立てられる。続けて二撃、三撃と、流れるように剣を滑らせ、光の軌跡だけがその場に残る。極剣はどこかに触れればそこが致命傷となる。なればこそ手数を増やしていけばいい。
突き。袈裟斬り。逆一文字。右薙ぎ。唐竹。逆風。胴斬。左一文字。三日月。五月雨。最小の動きを、最小の体力で。ノータイムで繰り出す終わらぬ斬撃。
虹の残滓が舞う幻想的な光景。
しかして巻き込まれれば命を散らす、死の
嵐のような即死攻撃の前に、やはり子供は五体満足。しかしながら避けきれなかったのだろうか、マントやむき出しの膝や腕に薄っすらと傷が出来ているのを見て、ユリウスは勝機を見出した。予知が完全ではない? いや、予測は追い付いても体が追い付いていないのだ。
奴の限界を見た気がした。予測を上回る速度の攻撃を浴びせ続ければ、きっと届く。届くはずだ……なのに!
(私は最早燃えさしの蠟燭だ。この瞬間最大風速がどこまで持つか……ッ、しまった!?)
ユリウスは戦闘の余波で崩れた床に足元を取られてしまう。意思に反して
精霊の剣が床に深々と傷跡を残すが、やはりというべきか攻撃が当たることはない。それどころか潰れた目の死角に潜り込んだ子供は、その着地点で待ち構えていた。
「────ッ!!」
腹部が燃えるように熱くなった。
ナイフが深々と自分の腹に突き刺さっているのが、よく見えた。
恐れていた致命傷。恐らくは臓腑のいくつかが負傷したのだろう。逆流した血液が口元いっぱいに充満し、全身から力が抜けそうになる。
──しかし、それでも尚ユリウスは
そうだ。
「見事、だよ。しかし、これこそが私の勝ち筋だ……!」
「……」
それは相手からすれば負け惜しみにしか聞こえないだろう。
だがすぐに驚くことだろう。
刺したナイフは腹部から抜けることはないのだから。
「いくら攻撃が当たらないといえど……当てた瞬間だけは止まる……!」
ユリウスは渾身の力で腹筋を締め、ナイフを固めていた。
そして、今この時こそがユリウスの起死回生のチャンスだった。
これから試すのはユリウス・ユークリウスの最初で最後の大技だ。未熟故に習熟することが出来なかった彼独自の虹の精霊術、その秘中の秘。それを命を賭けて為すことで初めてユリウスは手応えを感じていた。
剣に集まっていた光が全身を覆う。心臓を中心として頭部両手、両足に至るまでをマナを高速で廻らせ暴走させる。イア。クア。アロ。イク。イン。ネス。契約を交わした微精霊達も自ら体内に吸い込まれてゆき、その一助をしてくれているのが分かる。
碌な活躍をさせてやれず済まない。だが、今一度力を貸してくれ──願いは力に。精霊達が一つまた一つ自らと同化し、その力の源となってくれる。
時間にして1秒にも満たない一瞬。しかしその刹那で術は完成していた。
行使する直前、脳裏にリカードやミミ達、そして弟とアナスタシアの姿が掠めたが、それすらも振り払って、ユリウスはマナを解き放っていた。
「これが私の、最期の一撃だ。私と共に逝こう──!」
『アル・クランヴェル』
体内に凝縮された光が全身を貫いて迸り、全方位に向けられる殺意の波涛となって襲い掛かった。
身命を賭した必殺の一撃。これを受けて生きていられる訳がない──ユリウスは勝利を確信し、子供へと不敵に笑った。
しかし……ユリウスの笑みはソレ以上続かなかった。
子供もまた、笑っていたのだ。
その細い目を薄っすらと開け、大口を開けて。
初めて見せた無以外の表情。それは明らかな嘲笑だった。
ソイツは、ユリウスだけに聞こえるように、こう告げた。
「
──直後。詰所は虹色の破壊が吹き荒れ、兵士達が見てる前で建物ごと崩壊した。
カペラさんはノリノリで愉悦するのも書いてて楽しいけど。
逆襲されるのも書いてて楽しいぞ。
パック「久しぶりに喋れたよ…最後に本編で喋ったの、いつ頃だろ……?」
カリオストロ「ざっとリアル時間で3年ぶりぐらいじゃねえか」
パック「そんなに」