◆四回目ループの時系列
・一日目(夜):パーティ会場に戻された直後、スバル発狂。ラインハルト達とに事情説明。
・二日目(朝):所定の場所に待機するリカードとカリオストロ、ラインハルト合流。色欲戦の準備を整える
・二日目(夕):カペラ扮する商隊と、カリオストロ、ラインハルト、鉄の牙が衝突。カペラを逃してしまう
・三日目~:アナスタシア、フェルト、エミリアの一時的な同盟が締結。5日目の王都で色欲対策に。
・五日目(朝):カリオストロ、グラン達と合流。王都に色欲対策メンバーを配置。王都戦へ。
・五日目(昼):ラインハルトの屋敷に色欲が侵入。エミリア1行を襲撃。スバルが攫われる。
・五日目(夕):ポルクスの王都襲撃。ユリウスとグランを殺害。ルリアの暴走により星晶獣が王都を暴れ始め、その最中、カペラに襲撃を受けてカリオストロ瀕死に。スバルをどうにか逃がすが、最終的にバハムートの攻撃でポルクスと共にスバル達も消滅する。
「やっ、さっきぶりだねナツキ・スバル」
次に目を開けた時、スバルの眼前に再びカストールが現れていた。
おかっぱ頭と何も読み取れぬ無の顔を持った子供……それが手をひらひらと気軽に振りながら、こちらの顔を覗き込んでいる。
恐らくは同じ人間。しかして、その人間性こそは人間の対極にあると確信している──いわば悪意の塊。
「……ぽ、ルクス?」
「やだなぁスバル。さっき説明したじゃないか、僕はカストールだって。あの優柔不断な奴と一緒にしないでくれないかなぁ。それ……侮辱だから」
自分はループをした。したはずだ。
周りは見飽きたパーティ会場。8時の鐘が飽きもせず耳をつんざく中、業火で焼かれた感覚は、今も鋭敏に残っている。今はセーブ地点に戻された直後。それは間違いない。ペナルティを考えれば、とぼけるべきなんだろう。だけど……それすらも忘れて食いついてしまう。
だって、だってそうだろう?
「そんなに驚いた顔するところ? それともまだ信じられない? ならどこまで話せば分かるかな。二人でドラゴンのブレスで消し炭になった事? キミが醜い化け物になっちゃった事? キミが草原で虫退治した事?」
コイツは
羅列された最悪の過去の数々は、自分とカリオストロ以外が知り得ない筈のもの。なのにカストールは、それを飄々と述べたではないか。
ハッとして胸を抑える。自分からはバラしてはいないが、もしかすればこれもペナルティになるのではないか? しかしながら警戒をよそに、来るべきはずの異変は訪れない。
これはセーフなのか? 自分が伝えない限りは問題ないのか……?
「……ねぇ、まだとぼけるつもり? そろそろイライラしてきたんだけど」
「……お前は、何が目的なんだ」
「はぁ~……また言わなきゃダメ? ……分かった。キミにも分かるように手短に話すよ。僕達はそろそろ
「さ、先……? って」
「今日から5日目の夕方。それ以降の世界さ」
スバルは目を見開いた。
それは自分達が渇望している物に他ならない。
絶望の先にある筈の希望、それをよりによってコイツが望んでいるだと!?
「ッ! そんなの……先に進みたいのは俺も一緒だ! だけどそれをお前達が邪魔してるんだろ……!」
「勘違いしないで欲しいんだけど、僕はキミの邪魔をするつもりはないよ。というかだね、僕からすればキミが邪魔してるんだ。
「はぁ!? 何でそこで俺が──」
次の瞬間……スバルの肩に手が置かれていた。
ぞわりと総毛立つ全身。一体誰だと振り向けば、そこには見知った壮年の男性がいた。
「うちの身内になにか用でもあるんですかねーぇ、
見目と反目する軽やかな音色。そして狂気を孕む眼差し。それは間違いなくカペラ・エメラダ・ルグニカだった。
悪魔に絡まれ、途端に息をすることも忘れて震えてしまうスバル。
どうして忘れていたんだ……! 自分のすぐ傍に黒幕達がいる事を!
「おはようカペラ」
「あ? 何バラしてんだ死にてえんですか? つーか……こんなヤツ送り込んだつもりなかったんですが、コイツはお前の仕込みか何かでいやがりますか?」
「ううん。この世界の僕の友達だよ。偶然ここで再会したんだ」
「友達ぃ……? ……お前がぁ?」
「ひどいなぁ、僕だって友達くらいいるよ」
恐怖が過ぎれば震えすらも起きないのだと、スバルは痛感していた。
心が委縮するのを感じる。このまま置物のように黙り込めば見逃してくれるのだろうか? 気が付けばそう考えてしまう。
しかし……本当にそれでいいのか? ナツキ・スバル。
「に、したってこんなに魔女臭ぷんぷんしてるなんて、アタクシが知らねえわけねーと思うんですが」
「とんでもない逸材だよ。彼はナツキ・スバル。僕と同じ『世界をやり直せる力』を持っている人だもん」
「……!」
「へぇ……! お前達、そんな力が……」
『僕もスバルもお互いに自分の思い通りにしたい』
『他人も、自分さえも、無限にベット出来るコインみたいなものだから』
スバルは唐突に理解した。
直前のループ、カストールの発言。あれはこの事だったのだ……!
「世界をやり直せるってズルじゃねえですか? その名の通り傲慢でいやがりますねぇ」
「不死だったり、どんな姿にもなれるそっちの方もズルな気がするけど。色欲」
「つか傲慢が二人もいやがるんですかぁ? そんなこと福音書には書いていやがりませんでしたが……そぉぉぉれは面白いですねぇ、こんだけクセー理由も納得ですよ!」
一方でカペラの汚物を見るような目が、獲物を見る目に変わったのもまた同時のタイミングであった。
彼女は無遠慮に掴んでいたスバルの肩を、一転して労うように優しく撫でさする。
「スバル……でしたっけ、アタクシ達今から面白そうな事をしようと思うんですが~~……手伝ってくれやがりますよね~ぇ?」
「先に言っとくと彼はこれからカペ……ホフマンが何をするつもりなのか、ぜーんぶ知ってるよ」
「……んだよもう死にやがったんですかぁ、なら大したことねーやつなんですね」
「うん。それも僕達を邪魔してね」
途端に、カペラの纏う空気がガラリと変わった。
「スバル君? アタクシ達の敵になっちまうんですかぁ?」
「~~……ッ」
覗き込んだ表情はニコニコ笑顔で固定。しかしながら背後から殺意めいた何かを強く感じるようになった。
それは今すぐにでもバラバラに引き裂かれてもおかしくないような、一触即発の雰囲気だった。
「それはもう。スバル君は色々としてくれるよ。これから出会うこの子の仲間もそうだし、周りを巻き込んでどうにかこうにかしてキミの計画を邪魔してくる。キミだって何度も何度も死ぬ事になるだろうね」
「へぇ~へぇ~、へぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ~~~…………!」
鐘の音をバックに続く恐喝劇。
周りのパーティ参加者達は壇上に夢中で三人に気付いていない。
この周囲だけ気温が下がっていると錯覚する程、スバルはあてられてしまっている。
このまま自分は間違いなく死ぬのだろう。そう心が諦めそうになるくらいには。
(もう終わりなのか……? 諦めるしかないのか……?)
──不意に、スバルの心に小さな炎が灯る。
どうせ死ぬのなら……最後くらい足掻けないのかと。
あの時の涙と悔しさは嘘っぱちか? 違う。違うだろう。
もう後悔なんてしたくない、もう誰も失いたくない。
みんなで笑って、幸せに過ごせる未来を目指すんだろ……それなら!
悪寒が今頃になって全身を襲う。唇も、足も震えて仕方がない。
しかしてその口からは、勇気が徐々に形となって現れていた。
「……ぉ、おれは……」
「あぁ? な~んですかぁ? 涙声でプルプルしちゃって可愛いですねぇ~? 命乞いですかぁ?!」
「お、オレ達は邪魔なんて、しし、してるつもりはない……ッ」
「……あ゛?」
「お、お前が、お前達が俺たちの邪魔をしているだけだ……! オレ達は平和に暮らそうとしているだ、だけッ……お、お前達がさっさと、諦めろよ……ッ!」
「──本気で死にてーんですかね?」
掴まれた肩から異音がした。強力無比の万力のような力。スバルの顔にはっきりと苦痛が浮かぶ。しかしスバルはそれでも撤回しない。それどころかカペラとかストールに食ってかかっていた。
「やってみろ……! 今ここでやったらお前たちの潜入は台無しだな……! 騒ぎをかけつけた
逆境こそ笑え、とは誰が言っただろうか。多分漫画か映画の台詞なんだろう。
しかしながらスバルはその言葉通り、脂汗を流しながら不敵な笑みを浮かべ、虚勢を張っていた。
「あはははは! つい少し前に発狂してた姿とは大違いだね。でもまだ勘違いしてる。邪魔をしてるのは他ならぬキミ達だ」
「してねえっつってんだろ! ただオレ達を無視すればいいだけ……! なのに突っかかってくるから……!」
「気付かない? いや、気付けないのか……わかった、教えてあげるよ」
物覚えの悪い生徒を相手にするかのように、カストールは朗々と語りだした。
「僕のこの力は、もう一人の自分を作る能力とも言える。この力を使うと、僕はある『止まった時間軸』に囚われる。一方で『動いている時間軸』にもう一人の僕が同時に存在するようになる」
荒唐無稽な語り。しかしてスバルが無視できるかといえば……それは否だ。
「そして『動いている時間軸』の中で僕が死ねば、止まった方の僕が、もう一人の僕を自動的に作り直す。これが僕達の『やり直し』の理論だ」
おもむろにテーブルのナイフを持ったと思えば、眼の前でお手玉のように弄ぶカストール。
白銀は部屋の中で光をよく反射しており、食事をするべき単なる道具が、今では自分の命を握る凶器に見えて仕方がない。
「僕達はこの力で自由を謳歌してきた。筋書きが分かるってことは、何だってやり直せるって事だ。なのに……急にその筋書きが僕らの手を離れて勝手に動き始めた」
「……」
「今まで固定だった筋書きが、180度変わっちゃうんだよ? そして、あまつさえ5日目より先に進めなくなると来た!」
大仰に両手を広げて見せるカストール。
しかしその顔は困ったというより、むしろ喜びに溢れているように見えた。
「そしたら筋書きを乱す誰かが犯人じゃないか?って思うよね……そして、自ずと容疑者は決まる」
「……それが、俺達だっていいたいのか」
「そうさナツキ・スバル。あとはえーっと、カリオストロだったかな? キミと彼女のどちらか、あるいは両方が僕と同じ力を持っているんじゃないかなって」
当然と言えば当然の帰結。
カストールはループを記憶出来ていたなら、怪しんだ事だろう。
何せこの披露宴に戻されるたびに、時に顔を青ざめ、時に発狂する……当初の筋書きとは全く違う反応をするスバルの姿に。
「だ、だとしても俺が何で関係してくるっていうんだ? 怪しいのは分かるが、俺はただ必死に死なないようにしてるだけ……! 降りかかる火の粉を払おうとしてるだけで──がぁッ!?」
「それを言いたいのはアタクシも同じなんですけどね~ぇ? 本気で殺しちゃいますよ?」
「キミのスタンスは知ったこっちゃないんだけどね、問題なのはキミの力だよ」
「こ、この、力……?」
骨が軋み、苦悶の表情を浮かべるスバルに、カストールがやれやれと肩をすくめる。
「察しが悪いね……僕らは同じ時間軸に生きてる。それなら、どちらかが時間を戻した段階でキミも僕も戻されるのが道理だろ?」
「……!」
心臓が大きく跳ねた。
なるほど道理だ。カストールもスバルも力を持っているなら、力が使われた段階でどちらかを主軸に世界は戻される筈。現に、スバルが世界を巻き戻してカストールは巻き込まれていた。
しかし……だとすれば解せない事がある。
それは自分がカストールの時戻しの影響を受けた覚えがない事だ。
もしも可能性があるとすれば、カストールがまだ1度も死んでいない事位しかあり得ないはずだが……?
「もう、五千は超えたよ。僕がこの世界で死んだ回数」
「ごっ……!?」
「ギャハッ、死にまくってるじゃねーですか!」
ケラケラケラとカペラが下品に嘲笑った。
スバルがこの世界に来てさえ、まだ両手両足の指に満たない程の死しか経験してないのに、もう五千回以上も!?
規模からして違いすぎる。いや、それよりも……そんなに死んだのなら、何でオレはカストールの時間軸に戻されないんだ?!
「そうさ。
表情を感じ取り辛いカストールから、スバルは明確に1つの感情を感じ取れた。
怒りだ。
彼は静かに怒っている。
それはきっと
しかしその時、不意にスバルの耳が何かを捉えた。
周りを満たす音と言えば、ざわめきの声は、定刻を過ぎても行われない発表にしびれを切らした参加者達のもの。しかしそれとは別に部屋の外も騒がしい。それはどたばたと廊下をかけ抜けてくる足跡だった。
(これって……カリオストロか……! やっぱり来てくれたか……!)
万感の思いが胸にこみあげる。先の見えぬ闇の中、スバルにようやく光明が見えた気がした。
「キミ達と僕は似てるけど違う力を持つんだろうね。推測だけど、僕とキミ達は時間軸をそれぞれ持っているんじゃなくて、あくまでキミ達を主軸として時が動いてるんじゃないかって」
「──スバルッ!」
扉を、それこそ吹き飛ばさんとするほど勢いよく開けたのは、やはりこの世界での相棒だった。
赤いドレスをまとった彼女は、カストールとカペラに囲まれたスバルを見て即座にウロボロスを展開。そして、二匹の龍をこちらに向けて放っていた。
「それで、どっちが起点になっているかっていえば──」
スバルは途端に腕の中でもがき、暴れ、そして逃げ出そうとする。
今はコイツらを何とか出来ずとも、二人、いやみんなで力を合わせればきっとどうにでもなる……!
「キミだよね。スバル」
そう考えた次の瞬間だった。
スバルの視界が大きくぶれたのは。
え、と思う間もなかった。
何故かは分からないが、急に会場の天井付近まで飛んでいた。
スバルの脳内に疑問符が吹き荒れる。流され続ける俯瞰風景の中では、ぽかんとこちらを見上げる客に、カストールとカペラ、カリオストロ……そして頭のない人間がいた。
──頭のない、人間?
遅れて断面から血を派手に撒き散らし始めた、タキシード姿の首無し人間。カストールは銀のナイフを振り抜いた姿勢で。カペラはその人間の肩を掴み続けており。カリオストロは何かを叫んでいた。
──あ。あの死体……オレなんだ。
どこか他人事のように思った瞬間、スバルの意識はぶつり、と途切れた。
「うん、僕の見立てに間違いはなかったみたいだね」
「~~~~~ッ……!」
視点は戻り、また鐘の音が鳴る披露宴が広がっている。
スバルは再びカストールと対面していた。
しかし先程と状況が違う。
カペラがいない。カリオストロがいない。そして、自分は死んでいない。
つまり自分は死に戻りしたのだ。それもあんなにも容易く。
全身からどっと冷たい汗が溢れる。知らず高鳴る鼓動を抑えるスバルに対し、カストールは冷笑をやめなかった。
「キミだ。キミこそがこの世界の起点なんだ」
それは心の底から欲しかったおもちゃが、やっと手に入ったと言わんばかりの笑み。
さながら絶対に逃げられない獲物を前にして、これからどう料理すればいいのか舌なめずりするような表情だとも言えた。
「く、来るな」
「あはははは、そんな切羽詰まって逃げなくてもいいよ! ここでキミを殺したって元に戻るだけなんだからさ」
まあ。ここでキミの心を徹底的にへし折っておくのも1つの手かな? そう嘯くカストールに、スバルは自然と後ずさっていた。
それこそ気紛れに殺されるかもしれないと思えば、スバルはもう逃げの一択しか考えられなかった。
……気付けば、スバルはパーティ会場の隅の扉に追いやられていた。
「口惜しいよ。とっても似ているのに、キミの力の方が強いのが。なんでキミなんかがそんな力を持つのかは不思議だな。やっぱり魔女に魅入られているからかな?」
「……ふーッ……ふーッ……!」
「まあそんな事はどうでもいいか……それよりもスバル。僕達は5日目より先に行きたい。だけどそのためにはキミが死なないようにするしかない。だからこそ提案だ。僕達はキミには何にもしない。その代わり……僕達と一緒に来てくれないかな?」
カストールの糸目は傍目には柔和に見える。
しかし近付けば分かる筈だ、そのうっすらと開かれた目に宿る異常性に。
それは見る物全てを吸い込む漆黒そのものだ。
何もかも取り込んで尚平然と存在する、ブラックホールのようなものだった。
からからに乾いた喉を無理矢理鳴らしながら、スバルは震える声で投げかけていた。
「お、俺に何もしない……? それは……カリオストロもか?」
「うーん……まあその子だけなら?」
「エミリアや、レム、ラム……フェルトに、ロム爺達も含められないのか……?」
「そこまでは無理かな。特にエミリアはカペラがご執心だ。福音書を何よりも優先する彼女が許さないと思う」
「……」
「あぁでもエミリア以外なら数名はいいんじゃないかな? 僕の方で頼み込んで見ればもしかしたらいい返事貰えるかもしれないよ」
エミリアだけを捨てて、それ以外の安寧を取るか。
それとも逆らって最悪の思いをするか。
………………。
…………。
……。
スバルは、大きく大きく深呼吸するとゆっくりと答え始めた。
「カストール……その言葉に二言はないだろうな?」
「ん。乗り気? うんうん、命が無限だとしても死んだり痛い思いはいやだもんね。約束するよ」
「約束じゃ駄目だ、契約出来るか?」
「契約? あ~、確か……魂レベルでガチガチに縛るヤツだっけ……別にいいよ?」
表情こそ変わりないが、覆う雰囲気は幾分か柔らかくになったようだ。カストールは嬉々としてこちらの話に乗り始めた。
「俺はどうすればいい?」
「このパーティの後、僕達と一緒に行動してくれればいい。後は街で暮らそうが食っちゃ寝してようが何してくれてもいいよ。ただし勝手に死ぬような事は禁止。自殺も条件付きで禁止だ」
「……条件付き?」
「場合によっては、キミの力に頼る必要が出てくるかもだからね」
その時は苦しまないようにするのは約束するよ、と手をひらひらさせる黒幕にスバルはたっぷりと余裕を持って息をついた。
「その2つの条件は……今日から5日目までにしてくれ」
「えー……」
「俺達がお互い望むのは5日目を超える事だろ? 5日目を超えたらお互い不干渉でいればいい。違うか?」
「駄目。5日目を超えてキミが死んで、またここに戻されたら意味ないじゃないか」
「だが、それはお前達が俺を利用するときも一緒だろ?」
「……」
「お前は知ってるか知らないか分からないが……俺の力はお前と違って任意セーブじゃない、自動セーブだ。俺の予測できないタイミングでセーブされちまう。だから5日目を過ぎてここに戻るかは、神のみぞ知るって感じだ」
「……駄目だね」
「なら交渉決裂だ」
瞬間、スバルの首筋に添えられるテーブルナイフ。
まさしく神速と言える早業。スバルはその起こりすら捉えることが出来なかった。
「死にたいの……?」
「……っ、この交渉のテーブル……っ、俺の方にアドバンテージがあるんだろ……? お前は俺より強いかもしれない。いや、強いんだろう……けどそれじゃ駄目だ。俺の力の方が強いんだ。それじゃいつまでたっても、進めない……っ!」
「無理矢理従わせたっていいんだよ? 例えばキミをここで死なない程度に痛めつけ、攫って籠の鳥にするとかね?」
「
「……」
首筋のナイフが更にめりこむ……しかし、その圧力はすぐに開放されるようになった。
スバルは賭けに勝った事に内心でガッツポーズした。
「……はぁ。条件は……?」
「俺から掲げる条件は4つだ」
【条件1】カペラ・ポルクス・カストールはエミリア以外のエミリア/フェルト陣営に手を出さない、攻撃しない。
【条件2】スバルは可能な限りカペラ・ポルクス・カストールのいずれかと行動を共にする。
【条件3】スバルは自らが死に至る可能性のある危険な真似は禁止とし、自殺もカペラ・ポルクス・カストールが許可しない限り禁止とする。
【条件4】これらの契約は、今日から6日目の朝明けまで有効とする。
「──そちらが契約違反したら、カペラ・ポルクス・カストールは恒久的に俺達への攻撃、策略の一切を禁止する。俺が契約違反したら、ナツキ・スバルはお前達に恒久的に従う……これでどうだ?」
カストールはふむ、と顎に手を当てて考え出した。
「2つ目の『可能な限り』が気になるね」
「『絶対に』にすると、俺がもしもエミリア達に無理矢理攫われたら契約違反になってしまうだろう? 俺は俺の意思でお前達のところに行くことには変わりない」
「なるほどね。ならあとは1つ目の条件だ。僕達が一方的に攻撃されるケースがあるよね? だから条件を加えて貰おうかな。【条件5】ただしカペラ・ポルクス・カストールが契約対象に攻撃された場合は、【条件1】はその限りではない」
スバルはぐ、と口を噛みしめ。その後渋々と頷いた。
頷かざるを得ないだろう。カストールはスバルが裏をかくつもりでいる事に早々に気が付いていた。
(キミは少しでも味方が有利になるように考えたんだろうけど……甘いね、僕達と行動を共にし続ける事の重大さが分かってない)
時間軸を手中に収めるだけで俄然としてこちらが有利になる。
どうあがいてもスバルは人質という形になり、エミリア達有象無象はそれを念頭に動かないといけなくなる。それはそれは大きなハンデになる事だろう。
(それに……この契約には大きな穴がある)
カストールはニコニコと機嫌良く人差し指を差し出した。
ゲートを開け、触れ合う。さすれば宣誓した互いの契約は魂に刻まれる。
他の誰かを欺けても、己の心を欺くことはできない。あぁ便利な力もあったものだ。
輝く指先をスバルの胸に押し当てれれば、お互いの胸に何かがすぅっと浸透した感触があった。
瞬間的に全身が熱を帯びるような、そんな感触。同時に息をついた二人は、契約が成った事を本能的に理解していた。
「うん。これで契約成立だね?」
「……みたいだな」
「それじゃ、僕達はエミリア以外にはちゃ~んと大人しく手を出さないようにするから……一緒に行こう? スバル」
差し出されたカストールの小さな手。
しかしスバルがそれを握る前に、背後から騒々しい足音が近づいていた。
「スバル!」
「──どぅあっ!?」
背にしていた扉が勢いよく放たれて、スバルが吹き飛んだ。
さしもの展開に手を差し出そうとしていたカストールも、そしてカリオストロも目が点になった。
「ご、お、お、おぉぉぉ~~っ!!? お星様がめっちゃ飛んでらっしゃるぅぅ~~~っ!?」
「あ、わ、悪い! まさかそんな所に居るとは……!」
吹き飛んだスバルを抱き寄せつつも、カリオストロの目がある一人を見定めた瞬間、誰もが身震いするほどの殺意が溢れた。
彼女の意を示す様に書物はひとりでに浮き、ウロボロスが荒い息を吐きながら左右に佇んでいた。
「やぁカリオストロ、またお会いできて光栄だよ」
「……ポルクス」
「カストールだよ。まあ知らないなら無理もないけど……おっと、その怖いドラゴンは下げてくれないかな? 僕とスバルで契約したんだ、お互いに手は出さない……ただしエミリアを除いてってね?」
「はぁ? ……おい、お前ッ!」
「ま、待て待て待て待てってカリオストロ! また死ぬ! また死んじゃうって!?」
介抱の一幕が、一転して殺人劇に早変わりか。締め落とすつもりでネクタイを強く引くカリオストロ。スバルは顔を真っ青にしながらも息も絶え絶えに説明する。
「契約はさっきカストールが言った通りだ。加えて、俺は俺の意思でコイツらと行動を共にしなければいけないけど……兎にも角にも、この条件は俺達にとって渡りに船だったんだ」
「言うに事欠いて渡りに船だァ……!? お前どうかしちまってんのか……!」
「言っとくけど、僕は別に脅したりはしてないよ。他ならぬ彼が決めた。これは彼の意思に他ならない」
ご愁傷様だね~。首をこてんと傾げて楽し気にするカストール。
カリオストロから見れば淀みなく話すスバルは発狂から回復したように思えるが、同時にまだ狂っているようにも思えた。
勝手に敵と契約をした事といい、敵と行動を共にするといい、エミリアを除外した安全協定といい……どうにも敵優位な契約と言わざるを得ないように思えた。
なんだってそんな契約をしたんだ……!
憔悴しきった顔で今一度見れば、スバルは頷いた。
「カリオストロ──俺を信じてくれ」
「……ッ」
どくん。胸が高鳴り、カリオストロは困惑した。
どうして自分は口を噤んだ? どうして否定しない?
何と根拠のない軽い言葉なんだ、平時ならそう笑い飛ばしていた筈なのに。何故だ?
徽章騒ぎの時も。魔獣騒ぎの時とは全く違う。
利と理とも違う、言葉に出来ない熱量がそこにあるように感じてしまった。
錬金術師らしからぬ事に、カリオストロはその熱を前ににして根拠もなく黙ってしまった。
……会場の注目を一身に浴びていた三人の中に、不意にもう一人が躍り込む。
「おいおい、一体どうしたんだねカストール君。こんな所で何を騒いでいるんだい?」
リッケルト・ホフマン──いや、その皮を被った悪魔。カペラ・エメラダ・ルグニカ。
気難しそうな男の顔には、場をつくろうための笑顔が張り付いている。
しかして魔女の残り香を巻き散らすスバルにだけ、特別粘ついた視線を向けているのが良く分かった。
「それに……キミ達はどなたかな? もし私の身内が失礼をしたのであれば──」
「カペラ・エメラダ・ルグニカ。今更取り繕わなくていいぜ」
「……あ?」
ぴくり、彼/彼女の表情が変わった。
「俺はお前たちの仲間じゃねえ。明確な敵だ」
「……いきなり何を言い出すのかね? 敵だの、味方だの……私が何か気に食わない事でもしたかな」
「しらばっくれるなよ魔女教。自己愛に溢れた究極の自己中のお前が、周りの体裁を気にするなんておかしすぎるだろ」
「……」
その目に殺意が宿る。
周りのパーティ客は、一体何を言ってるんだとざわめき始めた。
「
「あぁん……!?」
「スバル。威勢がいいのは結構な事だけどそこまでにしようか。早速、僕達と共に来てくれないかな? 契約だよね?」
「……」
「スバル……」
オレは……お前を信じていいのか?
カリオストロの目に憂慮が浮かぶ。これが考えなしのやけっぱちな行動なのか、それとも立派な策なのか。彼女は未だに判断しかねていた。先程見せたあの熱はオレ様の勘違いなのだろうか?
「あーあー、そうだよな。契約しちまったもんな。『俺は可能な限りお前達と行動を共にする』って」
「うん。他ならぬ君の意思で僕達と行動を共にするんだ。その契約を違えたら」
「『俺はお前たちの言いなりになる』……知ってるよ」
「だけど、もしも俺が
瞬間、カストールとカリオストロの顔に驚愕が走り。カストールが手を伸ばす前に、カリオストロはスバルを強く引き寄せ、ウロボロスに連れられて大きく距離を取っていた。
「はっ、確かにな……! とち狂っちまったスバルをオレ様が無理矢理拘束するってのは、あり得る話だよなぁ……!?」
「……ナツキ・スバルッ!」
「いや~、俺はお前達と一緒に居たいんだけどなぁ~! カリオストロに捕まっちまったらどうしようもないよな~!」
カストールの顔に初めて悔しそうな顔が浮かんだ。
【条件2】スバルは
自分を犠牲にすることでこちらにメリットがあると思わせて、その実最初から別行動する気でいたなんて──! 加えて、
「おっと、俺やカリオストロに手を出すなよ。それは契約違反だからな?」
「っ」
【条件1】カペラ・ポルクス・カストールはエミリア以外のエミリア/フェルト陣営に手を出さない、攻撃しない。
加えて、契約で向こうが手を出すまではこっちからは手を出せない……! コイツはここまで見抜いてあの契約をしたんだ!
「いいか、もう一度言う。カペラにカストール。俺達は明確な敵だ」
「お前たちの願いは明確に俺達とは
「お前が、俺の大切な人達を狙うなら──俺達全員でぶっ潰す!」
「かかってこいよ魔女教ども! 運命なんて関係ねえ! 何度邪魔しようとも俺達は絶対に屈さねえ──!!!」
カペラとカストール。
そしてカリオストロとスバル。
互いに互いを睨みあう中、スバルの宣戦布告だけがパーティ会場に深く深く響き渡った。