RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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超難産。戦闘シーンとか勘弁して欲しい。


第七話 永き一日の収束(後編)

 薄暗い盗品蔵の中を扉から差し込む夕日が薄赤く照らす。その夕日を背景に、仁王立ちになった少女がぷんすかぷんという言葉がとても似合う顔でフェルトを睨んでいた。

 

「逃げられると思わないで。あの徽章はすごく大事な物なの。返して貰うわよ」

 

「ホンっとにしつこいな、アンタ」

 

「盗人猛々しいとはこの事ね。神妙にしてくれれば痛い思いはしないわよ」

 

 言うが早いかエミリアの周りに6つの氷柱が浮かび上がってフェルトを威嚇する。そのうちの2つは倒れ伏すスバルとロム爺に向いていた。

 

 ただ肝心のスバルはまさかのエルザではなくエミリアの登場に呆気に取られており、カリオストロは先に着くのがエミリアだとは思っていなかったものの、どちらが先でも問題ないと、フェルトとエミリアのやり取りを大人しく見守っていた。

 

「くそっ、ロム爺…」

 

 万事休すかとフェルトがロム爺に視線を向けるも、カウンターの中に置いてあった大きな棍棒をいつの間にか持ったロム爺は、自身に向けられた凶器ではなくその先に居る少女から目が離せなかった。

 

「ワシに振られても動けん、命を握られてるようなもんじゃ。それに嬢ちゃん、あんたエルフじゃろう」

 

「正しくは違う。 ――私がエルフなのは半分だけだから」

 

 その言葉に強く反応したのはエミリアとスバルを除いた三人。全員が全員違う反応をした。その中でカリオストロはへぇと興味深そうに頷くだけだった。

 

「銀髪、ハーフエルフって……お前っ!」

 

「他人の空似! 私だって迷惑してるんだから」

 

 エミリアの悔しそうな声を聞いて、忌み名となった元は銀髪のハーフエルフと情報を関連付けるカリオストロ。2回目のループで、住民が全員振り返る程の忌み名だ。さぞかし迷惑を掛けた存在なのだろう。ふんふんと一人納得をするカリオストロが倒れたままのスバルの元から離れようとすると、その足元、丁度スバルの顔の鼻先に氷柱が突き立った。

 

「いぃっ!?」

 

「――」

 

「え、パック?」

 

 銀色の髪の横からひょっこり現れた精霊、パックが小さな手を突き出していた。エミリアすら驚いたことからパックの独断であることは明白だった。

 

「リア、一番警戒すべきはこの子だよ。この子は他の子と体の作りが違う」

 

「……そうなの?」

 

「うん。あとマナが底知れない。ボク程ある訳じゃあないけど一番厄介な子だと思うよ」

 

 そういえばこいつが居やがったなと内心で苦虫を噛み潰すカリオストロ。そんなカリオストロに向けて全員の視線が突き刺さる。

 

「そんなに見詰められちゃうと、カリオストロ照れちゃうなっ☆ あと~カリオストロは盗みと関係ないから☆」

 

「そ、そうそう。追加すれば俺も盗みとは関係無い。あと俺的には血で血を争うような展開は御免って言うか……兎に角! 四方丸く治めるためにもフェルト、徽章返しちゃおうぜ? それでキミは徽章を返して貰ってさっさとここから出てく。もう盗まれないようにな!」

 

「は!? 兄ちゃん達どっちの味方だよ!? 特に兄ちゃんは徽章欲しいんじゃねーのかよ! そんなんで丸く収まる訳ねーだろ!」

 

「カリオストロお兄ちゃんに連れてこられただけだもん☆」

 

「う゛っ、い、痛いところを……いや、本来の目的は返したら達成できるって言うか……って今さらっと見捨てたなオイ!?」

 

「……何だかよく分からなくなってきたけど、あなた達仲間じゃなかったの?」

 

「あれだよリア、小悪人の見苦しい仲間割れ」

 

 激怒するフェルト、宥めるスバル、混乱するエミリアとロム爺に、我関せずのカリオストロ。今や盗品蔵は一気に混沌に傾き、収拾がつかなくなりそうになった。

 

 だが、その混沌を更にかき乱す黒い影が滑るようにエミリアの背後へと忍び寄っていた。それに真っ先に気付いたのはスバルとカリオストロ。スバルは咄嗟に叫んでいた。

 

「パック、防げ!!!」

 

 息を呑んで少女が振り返るのと、夕日に輝く銀刃が振り下ろされるのは同時。しかし声に気づいたパックがいち早く展開した氷の盾がその一撃を阻み、同時に氷柱が狼藉者へと向けて連続で放たれる。侵入者はその反撃を事も無げに踊るように躱すと、驚く一行と離れた場所に着地した。

 

「まさしく間一髪。結構危ない所だったね、ナイスフォロー。キミって実はいい盗人?」

 

「盗人じゃないって全力で否定させて貰うけど、そっちこそナイスガード」

 

 パックとスバルが二人でサムズアップしあう中、エルザは獲物を見定める蛇のような目でエミリアを見つめる。それはカリオストロに勝るとも劣らない嗜虐的な目であった。

 

「――精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ殺したことがなかったから」

 

 ククリナイフをひゅん、と器用に手の内で回すエルザに対してフェルトが食ってかかった。曰く交渉はどうした。話が違うと。だが持ち主や余計な人まで連れてきて交渉もへったくれもないとエルザは一笑にして付す。

 二回目と多少筋書きは違うだろうが、かねがね予想通りの展開にスバルは緊張し、カリオストロは冷静にその様子を眺めていた。

 

「この場に居る関係者は、皆殺し。徽章はその上で回収するわ」

 

 エルザの言葉に、場に緊張が走る。全員が各々の武器を持ちエルザを囲う中、武器を持たないスバルだけが我先に行動した。

 

「てめぇ、ふざけんなよ――」

 

「……?」

 

「こんな小さいガキ、いじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が! そもそも出現が唐突すぎんだよ、外でタイミング待ってたのか!? 俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ! 何とか分かってくれる同類に出会えたからいいものを、そうじゃなけりゃ俺はこのまま黄色い救急車に乗って精神病院コースだぞこのすっとこどっこい! これで腹も切り裂かれたら頭もお腹も同時に見て貰わないといけないだろうが! この世界救急車ないけどな!!!」

 

 それは無様で、惨めで、見すぼらしくて、意図の読めない叫び。この世界に来てからの彼なりの逆行のストレスをぶつけたいが為だったかもしれない。さしものエルザも、そしてカリオストロでさえもスバルのいきなりの行動に眉を顰めたが、カリオストロは数瞬でその意図を読み取った。

 

「ってことで……時間稼ぎ終了! やっちまえ!」

 

「あ、やっぱりそういう事なんだね。あんまりにも無様だったから狂ったのかと思ったよ――そこのキミと同じでね!」

 

 スバルに合わせるようにパックが小さな手をゆっくりと広げて振り下ろすと、エルザの周りを無数の氷柱が囲う。そして完璧に包囲したそれが逃げ場のないエルザに容赦なく殺到! しばし終わることのない破砕音と、細かく小さな氷の霧が盗品蔵内部に広がった。

 

「やりおったか!?」

 

「オイ、フラグ注意しろ!」

 

 ロム爺のお約束の発言にスバルの突っ込みが入ったのと同時に、当然のように白霧を切り裂く黒い影があった。勿論それはエルザ。コートが脱げて露出のあがった彼女は嬉しそうにククリナイフを翻してエミリアへと向かい――

 

 ――直後に、床ごとぶち抜いて突き出した石の槍に進行を阻まれた。

 

「こっちの事も忘れちゃ、ダ~メ☆」

 

「あら」

 

 流石に先に進む事は出来ず、流れるように姿勢を低くして回り込もうとしたエルザに次は氷の剣山が彼女の進行方向を阻害する。

 

「徽章の事で貴方達が何してたのか気になるけど……今は共闘って事でいいのよね?」

 

「うん☆ カリオストロ、降りかかる火の粉は叩き潰す感じだから☆」

 

「土と氷で哀れ相手は板挟みだね。キミのそれは土にしては特殊なようだけど……それじゃ、さくっと終わらせちゃおうか」

 

 稀代の錬金術師カリオストロと精霊術師エミリアの即席のタッグ。さしものエルザも笑みを浮かべたまま冷や汗をかくしかない。だが、流れる汗に相反して彼女の背筋には快感が走った。

 

「ふふ、うふふふふ……素敵、素敵よ。今日はここまで楽しめると思わなかったわ。腸狩り。エルザ・グランヒルテ――貴方達の腸、是非とも切り裂かせて頂戴」

 

 エルザはもう片方の手にもナイフを携えて、二人の強敵に向かって飛び込んでいった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 戦況は常にエルザが不利だった。

 

 かたや氷を自由自在に扱うほぼマナが無限の精霊術師。かたや錬金術に精通した、稀代の天才錬金術師。

 

 氷が雨あられとエルザを昆虫採集の虫よろしく縫いとめようとし、土や石がエルザの体そのものを吹き飛ばし、粉々にしようと追随する。

 エルザはそんな暴力の嵐の中で少なくない傷を負うものの、時に地を這い、時に柱に纏わりつき、時に壁を走りとおおよそ人間とは思えず、さながら虫のような動きで避ける。避ける。避ける。

 

 戦況は常にエルザが不利だった。

 

 しかし笑いを浮かべながらも決して二人に近づく事が出来ないエルザと、そのエルザを遠距離から仕留めようと画策するカリオストロとエミリアの図で、こう着状態に陥っていた。

 

 

 ソレ以外の面子はと言うと……最早別次元の戦いに参戦する隙もなにもない。圧倒的な殺意の応酬をただただ見守るしかなかった。戦闘中のカリオストロの耳に、そんな三人の言葉が時々耳に入る。

 

「うわ、あっち行ったと思ったらもう、こっち行って……あっ、氷の槍来た。コレ死んだんじゃ……おぉ!?そう避けれるもんなんだ!? あ、でも後ろから土の手が――捕まった! って自分の手切り落とした!? うげ、尋常じゃねえよアイツ!」

 

「……喧しいわ! 邪魔にならんように精々黙っておれ!!! もしかしたら加勢せねばならなくなるかもしれぬのじゃぞ、準備しておけ」

 

「準備って言ってもよー、もう勝負ついたようなもんだろ?」

 

(……のんきに観戦してんじゃねぇよッ!)

 

 彼らの脳天気な物言いに若干青筋を立てながら、カリオストロは石の槍、土の手を自由自在に操作してエルザを追い詰め、捕縛しようとする。だがエルザは時に自分の体を犠牲に、時に障害物を利用して、最小限の動きで避け、普通は考えない逃げ道を辿り中々捉えることは出来ない。それは二人がかりでもだ。

 決定打の欠ける攻防に舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、並行思考でエルザが何を狙おうとしているかを考える。彼女の体術、ナイフ捌きを見ればかなり優秀な暗殺者なのは分かる。そんな彼女が何の勝算もなしにこの不利な戦いに挑むのか? そして致命傷ではないものの、彼女は傷を負い続けている。このままではジリ貧だと分かっている筈だ。

 

(一体何を狙っている? まるで時間稼ぎを狙っているような……)

 

 訝しむカリオストロの耳に、スバルが思い出したかのように叫び出す。

 

「不味い。もうすぐ夜になる……パックが定時退社する時間だ! おいパック、ちょっと残業していってくれよ、残業代は俺が出すから!」

 

「にゃにを言ってるんだいキミは。んー……でもごめん、リア。ボクやっぱり……ふあぁ。もう限界……」

 

「そう、ありがとうパック。後は私と……カリオストロで頑張るわ」

 

「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。――いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

(は……?)

 

 カリオストロが唖然としてその光景を見つめる中、パックは虚空に消えていった。

 

「ね、ねえパックはどこに消えちゃったの?」

 

「え、え? えーっと今はこの胸のペンダントの中で……マナを蓄積してるの。

 大体夜になったらマナ切れになって此処で眠ってるのよ」

 

(聞いてねえぞそんな事!)

 

 カリオストロといえど、流石にこの世界の精霊術師の制約を知らなかった。サルナーンのように四六時中命を削り続ける精霊術師は見たことがあったが……ひょっとしたらエミリアのようにサルナーンも何かの依代にハニーとやらを入れて時間指定で契約を交わせば、あのげっそりやつれた顔も元に戻っていくのではないだろうか?とどうでも良い事を考える一方で、エルザがコレを狙っていたのだと理解する。

 

「残念。消えてしまうのね。精霊のお腹を割くのはまた今度になりそう……今は精霊術師と、その小さな魔法使いで我慢しましょう」

 

 黒いドレスは自身の血で更に深い黒色に染まり、白い肌がところどころ赤く染まっているエルザは、妖艶の一言が非常に似合っていた。

 恍惚の表情を浮かべて二人を見る彼女は、数え切れない程撃たれた土と氷の槍によって少なくない傷を負っていた筈だが、疲弊も苦痛すらも彼女から感じ取る事は出来なかった。

 

「パックが居なくても戦えるんだよね?」

 

「えぇ。……でもパックが居ないと少しだけ火力は下がってるわ。さっきと同じような事をしようとするとちょっと、マナも節約しないと厳しいかも」

 

「ちっ。……おい、スバル!」

 

「な、何だっ?」

 

「そいつら邪魔だから、どっかに避難させろ」

 

 被っていた仮面を投げ捨てて、カリオストロは命令する。いきなり口調の変わった事にフェルトとエミリア、そして一番ロム爺がショックを受けていた。

 当然、そいつらと言うのはフェルトとロム爺である。

 

「お、おぉ。了解、了承、かしこまりっ。それじゃフェルトにロム爺はさっさと退避しようぜ~」

 

「ちょ、何すんだよ押すんじゃねえよ!」

 

「じょ、嬢ちゃん……フェルト、良いから行くぞ。ワシ達では何も出来ん」

 

 命令に従い、スバルが裏口に二人を移動させようとする。エルザは当然ソレを邪魔しようと暗器をフェルトへ向けて投げるが、妨害虚しく小気味良い金属音と共にエミリアの氷によって邪魔されてしまう。

 

「そんな事させないんだから」

 

「別にさっきので殺すつもりはないわ。ちょっと足を止めて、あとで腸を割くだけ」

 

「物騒な事言って、ソレも含めさせません。……ねぇカリオストロ、何をするつもり?」

 

 両手をしっかりとエルザに向けながら、エミリアがちらりとカリオストロを見る。カリオストロは悠長に自分が抱える分厚い本を開くと、ぱらぱらとひとりでに頁がめくれ始めた。

 

「あれだけギャラリーが居るとオレ様がちょっと力出したら巻き添え食う馬鹿も出てきそうだからな。このままじゃ埒もあかねえから少しだけ力の一端を見せてやる」

 

「あら、本気を見せて貰ってもいいのに」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 指し示したかのようにあるページで捲れるのが止まり、そのページが強く輝くと同時に小蝿のようないななきが盗品蔵に鳴り響く。その瞬間、エルザを中心とした半径5m程の空間にある酒場の柱、床、盗品…その他もろもろが全て真反対に「捻れた」。

 

 エミリアは見た。

 

 ありとあらゆる物が捻れ崩れる中、エルザが足を正面に向けながら、()()()()()()姿()()。同時に、範囲内にあった柱が破壊され、自重を支えられなくなった盗品蔵の一部が捻れたエルザごと木材と瓦礫の山に埋めていった。 

 

 まるで空間を操るかのような理不尽な魔法。エミリアは目を見開いてその惨状を見つめるしかなかった。

 

「巻き添え考えなきゃこんなもんだ」

 

 カリオストロは当然だと言わんばかりに呟いた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「お、おい。カリオストロ。やるのは良いけど加減もしてやってくれ。思いっきり盗品蔵壊れてロム爺が唖然としてやがるぞ」

 

 事が済み、スバルとフェルトとロム爺が月明かりが自然と入る開放的な盗品蔵に戻って来た。ロム爺はフェルトに背を撫でられながら入って来た事から、結構なショックを受けている事が見て取れた。ただそれは建物が壊されたことへのショック以外にも多大に理由がありそうだが。

 

「死ぬよりかは全然嬉しいでしょ? 命あっての物種だよ、お爺さん☆」

 

「思いっきり本性バレしてるのにそのキャラまだ貫くのか……あ、あーあー! 冗談ですぅぅ! カリオストロ様世界一可愛いカリオストロ様世界一可愛い!」

 

 カリオストロが顔も見ずに指先をある場所に向けて慌ててスバルが平伏しだす。エミリアは何故指を向けられるとスバルが慌てるのか理解出来ないが、それはともかく、とカリオストロに向けて頭を下げた。

 

「その、ありがとうカリオストロ。貴方が居なかったらきっと私……ううん、みんな危なかった」

 

「言ったでしょ? カリオストロは降りかかる火の粉を振り払っただけ☆ たまたまその火の粉が貴方達も襲おうとしただけだからラッキーだって思っておけばいいよ☆」

 

 エミリアの感謝の言葉にカリオストロは興味がなさそうに、でも少しだけ口角を上げて答え、スバルは満面の笑みでエミリアに向けてサムズアップした。そしてその流れのままカリオストロは事の経緯をエミリアへと説明していた。

 

 スバルと自分は徽章を盗み取ろうとは思っていない。むしろスバルはエミリアの為に、自分の私財を擲って取り戻そうとしていたと耳打ちをした。感激したエミリアは失礼な事をしてごめんなさいと平謝りしたとか。

 

「最初は徽章を盗みの仲間かと思ったけどそうじゃなかったのね……勘違いしてごめんなさい。それと、スバルも一緒になって手伝ってくれたなんて。本当にありがとう」

 

「いーって事よ。正直、これでようやく貰えたもの返せたって感じだしな!」

 

 貰えたもの? とエミリアは覚えのない恩に小首を傾げるしかなかったが。

 

「それで、もしよければだけど……何かお礼出来ないかしら」

 

「お礼!?」

 

「え、えぇ。私に出来る範囲なら、だけど……何でもお礼するわ」

 

「しかも何でもって言った!?」

 

 その言葉に鼻息荒く興奮し始めるスバルにエミリアが若干引いて、カリオストロは呆れた顔で「気持ち悪っ☆」と弄ったがスバルは気にした様子もなく、髪をその場で軽く整えると、キメ顔でお願いを伝えた。

 

「俺の願いはただひとつ――キミの名前を教えて欲しい」

 

 見晴らしのよくなった盗品蔵が一瞬で夜の静けさを取り戻した。きょとんとするエミリアを除いて他全員があまりの気障な台詞に、スバルへと白々しい目を送る。

 

(あ、そうか。こいつってずっとエミリアの名前知らないんだったか。そういや伝えてるの忘れてたな……) 

 

 だがイモ引いてたまるかとスバルがキメ顔を維持する中、白けた空気をささやかな笑い声が吹き飛ばし、エミリアが手をスバルに差し出した。

 

「――エミリア。ただのエミリアよ、私を助けてくれてありがとう」

 

 エミリアの言葉にスバルは目頭を熱くし、そして満面の笑みで握り返した。カリオストロにはスバルとエミリアに最初、どのような出会いがあったかは分からない。しかしあの時啖呵を切ったスバルの気持ちは嘘ではなかったのだと、今の二人を見て確信を持てた。

 スバルは名前すら知らぬ少女へ本当に一途な思いを抱き続け、弱いなりに自分の出来ることを模索し、そして苦痛を伴う逆行の先にこの笑顔を手にいれたのだ。

 たとえそれが自分の力ではなかったとしても。たとえそれが運の力であったとしても。それでも、彼は自分の気持ちを貫き通したのだ。

 

(ま。それが自分で達成できないうちは半人前なんだろうけどな。及第点はやるよ、凡人)

 

「……なあ、まるでめでたしめでたしみたいになってるけどよ。アタシ達は全然めでたくねーからな」

 

 ただフェルトだけは不満そうに二人のやり取りを見ていた。

 

「ソレに関しちゃ、今回は自業自得って言うか……あんな依頼人を選ぶのが悪い! ぶっちゃけて言えばそもそも盗むのが悪い!」

 

「うるせーぞ! こうしなきゃ生きてけねーから仕方ねーだろ!」

 

「あ。そうそう、ちゃんと徽章は返して貰うからね」

 

「命も助けて貰ったし、ちょろまかしたりとかはしねーよ……はぁ、おい。ロム爺しっかりしろ。ちょっと目標が伸びただけだ、傷は浅いぞ」

 

 あーうーと項垂れるロム爺と同じく、フェルトも観念したようにエミリアへと頷く。そんなフェルト達を同情したのか、または最初からそのつもりだったか、スバルがエミリアへと提案をした。

 

「あ、エミリアたん。よければこいつらを通報するのはよしてくれねーか? あれだけ怖い目にもあっただろーし、自業自得っていったけど正直同情出来る所もあるしな。あとフェルト。これは俺からの特別プレゼントだ」

 

 いきなり馴れ馴れしいスバルに、「たん?」と可愛らしく首を傾げるエミリア。スバルは疑問に答えることなく懐から取り出したミーティア――ガラケーをフェルトの手に握らせた。

 フェルトが驚き、何でこんなもん渡すんだといい、スバルはこっちの世界じゃ有効活用出来ないしな。あとこっちも色々といい勉強になった。授業料だ。と、惜しげもなく、若干照れながら手渡す。その姿にカリオストロも思わずへぇと言葉を漏らした。

 

「……なんつーか、兄ちゃんって人生損してるって言われねえか?」

「あ、私もそう思う……損してるわよね」

「損してるよね☆」

 

「三人口揃えて損してるって言わないでくれますぅ!? 何であれ俺はフェルトにコレを渡したいから渡した、それだけだ!!!」

 

 顔を赤らめるスバルにエミリアが、フェルトが笑い、カリオストロも薄く笑みを顔に浮かべた。散々な印象を持っていたスバルに対して、カリオストロは好ましい印象を持ちつつあった。

 

 これで目出度く大団円。一連の騒動もこれでおしまいだ。だが、カリオストロにとっては肝心の疑問がまだ解決できていない。

 

(エルザは倒した。これで二日目に死んだ奴は全員生き残った形だが……逆行現象は起こらないか。なら別の条件があるようだが……他に何がある?)

 

 時刻は既に夕方を超え、夜にさしかかろうとしているが一行にその兆しは見えず、うんうんと思考を続けて内容を整理していくカリオストロ。しかしその思考は背筋を走る悪寒によって中断せざるを得なかった。

 

 ──悪寒の正体はすぐさま現れた。エルザが埋まった瓦礫の山を吹き飛ばし、ククリナイフを手にエミリアへと突貫していたのだ。

 

 

(エルザ!? まだ生きて……クソッ、オレ様としたことが甘く見すぎていたか!)

 

 エミリアがそんなエルザの様子にようやく気づき手を向けようとするが、遅い。カリオストロも走馬灯のように進む時間の中、錬成による土の迎撃を試みるが、ソレよりも先に彼女の凶刃がエミリアを切り裂く方が早かった。

 

 そして、あわやエミリアが切り裂かれそうになった瞬間、スバルがエミリアを庇うように押し倒し、代わりにその横腹を切り裂かれた。

 

「「スバル!!」」

 

「ちっ、この子、また邪魔をして……!」

 

 一緒に倒れこんだエミリアが慌ててスバルを抱え起こす。深く切り裂かれた腹部からは止め処なく血が溢れ、口からも血を吐き出していた。

 

「な、何じゃぁこりゃぁ……って、実際、言う暇…ね、ねぇなこれ。ごぼっ、ごほっ、エルザ、ざまーみやが、れ……っ、お前の最後のわる、あがき、も゛…っ」

 

「喋らないでスバル! 今、傷を塞ぐから……っ」

 

 そして奇襲に失敗したエルザは再度エミリアを狙おうとするが、立ちふさがるカリオストロに舌打ちして、攻撃を止める。

 

「死んだ筈だと思ってたが、どこまでもしぶとい奴だなお前。生き残るのだけは一丁前ってやつか?」

 

「貴方の攻撃が素敵過ぎて、もう一度喰らいたくなって生き返ってきたわ。でも、今日はお預け――また会いましょう、次こそ貴方達の腸切り裂かせて頂戴」

 

 エルザは瞬く間に廃材を蹴って跳躍し、夜の闇に溶けていった。奇襲を許したのは自分の甘さから。と自分への不快感にいっぱいになりながらもカリオストロは必死に治療するエミリアの元へと駆け寄る。

 

「んっ――だめ、私の治癒魔術じゃこの深い傷は……っ!」

 

「どけ、エミリア! オレ様に任せてみろ!」

 

 白い衣装を血で染める事を厭わず治療するエミリアの横からカリオストロがスバルの容態を見る。スバルは既に痛みから気絶しており、顔は先程から一転して青白くなっていた。

 肝心の傷は血で溢れた腹部が内容物ごとぱっくりと切り裂かれ、予断を許さぬ状態だった。カリオストロは舌打ちしながらマナを込めて回復魔術を行使しようとした瞬間――、

 

 

 ――あの甘く、黒い気配が、スバルの全身から立ち込め始めた。

 

 

「!」

 

 その頭をとろけさせるような甘い香りが鼻につくが、他の皆はその様子に気付いていない。その匂いは刻一刻、スバルが弱るにつれてその異臭と色が強くなっていく。そこでカリオストロはようやく事の次第を理解する。

 

(逆行の原因は……お前自身か、スバル)

 

 翳した手から発せられる光が気絶するスバルを癒やしていく。ただそのスバルを見下ろす彼女の目は先程の温かいものから打って変わって、冷たい物に変わっていた。

 

 自分の目的のために何度でも世界を巻き戻す少年、ナツキ・スバル。

 世界の巻き戻しに巻き込まれる異世界の少女、カリオストロ。

 

 複雑に絡み合う二人の物語が今、この時《ゼロ》から始まろうとしていた。




くぅ~疲れました、これで一章終わりです。

ラインハルトの活躍なんてなかった。
そしてカリオストロが活躍する度にスバルの活躍が消えて行くこのジレンマよ……。
特にラインハルトとスバルの関係性がめっちゃ希薄になって……まま、ええわ。

二章のプロット見直しするので、更新は次回以降の更新はもうちょっと待ってね。

あと「ちょっと待って。ウロボロス使ってないやん!」って言う人も二章まで待って、どうぞ。
盗品蔵じゃ狭すぎるんです……。



《盟約》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
エミリアとパックが交わした契約のようなもの。
エミリアが死ぬと非常に大変な事になる。

《オド》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
マナが魔力であれば、オドは魂の力。
オドを使う=魂を削ると同義。

《サルナーン》 出典:グランブルーファンタジー
女精霊をマイハニーと慕うエルーン族の青年。
ただ精霊を維持するために生命力を削りまくっているため、見るからに死にそうになってる。

《パックの得意魔術》
氷ばっかりだすけど、実は火を司る大精霊。
熱を操り、氷を作り出すみたいですよ。

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