展開もっと早くしてくね…。ごめんなしあ。
時は遡ること半日前。
カリオストロらが草原で大立ち回りをする前の話だ。
早朝のお屋敷に宣告通りロズワールからの手紙が届き、ラインハルトはカリオストロの策に乗る事を決めた。
そして一堂が介する中。
スバルはラムに向かって頭を下げていた。
「ラム。お前に頼みがあ」
「嫌よ」
「せめて聞いてくれませんかねぇ!?」
スバルはとある提案をしていた。
ラムが持つ千里眼の加護。それでグラン達を探せないかと。
「俺の記憶が確かなら……グラン達は例の草原へ向かう途中で出会った」
机に広げた地図を指先がなぞる。
屋敷から伸びていく指は、そのうち止まる。
それは商人達が待ち受ける草原──到底忘れられぬ場所だった。
「ただその時は夜だった。早朝の時点でどこにいるかは分からないけど……確かな事はひとつある。グラン達は王都を目指していた」
当時、荷車の中にいたスバルはグラン達と商人のやり取りを聞いていた。
『草原の方から歩いてきた』
『歩き回ってようやく道らしき道を見つけた』
『王都まで歩いて半日の距離にいる』
この情報を加味すれば現在地が自ずと絞られてくる。
カリオストロは迷いもなく羽ペンを走らせ、地図に円を書き足していた。
「この一帯にグラン達がいる」
「……探し出してどうするのですか? カリオストロ様」
「可能ならオレ様達がいる草原に呼んで欲しい。このままでも勝算はある。けど足りない。そんな予感がするんだ」
「元よりカリオストロ様を疑ってはいません。微力なれど役立てて頂きたいとは思います。ですが──」
「あぁ。分かってる」
一言区切り、彼女はエミリアに向き直った。
「エミリア。お願いだ」
「え……?」
「ラムの千里眼を使わせてくれ。頼む。もしかすればラムの体に深刻なダメージを及ぼす可能性がある。それでも……必要な事なんだ」
「……!」
大きく頭を下げたカリオストロに、エミリアが目を見開いた。
カリオストロは知っていた。
その力がどれだけラムに負担をかけるのか。
囲った円は地図で見ればちっぽけだが、実際は広大だ。
例の屋敷での魔獣騒ぎでただでさえ弱ったラム。
そんな彼女に鞭打てば、一体どんな後遺症が出るか分かったもんじゃない。
(出来るなら使わせたくない──オレ様だってそんなの分かってる)
総力戦。
傲慢と色欲という二人の強敵が明確に牙を剥いてきた今。
使えるものをすべて使わなければ立ち所に敗北する。
ラムの体調を加味しても尚、カリオストロはそうせざるを得ないと考えていた。
だからカリオストロはエミリアに懇願した。
ラムの意思もそうだが、主であるエミリアの意思もまた尊重すべきだと考えていた。
なぜならこの戦いは最早カリオストロだけのものではなく。
全員が納得出来る道を見出すのも、最低限クリアすべきルールだった。
一方でエミリアは驚いていた。
あの傲岸不遜を地で行くカリオストロが頭を下げたのもそうだが、わざわざ自分に頼る形をとったのもそうだった。
カリオストロのお願いなら、ただの命令でも二つ返事で頷いていたかもしれないのに。
(ううん……カリオストロも私を信頼してくれたんだ。一人じゃない。みんなで頑張ろうって、そう伝えたいんだ)
ちらりとラムを覗き見て、逡巡するエミリア。
身内を取るか。覚悟を決めるか。
迷う時間はない。そして進める道はひとつしかない。それなら──、
「頭を上げて頂戴カリオストロ。──ねえラム」
「はい。エミリア様」
「貴方にはいつでも助けられている。昔からずっと、ず~っと。私はいつでも頼りないままで、本当に自分が情けないと思っているわ」
「……」
「そして、今日も私の親友が……ううん。みんなが困っている。私に千里眼の力がない。だからこそ貴方の力を借りたい」
「エミリア様。ソレは……
「いいえ、これは
「──かしこまりましたエミリア様。このラム。身命を賭してやり遂げます」
ラムはしずしずと最敬礼を行い。
それを受けてエミリアもまた鷹揚に頷いた。
先行きは見えない。
しかし大切な親友が指し示したのは最善の道だと信じたのだ。
「ありがとう。エミリア」
王としての自覚が芽生え始めたエミリアに、カリオストロもまた敬意を示した。
──そして時は戻る。
カリオストロ達が命を切った張ったしていた時。ラムも体力ギリギリまで加護を使い、最終的にグランを見つけることが出来ていた。
幸いなことに早朝の時点でグラン達は屋敷に近しい位置にいた。
そうして早馬を出しグラン達を戦場へと誘導させればドンピシャリ。
まさしく絶好のタイミングでカリオストロ達と合流出来たのだった。
「カリオストロさんっ!」
「カリオストロぉ!」
「お師匠ー!」
小さなドラゴン、ビィ。
蒼髪の少女、ルリア。
駆け出し錬金術師、クラリス。
特異点である騎空団団長、グラン。
離れ離れになった仲間達は瞬く間にカリオストロを取り囲んでいた。
再会を口々に祝う彼らの喜びは、それこそ涙を浮かべる程だった。
それもそのはず。
無数に存在する異世界のうち、たった一人を探すという荒唐無稽な道のりを成し遂げたのだから。
そして何よりも無事なカリオストロと対面できたのだから……。
時にして一か月の離別。短く聞こえるかもしれないが、団員達にとってそれはそれは長い時間だった。
「来て早々会えるなんて本当ツイてたぜぇ!」
「無事でよかったです! 心配してたんですよカリオストロさん……!」
「お師匠! 怪我とかはない? 無事? 平気?!」
「耳元で一斉に喚くんじゃねえ! あと降ろせグラン!」
「いや……クラリスの言う通りだ。怪我があるならすぐに治療しないと」
「ねえよ! ねえから降ろせ! おーろーせ!」
グランに抱えられていたカリオストロが喚く。
表情こそは不機嫌そうだが、隠しきれぬ喜びがそこに含まれているのは明白だった。
彼女もまた同じ気持ちだった。
世界を隔てて離れ離れになった大切な仲間達。
ループする世界の中で再会と別れを繰り返し、ようやく進むべき足取りが見えたのだ。
それを喜べない訳がなかった。
「カリオストロ!」「カリオストロー!」
「カリオストロ無事か!?」
「オレ様よりも自分の事を心配しとけよエミリア、パック、スバル。お前達も無事だろうな?」
「うん! 私は平気よ!」
「いやはや肝を冷やしたよ。嫁入り前のリアに傷でもついてたらどうしようかと……」
「あったぼうよ。ラインハルトにお姫様よりも優しくキャッチしてもらったぜ! サンキューなラインハルト!」
「どういたしまして。そしてカリオストロ、キミも無事で良かったよ」
遅れて駆け寄るスバル達。
見た限りエミリアもスバルも傷ひとつない。
まさしく完璧に等しい勝利。
さしものカリオストロも山を乗り越えた実感がふつふつと湧いてくる。
しかし……まだ油断は出来る訳もない。
なぜなら傲慢はまだ生きている。
「この方達がカリオストロの言っていた……?」
「あぁ。グラン、ルリア、クラリス。そしてトカゲだ」
「オイラはトカゲじゃねえ! ……って何回オイラに言わせんだよ!?」
「はっ、悪く思うな。その台詞が聞けてこちとらほっとしてんだ」
「……はぁ? どういう意味なんだ一体?」
「まあちょっとばかし警戒せざるを得ない事情があるっつーか……あ。俺はスバル。ナツキ・スバルだ。天下御免の非力な一般人で、究極のトラブルメイカーでもあるぜ。よろしくな!」
「お、おう……なんつーか近寄りがたい奴だなぁ」
「トラブルメイカーっていうとグランも負けてないよねっ☆」
「あははは……グランの場合は自分から首を突っ込んでしまうというか……」
「よろしく。僕はグランっていうんだ。とある場所で騎空団……えっと、傭兵の団長をやってるよ」
「聞いてるぜ! なにせカリオストロからそっちの事は耳にタコが出来るくらい教えてもらったからな! もうカリオストロと来たらここぞとばかりにアンタをベタ褒めして──いったぁ!? 折角無傷で切り抜けたのに何してくれるんですかねぇ!?」
「~~っ、仲良くするのは後にしろ莫迦!」
親交を深める時間はないと戒めると、分かっていると全員の顔が引き締まった。
「聞いてるよ。敵はもう一人……だよね?」
「詳しい話は後でするが……未来予知に近しい力を持っていて、最悪お前よりも強い」
「マジかよ……!?」
「嘘っ! グランよりも強いの……?」
何よりも驚いたのはクラリス達だった。
空の世界でどんな相手でもほとんど敵なしだったグランを倒しうる相手がいるなんて。
絶対的強者に位置するカリオストロをしてここまで言わしめる相手に、否応なく緊張が走った。
「戦力が密集してる今は流石に襲ってこないとは思うがな……続きは屋敷で話そう。ラインハルト、それでもいいか?」
「承知した。生き残った魔女教徒達も出来るなら捕縛しておきたいものだね。リカード、手伝って貰えるかな?」
「助けられた身や。ええやろ。そんで納得する答えが貰えるんやったら是非ともな」
しぶとく生き残った魔女教徒達を籠に詰め込み、全員でラインハルトの屋敷へ。
先程まで声一つあげずに命を捧げていた彼らも、寄る辺を失えば烏合の衆。カペラが死んだことを信じきれず、今頃半狂乱になって暴れていた。
(……紙一重の戦いだった。きっとグランがいなきゃやられてただろう)
黒ずんだ大地は腐臭を放ち、凄まじい瘴気を放っている。
草原に残された痛々しい爪痕を見てカリオストロの背に今更冷や汗が流れる。
綱渡り。その一言に尽きる。
油断をしたつもりはなかったが、色欲にあんな隠し玉があったなんて。あの場に挑んだ全員が心を合わせねば間違いなくやられていた。
しかし。勝ちは勝ちだ。
そう浮かれそうになる心に対し、カリオストロはどこまでも否定的だった。
(偶然勝ちを拾えただけだ)
折角強敵を退けたのに、その表情は曇り続けている。
(傲慢の気紛れに生かされたようなもの。それに、納得がいかないんだ──結局、カペラ一人だけを寄越した理由ってのはなんだ?)
偶然を拾うような勝ち筋なんて潰しに潰し、リトライの限りを尽くしてこちらを貶める。
それこそが最善。
それこそがベストの筈。
なのにとうとうカストールの姿は見えなかった。
(来れない理由があったとしか思えない。本当にカペラを切り捨てたかっただけなのか、それともアイツの力に何かしらの制限があると考えるべきか……)
「おーい、カリオストロ!」
「あぁ! 分かってる!」
呼ばれるがままに皆の後を追う。
戦いはまだ始まったばかりなのだろう。
達成感に身を委ねることも出来ず、カリオストロの心にその後も暗雲は立ち込め続けていた。
§ § §
「それで皆さんはここに来たのね」
「はい。カリオストロが行方不明になって慌てまして……探し出すのにとっても時間がかかりました」
ラインハルト邸の一室。
そこに改めて当事者達が集められていた。
空の世界からやってきたグラン一行。
フェルトを旗頭にするラインハルト陣営。
アナスタシア陣営からは鉄の牙の団長、リカード。
そしてカリオストロ擁するエミリア陣営。
一堂は簡単な自己紹介の後に、グラン達の話に聞き入っていた。
曰く、大瀑布の向こう側で活動していた傭兵団。
曰く、ラインハルトに匹敵すると言われた少年、グラン。
曰く、数多の召喚獣を手懐ける蒼髪の少女、ルリア。
曰く、彼らは行方不明のカリオストロを探しており。
曰く、同時に未知の星晶獣『ヴァシュロン』の討伐を目標としていた。
無論、異世界から来たという情報は伏せている。
ただでさえ混迷極まるこの場で、要らぬ混乱は不要だった。
「……自分の世界が如何に小さかったか思い知らされたよ。スバルも同じ話をしていたが、まさか大瀑布の向こうには本当に文明があるだなんて」
「それこそいろんな文明がな。俺だってグラン達のことは知らなかった」
「仲間たちと必死に探したんです。それでようやく見つけたと思えば、まさかこんなに遠い場所だとは思ってもいませんでした」
「その経歴もにゃんだか御伽噺を聞いてるみたいだったね。小さな竜を従える青年騎士。そして薄幸の美少女。そんな彼らを支える様々な逸材たち! 英雄譚かな?」
「もう、パック! ……でもこうして無事にカリオストロに出会えて本当によかったと思うわ。おめでとう」
「ありがとうございます」
エミリアが誰もが見惚れる笑顔と共に心の底からの祝福を送る。
しかしながらその表情に陰りがあることに、カリオストロは気付いていた。
「んで。そんな英雄サマ達は今回の件は理解出来てるか?」
「カリオストロまで茶化さないでくれよ……まあ大体はね」
「相変わらず厄介な事に巻き込まれてんなぁ……」
「よくあるよくある☆」
「えぇ……? 普通困惑とかしねぇ……?」
「あははは……」
『未来予知』
『姿を変える敵』
『王都での魔獣騒ぎ』
『星晶獣達の暴走』
『起こりうる世界の崩壊』
改めて事情を説明してみると、信じるほうがおかしい内容の数々だ。
それを「よくある」で済ませる彼らの胆力に、スバルも舌を巻くほかない。
「思えば、色々な事件がありましたね……」
「本当に。僕だけじゃ切り抜けられなかっただろうな」
カリオストロも内心で頷く。
空にいたころは国を巻き込んだ大事件なんて日常茶飯事だった。
陰謀、自然災害、怪物、天使、悪魔、妖怪。獣。概念。機械生命体etcetc...。
ありとあらゆるトラブルに見舞われてきたグラン達にとって、この程度はありふれた日常だと言っても良いかもしれない。けれども。
「今回は今までとは違う。普段と同じだと考えてくれるなよ」
「相棒が死ぬ、だろ……? そんなの縁起でもねえぜ……」
「うん……正直、そこだけは信じられない。グランがやられちゃうなんて……」
「……」
話に対し、彼らはその部分だけ懐疑的だった。
クラリス達がグランに寄せる信頼もまた厚い。
どんな困難でも立ち所に勝利を授けてくれた団長の敗北。それを誰が信じられる?
グランの隣で不安そうな顔を隠さないルリアが、おずおずと声をあげる。
「でも……今日ので未来は変わったんですよね? だったらそんな事は起きないのでは……?」
「そこのお嬢さんの言う通りだ。スバル、君が見た未来には必ずカペラがいたように思える。けれど今回の戦いで彼女は消滅した。そうだろう?」
「あぁ。カペラは消えた………だ、だよな? カリオストロ?」
「確実に消滅した。このバカ弟子、勉学は落第だが『分解』だけは一流だからな」
「師匠、一言が余計!」
不安がるスバルに太鼓判を押すカリオストロ。
存在崩壊の力は疑いようのないものだ。
だから彼女が復活することはありえない。そう信じて良かった。
「ならば王都の崩壊は、予定していた未来は起こり得ない。そうじゃないのかい?」
「……分からん」
「オイオイオイ……黒髪の兄ちゃんは追加で未来を見れたりしねえのかよ?」
「そんな便利なものじゃないんだよな。っつーか出来るなら見たくねえっつーか……」
「未来は確実に変わる。けどそれが確実に良い方向なのかは分からない。だからこそ対策を練る必要がある」
「んで、その対策ってのはこのガキ相手か? 普通のガキにしか見えねえけどなぁ……」
チラシのカストールとにらめっこをしていたフェルトが、乱雑に投げかけた。
「『世界をやり直す力』だっけか? それが本当だとしたら太刀打ち出来ねえっつーか……ってかだったら何でアタシ達はここに居る? 確か死ぬとやり直せるんだろ? 死にまくっていい状況になるまでやり直せばいいんだけじゃん」
「そこの小娘の言う通りだね。ま、そのために何回も死ななきゃダメなんだけどさ」
「……何回も死ぬのはやだなぁ」
パックの突っ込みにげんなりとした顔を見せるフェルト。
当然の帰結。
カリオストロも同じ疑問に辿りついているが回答はいまだ出せていない。
「仮説はある。『世界をやり直す力』というのが平行世界を作り出し、傲慢が納得出来る世界を選ぶものと考えるなら、奴は未だ正解を導き出せていない事になる。なにせ一つの世界に傲慢は一人だけだ。オレ様達が観測しているこの世界で傲慢が死んだら、二度と傲慢には出くわすことはないだろうよ」
「「「「「???」」」」」
「……ようするに、まだ力を使っていない可能性が高いって事だ」
時を戻す力がふたつ同時に存在し、そこに優先度が存在するからこそ考えられる仮説。
スバルを軸にした本流があり。
そこに繋がる様々な支流をカストールは模索している。
星の数よりもある枝の中から、傲慢にとって最も良い流れを選定するとしたら──
(今、奴は
思わずため息が漏れ出そうになる。
どうしても受け身にならざるを得ない状況。それに歯噛みしてしまう。
「何であれ、次に傲慢が仕掛けてくるとしたら各自が単独行動をしている時だろう。自分ならそうする。だからグランも……いや、ラインハルトすらも単独行動を取るべきじゃない」
「……それ、マジでいってんのかよ?」
「冗談を言ったつもりはないぞ。相手は最悪、ラインハルトだって殺して見せるかもしれない」
「分かってんのか? ラインハルトは歴代最強の剣聖サマだぞ? 加護の数だって半端ねえのにどうやったら──」
「奴なら勝てずとも何度だって挑んでくる。それこそ気が遠くなるほどの試行回数を重ねてな。弱点を見つけたらもうおしまいだ。着実に積み重ね、そして確実に殺してくるだろう。オレ様達が相手をするのはそんな相手だ」
苦虫を噛み潰したかのようなフェルトの表情が見えた。
「グランもまたラインハルトに匹敵する強者だとオレ様は思っている。だけどそんなグランですら未来を聞く限り3回。いや、それ以上は殺されている」
「そして……それが私の暴走に繋がっているんですね」
ルリアがしゅんと項垂れる。
未来の話とは言え、自分の力が無辜の民に害なすなんて考えたくもなかったのだろう。
クラリスが慰めるようにその背を撫でた。
「その話を聞くと、徒党を組んでも効果はないように思えるんだが」
「少なくとも傲慢の試行錯誤の回数は増える。その点では有効さ。うまく行けば、数人の被害だけで撃退出来るかもしれん」
「ウオォォイ、カリオストロ!」
「お、お前な……」
「流石に冗談が過ぎるよ」
「だが事実だ。今オレ様達に出来るのは根本の治療じゃない。予防だ」
カストールは暗躍するだろう。
こちらの寝首を掻くために、虎視眈々とそのタイミングを狙い続ける。
「唯一相手の裏をかくことが出来るとしたら、それはスバルだけ。敵もそれを承知の上。死物狂いでスバルを狙ってくる事だろう」
「つまり、僕達はスバルさんを死守しないといけない?」
「そうだ。自衛はもとより。スバルがやられるのは最悪中の最悪だ。皆はそこだけは肝に命じて欲しい」
「なんだか……お姫様みたいね! スバル!」
「……エミリアたんありがとな……! でも俺……今喜んでいいかすごく迷ってる……!」
「え!? どうして!?」
お姫様嫌いなの? とオロオロするエミリアはさておき。
ここまでの話で全員の中に共通認識が育まれた。
個々の強さはこの先ではあまり役に立たない事であること。
この先待ち受ける戦いにスバルは必須であること。
そして……スバルが居なければ、ロクに戦えないこと。
更に言えば。
この先、一度でも死に戻ればスバルはまたパーティ会場に戻され、その場でカストールに連れ去られてしまう。
せっかく倒したカペラも復活し、死に戻りというアドバンテージすら使えなくなる。それは事実上の詰みだ。
(だからもし……このまま全員の生還を望むなら)
(もう誰一人死ぬ事は出来ない)
スバルも、カリオストロもそう肝に命じていた。
「なら今後の目標を話そう。オレ様たちはこれから王都で──」
「ちょい待ちいや」
すると、全員の注目がある一点に集まった。
それは部屋に来てからずっと黙って傾聴していたリカードだ。
腕を組み、厳しい顔に更にシワを刻んだまま、彼はカリオストロとスバルをにらみ始めた。
「ワイらは訳も分からずお前達に助けられた。最初は魔女教が襲ってくるなんて言われて『何言っとるんやコイツ?』ってなっとったけどな。結果としてそれは本当やった。感謝しとる」
「そりゃどうも」
「せやけど……せやけどな。未来予知? 世界のやり直しに王都の崩壊? そこの坊主が鍵? 分からん。全然分からん。お前らアホちゃうんか? 頭は大丈夫なんか? 何を根拠にそこの嬢ちゃんらのことを信じとんねん」
実績と証跡が全ての商いの世界。
そこで生きてきたリカードにとって「たられば」を前提とした話なんて失笑の極みだ。
眉唾話のオンパレード。それを前にしてホイホイと頷く愚か者も含めて。
リカードはすっくとその場で立ち上がった。
「どんな話が聞けると思ったらまさかこないな与太話とはな。悪いがワイは帰らせて貰うで」
「り、リカード待てって! 話を聞いてくれ!」
「慣れ慣れしくワイの名前を呼び捨てにすんなや。噛み殺すぞクソガキ」
「っ、お前が信じられないのも当然だ。だけど俺の能力じゃないと知り得ない情報は沢山あった。それこそ、お前達がこちらに妨害工作を仕掛けてたこともな」
「……フン。記憶にないわ。ワイらはただ大事な商品を運んでくれ言われただけやからな」
「とぼけんなよ。フェルトとロム爺あとトンチンカンを亡命させようとしてたんだろうが!」
「だけど、実際はそうならんかった。せやろ? どこのどいつがそんな事言いふらしたか知らんが、妄想をぶつけるのもたいがいにしいや」
「んだと……!」
リカードは聞く耳を持たない。
そもそもがスキャンダルになりえる醜聞、それを認める事なんて出来ようもなく。
如何に証拠があろうと知らぬ存ぜぬを決め込む。そのつもりだった。
「心配せんでもうちのアナスタシアにはきっちり借りが出来たって伝えたるわ。……同時に、与太話にご執心やったって事もな」
「……良いのか?」
吐き捨てたリカードが踵を返したその時。
カリオストロがその背に投げかけていた。
「何がや」
「王都の防衛に1枚噛まなくてもいいのか。そう言ってるんだ」
「はぁ?」
──こいつは、何を言っているんだ?
「オレ様達の次の目標は王都の防衛だ。4日後。魔女教の奴らは王都を襲撃する」
「可能性があるだけやろ。それに話通りなら未来は変わったかもしれへんのやろ? 寝言は寝てから言うもんやで、嬢ちゃん」
「あぁ。だが来ないとは断定出来ない」
「アホらし。信じる奴だけで勝手にやったらええやろ。少なくともワイらは信じん」
「ふーん……まあ無理強いはしないさ。帰って貰って結構だ」
「お言葉に甘えさせて貰うわ。ほなな」
やはり、どう考えても理がない。
なるほどこちらの妨害は全て察知した。
その上で魔女教についても知り得ていた。
その他、色々な未来予知を裏付ける証拠がある。
でもだからといって未来予知だと断定するには、あまりにも胡散臭すぎる。
そんな情報を当てにして可能性の低い賭けに飛び込むなんて、狂気の沙汰が過ぎる。
「──しかしアナスタシアも可哀想だな。こんな奴が部下だとはな」
そんな彼の歩みを止めたのはとある一言だった。
「……なんやと?」
「ん? いやな。王都の危機に駆けつけない王選候補者ってどうなんだろうなって思ってな」
「妄言に付き合えるほどワイらに暇はないんや」
「だから付き合わなくて良いって言ってるだろ。帰っていいぞ。むしろ邪魔だから」
「──!」
リカードのガン飛ばしなんてどこ吹く風。
頬杖をついたカリオストロは興味をなくしたとばかりに視線を合わせない。
「当事者だから話だけはしてやろうと思ったが、付き合えないって言うなら強制はしねえよ。ま、オレ様達が王都で活躍したかしてないか、商人から又聞きしてろよ。結果はすぐ出る」
「言われずとも──!」
「だが──もし本当の話になったら、その時お前達の立場はないな。危機を知りながら動かなかった、前代未聞の王選候補者ってことでな」
ヅカヅカと近寄ったリカードが机を思いっきり叩く。
そしてまさしく食い殺せそうな距離でカリオストロを睨みつけた。
その表情は獲物を前にした狼そのもの。
グラン、ラインハルト、エミリアがその一触即発の光景に思わず身構えるが、カリオストロは涼しい顔のままだった。
「
「──あん?」
「アナスタシアに昔そう呼ばれてたんだろ?」
「ッ!?」
ぎょっとするリカードにカリオストロは微笑みで返す。
当時を「まるで悪魔と取引をしているような気分だった」とリカードは後に語る。
「答えは未来予知にある。もしも一口噛みたいならすぐに連絡を寄越せ。時間はないぞ」
可憐な少女の顔に張り付いた悪魔の微笑み。
リカードは反論も出来ずに立ち去り。
そして──その翌日にはアナスタシア陣営から協力の通知が届くのだった。