「……さらに深い階層に潜りたいですって?」
相談用の個室でエイナさんが笑顔を引きつらせながら言った。威圧感を感じてか、ベル君は身を縮こまらせていた。
ヘファイストス様と会った後、オレとベル君は、階層を進めることについての相談を行うためにギルドにきていた。ヘスティア様はヘファイストス様が神同士で話したいことがあるとのことだったので、別行動となっている。
「あのねっ!まだ冒険者初めて半月の新米が、第5階層以降に進むのは自殺行為なのっ!ミノタウロスに殺されかけたのは一体どこの二人かな!?」
オレは怒った顔も美人さんだなーと内心思いつつ、
「ただ、5階層はもう結構長い間潜っていますよ。
武器の更新もしましたし、可能ではないかと」
「そ、そうです。それに僕、結構成長したんですよ?エイナさん」
「アビリティ評価Hがやっとのくせに、成長だなんていうのはどこの口かな……!」
「ほ、本当です!ボクのステイタス、アビリティがEまで上がったんです!」
エイナさんが固まった。おっと、ベル君の成長のおかしさは信じられないかな。
「……本当にE?」
「は、はいっ!」
あれ、もっとガッツリと否定するのかとも思ったけど、悩んでいるのか。
「サトゥー君も?」
「私は、アビリティ評価Hがやっとですよ。ベル君は成長期ですから」
エイナさんは人差し指を細い顎に当て考え込んでいる。
「ベル君、君のステイタス、私に見せてくれないかな?口外は決してしないと約束するわ」
「すみません、神様がロックをかけているので無理です」
「どうします?ヘスティア様を呼んできて確認をとられますか?」
信じられないのも確かに無理はないし、神様に話をつけてもらうのが一番早いだろう。
「ヘスティア様には申し訳ないけど、お願いできるかしら」
「ベル君は待ってて、すぐ呼んでくるよ」
マップで場所を確認すると、ヘスティア様はすでにホームに戻ったようだ。さほど時間はかからないだろう。
「―――というわけで、ヘスティア様、お願いできますか」
「行くのは構わないけど、どうしたものか。スキルはともかく、ベル君が異常な成長をしていることを認めないといけないのか」
「無視して進むという方法もありますが、彼女の講習自体は役立つので、あまり険悪になる選択肢はとりたくありませんね。
それに、どのみちランクアップまでいけば、報告の義務があったはずですよね」
「低ステイタスで深い階層まで潜れるって点で、君も大概問題なんだけどね」
「オレのスキルについては、ステイタスに書かれた数値以上の動きができるスキルを持っている程度にぼかした状態で言うのはありだと思いますけどね。彼女は他人に言いまわるようなタイプにも見えません。
最終的には、ヘスティア様の判断にお任せします」
その後、ギルドの個室に向かい、ヘスティア様とエイナさんとの間で話し合いが行われた。オレたちが呼ばれるとなんとも微妙な表情をしたエイナさんがいた。ヘスティア様が退室した後、表情を戻した彼女がオレたちに告げた。
「さて、下の階層へ進むことを許可しますけど、条件があります。さすがに支給品の防具のまま進むことは認められません。明日、予定は空いてるかしら?」
翌日、ベル君とオレは広場でエイナさんを待っていた。彼女から防具を一緒に買いに行かないかとお誘いがあったのだ。なんとも面倒見のいい人だ。
「ごめん、二人とも、待たせちゃったね?」
白いレースのブラウスに丈の短い赤いスカートのエイナさんがいた。いつもの眼鏡はかけていない。
「いえ、今来たところですよ」
ベル君がエイナさんをじーっとみてる。気持ちはわかる。いつもと雰囲気が変わって可愛らしいさが際立ってるよね。
「コホン。二人とも、私の私服姿を見て、何か言うことはないのかな?」
からかうような表情で彼女はいった。
「いつものギルドの制服も凛としていて素敵ですが、今日の衣装も華やかさがありますね。とてもよくお似合いです」
「あら、ありがとう」
「……そ、その、すっごく……いつもより、若々しく見えます」
「こら!私はまだ19だぞぉー!」
エイナさんがベル君にヘッドロックをかける。ベル君の顔がエイナさんの胸に当たってて、実にけしからん。無難な回答は避けておくべきだったか。
その後、エイナさんが、バベルにあるヘファイストス・ファミリアのテナントを紹介してくれた。しかし4階でヘスティア様がバイトをしているのは驚いた。ヘスティア様はへフェイストス様の武器のお金については話がついているといっていたが、きっとバイトして払うとかそんな約束をしたんだろう。ありがたいことだ。
なお、ヘスティアナイフと魔刃剣アイリスは相場が数字ではなく「-」となっている。どうも値段が高すぎるものに関しては表示されてないようだ。恐らく、友神価格で譲ってもらったのだと思うが、少々不安である。
駆け出し冒険者用の装備を売っている8階で、各々装備を探しに別れた。なかなかお買い得品がならんでいるようだ。装備の良し悪しなんて本来オレがみてわかるようなものじゃないが、AR表示がポップアップして装備の数値を教えてくれるのだ。
オレとしては、軽めのあまり動きを阻害しないような装備がいいかと思う。重装備は値段的にも、嗜好的にも合わない。色々悩んだが、結局エイナさんが薦めてくれた革製の胸当てや小手、ブーツなどのセットが値段と性能のバランスが良く、それを買うことにした。
ベルくんは自分で見つけた白い軽鎧を買うことにしたようだ。性能自体は結構いい感じだった。ただ、AR表示された名前、
また、へファイストス様に
オレのMP量と毎秒回復することから考えれば実際に使うことはほぼないと思う。
「はい、二人にプレゼント。ベル君にはプロテクター、サトゥー君には解体用のナイフ」
ああ、たしかに剣で解体するのは色々と面倒だ。忘れていたな。
ベル君が受け取れないといったが、エイナさんの温かい説得の前には無意味だった。ベル君は顔を真っ赤にして、プロテクターを受け取った。
「はい。サトゥー君」
「ありがとうございます。大切にします」
オレもありがたく受け取ることとした。
支給品のナイフと違い、刃が薄っすらと緑色に染まっている。少し魔力を注ぐと、拡散することなく刃に魔力を留めることができた。
解体用のナイフといっていたが、AR表示の性能面でも十分戦闘用に使えるいいナイフだ。
ベル君と町中を歩いているが、鼻の下を伸ばしたり、真っ赤になったり、僕はヴァレンシュタインさん一筋と小声で連呼したり、いろいろと大変なことになっていた。
エイナさんのことを思い出してるんだろうね。
しかし、路地裏から争い事らしき音を聞き取ると、すぐに真剣な表情に切り替わった。
マップをみると、女の子が男に追われているようだ。
ベル君に女の子がぶつかり、女の子が倒れてしまったところで、追ってきた男が現れた。
「追いついたぞ、この糞
ベル君が女の子を守るように、立ちふさがった。
「あ、あの……今からこの子に、何をするんですか……?」
「うるせえぞガキッ!今すぐ消え失せねえと、後ろのそいつごと叩っ斬るぞ!」
なにがあったのかわからないが、かなり頭に血がのぼっているようだ。
「落ち着いてください。刃傷沙汰なんて起こしたら近くをパトロールしていたガネーシャ・ファミリアの団員が来て、面倒なことになりますよ?」
もちろん、嘘である。警察代わりのガネーシャ・ファミリアの名を借りれば少しは落ち着くかなという算段だ。
「うるせえぞ!なんだてめえらは!そのチビの仲間かっ!」
残念、効果がなかったか。
「しょ、初対面です!」
ベル君がご丁寧に返事をした。
「じゃあ何でそいつを庇ってんだ!」
「……ぉ、女の子だからっ?」
「なに言ってんだよテメェ……!」
ベル君の回答に男がキレる。
いやいや、大事なことだよ。女の子を守るのは。
おっと、男が剣を抜いた。面倒だな。
ベル君がナイフを構えたのに続き、オレも剣を抜く。まだ、魔刃は使っていない。魔刃剣アイリスはまだ実戦で使ってないから、どの程度の威力があるかまだ把握できていない。
少女の目線がベル君のナイフと俺の剣を行ったり来たりしている。
「止めなさい。貴方が危害を加えようとしているその人は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」
「豊饒の女主人」のエルフのメイド、じゃなかった店員さんがベル君にちらりと視線を向けた後に、男へ向き直った。
というか、ベル君、別の女の子に手を出してるの!?と思って、ベル君に視線を向けると、ベル君は「この人は一体何言ってるんだ?」と言いたげな複雑な表情をしていた。
ああ、うん。きっと勘違いなんだね。
「わけわかんねぇことをいいやがって!ブッ殺されたいのか、ああ!?」
「吠えるな」
男の表情が固まる。
「手荒なことはしたくありません。私はいつもやり過ぎてしまう」
小太刀を抜き放ったエルフの店員さんは淡々としゃべった。彼女はレベル4みたいだし、実際事実なんだろうね。
男は格の違いを感じ取ったのか、逃げ出した。女の子も逃げだしてるけど、別に構わないだろう。
その後、エルフの店員、リューさんにお礼をいい、ホームへと帰った。可能なら、そのベル君の伴侶となる同僚さんについて聞いてみたかったが、そういう空気でもなかった。仕方がないね。
翌日、バベルへ向かっていると、大きなバックを背負った昨日の少女が声をかけてきた。
「白い髪のお兄さんと、黒い髪のお兄さん」
ただ、種族の表記が
「初めまして、お兄さん方、突然ですが、サポーターなんか探していたりしませんか?」
「え……ええっ?」
「今の状況は簡単ですよ?冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」
話を聞いたところ、彼女はリリルカ・アーデ。ソーマ・ファミリアに所属しているそうだ。ただし、あまり冒険者としての才はなく、他のメンバーから邪魔もの扱いで、安宿に泊まっているらしく、金がなくなってきたために、サポーターとしてダンジョンに潜りたいとのことだ。
サポーターとは、非戦闘員の荷物持ち。戦闘は行わないが、解体や荷物運びなどを担当する者のことだ。あまり、冒険者としての才がないものが行うらしい。
ベル君は結構衝撃を受けているみたいだ。オレも少し衝撃を受けていた。
ヘスティア様の言っていた、神と子は利用し利用される関係で、利用できない子はどうなるのかという面を色濃く表しているのかもしれない。
ヘスティア様に拾われてなかったら、オレはどうなっていたんだろうね。
そんなことを考えていたら、ベル君が彼女の犬耳を触っていた。あ、オレも触ってみたいと思っているうちに、彼女はフードを被ってしまった。
「それでは、お兄さん方、どうでしょうか?リリを雇ってもらえませんか?」
「サトゥーさん、とりあえず、今日1日だけ、構わないですか?」
「いくらぐらい払えばいいのか、聞いてから決めようか」
正直、昨日の一件があるので、あまり関わり合いになりたくないとも思う部分はある。
ただ、リリに対して同情している部分もあるのはたしかだ。一日ぐらいならいいかとも思う。
「ダンジョンでの収入を分ける形でいいですよ。リリは2割も恵んでもらえれば飛び上がってしまうほど嬉しいです」
「そうか。今日1日、お願いしてみようか」
「よろしくね」
「ありがとうございます!」
リリはとても可愛らしい笑顔を浮かべた。