また文体コロコロ代わってゴメンナサイ…
2022/6/6
大変申し訳ありません。構成に問題があったため、
59話~61話を一部書き直ししております。
61話:区切り部分を調整。
時は遡り同日早朝。ラインハルト邸。
エミリアはスバルが眠る寝室で椅子に座り込みながら窓の外を眺めていた。
エミリアの頭の中は王都の事件の事でいっぱいだった。
今頃みんなで魔女教退治に勤しんでいる事だろう。信頼するカリオストロが陣頭となり、ラインハルトやリカード、ユリウスといった強者達が駆逐する。
考えれば考える程安心する要素しかないし、カリオストロが居るならきっと上手くいく。そう頭は考えているのに……彼女の顔は物憂げな表情のままだった。
──落ち着かない。心がざわめいて仕方がない。
──どうして落ち着かないのだろう。
──魔女教の狙いが自分だから?
──王都がひどい事になってしまうから?
──ひょっとしたら誰かが倒れてしまうから?
──違う。そうじゃないわエミリア。
「私も、一緒に戦いたかったのね」
零れ落ちた呟きは部屋にゆっくりと溶けこみ、決して返答が帰ってくることはなかった。
無論スバルを守ると啖呵を切った手前、投げ出す事なんてしない。しないけれども……いざ彼らと別行動をして改めて自覚してしまった。
出来ることなら自分も王都に出向きたい。出向いて。皆と一緒に戦いたい。自分が原因だというのなら尚更だ。その原因が魔女教にあるとしても、他ならぬ自分の手で片を付けたい気持ちがエミリアにはあった。
(……思うに、カリオストロは過保護が過ぎるのよね)
出会った時も。出会ってからも。それはもうずっと世話焼きだ。ツンケンして素直ではないが、何度彼女にお小言を貰い、何度その手で助けられた事か。
短い期間だが、カリオストロをよく見ているエミリアには分かっていた。彼女はパンク寸前だ。このたった数日間で折れてしまってもおかしくない程、疲弊している。
スバルの未来を聞いたから? 多分違うと思う。理由が何なのかははっきりと分からないが、カリオストロは焦っているようにも思えた。もう失敗は出来ない、そう言わんばかりに。
だから……自分だって出来ることを伝えたい。気丈に振る舞うカリオストロに駆け寄り、支えてあげたいのに。
(私はそんなに頼りないの……? まだ隣に立つことも許されない……?)
そんな事はない……と思っているけれど、否定できる材料もなくて。エミリアは自分の胸元で手を握りしめていた。
「むにゃ……何を見ているのさ? リア」
膝の上で昼寝していたパックがふと呟いた。くぁ、と大きなあくびをしたパックに、エミリアは撫で心地の良い毛並みを指先で梳くことを再開する。
「そ、外の天気よ。ちょっと雲行きが怪しくなってきたなって」
慌てて誤魔化したが、エミリアの言う通り窓の外は薄雲が空を覆い隠そうとしていた。
午前中までは晴れていたのだが、もしかしたら雨が降るのかもしれない。
「そうだね。このままひと降り来てもおかしくなさそうだ。でも長くは続かない。精々通り雨ぐらいかな~」
「分かるの?」
「ボクを誰だと思っているんだいリア? 天下の大精霊様だよ」
ふよんと膝から飛び上がったパックが自信たっぷりに胸を張った。理屈はよく分からないが、パックの言う事なら間違いないだろう。
「雨時々晴れ。きっと天候は回復する。当たり前だけど僕たちが何もしなくても勝手にね」
「……?」
「リア。この世界を回してるのは一人じゃない。一人が欠けても他の誰かが回す……今回はリアの代わりにカリオストロ達がやることになった。ただソレだけ。別にキミが役に立たない訳じゃない」
近付いてきたパックがその小さな手で頬を撫でてくる。ふわふわと柔らかく、触り心地抜群の肉球がくすぐったかった。
「だからさ、気に病むのはやめようよ。リアはスバルを守るのがお仕事。そうでしょ?」
「……うん。ありがとうパック」
苦笑してしまう。やはりパックには見抜かれていたようだ。
そして改めて励まされると現金なもので、心中に小さな火が灯ったように感じてしまう。
きっと誰かに言って欲しかったんだろう。自分は役立たずではないってことを。
「──よしっ! あぃた……」
「うわ、痛そう……大丈夫?」
「う、うん……大丈夫っ、私……張り切っちゃうんだから!」
頬をぴしゃんとひと叩き。思い切り叩きすぎたせいで少し涙目になったが、その分気分もしゃっきりとした。
そうだ。自分には自分のやるべきことがある。カリオストロが何の心配もしないで済むように、私も頑張らねば。
思い立ったが吉日。エミリアは早速眠りこけているスバルに近づき、濡れタオルを取り替え始めた。そして寝汗をタオルで拭って掃除してあげた。
スバルは……相変わらず覚醒と気絶を繰り返しては現と虚を行き来している。
今でこそ眠りこけているが、今日も覚醒しては激しく叫び、疲れたら眠り、そしてうなされることを繰り返していた。
昨日は休む暇もなく暴れたせいか熱まで出てしまったようで。全身に汗を浮かべ疲弊しきって眠るスバルは、哀れで見るに耐えない。出来る事なら代わってあげたいとさえ思う。
「……貴方も戦っているのよね。頑張って。負けないでスバル。私がずっと傍についているから」
手を取り、握る。今の自分に出来ることはほとんどないかもしれない。
けれど小さな積み重ねが快癒への道だとエミリアは信じていた。
「スバルも果報者だね、リアに看病してもらえるなんてさ」
「もうパック。仕方ないでしょ? それに私はスバルの看病は好きよ。普段はすごーく意地っ張りだから、こうやって全部預けてくれると思うと……ね」
「……我が娘ながら、変な男に引っかからないか不安になってくる台詞だよ」
「む。スバルは別に変じゃないわよ。ちょっと、ちょ~っと変わってるだけ」
「それが変っていうんだけど……ん?」
不意に庇うようにしてパックが前に出た。
何事かとエミリアが視線を向けた先には寝室の扉。しかしながら扉の奥から誰かの足音が近寄っていた。急いでいる。そして軽い足音だった。
緊張が走る。一体誰が来るのかと身構えていれば、扉から顔を覗かせたのはロズワール家がメイド、ラムだ。珍しく焦っているようで、いつもはクールな彼女がその顔いっぱいに汗をかいて詰め寄ってきた。
「エミリア様、ノックもなく失礼致します……! 至急お伝えしたい事が……!」
「本当に失礼だね。小間使いの分際で礼儀の一つもこなせないなんて」
「パック! ……ごめんなさいラム。それでどうしたの?」
「この屋敷に、魔女教と思しき集団が襲撃を!」
「!」
まさか。とは思わなかった。
カリオストロは言っていた、『あいつらはきっとオレ様以外を突いてくるに違いない』と。狙いは身内である自分にラム、そして動けないスバルだろう。
そしてラムの報告とほぼ同時に屋敷内が騒がしくなる。
あちらこちらで怒号が上がり、破砕音、剣が打ち合わされる音が続けて届く。
パックと示し合わせるように頷きあう。
まずはスバルを逃さなければいけない。横たわるスバルを起こし、背負う形で連れ出そうとすればラムがそれを止めた。
「お待ち下さい、運ぶのは私が……! エミリア様はまずは階下へ! 竜車は待機させてあります。後ほど我々もそちらに向かいますのでどうかお先に」
「……」
「エミリア様?」
「ねえラム。その腕……」
「腕? 腕が一体どうしたというのでしょうか?」
「……何でもないわ。スバルは私が連れていく」
エミリアのラムに向ける態度はどこか余所余所しい。
視線を逸らし、先に部屋を出ようとすれば、ラムが通りを塞いだ。
「エミリア様、何度でも言いますが私にお任せください」
「私がカリオストロに任されたの。大丈夫よ、スバルくらい私だって背負えるわ」
「……っ! 貴方の身はもはや貴方だけのモノではありません。雑事は全て我々が引き受けますからどうか言うことを聞いてください!」
「……」
「
「パック」
直後、ラムの全身が凍結した。それどころか間髪入れずに雨あられと降り注いだ巨大なつららが全身に突き立ち、反対側の扉まで吹き飛ばしていった。
「……ねえパック。彼女は偽物よね?」
「偽物だよ。多分。というか確信持ったからボクに呼びかけたんだよね?」
「う、うん……でも、だけど声も形もラムそっくりだったから……自信ないかも。でもっ、腕に目印は巻いていなかったから……!」
実は、あらかじめエミリア達は偽物対策に目印を身に着けていた。
右腕の包帯。それこそが味方である証。
逆手に取られる可能性もあったが、今回は功を成したようだ。
「それに、スバルの事をバルスって言わなかったわ」
「じゃあ間違いないじゃにゃい? となると下で待機させてる竜車ってのもちょっと怪しいね」
「そうね。きっと罠だと思う。まずは本物のラム達と合流しないと──」
「──こ、ンのクズ肉共がァァぁぁぁ~~~~ッ!!!!!」
突如、瓦礫の中から氷漬けの肉体が飛び出して襲いかかってくる。ところどころ千切れかけた無惨なラムの姿。しかしエミリアとパックが同時に両手を翳せば、大量の氷の礫がその肉体を貫き、先程よりも細切れにした後、更に厳重に氷漬けにしてしまった。
「……間違いなく偽物ね」
「そのようだね。確かこれでも死なないらしいじゃない? 無視して逃げようよ。リア」
涼し気な顔でカペラを封じ込めると二人は先を急ぐ。階下と違って二階はまだ静かだ。恐らく奥まで侵攻出来ていないのだろう。
スバルを背負って廊下をひた走り、突き当りの階段を降りてゆけば騎士と思しき人物と目が合った。その騎士は「エミリア様!」と声を上げて近寄ってくるが、直後横合いから飛んできた鎖つき鉄球により視界外へと吹き飛ばされていった。
「エミリア様。ご無事ですか?」
「レム! 来てくれたのね!」
それを成したのは青髪の少女。同じくロズワール家のメイドであるレムだった。彼女は右腕に包帯を巻いており、背中のスバルを見て安堵の笑みを見せた。
彼女を呼び寄せたのもまた作戦の一貫だった。つい先日手紙を送ったばかりだが、間一髪で間に合ったようだ。
「さっきの人はやっぱり……」
「そのようです。最初こそ困惑しましたが、目印のお陰でよく分かります」
「私もさっきラムの偽物に出会った所よ……ところで本物のラムはどうしたの?」
「姉さまは恐らく玄関かと。竜車を確保しにいったと思います」
「……不味いね。そっちには奴らが待ち構えている筈だ」
「では急ぎましょう。スバル君は私が!」
一行は玄関へと急いだ。
道中、騎士同士が戦い合う姿が見受けられる。傍目ではどちらが敵かが分からず混乱を誘うが、目印のお陰でどうにか見分けはついた。
レムとエミリアは手分けして味方を援護してゆく。如何に精鋭揃いのラインハルト家の騎士といえど、魔女教徒の奇襲によって当初の力を発揮できていないようだった。
そして玄関まで辿り着いた一行が見たのは、見る影もなく破壊された玄関と、屋外で広がる乱戦の光景だった。
折り重なって倒れる騎士達。そして散乱する竜車の残骸。立ち上る炎。
さながら戦場だ。一体どれほどの魔女教徒が襲撃を仕掛けてきたというのだろうか。
「姉さま!」「ラム!」
「──エミリア様! お気をつけください、正面に賊が!」
ラムを見つけた。転がった竜車の一つを背にして息をついていた彼女が警告すれば、直後エミリア達めがけて矢と炎が殺到した。
しかしパックが涼しげに氷の障壁で防ぎ、その数十倍の氷塊を敵めがけて飛ばせば、あっという間に鎮圧してしまった。
「酷いことになってるね。大丈夫?」
「ありがとうございます大精霊様……お陰様で窮地から脱することが出来ました」
全員が無事であることを確認し、ラムの表情から険が抜けた。
しかし喜びを分かち合う暇はない。未だ戦闘は継続中。形勢が有利なのかすら分からないのだ。
「カリオストロは敵の狙いは私達って言っていたわね……」
「なら、これで勢ぞろいだね。早くここから逃げようよ」
「駄目よパック。ここにはまだフェルトが居るわ。彼女も助けないと!」
「えぇ~……」
「大精霊様。エミリア様が正しいかと。ここで共同歩調を崩してはなりません」
一同はちらりと屋敷を見上げる。
未だ喧騒収まらぬ豪邸にまたも出戻りすることになるとは。パックは露骨に嫌がったが、他のメンバーも気分は重かった。
「スバル君を安全な所に移動しないといけません。この場の竜車はほぼ全て潰されてしまったようですが……幸い、私が使ったものなら少し離れた所に隠してあります」
「そう……ならレムはバルスを連れて竜車まで移動を。私はエミリア様とフェルト様をお迎えに行くわ。よろしいですか? エミリア様」
「えぇ、行きましょう。時間は待ってくれないわ……くれぐれも、えっと、変装に気をつけて!」
一行は二手に分かれ、お互いの使命を全うしようと動き出した。
§ § §
「ぅ……ぅぅ……」
「……スバル君、大丈夫ですよ。レムがついていますから」
ラインハルトの屋敷を離れ、隠してある竜車へと向かう二人。
未だ
エミリアから手紙を受け取ってから覚悟はしていた筈なのに……実際に見てしまうと、レムはやはりショックを受けてしまう。
しかし、レムはこの機会を絶好のチャンスだとも捉えていた。
あの魔獣騒ぎで助けられた大恩が返せるのだ。
命に代えても守り抜いてみせる──覚悟を胸に、レムは道を疾走する。
(それにしても……たった数日でこんな大変な事になってたなんて)
今回は一度では理解出来ない、複雑怪奇な事件だ。
魔女教とアナスタシア陣営の企みが、我々全員に大きな破滅を呼び起こす。
ぱっと見ではどう解決するかも分からないこの事件。そんな事件にカリオストロが積極的に動いてくれている事は、何ものにも変え難い安心感がそこにあった。
(だけど……どうしてこんなにも胸騒ぎがするんでしょう)
カリオストロは今やエミリア陣営に欠かせぬ司令塔だ。
徽章盗難事件も、魔獣騒ぎも。そのどちらも彼女の尽力なくては決して解決出来なかった。
それは陣営全員の共通見解で、レムも頷く不動の事実だった。
しかしながらスバルもまた、この陣営にとって欠かせない鍵だった。
カリオストロに比べれば、確かに力はないし知識も今ひとつかも知れないが、スバルの覚悟と度胸のお陰で救われたという場面は間違いなくあった。
比較するのはおこがましいことだが、レムの中ではスバルの方が比重を重く見てしまっていた。
だからこそ不安になった。
ここでスバルの力を借りれない事が、後にとんでもない事に繋がるのでは……と考えてしまって。
(……大丈夫。カリオストロ様もエミリア様も、一丸となって尽力して下さっている。ラインハルト様だっている。魔女教だって敵じゃない)
屋敷に近づく一団に胸騒ぎがして、数百メートルほど離れた森の中に咄嗟に竜車を隠したのは我ながら正解だった。
今やラインハルト邸は火花飛び散る鉄火場だ。
ラインハルト不在の今、集団で襲う魔女教徒達との徹底抗戦は避けるべきだ。
すぐに地竜を駆り、エミリア達を拾って脱出しなければいけない。
背中越しに大切な人の体温を感じながら疾走するレムだが──、
(そんな……!)
そこには最悪の事態が待ち受けていた。
隠していた竜車が5人ほどの魔女教徒と思しき人物に囲まれていたのだ。
竜車そのものは無事。
しかしその持ち主が誰なのかを探っている様子だった。
レムは強く歯噛みした。
(この急いでいる時に……! 奇襲すれば一人、いや二人はいけそうですが、それでも……!)
スバルを背負った状態では満足に戦う事も出来ない。
隠れてやり過ごせるだろうか?
いや、待つ時間はそもそもない。
この人数を相手取って自分はともかくスバルまで無傷でいられるか?
そんなの考えるまでもなくNOだ。
苦渋の選択を迫られるレム。
しかしながら選択の時はすぐそこに来ていた。
「──う、あっ……? あぁっ、ああぁぁぁぁ~~っ」
「っ?! す、スバル君ダメです! 暴れては!」
半覚醒状態だったスバルが目を覚ました途端暴れだしたのだ。
夢の中に居るスバルは背負われているという自覚もなく闇雲に逃げ出そうとしている。
レムは慌てた。
悪手中の悪手。奴らに見つかればどうなるか、なんて目に見えている! なだめながら逃走の準備に移ろうとするレム。そしてレムが考えた通り。代価は極上の悪意だった。
「っ!」
「あぅうぅっ!?」
まず、レム達が居た場所で火球が爆発した。
服の先を焦がす熱。
スバルと共に草むらからほうほうの体で飛び出せば、次に襲うのは剣だ。
無慈悲な刃は既にこちらを切り裂かんと振り下ろされている。
レムは咄嗟に鉄球を蹴り上げる。
跳ねた鉄球が剣先と衝突。軌道をずらすことに成功。
そして間髪入れずレムの長い脚が、襲撃者を吹き飛ばしていた。
たまらず広間に躍り出たレム。
逃げ道を探ろうと試みるが、すぐにそれが無駄な事を悟る。
もう、魔女教徒達に囲まれている──。
幽鬼にも思える生気のない表情。
しかし全員が剣を抜き、混じり気の無い殺意をレム達に向けていた。
レムは覚悟を決める。
背負っていたスバルをそっと地面に横たえ、持っていた鉄球を地面に落とした。
重厚な鎖の音と地面を揺らす鈍重な音。
周囲に風が引き寄せられる。
頭部には光り輝く角が生え、全身を前傾体勢に変えていく。
吐息は蒸気機関のように荒くなり、速く暴れだせと鼓動が高まる。
「うぁ、ぁ……」
「スバル君。少しだけ待っていてくださいね……レムが、すぐに片づけますから」
稚児のように呆けるスバルに微笑みかけると──レムは自ら戦いの火蓋を切った。
瞬き一つ分の時間で正面に構える騎士に肉薄。
反射的に振るわれた剣を紙一重で躱せば、掌底がその顎を打ち抜いていた。
手首に広がる骨が砕ける感触。
直後、レムの背筋を貫く強い殺気。
大きく左に飛べば、元居た空間を刺突が通り過ぎていた。
「っ」
冷や汗を流しながら着地。
すると左右から襲いかかってくる騎士達。
甲高い金属音と風切り音が耳朶を刺激する。
鎖を腕に巻き付け、レムは盾代わりに剣を弾く。
右、左、真正面と来て、左。足元。右、胴体。
紙一重の回避が続く。
避けても避けても終わりが見えず、反撃の暇も与えてくれない。
魔女教徒と言えば狂信者のイメージしかなかったが、なかなかに堂の入った連携だ。これにはレムも目を見張ってしまう。
ならばとレムは大地を蹴って目眩ましを狙う。
数名の兵士達が下がる。
しかしほとんど同時に別の兵士達が距離を詰めてきていた。
振り下ろされる剣。
レムはバク転してコレを回避。
剣が深々と大地に突き刺さった時にはレムは木立に垂直に着地していた。そして脚を
見上げる兵士達と目が合う。
既にレムは鉄球を振るっており、遅れて飛んできた鉄球が一人の剣を粉々に破壊する事に成功。
だけど、それだけだ。
着地の直後、背後に熱を感じ取ったと思えば、レムは業火に包まれてしまう──!
「──~~~~ッ! ハァッ、ハァッ……!」
展開した
左腕が代償として酷い火傷を負ったが、痛みに悶える暇はない。
翳した掌を兵士に向ける。
すると拳大の氷の礫が兵士達へと飛翔していった。
「魔女教……。魔女教……ッ! 魔女教……ッ!!!」
レムの目に狂気が混じり出す。
応じるように彼女の角が光を増し、威圧だけで騎士達がたじろいだ。
「今度こそ……今度こそ奪わせません。今度はレムが守るんです……!」
レムは鎖を手繰り寄せ、振り回し始める。
子供程の重さのある鉄球をまるで水風船のように廻せば、
重たげだった回転音はすぐに大気を揺るがす悲鳴へと変貌していた。
それは触れるモノ全てを粉砕する、無慈悲な鎌。
「お前達なんかにレムの大事な人を奪わせて──たまるかァッ!!!」
──周囲を震わす咆哮。
修羅となったレムが騎士達に躍りかかった。
まず剣を掲げた騎士の一人が、上半身を鎧ごと引き千切られた。
鬼族が誇る膂力と回転力が重なった一撃は、相手を容易に物言わぬ肉塊へと変えていた。
受けが通用しない事を悟り騎士達が距離を取ろうとするも、その瞬間、手から離れた鉄球が別の仲間を喰らっていた。
信じられないほどの衝撃音。
食らった騎士は爆散していた。
まるで魔法が込められているかのような馬鹿げた威力だった。
しかし魔女教徒達に動揺はない。
冷静に距離を取れば魔法攻撃にシフト。
間髪入れずに放たれる火球による集中攻撃。
レムの視界いっぱいに広がる灼熱の壁!
大ダメージは免れないそれを、レムは回転させた鎖を盾代わり防いでいく。
お返しの投擲は延長線上の樹を粉々に粉砕。騎士には当たらない。
反撃だと投擲後のレムに一人が斬りかかる。
しかしレムにはお見通しだった。
焼け爛れた掌が騎士の視界を覆ったと思えば、顔めがけて鋭利な礫が殺到。
たまらずたたらを踏んだ騎士は、背後から手元に戻ってきた鉄球でヘルメットごと頭蓋を破壊されてしまう。
血しぶきがレムの顔を染め上げていた。
憤怒の表情を浮かべ、その身に少なくないダメージを刻みながらも、
魔女教徒達を殺し尽くさんとするレムは、
まさしく一人の修羅であり、復讐者だった。
里の無念を。
家族との離別を。
姉への償いを。
そして自らの後悔を精算するため。
レムは舞う。舞う。舞う。舞う。
しかしながら一人を殺せばまた一人。一人を殺せばまた一人と、魔女教徒の数はまるで減っていかない。
彼女の周りをおびただしい程の死者で埋めても、それは変わらなかった。
ツンとする鉄の臭い。大地に塗りたくられた真紅。
まるで出来の悪いホラー映画のようだ。
寝転ぶスバルを庇うように立つレムも、夥しい数の傷を負いつつも、全身を血で染め上げていた。
「ふーッ……!! ふーッ……!!」
肩を怒らせて牙を剥くレム。
そして表情ひとつ変えず取り囲む魔女教徒達。
酷使した両腕はひとりでに痙攣し、全身からとめどなく汗が溢れている。
顔を濡らす血を拭い、荒れる吐息を収めようとしながら、レムは冷静に考えていた。
このままではジリ貧だ。
こちらは消耗してしまっているし、あらゆる面で不利なまま。
守るべき相手がいる。
四方を常に囲まれ続けている。
精神的な揺さぶりが効かない。
死をも厭わぬ攻撃を仕掛けてくる……など。
考えれば考えるほど不利な要因が炙り出されてしまい、彼女の顔から険しさは抜けない。
しかし気付いた点があった。
(コイツらはスバル君を狙おうとはしていない……? まるでスバル君そのものが狙いであるかのような……どうしてでしょう?)
スバルを背にして戦った時だけ、魔法攻撃が止むのがその証左だった。
考えるにスバルから発せられる魔女の臭いが仲間と思わせるのだろうか? ……だからといって彼らに渡すつもりなど毛頭ないが。
「まだやるか魔女教徒共ッ! 更に屍を積みたければ好きにするがいいッ! その全てを鉄球で、粉砕しつくしてやるッ!!!!」
大地を踏みつけ啖呵を切るレム。
じわりじわりと包囲網を縮めてきていた魔女教徒達が、ならばと互いの死線に飛び込もうとした──直後のことだった。
「っ!?」
「……」
遠くで何かが爆発した。
そして得体の知れない生物の
仰ぎ見た先にあるのは、一部が崩壊した屋敷。
そして崩壊した部分から黒い竜のような存在が、首をもたげて
神経を逆撫でする不協和音。
否が応でも注目をかっさらった音の主は、こちらに長い首を向け、次の瞬間屋敷を蹴ってこちらへと向かってきたではないか!
不確かだった存在が視界の中で大きくなっていく。
確かにそれは黒竜だった。
しかしレムが思い描く黒竜とは大きく乖離していた。
ツタのように絡みついた脈打つ血管。
至る所から突き出た金色の結晶。
どこが目で、鼻で口なのかすら分からない潰された顔面。
『なあああぁぁあぁぁにをやっていやがってるんですかぁぁぁぁぁあ~~~~~ッ!!!! こんなところで道草食ッてる場合じゃねえでしょうがぁぁあぁぁっ!!!!』
生き物と評するのもおこがましい、酷く冒涜的な存在がそこに居た。
耳を塞ぎたくなる程の不快な雄叫び。
人間ではおおよそ出せない、しかしてドラゴンとも思えぬ声をかき鳴らす乱入者は、包囲網の一部を巻き込んで着地した。
魔女教徒達が声も挙げずにグシャグシャに轢き潰されていく。
騎士どころか木々すら破壊してようやく立ち止まったその存在は、スバルを庇うようにして立つレムを
『あー、いたいた。いたじゃねえですかァ! こんなクソどうでもいいゴミ相手にどんだけ時間かけてやがってんですかァ!?』
「……」
『確か──スバル君でしたっけぇ!? スバル君、す・ば・る・クゥゥゥゥゥ~~~ンッ!? 聞こえてやがりますかァ!? な~にメスに隠れてブルっちまってるんですかァ!? ビチクソ人形といい、このゴミと言いメスに庇われる趣味でもあるんですかぁ!? ホント生きてて恥ずかしくないんですかねぇ!? キヒッ、キヒヒヒィッ! カペラ・エメラダ・ルグニカ様がやって来ちまいましたよぉッ!? 会いたかったですよ
「ひぃっ!? ひ、ひぁああぁあぁぁッ! あ、あくまっ、あくまぁっ!」
『ギヒャッ、悪魔だなんてっ酷いじゃないですかぁっ! 遠路はるばる会いに来たっていうのに、どうしてアタクシを拒絶するんですかぁ!? げらげらげらげらげらげらッスバルくゥン! 泣かないでくださいよォッ! まァだぶっ壊れるには早いですよぉ!? ──……あ?』
恐れていた存在が形となって表れ、半狂乱になるスバル。
レムがそんなスバルをなだめすかすように抱きしめれば、狂的に上機嫌だったカペラの機嫌が急激に下降したのがわかった。
『……なぁんですか、なんなんですか、なぁにしやがってんですかぁぁ? アタクシの前で気っっっ色悪い三文芝居ですか? 庇護欲発揮しちまってんですかぁ? 母性漏れちまいましたかァ!? はっきり言って吐きたくなるんでやめてもらっていいですかねえぇッ!』
「……貴方も、魔女教徒なんですか?」
『しかも当たり前のように無視ですか! あーほんッッッとムカツキますよ、アタクシへの礼儀を全く弁えていない! アタクシが来たんだったら泣いて低頭平身して謝罪するのが筋ってもんじゃないですかぁ!? 答えはYESですよ満足しましたかクソ肉がッ! お礼はいいから早く自害しろ。そして愛しのスバル君をこっちに渡せよ』
「そのお願いを聞くことは到底出来ません。どうかお引取りを」
『願いじゃなくて命令なんですよ。命令。っつか面倒なんで死ななくていいからスバルクンだけ渡してくれねえですかぁ? いいじゃねえですかそんなぶっ壊れたゴミ屑の一人や二人くらい。口を開けば妄言か悲鳴か、涎しか出せねえ自動排泄物撒き散らし人形でしょ? ただの出来損ないの成れの果てじゃねえですか。そんなのに愛だの恋だのくッッだらねえモン感じて操立てよってかァ!? 哀れ過ぎて涙も枯れるってなもんですよ! はっきり言っておきますが徒労なだけですよ。だからほらっ、なァ!?』
口を開けば腐臭が漂う悪意を零す醜悪な竜。
ソイツが嘲笑う。スバルを引き渡せと。
竜に同調するように騎士達も一斉に剣を向けてくる。
スバルを狙う理由は不鮮明。
ただ渡したら最後、碌でもない事に使われるのは目に見えていた。
応じるという選択肢はありえない。
スバルを守るのは今のレムにとっての使命であり、厳命だ。
しかし……レムは同時に悟っていた。
彼らと戦って勝てる見込みは、そもそも無いという事を。
『──……はぁ~……ッ、なんですかその覚悟決めちゃった目はァ……バカなんですか? 死にたいんですか? 面倒だからやめてくんねえですか? 死にたいなら手伝ってあげますからまずはスバル君置いてくれねえですか?』
「全力でお断りいたします」
『あッッッッッッッそ! じゃあ死ね』
その言葉と同時に剣を立てた騎士達が殺到した。
全身が串刺しになるであろう、致命の攻撃!
しかしレムはスバルを抱いたまま両脚になけなしの力を込め──木々を飛び越す程跳躍していた。
『あ?』
レムが選んだのは抗戦ではなく、逃走だった。
包囲網から逃れ、木の枝に着地したレムは、その枝が折れるほど力を込めて次の木へと飛んで逃げる。
遅れて地上から追走する騎士達。
お姫様抱っこの態勢でスバルを運ぶレムに火球を投擲。
進行方向に炎が撒き散らされる。
吸えば喉を焼くほどの熱が何度も傍をかすめる。
それでもレムは走りを止めない。
どこにそんな余力があるのか、小猿のように木々を飛ぶ。
レムは希望を見出していた。
このままならば奴らから逃げれるのでは? と。
しかし──後ろから迫る謎の音にふと気が付いてしまう。
『どこへ行きやがるんですかぁあああぁぁああぁぁっ、アタクシ置いてお散歩ですかぁぁぁぁッッ!?』
レムは背後を振り向いたことを後悔した。
何故ならカペラが、その巨体の至るところから細い脚を生やして地を這って追跡していたからだ。
まるで巨大な虫のような威容に、ぞわぞわと足元から生理的嫌悪感が沸き上がる。
『スバル君、すぅぅぅばるくぅぅぅぅんっ!? 待っててくださいねぇぇぇっ! 今そこのゴミクズから、アタクシが救ってあげますからねええぇえぇえぇぇぇぇっ!!』
「ひっ、ひぃっ!」
巨体が木々を破壊している。
化け物の体は脆いのか、木と衝突するたびに黒々とした血液が巻き散らされている。
走る。
尽きかけていた活力を使い切るまで。
いや、使い切っても尚限界を超えて走る。
捕まれば死。
いや、死よりも酷いことになる。
自分なんてどうでもいい。
スバルが捕まってしまうのは、絶対に避けねばならない事だった。
『そおっぉらそらそらぁ、鬼さんどちら!? 手の鳴る方へ──っ!』
「──ッ!? スバル君、口を閉じていてくださいっ!」
顔のすぐ隣を、黒い何かが弾丸のように通り過ぎ、レムの背筋が総毛立った。
返事を聞かないまま大きく跳躍。
すると黒い血が散弾のように周りを貫き始めていた。
レムは見た。
木々が腐り落ちる。いや、
限界以上に回復させる呪いの血により、破壊された傍から歪に、禍々しく成長していく森。
当たってはいけない。触れてもいけない。
その事実を本能で理解したレムは、今まで以上に角を光らせて走り続ける。
棒のように重たい脚が情けない。
焼けるように熱い肺が重苦しい。
不安定な足場が煩わしい。
降り始めた雨が鬱陶しい。
この森の断末魔が耳障りだ。
何もかもが自分に不利に働いてるようにも思え、レムの心は否応なく苛立った。
(駄目。余計な事を考えるなレム! ただスバル君を安全な所へと移す。それだけを考えろ。速度は私の方が早い、だからいずれ撒くことだって──)
「──っづぅ?!」
『おっ!? 今の惜しかったですねぇっ、キヒィッ、そろそろ楽になってもいいんじゃねえですかぁ!? 大丈夫ですよ苦しいのは一瞬だけ、あとは狂っちまうほど痛みを与えてじわじわと殺してあげますからねぇええぇえぇえぇ!』
黒い血が腕に一滴だけかかった。
ただそれだけで全身を焼かれるような痛みを覚えた。
見れば腕は別の生き物のように痙攣しており、
自分の腕の筈なのに自分ではない何かに作り変えようとしているように思えて、おぞましさに全身が震えた。
努めて、レムは自分の腕の事を考えないようにした。
スバルが無事であればいい。
彼女はただソレだけを考えてひた走る最早それだけだった。
(森のっ、出口はすぐそこ! 脚が重いっ! でも森を出れば遮蔽物がなくなる! 今度こそ終わり? 違う! まだ終わりじゃない希望はある! エミリア様、大精霊様にお渡しできれば……!)
ここに来てレムは自分の不手際を呪った。
逃げる方向が真逆だ。
自分は屋敷から離れるように進んでいる。
だからと言ってこのままUターンが出来ると思うのか?
否。断じて否だ。
心は燃えていても、体は燃え尽きる寸前だ。
そもそもの話、エミリア達の安否も不明だ。
屋敷からこの化け物が飛び出してきたということは、彼女達から逃げたか、あるいは彼女達を倒したかのどちらか──
レムは憎悪の目で化け物を睨んだ。
不定形の化け物は、その顔がどこにあるかすらも分からないのに、こちらを嘲笑したように見えた。
(一呼吸。一呼吸だけでも息をつければ──! っ、しまった!)
脚が一瞬もつれた。
全速力で走っていたレム達にとってそれは致命傷ともいえる隙。
がくっと速度が落ちた瞬間、彼女の胴体に瞬時に黒い触手が巻き付いていた。
「あっ、が、あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛────ッ!!!!」
直後全身を貫く、感じたことのない痛み。
得体の知れない何かが自分を浸食してくる感覚。
悪意に満ちたそれがつま先から頭に至るまでのすべての神経を、一斉にほじくり出すような、筆舌に尽くしがたい体験!
(か、体が壊れ、るッ──千切れる、腐り落ちるッ──!?)
意識を置き去りに自分の体がひとりでに震え出し、レムは細胞一つ一つが弾け飛びそうな感覚に陥っていた
『はい鬼ごっこ終わりィッ! ほんっと、無駄な事させやがって……おぉよしよしスバル君、スバル君スバルくぅぅぅん、ようやく会えましたねぇぇッ!』
「ひぃっ、ひっあ、や、やだ……やだぁぁ」
『おぉよちよちよち~~~大丈夫ですよぉっ、スバル君はべーつっ! こんな虫ケラよりももっと好待遇ですよぉぉおぉぉっ?!!??!』
同じく触手に絡めとられたスバルを、怪物が歪な場所から伸びた舌が舐め上げている。
ぶれる視界、湧き上がる吐き気。
自分の大切な存在が目の前で汚されて居ると思うと、全身がかっと赤くなる。
角が今まで以上に光り輝いた。
レムは痛みも忘れて細腕で触手を掴むと──それを、千切り始めた。
『お?』
「は、なせっ──はなセェェぇッ!!!! スバル君から離れろ化け物ッ! はなせえっ! 離れろォッ!!!」
──ぶちっ。ぶちりっ。ぶちゅっ。ぐちぃ。
まとわりつく触手を剛腕で引き千切る。
引きちぎった傍から触手は再生するが、構わないとばかりに剥ぎ取る、もぎ取る、毟り取る。
撒き散らされる黒い血でレムは侵食されるばかり。
レムの腕は最早漆黒に染まりきり、人の腕とは思えない程だ。
だというのに、今のレムは何の痛痒も覚えていない。
ただ憤りと使命感だけが彼女を支えていた。
『は~……本当萎えますねぇ。お前、アタクシの中で評価最悪ですよ? 人の言うことは聞かない、話は無視する、信頼とか愛を信じてる、無駄に諦めが悪い……どんだけ人に嫌われるのに余念がねえんですかねぇ』
「ひゃら、レムっ……レム! たすけて、レム!」
「っスバル君ッ! スバル君ッ! 待っててくださいっ、レムが! レムが今そこに行きますから!」
『……うわァ』
黒い海をかき分けるようにして進む。
10cm進めば、9cm引き戻される。
でも構わない。1cmずつ近付いている。
腕が取れても構わない。
胴体がちぎれても構わない!
スバルを救えるならどうなってもいい!
必死の形相で、必死の覚悟で成し遂げようとする一人の鬼に、スバルもまた手を伸ばす。
あと1m。あと50cm。あと30cm。20、10──彼女の限界まで伸ばした手が、スバルの指先と触れ合う。
その寸前で、レムの意識は途絶えた。
『──きっしょく悪い寸劇でしたね。金返せってなもんですよ』
スバルの口から今まで以上の絶叫がほとばしり。
直後、彼もぷつりと気を失ってしまうのだった。